バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

触らぬ神に祟りなし

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kyogokurowa

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「ほぉ、こいつはまた派手に暴れてやがるな」

C-7エリア、朝日が照らす地表に晒される電車の残骸。
その破壊の痕跡を検分する剣客―――ロクロウは不敵な笑みを浮かべた。
車両が通っていたと思わしき線路はものの見事に切断されている。
何者かが悪意をもって、これを実行して、脱線させたものだと見てとれる。

次にロクロウは、これを引き起こした犯人について、思考を巡らす。
電車を脱線させた下手人―――ロクロウがその首を狙うシグレ・ランゲツであれば、このような芸当は造作もない。
しかし、シグレがこれを引き起こした可能性は低い。
シグレであれば、このような姑息で回りくどい真似はせず、一太刀でこの鉄の塊を両断するだろう―――と、敵でこそあれど、シグレの強さとその性分を全面的に信頼しているロクロウは、その可能性を棄却する。

「シグレじゃないとしても、奴さんが穏やかじゃないのは確かだな」

笑みを溢しながら、ロクロウは事故現場をもう一度見やる。
転覆した車両の周りに飛び散っている鮮血はまだ新しい。
しかし、物言わなくなった参加者の亡骸は見当たらない。
恐らく近くに、この脱線事故を引き起こした者と、巻き込まれた参加者がいるはずだ。
両者が戦闘を交えたかは定かではない。しかし、ロクロウにとって、それは些細なことに過ぎない。

「ははっ、シグレとやり合う前の準備運動として、殺し合いに乗った連中と斬り合うのも、悪くないかもな」

オシュトルへは、シグレの首輪を届ける予定だ。
しかし、それ以外に手土産を持参するのも、悪くはない。首輪のサンプルは多いに越した事はないからだ。
夜叉の業魔は、双剣を携え、自らの血を奮い立たすような闘争を求めて歩み出した。





セルティ・ストゥルルソンは人間ではない。
俗に『デュラハン』と呼ばれる、スコットランドからアイルランドを居とする妖精の一種でありーー天命が近い者の住む邸宅に、その死期の訪れを告げて回る存在だ。
切り落とした己の首を脇に抱え、俗にコシュタ・バワーと呼ばれる首無し馬に轢かれた二輪の馬車に乗り、死期が迫る者の家へと訪れる。
うっかり戸口を開けようものならば、タライに満たされた血液を浴びせかけられるーーそんな不吉の使者の代表として、バンシーと共に欧州の神話の中で語り継がれてきた。
一部の説では、北欧神話に見られるヴァルキリーが地上に墜ちた姿と言われているが、実際のところは彼女自身もわからない。

そんな彼女は今、バトルロワイアルと称されたゲームの真っ只中、極限の緊張状態にあった。
セルティは、神、精霊、妖……そういった人ならざらるものの気配を察知することができる。
彼女は、前方から只ならぬ気配を感じて、足を止め、同行者の二人を手で制する。

『二人とも止まれ』
「どうした、セルティ?」
『良くないものが、こちらに向かって来ている。気をつけろ』
「えっ……?」

キョトンとする久美子を尻目に、セルティは影で大鎌を顕現させて、身構える。

―――近づいてくるこの気配は危険だ。

全身が警鐘を鳴らす。周囲には、三人揃って身を潜める場所は見当たらない。
故にいざという時のための、臨戦態勢を取る。
鬼気迫るセルティの様子に、弁慶と久美子もただごとでないと悟り、警戒心を強めた。
その時だった――。

「――子供……?」

前方から走ってくる小さな影にいち早く反応を示したのは、久美子であった。
目を凝らしてみると、長髪の少年であることは確認できるが、その全身は赤黒く染まり、その手には仰々しい大剣が握られており、何やら緊迫した表情で向かってくる。
一目見て尋常でないことは誰の目にも明らかである。

「おうおう、坊主。随分と物騒な格好だが、一体何があった?」

後方に佇む久美子を庇うかのように、弁慶とセルティは少年の前へと立ち塞がり、接触を試みる。弁慶の呼び掛けに対して、件の少年は、ハッとした表情を浮かべ、立ち止まる。
その様子から、声を掛けられてから初めて、眼前の参加者の存在に気付いたようであった。

「――レに……」
「あん?何だって?」

ボソリと小声で呟く言葉を聞き取ることができず、弁慶が少年へと詰め寄る。
少年は苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えている。

―――何かマズい。

少年から溢れ出る「良くないもの」の気配が増大することを知覚したセルティは、弁慶を引き止めようとする。
だが、その矢先―――。

「オレに近づくなぁっ!!!」
「ぬおっ!!?」

少年が、咆哮とともに、振り上げた大剣を勢いよく振り下ろすと、弁慶は素早く後退し、これを躱す。空振りはするものの、振り下ろした衝撃でアスファルトの地面にはヒビが生じる。

「おいおいおいっ!?まずは俺の話を――――」

弁慶が慌てて、少年を諭そうとするが、会話に応じる様子はない。
勢いそのまま、地面を蹴り上げ、今度は大上段からの斬撃を繰り出した。

「おわっ!?」

弁慶はこれを屈んで回避するが、追撃の手は緩まない。
既に少年の顔に苦悶の色は見当たらない。その代わりに底知れぬ憎悪と殺意を顔に張り付かせ、大剣を振り切った体勢のまま、再び飛び上がり、空中で身体を回転させながら、遠心力を利用した横薙ぎの一閃を放つ。

(――させないっ!!!)

少年の大剣が弁慶の胴元に到達する寸前、セルティは影で作った大鎌を振るって、これを防ぐ。
ギィィン! 甲高い衝突音が鳴り響き、火花を散らした。

「……っ!」

顔を顰めて、着地と同時にバックステップで距離を取る少年に対し、セルティは一歩も引かずに大鎌を構える。

「悪いな、助かったぜ、セルティ」
『礼を言うのはまだ早い。まずは、あの子を抑えるぞ』
「応よ。…しっかしよぉ、あの坊主は一体何なんだ?」
『分からない……だが、人間でないのは、確かだ』

セルティの言葉を受け、弁慶は改めて少年を見据える。
確かに少年の姿形は人間のそれに近い。
しかしながら、先ほどから感じる気配は明らかに人ならざるもののものだ。それも弁慶が相対してきた鬼とは違う、もっと異質なものであった。

「―――っ!!!」
少年は再び声にならない雄叫びを上げると、手に持った大剣を水平に構えて、突撃する姿勢を見せる。
対するセルティは片腕で影の刃を構え直しつつ、もう片方の腕に別の得物を創り出して、並び立つ弁慶に放り投げる。
弁慶が受け取ったそれは薙刀。

「こいつは……?」
『相手は大剣。いくらお前が頑丈でも、リーチの差は明白だ。そいつを使え』
「なるほどな……。かたじけないっ!」

弁慶はニヤリと笑うと、薙刀を構え、少年を迎え撃つ姿勢を取る。

「来るぞっ!」
(――ああっ!)

弁慶の掛け声に、セルティは頷き、二人は同時に駆け出した。





「何やってるんだ、早く逃げろ!!!」

ここではないどこか。黒に染められた場所。
シドーは、宙に浮かぶ額縁を掴んで叫ぶ。

額縁は投影する―――接近する大柄な巨漢と大鎌を振るう黒ずくめの者を。
そして、その二人に向けて無造作に振われる暴力を。
映像の主観となっている―――この理性なく暴れ回る破壊の化身は、シドーであってシドーにあらず。

シドーの精神は、連中に警鐘を込めて威嚇を行ったことを皮切りに、額縁の外へと追いやられてしまっている。
今はこうして額縁の中の出来事を傍観し、自分に相対する連中に聞こえもしない警告をただ虚しく発するだけであった。

抑え込んでいた 破壊衝動 (ほんのう)が解き放たれた肉体に、もはや理性によるブレーキは効かない。
まるで、自分の身体が自分の身体ではない―――そんな感覚に陥り、シドー自身の意思にそぐわぬ形で、次なる「破壊」を生み出さんと、連中に襲い掛かっているのである。

「くっ……」

額縁の中の惨劇に、傍観者たるシドーは歯嚙みをする。
己が起こした惨劇と、己が内に蠢く 性 (さが)から目を背けた逃避行。
その行動の果てで、また新たな悲劇を産まんとする現状に、怒りと悔しさを滲ませる。
そして、それは次第に焦燥へと変わりゆく。

「どうかされましたか、シドー様?顔色が優れないご様子ですが」

ぞくり――。
それは唐突にシドーの鼓膜に響いた。
自分しかいないはずのこの空間で、背後から掛けられた声。
聞き覚えのある、その透き通った声色に思わず全身に悪寒が走る。

(――嘘だ……)

あり得ない。
何故なら、その声の主はもういないはずなのだから。
そう思い込みたい一心で、シドーは背後を振り返り、凍り付いた。

「――マリア……」
そこには自分が殺めた少女マリア・キャンベルが、血に濡れた姿で立っていた。




ギィイン!!と。
シドーが振るう大剣と、セルティが振り回した大鎌が、甲高い音とともに衝突する。
遠心力をふんだんに利用したセルティの斬撃に、押し返される形で、シドーは後方へと跳躍。
間合いを取って大剣を構え直すが、そこに弁慶が追撃を仕掛ける。

「オラァッ!!」

雄叫びと共に、袈裟斬りに振り下ろされた一撃を、シドーは難なく避ける。
そのまま地面へと叩きつけられた刃は、アスファルトの地面を大きく陥没させた。
舌打ちをしつつ、弁慶は、続け様に横一閃に薙ぎ払う。
だが、これまたシドーはヒラリと躱し、逆に弁慶の首を刎ねんと斬撃を繰り出す。
が、咄嵯にセルティが間に割って入り、影の刃でこれを防ぐ。
ギャリン!と得物同士がぶつかり合う音が鳴り響き、火花が散った。
鍔迫り合いに持ち込もうとするセルティに対し、シドーはこれを嫌って、大剣を滑らせるようにして受け流すと、セルティの胴元へと突貫。 
あっという間に肉薄すると、大剣を水平にして、セルティの胴体目掛けて、突きを放った。

「させるかよッ!!」

それを阻んだのは弁慶であった。
弁慶はセルティに迫る大剣の側面へ薙刀を叩きつけ、軌道を逸らしてみせる。
同時に、大柄な体躯を活かした体当たりをぶちかますと、シドーの小さな身体は吹き飛ばされ、数メートル先の地面に勢いよくバウンドした。

「――がはっ!!」

肺の中の空気を全て吐き出しながら、シドーは地面を転げ回る。
間髪入れず、倒れ込んだシドーの元へ、セルティは影を忍ばせる。
すると球体状の黒い影が現れ、シドーを鹵獲せんと包み込もうとする。
が、寸でのところで、シドーは飛び上がり、これを脱する。
空高く舞い上がったシドーは、上空でくるりと回転し、重力を利用して、勢いをつけて落下してくる。

「――――っ!!!」

声にならない怒号とともに、セルティの脳天目がけて、大剣を振り下ろす。
対してセルティは、すかさず大鎌を頭上に掲げて、これを防御する。
ギィイイン!と耳障りな音が響いて、両者の武器が交差する。

「おい、坊主。いい加減にしやがれっ!!」

弁慶は怒号を上げつつ、シドーの方へ向かって駆け出す。
一方でセルティは大鎌で大剣を弾き返し、シドーを突き放すと、影を操って拘束しようと試みる。
だが、シドーは即座に反応を示すと、これを難なく逃れる。

「こんのぉ、手ェ焼かせるんじゃねえ!!!」

弁慶はシドーに肉薄。薙刀を振り回す。
しかし、シドーはこれまたひらりと避け、弁慶の首元を狙って、横薙ぎに払ってきた。

「――っ!?」

弁慶は反射的に首元を守るように腕を上げる。
が、迫りくる凶刃のスピードはそれよりも速かった。

―――マズいっ!

弁慶の助勢に駆け付けるセルティと弁慶当人。
二人の思考が、致命傷の必中を予期したその瞬間―――。

「―――おうおう、何やら愉快なことになってるじゃねぇか?」

一つの影が、まるで風の如く、弁慶とシドーの間へと割って入り、
ガキンっ!と、 金属の衝突音が鳴り響いたと同時に、
シドーの大剣を食いとめた。

「――っ!」
「――っ!」
その場にいた全員が、声の主に視線を向ける。

「俺も混ぜてくれよな」

双剣を掲げる夜叉の業魔、ロクロウ・ランゲツは、愉快そうに笑いながら、そう呟くのであった。




狂気と凶器が奏でる衝突音と、怒号が飛び交う戦場。
目の前で繰り広げられる闘争劇に、久美子は、ただ傍観することしかできなかった。

無理もない。黄前久美子は、己の青春を吹奏楽に打ち込む、ただの女子高校生である。

彼女は、争いとは無縁の世界の住人だ。
彼女のいた日常では、銃声は木霊しない。
彼女のいた日常では、人を襲う怪異などは存在しない。
彼女のいた日常では、人間が他人の腸を裂くようなことはしない。

故に、人間離れした身のこなしと膂力の応酬を目の当たりにした彼女が、途方もなく立ち尽くすのは至極当然のことであった。

(……ダメだ……)

そんな中、久美子は思う。

(……また私、助けられっぱなしだ……)

無力で矮小な自分に嫌気が差す。
ここに来てからは、弁慶とセルティに助けられてばかりだ。

(――もう、守られるだけの自分は終わりにしたいのに)

久美子の支給品には武器と呼べる代物は一つだけあった。
しかし、いざそれを握りしめても、身体が動かない。

――これは自分に与えられた役目ではない
――今は自分の出る幕ではない

そんな都合の言い訳を脳内で作り出してしまっている自分がいる。

(……情けないな、私……)

仲間が必死に戦ってくれているのに、何もできない。
そんなことを思いながらも、やはり身体は思うように動いてくれないものだから、ただこうして呆然としているしかないのだ。

そんな葛藤の渦にいる久美子の横を、ヒュンと、ナニカが横切った。

(……えっ?)

そして、次に気付いた時には、そのナニカは弁慶と少年の間に割って入っていた。
久美子が認識したそのナニカは、時代劇にも出てきそうな出立ちをした―――侍であった。





混沌とする戦場の中。
セルティは、唐突に乱入してきたロクロウの存在に困惑していた。

(――何だ、この男は……。それにこの気配は……。)

彼女は、破壊衝動に駆られるシドーと同様に、大剣を受け止め不敵に笑うロクロウからも、人ならざるものの気配を感じていた。
邪悪なものを身に纏うシドーとはまた違う、純粋に闘争を好む阿修羅のような存在――それが、彼女がロクロウから感じ取ったものの正体であった。

「テメェッ、何者だっ!?」

セルティの疑問を代弁するかのように、弁慶が問い掛ける。
ロクロウの乱入により、結果的に命拾いした形となった弁慶ではあるが、その口調は荒々しい。
ロクロウはその眼光を、剣を交えるシドーに向けたまま、口を開く。

「見ての通り、通りすがりの“業魔”だ」
「あん? “業魔”だぁ〜!?」

「業魔」という単語に、弁慶は眉を吊り上げる。
業魔―――仏道の世界では、悪い行いによって心身を悩ませ、迷わせて正しい道に進むのを妨害する様子を、悪魔に例えた言葉である。
自らをそんな悪魔と称した漢を、弁慶は訝しむが、当の本人は、そんなことは知ったことかと、今尚も、シドーと剣と剣を交差させている。

ロクロウとシドー。
二人の人ならざるものは、今尚も睨み合いを続けている。
ギジギジと、互いの剣が音を立てながら擦れ合う中、情勢は動き出す。

「―――っ!!」

先に仕掛けたのはシドーであった。
咆哮と共に、大剣を振り上げる事で鍔迫り合いの均衡は崩れる。
そのまま剣を横手に握り、ロクロウの首を跳ねんと勢いよく、振り回す。

「おう、少年。中々威勢がいいなッ!!」

ロクロウは愉しそうに笑うや否や、右手に持つ片手剣で斬撃を受け止め、そのまま流す。
そして、もう片方の手に握る剣にて、シドーの身体に斬りかからんとするが、シドーは一歩後退することでこれを躱す。

「どおりゃあああああああああっーーー!!!」
「っ!?」

そこへ、雄叫びを上げながら、弁慶が斬り込む。
助走をつけた上での、遠心力をフルに活用しての、渾身の斬撃であった。
シドーは辛うじて、両手に握る大剣でこれを受けることに成功する。
だが、怪力無双の腕力によって、振るわれた渾身の一撃は重く―――。

「ぐがっ――!?」

ガキィン! という衝突音を鳴らしながらもシドーの身体は大きく後方へと吹き飛ばされる。

「観念しろよ、坊主ゥッ!!!」

弁慶はこれを追走しようと、地を踏み込もうとする。
しかし、その瞬間――。
ゾクリと、第六感が背後より降り掛かる殺気を察知――振り返り様に薙ぎ払う形で刃を振るう。
再び金属の衝突音が響き、弁慶の薙刀は、ロクロウからの不意の一撃を受け止めたのであった。

「テメェ、どういうつもりだっ!?」
「なぁに、今の少年への一撃を見て、アンタにも興味が湧いた…。あの少年も面白いが、アンタとも剣を交えてみたいーーただそれだけのことだ」
「チィッ!!戦闘狂の類か――そこを退けいっ!!」

弁慶は怒り心頭といった面持ちで、怒声を上げる。対するロクロウもまた不敵な笑みを浮かべて、剣を振るった。
荒れ狂う戦場の中、武蔵坊弁慶とロクロウ・ランゲツの一騎打ちが始まったのである。

弁慶が力一杯に薙刀を振るうと、それをロクロウは紙一重の所で避けると同時に彼の腹部を横一線に斬ろうと、その身を躍らせ―――弁慶はそれを阻止せんと即座に薙刀の向きを修正して、ロクロウを迎撃する。
そこから二人の剣戟が始まり――激しさを増していくのであった。

(嫌な予感はしていたが……やはりか……)

一方で、交戦する二人の姿を目の当たりにしつつ、セルティは次なる行動に移っていた。
自分を「業魔」と名乗る乱入者については、弁慶に暫く抑え込んでもらうとして、目下もう一つの驚異である少年の方を何とかせねばと思い立ったセルティは、少年の元へと駆ける。
弁慶に吹き飛ばされた少年ことシドーは、既に立ち上がり、獣の様な咆哮とともに、弁慶達の元へと疾駆していた。

(この少年は、私が抑える……!)

セルティは自らの影で作った壁をシドーの前へ生成する。そして、そのままシドーを押し止めようとする。
行く手を阻まれたシドーは、立ち止まり、周囲をギロリと睨みまわす。
そして、この影の生成者がセルティであることを認めると、今度は彼女の元へと向かうため、またも地を蹴って加速した。
迫る脅威に対し、セルティは大鎌を掲げて、迎撃の体勢に入る。

「おおおぉッ!!」

雄叫びを上げながら、少年――シドーはセルティに斬りかかった。
対する彼女も迎え撃つべく構えを取る。互いの武器が激突――激しい衝撃音が発生する。
シドーの得物である白と黒で染められた大剣の一撃を受けた彼女は思わず後ずさるが、それでも尚耐え抜く。両者は、一度距離を取り直すと再度接近し、互いに大振りの一撃を叩き込んだ。

(――先程よりも早い、それに重い……)

セルティは自身の影により生み出された大鎌で、斬撃を受けながらもそんなことを思っていた。
彼女が生成しているそれは言わば彼女自身の肉体と同然の存在であるために痛みを感じることはないが、相手の攻撃が重ければその分威力を実感してしまう。現に、斬撃を受け止めた際に生じる衝撃も先程の倍以上だ。
シドーの方を見遣れば、まるで己を顧みずただひたすらに暴れ回るような、荒々しい猛攻が繰り出されてくる。その様は、正しく獣そのもの。破壊衝動を本能のままに体現するかのようだ。
そして、破壊活動が次なる破壊衝動を誘発するのか、斬撃が繰り返されるごとに彼の動きはさらに激しさを増していくように思える。
まさに、嵐のような存在だ。
その荒々しき風に晒されながら、それでもセルティは必死に耐える。
少しでも油断をすればたちまち、圧されてしまうだろうから。




セルティがシドー相手に奮戦する一方、ロクロウと弁慶の攻防も熾烈を極めていた。
弁慶が振るう斬撃のパワーは強大無比であり、流石のロクロウも舌を巻く。
一閃でも浴びせられれば、真っ二つになる事間違いなし――。そんな難敵との対峙から生じる緊張感が、ロクロウに流れる“夜叉”の血を高揚させる。左眼を紅く光らせた業魔は攻撃を防ぎ、受け流し――そして反撃に転じる。

「――風迅ッ!」
「ぬおっ!?」

弁慶との間合いを一気に詰め、ねじりを利かせ真空波を纏った鋭い突きを、胴元へと見舞う。
しかし、弁慶の反応も早い。その刺突が身体を貫くまえに、バックステップで後退。
風の刃により、皮を削られ出血は伴うものの、傷は浅い。
お返しとばかりに、弁慶は薙刀を振り回すが、ロクロウは咄嵯にしゃがみ込む事で回避に成功。
そのまま流れるような動作で、カウンターを仕掛ける。

「――壱の型ッ!!」

――壱の型・香焔。
ロクロウが繰り出すのは剣技だけではない。
印を切り、火の霊力を圧縮させ小規模な爆発を生じさせ、弁慶の大柄な身体に裂傷を与える。

「ぐああっ!?」
「まだまだァッ!!」

よろめく弁慶を追撃すべく、ロクロウは間髪入れずに、攻め立てる。

「弐の型ッ!!」

――弐の型・醍地。
印を切り、大地に罠を張り、それを地雷の如く弾かせる。
霊力を込められた奥義の衝撃によって、弁慶の巨体はその場で宙へと浮かび上がる。

「がっ!?」
「参の型ッ!!」

――参の型・水槌。
奥義の派生は止まらない。
さらに続けて、印を切って、圧縮された水流を生み出しては、それを宙に舞い上がる弁慶の身体にぶつけんとする。
が、弁慶もやられっぱなしとはならない。眼下で水流と共に攻めたるロクロウをギロリと睨みつけると、ロクロウの顎を蹴り上げた。
この一撃により、ロクロウは一瞬だけ仰反るが、直後ニヤリと笑い、次の奥義に繋げるべく体勢を立て直す。
その間に、弁慶は着地。後退し、ロクロウから距離を取る。

「愉しませてくれるねぇッ、アンタ!!」
「うるせえっ!俺は、これっぽちもーーー」

双剣を掲げ接近するロクロウ。印を切り、その剣には風が纏う。
そんなロクロウ目掛けて、弁慶は薙刀を大きく振りかぶる。
ロクロウは地面を蹴りながらも、そのモーションをイメージーーー回避するための動きを想定し始める。

「楽しかねえんだよッ〜〜〜!!!」
「なっ!?」

次の刹那、弁慶は薙刀を投擲した。
この攻撃にはさしものロクロウも驚愕を顔に張り付け、飛来してくる巨大な薙刀を避けるべく身を動かす。
そこで必然的に生じるわずかな隙を、弁慶は見逃さない。一気に間合いを詰めて、投擲を躱したロクロウの腕を掴むなり、一本背負いの要領で持ち上げる。

「往生しやがれ〜〜!!」

そのまま勢い任せて地面へと叩きつけた。
武器を駆使した戦闘が苦手という訳ではないが、弁慶の得意技は、あくまでも柔道を組み込んだ肉弾戦である。

「がはっ!!」

地面に亀裂が生じ陥没する程の強さ。常人なら死に至る程の激痛に見舞われるに違いない。事実、ロクロウもまた全身に強い衝撃を感じ取った。
しかし……、ロクロウ・ランゲツは常人にあらず。
血を吐きながらも、すぐさま跳ねるように起き上がり、弁慶を見据えると不敵に笑った。

「ははっ……、やっぱやるねえ、アンタ。……斬り甲斐があるぜ」
「チィッ!! しぶてえ野郎だ!」

立ち上がるロクロウに対し、忌々しげに顔を歪め、悪態を付く弁慶。
しかし、すぐに表情を引き締めるや否や、再びロクロウを掴み掛からんと、間合いに飛び込んだ。
対するロクロウは口角を吊り上げたまま、己が握る双剣を構え直し――地を蹴った。そして両者は激突せんとするが、その時であった。


「いやあああああああああああああっ!!!」
「「っ!?」」

耳をつんざくような悲鳴が上がり、両雄の足は止まった。
戦場全体に轟いたその声に、弁慶は先程まで同行した少女のものであると瞬時に悟り、慌てた様子で声の方向へと視線を寄越す。

「―ーモアナ……?」

一方でロクロウもまた、悲鳴の声色に思うところがあったか、眉間にシワを寄せながら、その声の主の正体を突き止めるべく、視線を向けた。


二人の漢の視線の先――其処には……。




時は少しだけ、遡る。
セルティとシドー。二人の攻防にも、ようやく変化が訪れた。
幾度の攻防の果て、ついにセルティは堪え切れなかったのか、後方へと弾き飛ばされる。地面に転がったセルティに、シドーは、追撃を仕掛けんと疾走を開始する。
しかし、これはセルティの計算通りであった。
追撃を仕掛けるシドーの軌道は読みやすい。故に、彼がこちらを仕留めようとせんと、剣を振り上げんとしたそのタイミングにて。影を使って拘束しようと試みようとしていた。
影は瞬く間にシドーを捕えて、その場に縫い留める

「--セルティさんッ!!」

――筈であった。

(久美子ちゃん!?)

セルティを案ずる、悲鳴に近い久美子の叫び声に、シドーの動きは止まる。
そして、声の主を一瞥する。視線の先には、此方を見つめ、両手で口元を覆う久美子の姿。
一瞬の間を置いて、シドーは、進行先をセルティから久美子へと変えて、地面を踏み抜いた。
このターゲットの変更に特に意味などない。目に付いたから、破壊する--ただそれだけの理由に過ぎないのだ。だからシドーはそのまま真っ直ぐに、久美子を破壊せんと突っ走る。

「いやあああああああああああっ!!!」

迫りくる死神を前に、久美子は悲鳴を上げながら、支給品である朱いナイフ状の武器を震える手で握り、突き出すが、そんなものでシドーは怯むはずもない。


(ー--いけないっ!!)

セルティは咄嵯に、影を伸ばして、シドーを止めようと試みる。
しかし、影が顕現するとシドーは、軽い身のこなしで飛び避け、そのまま、勢いを緩めることなく、久美子に迫る。
「っ!!」
迫り来る死を間近にして、恐怖のためか、久美子は動くことが出来ない。

(間に合えッ!!)

最早シドーの大剣が彼女を切り裂こうとした、その瞬間。
セルティの影は、シドーから久美子へと標的を変え、彼女の足元を払った。

「きゃあっ!?」

そして、情けのない悲鳴と共に、久美子の身体は前のめりに転倒。
その転倒のおかげで、久美子はシドーによる必死の斬撃を紙一重で回避。一命を取り留める。

しかし、シドーの斬撃とともに発生した衝撃波は風に乗り、そのまま久美子の小柄な体を吹き飛ばす。
「がはっ……!」

吹き飛ばされた久美子は地面をバウンドし、数メートル先のコンクリートの壁に背中を打ち付け、そのまま力なく倒れ伏す。
久美子はよたよたと力なく起き上がろうとするが、見上げるとそこには剣を突き立てんとするシドーの姿。

「っ!?」

絶体絶命の危機に、久美子は身体が硬直してしまう。
眼前に突きつけられる凶刃を目前にして、久美子は覚悟を決めたかのように瞳を閉じる。

(……ごめんね、皆……私……)

久美子の脳裏に思い浮かぶのは、彼女を取り巻く家族の顔。クラスメイトの顔。
そして、吹奏楽部の皆の顔。
共に、全国大会を目指して、苦楽を共にしてきた仲間たちであった。

(――私はもう……駄目みたい……)

瞼の裏に映る皆の姿が霞んでいき、己が生を諦めたその時だった。

「――っ!?」

少年のものと思わしき驚嘆の声が耳に入ると同時に、久美子は恐る恐る目を開けると、目の前にはセルティが久美子を庇うように、少年の前に立ちふさがっていた。

「……セルティ…さん……」

そして、セルティの胸元には大剣が突き刺さっている。
絶句する久美子を背景に、セルティは大剣を生やしたまま、仁王立ちの状態だ。

(どうにか……間に合ったか……)

滑り込むような形で、久美子への斬撃に割って入り、身を挺して庇う事はできた。
凄まじい激痛が身体を襲ってくるが、セルティは不死身のデュラハン--ダメージはあれど、致命傷に至る事はない。

「……っ!?」

シドーはセルティに突き刺した大剣を引き抜こうとするが、セルティは両手で大剣を押さえ込み、それを阻む。
そして、同時にシドーの身体に自身の影を纏わり付かせていくーー完全にシドーを捉えるために。

「うがああああああああっ!!!」

シドーは絶叫とともに暴れ狂うが、影は徐々にシドーの身体を侵食していく。もはや、束縛から逃れる事は出来ないだろう。
しかし、シドーは足掻くことを止めない。
シドーはセルティの身体に突き刺さったままの大剣を手放すと、足元に落ちていた、久美子の支給品――朱のナイフを拾い上げる。
そして、そのまま、ナイフをセルティの身体へと深々と刺しこんだ。

ザシュッ!

(……何の…これしき……!)
自分の身体に入ってくるもう一つの異物の感覚に不快感を覚えるも、セルティは堪える。

ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!

シドーも必死だ。執拗にセルティの身体に、ナイフを繰り返し突き立てていく。

(ぐ……まだ、だっ!)

セルティは堪える。凶器で何度も身体を貫かれながらも、影を操りシドーを抑え込まんとする。
セルティの影はやがてシドーの上半身を覆い始める。

(……もう少し……もう少しだ……)

しかし、ここでセルティは自分の身体の異変に気が付き始める。
段々と力が抜けて、思考がボヤけてくるのだ。

ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!
ザシュッ!


(…………これは…… まずい……か……。)

何ともないと思わしき朱いナイフの刺突により、自分の生命が削り取られているーーそう悟った瞬間、セルティは片膝をつき、シドーの覆っていた影は解かれた。

通常であれば、不死性を持つデュラハンに、ただのナイフの刺突如きでは痛みは与えることはあれど、その生命を脅かすことはない。
では、何故セルティはここまで深刻なダメージを負うことになったのか。
それは、シドーが握った朱いナイフに理由があった。
黄前久美子に支給されたこのナイフは、『デモンズバッシュ』ーーーまたの名を、妖魔殺しの刺突刃。
業魔が蔓延る世界で、妖魔達自らが創り出したとうたわれたその刃は、セルティに決定的な致命傷を負わせたのであった。

「セルティさんッ!!」

倒れゆくセルティに駆け寄ろうとする久美子。その顔は涙で塗れている。

(―――久美子ちゃん……)

薄れゆく意識の中で、そんな彼女の表情を認めたセルティは、自分が声を発することができないことを呪った。
伝えたいことがいっぱいある。それなのに、声が出ないのだ。

「……。」

影から解放されたシドーはナイフを握り直すと、止めと言わんばかりに、瀕死のセルティ目掛けて無慈悲に振り下ろした。

我を失い、ただ本能に従ったまま、命を刈りとろうとする少年の姿―――。

それが――。

セルティ・ストゥルルソンが、最後に知覚した光景であった。


【セルティ・ストゥルルソン@デュラララ!! 死亡】






ここではないどこかの空間。
シドーは、唐突に姿を現したマリアに動揺し、後退る。
そんなシドーに対して、マリアは微笑みを浮かべながら、視線を送っている。

「何で、お前が…だって、お前は――」

死んだはずだ――その言葉を口にしようとした時だった。

「えぇ、確かに私は死にました」

シドーの言葉を引き継いだように、マリアが口を開く。
その口調は生前の彼女と同じで、非常に穏やかなものであった

「シドー様、貴方の手によって……。」
「ッ!」

淡々と紡がれる事実確認のようなマリアの言葉。
それを耳にした瞬間、シドーの表情は一気に強張った。

「オレは……違う! オレじゃない!! オレはそんなつもりじゃっ!!」

必死の形相で言い訳を繰り返すシドーを前にして、マリアは小さく首を傾げ、そしてクスリと笑った。

「何を仰ってるんですか? シドー様の剣が、私を貫いたのは、紛れもない事実。シドー様自身もその光景を目にしたはずです」
「ッ!?」
「シドー様の手によって、私の命は奪われたんですよ?」
「ち、違……」
「シドー様は残酷な御方ですね、私はもっとカタリナ様のお側にいたかったのに」

マリアはわざとらしく天を仰ぎ、嘆く素振りを見せつける。

「嗚呼……もっと、カタリナ様にお菓子を作ってあげて、喜ばれる顔を見たかった」
「――止めろ……。」

シドーの声が小さく震えだす。
しかし、マリアはお構いなしに言葉を紡いでいく。

「もっと、カタリナ様といろんな場所へ行って、たくさんの思い出を作りたかった」
「止めてくれ……」

これ以上聞きたくない。
シドーは、己の耳を塞ごうとするが、そうはさせまいと、マリアは彼の元へと近づき、耳元で囁いた。

「でも、それも叶わない夢になってしまいました……それもこれも――」

マリアは俯くシドーの顔を覗き込む。
マリアの顔にはいつも見せていた聖母の様な優しい笑顔は無くなっていた。
代わりに、邪悪な何かを感じさせる、とても禍々しい表情を張り付かせていた。

「全部、全部、全部……。」

シドーは目を見開く。
眼前のマリアだったナニカは、身体をクネクネとさせながら、顔を、体格を、変形させていったからだ。身体が成人男性の体型へと大きくなっていき、それに伴い、声も野太くなっていく。

「全部っ~~~!!!お前が悪いんだよっ、シドー君ッ〜〜!!!」
「――ッ!?き、貴様っ!!?」

シドーは信じられない光景を目の当たりにする。
そのナニカは、シドーが殺したあのドレッドヘアの男・王へと変貌したのである。
唖然とするシドーを見下ろし、男――王は両手を大きく広げながら早口でまくし立てる。

「可哀想に!!さっきも言ったけど、マリアちゃんにもやりたい事はたくさんあっただろう!!家族だっていただろう!!」
「――黙れッ!!」 

その瞬間、シドーの感情は反転。
怒りのままに、王目掛けて剣を振るう。
だが、剣先が王の肌に到達する直前、王の姿は煙のように霧散してしまい、直後シドーの背後へと出現した。

「――将来の夢も!」
「っ!?」

背後から声が聞こえたと同時に、シドーは振り向き様に横薙ぎの斬撃を放つ。

「――人生の喜びも!」

しかし、その一太刀すら空を切るだけに終わった。
王はケラケラと嗤いながら、またしても瞬間移動。
シドーの正面10メートル程離れた場所に出現し、言葉を紡いでいく。

「彼女はシドー君のせいで全て失ったので〜す!!はははははははは!!ねえどんな気持ち?てめえの手で、マリアちゃんをぶっ殺して、今どんな気持ち!?」」
「黙れぇっっっ!!!」

絶叫と共にシドーは地を蹴り、真っ直ぐに王に向けて突き進みつつ、剣を突き立てる。
猛スピードで接近するシドーに、王は避ける素振りを見せず、今度は瞬間移動すらも行わなかった。

ザグッ!

という肉の裂かれる音が鳴り響く。
同時に生暖かい血飛沫がシドーの頬に飛び散る。

「ははははは!! そうだよな、シドー君はそうこなくっちゃいけないよな!!」

見上げると、剣で身体を貫かれながらも、満足げに笑う、王の姿。
ゴボリと血を吐くその顔は、またしても変化していきーーー再びマリアのものへと移り変わり、シドーは驚愕の表情を浮かべる。


「……ッ!?」
「また、私を殺すんですね、シドー様……」

先程の王と打って変わり、マリアの目は虚ろ。
そして血をこぼしながら、恨めしそうに、シドーを見つめる。

「ち、違う……オレは……!」
「いいえ、違いません……だって、これが……これこそがーーー」

懸命に否定しようとするシドーに、マリアのものでもない、王のものでもない、第三者の声が囁かれた。

――――あなたの本質なのですよ、シドー様。
「……っ!」

その瞬間、黒で覆われた内側の世界は砕かれ、視界が開けていく。

「―――ッ!?!?」
眩い光に包まれながら、シドーは意識を取り戻していった。

ああ、そうだ、今見たのはすべて幻だ、悪夢だったんだ。
そう心の中で言い聞かせ、安堵するシドーだったが、

「嫌っ!いやあああああああああああああ!!!セルティさん、セルティさんッ!!」

眼前で号泣する少女の絶叫によって、 現実 (じごく)へ引き戻されることとなった。

「……これ、は……?」

呆然と立ち尽くすシドーの前で、久美子はセルティの亡骸を揺するが、反応はない。
ただ、人形の様に力無く揺すられているだけである。
その身体には、朱いナイフとシドーが所持していた大剣が生えている。
誰によってこの惨劇が引き起こされたのかは、一目瞭然であった。

「――オレが……やった……のか……」

ポツリと零したシドーは、カタカタと身体を震わせる。
結局、己が破壊衝動を抑えることは出来ず、その欲望に支配されて暴走―――その結果が、今の光景である。

「……なんでよ……」

途方に暮れるシドーの耳に、久美子の声が届く。
その声は絶望と悲嘆で彩られていて、シドーに向けられていた。

「何でこんなことするの……?」
「……っ!?」

シドーは答えられなかった。
何を言って良いか分からなかったからだ。
そんなシドーに対して、久美子は顔を上げ、涙ながらに睨みつけてきた。

「……どうして、こんな事出来るの!?私達が一体何をしたというのよ!!」

久美子は肩を震わせながら、シドーに問い掛ける。
殺人者相手に怯むことなく、言葉を紡ぐ久美子。
怒りと悲しみが混ざった視線が、シドーを捉える。

(……止めろ……)

シドーは何も言うことが出来なかった。
ただ唇を噛み締め、彼女の突き刺さるような視線を受け止めることしか出来なかった。

(……オレを、そんな眼で視るな……)

やがて、耐えられなくなったシドーは顔を伏せようとするが、

――――シドー様、この少女が不快ですか?

内なる声に囁かれ、ピクリとシドーの肩が震えた。

――――ならば……消してしまえば、よろしいではありませんか……。
――――本能の赴くまま、殺してしまいましょう

(馬鹿な……何を言って……)

邪神官からの進言に、シドーの理性は拒絶の意を示した。
確かに、久美子からの非難は耐え難いものがある。
しかし、この惨劇を招いたのは他ならぬシドーだ。全ての責はシドーにある。

だが、シドーの 身体 (ほんのう)は、その意に反して、動き出す。
セルティの亡骸から大剣を引き抜くと、ゆっくりとその切っ先を久美子へと向ける。

(違う……俺はこんな事したくない……!)
――――何を躊躇っているのです、シドー様。
――――貴方の本質は破壊。それに従うことに何の問題があるのでしょうか?

脳内で繰り返される声を振り払うように、シドーは必死に首を横に振る。
久美子は、動かなかった。ただ真っ直ぐにシドーを睨みつけたまま。
しかし、その瞳には怯えの色が見て取れた。きっと自分の死を悟っているのだろう。

――――やはり、この少女の態度。気に入らないですね。
――――消えてもらいましょうか。それがあなたの為です。
――――さぁ、シドー様。その剣を振り下ろしましょう。この忌々しい眼差しごと、切り裂くのです。

声が、本能が、シドーを支配する。
シドーの思考を黒く染め上げ、まるでマリオット人形のように身体を動かしていく。
(――止めろっ!!もう沢山だ!!これ以上は――ッ!!)

しかし、シドーの意思とは裏腹に――
シドーの手は大きく掲げられて、大剣が振り下されようとし――その時だった。

「おいおい、少年。そいつはちっとスマートじゃねえな。」
「っ!」

シドーの視界を遮るようにして――突如として現れた影が、目の前に飛来し、振り上げられた大剣を受け止めた。

「無抵抗の女に、剣を突き立てるたァ、感心しねえな」
「……っ!!」

大剣を阻んだのは、双剣を掲げるロクロウであった。
シドーは、すぐさま飛び退き距離を離す。

「おい、セルティ、久美子ちゃん! 大丈夫か!?」

ロクロウに遅れること数秒後、今度は弁慶が駆けつける。
そして、セルティが既に事切れてることを悟ると、憤怒の形相でシドーを射抜いた。

「……てめえ……よくも…よくも、セルティをやりやがったなぁ……ッ!!」

地を震わせるような怒声に、シドーは身をすくめる。
咄嗟に何かを言い掛けるが、三人の敵意の籠った視線を前に、口を閉ざしてしまう。
そして、僅かな逡巡の後、身を翻して駆け出した。

「てめえッ、待ちやがれッ〜〜〜!!!」

脱兎の如く全力疾走するシドーを、弁慶は追走しようとするが。「おい、やめておけ」とロクロウが肩を掴んで制止させた。

「このッ、放しやがれッ!何で止める!?」
「アンタがいなくなったら、誰があの娘を護るんだよ」

ロクロウにそう言われ、弁慶は久美子を見やる。
久美子はセルティの遺体に取りすがって泣き続けていた。シドーを追い掛けるということは、彼女を放置することになる。
それを察した弁慶も、「……ちっ!」と舌打ちをしつつ追跡を断念。そのまま立ち止まり、その場に佇んだのであった。





どれだけ走ったことだろう。シドーは人気の無い草原の中で、膝をついて呼吸を整えていた。息は荒く、肺は焼けつくようで苦しい。
しかし、それ以上に胸が引き裂かれそうな感覚に陥り、辛かった。
脳裏に過るのは――先程の久美子の慟哭。そしてその眼差し。

『……なんでよ……』
『何でこんなことするの……?』
『……どうして、こんな事出来るの!? 私達が一体何をしたというのよ!!』

まるで呪いのように、久美子の言葉が脳内で何度も木霊し続けていた。
ビルドと出会う前のシドーであれば、鼻で笑ったかもしれない。
しかし、ビルドとの旅によって様々なことを学んだ今のシドーは、自分が引き起こしたことは、忌むべきものと理解している。
故に葛藤しているのである。

「……オレは、どうすれば……」

血に塗れた両手を見つめながら、ポツリと漏らす。すると、シドーの呟きに応えるように、再び邪神官の囁く声が響いた。

――――苦しいですか?悲しいですか?ならば本能に身を委ねましょう。そうすれば全てを忘れられます。
――――破壊の衝動に身をゆだねなさい。あなたが求めるものは、すぐそこにある。

「黙れ……ッ」

声を張り上げて、その誘惑を退ける。しかし、声は次第に大きくなり、シドーの意識を浸食していく。

――――あなたを苦しめるもの、あなたを悲しめるもの、全てを壊し、殺し尽くすのです。

「う……ぐ……っ」
頭を掻きむしり、地面に額を打ち付けながら苦悶する。

―――ーさぁ、シドー様。今こそ目覚めの時です。

「……うるさい……黙れェェェエ!!」
獣のような叫びと共に地面を踏みつけながら、立ち上がり、空に向けて大声を上げると、甘言を囁く邪神官の気配は忽ち消えたのであった。

「オレは……オレのままで居続けるんだ……ッ」

シドーは、自らに言い聞かせるかのように、虚しく呟いた。
シドーは、自分が今の自分でなくなることを、心から恐れている。
今の自分が本物でないとするならば、ビルドと交わした言葉も、ビルドに向けた感情も、何もかもが嘘になってしまうのだから。

ビルドとは袂は分かった。今は絶交している。
しかし――彼と過ごしたあの日々だけは、嘘にしたくない。

その意志だけを心に繋ぎ止めて、不安定な神様は、フラフラと弱々しく歩き始める。
そこに、かつての明朗快活な少年の姿はもはやなかった。


【C-6中央/平原/1日目/午前】
【シドー@ドラゴンクエストビルダーズ2 破壊神シドーとからっぽの島】
[状態]:健康、顔面打撲(小)、破壊衝動(大)、精神的疲労(大)、血まみれ
[服装]:いつもの服
[装備]:響健介の大剣@Caligula Overdose
[道具]:基本支給品、くすりの葉×5@ドラゴンクエストビルダーズ2 ランダム支給品1
[思考・行動]
基本方針:テミスとμとかいうのをぶっ倒す
1:今はとにかく逃げる、誰とも会いたくない
2:自分でもよくわからない衝動にムシャクシャするが、とにかく自制する
3:久美子に対する恐怖。
4:ビルドと再会したら、その時は……。
[備考]
※参戦時期はムーンブルク島終了後、からっぽ島に帰った後です。
※霊夢、マリアと知り合いについて情報交換を行いました。
※破壊衝動をどうにか抑制している状況です。


【ハーゴン@ドラゴンクエストビルダーズ2 破壊神シドーとからっぽの島】
[状態]:幽体(シドーに憑依) 満足
[思考・行動]
基本方針:シドーを「破壊神」として覚醒させ、生還させる
1:また暫くは様子見。
2:然るべきときにシドーを「破壊」の道へと誘う
[備考]
※幽体となっており、シドーに取り憑いていますが、実体化はできません。
※シドーにどれ程の干渉ができるかについては、後続の書き手様にお任せします。




「つまり、麗奈ちゃんは、北宇治高等学校に向かっているということで間違いないんだな?」
「ああ、確かにそのレイナってやつが、さっき言ったブチャラティ達と落ち合う手筈になっているようだ」

シドーが去った後、ロクロウと弁慶は情報交換を行なった。
ロクロウはすっかりと頭を冷やしたようで、頭を下げて謝罪。
弁慶は、当初こそ怒りは収まらず、殴りかからんとする状態ではあったが、先程久美子の窮地を救ったのが、ロクロウであったことを思い出し、寸前でのところで踏み止まった。
久美子はというと、当初はロクロウと視線を合わせようとはせず、俯いたまま――二人の会話をぼんやりと聞いていた。
しかし、ロクロウの口から、早乙女研究所で別行動を取った仲間達の情報が語られる中で、別行動を取った彼の仲間の一行が、麗奈達との合流を目指して学校へ向かっていると耳にした時は、ハッとした表情を浮かべ、食い入るように聞き入っていた。

「―――とまあ、俺が知っているのはここまでだ。アンタらは北宇治高等学校に行くんだろ? 早苗たちに遭ったら宜しく言っといてくれ」
「テメェはどうするつもりなんだよ?」
「俺は、とりあえず、あの少年を追うぜ」
「―――追って、どうするつもりだ……。」
「さぁてな……。何れにせよケジメは付けさせるつもりだぜ」
「―――そうかよ……。」

それ以上は追及しなかった弁慶を見て、ロクロウは背を向け、シドーが消えた方角へと歩を進めようとする。そこで意を決した様子で、久美子が呼び止める。。

「―――あのっ……!」
「うん、何だ?」
「……さっきは、危ないところを助けて頂いて……ありがとうございました……」

ペコリとお辞儀する久美子をロクロウは黙って見つめる。

「……それに、麗奈のことも教えてくれて、ありがとうございます……」

ロクロウが久美子の危機を救ったのは紛れもない事実だ。
また麗奈の消息について、有益な情報を齎したのもまた事実である。
しかし――。

「だけどっ……!!」

久美子はここで顔を上げて、目に涙を溜めながらロクロウを睨みつけた。

「それでも、私はあなたのことが許せないです……! あなたが場を掻き乱さなければ――。弁慶さんに突っ掛かることがなければ――。 セルティさんが死ぬことはなかったかもしれないからっ!」

視線を合わせたまま、暫く沈黙が流れる。
そんな久美子に、ロクロウは顔を顰めて、もう一度頭を下げた。

「……すまなかったな……」

それだけ言うと、ロクロウは再び背を向け、歩き出すのであった。




(……最悪だ、私……)

時々、麗奈に「久美子は性格が悪い」と言われることがある。
さっきの自分の言動を振り返ってみると、本当にその通りだな、と思う。
ロクロウさんが乱入したことによって、セルティさんがあの 少年 (こ)と一対一になったのは紛れもない事実だ。
弁慶さんの援護がなくなったのが痛手となったのは、素人の私から見ても明らかだった。
だけど、その一対一の対決の時に、セルティさんの足を引っ張ったのは一体誰?
セルティさんを殺すことになった、妖魔殺しの刺突剣を、同封された説明書もろくに読まず取り出し、それをあの 少年 (こ)の手に渡してしまったのは一体誰?

(……私のせいでもあるんだ……)

ロクロウさんやあの 少年 (こ)に怒りはあるが、それを隠れ蓑として、自分の責任を誤魔化しているだけなのだ。
結局私は、自分が可愛くて仕方ないのだ。

そんな自分を、心の底から嫌悪しつつ、私は、麗奈に会うため、弁慶さんと共に北宇治高校へ向かっている。
セルティさんの遺体は私の支給品袋に収めてある。死因となった刺突剣も一緒に……。
このゲームには、セルティさんと恋人のような関係である人も巻き込まれていると聞いている。
彼と出会うことがあれば、セルティさんの遺体は引き渡すつもりだ。
だけど――。

(……その人と出会ったら、私どんな顔をして接すれば良いんだろう……)

無言のまま、弁慶さんについて行く私の心には、哀しみと怒りと不安と罪悪感が入り混じり、渦巻いていた。


【D-7/午前/一日目】
【武蔵坊弁慶@新ゲッターロボ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)
[服装]:修行僧の服
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3。自販機から得た飲み物(たくさん)
[思考]
基本方針: 殺し合いを止める。
0:久美子と共に北宇治高校に向かう
1:岸谷新羅にセルティを届ける。
2:竜馬と隼人を探す。
3:晴明を倒す。
4:早乙女研究所のシミュレータとやらも気になるが、今は後回し
※少なくとも晴明を知っている時期からの参戦。
※ロクロウと情報交換を行いました


【黄前久美子@響け!ユーフォニアム】
[状態]:ダメージ(中)、肩にダメージ(大)、精神的疲労(絶大)、右耳裂傷(小)、自己嫌悪
[服装]:学生服
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0〜2、デモンズバッシュ@テイルズオブベルセリア、
、セルティ・ストゥルルソンの遺体。
[思考]
基本方針: 殺し合いなんてしたくない。
1:まずは麗奈と合流するため、弁慶と共に北宇治高校に向かう
2:部の皆と合流する。
3:岸谷新羅さんに、セルティさんを届ける
4:ロクロウさんとあの子(シドー)を許すことはできない
5:あすか先輩...希美先輩...セルティさん…
※少なくとも自分がユーフォニアムを好きだと自覚した後からの参戦
※夢の内容はほとんど覚えていませんが、漠然と麗奈達がいなくなる恐怖心に駆られています
※ロクロウと情報交換を行いました


【支給品紹介】
デモンズバッシュ@テイルズオブベルセリア
黄前久美子に支給。
妖魔殺しの刺突刃。妖魔たちが自らの手で創りだしたといわれる。
鬼や桜川九郎のような異形に有効なのかは、次回以降の書き手様にお任せいたします。




「少し熱くなりすぎたか……」

逃走したシドーを追うべく、草原を歩くロクロウは、先程のモアナに似た声の少女・黄前久美子からの叱責を思い返していた。
強い奴と斬り合いたい――夜叉の業魔としての本能に従ったが故の、あの顛末だ。
言い逃れは出来ない。
妖魔の類でありながら、少女を命懸けで護ろうとしたセルティ・ストゥルルソンは間違いなく善良の参加者だ。そして、彼女の死の責任の一端は、自分にある。
オシュトルから託された首輪回収の任務がある手前、参加者の遺体があれば、その回収を願いたかったものだが、流石にあの状況でそんなことを口に出すことは、憚れた。
何れにせよ、今後は自制しようと心に決めた。

少年の追跡。
首輪の回収。
シグレ打倒。

やるべきことは、たくさんある。

夜叉の業魔は、己がなすべきことを胸に刻みながら、戦場を彷徨うのであった。

【C-6南東/平原/1日目/午前】
【ロクロウ・ランゲツ@テイルズ オブ ベルセリア】
[状態]:健康、頬に裂傷、疲労(中)、全身ダメージ(中)、反省
[服装]:いつもの服装
[装備]: オボロの双剣@うたわれるもの 二人の白皇、ロクロウの號嵐(影打ち)@テイルズ オブ ベルセリア
[道具]:基本支給品一色、不明支給品0~2
[思考]
基本:シグレ及び主催者の打倒
0: まずは、シドーを追う。追いついた後は……。
1: シグレを見つけ、倒す。その後、『大いなる父の遺跡』にいるオシュトルの元へ、シグレの首輪を届ける
2: 號嵐を譲ってくれた早苗には、必ず恩を返すつもりだが……
3: ベルベット達は……まあ、あいつらなら大丈夫だろ
4: 殺し合いに乗るつもりはないが、強い参加者と出会えば斬り合いたいが…
5: 久美子達には悪いことしちまったなぁ……
[備考]
※ 参戦時期は少なくともキララウス火山での決戦前からとなります。
※ 早苗からロクロウの號嵐(影打ち)を譲り受けました。
※ オシュトルからうたわれ世界の成り立ちについて、聞かされました。

前話 次話
番外編:舞台裏の楽屋裏 投下順 わたしのとくべつ(中編)

前話 キャラクター 次話
新(ひびけ!!)ユーフォニアム ~コンプリケイション~ 黄前久美子 Monster Hunter
新(ひびけ!!)ユーフォニアム ~コンプリケイション~ セルティ・ストゥルルソン GAME OVER
新(ひびけ!!)ユーフォニアム ~コンプリケイション~ 武蔵坊弁慶 Monster Hunter
逃走(インポッシブル) シドー Monster Hunter
散りゆく者へ ロクロウ・ランゲツ 最後に笑うは
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