バトルロワイアル - Invented Hell - @ ウィキ

戦々凶々(前編)

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kyogokurowa

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「――ナメ……カナメ……」

暗がりの中、俺の名前を呼ぶ声がする。
聞き慣れた――しかし、どこか懐かしさも感じさせる声。
その正体を確認すべく、俺は声のする方向に顔を向けた。

「――ナメ……」

目を凝らせば、かなり離れた所から、必死にこちらに呼びかけている人影があった。

「……シュカ……?」

深紅のドレスに、ブロンドのツインテールを揺らしながら、懸命に声を上げるその姿を認めて、俺はアイツの名前を心中で呟いた。

遠目であるが、見間違うはずもない――。
ひょんなことから巻き込まれたDゲームというクソゲームで、一度は交戦して殺されかけて、その後は「家族を作ってほしいの」などと誤解を招かねない誘い文句で、思春期真っ只中のこちらをドキリとさせてからは、行動を共にするようになった女の子、シュカだ。
クラン「サンセットレーベンズ」を結成してからも、常に傍にいて俺の戦いを支えてくれた相棒のような存在は、懸命に何かを伝えようとしているが、闇の奥に吸い込まれるように遠のいていく。

「――行くな、シュカっ……!!」

ここでアイツを見失ってしまっては、もう二度と会えない気がする。
そんな焦燥に駆られながら、必死に手を伸ばすも、シュカの姿も、シュカが発する声も、消えていく――。

「シュカぁあああああああああああっーーー!!!」

そう叫んだ瞬間、視界が一気に明転した感覚を覚えると――

「カ、カナメさんっ!?」
「随分と元気のよいお目覚かな」
「なっ……!?」

シュカとは異なる二つの声色が鼓膜を震わせ、俺の意識は現実に引き戻された。
視界に飛び込んできたのは、夜空を背景に青々と茂る木々と、此方を上から覗き込む二人の女の顔。
一人は、見覚えのない女だった。長い黒髪と―――これは、所謂獣耳ってやつか?
とにかく白く大きな毛並みの耳が特徴で、その耳をパタパタと動かして、目を細めて、こちらを優しげに見守っている。
そして、もう一人は見覚えのある顔だった。一時的に行動を共にして、学校で別れた緑髪の巫女。

「早苗――」
「うわあああああああん、カナメさん、良かったですぅー!!」
「え、あっ、おいっ……!?」

俺が名前を呼ぶのと同時に、早苗は泣きじゃくりながら、勢いよく飛びついてきたのであった。




「……そうですか、霊夢さんは、そのヴライって人に……」
「やっぱり、あの漢――。
オシュトルと同じくらいに、野放しするのは危険かな」

目覚めたカナメとの情報交換を通じて、病院での顛末を聞いたクオンと早苗は、神妙な面持ちで互いに顔を見合わせた。

全ては、ブチャラティが懸念した通りであった。
剛腕のヴライ――。深傷を負っていたはずのヤマト最強は、その息を吹き返して、病院一帯を、霊夢やフレンダといったカナメの同行者達諸共、その業火を以って、屠ったという。

未だ近辺を彷徨っているであろうハクとアンジュの仇の姿を脳裏に浮かべ、クオンは沸々と湧き上がる激情に拳を固める。

早苗もまた複雑な思いを胸に秘める。
無論、霊夢を殺害したというヴライに対する怒りはある。
しかし、一方で、カナメは彼女にとって到底無視できない情報を齎した。

(……咲夜さん、やはり貴女は……)

カナメ、フレンダ、霊夢を襲撃したというメイド服の少女。
幾多の参加者と接してきた早苗ではあるが、投擲用ナイフを得物とするメイドというと、咲夜をおいて他には思い当たらない。
学校エリアでの激闘において、一時的に手を組むんでいたが、彼女の目指すところが最終的に優勝ということであれば、いつか必ず対峙する時が訪れることになる。
今となっては唯一生き残っている幻想郷の知人を相手に、果たして自分はうまく立ち回ることができるのか、不安に思ってしまう。
何せ此処は、幻想郷で常日頃行われている弾幕ごっこのフィールドではなく、冷酷無慈悲な殺し合いの戦場なのだから。

「ともかく、此処でじっとはしていられないかな。
まずは、急いでブチャラティ達のところに追いつかないと……。
カナメも一緒に来てくれると嬉しいかな…」

応急処置したとはいえ、カナメが負った傷は決して軽くない。
薬師としても、この状態のカナメを放っておくことも出来ない。
故にクオンは、彼に自分達に同行するよう要請する。

「ああ……俺は構わないが……」

カナメとしては、学校付近に向かったというレインとの合流を目指したい気持ちもあったが、命の恩人たるクオンの誘いを無碍に断る理由もない。
そして、何より――

「そうですね、急ぎましょう、クオンさん、カナメさん。
ブチャラティさん達が、オシュトルさん達と合流してしまう前に――」
「なぁ、少し良いか? 本当に折原の奴は、そのオシュトルっていうクソ野郎と結託して、色々と暗躍しているのか?」

折原臨也――。
カナメは、遺跡にいるとされる彼と会って話をしてみたいと思っていた。
実際、カナメが臨也と接したのは、軽く情報交換をした程度の短い時間だ。
飄々として、掴みどころのない自称『情報屋』――それがカナメが臨也に対して抱いていた印象ではあったが、少なくとも、カナメの中では味方側に分類される人間であった。
しかし、クオン達から聞かされた話によると、どうにも碌でもないことを仕出かしているらしい。

「……折原さんに関しては、正直よく分かりません。
私達も直接会った訳でもないですし、あくまでも麗奈さんから聞いた話ですので……」

カナメの問いに、早苗は目を伏せて自信なさげに呟く。
人伝いに聞いた話をそのまま鵜呑みにして、他人を悪く言うつもりは、彼女にはない。
それはクオンにしても、同じだった。
彼女達が、臨也に関してカナメに齎したのは、「悪漢に手を貸しているらしい」という情報のみであり、それ以上彼に言及するつもりはなかった。

(――高坂麗奈……。 そもそも、こいつが信用できるか怪しいところだな……)

そんな二人の姿を見やりながら、カナメは、早苗達にオシュトル達の悪評を吹き込んだという少女について、思考を巡らしていた。
というのも、カナメがオシュトル達の悪評に懐疑的なのは、この少女が二人に齎した情報に不審な点があるからだ。

(遺跡に辿り着くまで、折原とウィキッドが一緒に行動していただと? 
普通に考えてありえんだろ……)

ウィキッドは、カナメ達に臨也を崖下に突き落としてやったと愉しげに語っていた。
そして、カナメ自身も、二人が交戦していたとみられる形跡を目の当たりにしている。
そんな二人が仲良く行動を共にしていたとは考え辛い。
何れにしろ、それを踏まえても、臨也に会って直接真偽を問い質したかった。

「――だけど、彼と一緒にいるオシュトルが、『クソ野郎』って言うのは間違いないかな。
それは、実際にあの漢と会ったことのある私と早苗が保証するよ。
自分の手を汚すことなく、平然と他人を欺いて、良いように利用して、最終的にはゴミのように切り捨てる卑劣漢――カナメも、あの漢と出会うことがあっても、彼の口車に乗らないように気を付けてほしいかな」
「あ、あぁ……」

少しの間を挟んで、臨也からオシュトルに話題が移ると、クオンは、やや昂った様子で、彼に対する悪感情を露わにして、早苗もまた確信を持った様子で、クオンに同調して頷く。
その気迫に押されるような形で、カナメもまた相槌を打つほかない。

(二人がここまで嫌悪感を露わにするってことは、相当に性根がねじ曲がった奴なんだろうが……)

オシュトルに関しては、直接会ったことはない。
故に、オシュトルの悪評自体に対して、カナメはとやかく言及するつもりもない。
けれども、ここにも、腑に落ちない点が一つある。
カナメはゲームが始まってから、ここに至るまで、オシュトルと接触した参加者三名と出会って、彼の風評を耳にしていたが、何れも彼の人格を貶めるような内容はなかった。
元々知り合いだったというクオンが語るような人物像であれば、なるほど確かに表面上は、善人であるかのように取り繕っていた可能性はある。

しかし――

「なぁ、早苗……。
そのオシュトルって奴が、どうしようもない下衆野郎だって事は理解したんだが、
どうしてそれを、前に俺と一緒にいた時に、教えてくれなかったんだ?」
「……っ!? そ、それは……」

カナメの問いに、早苗は言葉を詰まらせる。
カナメが早苗と再会する前に出会った、オシュトルを知る三人の人物――。
流竜馬に、『ブローノ・ブチャラティ』――。
そして何を隠そう早苗自身も、そこには含まれていた。
しかし、当時の彼女からは、オシュトルに対して否定的な感情は見受けられなかったのである。
カナメとしては、何故早苗が今更になって、彼への嫌悪を顕にするようなことになったのか、不思議で仕方がなかった。

「……怖かったからなんでしょ、早苗?」
「……クオンさん……」

言い淀む早苗に、ポンと優しく肩を叩いて、助け舟を出したクオン。
彼女の配慮に感謝を覚えつつ、早苗はコクリと頷くと、わなわなと肩を震わせながら口を開く。

「――はい、どうしても、あの人に、皆の前で糾弾されたことを思い出してしまって……。
それに、オシュトルさんは、一応殺し合いに反対する立場を取っていましたので、同じ殺し合いに反対する人達の間で、余計な不和を招きたくないとも思っていました。
だけど、クオンさんや麗奈さんの話を聞いて、やっぱりあの人は許せないと思ったんです……!!」
「そうか……」

意を決し、言葉を紡ぎ出した早苗に対して、カナメは神妙な面持ちで頷く。
成程確かに、自分と歳変わらぬ少女の気持ちを鑑みれば、理解できない話ではない。

「すまん、早苗……。
配慮に欠けた質問だったかもしれない。許してくれ」
「あ、いえ、カナメさんが謝るようなことじゃないですよ! そもそも私がもっとしっかりして、オシュトルさんの危険性を前もって伝えるべきでしたし!」

カナメが頭を下げると、早苗はあわわと慌てた様子で、手をパタパタさせながら、カナメに頭を上げるように促した。

「さて、話は纏まったようだし、この話は、ここまでにしようか。
先を急がないと、あまり猶予はなさそうかな」

カナメと早苗の会話に一区切りついたところで、クオンがぱんぱんと手を叩くと、それを皮切りとして、三人は陽の当たらない森を進み始める。
クオンと早苗は、カナメにもオシュトル一味の危険性を認知してもらえたと一安心して話を締め括ったが、その実カナメの中では、彼らの悪評に対する疑念は晴れていない。

(――取り敢えず、連中と遭遇することになったら、事を荒げないようにしないとな……。
出来れば、話し合いの場を持ちたいが――)

流石に一方通行の情報だけでは、オシュトル達を悪と断ずるのは早計だ。
まずは、直接その真意を問いただす必要があると、カナメは改めて気持ちを引き締め直した。

その直後。

――ピタリ

先行していた二人の足が止まった。
何事かと、カナメが前方を伺うと、自分達の進行方向に小さな崖があることに気付く。
成程、これでは迂回する他なさそうだ。

「ちっ、行き止まりか。面倒だが、ここは回り道をして――」
「……見つけた……」
「うん、何だって、クオン?」

舌打ちしながら、カナメが迂回路を探しに踵を返そうとした矢先、クオンはぽつりと呟いた。
カナメが訝しげに振り返ると、クオンと早苗は崖下の一点を凝視していた。
早苗は肩をわなわなと震わせて、その眼は大きく見開かれている。

「早苗……?」

カナメは、只ならぬ様子の彼女に呼び掛けた。
しかし、カナメの呼び声は届いていないのか、早苗は依然として崖の下を凝視し続けていた。
彼女の視線の先に何があるのかと、カナメも崖下を覗き込む。
そして気付く――崖下の開けた獣道を横断する三つの人影に。
その三つの影の一つに、カナメは覚えがあった。

「あれは、おりh「オシュトル...!」
「あっおい、クオン!」

カナメが折原臨也の存在を認知したその瞬間、クオンは地を蹴り上げ、猛然と崖下へと駆け出すのであった。




「どうやら、オシュトル達は、どこかに行っちまったみてえだな」

ロクロウが案内する形で、久美子達が遺跡のコンピュータルームに到着したのは、ドッピオがブチャラティ達追跡のため、同施設を発った数刻後のことであった。
ロクロウや麗奈にとっては、再訪という形になるため、遺跡内でも特に迷うことはなく、一直線に辿り着くことは出来た。
しかし、そこにいたはずのオシュトル達の姿もなく、おまけに主催者側のサーバにハッキングしたというコンピュータも既に電源は切られていた。

「オシュトルさん達が向かった場所に、心当たりは?」

麗奈はロクロウに問い質すが、彼は肩をすくめてみせた。
これでは、琴子達に『レポート』の内容の証左を提示できないと、麗奈は歯噛みする。
久美子もまた意気消沈したような表情を見せる。

(徒に他の参加者に情報が流失することを防止しましたか……。
こういうところに抜け目がないのは、こちらとしても都合が良いですね)

そんな二人を他所に、琴子は先まで此処を拠点にしていたというオシュトル達について、思考を巡らす。
聞くところによれば、『レポート』とやらには、参加者の『覚醒』事象に関連付いた形で、会場内で起こった様々な情報が含まれているとのこと。
そういった情報量の差は、この生存競争において、他の参加者達に対してアドバンテージにもなりえるし、いざとなれば、交渉材料にも利用できる。
故に、レポートを開示したままの状態にしておらず、情報の垂れ流しをシャットダウンを行ったのは賢明な判断と言える。
今後のことを考えると、今追っているグループが、そういった理知的な判断を下せる参加者達であれば、願ったり叶ったりだ。
理知的であればあるほど、久美子達の計画を否定する際に、此方側に賛同する流れを作りやすいからだ。

(しかし、問題は“彼女”の方ですね)

琴子が後ろを振り返ると、そこには彼女を乗せる車椅子の手押しハンドルを握り、棒立ちして、虚な表情を浮かべるおんぼろの少女がいた。

「――あかりさん、大丈夫ですか?」
「……。」
「あかりさん?」
「……はい?」
「いえ、ボーっとしていらしたので」

琴子に顔を覗き込まれ、あかりはハッとなる。

「あっ、岩永さん、すみません! 私の方は大丈夫です……」
「そうですか……。
お手数お掛けしている私が言える立場ではないかもしれませんが、あまりご無理はなさらずに……」
「はい、ありがとうございます!」

琴子からの心遣いに、笑顔を返すあかり。
しかし、その取り繕うような笑顔から、まだ内に抱える「傷」と「迷い」が払拭できていないことは容易に察せられた。
傷心中のあかりには、麗奈達が掲げる理想(けいかく)は、ある種の希望のように映るのかもしれない。
彼女の動向にも改めて注視する必要があるだろう。

(――はぁ…、九郎先輩は一体どこにいるんでしょうか……)

いくら『知恵の神』として魑魅魍魎から崇めらているとて、岩永琴子は決して万能の存在ではない。
度重なる死線に、選択肢を誤れば生命を失いかねない駆け引き、秩序を揺るがしかねない久美子達の計画、心身不安定なあかりの監視、遺跡に先行したのを最後に行方知れずとなった『ブローノ・ブチャラティ』を騙る青年――。
幾多の問題を抱えることで、琴子の心労もまた蓄積されていく。

こういう時だからこそ、心を通わせた恋人とスキンシップでも取れれば、少しは癒されるのだが……。
と、心の中で嘆息しながら、琴子は行き先不安な現状について思考するのであった。




ズン ズン ズン

己が宿敵に擬態した鬼の首魁との邂逅の後、ヤマト最強とうたわれた漢は、進行方向をただ一点――大いなる父の遺跡に定めて、歩を刻み続けていた。
オスカー・ドラゴニア、鈴仙・優曇華院・イナバ、鎧塚みぞれ、ヒイラギイチロウ、アンジュ、安倍晴明、天本彩声、平和島静雄、レイン、シドー、ブローノ・ブチャラティ、十六夜咲夜、博麗霊夢、カナメ、フレンダ=セイヴェルン、鬼舞辻無惨――幾世の強者達と、幾度となく繰り広げられた激闘。
その爪痕は、鍛え抜かれた鋼が如き巨躰に、幾重にも刻み込まれている。

傍から見れば、満身創痍――。
しかし、どの傷をとってみても、ヴライの猛火の如き闘志を削ぐには、至らず。
待ち受けるであろう宿敵との死闘を渇望し、己が闘気を昂らせ。
深紅の双眸は爛々と燃え盛り、宵の空気を無理矢理に引き裂いて、漢はひたすらに突き進むのであった。


麗奈をはじめとした『覚醒者』達の確保を目標に、遺跡を発ったオシュトル、臨也、ヴァイオレットの三名。
そんな彼らの前に、影が一つ降り立ったのは、ひたすらに下っていた山道の傾斜が平らになって一刻ほど経過した頃合いだった。

夜天の闇が包み込む背景とコントラストを演出するかのような白き装束を身に纏まった一人の少女――。
着地するや否や、少女は面をゆっくりと上げて、黄玉色の眼光を煌めかせて、一同を睨みつける。
そして、その面貌は、オシュトルが良く知るものであった。

「……っ!? クオン、その格好は!?」

探し求めていた仲間との再会――本来であれば、喜ぶべき場面ではある。
しかし、オシュトルは、眼前のクオンの様相に驚きを隠せなかった。
クオンが纏うその白装束は、忘れるはずもない。
それは、かつてエンナカムイに来訪し、その破天荒な言動を以って、オシュトル達を困惑させた挙句、災害の如く暴れ回ったトゥスクル皇女のものであった。
彼女の拳によって、奥歯をへし折られてしまった際の痛覚を、オシュトルは鮮明に記憶している。

「ヤマト右近衛大将、オシュトル……。汝に問う――」

そして、眼前のクオンは、あの時の皇女を想起させる声色と威圧感を以て、言葉を紡いでいく。
その威風堂々且つ気品を兼ね備えた佇まいは、紛れもなく、あの皇女を彷彿とさせている。

「汝は、何故己が友を……!! ハクを、切り捨てたのだッ!?」
「…何っ!?」

クオンからの予想だにしない問い掛けに、オシュトルは目を見開く。
ヴライとの戦闘に巻き込まれた折り、オシュトルはハクを護りきること叶わず、彼は命を落としてしまった――それがクオンに告げたハクの死の全容だ。
それが何故今になって、オシュトルがハクを切り捨てたなどという、あらぬ嫌疑をかけられた上で、追求される羽目になるのかと、オシュトルは内心で訝しむも-――

「答えよ、オシュトル!!」

クオンから放たれる尋常ならざる気迫に、問いに答えずにはいられないと結論付ける。

「……クオン殿、奴の死については、先にも言った通りだ。
奴は某とヴライ――仮面の者(アクルトゥルカ)の戦いに巻き込まれて、死んだのだ……。
それ以上でも、以下でもな――」
「惚けるなぁッ!!」

瞬間、クオンは殺気を迸らせ、地を蹴り、オシュトルの元へと肉薄する。
そのまま、拳を握り込むと、クオンはオシュトルの顔面へと殴りかかった。
豪速の拳をオシュトルは寸前で鉄扇で防ぐが、その威力は凄まじく、轟音と共にオシュトルの身体が宙を舞い、後方に吹き飛ばされた。

「ぐっ!? クオンっ!?」

何とか空中で体勢を整えて着地すると、オシュトルは驚愕を表情に張りつけ、クオンを見やる。

「卑劣で狡猾な汝のこと……。
大方、汝がこの殺し合いで、たくさんの人を欺き、利用し、使い捨てにしてきたように、ハクのことも捨て石にしたのだろうッ!!」
「な、何を言っている、クオン――」
「汝のような俗物を、皆のところに還す訳にはいかぬ…!!
ここで朽ち果てよ、オシュトルッ!!」

謂れなき罪に糾弾されるオシュトルは、弁明せんと言葉を探すも、クオンは聞く耳を持たずに、再びオシュトルの元へと肉薄し、拳を振り下ろす。

ガ キ ン!

何とか鉄扇でそれを防いだものの、クオンはその場で身体を捻らせ、回転蹴りをオシュトルの腹部に叩き込む。

「ぐはっ!?」

風を切る音ともに放たれた蹴撃は、オシュトルの腹部を抉るように命中し、オシュトルを後方へと吹き飛ばし、その身体は二度三度と地面をバウンドさせられる。

「がはっ……! く、クオン殿……一体何があったというのだ……!?」

吐血した口元を拭いながら、オシュトルは立ち上がる。
クオンは、オシュトルの構える鉄線に視線を落とす。

「――それに、その鉄扇……。
ハクを模倣して、悪事を重ねるとは、何事かッ!!」

クオンは、燃え上がる憎悪を瞳に宿して、再びオシュトルの元へと駆ける。

「くっ……!!」

休む暇与えぬ程のスピードで連撃を繰り出していくクオン。
オシュトルは鉄扇を振るい、クオンの繰り出す猛攻を捌かんとするも、ウィツァルネミテアの天子の拳はあまりにも重く、オシュトルの身体は大きく仰け反っていく。
防戦一方。それに加えて、オシュトル自身にはクオンに危害を加える意思はない。
このままいけば、オシュトルが撲殺されるのは、火を見るよりも明らかだ。

だが――

ヒ ュ ン!!

風を裂く音とともに、銀色に煌く一筋の閃光がクオンに迫り、クオンは後退してその一撃を回避すると、オシュトルへの猛撃は断ち切られる。
そして、両者の間に金色の影が割り込み、オシュトルを庇うようにしてクオンの前に立ちはだかる。

「オシュトル様、お下がりを……」
「へぇ、彼女がオシュトルさんが言っていた亜人――人間もどきってやつかい?
なるほどねぇ、確かに耳とか尻尾は獣っぽいけど、その他の部分は人間に似ているかもだね」
「ヴァイオレット殿、臨也殿…!!」

前方で表情を崩すことなく手斧を構えるヴァイオレットに、後方でニタリと笑いながらナイフを突き立てる臨也。
当事者間で何やら訳ありと考え、当初は、敢えて俯瞰に徹していた二人であったが、流石にこれ以上の暴挙を見過ごすことはできないと、オシュトルへの加勢を決めたのである。

「――オシュトルに利用されている哀れな女と、オシュトルと共謀する悪漢か……。
成程、今はこの者たちが汝にとって、都合の良い駒ということか――」

クオンは忌々しげに、二人を交互に見やると再度オシュトルに向き直る。

「この者たちの状態を見れば、容易に察せられる……。
汝が、言葉巧みに他人を操り、己が手を汚さず、邪魔者を排除していたことくらいは……」
「……な、何を言っている?」

ドレスがボロボロになり、所々に血が滲み染みているヴァイオレット。
ヴァイオレットほどの損傷はないが、それでも右拳を赤黒く腫らしている臨也。
どちらもこの殺し合いにおいて、命のやり取りを行ったものの証左として、その躰に痛々しく刻まれている。
それに比べてオシュトルはどうだろうか――。
身に纏う服に汚れや傷みこそあれど、クオンが負わした叩き込んだもの以外に、特に目立ったダメージは見受けられない。

まさに、クオン達が懸念していた卑劣漢オシュトルの実態を、如実に表している光景がそこにはあったのだ。

「そして、利用するだけ利用して、最後は使い捨てるつもりなのだろうな?
ハクのようにッ…!!」
「それは違う。クオン殿、某の話を――」
「黙れッ!!」

最早語る言葉などないと判断したクオンは、地を蹴り上げ、再びオシュトルとの距離を詰める。
再び風を裂く音が聞こえたかと思うと、飛来したナイフを素手で掴み取る。
その隙に、ヴァイオレットがクオンに肉薄する。

「クオン様、まずは落ち着いてくださいませ」

ヴァイオレットは、クオンの足元を掬うように足払いを仕掛けるが、クオンはそれをジャンプで躱す。

「邪魔を――-」
「……っ!?」

そのまま空中で身体を捻ると、勢いそのまま踵をヴァイオレットの顔面に叩き込まんとする。

「するなぁあああッーー!!」

咄嗟に己が義手を眼前で交差させ、直撃こそ免れたが、それでも衝撃は殺しきれずに、ヴァイオレットの華奢な躰は地面に叩きつけられる。
忽ち背中で受け身を取り、身体のバネを使って起き上がるが、その麗しい顔面目掛けて、クオンが、回転蹴りを繰り出さんとする。

その刹那――。

ヒ ュ ン!!

今度は複数のナイフがクオンの元に殺到する。臨也による投擲だ。

「小癪なッ!!」

しかし、クオンは眉を顰めつつ、それら全てを難なく躱わす。
クオンの注意が逸れたその間、体勢を整えたヴァイオレットは、オシュトルと共に彼女を取り押さえんと、その懐に駆け込まんとする。

「――させません!!」
「「っ…!?」」

直後、天より第三者の声が響くと同時に、二人の頭上には光弾の雨が降り注いだ。
咄嗟に左右に散開するヴァイオレットとオシュトル。どうにか直撃を免れて事なきを得る。二人が、土煙が漂う中を掻い潜り、視界が明らかになった頃、今度は後方から数多の衝突音が木霊した。

「臨也様っ……!?」

先程まで後方から援護攻撃に務めていた臨也がいた場所は、一際大きな土埃に覆われて何も見えず、彼の安否を窺い知ることが出来ない。
一体何が起きた―――そんな疑問とともに、オシュトルとヴァイオレットは光弾の元たる天を見上げる。
そして、そこで二人は目を見開いた。

「――早苗殿…?」
「……。」

夜天の空に佇み、得物たるお祓い棒を突き立てるような形で、此方を見下ろすのは、二人が見知った巫女であったからだ。

「すまない、早苗。助かった……」

クオンが宙に浮かぶ早苗に礼を述べると、早苗は首を左右に振って、言葉を返す。

「クオンさん、私も戦わせてください……。
オシュトルさんをこのまま野放しにしておけませんから……!!」

身体を震わせながらも、早苗は己が覚悟をクオンに告げた。
振り絞られた勇気に、クオンもまたコクリと頷き応えると、二人してオシュトルとヴァイオレットを睨みつけた。

「早苗様まで、一体どうなされたのですか!?
何故、私達が戦わねばならないのですか!?」

困惑し、声を張り上げる、ヴァイオレット。
彼女からしてみれば、クオンはともかく、早苗に自分達が攻撃される謂れはどこにもない。

「ヴァイオレットさんと戦う理由はありませんが、オシュトルさんを排除する理由はあります……。
ヴァイオレットさんも、見ていましたよね?
その人の研究所での暴挙を……」
「――はい?」

ザザッ――、ザザッ――。

早苗の脳裏で掘り起こされるは、研究所での一幕。

――――――

『―――早苗殿……?』
『ごめんなさい……。私やっぱり理解できないんです……。オシュトルさんのことも、ロクロウさんのことも……。兄弟で殺し合いなんて……。』
『早苗殿、失礼を承知で言わせて頂くが、つまらぬ感情論で議論を長引かせるのは、控えて頂きたい。今の状況では、シグレ・ランゲツの首輪の回収こそが、最も合理的だ。
貴殿の我儘に付き合わされる今でも、我々の命運は、主催の者達の意思次第でどうとでもなってしまうことをお分かりか?』
『それでも認めたくないんです! 誰かを……それも肉親を踏み台にするようなことなんて!!』
『なれば、早苗殿に問う―――貴殿に首輪の心当たりがあると?
ロクロウに代わって、貴殿が、手頃な参加者を殺めて、その首輪を調達してくれるとそう捉えて宜しいか?』
『……っ!? ちが……わ、私は……』

――――――

オシュトルが、ロクロウに持ち掛けた、シグレ殺害及びその首輪回収の依頼――それに異を唱えた彼女が皆の前で糾弾された記憶。
しかし、それは彼女の脳に巣食う蟲によって改竄された記憶である。

オシュトルやヴァイオレットには当然思い当たる節もなく、首を傾げる他ない。
しかし、そんな二人の反応を他所に、早苗の独白は続く。

「あの時から、オシュトルさんには違和感を覚えていました。
そして、クオンさんや麗奈さんから話を聞いて、私は確信したんです――」
「待てっ、麗奈殿だと…!?」
「お嬢様と、お会いになられたのですか!?」

不意に飛び込んできた、麗奈の名前にクオンとヴァイオレットは驚愕し、早苗に問い詰める。
だが、早苗はそれに答えることなく、手に握るお祓い棒を振り上げる。

「オシュトルさんは、ある意味で殺し合いに乗った人よりも質が悪く、目的の為には、他人を平然と使い捨て、必要があれば、排除も厭わない人だとっ!!
だから、私はオシュトルさんを倒します!! 他の人がオシュトルさんの被害に遭われてしまう前に!!」

ブォンッ!!

瞬間、五芒の星が顕現するや否や、風切りの音を響かせ、無数の光弾が放たれた。

「っ……!」

夜天より流星群の如く降り注ぐ光弾。
自身に差し迫るその質量に、オシュトルは苦鳴を僅かに漏らしながら、全速で地を駆けて、逃走を試みる。

「オシュトル様っ!?」

明らかにオシュトルを照準とした弾幕。
近くにいるヴァイオレットを巻き込む訳にもいかず、彼女からは遠ざかっていく。

ドドドドドドドドドッ――

大地が光弾に穿たれ、削り飛んでいくその様は、機関銃による掃射を彷彿させる。
爆撃音が鼓膜を震わせ、土煙が巻き上がる中、オシュトルは、ただひたすらに駆けていく。
早苗の追撃も緩むことはなく、流星雨はしつこくオシュトルを追いかけ回す。

オシュトルは死に物狂いで、光弾から逃げ続けると、森の深部へと駆け込んだ。
ここまで来ると、枝葉のカーテンによって上空からの視界は遮られ、早苗は標的を捉えることはできない。
その証左か、早苗の攻撃はぴたりと止んだ。
オシュトルは、ようやく足を止めると、乱れた息を整える。

「ハァハァ……、何がどうなってる……?」

未だに、オシュトルは混乱の最中にあった。
何故、クオンと早苗が、ここまで自分を目の敵にして排除しようとしているのか、身に覚えがないからだ。

――今更になって、問い詰められるハクの死の真相
――研究所での会話についての糾弾
――高坂麗奈との接触を匂わせる発言

振り返っても、あまりにも不明な点が多すぎる。
彼女達とは、腹を割って話し合いたいのだが、あの状況ではまともに話もできる余地はない。

一体どうしたものかと、オシュトルが途方にくれたところ――

「――見つけましたよ、オシュトルさんっ!!」
「なっ、早苗っ!?」

木々の隙間から飛び出た、早苗の姿を目の当たりにして、オシュトルは戦慄するも束の間、光弾がオシュトルを掠め、背後の木を穿った。

「クソッ!!」
「逃しませんよ!!」

慌てて背を向けると、オシュトルは一目散に逃走を開始する。
早苗も光弾を放ちながら滑空し、オシュトルを追走するのであった。


――ぐじゅっぐじゅぐじゅ、じゅるるる……

大部分が焼失し、荒廃した病院内。
その施設内の一室「身体ストック室」の中に響く咀嚼音が一つ。
美しき黒髪を靡かせる少女・高坂麗奈――に扮するウィキッドは、その清廉潔白な見た目とは裏腹に、獣のような姿勢で部屋の中で保管されていた参加者の身体の欠片に喰らいついていた。

――ぐじゅぐじゅ、ばぎっ、ぶちっ、がしゅっ……

肉を食い千切り、骨を噛み砕く中、ウィキッドは自身の身体に巣食っていた飢えと渇きが満たされていくのを感じ取る。

しかし、その事に対して特に感動を覚えることもなく、今自分が口にしているものが美味いと感じる事もない。
それもそのはず――元々水口茉莉絵という少女は、「楽しく食事を取る」というありふれた幸せとは無縁の半生を歩んできた。
確かに学生という身分の都合上、ランチタイムはクラスメイト達と食事を共にする機会は多々あった。しかし、それを楽しいと思ったことは一度もない。
あくまでもターゲットに近づいて、そいつを壊すための情報収集と工作の一環であって、女子特有の他愛のない会話に相槌を打ちながらの食事など反吐が出る。

―――圧倒的な憎悪。

生成された複製人肉を貪る魔女の中で蠢くのは、飢えを満たされる満足感でもなく、背徳的行為に対する忌避感でもなく、自分にこのような不自由を押し付けた月彦に対する、途方もない憎悪のみであった。

「――さてと……」

ある程度の肉片を喰らい尽くし、自身の飢えが一時的に収まったところで、ウィキッドはディパックを開くと、そそくさとまだ手を付けていない肉片を詰め込んでいく。
これは謂わばお弁当――再び飢餓が襲いかかってきた際に備えてのものだ。
とはいっても、部屋内の全ての身体ストックを持っていくわけでもない。
あくまでも必要最低限―――目に留まった肉厚な男性参加者の者と思わしき肉片を幾つかデイパックへと放り込むと、もう此処には用はないと言わんばかりに、部屋に穿たれている大穴から外へと飛び降りた。

本来、この「身体ストック室」は秘匿された空間であり、この場所を見つけだすには中々に骨が折れるはずだが、ここで起こったであろう戦闘の余波で、この部屋と外界を隔てる施設部分が瓦礫と化した結果、外に剥き出しの恰好となり、容易に発見及び立ち入ることができるようとなっている。

これほどの惨状を造りだすには余程の火力が必要であるが、ウィキッドにとっては誰がどのような過程で生み出したものなのかなど、至極どうでもいい事柄であった。
ただ、自身を苛む飢餓さえ解消できれば、それだけで良く、彼女は病院には見向きもせずに、戦場跡を走り去っていく。

(きゃはははは、身体が軽くなった……。良いねぇ、最高だ)

自らの動きを鈍らせていた飢え。
忌々しいことこの上なかったそれを解消することで、鬼化によって強化された脚力は、本来のスペックを発揮――。
魔女は水を得た魚の如く、猛スピードでフィールドを駆け抜けていく。

獰猛な笑みを張り付け、次なる戦場に新たな戦禍を運ばんとしていた。



月夜に照らされる森の中。
オシュトルと早苗による、命を賭した鬼ごっこは尚も続いていた。
オシュトルは入り組んだ森の地形を利用して、早苗から逃れようとする。
早苗は、滑空しながらも追撃の光弾を放ち、執拗に追跡を行う。

「ハァハァ……」

心の臓が悲鳴を上げるのを感じながらも、オシュトルは懸命に駆けていく。
辛くも直撃は避けている状態ではあるが、それでも幾つかの光弾が掠めて、肉が抉られ鮮血が舞うと、オシュトルは苦悶の表情を浮かべる。
かれこれ、十分近く逃げ続けているが、光弾によるダメージとノンストップの逃走劇は確実にオシュトルの体力と気力を奪っていく。

だが、彼にとっての脅威は早苗だけではなかった。

「――オシュトルッ!!」

飛来する光弾より逃れた先に、クオンが待ち構えていた。
地を蹴り上げ、瞬く間にオシュトルに肉薄したクオンは、その拳を固く握りしめ、オシュトルの頭蓋目掛けて、思い切り殴り付けた。

ガゴッーー!!

「がはっ……!?」

凄まじい殴打音とともに、天地が反転したのではないかと錯覚する程の衝撃が、オシュトルを襲った。
皇女の細腕から繰り出された一撃は、オシュトルの顔面を捉え、その身体を軽々と吹き飛ばし、数十メートル先の大樹に叩きつけたのである。

「――ぐっ……!!」

視界が歪み、鼻の骨が折れたのか、血が止め処なく滴り落ちる。
それでもオシュトルは、尚も立ち上がらんとする。
しかし、間髪入れずに、彼の真正面に早苗が着地すると、止めを刺すべく、五芒星の印を切ろうとする。

「早苗様、お止めください!! 」

しかし寸前で、金色の影が姿を見せるや否や、早苗に飛びつき、押し倒すことで、術を不発に終わらせた。

「ヴァイオレットさん、退いてください!!」
「いいえ、退きません!! 私達は話し合うべきです!!」

地面の上で、揉みくちゃに掴み合いなりながらも、早苗とヴァイオレットは互いに譲らず、言い争いを続ける。

「その人は、生かしておいてはいけない人なんです!!」
「いいえ、生きてていけない人なんて、存在しません!!」

しかし、近接格闘においてはヴァイオレットに圧倒的に分があり、早苗の身体は袈裟を固めるような形で、容易く取り押さえられてしまう。

「くっ…!! ヴァイオレットさん、何で分かってくれないの……!!」
「早苗様こそ、何故私達の声に耳を傾けてくれないのですか?」

早苗は目に涙を浮かべて、ヴァイオレットもまた悲痛な面持ちで、言葉を投げ掛けてくる。
親睦を深めた彼女と争いたくない、だけど、これだけは譲ることはできない――。
相反する感情が、二人の中でひしめき合い、それが悲しみとなって零れていく。

「汝――」

だが、それも束の間――。

「早々に、早苗から放れよォッ!!」
「…っ!?」

クオンは、早苗を抑え込むヴァイオレットの顔面に、容赦なく回転蹴りを食らわした。

「……かはっ!?」

短い悲鳴と共に、ヴァイオレットの身体は宙を舞った上に、地面を転がっていき、草木生い茂る森の闇へと消えていってしまう。

「クオンさん、ヴァイオレットさんは……!!」
「案ずるな、加減はした。あの者もオシュトルに利用された哀れな傀儡だ。
我の手で、殺めてしまえば、それこそ奴の思う壺だ」
「……ありがとうございます……」

手を差し伸べ、地面から引き起こしてくれるクオンに、早苗は礼を言った。
早苗は立ち上がると、ヴァイオレットが消えた森の奥を心配そうな目で見据えるも、すぐに視線を本来の標的へと移す。

「観念してください、オシュトルさん。
私は貴方を絶対に許しませんから」
「汝が、切り捨ててきた者の無念を、思い知るがいい……」

クオンも早苗の隣に立ち、オシュトルを鋭く睨みつけた。

「クオン殿、早苗殿……。
頼むから、某の話を聞いてくれぬか…?」

オシュトルは、大樹に凭れる形で、その場に留まっていた。
否――。先程のダメージが尾を引いており、動くに動けぬと言った方が正しい。
血に塗れた口で、尚も対話を求めるが、二人は聞く耳を持たず。
早苗が五芒星の印をきると、オシュトルを抹殺するための光弾が放たれる。

「くっ……!!」

自身に殺到する死の光に、オシュトルは唇を噛み締め、満身創痍の身体に鞭を打ち、横に飛び、これを回避。
尚も追撃が押し寄せるが、身体を横に転がしながら、死に物狂いで躱していく。

「全く――」

そんなオシュトル目掛けて、跳躍するはクオン。

「諦めの悪い漢だ」
「……っ!?」

片脚を上げて、転がり回るオシュトルの顔面を粉砕せんと、踵を叩き落とす。

ドスン!!

大地に亀裂が奔り、陥没する程に強力無比な一撃。
オシュトルは、どうにか身体を転がせて、クオンの一撃を回避。
だが、間髪入れずに繰り出される蹴りは避けられず、オシュトルの身体はサッカーボールのように、吹き飛ばされる。

「ぐわああぁっ!!」

激痛に悶えるオシュトルに、死刑執行人が如く、クオンそして早苗が迫る。
オシュトルは、地を這いずり、差し迫る二人から逃れようとする。

「最期まで、みっともなく己が生にしがみつくか、オシュトル。
これがヤマトにその者ありとうたわれた武人の姿か……実に見苦しい……」

クオンは跳躍し、ふわりと着地するとオシュトルの眼前に立ち、息も絶え絶えの彼を見下ろした。
殺意に塗られたクオンの瞳を覗きみながら、オシュトルは苦笑する。

「ははっ…如何に不格好であろうと、構わぬさ。
亡き友との約束のため、某はまだ死ぬ訳にはいかんからな……」
「何っ?」

オシュトルから発せられた意味深な言葉に、クオンの眉がぴくりと動く。
それはどういうことかと、問い詰めようとした矢先――。

――バァンッ!!

「っ!?」

乾いた銃声が鼓膜を震わせ、彼女の思考は中断されてしまう。

「そこまでだ、全員動くな!!」

クオン、そしてオシュトルは、咄嗟に、声のした方向を振り返る。
その視線の先、まず森林の闇より姿を現したのは、カナメであった。
今しがたの銃声は彼によるものだろう。硝煙が彼の顔に薄く纏わりついている。

そして、姿を現したのはカナメだけではない。
彼の左腕にはもう一つの人影が引き摺られるような形で、抱えられている。

「カ、カナメさんっ!? 貴方は何を――」

暗がりの中でその全容を視認した早苗が、戸惑いの声を上げた。

「何を、しているんですかっ!?」

カナメは、冷徹な表情を浮かべながら、ヴァイオレットを羽交い絞めのような姿勢で拘束し、彼女の額に銃口を突き付けていたのだ。
ヴァイオレットは、少し困惑した表情を浮かべながらも、大人しく従っており、抵抗の意志は感じられない。

「どういうつもりだ、カナメ?」

クオンは、ヴァイオレットを拘束するカナメを訝しみ、彼の元へと歩み寄ろうと一歩踏み出すが――。

「動くなと言ったはずだぜ、クオン。
動くと彼女は死ぬことになる」

カナメは、人形のように沈黙を貫くヴァイオレットのこめかみに銃口を突き付けたまま、警告を発する。

「駄目ですよ、クオンさん!!
下手に動くと、ヴァイオレットさんが……!!」

尚も、接近を試みようとするクオンだったが、早苗の悲鳴にも近い懇願の声に、どうにか踏み止まった。
クオンにしても、早苗しても、ヴァイオレットはオシュトルに与してはいるものの、搾取されているだけの善意ある参加者だ。
故にその生命が脅かされているということであれば、慎重にならざるを得ない。

二人が落ち着いたのを認めたカナメは、安堵の溜息を漏らす。

「クオン、早苗、それとそこにいる――オシュトルさんだっけか?
この場は俺に預からせて欲しいが、構わないか?」
「某としては構わぬが……。
カナメ殿と言ったか――貴殿の目的を聞かせ願いたい」

ヴァイオレットを人質に取られてしまっている以上、オシュトルとしても、クオンと早苗と同様にカナメに従わざるをえない。
眼前の青年に対する警戒を解かぬまま、オシュトルはカナメに問いを投げかけた。

「どうこうも、アンタらとクオン達の認識に齟齬があるようだから、改めて互いの言い分を聞かせてもらって、整理したいだけだよ。
俺自身もアンタらの争いについて、何が真実かを見極めたいしな」
「……それは……此方としては願ってもないことだ。是非ともお願いしたい」
「クオンと早苗も、問題はないよな?」
「「……。」」

カナメに裏切られたような形になってしまった二人は、互いに目線だけで示し合わせ、不満そうな顔を見せつつ、無言を貫いた。
抗いたくとも、人質を取られてしまっている現状、今はどうすることもできない。
しかし、大人しく頷くのも癪であるから、敢えて沈黙という形で応対したのである。

「話は纏まったぞ……。ここまでは、お前の目論見通りか?」

その沈黙を肯定として受け取ったカナメは自身の背後に向けて、声を掛ける。

「いやいや、俺は可能性を提示しただけであって、実践したのはカナメ君だよ。
まぁ状況は好転したと言って良いね、上出来だよ」
「――貴方は…っ!!」
「……無事であったか……」

カナメの陰から現れたのは、一時的に戦場からフェードアウトしていた折原臨也。
恐らくこの状況はこの男が創り出したものであると悟った早苗とクオンは、憎悪を込めて臨也を睨み付けた。

「さてと、それでは情報の突き合わせといこうか」

自身に向けられる憎悪や叛意ですら愉しむかのように、情報屋は不敵に笑ってみせるのであった。


――遡ること数刻前

「いやはや、随分とめちゃくちゃな状況になったものだね」

臨也は、茂みの中に身を潜めつつ、騒乱の様子を窺っていた。
早苗からの急襲を受けたあの瞬間――臨也はパルクールで培った身のこなしで、直撃を回避。
その後は、皆の視界から行方をくらまして、このように観察に徹している。

ドドドドドドドドドッ――

さらに状況は動く。
早苗の弾幕から逃れるため、オシュトルは道脇の森林へと駆け込むと、早苗も弾幕を止めて、彼を追って森林に入っていく。
更に、クオンとヴァイオレットも、互いに牽制をしながらも、早苗の後を追う形で、同様に森へと駆け込んでいった。

「さて、どうしようか」

観察対象達が去ったのを確認してから、臨也はポツリとそう呟く。
状況は混沌としており、臨也としても、仲間であるオシュトルやヴァイオレットが窮地に立たされている現状、好ましい状況とは言い難い。
にも関わらず、臨也は、好奇に満ちた視線を、オシュトル達の消えた森へと向け、さも愉しそうに口角を吊り上げていた。
人間観察を己が道楽とする臨也としては、このような混沌とした状況は望むところだ。

「両手を挙げろ、折原」

期待に胸が躍らせている臨也の背後より、冷たい声が響いた。
同時に、後頭部に何かを突きつけられる感触。
臨也は、特に慌てる素振りも両手を上げてみせる。

「こちらを向け。ゆっくりと……」
「やれやれ……。半日ぶりの再会だというのに、随分とご挨拶だね、カナメ君」

促されるまま、臨也は背後の人物――スドウカナメと向き合った。
カナメは臨也の眉間に向けて、拳銃の照準をピタリと合わせている。

「さて、これはどういうことかな、カナメ君?
君も彼女達と同じように、俺達を敵視しているクチかい?」
「…アンタとあのオシュトルって男は危険人物だという、タレコミがあったからな。
警戒しない方がおかしいだろ?」
「でも君は、そのタレコミについては半信半疑のようだね。
すぐに俺を始末しようとせず、こうして話を持ちかけているのが、その証拠だ」
「少なくとも、他人からの伝聞に踊らされる浅はかな人間にはならないよう、努めてるんでな」
「なるほど。殊勝な心掛けだね。
君が冷静でいてくれるなら、俺としても大助かりだ」

くつくつと笑う臨也。
対照的に、カナメは尚も冷徹な表情を崩さない。

「――時間が惜しい……。
まずはアンタらと高坂麗奈との間で、何があったか教えてほしい」
「あぁ、いいとも。俺としても彼女が君たちに何を伝えたかは興味があるしね。
情報交換といこうじゃないか」

臨也は、遺跡で起こった麗奈周りの事情を、掻い摘んで説明した。
その返しとして、カナメも、クオン達経由で聞かされた、麗奈の齎した情報を臨也に伝える。

「――なるほど……。
確かに、高坂麗奈の証言とアンタの知ってる情報に齟齬があるようだな……」
「ああ、そうだね。
まぁ、俺からしてみれば、麗奈ちゃんの話は、真実も含まれてはいるけど、前提となる時系列がグチャグチャになってる感じは否めないよねぇ」

一連の情報交換を経て、カナメは臨也が指摘する相違点について、実感していた。
麗奈は、臨也達が、鬼となってしまった麗奈と茉莉絵を排除のため、ヴァイオレット達を唆したと証言していた。
それに対して、臨也は、あくまでも自分たちが麗奈達の鬼化を知ったのは、一連の騒動が収束してから、ヴァイオレットから聞いた話だと主張。

「恣意的な情報操作か、或いは錯乱していたのか……。
俺としては、麗奈ちゃんが何を思って、早苗ちゃんたちに情報を吹き込んでいたのは、気にはなるけど――。
まぁ、答え合わせはヴァイオレットちゃん本人に問い質すのが手っ取り早いと思うけど、どうかな?」
「……異論はねえ……」

臨也の投げかけに、カナメも首肯する。
カナメからしてみれば、確定しているのは、被疑者二人の証言が食い違っているまででとなっており、どちらがシロかクロかまでは確定していない。
ここから先の情報検証は、臨也の言う通り、ヴァイオレットを結問する必要があると、判断していた。
その為には、まずは現在進行形で行われている騒動を、どうにか収めなければならないのだが―――。

「――なぁ、折原……」
「何だい?」

カナメは再度その銃口を、臨也の眉間に突きつけた。
どうしても、決着をつけたい問題があるからだ。

「そもそも、どうしてアンタは、水口なんかと一緒に行動していた?
あいつは、魔理沙とStorkを殺した張本人なんだぞ」

臨也は、情報交換の折、遺跡に辿り着く前まで、茉莉絵と行動を共にしていたことを否定しなかった。
カナメの仲間達を殺し、他の参加者にも危害を加えかねない悪意の権化たる彼女と行動を共にする理由が、カナメにはどうしても理解できなかった。

「……。」

臨也は全く動じる様子もなく、ポーカーフェースを貫き、じっとカナメを観察している。
そのねっとりとした視線を不快に感じながらも、カナメは彼に付きつける拳銃に力を籠める。

「答えろ……。アンタだって、あいつに襲われていたはずだ」

カナメは、臨也と茉莉絵によるものであろう、激しい交戦の爪痕を目撃している。
Storkとともに茉莉絵を結問した際に、彼女は、臨也に対して、敵意を剥き出しにしていた。
もしも、その襲撃すらも見せかけであり、臨也が当初から茉莉絵と手を組んでいたということであれば、到底許すことは出来ない。

しかし、そんなカナメの疑念を嘲笑うかのように―――

「何てことはないさ。それは、俺が彼女を愛して"いた"から、だよ」

臨也は、全く予想外の答えを返した。

「は……?」

思わず呆けた声を上げるカナメ。
疑念によってフル回転していた思考が、たった一言で停止した。
臨也が何を言ったのか、全く理解できなかった。

「ちょっと、待て……。何言ってんだアンタ……」
「あぁ、誤解しないでね。今は愛していないし、そもそも俺が愛したのは彼女ではなく、『人間』だから、さ。ここ重要」
「は……? え……?」

完全に臨也のペースに吞まれてしまっているカナメは、どうもうまく言葉が継げない。
混乱するカナメを尻目に、臨也はベラベラとまくし立てる。

「これは、俺自身の主義なんだけどさ。
端的に言ってしまえば、俺はどうしようもなく人間が好きなんだよ――うん、俺は全ての人間を平等に愛しているんだ。
男も女も、老いも若きも、天才だろうが凡人だろうが関係ない。
俺は分け隔てなく、人間を愛するよ。
例えそれが、茉莉絵ちゃんのような、人殺しであったとしてもね――」

目を見開くカナメ。
しかし、お構いなしに、臨也は言葉を紡いでいく。

「だからこそ俺は、彼女がこの殺し合いにおいて、どのように振る舞うのか、そして周囲の人間がどのように反応するのかを間近で観察したかったんだよ。
たとえ、彼女自身や、周囲の人間達がどのような結末を辿ることになろうとも、それが人間たちが織り成した結末である限り、俺はそれを尊重し、その結末ですら愛するつもりだった」
「――てめえ……」

臨也の言わんとしていることに、ようやく理解が追い付き、カナメの顔色が変わる。
理屈は分かった。だが、その理屈は、あまりにも常軌を逸しており、到底許容できるものではなかった。
そして、自分は折原臨也という人間を完全に見誤っていた、と自覚した。
かつて、ウィキッドは眼前の男を「変態野郎」と評していたが、今となっては、それもまた言い得て妙であると理解できた。

「アンタの主義とやらで、誰かが死んだとしても、構わないっていうのか……!?」
「言っただろう? 俺はどのような結末であろうと、その結末すらも愛すると。
ハッピーエンドだろうが、バッドエンドだろうが、喜劇だろうが、悲劇だろうが、全てを受け入れるさ」

悪びれもなく、言ってのける臨也。
カナメは、自分の内に、沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。

「そうかよっ…!! だったら――」
「仮にここで君が俺を撃ったとしても、それは君という人間が辿り着いた一つの結末だ。
俺はその結末を、決して否定しないし、許容するよ」
「っ……!!?」

怒りに身を任せて発砲しようとしたカナメの手が、止まった。
まるで自分の心を見透かされたかのような言葉に、完全に虚を突かれたのだ。

「だから、カナメ君が俺という存在を否定したいというのであれば……ほら、撃つと良いさ」

カナメの手元で震える銃口を凝視しながら、臨也はポケットに手を突っ込んだまま、不敵な表情を浮かべてみせる。
対するカナメは、暫しの逡巡を経て、ギリっと歯ぎしりをすると、静かに拳銃を下した。

「――いいや…。今は、お前を撃たない……」
「なるほどね、俺はカナメ君のその選択も尊重するよ」

カナメとしては、王やウィキッドのような、明確な悪意を以て他人を害するような輩には勿論容赦するつもりはない。
しかし、臨也から感じ取れたのは、そういった悪意や叛意ではなく、善悪をも通り越した、歪さであった。
それだけでは、彼を撃つ理由としては不十分であると、理性が感情を抑えた。

「……。」

歯噛みをしながら、視線を落とすカナメ。
そんなカナメを暫し観察して、臨也は言の葉を紡いでいく。

「――とはいえ、俺としても助かったかな?
まだまだ興味深いものが目の前に転がっていることだし。
本音を言えば、ここで君に殺されるのは、俺としても遠慮したかったしね。
飼い慣らしていたペットに裏切られたオシュトルさんに、早苗ちゃんとの確執、それに応対するヴァイオレットちゃん――。
俺は皆の行く末を、見届けたいからね。そして何よりも――」

そこで、臨也は言葉を切り、口端を吊り上げてみせた。

「君がこの騒動をどのように収めようとするのか、非常に興味があるんだよ、カナメ君」

端正な顔立ちに浮かべる、歪んだ笑み。
カナメは、この笑顔にこの上ない不快感を覚えた。
それはある意味、シノヅカが殺された時に王が見せたそれよりも、質が悪いものであると感じた。

――上等だ……。

カナメは強い意志を込めた瞳で、臨也を睨みつける。
眼前の男の行動原理は、理解できた。
反吐が出るほどものではあるが、本質を理解できたからこそ、御しやすいとも言える。
臨也が、己が主義を貫くということであれば、自分もそれを精々有効に利用させてもらうだけだ。

決意を固めたカナメは、臨也を伴って、オシュトル達が彷徨う森の中へと歩を進めていくのであった。




「――成程な……。
つまり、アンタは高坂麗奈によって気を失い、オシュトル達に介抱された後、事のあらまし――彼女らの鬼化について報告したってことで問題ないんだよな?」
「はい…、ご認識の内容に相違ございません」

拳銃を突きつけられながらも、ヴァイオレットはカナメからの質問事項について、淡々と答えていく。
ちなみに彼女は、表面上は人質という扱いを受けているが、これは事前に示し合わせたもの――つまりは、八百長を演じている。
その実、クオンに蹴り飛ばされ、倒れ伏せているところをカナメ達に拾われた後、協議を行なった結果として、このような形でオシュトル達への嫌疑を晴らすように協力しているのだ。
ここには、クロと決めつけられたオシュトルや臨也の弁明よりも、あくまでもシロとして見られているヴァイオレットの言葉であれば、早苗達にも届くであろうという臨也の思惑があった。

「――だそうだ……。
少なくとも、高坂麗奈の証言については、信憑性は怪しいようだぜ?」
「……そんな……、麗奈さんが、嘘を……」

突きつけられた残酷な現実に、早苗は口元を手で覆い、呆然と呟く。

「――……。 ヴァイオレット……貴方が今言った事は事実なのかな?」

そして、些か冷静さを取り戻したクオンは、皇女として振る舞っている時の口調を改め、通常の口調を以って、ヴァイオレットに問い掛ける。

「はい、事実にこざいます」
「本当に? カナメに脅されて、無理やり言わされてはいないかな?」
「――クオン、お前……」

クオン達が放った言葉に、カナメは言葉を失う。
今の言葉から、手厚く介抱を行なってあげたにも関わらず、いざオシュトル達と遭遇すると手の平を返し、あまつさえ人質をとるような蛮行をしでかした青年に対する、クオンの信用は失墜していることが伺えた。

「あのさぁ――」

そんなクオンの様子に業を煮やした臨也は、うんざりした様子で言葉を挟んだ。

「仮にカナメ君が、ヴァイオレットちゃんを脅して、嘘の証言をさせているとして、彼に何のメリットがあるんだい?
彼はあくまでも、第三者として真実を見極めたいって言っていたじゃないか。
元はと言えば、アンタが聞く耳持たずで、馬鹿みたいに暴れ回るから、カナメ君としても、本意ではない手段を取る羽目になっているんじゃないか……」
「――……。……それは……」

臨也からの指摘に、クオンは言葉を詰まらせる。
実際、彼女としても理解はしているのだ。
ここまで来ると、麗奈の証言は信憑性に足るものではなくなったことに。
そして、心の内では、オシュトルに対する嫌疑が一つ晴れてしまうことを、どうしても受け入れたくない自分がいることに。

「獣と言っても、合理的に考える脳味噌くらいはあるんだろ?
いや、あったとしても人間と比べて容量が少ないのかな?
それとも、単純に頭が悪いだけなのかな――」
「……っ!!」

押し黙っていたクオンに追い打ちをかますかのように、臨也は畳み掛ける。
クオンは射殺さんばかりの視線で臨也を睨み付けるが、彼は涼しい顔で受け流す。

本来であれば、今は、臨也にとっては絶好の人間観察の機会であることに違いない。
様々な思惑、感情、確執が交錯する中で、人間達がどのように行動し、どのような結果に至るのか、非常に興味深い状況と言える。

仮にこの問答の相手が早苗であれば、ここまで執拗に煽るようなことはせず、軽く心を揺さぶり、その反応を愉しむこともあっただろう。

しかし眼前の獣耳の少女は、臨也の中では、人間としての条件を満たしていない。
したがって、彼の「愛」の対象にはなりえない。
人間愛を標榜する情報屋は、人外の周囲の人間を愛することはあっても、人外そのものを愛することは決してない。
だから、臨也としてはクオンが抱えている葛藤などに全く興味はない。むしろ邪魔でしかないのだ。

そして、この殺し合いでの体験も相まって、そんな排外的な思惑は、臨也を彼らしくもなく感情的にさせて、眼前の人ならざる者へと、更なる言葉の矢を放たんとさせる。

「あぁ……もしくは、ぬくぬくとした飼育環境で甘やかされて、何も考えることもなく餌付けされてきたらから、考える脳味噌が退化しちゃったのかな?」

クオンの眼が、より鋭いものへと移り行く。
人外のくせに、まるで人間のように怒気を露にするクオンの姿に、臨也は尚も苛立ちを覚えて、ダメ押しとばかりに、口を開く。

「まあ俺から言わせてもらうと、アンタみたいな獣は所詮人間にはなりきれない、単細胞の―――」
「そこまでとしていただこう、臨也殿」

尚も続かんとした口撃に対して、オシュトルの制止の声が遮った。
臨也は「おや…」とわざとらしく呟くと、オシュトルの次なる言葉を待った。

「先にも言ったはずだ。 種こそ違えど、我らにも貴殿らと同じように心があると……。
それ以上、某の仲間を愚弄するのであれば、例え貴殿とて容赦はせん」

オシュトルが真剣な眼差しを以って臨也に向けて鉄扇を向けると、彼はへらりと笑い、両手を上げた。

「オシュトルさんにそう言われちゃ、俺もこれ以上何も言えないね……。
確かに、俺も少し大人げなかったよ」

肩をすくめながら引き下がる臨也に、オシュトルはそっとため息を吐いた。
それに釣られるように、固唾を飲んで趨勢を見守っていたカナメとヴァイオレットも安堵の息を漏らした。

しかし――。

「何が『仲間』か……。
これまで、その『仲間』を切り捨ててきたのは貴方でしょう、オシュトル!!」
「そうですよ、今更綺麗事を並べても、あなたが犯した罪、私に言ったことは、何一つ変わりませんから!!」
「クオン殿、早苗殿……」

火に油を注いでしまったかのように、クオンと早苗はオシュトルに対して憤怒の言葉を投げつけてきた。
麗奈の流言の件をクリアしても尚、二人の根底には、オシュトルへの不信が強く根付いているのだ。
二人の反応を見て、オシュトルはまだまだ埋めるべき溝が深いことを痛感する。

「なぁ、早苗……、アンタはオシュトルに酷いことを言われたと主張しているけど、具体的に何を言われたのか教えちゃくれないか?」

そんなオシュトルの心情を察したかのように、カナメは早苗に尋ねる。

「え? それは……」

問われた早苗は一瞬言い淀む。
しかし、その場にいる全員の視線が、自身に集中していることを悟ると、意を決して口を開いた。

「分かりました……。正直あまり思い出したくはないですけど、お話ししますね。
私がその人に、何を言われたのかを……」

オシュトルを恨めしそうに見つめながら、早苗は自身の記憶に基づいて、研究所におけるオシュトルとのやり取りについて語り出した。

曰く――オシュトルは、自身が仕える主であるアンジュ死亡を告知されても、特に動揺することもなく、“この程度のこと”と割り切ったとのこと。
曰く――オシュトルは、ロクロウが渋っているのにも関わらず、平然と彼の兄であるシグレ・ランゲツの殺害及びその首輪の回収を依頼したとのこと。
曰く――オシュトルは、その兄弟殺害の依頼に異を唱えた早苗を糾弾し、反対するならば、ロクロウの代わりに、他参加者の殺害及び首輪の調達を促すよう恫喝を受けたとのこと。

「成程ねぇ、確かにそんなこと言われてしまうと、オシュトルさんを嫌いになるのも納得だよね」

早苗の話を聞き終えた後、臨也はうんうんと頷くと、オシュトルを見やる。
オシュトルは、目を見開いて固まっていた。
見るからに、早苗が話した内容に衝撃を受けている様子だった。

「いやぁ、恐い恐い〜。
オシュトルさんが、そんな冷酷で恐ろしい人だったなんて知らなかったよ。
俺だって、早苗ちゃんのように恐喝されるのは勘弁願いたいから、オシュトルさんとは距離を置きたくなっちゃったかな」

くつくつと茶化するように笑う臨也。
やがて、その笑みを潜めると、涙滲ませ自身を睨みつけてくる早苗を一瞥。
その後、今度は真面目な口調で、オシュトルに尋ねる。

「――それで、被告人のオシュトルさん。
今の早苗ちゃんの告発に対して、何か弁明はあるのかい?」
「……誓って言うが、某は、早苗殿を貶めるような言動は行なっていない」
「なっ!? この期に及んで、貴方はまだそんなことを言うのですか!?」

静かに紡がれたオシュトルの否認に、早苗は信じられないとばかりに、声を上げる。

「そもそも、平然と他人に兄弟を斬り殺せと強要するような人の言うことを、誰が信じろって言うんですか!?」
「早苗の言う通りかな!! オシュトル…貴方は、どこまでも嘘を吐いて、他人を騙して、卑劣でっ……!!
私は貴方がアンジュの死を蔑ろにしたことは、絶対に許さないから!!」

早苗に重ねるような形で、クオンもまたオシュトルを糾弾する。
しかし、平静を取り戻しているオシュトルは、動じる様子もなく言葉を紡いでいく。

「それらも、また事実と異なる――。
某は姫殿下の死を決して軽んじてはおらぬし、ロクロウについても、元々奴はこの地で実兄を斬るつもりであった」
「だったら、早苗が全部噓を吐いているっていうの!?」
「――然り……」
「汝はっ…!! 抜け抜けと、よくも――」
「あー、熱くなってるところ悪いんだけどさ、アンタ外野だろ? 少し黙っててくれるかな?
キーキー吠えて、耳障りで仕方ないし、今はともかく当事者達の主張を聞きたいからさ」
「……っ!!」

激昂するクオンを、まるで蟲を払うかのような仕草で、鬱陶しそうにあしらう臨也。
クオンは、怒気を込めた表情で臨也を睨みつけるも、臨也はそれを気にも止めず、カナメと、彼に人質として拘束されているヴァイオレットの方へとズカズカと歩いていく。
物憂げな表情で一連のやり取りを眺めていたヴァイオレットの前に立つと、臨也は囁くように問い掛けた。

「――それでさ、ヴァイオレットちゃん……。
告発者の早苗ちゃんに、被告人のオシュトルさん……。どちらが、真実を言っているのか、
君の見解を聞かせてくれるかな?」

この諍いの決着をつけるべく、研究所でオシュトル達のやり取りを見聞きしていたであろうヴァイオレットに、証言を求めたのである。
自ずとその場にいる全員の視線がヴァイオレットに注がれる――。
それを受け、ヴァイオレットは一同を見渡したうえで、最後にチラリと、早苗を一瞥すると、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「――オシュトル様の仰っていることが真実でございます……」
「なっ……!? ヴァイオレットさん、何を言っているんですか!?」

ヴァイオレットの回答は、早苗にとっては寝耳に水だったらしく、目を白黒させ狼狽を露わにする。
それもその筈――。早苗からして見れば、ヴァイオレットは、間違いなく、研究所内での自分とオシュトルとの諍いの始終を目撃していた証人であると同時に、妖夢や魔理沙の脱落で落ち込んでいた自分に寄り添い、諏訪子や神奈子に向けた手紙を代筆してくれたりもした、心優しく誠実な少女であった。
そんな彼女が平然と嘘を吐いていることに、驚きを隠せなかったのである。

早苗以外の人間の反応はまちまちだった。
カナメは合点がいったような表情を浮かべており、臨也は何とも愉しそうに口元を歪める一方で、クオンは困惑を隠し切れずにいた。
そしてオシュトルはというと、無表情を貫いたまま、混乱するクオンと早苗をただ静かに見つめていた。

「早苗様こそ、何故事実と異なることを仰り、オシュトル様を陥めるようなことをなさるのですか…? 
――私達と別れた後に、何があったのですか…?」

ヴァイオレットは、早苗へと逆に問い掛ける。
猜疑心、不信感から刺々しく責め立てるというよりは、むしろ、心配し親身に寄り添っているような優しい口調で。
きっと何か事情があるはず……、そうに違いない――。
彼女のサファイア色の瞳は、そんな確信を以って早苗を捉えていた。

「私、嘘なんか吐いていません!!
ヴァイオレットさんは全部見てたじゃないですか!?
何でそこまでして、オシュトルさんを庇うんですかぁっ!?」

しかし、その柔らかい眼差しは、却って、早苗を苛立たせ、追い込んでいく。
あたかも、自分が乱心したかのような物言いは、彼女の心を掻き乱すのに十分であった。

「わ、私は――」

そして追い詰められた早苗が、ヒステリック気味に重ねて声を張り上げようとした、その瞬間――。

ザザザッ――、ザザザッ――。

「――痛っ……!? ぁがっ……!!」
「……早苗っ!?」

唐突にそれはやって来た。

「ぅあっ!? あ゛だま……頭がっ……!! 頭があ゛ああぁぁあああああああっーーー!!」
「おいおい、大丈夫かっ!?」

脳天を駆け抜ける、尋常ではない激痛。
まるで頭の中を焼き尽くされてるような、耐え難い苦痛。
早苗は絶叫とともに、頭を掻きむしりながら、その場に蹲る。

その場にいる全員が、早苗の身に起きた異変に呆気に取られた。

ザザザッ――、ザザザッ――。

「しっかりして、早苗!!」

駆け付けたクオンに身体を支えられながら、彼女の頭にノイズが響いていく。



「―――怖い?」
「はい、怖いです……私には衣食住を共にする家族のような人達がいるんですけど、その人達に会えなくなることが怖い……。その人達の知らないところで死んでしまうのが怖いんです……」
「早苗様、宜しければお手紙を書いてみませんか?」
「手紙、ですか……?」
「はい。早苗様の大切な方々への想い―――それを手紙に綴るのです」



ザザザッ――― ザザザッ―――

早苗の脳内にて、蠢く悪意。
彼の者は、己が宿主が著しく動揺していることを察すると、その活動を活発化させた。
全ては己が目的を達成するため。

宿主の記憶を、都合の良いように捻じ曲げていく。



『―――怖い?』
『はい、怖いです……私には衣食住を共にする家族のような人達がいるんですけど、その人達に会えなくなることが怖い……。その人達の知らないところで死んでしまうのが怖いんです……』
『左様でございますか……』



今回、蟲が改竄を加えた記憶は、オシュトルとの記憶―――ではなく、彼を擁護するヴァイオレットとの記憶である。
本来であれば、ここは、最初の放送を受けて、オシュトルが己が方針と考えを纏めるまでに、ヴァイオレットとともにブリーフィングルームにて小休憩を取っていた頃の場面。
現在の早苗の記憶においては、オシュトルはアンジュの死亡に一切動じることもなく、「この程度のこと」と切って捨ててしまったため、辿ることのできないはずの場面ではある。
しかし、ここで手紙を代筆してもらった記憶は、早苗の中で、ヴァイオレットという少女の印象を根強く残していたため、前後のつながりはなくとも断片的に存在していた。

故に、その記憶はヴァイオレットに対する心情の要と見做され、今ここに書き換えられることとなった。
新たな記憶では、心情を吐露する早苗に対して、ヴァイオレットは心に寄り添うことも、手紙の代筆をすることもなく、淡白な台詞で相槌を打つまでに留まった。



『―――早苗殿……?』
『ごめんなさい……。私やっぱり理解できないんです……。オシュトルさんのことも、ロクロウさんのことも……。兄弟で殺し合いなんて……。』
『早苗殿、失礼を承知で言わせて頂くが、つまらぬ感情論で議論を長引かせるのは、控えて頂きたい。今の状況では、シグレ・ランゲツの首輪の回収こそが、最も合理的だ。
貴殿の我儘に付き合わされる今でも、我々の命運は、主催の者達の意思次第でどうとでもなってしまうことをお分かりか?』
『それでも認めたくないんです! 誰かを……それも肉親を踏み台にするようなことなんて!!』
『なれば、早苗殿に問う―――貴殿に首輪の心当たりがあると?
ロクロウに代わって、貴殿が、手頃な参加者を殺めて、その首輪を調達してくれるとそう捉えて宜しいか?』
『……っ!? ちが……わ、私は……』



ザザザッ――― ザザザッ―――

改竄は、尚も続き、既に書き換えられている記憶にも及んでいく。
宿主のヴァイオレットに対する心象を反転させ、オシュトル討滅の道を揺るがぬものとするために。



『―――早苗殿……?』
『ごめんなさい……。私やっぱり理解できないんです……。オシュトルさんのことも、ロクロウさんのことも……。兄弟で殺し合いなんて……。』
『早苗殿、失礼を承知で言わせて頂くが、つまらぬ感情論で議論を長引かせるのは、控えて頂きたい。今の状況では、シグレ・ランゲツの首輪の回収こそが、最も合理的だ。
貴殿の我儘に付き合わされる今でも、我々の命運は、主催の者達の意思次第でどうとでもなってしまうことをお分かりか?』
『それでも認めたくないんです! 誰かを……それも肉親を踏み台にするようなことなんて!!』
『なれば、早苗殿に問う―――貴殿に首輪の心当たりがあると?
ロクロウに代わって、貴殿が、手頃な参加者を殺めて、その首輪を調達してくれるとそう捉えて宜しいか?』
『……っ!? ちが……わ、私は……』
『早苗様…残念ながらここは綺麗事など一切通じない戦場です。
戦場で生き残るためには、手段は選べません。
皆様の生存のために、首輪が必要な今、オシュトル様のご提案が最も理にかなっています』
『ヴァイオレットさん、貴女までそんなことを言うんですか……!?』
『それほどまでに、シグレ様の首輪の回収を拒まれるのでしたら、早苗様が、今嵌めていらっしゃる首輪をご提供いただけますでしょうか?
そうして頂けますと、私達も大変助かりますし、早苗様の望み通り、ロクロウ様がご兄弟を殺める必要はなくなるかと存じます」
『そ、そんな……』



今ここに、偽の記憶が、新たに植え付けられた。
植え付けられたのは、蟲が創り上げた、「虚構」に違いない。
しかし、そんな「虚構」も、早苗には「事実」としてインプットされた。

そして――。

「ハァハァ……ク、クオンさん……」
「早苗、大丈夫かなっ!?」

脳内に響いていたノイズが途切れると、早苗はようやく頭痛から解放された。
肩で呼吸しながらも、落ち着きを取り戻し、クオンに支えられながらも、ゆっくりと上体を起こす。

「……クオンさん、私思い出したんです--」
「え……?」

クオンが首を傾げる中、早苗は、心配そうに自分を見つめるヴァイオレットとカナメを、乱れた髪の隙間から見据える。

「そこにいるヴァイオレットさんは、オシュトルさんに負けるとも劣らない、人を人とも思わない残酷な人だったってことをッ!!」

刹那――。
早苗は躊躇うことなく、光の弾丸をヴァイオレット達に撃ち込んだ。

「……っ!?」

ヴァイオレットは、カナメに拘束されたまま彼の身体を背負うような形で、咄嗟に横に転がるように回避する。
光の弾丸は、ヴァイオレットが立っていた場所を通り抜けると、背後の樹木に直撃し、大穴が穿たれた。

「さな……え……?」

突然の凶行に、クオンを含めた、その場にいる全員が呆気に取られた。
カナメから身体を離し、立ち上がるヴァイオレットを睨みつけながら、早苗は続けて叫ぶ。

「罠です…!! これは罠なんです、クオンさん!!
ヴァイオレットさんは、最初からオシュトルさんと手を組んでいた共犯者です!!
だから、オシュトルさんを庇うために嘘を吐いているんです!!」
「早苗様……一体何を仰って--」
「麗奈さんの件も、きっとそうです!!
ヴァイオレットさんは、オシュトルさん達の指示で、麗奈さん達を殺そうとしたに違いありません。
だから、この人も、オシュトルさんと一緒に倒さないと駄目なんです!!」

もはやヴァイオレットの声は、耳には届いておらず、早苗はただただ、「敵」であるオシュトルとヴァイオレットに向けて一心不乱に弾幕を放っていく。
自身を抹消せんと迫り来る光弾を、二人は苦虫を潰した表情を浮かべながら、避けていく。

「ちょ、ちょっと、早苗……!? 前に聞かされていた話とは違うかな……!!」
「だから、それが罠だったんですよ、クオンさん!!」
「何が罠だよ!? 流石に言っていることに無理があるぞ、早苗!!」

戸惑うクオンに早苗が訴える中、カナメは事態を収拾すべく、光弾を撃ち続ける早苗に突貫しようとするも――

「邪魔しないでください!!」
「がはっ……!!」

瞬間、カナメの鳩尾に、早苗が引き起こした突風が直撃した。
強烈な衝撃にカナメは、嗚咽を漏らすとともに、後方に吹き飛ばされる。
カナメに意識を取られた早苗を押さえ込まんと、オシュトルとヴァイオレットが彼女に差し迫るが、早苗はそれを察知すると宙へと上昇し、回避。
一息付く暇もなく、焦燥を滲ませる二人に向けて、光弾の雨を見舞っていく。

(へぇ、だいぶメチャクチャするね、彼女)

臨也は眼前の修羅場を目の当たりにしながら、心の内でそう呟いた。
ヴァイオレットの証言を受けて、窮地に追い込まれていた早苗。
池袋の情報屋は、彼女の心がその後どのように無様に揺れ動くのか、期待を込めて観察していた。
しかし、よもやこのような行動に打ってでるとは、想定外であった。

(これだから、人間は面白いね)

追い詰められてしまったが故、壊れてしまったのか、それとも何か別の理由あっての暴走なのかは定かではないが、その言動に一貫性はなく、中立の立場であったカナメを完全に敵に回している。
共闘関係にあるはずの「獣」も困惑して、加勢できていないように見て取れる。
無造作に暴力を振り回す彼女の破滅は、火を見るより明らかだ。
願わくば、人間達がこの騒乱をどのような決着にもっていくか見守りたい。
しかし、生憎とこれ以上、此処で悠長に時間を浪費するわけにもいかないのも事実だ。
ここは、一先ずオシュトル達に加勢をして、暴れる彼女を制圧するとしよう。

空より地上への爆撃を続ける早苗―――幸いなことに、彼女の注意はオシュトル達へと注がれており、彼女が佇む座標も臨也の投擲の範疇にある。
今なら撃墜も容易いと判断した臨也は、銀に光る得物を彼女に投擲せんとした。

その瞬間――。

豪 ッ !!

「――早苗っ!!」
「きゃっ……!!」

情報屋の目は捉えていた――。
早苗の側面より、何か大きな焔の塊が飛来したかと思うと、地上に佇んでいたクオンがいち早く反応。
跳躍し、早苗の身体を横から抱きしめると、彼女共々、地上へと落下。
飛来したそれの直撃を間一髪で避け、事なきを得たのを。

「……小蟲が、騒々しく宙に舞っておったので、足を運んてきてみれば――」

焔が飛来した方向より、太い声音が響き、臨也とその場にいる全員の意識が一点に向けられる。
先程までとは一転、静寂に支配された空間。
闇より現れしは、筋骨隆々の体躯を誇る一人の巨漢。

(また、化け物か……)

漢の風貌を一瞥し、獣の臭いを感じ取ると、臨也は苦々しく、心の内で吐き捨てた。

「フフッ……今度は紛い物ではない……。
感じるぞ仮面(アクルカ)の息吹を――。
ようやく、我は汝を捉えたぞ、オシュトルッ……!!」

情報屋より「化け物」と評された漢は、周囲の参加者には目もくれず、ただ、一点。
己と同じく仮面を装った漢にのみ、その視線を注いでいた。

「――ヴライ……」

オシュトルは、自分の巡り合わせの悪さに、思わず苦虫を潰した顔を浮かべる。
謂れなき憎悪を向けてくるクオンに、乱心した早苗――。
そして、ここにきてのヤマト最強との邂逅――。
一体全体、自分が何をしたというのか? と、言の葉として叫び出したい程、オシュトルは己のツキの無さに辟易する。

「さぁ、オシュトルよッ!! 雌雄を決するときは来た!!
我と汝……どちらか一方が斃れるまで、存分に死合うぞぉおッ!!」

しかし、オシュトルに嘆く暇すら与えず、ヴライは咆哮。
大地を揺るがす勢いで、彼に向けて駆けていく。
紅蓮の炎を帯びた剛腕が振るわれる先は、己に二度土をつけた宿敵(おとこ)の首、唯一つ―――。

六人の参加者によって繰り広げられた騒乱は、災厄の到来によって、炎獄の果たし合いへと塗り替えられるのであった。



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1/3の純情な感情 投下順 戦々凶々(後編)

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