「消えた騎士の行く先は」
ぴんぽーん。
ドアチャイムが鳴って数秒、しばらく反応はないだろうという彼の予想に反して目の前の扉はあっけなく開かれた。
「あ、いらっしゃいませー」
ひょこりと顔を覗かせたのは、あの騒動以来彼女にくっついているという幽霊の少年。
その顔は満面の笑みが湛えられ、一見すると無邪気な子供そのものである。
その顔は満面の笑みが湛えられ、一見すると無邪気な子供そのものである。
「こんにちは。あの子はいる?」
「いるよ、でもずーっとベッドの中から出てこないんだ」
「いるよ、でもずーっとベッドの中から出てこないんだ」
くすくすと可笑しそうに笑う少年を見る限り、先程の電話の内容が本当であるかどうか彼にはまだうかがい知る事が出来ない。
「とりあえずお邪魔してもいいかしら?」
「うん、どうぞ!」
「うん、どうぞ!」
そうして少年が中へと消えたのに続き、紙袋を抱えて彼もまた部屋の中へと足を踏み入れた。
それなりに片付けられたワンルームの室内は窓から差し込む光のみで薄暗く、ひとまず壁に付けられたスイッチへと手を伸ばす。
ところどころ目に付くところに置かれた小物だとかタオルの柄などから見受けるに、いかにも女性の部屋といった装いの部屋である。
そしてその片隅、ベッドの上に毛布に覆われた塊があった。
ところどころ目に付くところに置かれた小物だとかタオルの柄などから見受けるに、いかにも女性の部屋といった装いの部屋である。
そしてその片隅、ベッドの上に毛布に覆われた塊があった。
「ねーねー、いい加減出ておいでってば」
その塊に少年が明るく話しかけるものの返答はなく、むうと少年はしかめっ面になる。
「ね? 全然出てこないんだ」
「あらあら」
「あらあら」
なぜなのかまったくわからない、といった様子の少年に彼は苦笑を浮かべた。
先程知らされた状況を考えれば、そうなってしまうのも無理もないはずだろう。
なんせ朝起きたら男になっていたなど、すぐには信じられない事態なのだから。
先程知らされた状況を考えれば、そうなってしまうのも無理もないはずだろう。
なんせ朝起きたら男になっていたなど、すぐには信じられない事態なのだから。
「パパさん……?」
彼の声を聞きつけたのか、ようやく毛布の塊がもぞもぞと動きを見せる。
その中から聞こえたのは、くぐもってはいるものの明らかに声変わりした男性の声である。
その中から聞こえたのは、くぐもってはいるものの明らかに声変わりした男性の声である。
「こんにちは、勝手にお邪魔してごめんなさいね」
「いえ、そんなこちらこそ急に……」
「いえ、そんなこちらこそ急に……」
彼――あの父親が来ていると確信したのか、彼女は毛布を被ったままむくりと起き上がった。
「とりあえず着るものとかは適当に買って来たわ。気に入るかどうかわからないんだけど」
「あ、ありがとうございます……」
「あ、ありがとうございます……」
父親から手渡された紙袋を受け取り、彼女(いや、今は彼か)はようやく毛布からその顔を覗かせた。
それはところどころに彼女の面影を残してはいるものの、一見すれば同一人物とは思えない変わり様であった。
目元や口元はいくらか名残をとどめ、反対に頬の部分や鼻筋は精悍な男性的なものへと変貌を遂げている。
毛布に未だ隠されてはいるものの、肩幅など骨格もだいぶ変わってしまったようだ。
目元や口元はいくらか名残をとどめ、反対に頬の部分や鼻筋は精悍な男性的なものへと変貌を遂げている。
毛布に未だ隠されてはいるものの、肩幅など骨格もだいぶ変わってしまったようだ。
「すいません、昨日の今日で」
「いいから気にしないの。でも災難だったわね」
「うう……」
「いいから気にしないの。でも災難だったわね」
「うう……」
紙袋を抱きしめ、たまらないといった様子で彼女はうめき声をあげる。
「とりあえず着替えてらっしゃいな。話はそれからでも遅くないはずよ?」
「……そう、ですね」
「……そう、ですね」
いつまでこの状態が続くかわからない以上、こうして現実逃避を続けるわけにもいくまい。
とにかく今は少しでも現状を受け入れなければならないのだ。
観念した様子で毛布を被ったままのそのそと彼女が動き出したのを見て、ふと彼の脳裏にあることが思い出された。
とにかく今は少しでも現状を受け入れなければならないのだ。
観念した様子で毛布を被ったままのそのそと彼女が動き出したのを見て、ふと彼の脳裏にあることが思い出された。
「そういえば、あの騎士様は? いないの?」
そう、常に彼女の傍から離れないあの過保護な保護者の姿が、先程から見当たらないのだ。
こんな時こそ傍についていそうなものだと思うものの、肝心の彼女は首を横に振るばかり。
こんな時こそ傍についていそうなものだと思うものの、肝心の彼女は首を横に振るばかり。
「私も何度か呼んでみたんですけど……どこかに行っちゃってるみたいで」
「そうなの……あなたは何か聞いてない?」
「そうなの……あなたは何か聞いてない?」
ベッドでぶらぶらと足を遊ばせていた少年にもそう尋ねてみれば、意外にもきょとんとした様子でこちらを見つめた。
「あれ? 聞いてないの?」
「聞いてないって……何を?」
「聞いてないって……何を?」
思いもよらないの少年の発言に、彼女は驚いた様子で目を瞬かせる。
「昨日の夜に君を抱えて一旦帰ってきてから、またすぐに出て行っちゃったんだよ。ちょっと用事があるからって」
「用事?」
「用事?」
そう聞き返せば、少年はこっくりと真面目な様子で頷き返す。
「なんでも、探さなきゃならない人がいるらしいよ? だから後の事は僕に任せるからってさ」
それでね、となおも続く少年の話は彼女の耳を通り抜けていく。
探す人? 誰を、一体何の為に?
もしかしたらこの状況を引き起こした何かを、騎士は独自に見つけ出したのかもしれない。
そうであれば願ってもない事ではあるが……しかし少年の明るい話しぶりとは逆に、彼女は何ともいえない胸騒ぎを覚えていたのだった。
もしかしたらこの状況を引き起こした何かを、騎士は独自に見つけ出したのかもしれない。
そうであれば願ってもない事ではあるが……しかし少年の明るい話しぶりとは逆に、彼女は何ともいえない胸騒ぎを覚えていたのだった。
*
西区の工場跡地にて、廃材に隠れて一人の女性が息を潜めていた。
「あーもー、早く……!」
携帯に耳を押し当て、じりじりと相手が出るのを待ちわびる。
その挙動はそわそわと落ち着かず、まるで天敵を恐れる小動物を連想させた。
その挙動はそわそわと落ち着かず、まるで天敵を恐れる小動物を連想させた。
『――あー、もしもし?』
数回のコール音の後、ようやく待ちわびた声が彼女の耳に飛び込んでくる。
「ま、マっちゃん助けて! 私殺されちゃう!」
『はあ? どうしたんだよお前』
『はあ? どうしたんだよお前』
期待に反して、返ってきたのはなんとも疑わしげな声色である。
「バカ! 今まさに追われてんの! 都市伝説よ都市伝説!」
思わず声を荒げてしまい、すぐさま周囲に視線を飛ばす。
……よし、幸いまだ近くには来ていないらしい。このまま気づかずにどこかへ行ってしまえばもっといいのだが。
……よし、幸いまだ近くには来ていないらしい。このまま気づかずにどこかへ行ってしまえばもっといいのだが。
『都市伝説って……俺やマリとかならともかく、なんでお前が?』
「これにはふかーいワケがありまして……って、何でもいいから早く助けに来てってば!」
「これにはふかーいワケがありまして……って、何でもいいから早く助けに来てってば!」
ようやく事の深刻さがわかったのか、向こうの声もいくらかまともなものになっている。
ひとまず現在地を尋ねられてそれに答えた直後、ガタンと何かが崩れる音に思わず彼女の口から悲鳴が漏れた。
ひとまず現在地を尋ねられてそれに答えた直後、ガタンと何かが崩れる音に思わず彼女の口から悲鳴が漏れた。
『おいおい大丈夫か? とりあえずマリに向かわせたぞ』
「は、はやくぅ……あんな首のないやつに追っかけまわされるの、おっかなすぎるんだから――」
「は、はやくぅ……あんな首のないやつに追っかけまわされるの、おっかなすぎるんだから――」
そこまで口にして、ふと廃材の隙間から差し込む光が減っていることに気が付いた。
先程までそんな影が差していた覚えもなく、恐る恐る隙間から視線を走らせ――その影の元にたどり着いた途端、一瞬にして彼女は凍りついた。
先程までそんな影が差していた覚えもなく、恐る恐る隙間から視線を走らせ――その影の元にたどり着いた途端、一瞬にして彼女は凍りついた。
『おい、もしもし? 首なしってまさか――』
耳元に当てた携帯からは珍しく焦った様子のマッドガッサーの声が漏れているが、もはやそれは彼女の耳には入らない。
びりびりと空気が震えているかのような圧迫感、そして例えようもない恐怖感。そしてそれに混じるのは純然たる憤怒。
「っ…………」
逃げなければ、そう頭ではわかっていても身体がすくんで動けない。
しかし目は遠くの人影から目を離せず、それがさらに彼女の恐怖を掻きたてた。
しかし目は遠くの人影から目を離せず、それがさらに彼女の恐怖を掻きたてた。
「………………………………」
ざり、と砂利交じりの地面を踏みしめ、人影――首なしの騎士は広い屋内へと足を踏み入れる。
しかしどうやらまだこちらの場所を掴んだわけではないのか、幸い彼女が隠れる場所とは別の方向へと歩いていく。
それであればまだ逃げ切るチャンスは残されているはず、と彼女は静かに深く息を吐いた。
気づけば携帯はいつの間にか通話が切れていたが、これでどれほど緊迫した状況か向こうにも伝わったはず。
とにかくマリが来るまでの間、逃げ切れば勝算はあるかもしれない。
しかしどうやらまだこちらの場所を掴んだわけではないのか、幸い彼女が隠れる場所とは別の方向へと歩いていく。
それであればまだ逃げ切るチャンスは残されているはず、と彼女は静かに深く息を吐いた。
気づけば携帯はいつの間にか通話が切れていたが、これでどれほど緊迫した状況か向こうにも伝わったはず。
とにかくマリが来るまでの間、逃げ切れば勝算はあるかもしれない。
そうだ、私にはまだ見届けたいモノがたくさん残されている。
それを目にしつくすまで、まだ死ぬわけにはいかないのだ。
それを目にしつくすまで、まだ死ぬわけにはいかないのだ。
例えそれが、かつての友を巻き込む事になろうとも――。
その思いを胸に、彼女――スパニッシュフライの契約者はぐっと強く拳を握り締めた。
<To be...?>