「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 騎士と姫君-25

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「首狩りの時間」


 あの女を追って足を踏み入れたのは、もうしばらく使われずに荒れ放題で埃が立つような場所だった。
 ざり、と一歩を踏み出せば、己の立てる足音がひどく広いこの空間に響き渡る。
 おそらくあの女も気づいているはずだろう。恐怖に身を震わせ、今もこの建物のどこかでじっと息を殺しているに違いない。
 その為にあえて時間をかけ、こうしてじっくりと間を詰めて来たのだ。
 一見すれば普段と変わらぬ冷静な意識が保ててはいるが、その実腹の底では激しい憤怒の炎が燃え盛っている。

 楽に死なせてなるものか。
 いっそ死んだ方がマシという思いを味あわせなければ、この煮えたぎる怒りはおさまりそうにない。
 一層その怒りが強まるのを感じながらも、騎士は昨夜の事を思い出していた。

*



 『今日は昔の友達と会うから』

 そう唐突に告げられたのは昨日の午後のこと。
 しかも「遅くなったら呼ぶから、それまでは二人にしてほしい」と、まるで親の機嫌を伺う子供のような様子で尋ねてきたのだ。

 以前の己ならとんでもないと止めさせていた事、しかしふと思い出されたのは、ついこの前の宴会の帰り道で交わされたあの言葉。

『 大切な人を守りたいっていうあなたの気持ち、すごくよくわかるわ。私も何としてもこの子を守りたいもの 』
『 でもね、だからといってがんじがらめに縛り付けようとしてはだめよ。あの子にだって自分の意志があるんだから 』

 そして後を追うようによぎるのは、己を出し抜いてまであの宴へと出向いた彼女の強い思い。
 ここで己が実力行使に出れば、半ば無理やりにでも彼女を思いとどまらせようとする事はできる。
 しかしそれはかえって彼女を苦しめることにしかならないという事を、前回の経験で嫌というほどにわかっていたのだった。

 そうして気が付いた時にはすでに彼女に了解の意を伝えた後。
 それを理解した彼女はしばらくぽかんとした表情を浮かべていたものの、やがて満面の笑みで頷いたのだった。

 『あれはもうかつての守られるだけの子供ではない、一人の人間、立派な大人なのだ』
 ――気が付けば、そんな思いが己の中で生まれ始めていた。

 なのに。
 あの女は、そんな己と主の思いを裏切ったのだ。

*



 同日の夜、時刻は深夜に指しかかろうという頃。そろそろ日付を跨ぎそうだというのに彼女からは何の呼びかけもなく、ただ嫌な胸騒ぎがしていた。
 それは時間を追うごとに強まり、ついに時計の針が頂点を差した。そうして気が付けば、あらかじめに教えられていた場所へと走り出していたのだった。
 さほど入り組んだ場所でもなかったからか迷う事無くたどり着く事ができたのも束の間、そこで目にしたのは、ぐったりとした主を担ぎ上げようとする見知らぬ二人の女の姿。

『これでほんまに大丈夫なのん?』
『大丈夫大丈夫、魔女の一撃特製の薬はちゃーんと飲ませたし! あとは効果が出るのを待つだけってね』
『そんならええけど……しっかしどんな子になるんかねえ、楽しみやわあ』
『ハーフなんだもん、イケメンに決まってるって! とりあえずマっちゃんのところにでも預けておけば……』

 手に白い鈍器の様なものを携えたポニーテールの女、そしてその女に得意げに話しかけているもう一人の女。

『 薬、飲ませた、あとは効果が―――― 』

 それらの単語を理解した途端、ずんと腹の底に熱い鉄の塊が押し付けられたような感覚が襲った。

*



 それから先の事はあまりはっきりとは覚えていない。
 悲鳴を上げて逃げ去る女たち、崩れ落ちる彼の人、とっさに抱えた細い身体はとても熱くて。
 すぐにでもその背中に一太刀浴びせたいのを堪え、黒馬に跨り一路彼女の自宅へと戻ったのだった。

 あの時の事を思い返すと、ふつふつとまた腹の底が煮えくり返ってくる。
 逸る気持ちを抑えてひとまず屋内を見渡してみるが、今のところ己以外に動きを見せるものは見当たらない。
 しかしそのままついと足元へ視線を落とせば、埃の積もった床にはくっきりとした足跡が残されているのが目に付いた。
 それはどう見てもごく最近付けられたものであり、点々と続く先、空間の中ほどに積み上げられた廃材の山へと消えていた。
 全くもって甘い事だ。まさか自らが隠れ家への道を記してきたのも知らず、今もあの女は己の一挙一動に目を凝らしているのだろう。
 気が付けばどこからか低い唸りのような音がし続けており、耳を澄ませてみるとそれはやはり足跡が続く先、積み上げられた廃材の山の陰から聞こえてくるようだ。
 間違いない、この先にあの女は潜んでいる。

 右の手で柄を握り剣を引き抜けば、鋭い鞘走りの音が無音の屋内に響き渡る。
 引き抜かれた勢いはそのままに手首を返して一閃、甲高い風音を響かせる刃はぎらりと光り、鋭く砥がれたそれは刃こぼれ一つない。

 さあ、準備は全て整った。あとはあの女の首を切り落とすのみ。
 久しく味わわずにいた高揚感に全身を震わせ、迷うことなく一直線に廃材の影へと踏み込んだ。

 しかしその刹那、眼前を黒い霞みが多い尽くしたのだ。

 耳障りな唸りをあげてまとわりつく霞み――数え切れないほどの黒焦げた蝿は、まるで群れそのものが意思を持つかのように騎士へと襲い掛かる。
 思わぬ不意をつかれて二、三度剣を霞み目掛けて振り下ろすが、いずれもその寸前で群れは散り、まるで剣の軌道を知るかのようにまた一つへと戻る。
 それぞれは他愛もない小さな虫、しかしそれも数え切れない程に集まれば決して無視できない威力を持っていた。
 たかが蝿風情が、何と忌々しい事か!
 苛立たしさをにじませて再度振るった剣が床に突きたてられたその瞬間、足元をばたばたと一つの影がすり抜ける。
 とっさにそれを視線で追うが、それもまた無数の蝿に覆われてほとんど見る事はかなわない。しかし己以外にこの空間にいる者と言えば、思い浮かぶのはただ一人。
 即座に地面から剣を引き抜きまた一閃、蝿そのものを切れずともその風圧で一瞬霞みに薄い箇所が生まれる。
 その一瞬で見えたのは、無様に逃げるあの女の背中。
 馬鹿な女、たったその程度の小細工でこの刃から逃げられると思ったのか。
 その嘲りを察したのか、いよいよ怒り狂った黒い蝿たちの全てが騎士を取り巻き絡みつく。
 それぞれが身体の上を這いずり、羽を震わせ、唯一むき出しとなった首の断面へと群がる。
 少しでもあの女に向けられる殺気を散らそうというのか、蝿たちはあらゆる五感に働きかけて騎士の動きを留めようとした。

 それは例えば生身の者、あるいは正常な感覚を持つ者に対してであれば絶大な効果を発揮しただろう。
 しかしそれもすでに死してほとんどの感覚を失った騎士が相手となれば、非常に旗色が悪かった。

 ――ぎぃん!

「ひっ!」

 足元すれすれで散る火花、そして耳を打つ鋼の音に女はたまらず悲鳴を上げて仰向けに倒れこむ。
 その顔は恐怖に引きつり、見開かれた瞳は食い入るように刃を見つめている。
 しかし恐怖に満たされてなお、その手足は死から逃れようともがき続けていて。
 ――往生際の悪い。
 床に散らされた蝿の死体を荒々しく踏みつけ、空いた左の手で女の髪を掴んでぐいと引きあげる。

「いっ――!」

 痛みに顔を歪め、その腕を振り払おうと自らの両腕を伸ばそうとして――視線の先に振り上げられた剣を目にした途端、凍りついた。

「いや……」

 ゆっくりと見せ付けるかのように剣が高くかざされ、同時に掴まれた髪がさらに強く引っ張られる。
 そうすると自然とのけぞる形にさせられ……それはすなわち喉元がさらされた、首を落とすのに最も適した形。

「い、いや、放して、放してよ!!」

 つぶやきはやがて叫びへと変わり、ありったけの力で身をよじり掴む腕を引き剥がそうとする。
 しかし力は到底及ばず、騎士もまたまったく動じずについに真上まで剣を引き上げ――

「いやあああああああ!!!」

 ――ためらうことなくその喉へと振り下ろした。

 しかしその瞬間、悲痛な叫び声に獣の咆哮が混じっていた事に騎士は気づかなかった。
 女の白い喉に鋭い刃が触れる直前、突如としてその身に何かがぶつかって吹き飛び、騎士は廃材の山へと叩き付けられる。
 その衝撃で途端に山は崩壊を始め、瞬く間に騎士は崩れ落ちる破片の中へと消えてしまったのだった。

*



「ひゃっはァ、間に合ったみてェだな」

 廃材の山が崩れ落ちる様を見やり、人狼は下卑た笑い声をあげる。
 それはまさしく獣と人とを合わせた姿、すなわちその男が都市伝説である事を明確に物語っていた。
 その見かけに何とも不釣合いな女物のヴェールをたなびかせ、人狼――マリ・ヴェリテのベートは呆然と座り込む女性の元へと歩み寄る。

「うぉい『スパニッシュフライ』、生きてんだろうなぁ?」

 そうじゃなきゃ無駄骨になっちまう、と茶化すようにマリ・ヴェリテは問いかける。
 しかし女性――スパニッシュフライの契約者は反応を示さず、ただ崩れた廃材の山を見つめるばかり。

「何だよ、わざわざこのマリ・ヴェリテ様が助けに来たのに礼もなしってかぁ?」

 少々不機嫌そうな声色で愚痴りながらも膝を折り、スパニッシュフライの契約者を覗き込む。
 しかしいよいよそれにも彼女は反応を示そうとはせず、マリ・ヴェリテの眉間に皺が寄った。

「……おいお前、本当にどうしちまったってんだよ?」

 人形のような状態をさすがにおかしいと感じたのか、人狼の声が怪訝なものへと変わる。
 ぐいと顎を掴んで強引に目を合わせさせれば、ぼんやりとしていた瞳がようやくマリヴェリテを捉えた。

「マ、リ……?」
「おう、助けに来てやったぜぇ?」

 相変わらず茶化した様子で笑う人狼を確かめると、次の瞬間スパニッシュフライの契約者はばしりとその手を払い落とした。

「お、遅いよバカあああ! もう少しで死ぬところだったんだからあああ!」
「お前バカはねぇだろ!?」

 開口一番に暴言を浴びせられればさすがに頭にも来る。
 いっそこの場で犯してやろうかとかそんな考えが頭をよぎるが、それも瞳を潤ませたスパニッシュフライの契約者が胸に飛び込んできたことで驚きが勝ってしまった。

「こわかった……怖かったよう……!」

 恐怖で抑えられていた感情が爆発したらしく、スパニッシュフライの契約者は大粒の涙を流してしゃくりあげる。
 本来ならばこのまま押し倒しているであろう状況、しかし今彼の胸にしがみついているのはマッドガーサーが「仲間」と認めた一人である。

「……柄じゃねぇなぁ、ッたくよぉ」

 深い深いため息をつき、人狼はなんともぎこちない手つきで震える頭を撫でてやる。
 それに初めこそぴくりと大きく震えたものの、それもいつしか治まってしまっていた。

 しかしその時前方から聞こえたがらがらと何かが崩れる物音に、マリヴェリテの耳がぴくりと反応を見せた。

「……はッ」

 ニヤリと笑みを浮かべた気配にスパニッシュフライの契約者もまた顔を上げ、ひっと息を呑んだ。

「不死身の首なし騎士ってわけかぁ?」

 彼らの目の前にあったのは、ぐったりとしたもう一人の誰かを横抱きした騎士の姿。
 抱えられているのは同じく首のないライダースーツ姿の女性であり、実はそれは先程、とっさに動きを止める為に人狼が投げつけたものであった。

「ま、マリ……」
「面白ぇ、相手になってやろうじゃねぇかぁ?」

 口元を歪め、マリ・ヴェリテはヴェールにしがみついていたスパニッシュフライの契約者を引き剥がす。
 とっさとはいえあの強烈な一撃で沈まなかったということは、相手は相当にタフなはず。となれば長期戦を覚悟しなければならないだろう。
 騎士はと言えば未だ気を失っている様子の女性を影に寝かせ、すぐさまこちらへと向き直る。

「…………………………………………」

 首狩りを邪魔されたからか、はたまた関係のない者を巻き込んだからか。
 騎士から発せられた凄まじい殺気が、びりびりとマリ・ヴェリテの毛を逆立たせた。

「ひゃははァ、ちったぁ楽しませてくれよ?」

 ぶるりと身を震わせると人狼は低く身をかがめ、牙をむいて壮絶な笑みを浮かべる。
 普通の人間や力ない都市伝説であればすでに逃げ出しているであろう気配、しかしそれはマリ・ヴェリテにしてみればもはや慣れ親しんだものでしかない。
 見せ付けるようにべろりと舌なめずりをしてみせれば、その言動に触発されたか、騎士は片手に構えた剣を勢いよく一閃させて前へと足を踏み出す。
 それに応えてマリ・ヴェリテもまた短い咆哮を上げ、地面を蹴って騎士へと迫る。

 そうして騎士の剣と人狼の鋭い爪とが激しくぶつかり合った瞬間、長い戦いの幕は切って落とされたのだった。



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