ある祟り神のひととき
余は、祟り神。
古より、余は天災を引き起こし、また人心を惑わせることで、余の存在を周囲へと知らしめてきた。
人々に恐れられ、奉られる、そんな存在。それが余だ。
……しかし。
余が没してから800年余り。
この国は……いや、この世界は、あまりに変わってしまった。
かつてあれだけ人々の心に根ざしていた御霊信仰も、今や退廃の一途。
一部の物好きな人間のみが信仰する……そんな存在にまで成り下がってしまった。
あれ程の栄華を誇った余の力も、今となっては見る影もない。
古より、余は天災を引き起こし、また人心を惑わせることで、余の存在を周囲へと知らしめてきた。
人々に恐れられ、奉られる、そんな存在。それが余だ。
……しかし。
余が没してから800年余り。
この国は……いや、この世界は、あまりに変わってしまった。
かつてあれだけ人々の心に根ざしていた御霊信仰も、今や退廃の一途。
一部の物好きな人間のみが信仰する……そんな存在にまで成り下がってしまった。
あれ程の栄華を誇った余の力も、今となっては見る影もない。
本来ならば、ここで余ら祟り神が災厄を引き起こし、再び人々に心身を復活させる……はずだった。
少なくとも、余が没してから数百年の間は、確かにそうされてきた。
当たり前のことだ。
それが、余らの務めなのだから。
少なくとも、余が没してから数百年の間は、確かにそうされてきた。
当たり前のことだ。
それが、余らの務めなのだから。
……しかし、彼奴が心変わりをしてから、全ては変わってしまった。
かつて日本最大の祟り神として、火雷天神とすら呼ばれた男。
異境の地の創造神、大天神の名すら別名として称された、そんな男。
余よりも数百年前に没し、長きに渡り祟り神としてこの地で猛威を奮っていたその男が、いつからか「学問の神」などと言うしょぼくれた神へと成り下がったのだ。
その上、何を血迷ったか余らが人々を祟り、苦しめる事を抑圧し始める始末。
かつて日本最大の祟り神として、火雷天神とすら呼ばれた男。
異境の地の創造神、大天神の名すら別名として称された、そんな男。
余よりも数百年前に没し、長きに渡り祟り神としてこの地で猛威を奮っていたその男が、いつからか「学問の神」などと言うしょぼくれた神へと成り下がったのだ。
その上、何を血迷ったか余らが人々を祟り、苦しめる事を抑圧し始める始末。
幾人かは、彼奴に逆らう者もいた。
しかし、彼奴の強大な力を恐れたのか何なのかは知らんが、翻った者は皆、彼奴に説得され、彼奴と共に歩むようになった。
全く持って、情けない話だ。
無論、余にも幾人か守護を約束した人間がいる。
しかしそれは限られた数名であり、土地に住む全ての人間を対象としたものではない。
確かに守護神の面こそあれ、余らの本質はあくまで祟り神。それ一つであるというのに……。
愚かしい事、この上ない。
しかし、彼奴の強大な力を恐れたのか何なのかは知らんが、翻った者は皆、彼奴に説得され、彼奴と共に歩むようになった。
全く持って、情けない話だ。
無論、余にも幾人か守護を約束した人間がいる。
しかしそれは限られた数名であり、土地に住む全ての人間を対象としたものではない。
確かに守護神の面こそあれ、余らの本質はあくまで祟り神。それ一つであるというのに……。
愚かしい事、この上ない。
――――そして、現在。
道真と並び、二大御霊とさえ呼ばれるかの平将門までも、道真に賛同し始めた。
既に、余ら祟り神の中で彼奴らに逆らおうなどと考えるものは、いない。
……しかし、それはあくまで表面上。
もし仮に彼奴……道真の力が弱りでもすれば、きっと反乱の烽火が上がる。
そうに、違いないのだ。
そして、余はそれを先導する。
今こそ……道真が「学問の神」として忙殺されている今こそがその時だと、周囲の神々へと知らしめるのだ。
道真と並び、二大御霊とさえ呼ばれるかの平将門までも、道真に賛同し始めた。
既に、余ら祟り神の中で彼奴らに逆らおうなどと考えるものは、いない。
……しかし、それはあくまで表面上。
もし仮に彼奴……道真の力が弱りでもすれば、きっと反乱の烽火が上がる。
そうに、違いないのだ。
そして、余はそれを先導する。
今こそ……道真が「学問の神」として忙殺されている今こそがその時だと、周囲の神々へと知らしめるのだ。
――――人々に忘れ去られるのは、もう沢山だ。
――――暗き所での安息など、もう沢山だ。
――――暗き所での安息など、もう沢山だ。
余が……余こそが、この暗き時代を終わらせる。
さあ、行こう。
余が、道真を打倒し、この御霊の世界の頂点へと――――
さあ、行こう。
余が、道真を打倒し、この御霊の世界の頂点へと――――
「――――いかがなされた、崇徳殿よ」
「っ!?」
「っ!?」
いざ参らんと拳を握り締め、立ち上がった余の背後から、声。
唐突に発せられたその声に、思わず身体が跳ね上がった。
――――どこか聞き覚えのある、この重みある声は……。
聞いているだけで威圧されそうなその声を前に、思わず身体が竦みかける。
……しかし、余も名の知られた祟り神。
そのような愚挙を見られる事など、あってはならない。
唐突に発せられたその声に、思わず身体が跳ね上がった。
――――どこか聞き覚えのある、この重みある声は……。
聞いているだけで威圧されそうなその声を前に、思わず身体が竦みかける。
……しかし、余も名の知られた祟り神。
そのような愚挙を見られる事など、あってはならない。
「少々、気の乱れを感じ取ったのだが……」
「い、いや? 別段何もしておりませんぞ――――」
「い、いや? 別段何もしておりませんぞ――――」
恐る恐る、しかし絶対にそうとは見られないよう虚勢を貼りながら、振り返る。
背後の暗き闇。
その中に浮かぶ、黒き衣を纏った姿。
背後の暗き闇。
その中に浮かぶ、黒き衣を纏った姿。
「――――道真公」
「…………ふむ」
「…………ふむ」
――――なら、良いのだが、と。
彼奴……道真公は何やらのリストを片手に、そう唸った。
彼奴……道真公は何やらのリストを片手に、そう唸った。
「……道真公、そのリストは?」
「これか?」
「これか?」
道真公は苦笑いをして手に持ったリストを捲った。
パラパラと、静かだった空間に音が広がっていく。
パラパラと、静かだった空間に音が広がっていく。
「すまないな。持ってくるつもりはなかったのだが……」
「大宰府に寄せられた祈願の類、か」
「あぁ、ここへ来る前まで見ていたのでな」
「大宰府に寄せられた祈願の類、か」
「あぁ、ここへ来る前まで見ていたのでな」
間違って持って来てしまったようだ、と道真公は少し渋い顔をして、リストを持ち直す。
パラパラ、パラパラと。
まるで一種の催眠であるかのように、揺れるリスト。
パラパラ、パラパラと。
まるで一種の催眠であるかのように、揺れるリスト。
「今年はどうにも、参拝者の人数が多い」
「フキョーとかいうもののせいだと聞くが……余にはよく分からん」
「フキョーとかいうもののせいだと聞くが……余にはよく分からん」
時折、余の所にもフキョーがどうのこうのとかで厄除けに来る者がいる。
しかし、それは果たして余の厄除けでどうにかなる対象なのかどうか、余にはどうにもよく、分からない。
……そういえば、最近は「コンカツ」などと言って参拝に来るものも多くなった。
あれも、フキョーとやらと何か関係があるのだろうか。
あまり、あの者たちの欲望にぎらぎらとした願いは、受け入れがたいのだが……。
しかし、それは果たして余の厄除けでどうにかなる対象なのかどうか、余にはどうにもよく、分からない。
……そういえば、最近は「コンカツ」などと言って参拝に来るものも多くなった。
あれも、フキョーとやらと何か関係があるのだろうか。
あまり、あの者たちの欲望にぎらぎらとした願いは、受け入れがたいのだが……。
「……いずれにせよ、このような事態が一刻も早く終息するのを願うばかりだ」
「全く」
「全く」
そう道真公は頷き、ふっとどこか寂しそうに笑った。
「しかし、このような時にのみ頼られる存在であると分かってはいるが……そうなったらそうなったで、またきっと寂しいのだろうな」
……どきり、とした。
人々から忘れ去られる、悲愁。
それはつい先程まで、余が思っていた事で
それを道真公も同様に感じていた事に、軽い驚きを覚えた。
そんな感情が表に出ていたのか、道真公はまた苦笑いをして
人々から忘れ去られる、悲愁。
それはつい先程まで、余が思っていた事で
それを道真公も同様に感じていた事に、軽い驚きを覚えた。
そんな感情が表に出ていたのか、道真公はまた苦笑いをして
「ふむ……少々、愚痴が過ぎたようだ。すまないな、崇徳殿とて忙しい時期だろうに」
「いや……貴公に比べれば、余の所に来る祈願の量など、まだまだだ」
「私たちが暇な事ほど、良き事はない」
「いや……貴公に比べれば、余の所に来る祈願の量など、まだまだだ」
「私たちが暇な事ほど、良き事はない」
そう、道真公は目を細め
「……さて、そろそろ戻らねばならん。崇徳殿には迷惑をかけたな」
「気にせずとも、よい」
「あぁ…………では、また」
「気にせずとも、よい」
「あぁ…………では、また」
すぅっと、その体を消していく道真公。
余は一瞬、声をかけるかどうかを迷い……しかし最後まで、虚勢を張る事にした。
余は一瞬、声をかけるかどうかを迷い……しかし最後まで、虚勢を張る事にした。
「この時期が終われば暇にもなろう。その時には一局でも、どうだ」
「……それも、よいな」
「……それも、よいな」
姿を消していく中で
最後に道真公はふっと笑い……そして、姿を消した。
それを見届けると同時、余の身体から力が……緊張が、抜け落ちる。
最後に道真公はふっと笑い……そして、姿を消した。
それを見届けると同時、余の身体から力が……緊張が、抜け落ちる。
(……気勢を、削がれたな)
反乱を起こそうなどと言う心持など、とうに失せていた。
菅原道真……面白い男だ、全く。
将門も、あの男のそんな所に惹かれたのか。
菅原道真……面白い男だ、全く。
将門も、あの男のそんな所に惹かれたのか。
(とかく、余もそう長くその座を開けているわけにもいかんな)
恐らく、また「コンカツ」がどうのこうのと言う女子の願い事が貯まっているのだろう。
反乱の機など、またいずれ熟す。
その時にまた反旗を翻せば良いと考え、しかし同時に、その時はもう来ないような……そのような気も、した。
反乱の機など、またいずれ熟す。
その時にまた反旗を翻せば良いと考え、しかし同時に、その時はもう来ないような……そのような気も、した。
【終】