「祭りの宵、騎士の憂鬱」
秋祭り一日目、夜。
すでに日没を過ぎ、いつもなら暗闇で満たされる時間。
しかしこの日己の視界には、いつも見る風景とは全く違った世界が広がっていた。
道の脇には様々な飲食物や商品を扱う出店が並び、提灯とその明かりで通りはまるで昼の様に明るい。
都市伝説がうごめく夜の時間にはほとんど姿を見ない子供達も、皆色とりどりの服(「ユカタ」というらしい)を身に纏い、己の足元を賑やかに駆け抜けてゆく。
大人たちも皆思い思いに着飾り、騒ぎ、楽しんでいる様だ
しかしこの日己の視界には、いつも見る風景とは全く違った世界が広がっていた。
道の脇には様々な飲食物や商品を扱う出店が並び、提灯とその明かりで通りはまるで昼の様に明るい。
都市伝説がうごめく夜の時間にはほとんど姿を見ない子供達も、皆色とりどりの服(「ユカタ」というらしい)を身に纏い、己の足元を賑やかに駆け抜けてゆく。
大人たちも皆思い思いに着飾り、騒ぎ、楽しんでいる様だ
しかしたまにその中に紛れて、小さな悪魔やらユカタに似た服を着た男やら、明らかに人ではない者も紛れているのが嫌でも視界に入る。
己を意識している気配も感じられるが、いずれも見ているだけで手を出す気はないらしい。
しかし時折、不穏な目をしている連中がいたのもまた事実。
右手が剣の柄に伸びそうになるのをぐっと堪え、その代わりに彼女を彼の者の目の届かない遠い位置へと誘う。
だがそれも数える程であり、ほとんどは興味と好奇心の視線ばかりである。
どうやらこのイベントを楽しんでいるのは人だけに限らない様だ。
己を意識している気配も感じられるが、いずれも見ているだけで手を出す気はないらしい。
しかし時折、不穏な目をしている連中がいたのもまた事実。
右手が剣の柄に伸びそうになるのをぐっと堪え、その代わりに彼女を彼の者の目の届かない遠い位置へと誘う。
だがそれも数える程であり、ほとんどは興味と好奇心の視線ばかりである。
どうやらこのイベントを楽しんでいるのは人だけに限らない様だ。
「ね、ホロウさんホロウさん」
ふと己を呼ぶ声に視線を下げると、眉を寄せて何やら悩んでいる様子の彼の人……己の主が傍らにいた。
何か困った事でも起きたのかと立ち止まれば、ついと何かを指差す。
何か困った事でも起きたのかと立ち止まれば、ついと何かを指差す。
「あっちの牛スジカレーもおいしそうなんですけど、今そこにハンバーグの屋台も見つけちゃったんですよ。
どっちがいいと思います?」
どっちがいいと思います?」
真剣な表情で二つの店を見比べる彼女に、思わず脱力しそうになる。
よりによって、ここ数百年は何も口にしていない己にそれを尋ねるか。
それ以前に食べる為の口もないというのに、どう答えろというのだ。
というか、そもそも「ギュウスジカレー」も、「ハンバーグ」というものも、生まれてこの方食べた事がない。
試しにすぐそばの「ハンバーグ」とやらの店先をのぞいてみると、男が大きな鉄板で丸く形作られた肉を焼いている様だ。
よりによって、ここ数百年は何も口にしていない己にそれを尋ねるか。
それ以前に食べる為の口もないというのに、どう答えろというのだ。
というか、そもそも「ギュウスジカレー」も、「ハンバーグ」というものも、生まれてこの方食べた事がない。
試しにすぐそばの「ハンバーグ」とやらの店先をのぞいてみると、男が大きな鉄板で丸く形作られた肉を焼いている様だ。
「あ、ホロウさんもやっぱりハンバーグだと思います? おいしそうな匂いですもんねえ……」
店の方を向いていたからか、どうやら己はハンバーグに興味があると思われたらしい。
「よっし、ハンバーグにします! ホロウさん、ちょっと待っててくださいね!」
言うや否や、止める間もなくたちまち彼女は店へと走り出してしまった。
本当は共に行くつもりだったが、己の巨体ではこの人混みの障害物になってしまうからと今日何度も彼女に言い聞かされた事が思い出される。
揺れる髪飾りが遠ざかっていくのを見送ると、結局己は道の端へと身を落ち着ける事にした。
本当は共に行くつもりだったが、己の巨体ではこの人混みの障害物になってしまうからと今日何度も彼女に言い聞かされた事が思い出される。
揺れる髪飾りが遠ざかっていくのを見送ると、結局己は道の端へと身を落ち着ける事にした。
初め、己は彼女がここへ来る事には反対であった。
≪夢の国≫の襲来の報がもたらされた今、いつ何時≪夢の国≫が現れてもおかしくはないのだ。
その上、祭りともなれば≪夢の国≫の標的である子供が大勢集まる。
それを狙って≪夢の国≫が現れる確立は非常に高いだろう。
しかし肝心の主といえば、己の意に反して「絶対に行く」の一点張り。
普段は少し強く言えば納得される彼女が、なぜかこの祭りに関しては一切引く事がなかったのだ。
≪夢の国≫の襲来の報がもたらされた今、いつ何時≪夢の国≫が現れてもおかしくはないのだ。
その上、祭りともなれば≪夢の国≫の標的である子供が大勢集まる。
それを狙って≪夢の国≫が現れる確立は非常に高いだろう。
しかし肝心の主といえば、己の意に反して「絶対に行く」の一点張り。
普段は少し強く言えば納得される彼女が、なぜかこの祭りに関しては一切引く事がなかったのだ。
『もーいいです!
どうしてもダメって言うんなら一人で行きますから、ホロウさんはついて来なくてもいいですよ!』
どうしてもダメって言うんなら一人で行きますから、ホロウさんはついて来なくてもいいですよ!』
最後はそう己に叩きつけてそっぽを向いてしまった光景が、鮮やかに蘇る。
それから一言も口をきかなくなった彼女に、ついに己が折れる事となったのだった。
それから一言も口をきかなくなった彼女に、ついに己が折れる事となったのだった。
先程の店先を見れば、どうやら少々混んでいるらしく二、三人の後に続いて並んでいる彼女の姿が確認できた。
長い髪を結い上げ、この国の祭りの服装なのだという「ユカタ」を着た主はそれだけで普段とはまた違った雰囲気である。
いつもはほとんどしないという化粧がほんのりと施された彼女の顔は、普段の子供っぽさは影を潜め、代わりに明かりに照らし出されたのは、大人の女性らしさを感じさせる美しい横顔だった。
長い髪を結い上げ、この国の祭りの服装なのだという「ユカタ」を着た主はそれだけで普段とはまた違った雰囲気である。
いつもはほとんどしないという化粧がほんのりと施された彼女の顔は、普段の子供っぽさは影を潜め、代わりに明かりに照らし出されたのは、大人の女性らしさを感じさせる美しい横顔だった。
「ねえねえ」
ふと聞こえた声に我に返れば、目の前に並ぶのは己の腰ほどしかないかという子供達。
「わ、こっち向いた」
「すっげー! かっこいー!」
「おれ、首なし騎士のカード持ってるけどそっくりだ!」
きゃいきゃいと騒ぎながら、子供達はたちまち己の周りを取り囲んでくる。
今日は変わった格好をするイベントがあるから目立たない、と主は言ってはいたのだが……どうもその通りにはいかなかったらしい。
歩いている時はもちろんこうやって立ち止まっている時ですら、どこからともなく興味津々の子供達やら大人達がやって来てたちまち周りに人垣が築かれていた。
これが敵意を抱く者であれば問答無用で叩きのめしている所なのだが、たちの悪いことに、どうやら彼らの胸に満ちているのは好奇心らしい。
なぜこんなにも彼らがきらきらと輝く目で己見つめるのだろう、と彼女に尋ねてみれば、それはこの姿にあるらしかった。
今日は変わった格好をするイベントがあるから目立たない、と主は言ってはいたのだが……どうもその通りにはいかなかったらしい。
歩いている時はもちろんこうやって立ち止まっている時ですら、どこからともなく興味津々の子供達やら大人達がやって来てたちまち周りに人垣が築かれていた。
これが敵意を抱く者であれば問答無用で叩きのめしている所なのだが、たちの悪いことに、どうやら彼らの胸に満ちているのは好奇心らしい。
なぜこんなにも彼らがきらきらと輝く目で己見つめるのだろう、と彼女に尋ねてみれば、それはこの姿にあるらしかった。
普段であればいつ何時戦う事になってもいいように、防具は軽くて動きやすいチェーンメイル(鎖かたびら)しか身に着けていない。
端から見ても、「騎士」とは名ばかりの地味な装いである。
しかしこの日は己が着けていたのは、仰々しい正装用のフルプレートの鎧一式であった。
今まできちんと身に着けた事など数えるぐらいしかない形式的な鎧。
しかし「どうせならたまには袖を通すのも悪くないだろう」という彼女の言葉に半ば説得され、こうして現れてみたのだが……。
端から見ても、「騎士」とは名ばかりの地味な装いである。
しかしこの日は己が着けていたのは、仰々しい正装用のフルプレートの鎧一式であった。
今まできちんと身に着けた事など数えるぐらいしかない形式的な鎧。
しかし「どうせならたまには袖を通すのも悪くないだろう」という彼女の言葉に半ば説得され、こうして現れてみたのだが……。
「すげー! これヘビかな?」
「ちがうよ、ドラゴンだよ」
いつの間に足元にいた少年達から守る様に、剣の柄を握りなおす。
こういったものが子供達の憧れなのは今も昔も変わらないらしい。
こういったものが子供達の憧れなのは今も昔も変わらないらしい。
「えー、おねがい見せてよお」
「おれも持ってみたい!」
「ぼ、ぼくも……」
キラキラと期待に輝かせた三対の瞳が、己を見上げている。
「………………………………」
このやりとりも何度目だろう。
いい加減好機の目にさらされる事にも疲れてしまった。
彼女は、まだ帰ってこないのだろうか。
いい加減好機の目にさらされる事にも疲れてしまった。
彼女は、まだ帰ってこないのだろうか。
「お待たせしましたホロウさん!」
噂をすれば影、救世主は現れた。
見れば湯気の上がる紙包みを抱え、なんとも嬉しそうな笑みを浮かべて彼女はたたずんでいる。
見れば湯気の上がる紙包みを抱え、なんとも嬉しそうな笑みを浮かべて彼女はたたずんでいる。
「ハンバーグ、結構人気みたいで待たされちゃって……ん、どうしたの?」
声をかけられ、己を見上げていた小さな瞳がいっせいに彼女を捉えた。
「おねえさん、この騎士の知り合いなの?」
「うん、そうだよ?」
にこりと彼女がうなずいてみせると、途端にわあと少女が声を上げた。
「じゃあ、おねえさんはお姫さまなんだね!」
「へっ?」
「すてき!」と嬉しそうに頬を染める少女の言葉に、呆気に取られた表情の彼女。
と、どこからかそれぞれ名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
どうやらそれは子供達のものであったらしく、「じゃあね!」と一言、子供達はたちまち駆け去って行ってしまったのだった。
しかし子供達がいなくなってからも、彼女はかがみこんだままの姿勢を戻そうとはしない。
何か具合でも悪いのかとそばに膝をつけば、「うひゃっ」とひっくり返った声を上げられた。
どうやらそれは子供達のものであったらしく、「じゃあね!」と一言、子供達はたちまち駆け去って行ってしまったのだった。
しかし子供達がいなくなってからも、彼女はかがみこんだままの姿勢を戻そうとはしない。
何か具合でも悪いのかとそばに膝をつけば、「うひゃっ」とひっくり返った声を上げられた。
「ななななな何でもないですよ! い、行きましょうかホロウさん!」
赤らんだ顔をそむけてなかばまくし立てる様に告げると、彼女は紙包みを抱えたままぎくしゃくと歩き出す。
なぜか足早に急ぐ様子の彼女の後姿に内心首をかしげ、己もまた彼女の後を追いかけるのだった。
なぜか足早に急ぐ様子の彼女の後姿に内心首をかしげ、己もまた彼女の後を追いかけるのだった。
空には満月が浮かび、喧騒は未だ覚めやらず。
その日明かりは遅くまで落ちる事はなかった。
その日明かりは遅くまで落ちる事はなかった。
<Fin>