「宴の幕開け」
走る、走る。
影を探して、ひた走る。
影を探して、ひた走る。
「はっ、くっ……!」
すでに息は上がり、普段使われない足の筋肉が悲鳴をあげている。
浴衣の裾を翻し、ただ彼女は走り続けていた
後ろを振り返る余裕など当の昔に失せている。
しかし背後に迫る足音が、振り返らずとも何かが彼女を追って来ている事を明確に告げていた。
浴衣の裾を翻し、ただ彼女は走り続けていた
後ろを振り返る余裕など当の昔に失せている。
しかし背後に迫る足音が、振り返らずとも何かが彼女を追って来ている事を明確に告げていた。
太陽は頂点を過ぎたばかり、まだ陽はさんさんと降り注いでいる時刻。
そしてこんな時にこそ現れるはずの騎士の姿は未だなく、彼女はたった一人で走り続けていた。
それもそのはず、今まで彼女のパートナーである首無し騎士が姿を現すのは陽が落ちた闇の中でのみでしかなかった。
元が死んだ身である騎士にとって、清浄な日差しはその身を焦がす危険な光でしかないのだ。
その上いかに騎士が強力な都市伝説とは言え、その契約者たる彼女もまた力を手に入れられるわけではなかった。
そしてこんな時にこそ現れるはずの騎士の姿は未だなく、彼女はたった一人で走り続けていた。
それもそのはず、今まで彼女のパートナーである首無し騎士が姿を現すのは陽が落ちた闇の中でのみでしかなかった。
元が死んだ身である騎士にとって、清浄な日差しはその身を焦がす危険な光でしかないのだ。
その上いかに騎士が強力な都市伝説とは言え、その契約者たる彼女もまた力を手に入れられるわけではなかった。
都市伝説の性質によっては、確かに契約者本人もまたその都市伝説に由来する力を手にできる事もある。
しかし首無しの騎士はそういった都市伝説とは全く違う系統のもの――その筋では≪使役系≫、あるいは≪操作系≫などと呼ばれる部類に入る都市伝説であった。
つまり、彼女が契約によって得られる恩恵は全くないのだ。
しかし首無しの騎士はそういった都市伝説とは全く違う系統のもの――その筋では≪使役系≫、あるいは≪操作系≫などと呼ばれる部類に入る都市伝説であった。
つまり、彼女が契約によって得られる恩恵は全くないのだ。
そんな所以で、彼女は陽の光の差し込まない場所を探して走り続けていた。
以前昼間にそういった都市伝説に襲われた時も、運よく陽が差さない場所にいたおかげで間一髪騎士の助けを得る事ができたのだ。
ならば今回も影に覆われた場所さえ見つけられれば……それだけを一心に、彼女は足を動かし続ける。
以前昼間にそういった都市伝説に襲われた時も、運よく陽が差さない場所にいたおかげで間一髪騎士の助けを得る事ができたのだ。
ならば今回も影に覆われた場所さえ見つけられれば……それだけを一心に、彼女は足を動かし続ける。
「……あっ!」
そんな矢先、下駄が段差か何かに引っかかったのか、とたんに膝ががくりと落ちる。
その拍子に身体は前方へと投げ出され、次の瞬間彼女の身体はアスファルトの地面に叩きつけられていた。
圧迫された胸から一気に空気が押し出され、一瞬息が詰まる。
その拍子に身体は前方へと投げ出され、次の瞬間彼女の身体はアスファルトの地面に叩きつけられていた。
圧迫された胸から一気に空気が押し出され、一瞬息が詰まる。
こんなところでつまづいているわけにはいかない、でないと――でないと!
なんとか震える手をついて身体を起こすが、同時にこちらに駆けて来る足音が耳に入ってくる。
きっと顔を上げれば、目に飛び込んでくるのは幾人もの黒服の男達。
確かに祭りの間中にも黒服は目にしていたが、それらとはまったく違う、異質なオーラを纏う彼らを目の前にして彼女はびくりと身をすくませた。
せめて近くに日陰は……そう願って辺りを見回すが、運悪く彼女が倒れたのは高い建物のない路地の真ん中。
いつしか彼らはカツカツと靴音を響かせ、ついに男達は彼女を取り囲んだ。
きっと顔を上げれば、目に飛び込んでくるのは幾人もの黒服の男達。
確かに祭りの間中にも黒服は目にしていたが、それらとはまったく違う、異質なオーラを纏う彼らを目の前にして彼女はびくりと身をすくませた。
せめて近くに日陰は……そう願って辺りを見回すが、運悪く彼女が倒れたのは高い建物のない路地の真ん中。
いつしか彼らはカツカツと靴音を響かせ、ついに男達は彼女を取り囲んだ。
「一体……いったい、なんなんですかあなたたちは!」
静かに己を見下ろす彼らをにらみつけ、彼女は叫ぶ。
さっきまでは、確かに町は祭りで賑わっていた。
それが一瞬空気がざわめいたかと思った次の瞬間、空気は徐々にゆがみ始めたのだ。
そしてそれと時を同じくして、彼ら黒服たちは次々と現れたのだった。
さっきまでは、確かに町は祭りで賑わっていた。
それが一瞬空気がざわめいたかと思った次の瞬間、空気は徐々にゆがみ始めたのだ。
そしてそれと時を同じくして、彼ら黒服たちは次々と現れたのだった。
しかし黒服達は彼女の叫びを、うっすらと涙を浮かべて睨みつける彼女の瞳にも一切気にも留めないのか、いずれも口を開こうしない。
無表情に、ただ自らの落とした影に埋もれた彼女を見つめている。
しかしそれもつかの間の事、遅れて現われた最後の一人が取り囲む輪に加わった次の瞬間、彼らは彼女を捕らえようと一斉に手を伸ばした。
無表情に、ただ自らの落とした影に埋もれた彼女を見つめている。
しかしそれもつかの間の事、遅れて現われた最後の一人が取り囲む輪に加わった次の瞬間、彼らは彼女を捕らえようと一斉に手を伸ばした。
「…………っ」
己の運命もついにここまでかと、彼女はぎゅっと目を瞑る。
きっとあの数多の手は、私を掴んでどこかへ引きずり込んでしまうのだ。
そう思って、身をこわばらせた次の瞬間。
きっとあの数多の手は、私を掴んでどこかへ引きずり込んでしまうのだ。
そう思って、身をこわばらせた次の瞬間。
「………………!」
一陣の風が、吹きぬけた。
「――!」
ざくりと肉を切る音、そしてばたばたと何かが倒れる音。
思いもよらぬ音にたまらず目を開けば、飛び込んできたのはたなびくマントと大きな背中。
そして、抜き放たれた見事な両刃の剣を持つのは。
思いもよらぬ音にたまらず目を開けば、飛び込んできたのはたなびくマントと大きな背中。
そして、抜き放たれた見事な両刃の剣を持つのは。
「――――ホロウさん!」
「………………」
首無しの騎士は彼女に答えるでもなく、ただ剣を振るう。
その一振りで目の前に立っていた黒服の首が飛び、翻す刃でもう一人の胸を貫く。
空気が重い。
張り詰めた、それでいて肌があわ立つ様な感覚を覚えて彼女はぞくりと身を震わせた。
その一振りで目の前に立っていた黒服の首が飛び、翻す刃でもう一人の胸を貫く。
空気が重い。
張り詰めた、それでいて肌があわ立つ様な感覚を覚えて彼女はぞくりと身を震わせた。
ああ、まずい。
首無しの騎士が、首狩りの騎士に変わる証が解き放たれてしまった。
首無しの騎士が、首狩りの騎士に変わる証が解き放たれてしまった。
首無しの騎士、その姿は見るもの全てに明確な「死」のビジョンを抱かせる。
明らかな「死」の姿に人々は恐れを覚え、そして不完全な姿の彼は、やがて自らの首を探すだろうという文末を付け加えさせた。
それが今、首狩りの騎士が撒き散らす≪恐怖≫の正体。
己に仇なす者の首を狩り尽くすまで、騎士の剣は振るわれ続けるのみ。
明らかな「死」の姿に人々は恐れを覚え、そして不完全な姿の彼は、やがて自らの首を探すだろうという文末を付け加えさせた。
それが今、首狩りの騎士が撒き散らす≪恐怖≫の正体。
己に仇なす者の首を狩り尽くすまで、騎士の剣は振るわれ続けるのみ。
久々に目にした首狩りの騎士の姿を、ただ彼女は眺めるしかできなかった。
怒りのままに振るわれる剣は次々と彼らの首をとらえ、いつしかそこに立つのは首無しの騎士のみであった。
やがて黒服たちが完全に塵となったのを確認すると、彼は静かに剣を納めて振り返る。
やがて黒服たちが完全に塵となったのを確認すると、彼は静かに剣を納めて振り返る。
「よ、よかったあ……でもホロウさん、一体どうやって……」
重い空気が緩んだのと同時にほっと安堵の息をついた彼女は、そこではたと思い出す。
もうだめだと目をつむる瞬間、己に落ちていたのは……。
もうだめだと目をつむる瞬間、己に落ちていたのは……。
「ま、まさかあの影から?」
「…………」
その通り、と言うかの様に騎士はぽんと彼女の頭に手を置く。
たったそれだけの動作に、彼女はようやく心からほっとする事ができたのだった。
たったそれだけの動作に、彼女はようやく心からほっとする事ができたのだった。
「……って、ホロウさん! ここ、今は影が……!」
そう、黒服たちがいなくなった今、ここは完全に日が照りつける屋外である。
慌てて彼女が騎士の身体に目をやれば、そこかしこにまるで焦げた様な黒ずみの後がぽつぽつと見受けられる。
それはゆっくりと、しかし確実に広がり続けている。
慌てて彼女が騎士の身体に目をやれば、そこかしこにまるで焦げた様な黒ずみの後がぽつぽつと見受けられる。
それはゆっくりと、しかし確実に広がり続けている。
「だ、ダメですよホロウさん! 戻ってください、でないと……!」
「…………………………」
そう彼女が口にすると、途端に空気が重くなる。
いつもならばここで彼女が折れているのだが、今ばかりはそういうわけには行かない。
騎士としてはなんとしても彼女のそばにいたいのだろうが、それを望めば彼が消えてしまうのは明白だった。
いつもならばここで彼女が折れているのだが、今ばかりはそういうわけには行かない。
騎士としてはなんとしても彼女のそばにいたいのだろうが、それを望めば彼が消えてしまうのは明白だった。
「この辺りにいた連中はあらかたホロウさんがやっつけてくれました、だから大丈夫です! 戻ってください!」
「………………………………」
きっぱりとそう告げても、騎士は動こうとしない。
その間にも、黒い焦げがまた一つ、鎧の上に現われて。
その間にも、黒い焦げがまた一つ、鎧の上に現われて。
「お願いです、ホロウさん……ホロウさんが消えてしまったら元も子もないんです。あれを倒せるのは私じゃ無理です、だから、戻ってください。
私……ホロウさんに消えて欲しくないんです…………」
私……ホロウさんに消えて欲しくないんです…………」
己を優しく撫でてくれる手にすがり、心からの願いを口にする。
騎士がいなければ、今のこの町で生き残ることはおそらく……いや、確実に無理だ。
その為には、今は何としても騎士に戻ってもらわねばなかった。
それと同時に、騎士が消失するという事を思い浮かべると途端に胸がざわついた。
騎士がいなければ、今のこの町で生き残ることはおそらく……いや、確実に無理だ。
その為には、今は何としても騎士に戻ってもらわねばなかった。
それと同時に、騎士が消失するという事を思い浮かべると途端に胸がざわついた。
彼には消えて欲しくない、それもまた紛れもない彼女の願いだった。
「…………」
ぽん、と再び頭をなでる感覚を覚えた次の瞬間、目の前がぱっと明るくなった。
さっきまで己に影を落としていた存在、騎士はようやく説得に応じてくれたのだと気づき、彼女は先程よりさらに深いため息をついたのだった。
さっきまで己に影を落としていた存在、騎士はようやく説得に応じてくれたのだと気づき、彼女は先程よりさらに深いため息をついたのだった。
<To be...?>