プレダトリー・カウアード 日常編 16
部屋は暗かった。
暗くて、陰気で、じめじめとして。
だがしかし、それを好む変わり者もいる。
暗くて、陰気で、じめじめとして。
だがしかし、それを好む変わり者もいる。
「――――んでぇ? 今日だろ、例の『男』が出てくんの」
黒服 O-No.008。
組織子飼いの黒服にして、一桁台の「古参」の一人だ。
組織子飼いの黒服にして、一桁台の「古参」の一人だ。
「どうなのよ、なぁおい禿坊主さんよぉ」
「……まだ初日。様子を見ている」
「あぁ? 様子見? 様子見ぃ? てめぇ死にてねぇのかこの野郎。俺ぁなんて言った? 『すぐ』だ、『すーぐ』」
「だが――――」
「だがじゃねぇけどじゃねぇしかしでもねぇ。俺が『すぐ』って言ったらそりゃ『すぐ』なんだよ屑」
「……まだ初日。様子を見ている」
「あぁ? 様子見? 様子見ぃ? てめぇ死にてねぇのかこの野郎。俺ぁなんて言った? 『すぐ』だ、『すーぐ』」
「だが――――」
「だがじゃねぇけどじゃねぇしかしでもねぇ。俺が『すぐ』って言ったらそりゃ『すぐ』なんだよ屑」
使えねぇ、と舌打ちして、黒服は一枚の紙を相手に放った。
明りのない部屋で、けれどなぜか白が照る。
明りのない部屋で、けれどなぜか白が照る。
「――――これは?」
一枚の写真をくくりつけられた紙。
髪を伸ばした決して清潔とは言えない男が、盗撮なのかあらぬ方向を向いて写っている写真。
紙のほうにはその男のものと思われる簡潔な略歴と、「今」の居場所。
ご丁寧に「これから」通るであろうルートまで書き出されている。
これが意味するところが何か、分からないほど彼が組織で過ごした期間は短くない。
だがどうしてか、彼の口からは黒服に対する疑問が漏れ出ていた。
髪を伸ばした決して清潔とは言えない男が、盗撮なのかあらぬ方向を向いて写っている写真。
紙のほうにはその男のものと思われる簡潔な略歴と、「今」の居場所。
ご丁寧に「これから」通るであろうルートまで書き出されている。
これが意味するところが何か、分からないほど彼が組織で過ごした期間は短くない。
だがどうしてか、彼の口からは黒服に対する疑問が漏れ出ていた。
「それ、殺せ」
対して、黒服の言葉は至って完結だった。
聞き間違えなど起こり得ない、二つの単語。
聞き間違えなど起こり得ない、二つの単語。
「理由は」
「組織を裏切った。以上」
「組織を裏切った。以上」
だるそうに、黒服が伸びをする。
人殺しを命じた気配など、欠片も見せない。
人殺しを命じた気配など、欠片も見せない。
「…………これでも俺は、お前から与えられている任務の『報告』のためにここへ来ただけなんだがな」
「知らねぇよ。その『報告』に中身があんなら聞いてやってもいーけどよぉ。雑音じゃぁ耳に入れたくねぇよなぁ?」
「……おまえ自身が手を下せば良いだろうに。俺と違って暇を持て余しているのだろう?」
「あのな? 俺は命令する側。てめぇはされる側。それ以上でもそれ以下でもねぇんだよクソッタレ。
大体よぉ、俺が出張んのに相手がんな雑魚一匹ってどうよ? ねーなねぇよなまッッッッッたくねぇ。
俺出してぇなら『一族』殲滅作戦でも持って来いってんだ」
「知らねぇよ。その『報告』に中身があんなら聞いてやってもいーけどよぉ。雑音じゃぁ耳に入れたくねぇよなぁ?」
「……おまえ自身が手を下せば良いだろうに。俺と違って暇を持て余しているのだろう?」
「あのな? 俺は命令する側。てめぇはされる側。それ以上でもそれ以下でもねぇんだよクソッタレ。
大体よぉ、俺が出張んのに相手がんな雑魚一匹ってどうよ? ねーなねぇよなまッッッッッたくねぇ。
俺出してぇなら『一族』殲滅作戦でも持って来いってんだ」
話は終わりだといわんばかりに、黒服がソファで横になる。
これ以上は何を話しても受け付けないだろう。
そう判断して、彼――――禿坊主こと五十嵐輝樹は、闇から光へと、姿を消した。
これ以上は何を話しても受け付けないだろう。
そう判断して、彼――――禿坊主こと五十嵐輝樹は、闇から光へと、姿を消した。
*****************************************
「はっ……はっ……やった、やったぞっ!」
男の胸に湧き上がるのは歓喜。
柄でないと分かりつつも、喜びで鼻歌でも歌ってしまいそうだった。
夜の道路。等間隔で街頭の並ぶ道を、ただひらすらに男は走る。
「組織」からはうまく逃げた。後は匿ってくれる側と落ち合うだけが、男に残されたアクションだった。
だから男は走る。
柄でないと分かりつつも、喜びで鼻歌でも歌ってしまいそうだった。
夜の道路。等間隔で街頭の並ぶ道を、ただひらすらに男は走る。
「組織」からはうまく逃げた。後は匿ってくれる側と落ち合うだけが、男に残されたアクションだった。
だから男は走る。
走って、走って、ただ走って――――
「………………くそ」
――――道路の先に「ソレ」を見つけた。
影。まだ遠くてよく分からないが、少なくとも猫や犬の類ではない。
ただの通行人かもしれない。しかし本能が男に告げていた。
――あれは追っ手だ、と。
影。まだ遠くてよく分からないが、少なくとも猫や犬の類ではない。
ただの通行人かもしれない。しかし本能が男に告げていた。
――あれは追っ手だ、と。
口で悪態をつきながら、懐に手を入れる。
取り出したのは携帯。
折りたたまれたそれを開けると、既に一つのソフトが立ち上げられていた。
携帯を縦に、裏面のカメラを影へと向ける。
「カメラ」機能を実行した携帯の画面に映るのは、今肉眼で見えているのと寸分たがわぬ風景だ。
顔を歪ませ、笑みを貼り付けて
――男はシャッターを、切った。
取り出したのは携帯。
折りたたまれたそれを開けると、既に一つのソフトが立ち上げられていた。
携帯を縦に、裏面のカメラを影へと向ける。
「カメラ」機能を実行した携帯の画面に映るのは、今肉眼で見えているのと寸分たがわぬ風景だ。
顔を歪ませ、笑みを貼り付けて
――男はシャッターを、切った。
――――「写真を撮られると魂が抜ける」
古い迷信だ。
時を裁ち、一枚の紙へと封じ込める「業」を恐れた人間の、勝手な噂話。
男が契約しているのは、そんな都市伝説だ。
「魂」なんて不確かなモノを抜き取る死神の鎌。
鎌は形を変えポケットサイズの通信機器となり、その「狩る」速度は飛躍的に上昇した。
男が写真を取った相手は、問答無用に「魂」を抜き取られて死ぬ。
故に最強。この力のお陰で、男はここまで生き残ってきた。
古い迷信だ。
時を裁ち、一枚の紙へと封じ込める「業」を恐れた人間の、勝手な噂話。
男が契約しているのは、そんな都市伝説だ。
「魂」なんて不確かなモノを抜き取る死神の鎌。
鎌は形を変えポケットサイズの通信機器となり、その「狩る」速度は飛躍的に上昇した。
男が写真を取った相手は、問答無用に「魂」を抜き取られて死ぬ。
故に最強。この力のお陰で、男はここまで生き残ってきた。
――――だが
「……………………そんな」
影が、動いた。魂を抜かれたはずの、影が。
それは重量に引かれての所作ではない。明確な意思を持って、影は一歩を踏み出している。
それは重量に引かれての所作ではない。明確な意思を持って、影は一歩を踏み出している。
腰が抜ける。最強が崩れる。
狂ったように携帯を構えて、連射した。
何度も、何度も、指が痛くなっても、構わずに。
けれど、それでも――――影の足は、止まらなかった。
狂ったように携帯を構えて、連射した。
何度も、何度も、指が痛くなっても、構わずに。
けれど、それでも――――影の足は、止まらなかった。
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「終わった」
短く一言、そう報告する。
携帯を片手に、五十嵐はかつて男だった「モノ」を見下ろした。
携帯を片手に、五十嵐はかつて男だった「モノ」を見下ろした。
「おーけぃ。じゃ後は俺が始末してやっからよぉ。てめぇは家帰って糞して俺様に感謝してから寝ろ」
「………………」
「………………」
死体をわざわざ処分するのであれば、男を殺す一手間くらいかけたらどうなのか。
思って、しかし、彼は声に出さなかった。
結果は分かりきっている。そして、そんな分かりきった答えを聞くのに、彼はもう飽きていた。
ただあの黒服は、彼を痛めつけたいだけなのだ。
人を殺させ、神経を嬲り、骨の髄まで黒く染め上げる。
ただの黒ではない、血が変色した結果に出来る黒に染まり切った人間を、黒服はこよなく愛している。
五十嵐はただ、その異常な性癖を押し付けられているだけ。
子供のダダに反抗は無意味。相手の機嫌を損ねる結果にしかならない。
思って、しかし、彼は声に出さなかった。
結果は分かりきっている。そして、そんな分かりきった答えを聞くのに、彼はもう飽きていた。
ただあの黒服は、彼を痛めつけたいだけなのだ。
人を殺させ、神経を嬲り、骨の髄まで黒く染め上げる。
ただの黒ではない、血が変色した結果に出来る黒に染まり切った人間を、黒服はこよなく愛している。
五十嵐はただ、その異常な性癖を押し付けられているだけ。
子供のダダに反抗は無意味。相手の機嫌を損ねる結果にしかならない。
「…………了解」
だから彼は、一言で会話を終わらせた。
不平も不満も、あの少年の事も、その全てを飲み込んで。
不平も不満も、あの少年の事も、その全てを飲み込んで。
【Continued...】