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連載 - 三面鏡の少女・小ネタ-17

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Elfriede

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小ネタその17 とある魔女のお話


まるで井戸の底のような、狭く深い闇の奥の奥
その壁面は螺旋階段が据え付けられ、壁面は全て書架で覆われていた
光る何かが閉じ込められたランタンが並べられ、ぼんやりと照らされた底の底
床面積の大半を占めるのは、キャンバスが立て掛けられたイーゼルと小さな椅子
それ以外ものは、一番下から数段分の、書籍の詰められていない書架に並べられていた
紅茶のカップとポット
茶菓子の詰まった箱
様々な画材
用途不明ながらくたの数々
藁で編まれたハムスターの巣穴と、壁に直接据え付けられた回し車
そして枕と毛布と幾許かの着替え
視線より上の整然とした本の羅列とは裏腹に、混沌とした生活空間を織り成す書架
「おや、珍しい」
そう呟いたのは、キャンバスの前に座る一人の女
僅かにウェーブの掛かった短い髪は、人里離れた森の奥の深緑を思わせる
「魔女の住処を除き見る者は数いれど、私のところを見に来るとは随分物好きだ」
パレットと絵筆を置いて、女はくすりと微笑んだ
「……名前? そんな面倒なものは持ち合わせていないの。呼ぶのに困る者達は『泡沫の魔女』と呼ぶけれど」
彼女は価値あるものを生み出す事はない
彼女は永遠の連鎖を作り出す事はない
彼女は無から有を創造する事はない
彼女は誰の願いも叶える事はない
彼女は誰も殺す事はない
彼女は何も観測する事はない
彼女は何者も従える事はない
彼女は何者にも従う事はない
ただ、そこにある『まだ見えていないもの』を、水底から浮かび上がる泡のように浮かび上がらせるだけ
その泡に触れる事もない
その泡を見る事もない
ただ浮かび上がらせるだけ、それだけだ
「例えばこの一人の少女」
そう言って彼女は描きかけのキャンバスに視線を向ける
そこに描かれていたのは、人懐っこい笑顔を浮かべた小柄な少女の姿
「彼女は『合わせ鏡に自分の死に顔が見える』という都市伝説と契約した少女。学校町という舞台に存在はしていたが、まだ見えていなかったその存在を浮かび上がらせた」
その手がこつんとキャンバスを突付くと
「彼女の名前は、年齢は、容姿は、性格は、口癖は」
キャンバスの中の少女が、まるで動画でも見ているかのように動き出す
「彼女がどこの学校に通っているのか、クラスは、交友関係は、学業の成績は」
絵の具で汚れた指を折り数えながら
「描かれなくとも彼女は『居る』の。そして彼女が『居る』ならばそれに伴う情報も『有る』の。私はそれを浮かび上がらせる、それだけ」
彼女の背後で巣穴から飛び出したハムスターが、主人の声が向けられた相手を探しきょろきょろと辺りを見回す
「私は何もしない。あるものを浮かび上がらせるだけ。浮かび上がったものがどう動くかまでは、私がどうこうする事じゃない」
がたりと椅子から立ち上がり、両手を上に大きく身体を伸ばし
んん、とその口から自然と声が漏れる
「久々に喋ったら疲れちゃった。もう寝るから見てても何も無いわよ?」
そう言うと彼女は、書架の一角に詰められた枕と毛布を引っ張り出し、その中にもぞもぞと潜り込んだ
「寝顔を見せる趣味は無いの。それじゃ、またね」
ぱちん、と
魔女の住処そのものが
水面に浮かんだ泡のように弾けて消えた


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