≪神智学協会≫との戦いも終わって、学校町の部屋を無事に引き払った俺は、とりあえず新しい部屋を決めるまでの間、実家に帰る事にした。
久しぶりの実家だ。高校に通う為に学校町の部屋を借りてから割とすぐにTさんと契約してからずっと割と毎日あわただしくて全然帰ってなかったから、ほぼ丸三年ぶりってことになる。
ごくごく普通な一戸建てはただ何も言わずに聳えていた。
うーむ、知らない家のようだ……。
それだけでもちょっと緊張する理由になるけど、俺はそんなささいな緊張なんて気にならないくらい別の理由で緊張していた。扉にかけた手に嫌な汗が浮き出る。そんな俺の背後で緊張の元二人が口を開いた。
「どうした舞? 早く開けるといい」
「お姉ちゃん? あけないの?」
「……わーってるよ」
くそ、のんきにしやがってと思いながら俺は玄関の扉を開ける。
「ただいま――……」
一人娘がちょっと普通と違う男と生きて喋ってワープもしちゃう人形といっしょに帰って参りましたよ――っと。
久しぶりの実家だ。高校に通う為に学校町の部屋を借りてから割とすぐにTさんと契約してからずっと割と毎日あわただしくて全然帰ってなかったから、ほぼ丸三年ぶりってことになる。
ごくごく普通な一戸建てはただ何も言わずに聳えていた。
うーむ、知らない家のようだ……。
それだけでもちょっと緊張する理由になるけど、俺はそんなささいな緊張なんて気にならないくらい別の理由で緊張していた。扉にかけた手に嫌な汗が浮き出る。そんな俺の背後で緊張の元二人が口を開いた。
「どうした舞? 早く開けるといい」
「お姉ちゃん? あけないの?」
「……わーってるよ」
くそ、のんきにしやがってと思いながら俺は玄関の扉を開ける。
「ただいま――……」
一人娘がちょっと普通と違う男と生きて喋ってワープもしちゃう人形といっしょに帰って参りましたよ――っと。
●
家に入って部屋に辿りつくよりも早くTさんを親に目撃された瞬間、案の定俺達は客間にて親父とお袋を正面に置いた状態で横長の来客用の机の長辺と長辺で向き合って座るハメになった。
俺の右隣にTさん、頭上にリカちゃん。正面にお袋で正面右が親父だ。
完璧な布陣。これで都市伝説相手だろうと怖くないんだが、今回の相手はそうもいかない。ってかホームでの戦いのはずなのに気分はすっげえアウェーな気分だ。……どうしよう。
徹心のおっちゃんの所か≪夢の国≫、モニカやフィラちゃんの所にでも行っておいてくれと頼んだ俺を遮って実家まで一緒に付いて来ると言ったのは他でもないTさんだ。
≪神智学協会≫と戦ってる時にたしかに両親に会うとかいう事を話した記憶もあるけどまさか本当に実行しようとするとは思わなかった。
……まあ俺としても生活費はともかく、親の金で学校は行かせてもらっていたんだしTさんの事を報せずにずっといるのは問題があるとは思ってはいた……いたけど……。
俺はそーっと両親の顔を確認する。こうして見ると少し年食ったなぁと感じられる二人の顔が戸惑いと緊張というかそんな感じで俺とTさんを見ていた。
――おい、Tさん! 実家に来るっつったのはTさんだぞ! なんとかしろよ……っ!!
俺の冷や汗だらだらの心の叫びが届いたのか、Tさんが重々しい沈黙を破って第一声を上げた。
「伏見一彦、伏見純子、俺は寺生まれで霊感の強いTさんだ。本日お宅へお邪魔したのは他でもない。
娘さん――舞を正式に頂きにきた」
俺の右隣にTさん、頭上にリカちゃん。正面にお袋で正面右が親父だ。
完璧な布陣。これで都市伝説相手だろうと怖くないんだが、今回の相手はそうもいかない。ってかホームでの戦いのはずなのに気分はすっげえアウェーな気分だ。……どうしよう。
徹心のおっちゃんの所か≪夢の国≫、モニカやフィラちゃんの所にでも行っておいてくれと頼んだ俺を遮って実家まで一緒に付いて来ると言ったのは他でもないTさんだ。
≪神智学協会≫と戦ってる時にたしかに両親に会うとかいう事を話した記憶もあるけどまさか本当に実行しようとするとは思わなかった。
……まあ俺としても生活費はともかく、親の金で学校は行かせてもらっていたんだしTさんの事を報せずにずっといるのは問題があるとは思ってはいた……いたけど……。
俺はそーっと両親の顔を確認する。こうして見ると少し年食ったなぁと感じられる二人の顔が戸惑いと緊張というかそんな感じで俺とTさんを見ていた。
――おい、Tさん! 実家に来るっつったのはTさんだぞ! なんとかしろよ……っ!!
俺の冷や汗だらだらの心の叫びが届いたのか、Tさんが重々しい沈黙を破って第一声を上げた。
「伏見一彦、伏見純子、俺は寺生まれで霊感の強いTさんだ。本日お宅へお邪魔したのは他でもない。
娘さん――舞を正式に頂きにきた」
●
部屋を更に重苦しさを増した沈黙が支配する。
俺は全速力でTさん共々逃げ出したい衝動にかられていた。
ってかもっとこう、言い方とかあるだろ!? なんでストレート直球ど真ん中にアレな発言が来るんだよ嬉しいけども!
それと明らかに偽名というか名前にすらなっていない名乗りもだめだってこれ!
「――何を驚き過ぎて言葉も出ない、みたいな顔をしている?」
「そりゃそうなるだろうよ普通! ってかTさんその名乗りぜってえ名乗りとして親父とお袋に認識されてねえからな!」
咳払いが聞こえた。
伏見一彦、親父がしたものだ。俺とTさんが目を向けたのを確認して、親父は「あー……いや」と言葉を選び選び作り始める。
細身の会社員男そろそろ五十歳の声が、今まで聞いて来たなかではそれほどでもなく、だけどそれなりの重々しさでTさんへと向かった。
「寺生まれの……なんだったか? それは君の愛称か?」
「いや、存在としての識別名だ」
親父が首を傾げる。Tさんはそれに対して声を容赦なく被せた。
「その辺りを含めて全てを偽る事なくお話ししようと思い、本日は参りました。少し長くなるが、是非聞いていただきたい」
そう前置きしてTさんは話し始める。
都市伝説について、契約について、自分の出自について、そして俺達が関わった事件について、その全てを――
俺は全速力でTさん共々逃げ出したい衝動にかられていた。
ってかもっとこう、言い方とかあるだろ!? なんでストレート直球ど真ん中にアレな発言が来るんだよ嬉しいけども!
それと明らかに偽名というか名前にすらなっていない名乗りもだめだってこれ!
「――何を驚き過ぎて言葉も出ない、みたいな顔をしている?」
「そりゃそうなるだろうよ普通! ってかTさんその名乗りぜってえ名乗りとして親父とお袋に認識されてねえからな!」
咳払いが聞こえた。
伏見一彦、親父がしたものだ。俺とTさんが目を向けたのを確認して、親父は「あー……いや」と言葉を選び選び作り始める。
細身の会社員男そろそろ五十歳の声が、今まで聞いて来たなかではそれほどでもなく、だけどそれなりの重々しさでTさんへと向かった。
「寺生まれの……なんだったか? それは君の愛称か?」
「いや、存在としての識別名だ」
親父が首を傾げる。Tさんはそれに対して声を容赦なく被せた。
「その辺りを含めて全てを偽る事なくお話ししようと思い、本日は参りました。少し長くなるが、是非聞いていただきたい」
そう前置きしてTさんは話し始める。
都市伝説について、契約について、自分の出自について、そして俺達が関わった事件について、その全てを――
●
「……その話を信じろと、そう君は言うのか?」
親父が低く言う。
それもそうだ。今長々とTさんが話して聞かせた事は全部都市伝説というモノの存在を信じない限り納得される事はないだろう。
「ええ、全て事実だと受け容れてもらわなければならない」
Tさんはまったく動じる様子なく言う。流石だけど、どうやって二人に都市伝説を信じさせるんだ?
「でもね、Tさん。私達はそういうのを信じられないわよ」
お袋がそうTさんに言う。どうでもいいけどTさんの呼称がもう定着してる。お袋順応するの早ぇな……。
「俺がいくつか証拠になるような事をしてもいいんですが、それだとトリックと疑われもするでしょう。そこで――」
Tさんはそう言って俺の肩を叩いた。
「俺達のもう一人の家族、先の話でも登場したリカちゃんを紹介しましょう」
「え――お、おう。リカちゃん」
俺は名前を呼ぶ。それに応えてTさんの指示で今まで頭の上に居たリカちゃんが動き出した。
立ち上がり、机の上に降り立つ。その様子をマジマジと見つめる親父とお袋に向かってリカちゃんは片手を元気よく上げて、
「はじめましてなの、わたし、リカちゃん」
「手にとって自由に見回してみるといい」
Tさんが言って、お袋がそっとリカちゃんを持ちあげた。上にしたり下にしたり電池が入ってないかと一通り親父と一緒に確認して、
「……本当に、動いてる、わね」
「どうやって……」
諦めたように言う二人にリカちゃんがいじられすぎてちょっと怒った風味で口を開く。
「私、ちゃんと生きてるの!」
「そして能力もしっかりと持っている。それを今から体感してもらいます。――舞」
「おう、リカちゃん、俺の後ろに来るんだ。親父、お袋、リカちゃんを離すなよ」
ここまで言われれば俺にだってわかる。俺は携帯を取り出した。それにリカちゃんから連絡が入る。
そして、
「もしもし、わたしリカちゃん。今、お姉ちゃんの後ろにいるの」
いつもの台詞と共にリカちゃんが俺の後ろに親父とお袋ごと移動する。
「……え?」
「――な!?」
驚いた声が二つ分聞こえて、リカちゃんが俺の頭の上に着地した。いい仕事をしたリカちゃんを撫でて褒めている間にTさんが二人に言う。
「どうだろう? そろそろ都市伝説の実在を受け容れてもらえるだろうか?」
親父が低く言う。
それもそうだ。今長々とTさんが話して聞かせた事は全部都市伝説というモノの存在を信じない限り納得される事はないだろう。
「ええ、全て事実だと受け容れてもらわなければならない」
Tさんはまったく動じる様子なく言う。流石だけど、どうやって二人に都市伝説を信じさせるんだ?
「でもね、Tさん。私達はそういうのを信じられないわよ」
お袋がそうTさんに言う。どうでもいいけどTさんの呼称がもう定着してる。お袋順応するの早ぇな……。
「俺がいくつか証拠になるような事をしてもいいんですが、それだとトリックと疑われもするでしょう。そこで――」
Tさんはそう言って俺の肩を叩いた。
「俺達のもう一人の家族、先の話でも登場したリカちゃんを紹介しましょう」
「え――お、おう。リカちゃん」
俺は名前を呼ぶ。それに応えてTさんの指示で今まで頭の上に居たリカちゃんが動き出した。
立ち上がり、机の上に降り立つ。その様子をマジマジと見つめる親父とお袋に向かってリカちゃんは片手を元気よく上げて、
「はじめましてなの、わたし、リカちゃん」
「手にとって自由に見回してみるといい」
Tさんが言って、お袋がそっとリカちゃんを持ちあげた。上にしたり下にしたり電池が入ってないかと一通り親父と一緒に確認して、
「……本当に、動いてる、わね」
「どうやって……」
諦めたように言う二人にリカちゃんがいじられすぎてちょっと怒った風味で口を開く。
「私、ちゃんと生きてるの!」
「そして能力もしっかりと持っている。それを今から体感してもらいます。――舞」
「おう、リカちゃん、俺の後ろに来るんだ。親父、お袋、リカちゃんを離すなよ」
ここまで言われれば俺にだってわかる。俺は携帯を取り出した。それにリカちゃんから連絡が入る。
そして、
「もしもし、わたしリカちゃん。今、お姉ちゃんの後ろにいるの」
いつもの台詞と共にリカちゃんが俺の後ろに親父とお袋ごと移動する。
「……え?」
「――な!?」
驚いた声が二つ分聞こえて、リカちゃんが俺の頭の上に着地した。いい仕事をしたリカちゃんを撫でて褒めている間にTさんが二人に言う。
「どうだろう? そろそろ都市伝説の実在を受け容れてもらえるだろうか?」
●
親父とお袋が席に戻って都市伝説を認めて受け容れるまでの間、俺とTさんは待った。リカちゃんは何が起こるのか興味津々らしい。頭の上から身を乗り出しているのが分かる。
やがてお袋が頷く。
「ええ、そうね。リカちゃんを、そしてあのわーぷ? を実際にやられてしまうと私には何も言えないわね。都市伝説を信じましょう」
「おい――」
親父が何かを言おうとして、お袋がそれを遮る。
「お父さん、分かるでしょう? この部屋には何も手品の仕掛けなんてありませんよ。Tさん、彼がここに来たのは今日が初めて、前もって仕掛けもできないし、何よりもリカちゃんは私達と会話をしましたからね……認めるしかないじゃないですか。それに、そうしないとリカちゃんがかわいそうだわ――ねぇ?」
リカちゃんが反応して、うん、と頷く。
親父もやがて観念したのかため息を吐いた。
「分かった――信じよう。都市伝説を」
「それで、あなたがさっき話してくれた事は全部本当の事なのね?」
お袋の問いかけにTさんは頷いた。
「その通りです。それら全ての証拠を見せろと言われたら流石にどうしようもないですが」
「そこまでは頼めないわね」
お袋は笑って、問いを重ねた。
「それで、あなたの話が本当だとしたら、舞はあなたに命を助けられたと言う事になるのかしら?」
「そうだぜお袋。俺は≪ひきこさん≫に襲われてる時にTさんに助けてもらった。その時に契約したんだ」
あの夏の雨の日の事は今でも忘れられない。大事な大事な出会いの記憶だ。
「そしてその後、君はうちの娘を危険に巻き込んだ。そうだね?」
「おい親父、それは――」
「待て」
Tさんに言葉を止められる。Tさんは確かに、と頷いて、
「俺は舞を危険な事に巻き込んでいたのかもしれません。それを否定する気はない」
「では――」
「しかし」
親父の言葉を止め、Tさんは続ける。
「しかし、それは≪夢の国≫とその復讐者達の時の事だけ。その他の事、≪ひきこさん≫やリカちゃんも、舞自身が呼びよせ、関わり遭遇した事、そのほかの大きな事件の事例も同様です。舞はおそらくもう都市伝説を見ぬふりをして生きて行く事ができない程に都市伝説と関わっています」
そして、とTさんは言葉を続ける。
「俺はそんな、世界から隠されてしまうような存在である都市伝説を見過ごさず、見過ごせず、俺たちの為に泣き、笑い、怒ってくれる。そんな舞に惚れたから、今ここに居ます」
お袋がまぁ、と口を開いて手を添え、親父が押し黙る。リカちゃんが小さくキャー、言って俺は赤面する顔を俯かせて隠すのに必死だ。
微妙に浮足立った俺達の気配を圧して、Tさんは言葉を刻んだ。
「今一度言います。伏見舞を俺にください」
やがてお袋が頷く。
「ええ、そうね。リカちゃんを、そしてあのわーぷ? を実際にやられてしまうと私には何も言えないわね。都市伝説を信じましょう」
「おい――」
親父が何かを言おうとして、お袋がそれを遮る。
「お父さん、分かるでしょう? この部屋には何も手品の仕掛けなんてありませんよ。Tさん、彼がここに来たのは今日が初めて、前もって仕掛けもできないし、何よりもリカちゃんは私達と会話をしましたからね……認めるしかないじゃないですか。それに、そうしないとリカちゃんがかわいそうだわ――ねぇ?」
リカちゃんが反応して、うん、と頷く。
親父もやがて観念したのかため息を吐いた。
「分かった――信じよう。都市伝説を」
「それで、あなたがさっき話してくれた事は全部本当の事なのね?」
お袋の問いかけにTさんは頷いた。
「その通りです。それら全ての証拠を見せろと言われたら流石にどうしようもないですが」
「そこまでは頼めないわね」
お袋は笑って、問いを重ねた。
「それで、あなたの話が本当だとしたら、舞はあなたに命を助けられたと言う事になるのかしら?」
「そうだぜお袋。俺は≪ひきこさん≫に襲われてる時にTさんに助けてもらった。その時に契約したんだ」
あの夏の雨の日の事は今でも忘れられない。大事な大事な出会いの記憶だ。
「そしてその後、君はうちの娘を危険に巻き込んだ。そうだね?」
「おい親父、それは――」
「待て」
Tさんに言葉を止められる。Tさんは確かに、と頷いて、
「俺は舞を危険な事に巻き込んでいたのかもしれません。それを否定する気はない」
「では――」
「しかし」
親父の言葉を止め、Tさんは続ける。
「しかし、それは≪夢の国≫とその復讐者達の時の事だけ。その他の事、≪ひきこさん≫やリカちゃんも、舞自身が呼びよせ、関わり遭遇した事、そのほかの大きな事件の事例も同様です。舞はおそらくもう都市伝説を見ぬふりをして生きて行く事ができない程に都市伝説と関わっています」
そして、とTさんは言葉を続ける。
「俺はそんな、世界から隠されてしまうような存在である都市伝説を見過ごさず、見過ごせず、俺たちの為に泣き、笑い、怒ってくれる。そんな舞に惚れたから、今ここに居ます」
お袋がまぁ、と口を開いて手を添え、親父が押し黙る。リカちゃんが小さくキャー、言って俺は赤面する顔を俯かせて隠すのに必死だ。
微妙に浮足立った俺達の気配を圧して、Tさんは言葉を刻んだ。
「今一度言います。伏見舞を俺にください」
●
Tさんの断固とした宣言に、親父は目を閉じて渋面を作った。長くそうした後に無言で席を立つ。
「おい、親父!」
声をかけるけど振り返る事なく親父は出て行く。
なんだよ、何か一言くらい言ってきゃいいだろうに……もともと強い態度に出ない人間だからな……へそを曲げられたらこのまま二度とTさんと話さないかもしんねえ……。
Tさんは割と平然と親父が出て行ったのを見送っていた。それはお袋も同じだ。
というか状況に焦って目を白黒させてるのは俺とリカちゃんだけっぽい。
お袋は静かに俺達に言う。
「じゃあ、晩ご飯でも食べて行く?」
「――へ?」
「はい、いただいていきます」
なに和やかに晩ご飯の話なんてしてんだよ?!
とりあえずついていけないので心の中だけでそう思ってると、お袋が「じゃあ腕によりをかけて作りましょうね」と言って立ち上がりながら俺に声をかけてきた。
「舞、お料理手伝いなさい」
「え、お……おう」
昔からお袋は妙に落ち着いてるところがあるからなぁ……。
「とりあえずこの部屋でくつろいでてねー」とTさんに言うお袋に、俺は顔はお袋似で性格は親父似なのかもしれんと思いながら台所に付いていく。
テキパキと料理を無言で作っていくお袋を手伝いながら俺は横目でお袋の顔をうかがった。うーん、何を考えてるのかさっぱりだ。
「ねえ、舞?」
「ん……何?」
声をかけられた。どんな質問が来るのだろうと内心びくびくしながら待っていると、お袋は俺の手を掴んで、
「入れ過ぎよ。これ以上醤油を入れると味が濃くなるわ」
「え……いつもこんくらいなんだけど」
まさかの料理の駄目出しだった。
何かその後も俺に調味料やらなんやらの投入量を見ては文句を言ってくるお袋にいじめだ。と思ってると、お袋は最後の最後に「よし」と頷いた。
「舞、料理はしっかりしているようだけどあんた、全体的に味付け濃過ぎよ。Tさんは何も言わないの?」
「や、たまに酒飲みの自分が作るより濃く作るなーとか言われる事はあるけど……特には」
「はぁ……」
お袋はこれみよがしに溜め息を吐いて首をやれやれと左右にふる。
「昔っからあんた大雑把よねえ、お父さんそっくり」
「なんだよ悪いかよ」
お袋は分かってないなあ、とでも言いたげに息を吐き出し、
「それが世界から隠されてしまうような存在の都市伝説を見過ごさないなんてねぇ……何か誤解をTさんに与えてたりしないわよね、あんた」
「んなことねえよ――たぶん」
「そう……?」
しきりに首を捻りながらお袋はうなる。
な、なんだ? 遠回りに別れろ的なサインか!?
警戒心全開な俺にお袋は言う。
「まあいいわ。あんたを好いてくれる奇特な男性なんですから、身体を労わってあげるような料理を作らないとだめよ舞。それに舌を支配してしまえば男の人なんてチョロイんだからね」
「――え?」
あれ? それってつまり……Tさんと俺の交際を認めるって事……か?
「なぁ、それって――」
「分かるのよ」
お袋はリカちゃんに「ねー」とか歳を考えない仕草を敢行しつつ続ける。
「私だって嫁いだ娘なんですから、好きな人がいたら何があっても添い遂げたいって思う気持ちは分かるわよ」
そう言ってお袋は火を止めた。
食器棚の引き出しの中からソーイングセットを取り出して、
「さあ、お父さんとTさんのお話が終わるまで少し待ってあげましょうか。その間に誰がやったのか分からないけどずいぶんと下手くそなリカちゃんのお腹の傷を縫い直してあげましょうねー」
嘘だ、ぜってぇ下手人が俺だって知ってやがる口調だあれは。そう思いながら俺はお袋の後を付いていった。
千勢姉ちゃんもそうだが、母ってのは……すごい。
「でも娘って……何歳だよ」
ハサミが飛んできたので即行で土下座した。
「おい、親父!」
声をかけるけど振り返る事なく親父は出て行く。
なんだよ、何か一言くらい言ってきゃいいだろうに……もともと強い態度に出ない人間だからな……へそを曲げられたらこのまま二度とTさんと話さないかもしんねえ……。
Tさんは割と平然と親父が出て行ったのを見送っていた。それはお袋も同じだ。
というか状況に焦って目を白黒させてるのは俺とリカちゃんだけっぽい。
お袋は静かに俺達に言う。
「じゃあ、晩ご飯でも食べて行く?」
「――へ?」
「はい、いただいていきます」
なに和やかに晩ご飯の話なんてしてんだよ?!
とりあえずついていけないので心の中だけでそう思ってると、お袋が「じゃあ腕によりをかけて作りましょうね」と言って立ち上がりながら俺に声をかけてきた。
「舞、お料理手伝いなさい」
「え、お……おう」
昔からお袋は妙に落ち着いてるところがあるからなぁ……。
「とりあえずこの部屋でくつろいでてねー」とTさんに言うお袋に、俺は顔はお袋似で性格は親父似なのかもしれんと思いながら台所に付いていく。
テキパキと料理を無言で作っていくお袋を手伝いながら俺は横目でお袋の顔をうかがった。うーん、何を考えてるのかさっぱりだ。
「ねえ、舞?」
「ん……何?」
声をかけられた。どんな質問が来るのだろうと内心びくびくしながら待っていると、お袋は俺の手を掴んで、
「入れ過ぎよ。これ以上醤油を入れると味が濃くなるわ」
「え……いつもこんくらいなんだけど」
まさかの料理の駄目出しだった。
何かその後も俺に調味料やらなんやらの投入量を見ては文句を言ってくるお袋にいじめだ。と思ってると、お袋は最後の最後に「よし」と頷いた。
「舞、料理はしっかりしているようだけどあんた、全体的に味付け濃過ぎよ。Tさんは何も言わないの?」
「や、たまに酒飲みの自分が作るより濃く作るなーとか言われる事はあるけど……特には」
「はぁ……」
お袋はこれみよがしに溜め息を吐いて首をやれやれと左右にふる。
「昔っからあんた大雑把よねえ、お父さんそっくり」
「なんだよ悪いかよ」
お袋は分かってないなあ、とでも言いたげに息を吐き出し、
「それが世界から隠されてしまうような存在の都市伝説を見過ごさないなんてねぇ……何か誤解をTさんに与えてたりしないわよね、あんた」
「んなことねえよ――たぶん」
「そう……?」
しきりに首を捻りながらお袋はうなる。
な、なんだ? 遠回りに別れろ的なサインか!?
警戒心全開な俺にお袋は言う。
「まあいいわ。あんたを好いてくれる奇特な男性なんですから、身体を労わってあげるような料理を作らないとだめよ舞。それに舌を支配してしまえば男の人なんてチョロイんだからね」
「――え?」
あれ? それってつまり……Tさんと俺の交際を認めるって事……か?
「なぁ、それって――」
「分かるのよ」
お袋はリカちゃんに「ねー」とか歳を考えない仕草を敢行しつつ続ける。
「私だって嫁いだ娘なんですから、好きな人がいたら何があっても添い遂げたいって思う気持ちは分かるわよ」
そう言ってお袋は火を止めた。
食器棚の引き出しの中からソーイングセットを取り出して、
「さあ、お父さんとTさんのお話が終わるまで少し待ってあげましょうか。その間に誰がやったのか分からないけどずいぶんと下手くそなリカちゃんのお腹の傷を縫い直してあげましょうねー」
嘘だ、ぜってぇ下手人が俺だって知ってやがる口調だあれは。そう思いながら俺はお袋の後を付いていった。
千勢姉ちゃんもそうだが、母ってのは……すごい。
「でも娘って……何歳だよ」
ハサミが飛んできたので即行で土下座した。
●
……さて、言うべき事は全て言った。あとはどう対応されるか、だな。
Tさんは客間で今後の事を考えながら茶を飲んでいた。
最悪舞を奪って行くくらいの気持ちではいたTさんだが、母、純子の反応を見る限りではそこまで強引なことに及ぶことにはなりそうもなかった。
……人ができている方だった。何故舞が勉強出来なかったのか疑問になる程度には……。
しかし父親の方、一彦にはあまり受けはよくはなさそうだ。
……まあ、人では無いと言う者がいきなり娘を誑かしていたというのだから当然か。
気長にやっていくしかないだろう。少なくとも門前払いになるという事はなさそうなのだから。
そう思っていると、客間に一彦が現れた。手には一升瓶を持っている。
「飲めるかな?」
「……ええ」
Tさんの応答にほっとしたように頷いて、一彦はグラスと瓶を机に置いた。
瓶の中は既に少し減っており、一彦からは僅かに酒の臭いがする。
「すまないな、先に飲んでおかないと口が動かなくなりそうでな」
どうやら飲むと饒舌になる性質らしい一彦に会釈して、Tさんはグラスに注がれた酒を飲む。
「イケる口だねぇ」
「うわばみともザルとも言われます」
「おお、それは頼もしい」
陽気に言って一彦はTさんを見据えた。
「まさかあの蓮っ葉を娶るのが人ではないとはなぁ……」
「多少気が早い表現のような気がするのですが……よろしいのか? 俺が舞を娶って」
「君以外に貰い手なんていないんじゃないかな……誰に似たのかすぐに手が出るし」
心が納得の動きを見せたがとりあえずTさんは曖昧に流すにとどめた。
一彦は続ける。
「それに君のあの宣言には自分の昔を思い出す……私の時はもう少したどたどしくてみっともなかったがね」
Tさんに対抗するためか早いペースでグラスを空ける一彦に配慮してペースを抑え、Tさんは言葉を返す。
「心を伝える事にこそ意味があるのでしょう。態度や勢いも必要かもしれませんが、心が伝わらなければ意味が無い」
「語るねぇ」
「説法はあまり好かないのですが、どうもそういう役回りにある時が多いですね」
一彦はTさんに酒を注ぎながら訊ねる。
「都市伝説との契約はたまに人をその理から外すと君は言ったね。舞も人ではなくなるのかい?」
「正直それは分かりません。ただ、舞は巨大な力の傍にいる時が多い。もしかしたら既に人の枠から外れかかっているのかもしれない」
「そうかぁ……でも、舞自身が望んだ道なんだよね」
「はい、一度離れようとしたら告白されました」
「なんだ、ぞっこんじゃないか我が娘は」
そう言って寂しそうに笑い、一彦はTさんに正面から言う。
「不幸にだけはするな。それが条件だ」
Tさんは居住まいを正した。会釈を一つ送り、
「俺の全てをかけて幸福にします」
Tさんの応えに一彦は満足そうに頷く。
その時、純子の声が聞こえてきた。
「ご飯ができましたよー」
狙ったようなタイミングだ。一彦もそう思ったらしい。彼は苦笑して、
「うちの嫁は気が回るだろう?」
「それでも舞には敵わない」
二人揃って破顔した。
Tさんは客間で今後の事を考えながら茶を飲んでいた。
最悪舞を奪って行くくらいの気持ちではいたTさんだが、母、純子の反応を見る限りではそこまで強引なことに及ぶことにはなりそうもなかった。
……人ができている方だった。何故舞が勉強出来なかったのか疑問になる程度には……。
しかし父親の方、一彦にはあまり受けはよくはなさそうだ。
……まあ、人では無いと言う者がいきなり娘を誑かしていたというのだから当然か。
気長にやっていくしかないだろう。少なくとも門前払いになるという事はなさそうなのだから。
そう思っていると、客間に一彦が現れた。手には一升瓶を持っている。
「飲めるかな?」
「……ええ」
Tさんの応答にほっとしたように頷いて、一彦はグラスと瓶を机に置いた。
瓶の中は既に少し減っており、一彦からは僅かに酒の臭いがする。
「すまないな、先に飲んでおかないと口が動かなくなりそうでな」
どうやら飲むと饒舌になる性質らしい一彦に会釈して、Tさんはグラスに注がれた酒を飲む。
「イケる口だねぇ」
「うわばみともザルとも言われます」
「おお、それは頼もしい」
陽気に言って一彦はTさんを見据えた。
「まさかあの蓮っ葉を娶るのが人ではないとはなぁ……」
「多少気が早い表現のような気がするのですが……よろしいのか? 俺が舞を娶って」
「君以外に貰い手なんていないんじゃないかな……誰に似たのかすぐに手が出るし」
心が納得の動きを見せたがとりあえずTさんは曖昧に流すにとどめた。
一彦は続ける。
「それに君のあの宣言には自分の昔を思い出す……私の時はもう少したどたどしくてみっともなかったがね」
Tさんに対抗するためか早いペースでグラスを空ける一彦に配慮してペースを抑え、Tさんは言葉を返す。
「心を伝える事にこそ意味があるのでしょう。態度や勢いも必要かもしれませんが、心が伝わらなければ意味が無い」
「語るねぇ」
「説法はあまり好かないのですが、どうもそういう役回りにある時が多いですね」
一彦はTさんに酒を注ぎながら訊ねる。
「都市伝説との契約はたまに人をその理から外すと君は言ったね。舞も人ではなくなるのかい?」
「正直それは分かりません。ただ、舞は巨大な力の傍にいる時が多い。もしかしたら既に人の枠から外れかかっているのかもしれない」
「そうかぁ……でも、舞自身が望んだ道なんだよね」
「はい、一度離れようとしたら告白されました」
「なんだ、ぞっこんじゃないか我が娘は」
そう言って寂しそうに笑い、一彦はTさんに正面から言う。
「不幸にだけはするな。それが条件だ」
Tさんは居住まいを正した。会釈を一つ送り、
「俺の全てをかけて幸福にします」
Tさんの応えに一彦は満足そうに頷く。
その時、純子の声が聞こえてきた。
「ご飯ができましたよー」
狙ったようなタイミングだ。一彦もそう思ったらしい。彼は苦笑して、
「うちの嫁は気が回るだろう?」
「それでも舞には敵わない」
二人揃って破顔した。
●
裁縫の訓練を受けて「そろそろね……」と唐突に呟いたお袋と一緒に晩飯を持って行ったらTさんと親父が笑い合っていた。
――え、何この魔法?
机の酒をどけてお袋は次々に飯を用意していく。
半ば呆然とそれを眺めていると、Tさんが俺を手招きした。
なされるがままに移動する。
「何があったんだ? Tさん」
「了解をいただいたと、そういう事だ」
「え?」
抱き寄せられた。
「うわ――!?」
俺を腕の中に収めてTさんは親父とお袋に告げる。
「では舞は確かに俺が幸福にします」
「ええ、頼むわね。こんな子だけど一応いい子なのよ?」
「承知してます」
なんだろう、やっぱり俺超アウェーな気がする……!
料理が並べられていく。
久しぶりに食べるお袋の味は薄味なくせに美味い。なるほど。この味で親父を悩殺したのか。
「……舞、食べづらいのだが」
「知らね、俺を抱き寄せたTさんが悪い」
そしてTさんの膝の上は暖かいと知った。また今度利用しよう。
――え、何この魔法?
机の酒をどけてお袋は次々に飯を用意していく。
半ば呆然とそれを眺めていると、Tさんが俺を手招きした。
なされるがままに移動する。
「何があったんだ? Tさん」
「了解をいただいたと、そういう事だ」
「え?」
抱き寄せられた。
「うわ――!?」
俺を腕の中に収めてTさんは親父とお袋に告げる。
「では舞は確かに俺が幸福にします」
「ええ、頼むわね。こんな子だけど一応いい子なのよ?」
「承知してます」
なんだろう、やっぱり俺超アウェーな気がする……!
料理が並べられていく。
久しぶりに食べるお袋の味は薄味なくせに美味い。なるほど。この味で親父を悩殺したのか。
「……舞、食べづらいのだが」
「知らね、俺を抱き寄せたTさんが悪い」
そしてTさんの膝の上は暖かいと知った。また今度利用しよう。
●
実家の部屋で目が覚めたら夜通し飲んでいた親父が客間でぶっ倒れていた。
同じように飲んでいたTさんが平気な顔で片付けをしているあたりちょっと優越感だ。
足元で昨日の最初の時はあった威厳が完全になくなった憐れな親父がなにか喋っている。
「……舞、いいか? 軽々しく手や足を出すなよ? あれは痛いから」
「Tさんは丈夫だから大丈夫だよ」
軽口を叩けるんだからまだまだ元気だ。とりあえず俺はリカちゃんと一緒にTさんと合流してお袋を探した。
「お袋、親父が二日酔いで死んでるから面倒をみてやってくれ」
「はいはい、まったく無理するから……あら、どこかに行くの?」
お袋が訊いてくる。俺達は旅装だ。昨日来て今日の早朝出て行くんだから驚くのも無理はねえけど、
「下宿を探してくれた人が良い物件があるって言うからさ、そこを今日見に行こうと思ってる」
「あら、あんた本当に大学行けるのねぇ……Tさんのおかげなのかしら」
「まあな」
「やっぱりあんたには勿体ないんじゃない……?」
「うるせえよ、ともかく行くから親父をなんとかしてやれよ」
「仕方ないわねぇ――またいらっしゃい。あんたにはまだ教えなきゃいけない事が多いわ。Tさんも、舞を見捨てないであげてね」
「はいはい、また来るよ」
「ええ」
返事を適当にしながら家を出る。
来た時は勘当も覚悟してたけど、また帰って来るように言われるのは嬉しい。こんなメチャクチャな娘を見捨てないでくれるんだから本当にありがたい。
そう感慨にふけっていると、親父がフラフラと現れた。
「どれ……駅まで送って行こう」
「親父やめろ、事故るぞ。それにフィラちゃんが向かえに来てくれる事になってる」
「フィラちゃん?」
「友達だよ」
そろそろ時間だ、と思った瞬間、Tさんが指定していた座標に≪フィラデルフィア計画≫の鉄箱が光と一緒に現れた。
「あら、おはよう。皆早いわね」
フィラちゃんが待ち構えていた俺達に挨拶する。それに答えて、ついでに親父とお袋にも出発を告げておく。
「じゃ、行ってくるな」
「お世話になりました。いずれまた」
「ばいばいなの」
目を見開いて驚いている親父とお袋に手を振って≪フィラデルフィア計画≫に乗り込む。
鉄箱が閉まっていくなかでフィラちゃんが訊ねてきた。
「どう? うまくいったの?」
俺達は顔を見合わせて大きく頷いた。
フィラちゃんはそう、と微笑んで、
「自分が都市伝説とばらした上でしっかり嫁を確保するなんて寺生まれはやっぱりすごいわね」
称賛の言葉に合わせて鉄箱が移動する軽い衝撃が走った。
同じように飲んでいたTさんが平気な顔で片付けをしているあたりちょっと優越感だ。
足元で昨日の最初の時はあった威厳が完全になくなった憐れな親父がなにか喋っている。
「……舞、いいか? 軽々しく手や足を出すなよ? あれは痛いから」
「Tさんは丈夫だから大丈夫だよ」
軽口を叩けるんだからまだまだ元気だ。とりあえず俺はリカちゃんと一緒にTさんと合流してお袋を探した。
「お袋、親父が二日酔いで死んでるから面倒をみてやってくれ」
「はいはい、まったく無理するから……あら、どこかに行くの?」
お袋が訊いてくる。俺達は旅装だ。昨日来て今日の早朝出て行くんだから驚くのも無理はねえけど、
「下宿を探してくれた人が良い物件があるって言うからさ、そこを今日見に行こうと思ってる」
「あら、あんた本当に大学行けるのねぇ……Tさんのおかげなのかしら」
「まあな」
「やっぱりあんたには勿体ないんじゃない……?」
「うるせえよ、ともかく行くから親父をなんとかしてやれよ」
「仕方ないわねぇ――またいらっしゃい。あんたにはまだ教えなきゃいけない事が多いわ。Tさんも、舞を見捨てないであげてね」
「はいはい、また来るよ」
「ええ」
返事を適当にしながら家を出る。
来た時は勘当も覚悟してたけど、また帰って来るように言われるのは嬉しい。こんなメチャクチャな娘を見捨てないでくれるんだから本当にありがたい。
そう感慨にふけっていると、親父がフラフラと現れた。
「どれ……駅まで送って行こう」
「親父やめろ、事故るぞ。それにフィラちゃんが向かえに来てくれる事になってる」
「フィラちゃん?」
「友達だよ」
そろそろ時間だ、と思った瞬間、Tさんが指定していた座標に≪フィラデルフィア計画≫の鉄箱が光と一緒に現れた。
「あら、おはよう。皆早いわね」
フィラちゃんが待ち構えていた俺達に挨拶する。それに答えて、ついでに親父とお袋にも出発を告げておく。
「じゃ、行ってくるな」
「お世話になりました。いずれまた」
「ばいばいなの」
目を見開いて驚いている親父とお袋に手を振って≪フィラデルフィア計画≫に乗り込む。
鉄箱が閉まっていくなかでフィラちゃんが訊ねてきた。
「どう? うまくいったの?」
俺達は顔を見合わせて大きく頷いた。
フィラちゃんはそう、と微笑んで、
「自分が都市伝説とばらした上でしっかり嫁を確保するなんて寺生まれはやっぱりすごいわね」
称賛の言葉に合わせて鉄箱が移動する軽い衝撃が走った。
●
目の前で消失した鉄箱を見送って、純子は一彦と言葉を交わす。
「娘が巣立って行きましたね」
「まだまだ子供だ」
「だからこそ、彼がいるんですよ」
「……いい青年だった」
「はい」
「舞が一人暮らしをしたいという理由で学校町行きを希望したのを叶えてやったのは……正解だったのかな?」
「あなたの大雑把さが初めていい方向に作用したんじゃありません?」
「ふーむ……そうか?」
思案気にそう言ったところで一彦は頭を押さえた。彼は玄関の扉に縋りついて、
「……何か二日酔いを抑えるものを作ってくれ」
「何も考えずに無茶をするからですよ」
「お前も舞に昨日は歳がいもなく――」
打撃音がして一彦の言葉がプツンと途切れた。
「……舞のあの、すぐ手が出る正確は確実にお前のせいだ……」
「大雑把なのはあなたのせいですね」
遠くに巣立っていった娘が育った場所は、今日もいつも通りに幸福な日々を刻む。
「娘が巣立って行きましたね」
「まだまだ子供だ」
「だからこそ、彼がいるんですよ」
「……いい青年だった」
「はい」
「舞が一人暮らしをしたいという理由で学校町行きを希望したのを叶えてやったのは……正解だったのかな?」
「あなたの大雑把さが初めていい方向に作用したんじゃありません?」
「ふーむ……そうか?」
思案気にそう言ったところで一彦は頭を押さえた。彼は玄関の扉に縋りついて、
「……何か二日酔いを抑えるものを作ってくれ」
「何も考えずに無茶をするからですよ」
「お前も舞に昨日は歳がいもなく――」
打撃音がして一彦の言葉がプツンと途切れた。
「……舞のあの、すぐ手が出る正確は確実にお前のせいだ……」
「大雑把なのはあなたのせいですね」
遠くに巣立っていった娘が育った場所は、今日もいつも通りに幸福な日々を刻む。