「本当に徹心のおっちゃん、俺達の為に下宿用の物件を探してくれたんだな」
≪フィラデルフィア計画≫の中で俺は呟く。なんでも頼んでみるもんだ。もう大学近くの物件は押さえられないもんだと思ってたけど、あるところにはあるらしい。この時期にまで残ってるってのが不安っちゃ不安だけど、まあ最悪、幽霊が出て来るとかそんな感じの物件でも構やしない。というか今更ただの幽霊を怖がれる気がしない。
「ええ、徹心さんが元々舞ちゃん達に贈ろうとしていたものがちょうどその物件だったらしいわよ」
「え? ってことはもしかして、ただでもらえたりすんの?」
「そうみたいよ。税金とか気にしなくて良い物件だって徹心さんは言っていたし」
「おお! 流石徹心のおっちゃん太っ腹だな! ぽんと部屋一つくれるのか!」
俺の発言にフィラちゃんが「ああ、いえ」と注釈を加える。
「くれるのは部屋じゃなくて庭付き平屋一戸建てよ」
「……なに?」
「……は?」
「?」
Tさんですらフィラちゃんのさらっとした言葉を聞き返した。
うーん、まさか家そのものをくれるとは……。
「君達のいろいろな時間をいただいてしまったし、ちょっと訳ありの物件だから遠慮なくもらってくれ。とのことよ」
フィラちゃんの付言と共に目的地に着いたのか、≪フィラデルフィア計画≫が展開する。
少し肌寒い風が外から流れてきた。
「あれ? 少し寒くね?」
「森の中なの……」
もう四月になろうってのにちょっと寒すぎるきらいがある≪フィラデルフィア計画≫の外に広がる景色は、リカちゃんの言う通り、一面の森だった。
ちなみに俺の通う予定の大学は普通に街の中にある。
「……フィラちゃん。ひょっとして出るとこ間違えた?」
「いいえ、合ってるわよ?」
フィラちゃんはそう言って≪フィラデルフィア計画≫の外へと俺達を促す。
「よし、――確かに東北地方までお届けね。物件はあっちの方よ?」
そう言ってフィラちゃんは早々に≪フィラデルフィア計画≫を閉じていく。
「夕方にまた時間の空いた徹心さんと書類を運んでてくるから、それまで掃除でもしておくといいわよ。何十年と人が住んでないらしいから荒れてると思うわ」
「え? あ、ちょっ、俺東北の森の中から学校通うのは流石にしんどいぞ!?」
フィラちゃんは俺の言葉を華麗にスルーして≪フィラデルフィア計画≫でどっかに行っちまった。
……寒かったんだな、ちくしょう。
「……あー、Tさん、どうするよ? 東北地方だってさ」
流石にそんな所から関東地方まで毎日通いたくはない。ってか地図すらねえからここがどこなのかもわかんねえ。携帯は――圏外だ。
「藤宮由実が言っていた通りならば物件は……あちらの方か――うむ」
Tさんが何か納得したように頷いている。
「何かわかったのか?」
訊ねてみると、Tさんは小さく首を振った。
「いや、……まあ予想はできているが本当にそれかは実際に確かめてみない事にはわからないな。――まずはその物件に行こうじゃないか」
そう言ってTさんは歩きだす。俺も追いかけながらなんとはなしに言ってみる。
「いったいどんな物件をくれる気なんだろうな……」
「相当に良い物である可能性は高いな。件の物件は十中八九都市伝説だ」
「え? そうなの?」
「ああ、気配がする。どうやら俺達が迷わないように気配を解放してくれているようだ」
ってことは普段は気配を隠してたりするんだろうか? ……どんな家だよおい。
どうにも俺とリカちゃんはその物件とやらの正体も分からないままにTさんの後をついていった。
五分も経たないうちに視界が開ける。
そして、
「――――うわあ!」
つい歓声が飛び出るようなでっかい屋敷が目の前に堂々と現れた。
≪フィラデルフィア計画≫の中で俺は呟く。なんでも頼んでみるもんだ。もう大学近くの物件は押さえられないもんだと思ってたけど、あるところにはあるらしい。この時期にまで残ってるってのが不安っちゃ不安だけど、まあ最悪、幽霊が出て来るとかそんな感じの物件でも構やしない。というか今更ただの幽霊を怖がれる気がしない。
「ええ、徹心さんが元々舞ちゃん達に贈ろうとしていたものがちょうどその物件だったらしいわよ」
「え? ってことはもしかして、ただでもらえたりすんの?」
「そうみたいよ。税金とか気にしなくて良い物件だって徹心さんは言っていたし」
「おお! 流石徹心のおっちゃん太っ腹だな! ぽんと部屋一つくれるのか!」
俺の発言にフィラちゃんが「ああ、いえ」と注釈を加える。
「くれるのは部屋じゃなくて庭付き平屋一戸建てよ」
「……なに?」
「……は?」
「?」
Tさんですらフィラちゃんのさらっとした言葉を聞き返した。
うーん、まさか家そのものをくれるとは……。
「君達のいろいろな時間をいただいてしまったし、ちょっと訳ありの物件だから遠慮なくもらってくれ。とのことよ」
フィラちゃんの付言と共に目的地に着いたのか、≪フィラデルフィア計画≫が展開する。
少し肌寒い風が外から流れてきた。
「あれ? 少し寒くね?」
「森の中なの……」
もう四月になろうってのにちょっと寒すぎるきらいがある≪フィラデルフィア計画≫の外に広がる景色は、リカちゃんの言う通り、一面の森だった。
ちなみに俺の通う予定の大学は普通に街の中にある。
「……フィラちゃん。ひょっとして出るとこ間違えた?」
「いいえ、合ってるわよ?」
フィラちゃんはそう言って≪フィラデルフィア計画≫の外へと俺達を促す。
「よし、――確かに東北地方までお届けね。物件はあっちの方よ?」
そう言ってフィラちゃんは早々に≪フィラデルフィア計画≫を閉じていく。
「夕方にまた時間の空いた徹心さんと書類を運んでてくるから、それまで掃除でもしておくといいわよ。何十年と人が住んでないらしいから荒れてると思うわ」
「え? あ、ちょっ、俺東北の森の中から学校通うのは流石にしんどいぞ!?」
フィラちゃんは俺の言葉を華麗にスルーして≪フィラデルフィア計画≫でどっかに行っちまった。
……寒かったんだな、ちくしょう。
「……あー、Tさん、どうするよ? 東北地方だってさ」
流石にそんな所から関東地方まで毎日通いたくはない。ってか地図すらねえからここがどこなのかもわかんねえ。携帯は――圏外だ。
「藤宮由実が言っていた通りならば物件は……あちらの方か――うむ」
Tさんが何か納得したように頷いている。
「何かわかったのか?」
訊ねてみると、Tさんは小さく首を振った。
「いや、……まあ予想はできているが本当にそれかは実際に確かめてみない事にはわからないな。――まずはその物件に行こうじゃないか」
そう言ってTさんは歩きだす。俺も追いかけながらなんとはなしに言ってみる。
「いったいどんな物件をくれる気なんだろうな……」
「相当に良い物である可能性は高いな。件の物件は十中八九都市伝説だ」
「え? そうなの?」
「ああ、気配がする。どうやら俺達が迷わないように気配を解放してくれているようだ」
ってことは普段は気配を隠してたりするんだろうか? ……どんな家だよおい。
どうにも俺とリカちゃんはその物件とやらの正体も分からないままにTさんの後をついていった。
五分も経たないうちに視界が開ける。
そして、
「――――うわあ!」
つい歓声が飛び出るようなでっかい屋敷が目の前に堂々と現れた。
●
それは本当に大きな平屋の屋敷だった。敷地全部が塀で囲まれていて、その中は馬小屋らしきものや蔵や池や井戸がある。
純和風の高級お屋敷といった風情だ。
ただし、
「うわぁ……人が住んでないとは聞いたけど、こりゃすげえ」
それら全部が荒れ果てていた。
平屋の屋敷は瓦が落ちて障子は破れて堀にも罅が入っている。馬小屋も庭も荒れ放題。池の水は枯れていて井戸は板で封鎖されていて、まともそうなのは蔵くらいだった。
「元は立派な屋敷だったのだろうが……」
Tさんがその惨状を見て思わず唸る。
「ここに……住めるの?」
リカちゃんが頭の上から訊いてくるが俺としても住めるのかどうかは甚だ疑問で答えは返せない。
「そうだな、流石にこのままでは住めまい」
そう言ってTさんは敷地中央のでっかい母屋を示した。
「まずは藤宮由実が言っていたように掃除でもしようか。馬小屋などは後で≪テンプル騎士団≫か≪キョンシー≫に助けてもらう必要がありそうだが、あそこなら俺達だけでも出来るだろう」
「あのでっかいのを……か?」
母屋の大きさは俺の実家を遥かに超えている。学校の校舎並みだ。Tさん、俺、リカちゃんの三人では一日がかりでも掃除できるとは到底思えない。
「これから住まわせてもらうことになるだろう家だ。自分達で最初は掃除しなければな。おそらく高部徹心もそうさせる為に俺達を先に寄越したのだろう」
「まじかぁー……」
あーあ、こりゃ大仕事だぞ……。
純和風の高級お屋敷といった風情だ。
ただし、
「うわぁ……人が住んでないとは聞いたけど、こりゃすげえ」
それら全部が荒れ果てていた。
平屋の屋敷は瓦が落ちて障子は破れて堀にも罅が入っている。馬小屋も庭も荒れ放題。池の水は枯れていて井戸は板で封鎖されていて、まともそうなのは蔵くらいだった。
「元は立派な屋敷だったのだろうが……」
Tさんがその惨状を見て思わず唸る。
「ここに……住めるの?」
リカちゃんが頭の上から訊いてくるが俺としても住めるのかどうかは甚だ疑問で答えは返せない。
「そうだな、流石にこのままでは住めまい」
そう言ってTさんは敷地中央のでっかい母屋を示した。
「まずは藤宮由実が言っていたように掃除でもしようか。馬小屋などは後で≪テンプル騎士団≫か≪キョンシー≫に助けてもらう必要がありそうだが、あそこなら俺達だけでも出来るだろう」
「あのでっかいのを……か?」
母屋の大きさは俺の実家を遥かに超えている。学校の校舎並みだ。Tさん、俺、リカちゃんの三人では一日がかりでも掃除できるとは到底思えない。
「これから住まわせてもらうことになるだろう家だ。自分達で最初は掃除しなければな。おそらく高部徹心もそうさせる為に俺達を先に寄越したのだろう」
「まじかぁー……」
あーあ、こりゃ大仕事だぞ……。
●
フィラちゃんが言った通り、本当に何十年と人が住んでいなかったのか、荒れ具合というか、埃の積もり具合が凄かった。
千勢姉ちゃんのマンションの部屋に最初に入った時の積もり具合を二段も三段も上回っている。
「こいつはやりがいがあるなぁ……」
当然のように全部の障子と襖が破れているし、ガラスなんか嵌っていた形跡すらない。
「これは板が腐っている可能性もあるな……埃も少し耐えがたい、悪いが土足で掃除を始めさせてもらおう」
そう言ってTさんは土が付いた靴の底を洗う為に板で封鎖されている井戸へと水を汲みに行った。どうやら井戸の水は池のとは違って無事らしい。俺もTさんを追いかけていきつつ、ふと振り返った。
玄関には徹心のおっちゃんかフィラちゃんが用意したのか、掃除道具一式がポツンと、これだけは埃を被る事なく置いてあった。
千勢姉ちゃんのマンションの部屋に最初に入った時の積もり具合を二段も三段も上回っている。
「こいつはやりがいがあるなぁ……」
当然のように全部の障子と襖が破れているし、ガラスなんか嵌っていた形跡すらない。
「これは板が腐っている可能性もあるな……埃も少し耐えがたい、悪いが土足で掃除を始めさせてもらおう」
そう言ってTさんは土が付いた靴の底を洗う為に板で封鎖されている井戸へと水を汲みに行った。どうやら井戸の水は池のとは違って無事らしい。俺もTさんを追いかけていきつつ、ふと振り返った。
玄関には徹心のおっちゃんかフィラちゃんが用意したのか、掃除道具一式がポツンと、これだけは埃を被る事なく置いてあった。
●
母屋の掃除はなかなかに厳しい業務だった。
はいてもはいても埃は出て来るし、虫もけっこう潜んでいる。床板は思いがけない所が割れてあぶねぇ。
蔵の中から防虫処理とかをしっかりされていて無事だった床板や障子、襖の修理道具や替えが見つかったので、とりあえずそれを使ってある程度の区画を見れる状態にまで掃除した時には、もう昼の三時を過ぎていた。
「うわ、昼飯食いそびれたな……」
そう言いながら額の汗を拭う。
まだまだ母屋の面積の半分も掃除できていない。これは一日二日の作業量じゃねえなと疲労のため息を吐く。きっとこの調子だと天井もだめだろうし、瓦も変えなきゃなんねえだろう。替えは一通り蔵の中に入っていた。どれも妙に高級そうなもので、やっぱりこの屋敷は立派なんだなと思うけど……。
「なんで人が住んでないんだ? それに徹心のおっちゃんがこんな屋敷を持ってるってのもおかしくね?」
まあ徹心のおっちゃんは実際は相当な年の人間らしいからもしかしたらここが徹心のおっちゃんの生家だったりしたのかもしんねえ。今度訊いてみようと思っていると、Tさんが何か木製の棚を持ってやって来た。
こじんまりとした棚はTさんお手製のようだ。本当に器用だなぁ……。
そういやさっきからトンカチとかノコギリの音が聞こえると思ってたけど、
「日曜大工に精を出すのもいいけどさ、とりあえず埃だけでもさっさと追い出しちまおうぜ? リカちゃんを見てみろよ。もう埃で何が何だか分かんなくなっちまったから洗濯して干してあるんだぜ?」
干されてる本人は割と楽しげに日向ぼっこを満喫してるけど、いつまでも一人にしておくときっと寂しがる。
Tさんはすまんな、と軽く謝りながら棚を持って、数少ないなんとか部屋と認識できるくらいにはましになった、たぶん居間的な所だろう大部屋に入った。
「これくらいこの部屋を綺麗にしておけばそろそろここも目を覚まして、俺を通して活力を少しは取り戻すはずだ」
そう言って棚を大部屋の一角に取り付け始めた。
「活力? どういうこった?」
Tさんは棚をあれこれ微調整しながら説明してくれる。
「最初に俺がこの屋敷を十中八九都市伝説だと言ったのを覚えているか? ここは確かに都市伝説だ。ただその力をほとんど失っていて、自己たるこの屋敷すら清浄な状態に保っておくことができていないようだがな」
「そうなのか?」
「ああ、高部徹心が力を失いかけていたこの屋敷を≪桃源郷≫の力を割いて隠していたのだろう。そして俺達ならばこの屋敷と共生できると思って贈ってくれたのだろうな」
「共生……?」
「そうだ」
Tさんが棚から手を離した。小さな棚はうまい具合にとりつけられて、
「舞、そこにある小杯と鏡を」
「え、……おう」
言われた通りにTさんがどっかから探してきたおままごとの道具のような小さな杯と鏡を渡した。
Tさんはそれを棚に置いて、満足そうに頷いた。
「少し簡素かもしれんが髪棚だ。注連縄も榊も少し待ってもらいたい。
見たところ家具の類が一つも見当たらないな。おおかた全て人々にやってしまったのだろう。家財を届け続ければ弱っていくだけと知った上でやり続けたな? ……まったく、しょうがない奴だ」
神棚に向かってTさんは苦笑する。
そのままTさんが神棚に手を翳すと、その掌に白い光が宿った。
「俺達はお前に住みたい。だから力を取り戻してくれ≪マヨヒガ≫。そうなってくれれば――――幸せだ」
Tさんの掌から放たれた光が神棚に移って、それは一瞬で屋敷全体を包み込んだ。
思わず目を閉じるくらいの強さの光のフラッシュは十秒程も続いて止んだ。
「うわ――?!」
「……これは、驚いた」
目を開けた時には屋敷の床は綺麗になり、障子も襖もガラスも、全部が新品に取り変わっていた。
はいてもはいても埃は出て来るし、虫もけっこう潜んでいる。床板は思いがけない所が割れてあぶねぇ。
蔵の中から防虫処理とかをしっかりされていて無事だった床板や障子、襖の修理道具や替えが見つかったので、とりあえずそれを使ってある程度の区画を見れる状態にまで掃除した時には、もう昼の三時を過ぎていた。
「うわ、昼飯食いそびれたな……」
そう言いながら額の汗を拭う。
まだまだ母屋の面積の半分も掃除できていない。これは一日二日の作業量じゃねえなと疲労のため息を吐く。きっとこの調子だと天井もだめだろうし、瓦も変えなきゃなんねえだろう。替えは一通り蔵の中に入っていた。どれも妙に高級そうなもので、やっぱりこの屋敷は立派なんだなと思うけど……。
「なんで人が住んでないんだ? それに徹心のおっちゃんがこんな屋敷を持ってるってのもおかしくね?」
まあ徹心のおっちゃんは実際は相当な年の人間らしいからもしかしたらここが徹心のおっちゃんの生家だったりしたのかもしんねえ。今度訊いてみようと思っていると、Tさんが何か木製の棚を持ってやって来た。
こじんまりとした棚はTさんお手製のようだ。本当に器用だなぁ……。
そういやさっきからトンカチとかノコギリの音が聞こえると思ってたけど、
「日曜大工に精を出すのもいいけどさ、とりあえず埃だけでもさっさと追い出しちまおうぜ? リカちゃんを見てみろよ。もう埃で何が何だか分かんなくなっちまったから洗濯して干してあるんだぜ?」
干されてる本人は割と楽しげに日向ぼっこを満喫してるけど、いつまでも一人にしておくときっと寂しがる。
Tさんはすまんな、と軽く謝りながら棚を持って、数少ないなんとか部屋と認識できるくらいにはましになった、たぶん居間的な所だろう大部屋に入った。
「これくらいこの部屋を綺麗にしておけばそろそろここも目を覚まして、俺を通して活力を少しは取り戻すはずだ」
そう言って棚を大部屋の一角に取り付け始めた。
「活力? どういうこった?」
Tさんは棚をあれこれ微調整しながら説明してくれる。
「最初に俺がこの屋敷を十中八九都市伝説だと言ったのを覚えているか? ここは確かに都市伝説だ。ただその力をほとんど失っていて、自己たるこの屋敷すら清浄な状態に保っておくことができていないようだがな」
「そうなのか?」
「ああ、高部徹心が力を失いかけていたこの屋敷を≪桃源郷≫の力を割いて隠していたのだろう。そして俺達ならばこの屋敷と共生できると思って贈ってくれたのだろうな」
「共生……?」
「そうだ」
Tさんが棚から手を離した。小さな棚はうまい具合にとりつけられて、
「舞、そこにある小杯と鏡を」
「え、……おう」
言われた通りにTさんがどっかから探してきたおままごとの道具のような小さな杯と鏡を渡した。
Tさんはそれを棚に置いて、満足そうに頷いた。
「少し簡素かもしれんが髪棚だ。注連縄も榊も少し待ってもらいたい。
見たところ家具の類が一つも見当たらないな。おおかた全て人々にやってしまったのだろう。家財を届け続ければ弱っていくだけと知った上でやり続けたな? ……まったく、しょうがない奴だ」
神棚に向かってTさんは苦笑する。
そのままTさんが神棚に手を翳すと、その掌に白い光が宿った。
「俺達はお前に住みたい。だから力を取り戻してくれ≪マヨヒガ≫。そうなってくれれば――――幸せだ」
Tさんの掌から放たれた光が神棚に移って、それは一瞬で屋敷全体を包み込んだ。
思わず目を閉じるくらいの強さの光のフラッシュは十秒程も続いて止んだ。
「うわ――?!」
「……これは、驚いた」
目を開けた時には屋敷の床は綺麗になり、障子も襖もガラスも、全部が新品に取り変わっていた。
●
「全部新品みたいになってるじゃねえか!」
いきなり屋敷が現役ばりばりな状態に戻ったのだ。いきなりの様子の変化に俺はとりあえず驚くしかない。
そして疑問は全部知ってそうなTさんに向く。
「Tさん、さっきこの屋敷の名前? みたいなの呼んでたよな? えーっとなんだっけ?」
「≪マヨヒガ≫だ」
「そう、それ」
それがこの屋敷の名前って事なのか……?
「いったいどこにそんな名前が書いてあったんだ?」
一緒に蔵の中も見てみたけどそんなもんどこにも書いてなかった。表札だってもちろんなかったしなぁ……。
「割と有名な都市伝説だ。≪マヨヒガ≫、迷いの家とも書いたりするな」
「へぇー、それが力を失ってたってのはまたいったいどうしてなんだ?」
「そうだな。ざっと見ただけだから正確な事は分からないが」
そう先に言って、Tさんは説明をしてくれる。
「≪マヨヒガ≫というのは山奥深くに迷い込んだ者が偶然立派な門を持った屋敷にたどり着く。という類の奇譚に語られる不思議な家だ。東北で見られた話が最も有名だから、この≪マヨヒガ≫は所在地からしてもそこから発生した都市伝説だろうな。
≪マヨヒガ≫は、内部の調度品を持ち帰ったり、あるいはただ訪問しただけでもその者に幸福が訪れるという類の噂を語られる。家具については持ち帰らなくても≪マヨヒガ≫自身があとで届けたりした事例もあるそうだ。
そして、当然渡された家具調度品は≪マヨヒガ≫から失われ、訪問に際して訪れる幸福も消費され続ければ≪マヨヒガ≫は疲弊する」
「じゃあ、この≪マヨヒガ≫はそうやってってその内弱って消える為に存在してるってのか?」
「結果的にはそうなるのではないかと思う。掃除道具が揃えられていたりしたところから見て一応意識のようなものはあるのだろうが、人格のように確固とした意思はこの≪マヨヒガ≫にはないようだし、そういった在り方に疑問を抱く事もないのだろうな」
「――うん、だいたい正解だよ」
玄関の方から声が聞こえてきた。あの声は、
「徹心のおっちゃんか?」
「うん――って土足で屋敷に上がってるのかい?」
「わーきれいになってるの!」
「ほんとうに綺麗ね……事前に見せてもらった写真とのこの違いよう……驚きだわ」
なんか荷物を持った徹心のおっちゃんが乾いたリカちゃんを持ってきたフィラちゃんと一緒にやってきて開口一番そう言う。
「ああ、すまんな。ついさっきまで荒れていたのでな」
Tさんはそう答えて靴をぬぎに行く。
そうして皆でとりあえず神棚を設置した大部屋で車座になった。
「高部徹心、ここは≪マヨヒガ≫なのか?」
「うん、その通りだよ。ほとんど力を失ってただの廃屋同然だったけどね」
そう言って徹心のおっちゃんは持って来てた荷物の中から急須やら茶碗やらを取り出した。
「Tさんが一時的に力を取り戻してくれているけど、それもそう長くは続かないだろう。家財が≪マヨヒガ≫の力の象徴だからね、家財がなければ力は定着しない」
「やはりそうか」
そう言ってTさんは部屋を見回す。綺麗にはなったけど見事に何もない。さっきのTさんの話が本当なら全部人にやっちまったんだろう。持って帰らない人にも力を持った家具を後でお届けという徹底ぶりだもんなぁ……。
「僕が≪マヨヒガ≫を見つけた時にはもう随分と衰弱していてね、ひとまず≪桃源郷≫の力を借りて隠し、保護をしていたんだ。その一方である程度価値のある家財も探しておいた」
「それがこの急須や茶碗なのね?」
フィラちゃんの言葉に頷いて徹心のおっちゃんは続ける。
「中国製、≪拝上帝会≫の中にあった上等な茶器だ。本来の≪マヨヒガ≫ならそこら辺の道具だろうと屋敷の中に放りこんでしまえば力が宿るものなんだけど、今はとてもそんな力はないからね。元々価値のあるものを持ってきた。これだけあれば≪マヨヒガ≫を移動させるだけの力も戻るだろう」
「え?」
「東北から関東まで毎日通えなんて流石に言えないよ」
そう言って愉快そうに笑う徹心のおっちゃんの言葉をTさんが補足する。
「≪マヨヒガ≫はいろんな場所を転々としているという伝承もあるんだ。この≪マヨヒガ≫はそういう力も持っているということだな?」
「うん、その通りだ」
「そうなの?」
「すげえ……」
リカちゃんと一緒にとりあえず驚く。えーと、つまり……なんだ?
「全自動お掃除機能付きな移動する屋敷を庭付きでプレゼント?」
「もう少し力を取り戻せば家周りと金銭面の加護も得られるね」
「すごいわね……」
「まったくだぜ……」
フィラちゃんと一緒に呆気にとられる。
うーん、こりゃ本当にもらっていいものなのか悩むような代物だ……凄すぎる。
「遠慮なんかしないでくれ。僕はそれくらいの事をしてもらったんだ。これではまだ足りないくらいなんだからね」
徹心のおっちゃんははそう言って荷物の中から何枚かの書類を取り出した。Tさんが訊ねる。
「それは?」
「契約書だよ。この≪マヨヒガ≫とのね」
「……高部徹心、舞にこれ以上の契約は――」
「ああ、大丈夫。そっちの意味の契約じゃないよ。ただの≪マヨヒガ≫との取り決めのようなものだ。一応意識じみたものをもっている都市伝説だからね。いくつかやって欲しい事とか注意してほしい事があるらしいんだ」
そう言って広げられた紙には≪マヨヒガ≫に住むにあたってのいくつかの条件が書かれていた。
「えーと? 掃除とかしてくれるとうれしいな……とか屋敷の補修材を追加してくれると嬉しいな……とか妙に控えめな表現で書かれてるのは当然やるとして……なんだ? 最後の、人がたまに迷い込むから乱暴しないでね、ってのは?」
「≪マヨヒガ≫だからね、自分の在り方を曲げる気は無いらしい。そんなに人は頻繁には来ないだろうけど、たまに騒がしくなることもあるかもしれない」
……あー、なるほど……でもそりゃ、
「これまでとあんまり変わらないの」
リカちゃんが首を傾げて言う。「なー」と頷くと、Tさんとフィラちゃんが噴き出した。
「そ、そうね……っ、あなたたちなら、これまでと変わらないでしょうね……っ!」
笑いをこらえこらえフィラちゃんが言う。うーん、反論の余地がないなぁ……。
「徹心のおっちゃん、こんなんが条件でいいのか?」
「≪マヨヒガ≫はそれで十分だと思ってるみたいだね」
そっか、じゃあ……。
「Tさん、追加しようぜ、追加」
「そうだな」
Tさんは頷いてサラサラと書類に書き足しをしていく。
付け加えられた文言は、
「≪マヨヒガ≫の力がまた瀕死になるまで摩耗しないよう、俺達が家具などの力のある物品を収集しよう」
「いいのかい? 一通りの掃除さえしておけば一応≪マヨヒガ≫は最低限に機能するよ?」
「構わねえよ。こんな立派な屋敷にただで住めるんならそれくらいしねえと罰が当たっちまう」
「それに、≪マヨヒガ≫とは共生していきたい。この家が屋根と加護を与えてくれるというのなら俺達も相応のものを返さねばな」
Tさんは文言を書き足した書類を神棚に収めた。
「――それと、これはちょっと確約はできんが、俺達が消える前に時間があるならば、その時は次の居住者も探しておこう。やはり家は人が住まうものだからな」
神棚に書類が収められた瞬間、また家が光った。
「え――何?!」
「藤宮君、大丈夫だよ。どうやら≪マヨヒガ≫が喜んでいるらしい」
「おー、やっぱ喜んでくれてるのか。よかったよかった。要らねえ事すんじゃねえとか言われたらどうしようかと思ったぜ」
「元々、人間に文字通り身を削って尽くすのが好きな都市伝説なんだ。君達が住んで騒がせてくれるだけでもありがたいだろうし、いろいろ手を打ってくれるのがありがたいんだろう。また一つ君達に感謝するべき事柄が増えたね」
「こちらとしても何十年と定住することも、この屋敷に根を張ったまま瞬時に引っ越す事もできる屋敷をいただいたんだ。感謝される謂われ等ありはしないさ」
そう言ってTさんは頭を下げた。
「――まさに一生ものの家、ありがたく頂戴する。高部徹心」
いきなり屋敷が現役ばりばりな状態に戻ったのだ。いきなりの様子の変化に俺はとりあえず驚くしかない。
そして疑問は全部知ってそうなTさんに向く。
「Tさん、さっきこの屋敷の名前? みたいなの呼んでたよな? えーっとなんだっけ?」
「≪マヨヒガ≫だ」
「そう、それ」
それがこの屋敷の名前って事なのか……?
「いったいどこにそんな名前が書いてあったんだ?」
一緒に蔵の中も見てみたけどそんなもんどこにも書いてなかった。表札だってもちろんなかったしなぁ……。
「割と有名な都市伝説だ。≪マヨヒガ≫、迷いの家とも書いたりするな」
「へぇー、それが力を失ってたってのはまたいったいどうしてなんだ?」
「そうだな。ざっと見ただけだから正確な事は分からないが」
そう先に言って、Tさんは説明をしてくれる。
「≪マヨヒガ≫というのは山奥深くに迷い込んだ者が偶然立派な門を持った屋敷にたどり着く。という類の奇譚に語られる不思議な家だ。東北で見られた話が最も有名だから、この≪マヨヒガ≫は所在地からしてもそこから発生した都市伝説だろうな。
≪マヨヒガ≫は、内部の調度品を持ち帰ったり、あるいはただ訪問しただけでもその者に幸福が訪れるという類の噂を語られる。家具については持ち帰らなくても≪マヨヒガ≫自身があとで届けたりした事例もあるそうだ。
そして、当然渡された家具調度品は≪マヨヒガ≫から失われ、訪問に際して訪れる幸福も消費され続ければ≪マヨヒガ≫は疲弊する」
「じゃあ、この≪マヨヒガ≫はそうやってってその内弱って消える為に存在してるってのか?」
「結果的にはそうなるのではないかと思う。掃除道具が揃えられていたりしたところから見て一応意識のようなものはあるのだろうが、人格のように確固とした意思はこの≪マヨヒガ≫にはないようだし、そういった在り方に疑問を抱く事もないのだろうな」
「――うん、だいたい正解だよ」
玄関の方から声が聞こえてきた。あの声は、
「徹心のおっちゃんか?」
「うん――って土足で屋敷に上がってるのかい?」
「わーきれいになってるの!」
「ほんとうに綺麗ね……事前に見せてもらった写真とのこの違いよう……驚きだわ」
なんか荷物を持った徹心のおっちゃんが乾いたリカちゃんを持ってきたフィラちゃんと一緒にやってきて開口一番そう言う。
「ああ、すまんな。ついさっきまで荒れていたのでな」
Tさんはそう答えて靴をぬぎに行く。
そうして皆でとりあえず神棚を設置した大部屋で車座になった。
「高部徹心、ここは≪マヨヒガ≫なのか?」
「うん、その通りだよ。ほとんど力を失ってただの廃屋同然だったけどね」
そう言って徹心のおっちゃんは持って来てた荷物の中から急須やら茶碗やらを取り出した。
「Tさんが一時的に力を取り戻してくれているけど、それもそう長くは続かないだろう。家財が≪マヨヒガ≫の力の象徴だからね、家財がなければ力は定着しない」
「やはりそうか」
そう言ってTさんは部屋を見回す。綺麗にはなったけど見事に何もない。さっきのTさんの話が本当なら全部人にやっちまったんだろう。持って帰らない人にも力を持った家具を後でお届けという徹底ぶりだもんなぁ……。
「僕が≪マヨヒガ≫を見つけた時にはもう随分と衰弱していてね、ひとまず≪桃源郷≫の力を借りて隠し、保護をしていたんだ。その一方である程度価値のある家財も探しておいた」
「それがこの急須や茶碗なのね?」
フィラちゃんの言葉に頷いて徹心のおっちゃんは続ける。
「中国製、≪拝上帝会≫の中にあった上等な茶器だ。本来の≪マヨヒガ≫ならそこら辺の道具だろうと屋敷の中に放りこんでしまえば力が宿るものなんだけど、今はとてもそんな力はないからね。元々価値のあるものを持ってきた。これだけあれば≪マヨヒガ≫を移動させるだけの力も戻るだろう」
「え?」
「東北から関東まで毎日通えなんて流石に言えないよ」
そう言って愉快そうに笑う徹心のおっちゃんの言葉をTさんが補足する。
「≪マヨヒガ≫はいろんな場所を転々としているという伝承もあるんだ。この≪マヨヒガ≫はそういう力も持っているということだな?」
「うん、その通りだ」
「そうなの?」
「すげえ……」
リカちゃんと一緒にとりあえず驚く。えーと、つまり……なんだ?
「全自動お掃除機能付きな移動する屋敷を庭付きでプレゼント?」
「もう少し力を取り戻せば家周りと金銭面の加護も得られるね」
「すごいわね……」
「まったくだぜ……」
フィラちゃんと一緒に呆気にとられる。
うーん、こりゃ本当にもらっていいものなのか悩むような代物だ……凄すぎる。
「遠慮なんかしないでくれ。僕はそれくらいの事をしてもらったんだ。これではまだ足りないくらいなんだからね」
徹心のおっちゃんははそう言って荷物の中から何枚かの書類を取り出した。Tさんが訊ねる。
「それは?」
「契約書だよ。この≪マヨヒガ≫とのね」
「……高部徹心、舞にこれ以上の契約は――」
「ああ、大丈夫。そっちの意味の契約じゃないよ。ただの≪マヨヒガ≫との取り決めのようなものだ。一応意識じみたものをもっている都市伝説だからね。いくつかやって欲しい事とか注意してほしい事があるらしいんだ」
そう言って広げられた紙には≪マヨヒガ≫に住むにあたってのいくつかの条件が書かれていた。
「えーと? 掃除とかしてくれるとうれしいな……とか屋敷の補修材を追加してくれると嬉しいな……とか妙に控えめな表現で書かれてるのは当然やるとして……なんだ? 最後の、人がたまに迷い込むから乱暴しないでね、ってのは?」
「≪マヨヒガ≫だからね、自分の在り方を曲げる気は無いらしい。そんなに人は頻繁には来ないだろうけど、たまに騒がしくなることもあるかもしれない」
……あー、なるほど……でもそりゃ、
「これまでとあんまり変わらないの」
リカちゃんが首を傾げて言う。「なー」と頷くと、Tさんとフィラちゃんが噴き出した。
「そ、そうね……っ、あなたたちなら、これまでと変わらないでしょうね……っ!」
笑いをこらえこらえフィラちゃんが言う。うーん、反論の余地がないなぁ……。
「徹心のおっちゃん、こんなんが条件でいいのか?」
「≪マヨヒガ≫はそれで十分だと思ってるみたいだね」
そっか、じゃあ……。
「Tさん、追加しようぜ、追加」
「そうだな」
Tさんは頷いてサラサラと書類に書き足しをしていく。
付け加えられた文言は、
「≪マヨヒガ≫の力がまた瀕死になるまで摩耗しないよう、俺達が家具などの力のある物品を収集しよう」
「いいのかい? 一通りの掃除さえしておけば一応≪マヨヒガ≫は最低限に機能するよ?」
「構わねえよ。こんな立派な屋敷にただで住めるんならそれくらいしねえと罰が当たっちまう」
「それに、≪マヨヒガ≫とは共生していきたい。この家が屋根と加護を与えてくれるというのなら俺達も相応のものを返さねばな」
Tさんは文言を書き足した書類を神棚に収めた。
「――それと、これはちょっと確約はできんが、俺達が消える前に時間があるならば、その時は次の居住者も探しておこう。やはり家は人が住まうものだからな」
神棚に書類が収められた瞬間、また家が光った。
「え――何?!」
「藤宮君、大丈夫だよ。どうやら≪マヨヒガ≫が喜んでいるらしい」
「おー、やっぱ喜んでくれてるのか。よかったよかった。要らねえ事すんじゃねえとか言われたらどうしようかと思ったぜ」
「元々、人間に文字通り身を削って尽くすのが好きな都市伝説なんだ。君達が住んで騒がせてくれるだけでもありがたいだろうし、いろいろ手を打ってくれるのがありがたいんだろう。また一つ君達に感謝するべき事柄が増えたね」
「こちらとしても何十年と定住することも、この屋敷に根を張ったまま瞬時に引っ越す事もできる屋敷をいただいたんだ。感謝される謂われ等ありはしないさ」
そう言ってTさんは頭を下げた。
「――まさに一生ものの家、ありがたく頂戴する。高部徹心」