本の虫
「ねえ、私、きれい?」
「悪いけどあんまり好みじゃないなぁ。君、本とか読んでなさそうな顔してるもの。」
「悪いけどあんまり好みじゃないなぁ。君、本とか読んでなさそうな顔してるもの。」
夜の路上、本屋帰りと思わしき袋を携えた青年はさらりと応える。
「そう……あんたも私の顔を醜いっていうんだ……。そんな奴……殺してしまおう。」
すらり、とどこからか鎌を取り出して、マスクを外した口裂け女は青年を睨む。
「それは困るなぁ。まだ読みたい本がいっぱいあるんだ。」
その言葉と同時に、青年の体に墨文字のような模様が浮かび上がる。
それは青年の体表の上をぞわぞわと蠢き、まるで無数の虫が這っている様にも見えた。
それは青年の体表の上をぞわぞわと蠢き、まるで無数の虫が這っている様にも見えた。
「おいで、僕の『紙魚』たち。食事の時間だ、いっぱいお食べ。」
青年の言葉を契機に紙魚と呼ばれた墨文字たちが地面に流れ落ち、一斉に口裂け女へと向かっていった。
「虫を操るなんて悪趣味な……近寄るな気持ち悪い!」
口裂け女は地面を薙いで紙魚を払い、足元に近づいた紙魚を踏み潰す。
それだけで紙魚は水に濡れたインクのように、地面で、あるいは空中で滲んで消えた。
それだけで紙魚は水に濡れたインクのように、地面で、あるいは空中で滲んで消えた。
「何だ……?随分と弱い都市伝説だな。」
「乱暴にしないでくれよ。彼らはとても脆いんだから。」
「そんなもので私を止められるとでも?……切り殺す。」
「乱暴にしないでくれよ。彼らはとても脆いんだから。」
「そんなもので私を止められるとでも?……切り殺す。」
相手の都市伝説は大した力を持たないと踏んだ口裂け女は無数の紙魚を踏み潰しつつ、100m3秒の俊足をもって青年に肉薄する。
そして手に持っていた鎌を青年の胴体目掛けて水平に振るった。
そして手に持っていた鎌を青年の胴体目掛けて水平に振るった。
だが、口裂け女の鎌は青年の胴体を切り裂かなかった。
その手に握り締めていた鎌が、いつの間にか消えうせていたのだ。
代わりに口裂け女の体、本人からは見えない位置では無数の墨文字……紙魚が蠢いていた。
その手に握り締めていた鎌が、いつの間にか消えうせていたのだ。
代わりに口裂け女の体、本人からは見えない位置では無数の墨文字……紙魚が蠢いていた。
「なっ、なんで私の……私の……何?私は……何かを持ってた、はず……何、を持って……いた?」
「君の鎌なら、僕の紙魚が食べちゃったよ。」
「君の鎌なら、僕の紙魚が食べちゃったよ。」
本とは、文字を媒介とした『情報』の塊だ。
紙魚は本を構成する文字、すなわち本の『情報』を食う。
都市伝説とは、噂を媒介とした『情報』の塊だ。
青年と契約した紙魚は都市伝説を構成する噂……すなわち、都市伝説の『情報』を食う。
紙魚は本を構成する文字、すなわち本の『情報』を食う。
都市伝説とは、噂を媒介とした『情報』の塊だ。
青年と契約した紙魚は都市伝説を構成する噂……すなわち、都市伝説の『情報』を食う。
「正確には『口裂け女は鎌を持っている』という『情報』を食べた。ゆえに君は鎌を持たない。」
「鎌、だと?そんなもの無くともお前を……お前を?お前は、いや、私はお前に、何かをしなけれ、ば……何、を……。」
「それと、『容姿を否定した者を切り殺す』という情報も食べさせてもらったよ。」
「ううっ……私は、何のために……何を……。考えがまとまら……一度、逃げ……。」
「鎌、だと?そんなもの無くともお前を……お前を?お前は、いや、私はお前に、何かをしなけれ、ば……何、を……。」
「それと、『容姿を否定した者を切り殺す』という情報も食べさせてもらったよ。」
「ううっ……私は、何のために……何を……。考えがまとまら……一度、逃げ……。」
口裂け女はその場から走り去ろうとするが、足に、体に、力が入らない。
いつもならもっと……と口裂け女は思うが、いつもなら何がどうなのかは思い出せない。
いつもならもっと……と口裂け女は思うが、いつもなら何がどうなのかは思い出せない。
「『100mを3秒で走る』という情報もすでに食べた。
というか、人間で言えば臓器をいくつか奪われてるようなものだから、動くこともままならないはずだよ。」
というか、人間で言えば臓器をいくつか奪われてるようなものだから、動くこともままならないはずだよ。」
うずくまる口裂け女の口が、普通の女性のそれに変化していく。
それと同時に赤いコートが色あせ、徐々に白く透き通っていく。
それと同時に赤いコートが色あせ、徐々に白く透き通っていく。
「『口が耳まで裂けている』『赤いコートを纏って現れる』『べっこう飴が好き』『ポマードが苦手』。君が君たる君の全て、食べさせてもらう。」
もはや口裂け女は抵抗する意思さえ見せず、うずくまってぶつぶつと断片的な言葉を呟くだけだ。
「わ……私は……なぜ……何を……。私は…………私とは……何、だ?」
「口裂け女、読了。」
「口裂け女、読了。」
『口裂け女』を構成する情報を根こそぎ喰らい尽くされた『何か』は、光の粒となって消滅した。
その跡には黒い水溜りのように蠢く墨文字……紙魚の姿があった。
その様子は心なしか悦んでいるかのようにも見える。
その跡には黒い水溜りのように蠢く墨文字……紙魚の姿があった。
その様子は心なしか悦んでいるかのようにも見える。
「さあ帰るよ。折角探してた本が買えたんだ。早く読まなきゃもったいないだろう。」
くるりときびすを返した青年に慌てたように追いすがった紙魚は、そのまま青年の体に溶け込むようにして消えた。
【終】