『彼』は、生まれて落ちるまでは確かに人間だった
ニュージャージー州のリーズ家に生まれた、唯の人間として生きる筈であった
『彼』を変貌させたのは、難産だった母親が出産間際につい零してしまった、ほんの些細な冗談
――――こんなに苦しませる子なら、悪魔が生まれてくればいい――――
彼女にとっては他愛無い冗談に過ぎなかっただろう
だが、その「冗談」は『彼』にとっては最悪の呪詛を呼び起こす文言であった
「悪魔!!」
産声を上げた『彼』に最初に与えられた物は、母親の愛情でも産婆の祝福でも無かった
ただ、恐怖に慄いた者達からの悲鳴と罵倒
ただ、恐怖に慄いた者達からの悲鳴と罵倒
両親とてその例外ではない
「撃ち殺してやるッ!この化け物め!!」
母親は失神し、父親に至っては銃を持ち出して来た
母親は失神し、父親に至っては銃を持ち出して来た
生を受けた瞬間に世界から拒絶された『彼』は、
背中の蝙蝠の様な筋張った翼を広げ、暖炉に飛込んだ
背中の蝙蝠の様な筋張った翼を広げ、暖炉に飛込んだ
言葉を解さぬ赤ん坊が母親の愛情を理解するように、『彼』もまた周りからの憎悪と恐怖を感じ取ったからだ
馬の様な胴体に蹄、蝙蝠のような翼、蛇の尾、長く鋭い牙に真っ赤な目
煤けた煙突を飛び出し、屋根に降り立ったその姿は、伝承に謳われる悪魔に余りにも酷似していた
屋根を見上げた通行人が悲鳴を上げる
屋根を見上げた通行人が悲鳴を上げる
以降200年以上に渡ってニュージャージー州を恐怖に陥れた悪魔の誕生の瞬間であった
姿を晒せば、人々は恐怖に駆られ、銃弾が飛んできた
日々の糧に獣を襲えば、警備隊が出動した
日々の糧に獣を襲えば、警備隊が出動した
『彼』は悲しんだ
何故自分はこのような醜く不気味で、人々に疎まれる姿に生まれてしまったのか
何故人間の子に生まれながら、悪魔の身体を与えられたのか
何故悪魔の身体を与えられながら、人の心を持って生まれてきてしまったのか
何故人間の子に生まれながら、悪魔の身体を与えられたのか
何故悪魔の身体を与えられながら、人の心を持って生まれてきてしまったのか
疑問は時を経るに連れ、彼の心を凍りつかせていく
彼が人間に対して激しい憎しみを抱くまで、そう時間は掛からなかった
十分に成長し力を付けた彼は、容赦なくその牙を敵対者に剥くようになった
成熟した彼の強靭な体は銃弾をものともしない
成熟した彼の強靭な体は銃弾をものともしない
ある時は州軍を相手に死闘を演じ、またある時は怒りに任せて市街地を襲撃した
リーズ家の悪魔<ジャージー・デビル>は名実共に悪魔と成り果てたのだ
ある日のこと
悪魔は己のねぐらである森で、巨体を丸めていた
一対の肺がゴロゴロと規則正しい音を奏でる
一対の肺がゴロゴロと規則正しい音を奏でる
彼は主に夜に活動する
太陽が出ているこの時間は惰眠を貪っていた
が、突如その長い耳がピクリと跳ねた
が、突如その長い耳がピクリと跳ねた
彼がこの森を活動の拠点に定めてからは、この森には野生動物すら余り近付かなくなっている
人間などもってのほかだ
人間などもってのほかだ
しかし彼の鋭敏な聴覚は確かにある音を拾っていた
二本足でしっかりと地を踏みしめて、此方に向かい来る足音を
二本足でしっかりと地を踏みしめて、此方に向かい来る足音を
(・・・人間)
グルグルと悪魔の喉が唸り声を上げた
長い首をもたげ、前方を睨み据える
長い首をもたげ、前方を睨み据える
そこには背の高い人間の男が一人
日影に溶け込むような、黒いコートを着ている
日影に溶け込むような、黒いコートを着ている
悪魔の瞳に憎悪の色が燈った
――――妬ましい、と人の心が喚く
その健常な肢体が、翼の無い背中が、人間らしい姿が妬ましい
――――憎らしい、と悪魔の身体が軋む
己を異端として攻撃し、悪魔に仕立て上げた生物が憎らしい
悪魔の殺意に空気が冷えて行く
そんな彼を見た人間の反応は通常二種類に分けられる
悲鳴を上げて逃げ出すか
罵声を上げて銃を取り出すか、だ
罵声を上げて銃を取り出すか、だ
しかし、その男は悪魔の予想外の行動を取った
敵意を感じさせない歩みで、ゆっくりと悪魔に近付いてきたのだ
思わず後ずさった悪魔に、彼は跪いて手を差し伸べた
「僕と契約して欲しい。君の力が必要なんだ」
悪魔は驚愕に目を見開いた
生みの親にも拒絶された彼が、他者に必要とされることなど、初めての経験だったからだ
混乱しながら悪魔は男に問うた
生みの親にも拒絶された彼が、他者に必要とされることなど、初めての経験だったからだ
混乱しながら悪魔は男に問うた
何が目的だ
私のような悪魔に協力を求めて、一体何をする気だ
悪魔の問いに、男は笑って答える
「戦うためさ、伝説とね」
後に数々の怪異を駆逐し、英雄と崇められ、悪魔と畏怖された契約者の誕生の瞬間であった
fin