今回の物語は日夜都市伝説が蠢き戦いや騒動を繰り広げる
学校町の話――ではない。
それは、特別に暑苦しい昼下がりの事だった。
千葉県夜刀浦市民会館二階ホールにて
フォトモンタージュ現代美術展が
開かれている事を知る人間は殆ど居なかった。
別段秘密にされていた訳でもない。
市民会報や掲示板にはちゃんとお知らせのビラが貼られていたし
ネット上の市のホームページの行事欄にはきちんと記載されている。
ただ、興味の対象として捕らえる事が出来なかったのだ。
皆、日々の生活や興味の対象は幾らでもある。
態々それを見に行くものの殆どが
美術自体を生業にするものや出展した関係者達だ。
だから……彼女が偶然にこの美術展を知り
此処に訪れた事は夜刀浦市民にとって非常な幸運だっただろう。
「おもしろいわねー」
人も疎らな美術展の会場で一人の女子高生が真剣に
モンタージュ写真を見ている。
彼女の名前は空野暦。
リボンと艶やかな長い黒髪が特徴的な女の子。
そして出来うる事なら平穏な日々を送りたいと
心底から願っている契約者でもある。
「痛っつつつつつ……」
暦は痛みに対しては我慢強いと自負しているが……
彼女の左足にはまだゴツいギブスが厳重に撒かれ
松葉杖を付かねば歩く事すらままならない状態である。
これはとある都市伝説との戦いの後遺症だ。
「靭帯はズタズタだし骨は粉々だもんねぇ……」
叫びを上げてもおかしくないし恥ではない重症だ。
知り合いの伝を当たって都市伝説による治癒を施せば
こういう傷など直ぐに治ってしまう。
いや、寧ろ自分の都市伝説を使用すれば
一瞬すらも掛からないのだが……
「油絵が専門だけどフォトモンタージュも
表現方法の勉強になるわー」
都市伝説に頼りすぎれば飲み込まれてしまうかもしれない。
それに今は少し戦いの輪廻を離れたい気分だったのだ。
リハビリがてら3時間かけてこんな遠くの街の美術展まで来てしまう辺り……
少し普通の人と既にずれているような気もしないでもないが……
「えーと……次はー」
さまざまな写真によって芸術的なモンタージュになっているモノクロ写真が目に入った。
機械仕掛けを写した画像のカットが、男の姿の上につぎはぎされている。
彼の胴体からは歯車とワイヤーが突き出し、片方の目は小さな時計の文字盤に置き換えられていた。
それは機械人間の肖像画だった。
『人皮機械』
それがその肖像モンタージュ写真のタイトルだった。
美術品の出来としては非常に良い出来だ。
吸いつけられるように目が離せない。
「泣き叫べ、と時計に言われたんだ」
と見知らぬ男の肖像画がしゃべった気がした。
それはまるで質の悪い電話から聞こえてくるようなキーキー声だった。
暦は驚いてあとずさった。
「何これ……こんな禍々しい絵見たこと無い……」
これは……怪異だ。
さっさとこんな写真からは離れたかったのだが
どういうわけかこの写真から離れる事も目をそらすことも出来ない。
黙って暦は時計の文字盤の形をしたその写真の目を見つめる。
気力を総動員してこの絵を読み解こうとするように。
……作り手の感情の色が一切見て取れない。
人と機械がこの上なく醜いバランスで混在しているのに美しい。
混沌としているのに……
震える指でまさぐった制服のポケットに硬いものが当たる。
その途端暦はこの何ヶ月間持ち歩きはするものの
使用を禁じていた自らの都市伝説の存在を思い出す。
時を駆ける翼……レアード複葉機から創られたナイフの事を。
心を決めて躊躇い無く刃の部分を強く握り締めると鋭い痛みが走る。
それでようやく目を逸らす事が出来た。
すると何時の間に現れたか、直ぐ近くに謎の黒人が立っている。
時計の文字盤の透かしが入ったモノクル(片眼鏡)を掛け
蜘蛛の巣のような模様が入った黒のタキシードを着た中年紳士だ
これまた黒くて硬そうな帽子を被って黒い葉巻を吸っている。
顔色まで黒人の平均以上に黒い。
その紳士は先ほどから暦を観察していたのだろう。
哂って頷きかけてきた。
「君の持っているナイフは凄いね」
奇妙に抑揚の無い声だった。
「力を欲する契約者皆から羨ましがられるだろう」
「あんまり欲しくなかったんだけど……まあ成り行きで……」
「それでは君は幸運な娘だね」
氷点下のように辺りは寒い。
幾ら今日が暑いとはいえクーラーが効き過ぎでないだろうか。
「ところが君はそう嬉しそうでもないようだね」
黒い紳士は薄哂いを浮かべながら言った。
暦は微かに頷いた。
「暫く君を見ていたんだが……
どうやら君は力と才能ある選ばれし者なのに
人間との遊び方をまるっきり知らないようだね」
「……人付き合いは上手じゃないのよ」
「一つこの私が教えてあげようか」
暦は黙って頷いた。
「人は己に無い物を欲しがる」
紳士の声は妙に抑揚無く続けた。
「人の魂は欲望の塊、罪の詰まった袋だ。
利のない友達など決して長続きはしない。
快楽を与えてくれないものなどに見向きもしないんだ」
暦はなんだか催眠術に掛けられている気分になってきた。
「その力があれば君はそれこそなんだって出来るんだよ?
君はただ一方的に奪い、好きな者や友達にそれを与えるだけでいいんだ。
気兼ねも遠慮も必要ない。
権力者や人生の勝利者は皆やっている事さ。
弱者だけがくだらない道徳をよく唱えて
その弱肉強食の宇宙のコトワリから目をそむける。
いちいち魚の身になっていたら刺身は食べられないだろ?
苦しみに喘ぐ者が居る一方でそんな不幸や惨めさとは無縁のもの……
いや、むしろそういう弱い敗者を踏みつけにすることで
自らの幸福や平穏のありがたさをしみじみと実感できるものさ」
「ううう……」
「君だって本当は分かっているんだろう?強者なんだから。
奇麗事では何一つ解決しない。
決断できる強者の闘争と力のみが全てを解決していた。
他の人間より力を手にいれ、成功し、金持ちになった人間には
友情だの間の名誉だのはひとりでに集まってくるものだ。
どうだね?人間との遊び方がこれでよく分かったかね?」
「そりゃ……もうよくわかったけどさ……」
「ただ素直に心の赴くがままに従って
君の力で素敵なものを集めればいいんだ。
この世界の素敵なもの、綺麗な物が皆貰えたら、勿論君は嬉しいだろ?
いいよ!皆君に上げよう!
いやいやお返しに何かする必要は無いよ。
ただ私が言ったとおりに君が遊んでくれるだけでいいんだ――どうだね?」
酷く甘やかな誘惑だ。
黒い紳士は嬉しげな反応を期待して暦に哂い掛ける。
暦はおぼろげながら自分が既にある種の戦いに巻き込まれていると感じた。
だがどう対応していいか掴みかねている。
この黒い紳士――おそらく人間ではない。
話す言葉は聞き取れる。
だが心の色が全く見えない。
暦は黙って首を振った。
「何だって!?これじゃまだ足りないっていうのかい??
一体何が不足なのか教えてくれないか?」
「私は振りかかる火の粉だけは払う。
……でもその生き方は好きになれない」
暦は端的にそう答えた。
黒人の紳士はガラスのような虚ろな目で暦を見つめた。
この男……白目が無い。
「そんな事は問題じゃない」
男は冷ややかな声でそう呟いた。
この人外はどういうわけか人を不安にさせる。
けれども暦はなんだかこの男が哀れに思えてならない。
「貴方の話し振りだと強者は別に何をやってもいいってことになるじゃない。
私は周りの友達も今の人生も結構気に入ってるんだから」
相手は急に顔を顰めた。
だが直ぐにまた剃刀の刃のような嘲笑いを浮かべた。
「悔い改めよ!ハーレクィン!」
まるで神のように黒い紳士は声を落として囁いた。
「時間を弄ぶ道化にすぎない人間よ、それは神を冒涜する能力だぞ。
人間の手に時間を返そうとするなど……
それは門にして鍵、全にして一、一にして全なる者にのみ許されている。
君は友達が好きだといったな?
だが君が居る事で君の友達はどういう利益を受けている?
何かの役に立つか?幸福にしているか?
いいや、そんなことはない。
多分これまで君は時間だけを見つめてそんな事気にも留めなかったんだろうね暦……
いずれにせよ、時間を操る強大な能力。
そして心の色と時間を覗き込むその才が本当に皆に受け入れられていると思っているのかい?
強大な力におののき排斥されるのが関の山なんじゃないかい?
そうだ、そのつもりは無くても、君は本当は世界の敵なんだ!!
それなのに、君はやっぱり誰かが好きだなんていうのかね?」
暦は一瞬自信が無くなってこの男の言う事は正しいのではないかとさえ思った。
「我々はただ皆を放っておいてもらいたいんだよ。
君がもし本当に友達や人間の事を大事に思うならそれに協力してくれるね?」
「えー、やだー」
何一つ真実を語っていないものに従うつもりは毛頭無い。
暦は黒い紳士の心が潜んでいる手ごたえの無い闇の中に真っ直ぐ目を向けた。
幾ら努力しても彼の心の色が見えない。
黒ですらない空っぽの透明な闇の中に落ち込んでいく気がする。
「無駄な努力など止める事だな」
皮肉っぽくニヤリと黒い紳士は笑った。
「我々に立ち向かう事など出来るわけが無い」
それでも暦は諦めなかった。
「それじゃあ、あなたの事を心底から愛してくれる人は誰も居ないの?」
男は押し黙って顔を歪めた。
「……時弄ぶ忌まわしい神殺しの小娘、何れその報いを受ける日が来るだろう」
そういって黒い紳士は消えていった……
「なんだったのかしら……一体……」
だんだんと恐ろしい寒さは引いていった。
【続く】
学校町の話――ではない。
それは、特別に暑苦しい昼下がりの事だった。
千葉県夜刀浦市民会館二階ホールにて
フォトモンタージュ現代美術展が
開かれている事を知る人間は殆ど居なかった。
別段秘密にされていた訳でもない。
市民会報や掲示板にはちゃんとお知らせのビラが貼られていたし
ネット上の市のホームページの行事欄にはきちんと記載されている。
ただ、興味の対象として捕らえる事が出来なかったのだ。
皆、日々の生活や興味の対象は幾らでもある。
態々それを見に行くものの殆どが
美術自体を生業にするものや出展した関係者達だ。
だから……彼女が偶然にこの美術展を知り
此処に訪れた事は夜刀浦市民にとって非常な幸運だっただろう。
「おもしろいわねー」
人も疎らな美術展の会場で一人の女子高生が真剣に
モンタージュ写真を見ている。
彼女の名前は空野暦。
リボンと艶やかな長い黒髪が特徴的な女の子。
そして出来うる事なら平穏な日々を送りたいと
心底から願っている契約者でもある。
「痛っつつつつつ……」
暦は痛みに対しては我慢強いと自負しているが……
彼女の左足にはまだゴツいギブスが厳重に撒かれ
松葉杖を付かねば歩く事すらままならない状態である。
これはとある都市伝説との戦いの後遺症だ。
「靭帯はズタズタだし骨は粉々だもんねぇ……」
叫びを上げてもおかしくないし恥ではない重症だ。
知り合いの伝を当たって都市伝説による治癒を施せば
こういう傷など直ぐに治ってしまう。
いや、寧ろ自分の都市伝説を使用すれば
一瞬すらも掛からないのだが……
「油絵が専門だけどフォトモンタージュも
表現方法の勉強になるわー」
都市伝説に頼りすぎれば飲み込まれてしまうかもしれない。
それに今は少し戦いの輪廻を離れたい気分だったのだ。
リハビリがてら3時間かけてこんな遠くの街の美術展まで来てしまう辺り……
少し普通の人と既にずれているような気もしないでもないが……
「えーと……次はー」
さまざまな写真によって芸術的なモンタージュになっているモノクロ写真が目に入った。
機械仕掛けを写した画像のカットが、男の姿の上につぎはぎされている。
彼の胴体からは歯車とワイヤーが突き出し、片方の目は小さな時計の文字盤に置き換えられていた。
それは機械人間の肖像画だった。
『人皮機械』
それがその肖像モンタージュ写真のタイトルだった。
美術品の出来としては非常に良い出来だ。
吸いつけられるように目が離せない。
「泣き叫べ、と時計に言われたんだ」
と見知らぬ男の肖像画がしゃべった気がした。
それはまるで質の悪い電話から聞こえてくるようなキーキー声だった。
暦は驚いてあとずさった。
「何これ……こんな禍々しい絵見たこと無い……」
これは……怪異だ。
さっさとこんな写真からは離れたかったのだが
どういうわけかこの写真から離れる事も目をそらすことも出来ない。
黙って暦は時計の文字盤の形をしたその写真の目を見つめる。
気力を総動員してこの絵を読み解こうとするように。
……作り手の感情の色が一切見て取れない。
人と機械がこの上なく醜いバランスで混在しているのに美しい。
混沌としているのに……
震える指でまさぐった制服のポケットに硬いものが当たる。
その途端暦はこの何ヶ月間持ち歩きはするものの
使用を禁じていた自らの都市伝説の存在を思い出す。
時を駆ける翼……レアード複葉機から創られたナイフの事を。
心を決めて躊躇い無く刃の部分を強く握り締めると鋭い痛みが走る。
それでようやく目を逸らす事が出来た。
すると何時の間に現れたか、直ぐ近くに謎の黒人が立っている。
時計の文字盤の透かしが入ったモノクル(片眼鏡)を掛け
蜘蛛の巣のような模様が入った黒のタキシードを着た中年紳士だ
これまた黒くて硬そうな帽子を被って黒い葉巻を吸っている。
顔色まで黒人の平均以上に黒い。
その紳士は先ほどから暦を観察していたのだろう。
哂って頷きかけてきた。
「君の持っているナイフは凄いね」
奇妙に抑揚の無い声だった。
「力を欲する契約者皆から羨ましがられるだろう」
「あんまり欲しくなかったんだけど……まあ成り行きで……」
「それでは君は幸運な娘だね」
氷点下のように辺りは寒い。
幾ら今日が暑いとはいえクーラーが効き過ぎでないだろうか。
「ところが君はそう嬉しそうでもないようだね」
黒い紳士は薄哂いを浮かべながら言った。
暦は微かに頷いた。
「暫く君を見ていたんだが……
どうやら君は力と才能ある選ばれし者なのに
人間との遊び方をまるっきり知らないようだね」
「……人付き合いは上手じゃないのよ」
「一つこの私が教えてあげようか」
暦は黙って頷いた。
「人は己に無い物を欲しがる」
紳士の声は妙に抑揚無く続けた。
「人の魂は欲望の塊、罪の詰まった袋だ。
利のない友達など決して長続きはしない。
快楽を与えてくれないものなどに見向きもしないんだ」
暦はなんだか催眠術に掛けられている気分になってきた。
「その力があれば君はそれこそなんだって出来るんだよ?
君はただ一方的に奪い、好きな者や友達にそれを与えるだけでいいんだ。
気兼ねも遠慮も必要ない。
権力者や人生の勝利者は皆やっている事さ。
弱者だけがくだらない道徳をよく唱えて
その弱肉強食の宇宙のコトワリから目をそむける。
いちいち魚の身になっていたら刺身は食べられないだろ?
苦しみに喘ぐ者が居る一方でそんな不幸や惨めさとは無縁のもの……
いや、むしろそういう弱い敗者を踏みつけにすることで
自らの幸福や平穏のありがたさをしみじみと実感できるものさ」
「ううう……」
「君だって本当は分かっているんだろう?強者なんだから。
奇麗事では何一つ解決しない。
決断できる強者の闘争と力のみが全てを解決していた。
他の人間より力を手にいれ、成功し、金持ちになった人間には
友情だの間の名誉だのはひとりでに集まってくるものだ。
どうだね?人間との遊び方がこれでよく分かったかね?」
「そりゃ……もうよくわかったけどさ……」
「ただ素直に心の赴くがままに従って
君の力で素敵なものを集めればいいんだ。
この世界の素敵なもの、綺麗な物が皆貰えたら、勿論君は嬉しいだろ?
いいよ!皆君に上げよう!
いやいやお返しに何かする必要は無いよ。
ただ私が言ったとおりに君が遊んでくれるだけでいいんだ――どうだね?」
酷く甘やかな誘惑だ。
黒い紳士は嬉しげな反応を期待して暦に哂い掛ける。
暦はおぼろげながら自分が既にある種の戦いに巻き込まれていると感じた。
だがどう対応していいか掴みかねている。
この黒い紳士――おそらく人間ではない。
話す言葉は聞き取れる。
だが心の色が全く見えない。
暦は黙って首を振った。
「何だって!?これじゃまだ足りないっていうのかい??
一体何が不足なのか教えてくれないか?」
「私は振りかかる火の粉だけは払う。
……でもその生き方は好きになれない」
暦は端的にそう答えた。
黒人の紳士はガラスのような虚ろな目で暦を見つめた。
この男……白目が無い。
「そんな事は問題じゃない」
男は冷ややかな声でそう呟いた。
この人外はどういうわけか人を不安にさせる。
けれども暦はなんだかこの男が哀れに思えてならない。
「貴方の話し振りだと強者は別に何をやってもいいってことになるじゃない。
私は周りの友達も今の人生も結構気に入ってるんだから」
相手は急に顔を顰めた。
だが直ぐにまた剃刀の刃のような嘲笑いを浮かべた。
「悔い改めよ!ハーレクィン!」
まるで神のように黒い紳士は声を落として囁いた。
「時間を弄ぶ道化にすぎない人間よ、それは神を冒涜する能力だぞ。
人間の手に時間を返そうとするなど……
それは門にして鍵、全にして一、一にして全なる者にのみ許されている。
君は友達が好きだといったな?
だが君が居る事で君の友達はどういう利益を受けている?
何かの役に立つか?幸福にしているか?
いいや、そんなことはない。
多分これまで君は時間だけを見つめてそんな事気にも留めなかったんだろうね暦……
いずれにせよ、時間を操る強大な能力。
そして心の色と時間を覗き込むその才が本当に皆に受け入れられていると思っているのかい?
強大な力におののき排斥されるのが関の山なんじゃないかい?
そうだ、そのつもりは無くても、君は本当は世界の敵なんだ!!
それなのに、君はやっぱり誰かが好きだなんていうのかね?」
暦は一瞬自信が無くなってこの男の言う事は正しいのではないかとさえ思った。
「我々はただ皆を放っておいてもらいたいんだよ。
君がもし本当に友達や人間の事を大事に思うならそれに協力してくれるね?」
「えー、やだー」
何一つ真実を語っていないものに従うつもりは毛頭無い。
暦は黒い紳士の心が潜んでいる手ごたえの無い闇の中に真っ直ぐ目を向けた。
幾ら努力しても彼の心の色が見えない。
黒ですらない空っぽの透明な闇の中に落ち込んでいく気がする。
「無駄な努力など止める事だな」
皮肉っぽくニヤリと黒い紳士は笑った。
「我々に立ち向かう事など出来るわけが無い」
それでも暦は諦めなかった。
「それじゃあ、あなたの事を心底から愛してくれる人は誰も居ないの?」
男は押し黙って顔を歪めた。
「……時弄ぶ忌まわしい神殺しの小娘、何れその報いを受ける日が来るだろう」
そういって黒い紳士は消えていった……
「なんだったのかしら……一体……」
だんだんと恐ろしい寒さは引いていった。
【続く】