駄犬夜遊
我輩は犬である。名前は白墨。
「ちょーきんぐどーべるまん」なるものと存在を一にする我輩は、その力で日々ご主人をお守りしている。
しかし今日はすでに日も暮れ、ご主人と共に居間でくつろいでいる最中である。
「ちょーきんぐどーべるまん」なるものと存在を一にする我輩は、その力で日々ご主人をお守りしている。
しかし今日はすでに日も暮れ、ご主人と共に居間でくつろいでいる最中である。
「くー……すー……」
そしてそのご主人はというと、静かな寝息を立てながら寝椅子に横たわっている。
寝るのならば布団で寝るべきだ、とご主人を起こすため立ち上がる。
寝るのならば布団で寝るべきだ、とご主人を起こすため立ち上がる。
だがそれと同時に窓をコツコツと叩く音が聞こえた。
その音の正体を予想してご主人を起こすのをやめ、窓を覆う布の向こう側へともぐりこむ。
その音の正体を予想してご主人を起こすのをやめ、窓を覆う布の向こう側へともぐりこむ。
「よう、俺だ。ここ開けてくれや」
予想通り、そこには気さくな笑みを浮かべる人面犬がいた。
我輩はため息を吐きながら窓の鍵を開ける。
我輩はため息を吐きながら窓の鍵を開ける。
「いやぁ悪いね急に邪魔す――――」
べふ。
上がり込もうとする人面犬の鼻っ柱に前足をお見舞いした。
もんどりうって庭に転がる人面犬を追い、我輩も窓の外に出る。
上がり込もうとする人面犬の鼻っ柱に前足をお見舞いした。
もんどりうって庭に転がる人面犬を追い、我輩も窓の外に出る。
「いってえ!何すんだ!」
「貴様のような存在を我がご主人の家に上がらせるわけにはいかぬ」
「なに言ってんだよ、俺とお前の仲だろうが」
「ご主人と貴様の間に仲など存在しない」
「なんだよ、お前ばっかりかわい子ちゃん独り占めしやがって羨ましい。俺にも紹介しろっての」
「そのような下心を聞いてなお上がらせると思うか不埒者」
「けっ、お堅いこって」
「貴様のような存在を我がご主人の家に上がらせるわけにはいかぬ」
「なに言ってんだよ、俺とお前の仲だろうが」
「ご主人と貴様の間に仲など存在しない」
「なんだよ、お前ばっかりかわい子ちゃん独り占めしやがって羨ましい。俺にも紹介しろっての」
「そのような下心を聞いてなお上がらせると思うか不埒者」
「けっ、お堅いこって」
庭にあぐらをかいて座り込む人面犬。犬の癖に器用なものである。
先ほど出てきた窓を閉めた後、我輩も「お座り」の姿勢でその場に座る。
先ほど出てきた窓を閉めた後、我輩も「お座り」の姿勢でその場に座る。
我輩の前に座るこの人面犬、一応我輩の友である。
性格に難があるためご主人には絶対に会わせぬと心に決めているが、一応我輩の友である。
目論見が外れてふて腐れる人面犬に、仕方なしに声をかける。
性格に難があるためご主人には絶対に会わせぬと心に決めているが、一応我輩の友である。
目論見が外れてふて腐れる人面犬に、仕方なしに声をかける。
「ところで友よ、息子殿はご健勝か?」
「あぁまったくクソ生意気に育ちやがったもんだ。今日もどこほっつき歩いて夜遊びしてんだか」
「なるほど父親似だな」
「ばっかやろう、俺ほど真面目で誠実な人面犬が他にいるかってんだ」
「はて、そのように真面目で誠実な人面犬を友に持った覚えはないが」
「ひひっ、言うようになったじゃねーの。川原できゃんきゃん泣いてた頃が懐かしいぜ」
「……昔の話だ」
「あぁまったくクソ生意気に育ちやがったもんだ。今日もどこほっつき歩いて夜遊びしてんだか」
「なるほど父親似だな」
「ばっかやろう、俺ほど真面目で誠実な人面犬が他にいるかってんだ」
「はて、そのように真面目で誠実な人面犬を友に持った覚えはないが」
「ひひっ、言うようになったじゃねーの。川原できゃんきゃん泣いてた頃が懐かしいぜ」
「……昔の話だ」
野良時代を思い出して目を伏せる。
我ながらあのころの我輩はとても弱く、情けないことこの上なかったと思う。
その様子を見て人面犬は愉快そうに笑ったのち、静かに言葉を続ける。
我ながらあのころの我輩はとても弱く、情けないことこの上なかったと思う。
その様子を見て人面犬は愉快そうに笑ったのち、静かに言葉を続ける。
「今日で一年だ」
「……そうか。早いものだな」
「あいつは覚えてねえだろうがな。俺は忘れねえよ」
「我輩も忘れぬ」
「そりゃどーも」
「……そうか。早いものだな」
「あいつは覚えてねえだろうがな。俺は忘れねえよ」
「我輩も忘れぬ」
「そりゃどーも」
ひひっ、とおちゃらけたように笑う人面犬。
心なしか悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
心なしか悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「あれを恨んでいるのか?」
「昔も言っただろ、所詮事故だ。野良に生きる以上、覚悟の上よ」
「……貴様は強いな」
「なに、能天気なだけだ」
「昔も言っただろ、所詮事故だ。野良に生きる以上、覚悟の上よ」
「……貴様は強いな」
「なに、能天気なだけだ」
そう言うと人面犬は立ち上がり、我輩に背を向け塀の方へと向き直った。
「……さてと。湿っぽくなっちまったところで、ちょっくら気分転換といきますか」
「ふむ、貴様も気づいていたか」
「野良暦ウン十年をなめんじゃねぇよ」
「ふむ、貴様も気づいていたか」
「野良暦ウン十年をなめんじゃねぇよ」
言うが早いか家の塀を飛び越えて道路へと躍り出る。
そこには驚いた表情で立ちすくむ警官の姿があった。
それは普通の警官ではなく我輩たちと同じ存在。いわゆる「偽警官」である。
偽警官も我輩たちが都市伝説であると気づいたようで、その目には敵意を宿している。
そこには驚いた表情で立ちすくむ警官の姿があった。
それは普通の警官ではなく我輩たちと同じ存在。いわゆる「偽警官」である。
偽警官も我輩たちが都市伝説であると気づいたようで、その目には敵意を宿している。
「ようよう兄ちゃんお疲れさん。こんな夜更けにパトロールかい?」
「何もせぬなら見逃してやろう。即刻ここから立ち去れ」
「……ふん、犬風情が生意気な。犬は警察官の命令に従ってりゃいいんだよ!」
「何もせぬなら見逃してやろう。即刻ここから立ち去れ」
「……ふん、犬風情が生意気な。犬は警察官の命令に従ってりゃいいんだよ!」
偽警官は腰からすばやく拳銃を抜いて我輩たちに向け――――
「……あ?」
次の瞬間、その拳銃は我輩の口の中にあった。
偽警官の指ごと噛み千切って奪い取るという形で。
偽警官の指ごと噛み千切って奪い取るという形で。
「ぎゃ――――」
「近所迷惑だ」
「近所迷惑だ」
偽警官が声を上げようとした刹那、人面犬が偽警官の喉笛に食らいついた。
そしてそのまま噛み千切ると偽警官は声もあげずにその場に倒れ伏した。
我輩は口の中の指と拳銃を吐き捨て、光となって消える偽警官を尻目に人面犬を見やる。
そしてそのまま噛み千切ると偽警官は声もあげずにその場に倒れ伏した。
我輩は口の中の指と拳銃を吐き捨て、光となって消える偽警官を尻目に人面犬を見やる。
「助かった。礼を言う」
「お、じゃあこのお礼はお前のご主人に抱きしめてもらう、ってことでよろしく」
「前言撤回だ。このような輩に助けられたことを心から恥じる」
「お、じゃあこのお礼はお前のご主人に抱きしめてもらう、ってことでよろしく」
「前言撤回だ。このような輩に助けられたことを心から恥じる」
軽口をひひっと笑い流し、人面犬はきびすを返して歩き出す。
「そろそろお暇するぜ。じきにあいつも戻るころだ」
「ああ。次は息子殿も連れてくるといい」
「じゃあ次こそはお前のご主人を紹介してくれよ?」
「くどい」
「ああ。次は息子殿も連れてくるといい」
「じゃあ次こそはお前のご主人を紹介してくれよ?」
「くどい」
ひひっと笑いながら、人面犬は宵闇の中へと消えていった。
我輩はそれを見送った後、静かにご主人のいる家の中へと戻った。
我輩はそれを見送った後、静かにご主人のいる家の中へと戻った。
外のいざこざには気づかずに、未だ寝椅子に横たわるご主人。
その様子に安心と呆れの混ざった感情を抱きながら、我輩はご主人を前足でやさしく小突く。
その様子に安心と呆れの混ざった感情を抱きながら、我輩はご主人を前足でやさしく小突く。
「ふぁ……んっ……。ん、あれ、寝ちゃってた?あ、白ちゃんおはよー」
「おはよう」ではなく「おやすみ」だご主人。そして寝るのならば布団で寝るべきだ。
そう戒めるようにご主人を見据える。
そう戒めるようにご主人を見据える。
「んー、もうこんな時間かぁ……白ちゃんおやすみー……」
ちらりと時計を見て、再びご主人は寝椅子に横たわる。
ため息を吐きながら、再び我輩は前足でご主人を小突く。
ため息を吐きながら、再び我輩は前足でご主人を小突く。
「んんー……わかったよ、お部屋戻るよぉ……。白ちゃんおやすみー」
ご主人は観念したように寝椅子から起き上がり、わしわしと我輩を撫で回す。
ひとしきり我輩を撫で終えると、眠い目を擦りながらも満足した様子で自室へと歩いていった。
我輩はそれを見届けると、直立して壁の釦を押して居間の電気を消す。
そして暗闇に包まれた居間の片隅、我輩の寝床へと潜り込み、静かに目を閉じた。
ひとしきり我輩を撫で終えると、眠い目を擦りながらも満足した様子で自室へと歩いていった。
我輩はそれを見届けると、直立して壁の釦を押して居間の電気を消す。
そして暗闇に包まれた居間の片隅、我輩の寝床へと潜り込み、静かに目を閉じた。
今日も無事にご主人をお守りすることができた。
返しても返しつくせぬ恩を返すため、我輩は明日もご主人を守り続ける。
我輩を救ってくれたご主人に生涯をかけて報いる。それが我輩の生きる道なのだ。
返しても返しつくせぬ恩を返すため、我輩は明日もご主人を守り続ける。
我輩を救ってくれたご主人に生涯をかけて報いる。それが我輩の生きる道なのだ。
【終】