「・・・わたし、キレイ?」
「いいえ」
あまりにも身も蓋もなく、男は答えた。
当然ながらそれは「口裂け女」のひどい怒りを買い
彼はあっという間に地面に押し倒され、振りかざされた鎌が黄昏時の光を受けて鈍くきらめく。
「僕は」
恐れるでなく彼は続ける。
「貴女の容姿ではなく、その心根こそを美しくないと言うのですよ」
「いいえ」
あまりにも身も蓋もなく、男は答えた。
当然ながらそれは「口裂け女」のひどい怒りを買い
彼はあっという間に地面に押し倒され、振りかざされた鎌が黄昏時の光を受けて鈍くきらめく。
「僕は」
恐れるでなく彼は続ける。
「貴女の容姿ではなく、その心根こそを美しくないと言うのですよ」
彼にとって、美しくないものは悪だった。
彼の「美しさ」に対する持論は見目形だけでなく精神的なものにも及び
彼の世界と生活は彼の、彼による、彼のための美に満ち満ちている。
その美の中心たるものは「アイデンティティ」
自分が如何なる者であるかを自覚する事が彼にとっての「美」の始まりであり
他者の事もその者が持つ自己認識と美意識によって測っている。
そんな彼を人は「あの男は偏っている」と言うが、彼がその評価に耳を傾ける事はない。
彼の「美しさ」に対する持論は見目形だけでなく精神的なものにも及び
彼の世界と生活は彼の、彼による、彼のための美に満ち満ちている。
その美の中心たるものは「アイデンティティ」
自分が如何なる者であるかを自覚する事が彼にとっての「美」の始まりであり
他者の事もその者が持つ自己認識と美意識によって測っている。
そんな彼を人は「あの男は偏っている」と言うが、彼がその評価に耳を傾ける事はない。
「貴女は、自分が美しいか否か人に問うばかりだ。
僕は自我や美と云うものについて、他人任せにする人が一番嫌いです。
他ならぬ貴女自身は、自分をどうお思いなのですか」
「私、キレイ?」
その問いこそが「彼女たち」の存在意義であると言うに、容姿どころか内面まで否定された上
問いに問いで返された口裂け女は暫し言葉を失い、振りかざされた鎌は行き場を失う。
「・・・・・・!!」
ややあって彼女の眉が下がり、目には大粒の涙が光り、表情がくしゃくしゃに歪む。
「・・・大っ嫌いよ!こんな醜い自分!」
声が震えるのを堪えきれない。
「私だって・・・好きでこんな風になったんじゃない!」
ただ綺麗になりたかっただけ。皆が羨むくらいに。洋服屋に入っても店員に
「あんなブスがうちの服を着るの?」
なんて嗤わせない為に。何の気後れもなく美容院に入る為に。
「ただ、それだけだったのに・・・」
女の嗚咽が夕闇に虚しく響く。
彼女は「口裂け女は整形手術に失敗して生まれた」説から生まれていたのだろう。
「貴女は、何故に自分が嫌いなのですか?」
知らないわそんなの。手術に失敗したせいで益々笑い者なのに。どこにも私の居場所なんてないの。
「存在意義」に従って子供たちに声をかければ、醜いばかりか害あるものとしてますます忌み嫌われ排除される。
「・・・人は言うわ。親から貰った身体にメスなんか入れるからって。偽りの美しさを手に入れようとした罰なんだって」
でも、生まれつき理想の容姿で生まれてくる人がどれだけいるの?
私だって好きで美しくなく生まれた訳じゃなかった。親に貰った身体と言われる度に両親に対する恨みが募ったわ。
一方的に要らない容姿を押しつけておいて、そのくせ人は結局容姿で判断する。
「ありのままの自分が一番美しいなんて嘘よ!」
「その通りです。ありのままの自分なんて、けして美しいものではない」
思わぬ肯定の言葉に、口裂け女はもう一度呆気にとられて男を見た。
「ありのままの自分が美しくも強くも賢くもないからこそ、人は努力する。美も知も力も磨く必要があるのです」
貴女が間違えたのは、手術の下手な医師を選んでしまった事だけだ。
「とはいえ、過ぎたことは仕方有りますまい。今更貴女が口裂け女を止められる訳でもないのですから」
「私、これからどうしたらいいんでしょう」
呆然と呟く口裂け女に
「僕と・・・契約しませんか?」
契約すれば、それだけで貴女の存在は強化される。もう人に自分が美しいか否かを聞かずに済むようになるのですよ。
「じゃあ、私・・・これからは何て言えばいいのかしら」
「別に人に聞いて回る必要はないでしょう」
美しいなら美しいなり、醜いなら醜いなりのアイデンティティを持てばよい。
名乗りなど貴女が「口裂け女」であると判りさえすれば何でも良いのですよ。
「私、キレイ?」こそが口裂け女のアイデンティティではなかったかしらと
女は煙に巻かれたような心持ちだったが、それでもこの男に着いていきたいという気持ちが芽生え始めていた。
「わかりました。契約成立です・・・お名前は?」
「竹下棘(たけした いばら)と言います。ただのしがない作家ですが・・・僕で宜しいですか?」
喜んで。と口裂け女は答え、何故私と契約を?と問うた。
「貴女の考えが気に入ったからです」
「何と呼べば宜しいの?」
「そうですね・・・主様やご主人様も素敵ですが、普通に棘ちゃんで結構です」
サイン会などでも、よくそう呼ばれますので。
そうして男と口裂け女は、互いに手を取り夜の闇へ消えていった。
僕は自我や美と云うものについて、他人任せにする人が一番嫌いです。
他ならぬ貴女自身は、自分をどうお思いなのですか」
「私、キレイ?」
その問いこそが「彼女たち」の存在意義であると言うに、容姿どころか内面まで否定された上
問いに問いで返された口裂け女は暫し言葉を失い、振りかざされた鎌は行き場を失う。
「・・・・・・!!」
ややあって彼女の眉が下がり、目には大粒の涙が光り、表情がくしゃくしゃに歪む。
「・・・大っ嫌いよ!こんな醜い自分!」
声が震えるのを堪えきれない。
「私だって・・・好きでこんな風になったんじゃない!」
ただ綺麗になりたかっただけ。皆が羨むくらいに。洋服屋に入っても店員に
「あんなブスがうちの服を着るの?」
なんて嗤わせない為に。何の気後れもなく美容院に入る為に。
「ただ、それだけだったのに・・・」
女の嗚咽が夕闇に虚しく響く。
彼女は「口裂け女は整形手術に失敗して生まれた」説から生まれていたのだろう。
「貴女は、何故に自分が嫌いなのですか?」
知らないわそんなの。手術に失敗したせいで益々笑い者なのに。どこにも私の居場所なんてないの。
「存在意義」に従って子供たちに声をかければ、醜いばかりか害あるものとしてますます忌み嫌われ排除される。
「・・・人は言うわ。親から貰った身体にメスなんか入れるからって。偽りの美しさを手に入れようとした罰なんだって」
でも、生まれつき理想の容姿で生まれてくる人がどれだけいるの?
私だって好きで美しくなく生まれた訳じゃなかった。親に貰った身体と言われる度に両親に対する恨みが募ったわ。
一方的に要らない容姿を押しつけておいて、そのくせ人は結局容姿で判断する。
「ありのままの自分が一番美しいなんて嘘よ!」
「その通りです。ありのままの自分なんて、けして美しいものではない」
思わぬ肯定の言葉に、口裂け女はもう一度呆気にとられて男を見た。
「ありのままの自分が美しくも強くも賢くもないからこそ、人は努力する。美も知も力も磨く必要があるのです」
貴女が間違えたのは、手術の下手な医師を選んでしまった事だけだ。
「とはいえ、過ぎたことは仕方有りますまい。今更貴女が口裂け女を止められる訳でもないのですから」
「私、これからどうしたらいいんでしょう」
呆然と呟く口裂け女に
「僕と・・・契約しませんか?」
契約すれば、それだけで貴女の存在は強化される。もう人に自分が美しいか否かを聞かずに済むようになるのですよ。
「じゃあ、私・・・これからは何て言えばいいのかしら」
「別に人に聞いて回る必要はないでしょう」
美しいなら美しいなり、醜いなら醜いなりのアイデンティティを持てばよい。
名乗りなど貴女が「口裂け女」であると判りさえすれば何でも良いのですよ。
「私、キレイ?」こそが口裂け女のアイデンティティではなかったかしらと
女は煙に巻かれたような心持ちだったが、それでもこの男に着いていきたいという気持ちが芽生え始めていた。
「わかりました。契約成立です・・・お名前は?」
「竹下棘(たけした いばら)と言います。ただのしがない作家ですが・・・僕で宜しいですか?」
喜んで。と口裂け女は答え、何故私と契約を?と問うた。
「貴女の考えが気に入ったからです」
「何と呼べば宜しいの?」
「そうですね・・・主様やご主人様も素敵ですが、普通に棘ちゃんで結構です」
サイン会などでも、よくそう呼ばれますので。
そうして男と口裂け女は、互いに手を取り夜の闇へ消えていった。
「あれ、今日は古書店へお取り置きの品を引き取りに行くつもりだったのにな・・・
もう仕舞ってしまったでしょうか」
もう仕舞ってしまったでしょうか」