●
二度三度と千勢の≪壇ノ浦に没した宝剣≫が宙空を斬る。
それによって発生し、連続で押し寄せる草薙の名を冠する風と斬撃波、そしてそれに巻き込まれて押し寄せる瓦礫の波濤に押され、エレナは防戦を強いられていた。
≪聖痕≫で引き上げられた身体能力を最大限に用い、≪デリーの鉄柱≫で飛来する直撃コースの攻撃を辛うじて防ぐ。
……っ、捌くのがやっと……!
飛来物に対する防衛行動に気を取られていたエレナは、攻撃に紛れて接近して来ていた千勢に気付かなかった。
「――!」
視界に千勢の姿を捉えた時には、千勢は草薙の斬撃が引き起こす一連の破壊の波に乗っているかのように勢いの乗った突進でエレナの数歩先にまで迫っていた。
エレナの対応は間に合わない。
千勢の足がエレナの胴へと着弾する。
「――ッ!?」
妙に生々しい激突音と共に砲弾のような蹴りに弾き飛ばされたエレナは、施設の壁の残骸へと背中を打ちつけ、残骸を破壊しがてら地面に倒れ伏した。
≪聖痕≫の加護によって致命となる負傷は無い。それを無意識のうちに感じとりながら、エレナは衝撃に肺から強制的に吐かされた空気を必死に吸い込む。
その行動と平行して地面に倒れ伏せた際に取り落とした≪デリーの鉄柱≫を拾い上げた。
そして≪デリーの鉄柱≫を構えるまでの間に、千勢が再接近していた。
振るわれる一撃は≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃。
エレナは横薙ぎに迫って来る宝剣の刃を視界に映して、半ば覚悟を決めながら痛む身体を押して≪聖痕≫の力任せに身体を持ち上げる。
≪デリーの鉄柱≫をなんとか宝剣の刃を受ける構えにし、二つの武器がぶつかり合う瞬間――地面から突き出してきた柱が二人の激突を妨害した。
「何……!?」
「――え?」
地下から出現した幾本もの、一本ずつの直径は数メートルはあろうかという半透明の円柱は、壁のように隙間なく出現して互いに驚愕している千勢とエレナの間を完全に別った。
これは……!
千勢の攻撃が偶然にも妨害され、首の皮一枚で生命が繋がった事に冷や汗をかきながら、エレナは周囲に生じた異変を分析する。
状況は、モニカの内部に封印処理されていた都市伝説の能力エフェクトの初期段階を示していた。
「――モニカの封印が解けたのね」
「封印だと?」
千勢の言葉を気にしている余裕は無い。頭上ではいくつも突き出た円柱の上に、円柱と同じような質感を持つ半透明の天蓋が出現している。
それらを見て、エレナは違和感を覚えていたのだ。
……様子がおかしい。
地上から天へと聳えている円柱にはところどころ罅が入っている。そして、それは徐々にではあるが円柱全体に広がっていた。いずれこのままではこの罅が全体に達してしまうだろう事は容易に想像がつく。
そしてそれは、エレナが知るモニカの都市伝説の情報とは食い違いがあった。
……モニカ嬢に何か問題が起きたの?
もし何かしらの問題が起きたのならばその原因はおそらく、
ウィリアム……!
「――っく!」
そう思うと同時、エレナは事態の把握に努めているらしい千勢に背を向け、軋みを上げる身体を引きずりながら崩れた地面から地下へと飛び下りた。
それによって発生し、連続で押し寄せる草薙の名を冠する風と斬撃波、そしてそれに巻き込まれて押し寄せる瓦礫の波濤に押され、エレナは防戦を強いられていた。
≪聖痕≫で引き上げられた身体能力を最大限に用い、≪デリーの鉄柱≫で飛来する直撃コースの攻撃を辛うじて防ぐ。
……っ、捌くのがやっと……!
飛来物に対する防衛行動に気を取られていたエレナは、攻撃に紛れて接近して来ていた千勢に気付かなかった。
「――!」
視界に千勢の姿を捉えた時には、千勢は草薙の斬撃が引き起こす一連の破壊の波に乗っているかのように勢いの乗った突進でエレナの数歩先にまで迫っていた。
エレナの対応は間に合わない。
千勢の足がエレナの胴へと着弾する。
「――ッ!?」
妙に生々しい激突音と共に砲弾のような蹴りに弾き飛ばされたエレナは、施設の壁の残骸へと背中を打ちつけ、残骸を破壊しがてら地面に倒れ伏した。
≪聖痕≫の加護によって致命となる負傷は無い。それを無意識のうちに感じとりながら、エレナは衝撃に肺から強制的に吐かされた空気を必死に吸い込む。
その行動と平行して地面に倒れ伏せた際に取り落とした≪デリーの鉄柱≫を拾い上げた。
そして≪デリーの鉄柱≫を構えるまでの間に、千勢が再接近していた。
振るわれる一撃は≪壇ノ浦に没した宝剣≫の刃。
エレナは横薙ぎに迫って来る宝剣の刃を視界に映して、半ば覚悟を決めながら痛む身体を押して≪聖痕≫の力任せに身体を持ち上げる。
≪デリーの鉄柱≫をなんとか宝剣の刃を受ける構えにし、二つの武器がぶつかり合う瞬間――地面から突き出してきた柱が二人の激突を妨害した。
「何……!?」
「――え?」
地下から出現した幾本もの、一本ずつの直径は数メートルはあろうかという半透明の円柱は、壁のように隙間なく出現して互いに驚愕している千勢とエレナの間を完全に別った。
これは……!
千勢の攻撃が偶然にも妨害され、首の皮一枚で生命が繋がった事に冷や汗をかきながら、エレナは周囲に生じた異変を分析する。
状況は、モニカの内部に封印処理されていた都市伝説の能力エフェクトの初期段階を示していた。
「――モニカの封印が解けたのね」
「封印だと?」
千勢の言葉を気にしている余裕は無い。頭上ではいくつも突き出た円柱の上に、円柱と同じような質感を持つ半透明の天蓋が出現している。
それらを見て、エレナは違和感を覚えていたのだ。
……様子がおかしい。
地上から天へと聳えている円柱にはところどころ罅が入っている。そして、それは徐々にではあるが円柱全体に広がっていた。いずれこのままではこの罅が全体に達してしまうだろう事は容易に想像がつく。
そしてそれは、エレナが知るモニカの都市伝説の情報とは食い違いがあった。
……モニカ嬢に何か問題が起きたの?
もし何かしらの問題が起きたのならばその原因はおそらく、
ウィリアム……!
「――っく!」
そう思うと同時、エレナは事態の把握に努めているらしい千勢に背を向け、軋みを上げる身体を引きずりながら崩れた地面から地下へと飛び下りた。
●
Tさんはユーグとの戦いを続けながら、自身の不利を悟っていた。
理由は単純明快、彼我の戦力数の差だ。
……数が多い、質も揃っていては風向きは変わらんか。
現在Tさんが相手にしているのは全員が≪テンプル騎士団≫として武勇を誇る者達だ。様々な逸話と史実の下に存在する彼等はそう易々と打ち破れるものでもなく、
「――ッ!」
≪ケサランパサラン≫の加護を抜いて斬撃が来た。
加護を貫いて左腕に裂傷を与えてきた刃の担い手は騎士達の長、ユーグだ。
麾下の騎士達と共に騎兵の突撃を行ってはTさんに手傷を負わせ、Tさんが騎士達を一人一人討ち取ろうとするのを巧みにフォローしては邪魔をしてくる。
……流石は≪テンプル騎士団≫総長。
戦ったのはこれで三度目、それでもまだ底が窺い知れない相手にTさんは腑に重いものを感じる。
数の差だけでなく、加えてTさんとユーグ達が戦闘を行っている場所も悪かった。
いくら広いとはいってもここは地下施設の通路、立ち回るにしても制限がかかり、騎士団は槍襖を展開してはTさんを追いたてるのだ。
しかしその一方でこの地形はこちらに有利に働きもする……。
ユーグが所有する騎兵は一隊総勢200騎、しかしそれだけの兵員を展開するには通路はやはり狭すぎる。
故に、
「破ぁ!」
光弾がTさんの手から発射され、それは≪ケサランパサラン≫へと祈祷された幸せを受けて騎士一人の前進を妨げる光の壁となった。
防壁の出現に騎士の動きが一瞬止まる。
その一瞬の間に、Tさんは壁の隙間から騎士の死角へと潜り込んだ。
「ッ!」
ユーグがバフォメットの加護を纏った短剣を投擲してくるが、展開した光の壁が相殺されるのみだ。追撃が来る前にTさんの掌が騎士の首を捕らえ、
「砕けろ!」
ゼロ距離で光が炸裂した。
頭部を失った騎士が黒い影となってユーグの影へと吸い込まれていく。
Tさんは息を整えながら、倒した騎士の数を数え上げる。
……これで30人目、師匠から伝え聞いた≪テンプル騎士団≫の情報や倒した騎士が例外なくあの影に吸い込まれていく事から考えて、倒した騎士達が復活出来ないという事はないだろう。ユーグが総長として存在している以上は再生してくる筈だ……。
徒に時間をかければ騎兵はまた復活する。そう考えて軽い焦りを得はするが、あれだけ完全に屠った騎士達の復活が数分で完成するものとも思えない。
それが可能ならば≪神智学協会≫の内紛時に彼等が一か所に集中して展開している意味が無いからだ。一度砕かれても即座に再生するのならば、一つの戦場に十騎も≪テンプル騎士団≫を配置して特攻を繰り返させれば事足りる。
……しかし、それを楽観する材料にするには少々心もとないか……。
そう言葉を内心に作って先程斬られた左腕の傷を見る。≪ケサランパサラン≫へと傷の治癒を幸福として祈祷し続けているその傷はしかし、
……治りが遅い……。
≪ケサランパサラン≫に祈祷する肉体の再生がなかなか効果を示さないのだ。
原因は彼等が纏っているバフォメット――悪魔の加護か……。
彼等の持つ悪魔の因子が治療術を、ひいては≪ケサランパサラン≫がもたらす幸運を喰っているのだろう。あまり戦いが長引くのは好ましくない。そう理解してはいるのだが、Tさんとユーグの戦況は持久戦の様相を呈していた。
……このままの状態が続けば、いずれ俺の体力の方が底を尽く。どこかで展開を変えなければまずい……。
そう思って息を整えた矢先、突然の震動が地階を襲った。
「!?」
「これは……?」
続いて、通路の中央を貫いて半透明な円柱が出現した。
それはいくらかの距離を置いて通路を塞ぐように突き出て、Tさんと騎士達の間も壁のように貫き分断する。
「何だ……これは?」
「これは……!」
Tさんが突然出現した柱に唖然とし、同時に感じられる強い都市伝説の気配に警戒を強めていると、同じように柱を見て瞠目していたユーグが半透明の壁の向こうで突然身を翻した。
そのまま騎士達を自身のバフォメットの影の中に溶け込ませるようにして収め、代わりに黒い馬を喚びだして通路を向こう側へと駆けていく。
鮮やかな引きに戸惑いながら、Tさんも思考する。
……ユーグにとっても不測の事態……ウィリアムが何らかの手を打ったのか?
円柱を下から見上げると、半透明の柱越しにわずかに地上らしき光景が見える。おそらくこの柱は地上部まで突き抜けているのだろう。地上部には眼前に聳え立つ柱と似たような柱を幾つも確認する事ができた。
……この柱、この施設の至るところから出現しているのか。
地階を襲った突然の震動もこの柱の出現が原因なのだろう。そう思いながらTさんは柱に手を触れる。そしてその正体を確認しようとするが、柱から読み取れる情報は断片的に過ぎ、正体を見極める事が出来なかった。
早々に正体看破に見切りをつけ、Tさんはこれからの行動を思案する。
……もしそうだとしたら、舞達にも何か問題が起きている可能性がある……。
決断は迅速。
Tさんもまた身を翻し、ユーグが駆けて行ったのとは逆の方向へと通路を走りだした。
理由は単純明快、彼我の戦力数の差だ。
……数が多い、質も揃っていては風向きは変わらんか。
現在Tさんが相手にしているのは全員が≪テンプル騎士団≫として武勇を誇る者達だ。様々な逸話と史実の下に存在する彼等はそう易々と打ち破れるものでもなく、
「――ッ!」
≪ケサランパサラン≫の加護を抜いて斬撃が来た。
加護を貫いて左腕に裂傷を与えてきた刃の担い手は騎士達の長、ユーグだ。
麾下の騎士達と共に騎兵の突撃を行ってはTさんに手傷を負わせ、Tさんが騎士達を一人一人討ち取ろうとするのを巧みにフォローしては邪魔をしてくる。
……流石は≪テンプル騎士団≫総長。
戦ったのはこれで三度目、それでもまだ底が窺い知れない相手にTさんは腑に重いものを感じる。
数の差だけでなく、加えてTさんとユーグ達が戦闘を行っている場所も悪かった。
いくら広いとはいってもここは地下施設の通路、立ち回るにしても制限がかかり、騎士団は槍襖を展開してはTさんを追いたてるのだ。
しかしその一方でこの地形はこちらに有利に働きもする……。
ユーグが所有する騎兵は一隊総勢200騎、しかしそれだけの兵員を展開するには通路はやはり狭すぎる。
故に、
「破ぁ!」
光弾がTさんの手から発射され、それは≪ケサランパサラン≫へと祈祷された幸せを受けて騎士一人の前進を妨げる光の壁となった。
防壁の出現に騎士の動きが一瞬止まる。
その一瞬の間に、Tさんは壁の隙間から騎士の死角へと潜り込んだ。
「ッ!」
ユーグがバフォメットの加護を纏った短剣を投擲してくるが、展開した光の壁が相殺されるのみだ。追撃が来る前にTさんの掌が騎士の首を捕らえ、
「砕けろ!」
ゼロ距離で光が炸裂した。
頭部を失った騎士が黒い影となってユーグの影へと吸い込まれていく。
Tさんは息を整えながら、倒した騎士の数を数え上げる。
……これで30人目、師匠から伝え聞いた≪テンプル騎士団≫の情報や倒した騎士が例外なくあの影に吸い込まれていく事から考えて、倒した騎士達が復活出来ないという事はないだろう。ユーグが総長として存在している以上は再生してくる筈だ……。
徒に時間をかければ騎兵はまた復活する。そう考えて軽い焦りを得はするが、あれだけ完全に屠った騎士達の復活が数分で完成するものとも思えない。
それが可能ならば≪神智学協会≫の内紛時に彼等が一か所に集中して展開している意味が無いからだ。一度砕かれても即座に再生するのならば、一つの戦場に十騎も≪テンプル騎士団≫を配置して特攻を繰り返させれば事足りる。
……しかし、それを楽観する材料にするには少々心もとないか……。
そう言葉を内心に作って先程斬られた左腕の傷を見る。≪ケサランパサラン≫へと傷の治癒を幸福として祈祷し続けているその傷はしかし、
……治りが遅い……。
≪ケサランパサラン≫に祈祷する肉体の再生がなかなか効果を示さないのだ。
原因は彼等が纏っているバフォメット――悪魔の加護か……。
彼等の持つ悪魔の因子が治療術を、ひいては≪ケサランパサラン≫がもたらす幸運を喰っているのだろう。あまり戦いが長引くのは好ましくない。そう理解してはいるのだが、Tさんとユーグの戦況は持久戦の様相を呈していた。
……このままの状態が続けば、いずれ俺の体力の方が底を尽く。どこかで展開を変えなければまずい……。
そう思って息を整えた矢先、突然の震動が地階を襲った。
「!?」
「これは……?」
続いて、通路の中央を貫いて半透明な円柱が出現した。
それはいくらかの距離を置いて通路を塞ぐように突き出て、Tさんと騎士達の間も壁のように貫き分断する。
「何だ……これは?」
「これは……!」
Tさんが突然出現した柱に唖然とし、同時に感じられる強い都市伝説の気配に警戒を強めていると、同じように柱を見て瞠目していたユーグが半透明の壁の向こうで突然身を翻した。
そのまま騎士達を自身のバフォメットの影の中に溶け込ませるようにして収め、代わりに黒い馬を喚びだして通路を向こう側へと駆けていく。
鮮やかな引きに戸惑いながら、Tさんも思考する。
……ユーグにとっても不測の事態……ウィリアムが何らかの手を打ったのか?
円柱を下から見上げると、半透明の柱越しにわずかに地上らしき光景が見える。おそらくこの柱は地上部まで突き抜けているのだろう。地上部には眼前に聳え立つ柱と似たような柱を幾つも確認する事ができた。
……この柱、この施設の至るところから出現しているのか。
地階を襲った突然の震動もこの柱の出現が原因なのだろう。そう思いながらTさんは柱に手を触れる。そしてその正体を確認しようとするが、柱から読み取れる情報は断片的に過ぎ、正体を見極める事が出来なかった。
早々に正体看破に見切りをつけ、Tさんはこれからの行動を思案する。
……もしそうだとしたら、舞達にも何か問題が起きている可能性がある……。
決断は迅速。
Tさんもまた身を翻し、ユーグが駆けて行ったのとは逆の方向へと通路を走りだした。
●
弘蔵はウィリアムが派兵してきた都市伝説群を相手にしながら、彼等の密度が濃くなる場所を探り当てていた。
「この扉の向こうか……〝北谷菜切〟」
壁の一面全てを扉に置き換えたような巨大な扉を前にそう呟く。光を放ち続けて刀身を補修している〝蛍丸〟を休め、懐から取り出した〝北谷菜切〟を、閉ざされている巨大な扉に向けて数度振った。
ひどく傷んだ包丁のようなその刃から不可視の斬撃が放たれ、扉が裁断される。
この場に至るまでに都市伝説群相手に酷使され続けてきた〝北谷菜切〟は、扉が斬り開かれると同時、まるで勤めを果たし終えたかのように崩壊した。
血濡れの柄だけを残して崩壊した〝北谷菜切〟をその場に横たえ、弘蔵は室内へと足を踏み入れた。
広い空間の中にまず音が聞こえた。高い、ひび割れのような音だ。
その正体は部屋の中、寝台に拘束されているモニカのものだった。
上体を起こしたモニカは顔を天井へと向けて口を開き、音としか表現のしようが無い悲鳴を上げていた。
……これは……。
人の身体の構造上有り得ない、途切れる事の無い悲鳴を上げ続けるモニカの脇で裁断された扉を面白そうに眺めているウィリアムの姿を認め、次いで部屋の中に幾本か存在する半透明の円柱へと目を向ける。今頃この円柱の頂点では巨大な天蓋が出来ているだろうと思いながら、弘蔵はウィリアムへと聞くともなしに言う。
「封印を解いて、解放したのか」
「その通りだよアキヅキ。この通り、モニカ嬢はしっかりと能力が発現していて、現状こうして暴走していながらも都市伝説に飲まれてはいない。いや、この娘は飲まれる事が無い。そのようにワタシが調整したのだからね」
そう言うと気分よさげにウィリアムは両手を広げた。
「実験は成功だ! 喜んでくれるかねアキヅキ?」
「おめでとう。とでも言っておこうか」
淡々と言って、弘蔵は大太刀の切っ先をウィリアムへと向けた。
「モニカ嬢を返してもらおう」
「もう少し劇的な反応をしてくれも良いのだがね。何せアキヅキ、君もまたワタシの研究成果の一つの極み、傑作の一つなのだから」
ウィリアムはモニカを紹介するように掌で示す。
「モニカ嬢の調整には君の実験データも活かされているのだよ? ワタシは今、君に感謝しても良いくらいの気分だ」
「その言葉は儂と似た実験で使い潰されていった者達にでもかけておくといい」
「一考しよう。しかし、あの実験で死んだ者達は今もこうして使っていてね? 労をねぎらうにはまだ少し活躍してもらわなければならないんだ」
そう言ってウィリアムは周囲の培養器を見る。培養器の内、半分程は開かれて中に入っていたであろうものが無くなっているが、残りの半分程にはまだ中に先程この部屋に辿りつくまでに戦っていた都市伝説と同種の存在が入っていた。
「いやいや、どうしてなかなか……彼等の体を使って作成した自信作たちだったのだけどね、君の足を止めるには力不足だったようだ」
弘蔵は培養器を見る。
その中には眠るようにして目を閉じている異形の怪物達がいて、確かに生命活動を行っている事を示すかのように時折気泡が培養液の中に漏れ出ていた。
「実験で死んだ者達の屍肉を使ったか……相も変わらず狂気の沙汰だな」
目をそこから逸らし、弘蔵は歩みをウィリアムとモニカの方へと進める。
「……モニカ嬢の様子がおかしいようだが?」
「ああ、少し精神の均衡を崩してみたのだ」
こともなげに答えたウィリアムへと弘蔵は鋭い視線を向ける。ウィリアムの近くにガラスを連ねたような妙な機材があるのを発見して、彼は堅い声を発した。
「貴様、もしや――」
「君達相手に使用したような薬物も、精神破壊用の都市伝説も使ってはいないよ。これを使用して、何かの手違いで殺してしまってはワタシとしても面白くは無いからね」
弘蔵が警戒した、コンソールの傍に置かれている複数のガラスを連ねたような装置に触れながらウィリアムは言葉を繋ぐ。
「ワタシに捕まって≪心霊手術≫を受けていた時にすら、悲鳴の一つも発しまいと我慢していた彼女も、少し興味をそそる話をしてやって背を押してやれば、あとは坂道を転がるように崩れていったよ。容易いものだね?」
「……そうして故意に暴走を起こしたのか」
弘蔵が低く言った時、切り刻まれた扉から新たな影が現れた。黒い靄のような加護を纏った剣を携えたユーグだ。
彼の姿を認めたウィリアムは、歓迎するように手を軽く上げた。
「君が進んだ道の方がこの部屋への近道ではあったのだけど、それにしたってお早いお着きだね、ユーグ総長」
「弘蔵が持つ剣が放つ光で道標を残しておいてくれた。それを辿って来ただけだ」
ウィリアムは弘蔵の大太刀へと目をやってああ、と得心したように頷いた。
「そのカタナ、アキヅキの都市伝説の能力を付与した物だね? 君が極めた能力はどうやら役に立っているようで能力の覚醒の手伝いをした者としては嬉しい限りだよ」
「そうだな、これで貴様を討てる」
「ふむ、そう言えばワタシは≪神智学協会≫……いや、オルコットに対する裏切り者だったね。モニカ嬢の封印も解けてしまった今となってはワタシを生かしておく必要も無いわけだ」
ウィリアムはなるほどなるほど、としきりに頷いてコンソールのボタンを押した。
すると部屋の周囲に配されていた培養器が起動し、部屋に残っていた都市伝説群が這い出てきた。
それぞれ独特な、人に嫌悪感をもたらすような鳴き声を上げながら起き上った怪物達を横目にしながら、ウィリアムは寝台に拘束されたままの能力を暴走させて喉から悲鳴を上げているモニカの背後に立つ。
人質にするかのような構図だ。
その立ち位置の意味と意図を正確に把握したユーグと弘蔵に殊更嫌な笑みを見せて、ウィリアムは言う。
「なら裏切り者らしく、ワタシはワタシで楽しませてもらうとするよ」
培養器から出てきた都市伝説群に周囲を守るように指示を出し、ウィリアムは二人に見せびらかすかのように、天井へと向かって反らされたモニカの白いのどへと指を滑らす。
「今、モニカ嬢はトリシアとレニーの≪悪魔の密輸≫の封印を解かれて解放した都市伝説を暴走させているところだ。加えて彼女はテンプル騎士団の血と、ワタシの調整とで都市伝説に対して飲まれる事が無いという特殊な状況になっている」
ウィリアムは二人に説明するような口調で言いながら、周囲に突き立つ柱群を両の手で示す。
「オルコットが目的の為に探し当てた都市伝説二つ。それの意味を知っているね? 片方は破壊を、片方は恵と維持を司る。これらは二つ揃って初めて世界の在り方の書き換えとその維持を果たすわけだけど、現在モニカ嬢の中にあるのは前者の方、モニカ嬢は飲まれることは無いためにこの暴走はどこまでも続く。この都市伝説を限界まで暴走させたならばどうなるのか? モニカ嬢という器の完成を見てしまったワタシはその果てを見てみたくなったのだよ」
「モニカお嬢様を弄ぶか……」
「ユーグ総長、君達のやっている事も似たような事だと思うがね。世界の理を改めて書き換えるということを成す為に、モニカ嬢を都市伝説の器にしてしまうのと、ワタシが好奇心からモニカ嬢の肉体ごとこの世界を壊してみようと思うのと……どうだい? この暴走で都市伝説通り、世界が天の崩壊に巻き込まれてしまうと思うかね?」
ユーグは返答の代わりに騎兵を喚び出した。弘蔵も大太刀を構える。ウィリアムは肩をすくめて都市伝説の怪物達に警戒するよう指示を出した。
異形の都市伝説群がウィリアムの指示に応えて蠢く。彼は周囲の柱へと目を移して、悲鳴を上げ続けるモニカを撫でる。
「モニカ嬢はいろいろと憂う事があったようだよ? 精神の膿となる程にね。
まあ、そのおかげで今の状態へと彼女を持って来やすくなっていたのだから、ワタシにとっては幸運な事に、というところなのだけどね。
特にユーグ総長、君の事はモニカ嬢にとって大きな憂いだったようだ。感謝するよ? 憂いに起因するこの都市伝説の暴走を引き起こすには、またとない起爆剤だったのだから」
そう、とウィリアムは愉快げに言う。
「この都市伝説、――≪杞憂≫にはね」
「この扉の向こうか……〝北谷菜切〟」
壁の一面全てを扉に置き換えたような巨大な扉を前にそう呟く。光を放ち続けて刀身を補修している〝蛍丸〟を休め、懐から取り出した〝北谷菜切〟を、閉ざされている巨大な扉に向けて数度振った。
ひどく傷んだ包丁のようなその刃から不可視の斬撃が放たれ、扉が裁断される。
この場に至るまでに都市伝説群相手に酷使され続けてきた〝北谷菜切〟は、扉が斬り開かれると同時、まるで勤めを果たし終えたかのように崩壊した。
血濡れの柄だけを残して崩壊した〝北谷菜切〟をその場に横たえ、弘蔵は室内へと足を踏み入れた。
広い空間の中にまず音が聞こえた。高い、ひび割れのような音だ。
その正体は部屋の中、寝台に拘束されているモニカのものだった。
上体を起こしたモニカは顔を天井へと向けて口を開き、音としか表現のしようが無い悲鳴を上げていた。
……これは……。
人の身体の構造上有り得ない、途切れる事の無い悲鳴を上げ続けるモニカの脇で裁断された扉を面白そうに眺めているウィリアムの姿を認め、次いで部屋の中に幾本か存在する半透明の円柱へと目を向ける。今頃この円柱の頂点では巨大な天蓋が出来ているだろうと思いながら、弘蔵はウィリアムへと聞くともなしに言う。
「封印を解いて、解放したのか」
「その通りだよアキヅキ。この通り、モニカ嬢はしっかりと能力が発現していて、現状こうして暴走していながらも都市伝説に飲まれてはいない。いや、この娘は飲まれる事が無い。そのようにワタシが調整したのだからね」
そう言うと気分よさげにウィリアムは両手を広げた。
「実験は成功だ! 喜んでくれるかねアキヅキ?」
「おめでとう。とでも言っておこうか」
淡々と言って、弘蔵は大太刀の切っ先をウィリアムへと向けた。
「モニカ嬢を返してもらおう」
「もう少し劇的な反応をしてくれも良いのだがね。何せアキヅキ、君もまたワタシの研究成果の一つの極み、傑作の一つなのだから」
ウィリアムはモニカを紹介するように掌で示す。
「モニカ嬢の調整には君の実験データも活かされているのだよ? ワタシは今、君に感謝しても良いくらいの気分だ」
「その言葉は儂と似た実験で使い潰されていった者達にでもかけておくといい」
「一考しよう。しかし、あの実験で死んだ者達は今もこうして使っていてね? 労をねぎらうにはまだ少し活躍してもらわなければならないんだ」
そう言ってウィリアムは周囲の培養器を見る。培養器の内、半分程は開かれて中に入っていたであろうものが無くなっているが、残りの半分程にはまだ中に先程この部屋に辿りつくまでに戦っていた都市伝説と同種の存在が入っていた。
「いやいや、どうしてなかなか……彼等の体を使って作成した自信作たちだったのだけどね、君の足を止めるには力不足だったようだ」
弘蔵は培養器を見る。
その中には眠るようにして目を閉じている異形の怪物達がいて、確かに生命活動を行っている事を示すかのように時折気泡が培養液の中に漏れ出ていた。
「実験で死んだ者達の屍肉を使ったか……相も変わらず狂気の沙汰だな」
目をそこから逸らし、弘蔵は歩みをウィリアムとモニカの方へと進める。
「……モニカ嬢の様子がおかしいようだが?」
「ああ、少し精神の均衡を崩してみたのだ」
こともなげに答えたウィリアムへと弘蔵は鋭い視線を向ける。ウィリアムの近くにガラスを連ねたような妙な機材があるのを発見して、彼は堅い声を発した。
「貴様、もしや――」
「君達相手に使用したような薬物も、精神破壊用の都市伝説も使ってはいないよ。これを使用して、何かの手違いで殺してしまってはワタシとしても面白くは無いからね」
弘蔵が警戒した、コンソールの傍に置かれている複数のガラスを連ねたような装置に触れながらウィリアムは言葉を繋ぐ。
「ワタシに捕まって≪心霊手術≫を受けていた時にすら、悲鳴の一つも発しまいと我慢していた彼女も、少し興味をそそる話をしてやって背を押してやれば、あとは坂道を転がるように崩れていったよ。容易いものだね?」
「……そうして故意に暴走を起こしたのか」
弘蔵が低く言った時、切り刻まれた扉から新たな影が現れた。黒い靄のような加護を纏った剣を携えたユーグだ。
彼の姿を認めたウィリアムは、歓迎するように手を軽く上げた。
「君が進んだ道の方がこの部屋への近道ではあったのだけど、それにしたってお早いお着きだね、ユーグ総長」
「弘蔵が持つ剣が放つ光で道標を残しておいてくれた。それを辿って来ただけだ」
ウィリアムは弘蔵の大太刀へと目をやってああ、と得心したように頷いた。
「そのカタナ、アキヅキの都市伝説の能力を付与した物だね? 君が極めた能力はどうやら役に立っているようで能力の覚醒の手伝いをした者としては嬉しい限りだよ」
「そうだな、これで貴様を討てる」
「ふむ、そう言えばワタシは≪神智学協会≫……いや、オルコットに対する裏切り者だったね。モニカ嬢の封印も解けてしまった今となってはワタシを生かしておく必要も無いわけだ」
ウィリアムはなるほどなるほど、としきりに頷いてコンソールのボタンを押した。
すると部屋の周囲に配されていた培養器が起動し、部屋に残っていた都市伝説群が這い出てきた。
それぞれ独特な、人に嫌悪感をもたらすような鳴き声を上げながら起き上った怪物達を横目にしながら、ウィリアムは寝台に拘束されたままの能力を暴走させて喉から悲鳴を上げているモニカの背後に立つ。
人質にするかのような構図だ。
その立ち位置の意味と意図を正確に把握したユーグと弘蔵に殊更嫌な笑みを見せて、ウィリアムは言う。
「なら裏切り者らしく、ワタシはワタシで楽しませてもらうとするよ」
培養器から出てきた都市伝説群に周囲を守るように指示を出し、ウィリアムは二人に見せびらかすかのように、天井へと向かって反らされたモニカの白いのどへと指を滑らす。
「今、モニカ嬢はトリシアとレニーの≪悪魔の密輸≫の封印を解かれて解放した都市伝説を暴走させているところだ。加えて彼女はテンプル騎士団の血と、ワタシの調整とで都市伝説に対して飲まれる事が無いという特殊な状況になっている」
ウィリアムは二人に説明するような口調で言いながら、周囲に突き立つ柱群を両の手で示す。
「オルコットが目的の為に探し当てた都市伝説二つ。それの意味を知っているね? 片方は破壊を、片方は恵と維持を司る。これらは二つ揃って初めて世界の在り方の書き換えとその維持を果たすわけだけど、現在モニカ嬢の中にあるのは前者の方、モニカ嬢は飲まれることは無いためにこの暴走はどこまでも続く。この都市伝説を限界まで暴走させたならばどうなるのか? モニカ嬢という器の完成を見てしまったワタシはその果てを見てみたくなったのだよ」
「モニカお嬢様を弄ぶか……」
「ユーグ総長、君達のやっている事も似たような事だと思うがね。世界の理を改めて書き換えるということを成す為に、モニカ嬢を都市伝説の器にしてしまうのと、ワタシが好奇心からモニカ嬢の肉体ごとこの世界を壊してみようと思うのと……どうだい? この暴走で都市伝説通り、世界が天の崩壊に巻き込まれてしまうと思うかね?」
ユーグは返答の代わりに騎兵を喚び出した。弘蔵も大太刀を構える。ウィリアムは肩をすくめて都市伝説の怪物達に警戒するよう指示を出した。
異形の都市伝説群がウィリアムの指示に応えて蠢く。彼は周囲の柱へと目を移して、悲鳴を上げ続けるモニカを撫でる。
「モニカ嬢はいろいろと憂う事があったようだよ? 精神の膿となる程にね。
まあ、そのおかげで今の状態へと彼女を持って来やすくなっていたのだから、ワタシにとっては幸運な事に、というところなのだけどね。
特にユーグ総長、君の事はモニカ嬢にとって大きな憂いだったようだ。感謝するよ? 憂いに起因するこの都市伝説の暴走を引き起こすには、またとない起爆剤だったのだから」
そう、とウィリアムは愉快げに言う。
「この都市伝説、――≪杞憂≫にはね」