「夢と魔法の王国・前編」
それは不思議な光景だった。
真っ白な美しい城がそびえる正面の広場に、気が付けば彼女は立っていた。
いつの間にか周囲はすっかり暗くなり、灯された電飾が様々な建物を彩っている。
その明かりに惹かれる様に歩き出せば、目に入るもののすべてがどこか懐かしいと感じさせられる。
黄色の帽子をちょこんとかぶり、一緒に空を飛ばないかと誘いかける小象たち、色鮮やかにパッチングされた建物、ひとたび入れば巨大な絵本の世界へと迷い込める巨大な蜂蜜の壷……。
ちょっと歩いただけでも、景色はめまぐるしく変わり続ける。
聞こえるのは賑やかな音楽と楽しげにさざめく誰かの笑い声、そして彼女の足音のみ。
真っ白な美しい城がそびえる正面の広場に、気が付けば彼女は立っていた。
いつの間にか周囲はすっかり暗くなり、灯された電飾が様々な建物を彩っている。
その明かりに惹かれる様に歩き出せば、目に入るもののすべてがどこか懐かしいと感じさせられる。
黄色の帽子をちょこんとかぶり、一緒に空を飛ばないかと誘いかける小象たち、色鮮やかにパッチングされた建物、ひとたび入れば巨大な絵本の世界へと迷い込める巨大な蜂蜜の壷……。
ちょっと歩いただけでも、景色はめまぐるしく変わり続ける。
聞こえるのは賑やかな音楽と楽しげにさざめく誰かの笑い声、そして彼女の足音のみ。
――そういえば、なぜ私はこんな場所にいるのだろう。
不意にぼんやりとそんな思いが浮かぶが、それに深く踏み込もうとすれば、その問いは瞬く間にするりとどこかへ逃げてしまう。
そんな事より、こんな楽しげな場所に今はいるのだから、悩む事など似合わない。
唯一悩んでもいいのは、何をして遊ぼうという事だけ。
そう、何も考えないでいいんだ――。
唯一悩んでもいいのは、何をして遊ぼうという事だけ。
そう、何も考えないでいいんだ――。
彼女の問いに変わって潜り込むのは、そんな甘い言葉。
ほら、周りを見てごらんよ。皆、君が来るのを今かと待っている。
促されるままに辺りを見回せば、確かに笑顔で手招きをする人々の姿が目に入る。
幾人もの着ぐるみ、可愛らしい服装の女性たち、ファンタジックな装いの男性……誰もが彼女を歓迎していた。
幾人もの着ぐるみ、可愛らしい服装の女性たち、ファンタジックな装いの男性……誰もが彼女を歓迎していた。
ね、言ったとおりだろう? だからくだらない事なんて考えるだけ無駄だよ。そんな事忘れて、早く遊びに行こうよ。
鈴を振る様な響きは何とも耳に心地よく、言われるままに頷けばさらに軽やかな響きが耳元をくすぐる。
誰にも何もとがめられずにいられるとは、ああ、なんて素晴らしい場所だろう!
そんな事考えようでもすれば、今頃――――に怒られているはず――。
そんな事考えようでもすれば、今頃――――に怒られているはず――。
不意に、はたと彼女の思考が引き戻される。
私は今、誰を思い浮かべた?
逃げようとする思考の切れ端を必死に掴み、どうにか思い出そうとしてみる。
しかしそれは先程よりもさらにぼんやりとしか形は見えず、それ以上思い出せば引き返せないだろうという気さえしてくる。
「もしや、これも忘れるべきくだらない事の一つなのだろうか」と、己に今一度問いかけてみる。
しかしそれは先程よりもさらにぼんやりとしか形は見えず、それ以上思い出せば引き返せないだろうという気さえしてくる。
「もしや、これも忘れるべきくだらない事の一つなのだろうか」と、己に今一度問いかけてみる。
――いや、それは違う。
返ってきたのはどこからか湧き上がる強い思い。
くだらない事なんかじゃない、私はもっと大事な事を心に決めたはず。
湧き上がる思いは溢れんばかりに強まり、それをきっかけに霞がかっていた思考がだんだんとはっきりとしてくるのが感じられる。
何で立ち止まるんだよ? もう、まだ余計な事を――
「余計な事なんかじゃない!」
ささやきを振り切る様にそう叫べば、びくりと身じろぐ気配が感じられる。
そうだ、これは私の意志なんかじゃない。そんな事など望んでなどいない!
拳を強く握り締めて勢いよく振り返れば、そこには戸惑った表情を浮かべた小さな妖精が浮かんでいた。
「「な、なんでだよ?! 今までおいらの誘いを断ったヤツなんていなかったのに!」」
声を荒げ、妖精は愛らしい顔を怒りに歪ませる。
遠くから聞こえる様な不思議な響きの声、それを使ってこの妖精は心の隙間に入り込んでいたに違いない。
遠くから聞こえる様な不思議な響きの声、それを使ってこの妖精は心の隙間に入り込んでいたに違いない。
「誘う相手を間違えましたね。生憎、私のパートナーはそんなに甘やかしてくれないんですよ」
そう胸を張って妖精と向き合えば、さらに妖精の顔は上気する。
「私は遊んでいる暇なんてないんです。早く向こうに帰らなきゃ――」
「「うるさいうるさいうるさい! お前なんてもう知らない!!」」
癇癪を起こし、喚き散らす妖精の様子に今度は彼女がびくりと方を震わせる。
「「せっかく苦しまない様にしてやろうと思ったのに、おいらの好意を踏みにじりやがって! お前なんて、バラバラになっちゃえばいいんだ!」」
その言葉が発せられた途端、今までにこやかに手を振り続けていた面々の動きが凍りつく。
そして――なんと、今度はゆっくりとこちらへ向かって歩み寄ってきたのだ。異様な雰囲気を纏うモノたちの様子に、彼女はあの黒い集団を思い出していた。
そして――なんと、今度はゆっくりとこちらへ向かって歩み寄ってきたのだ。異様な雰囲気を纏うモノたちの様子に、彼女はあの黒い集団を思い出していた。
「ば、バラバラってまさか……」
「「今更命乞いしてもムダさ! あいつらはこの辺りをうろつく人間を見境無く襲うんだ、素直においらに付いて来ればそんな事もなかったのにな!」」
ケタケタと甲高い声で妖精は笑い続ける。まるで狂ったかと思える妖精の様子に、彼女は思わず一歩後ずさっていた。
「「ほら、逃げなくていいのかい? あいつら足は遅いけど、お前を引き裂くまで追いかけるのを止めないよ。さあ、楽しい楽しい追いかけっこのはじまりs――」」
邪悪な笑みを浮かべた妖精がこちらを指差した次の瞬間。
凄まじい勢いで何かが妖精の背後に迫り、その途端妖精は彼女の視界から消え失せた。
凄まじい勢いで何かが妖精の背後に迫り、その途端妖精は彼女の視界から消え失せた。
一体何が起こったのかと辺りを見回せど、あの耳障りな声も、輝く羽も、一切がこの場から消失していた。
しかし代わりに耳に飛び込んで来たのは、ぱたぱたと何かが近づいてくる足音。
今度は一体何が飛び出してくるのかと、身をこわばらせて待ち構えるしかなかった。
しかし代わりに耳に飛び込んで来たのは、ぱたぱたと何かが近づいてくる足音。
今度は一体何が飛び出してくるのかと、身をこわばらせて待ち構えるしかなかった。
「おねーちゃん!」
暗がりから飛び出してきたのは着ぐるみでも得体の知れないモノでもなく、あの迷子の少年だった。
懸命に駆け寄ってくるその姿にかがみこんでやれば、少年は迷わずその胸に飛び込んでくる。
懸命に駆け寄ってくるその姿にかがみこんでやれば、少年は迷わずその胸に飛び込んでくる。
「うー、よかったおねーちゃん」
ぎゅうと己にしがみつく小さな温もりが、彼女の身体のこわばりを溶かしていく。
「ありがとうございます、私のこと、見つけてくれたんですね」
そっと抱き返してやれば、少年は「うー」と嬉しそうな声をあげる。
「おねーちゃんは大丈夫? いやなことされてない?」
「ええ、あなたが来てくれたおかげでもう大丈夫です」
全くもってその通りだった。
偶然とはいえ、少年が現われた途端あの妖精は姿を消し、何よりこうして再び巡り会うことができたのだ。
なぜ妖精が姿を消したのかは未だ謎だったが、こうしている間もまったく現われる気配は無かった。
偶然とはいえ、少年が現われた途端あの妖精は姿を消し、何よりこうして再び巡り会うことができたのだ。
なぜ妖精が姿を消したのかは未だ謎だったが、こうしている間もまったく現われる気配は無かった。
「……うー! 不吉!」
と、突然の少年の大声に驚いて身を起こせば、先程は遠くにいたモノたちがじりじりと近づきつつあるのが視界に入りこむ。
いずれも歩みは遅いものの、彼女らを狙って来ているのは一目瞭然だった。
いずれも歩みは遅いものの、彼女らを狙って来ているのは一目瞭然だった。
「とにかく出口を探さないと……このままじゃ私達バラバラにされてしまいます」
「うーうー、バラバラいやー!」
あの妖精の言葉を思い出し、ぶるりと身を震わせる。
ここにいれば、いずれはあの妖精の言う通りの結末を辿るであろう事は、今や明らかであった。
この不可思議な国から何としても逃げ出さなければ――そう決意も新たに、彼女は立ち上がる。
ここにいれば、いずれはあの妖精の言う通りの結末を辿るであろう事は、今や明らかであった。
この不可思議な国から何としても逃げ出さなければ――そう決意も新たに、彼女は立ち上がる。
空にはまんまるお月様、見下ろす先は歪んだ≪夢と魔法の王国≫。
本日何度目かの逃避行の幕が、静かに上げられた。
本日何度目かの逃避行の幕が、静かに上げられた。
<To be...?>