1ペニー硬貨と契約
ピィン……
鈍く西日を照り返す赤銅色の古い硬貨。
通称『幸運の1ペニー』。
俺と契約した、物言わぬ都市伝説。
通称『幸運の1ペニー』。
俺と契約した、物言わぬ都市伝説。
初日の出を見ようと登った山すその神社で俺はこいつに出会った。
……出会った、といっても別にこいつ自身はただのコインなんだけど。
……出会った、といっても別にこいつ自身はただのコインなんだけど。
ピィン……
手の中に落ちたこいつをもう一度、指で弾く。
そろそろ散歩にも飽きてきた頃だし、帰るかな。
そう思って夕暮れの繁華街の中、踵を返す。
そろそろ散歩にも飽きてきた頃だし、帰るかな。
そう思って夕暮れの繁華街の中、踵を返す。
ピィン……
別に格好を付けるためにこんなことをしながら徘徊しているわけじゃない。
だからそこの女子高生ども、指差してニヤニヤすんな。人指差しちゃダメって教わらな
かったか?
だからそこの女子高生ども、指差してニヤニヤすんな。人指差しちゃダメって教わらな
かったか?
ピィィィィン……
そうして、最後にしようと決めた小さな相棒の空中舞踊は、さっきまでと違う不吉な残
響音を残して手の中に落ちていく。
響音を残して手の中に落ちていく。
「来た、か……」
黄昏時。逢魔が刻。
誰が言ったか、都市伝説は惹かれ合う。
誰が言ったか、都市伝説は惹かれ合う。
「……あのぉー、すみません」
「はい?」
「はい?」
振り返れば、制帽を目深に被った警官が立っていた。
「この辺りで通り魔事件が発生したとの通報がありまして、一応、そのぉ……目撃証言の
聞き込みをしてるわけなんですけれども」
聞き込みをしてるわけなんですけれども」
警官はそう言ってつばを持ち上げ、自信なさげに微笑む。
普通に若い。まだ十代だろうか?
普通に若い。まだ十代だろうか?
「はぁ。そろそろ家に帰ろうかと思ってたんですけど……何か特徴でも?」
「いえ、それもまだ分かってないので不審な人物がいないかと……」
「なるほど」
「いえ、それもまだ分かってないので不審な人物がいないかと……」
「なるほど」
警官は一人。周囲に人影はなし。
……となると、こいつ自身が都市伝説……さしずめ、『犯人を捜しているという刑事が
実は犯人』ってやつか?
……となると、こいつ自身が都市伝説……さしずめ、『犯人を捜しているという刑事が
実は犯人』ってやつか?
「うーん……俺自身が不審人物かもしれませんね。あっはっは」
「えっ」
「えっ」
なんて、軽い冗談に警官はたじろぎ、俺をまじまじと観察しはじめた。
まぁ確かに碌に髪切ってないし不審人物だけどさ。
まぁ確かに碌に髪切ってないし不審人物だけどさ。
「やだな、冗談ですよ。
……そうですね、別にそういうのは見てないです。これから帰りますんで、それじゃ」
……そうですね、別にそういうのは見てないです。これから帰りますんで、それじゃ」
それだけ言ってさっさと帰る事にした。
ざぁ、と生温かい風が走り抜ける。
ざぁ、と生温かい風が走り抜ける。
都市伝説に遭遇したら、とっとと逃げる。
その後『黒服』に連絡する。
その後『黒服』に連絡する。
それが俺に与えられた仕事。
――『黒服』。
怪奇現象に出会ったものの前に、全身黒尽くめの男たちが現れ、それについて吹聴して
はならないと釘を刺す――それ自体が都市伝説。
怪奇現象に出会ったものの前に、全身黒尽くめの男たちが現れ、それについて吹聴して
はならないと釘を刺す――それ自体が都市伝説。
偶々拾ったものでそんなご大層なものが現れるとは思っていなかった、というか『契約』
についてとか黒服に聞くまで知りませんでしたよ。
についてとか黒服に聞くまで知りませんでしたよ。
……まぁ何度かの試行錯誤の果てに分かったことは、この『幸運の1ペニー』は24時間に
一度だけ、契約者にとって都合のいい偶然を起こして身を守ってくれるということ。
効果が発動するとコインは破損・消滅し24時間後に再生されるということ。
そして、音を鳴らすと『不運』――この場合、悪い都市伝説の接近を知らせてくれると
いうこと。その3点。
一度だけ、契約者にとって都合のいい偶然を起こして身を守ってくれるということ。
効果が発動するとコインは破損・消滅し24時間後に再生されるということ。
そして、音を鳴らすと『不運』――この場合、悪い都市伝説の接近を知らせてくれると
いうこと。その3点。
1回だけの絶対回避とレーダーサイト。実に実戦向きじゃあない都市伝説。
意思があるのかないのか、何を思って俺と契約したのか全く分からない。
意思があるのかないのか、何を思って俺と契約したのか全く分からない。
少し歩いて振り返ればさっきの警官はいない。
もうすっかり日は落ちて、ちらちらと切れかけの街灯が薄暗い道を照らしている。
もうすっかり日は落ちて、ちらちらと切れかけの街灯が薄暗い道を照らしている。
……なんだかいかにも、な場所が多すぎるんだよこの街。
そんなことを思いながら俺は『黒服』への連絡のために携帯電話を開き……その瞬間、
通話が繋がる。どういう理屈か分からないけどこれで『黒服』に繋がるらしい。
通話が繋がる。どういう理屈か分からないけどこれで『黒服』に繋がるらしい。
なんとなく、そのまま携帯電話を見る。番号は非通知でもなんでもなく表示されない。
毎度のことながらなんだか変な感じだ。
……少しばかりの不安感とともに俺は携帯電話を耳に押し当てた。
毎度のことながらなんだか変な感じだ。
……少しばかりの不安感とともに俺は携帯電話を耳に押し当てた。
『……ザザ……ザー……』
あれ、いつもの人じゃないのかな?
ノイズだけで声が……まぁ『黒服』も都市伝説だから人間味がないのが普通なんだけど。
とりあえずこっちから話しかけるか。
ノイズだけで声が……まぁ『黒服』も都市伝説だから人間味がないのが普通なんだけど。
とりあえずこっちから話しかけるか。
「あ、もしもし? ……新しい都市伝説に……」
『ザザ……ザ…………ガピー――!!』
「……え?」
『ザザ……ザ…………ガピー――!!』
「……え?」
また、ざぁと強い風が吹き抜けた。
――パキィン!
澄んだ音を立てて、ポケットの中のコインが消滅する。
……今のが攻撃!?
……今のが攻撃!?
急いで切断ボタンを押すが、受け付けず……携帯電話はまだ切れ切れのノイズを吐き続
ける。これはかなりまずい。
ける。これはかなりまずい。
そのまま、とりあえず携帯電話を投げ捨てて走り出す。
ざわざわと、風の気配が後を追いかけてきた。
ざわざわと、風の気配が後を追いかけてきた。
……一応こんな仕事をするに当たって都市伝説について一通り調べてはいる。
それで少なくとも分かっていることは、携帯電話を媒介とする都市伝説は、当然ながら
携帯電話を持っていなければ被害には合わない。
もちろん、追跡するタイプの都市伝説に対しては効果がないが時間稼ぎにはなる。
それで少なくとも分かっていることは、携帯電話を媒介とする都市伝説は、当然ながら
携帯電話を持っていなければ被害には合わない。
もちろん、追跡するタイプの都市伝説に対しては効果がないが時間稼ぎにはなる。
さて、既に『幸運の1ペニー』の効果は発動済み。
つまり、今の俺は都市伝説に対する防御手段を持たない全くの人間だってことだ。
つまり、今の俺は都市伝説に対する防御手段を持たない全くの人間だってことだ。
さらには携帯電話を投げ捨てたせいで『黒服』も呼べない。
まぁ呼ぶとかいってもこっちからコンタクトは取れないんだけど。
まぁ呼ぶとかいってもこっちからコンタクトは取れないんだけど。
……いきなりピンチだな、どーすんだよこれ。
とにかく、敵の正体が分からない限りは対処しようがない。
思い出せ……何かヒントは……!
思い出せ……何かヒントは……!
ディスプレイに何も表示されていなかったから「564219」じゃない。
「メリーさん」でもない。
そもそも音声なんかの警告なし、ノイズのみで不可視即死レベルの攻撃?
……どんなのだよ!
「メリーさん」でもない。
そもそも音声なんかの警告なし、ノイズのみで不可視即死レベルの攻撃?
……どんなのだよ!
思わず頭を掻き毟ろうとして……手の異変に気付いた。
「なん……だよこれ!」
右手。さっきまで携帯電話を持っていた手。
それが赤黒く変色していた。
そして痛みが鈍い痺れを伴いながらじくじくと這い上がる。
それが赤黒く変色していた。
そして痛みが鈍い痺れを伴いながらじくじくと這い上がる。
「くっ……」
じわじわと変色部分が広がるたび、悪寒が強くなっていく。
さっき走ったからではない汗がじんわりと滲み出てくる。
さっき走ったからではない汗がじんわりと滲み出てくる。
また、何かの気配が迫ってきていた。
ざああ!
強い風が吹き付けて、巻き上げられた落ち葉がぴしりと左腕を打つ。
……その瞬間、打たれたそこがぱっくりと裂けた。
……その瞬間、打たれたそこがぱっくりと裂けた。
「……なっ!」
ぽたた、と血がアスファルトに広がる。
血痕は2箇所、ということは左腕の他にもどこか出血しているようだ。
血痕は2箇所、ということは左腕の他にもどこか出血しているようだ。
「……いつの間に」
慌てて周囲を見回し、カーブミラーを見上げると……歪んだ鏡像の中に、左右非対称な
少し長めの髪をした男が映る。
少し長めの髪をした男が映る。
「あ、髪……切られたのか?」
頬まで浅く切られて垂れた血が油汗と共に顎に伝っている。
いや、分かりにくいけど傷口近くから腕と同じ変色が少しずつ広がっているな。
いや、分かりにくいけど傷口近くから腕と同じ変色が少しずつ広がっているな。
……もしかしてここにいる都市伝説は複数、なのか?
そう気付いた瞬間、頬からもちりちりとした痛みが広がってきた。
本当にまずいな、これは……!
本当にまずいな、これは……!
焦っているうちに、こちらを狙っているかのように目の前で枯葉を巻き込んだつむじ風
が起こる。
が起こる。
風、切り裂く。
さっきの警官が言ってた通り魔はもしかしてこいつか?
だとすると、これはもしかして……?
だとすると、これはもしかして……?
「……『かまいたち』!」
俺の言葉に反応するように、風がぴたりと止んで枯葉がふわふわと落ちる。
……とりあえず正解だったようだ。他に何かの気配はない。
俺の持つもう一つの『契約』は順調に作用したようだ。
……とりあえず正解だったようだ。他に何かの気配はない。
俺の持つもう一つの『契約』は順調に作用したようだ。
『お守りの中身を知ると、その効果がなくなる』
そんな都市伝説。
俺と契約した事によりその効果は少し変わって、対象の都市伝説の種類と効果を把握し、
口に出すことで日付が変わるまで俺への攻撃力をなくす、というものに変わっていた。
こちらはコインと違って中にルール説明が入っていたので分かりやすかったんだけど…
…。
俺と契約した事によりその効果は少し変わって、対象の都市伝説の種類と効果を把握し、
口に出すことで日付が変わるまで俺への攻撃力をなくす、というものに変わっていた。
こちらはコインと違って中にルール説明が入っていたので分かりやすかったんだけど…
…。
なんで同じ神社に二つも都市伝説が埋まってるんだよ!
と、思わなくもない。
と、思わなくもない。
とにかく、直接的攻撃が収まったので少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
じゃあこの赤黒い染みは……?
じゃあこの赤黒い染みは……?
思い出したことで、またゾクゾクと悪寒が走る。
右腕は半ば感覚をなくして、もう肘の辺りまでが赤黒く変色していた。
もう一度カーブミラーを見上げる気力は俺にはない。
右腕は半ば感覚をなくして、もう肘の辺りまでが赤黒く変色していた。
もう一度カーブミラーを見上げる気力は俺にはない。
考えろ。
この都市伝説の正体を暴くんだ……!
寒気……携帯電話を媒介に……
この都市伝説の正体を暴くんだ……!
寒気……携帯電話を媒介に……
「……ウィ……ルス?」
呟いた瞬間、痛みが和らいだ。
……なるほど、読めたぞ。
……なるほど、読めたぞ。
「『携帯電話で感染するウィルス』か!」
確認のためにはっきりと口にした瞬間……赤い染みも、悪寒も、嘘のように消えていく。
どうやらようやく正解にたどり着いたようだ。
どうやらようやく正解にたどり着いたようだ。
残ったのは、ざっくりと割れた二箇所の傷跡と……左右非対称になった間抜けな髪。
「……あー、今から床屋開いてるかな?」
と、呟いてみて、手当てもあるから今日は諦めなきゃなと思い直した。
さっきの場所に戻って携帯を拾う。どうやら壊れていないようだ。
砂埃を払うと見計らったようにワンコールで通話状態になった。毎度おなじみ、番号は
表示されない。
砂埃を払うと見計らったようにワンコールで通話状態になった。毎度おなじみ、番号は
表示されない。
「もしもし?」
『いやぁ、大変だったようですね』
『いやぁ、大変だったようですね』
電話越しのいつもの『黒服』の声に俺はようやく安堵した。
これでもう問題はないはずだ。
これでもう問題はないはずだ。
「大変すぎて死ぬかと。えーっと、俺が遭遇したのは……」
『ああ、大丈夫ですよ、見てましたから。今頃別の契約者が退治している頃と思います』
「相変わらず根回しのいいことで」
『それでは、今回もお疲れ様でした。報酬は、スイス銀行の例の口座へ』
「いえ普通に銀行振り込みでいいですから」
『……チッ』
『ああ、大丈夫ですよ、見てましたから。今頃別の契約者が退治している頃と思います』
「相変わらず根回しのいいことで」
『それでは、今回もお疲れ様でした。報酬は、スイス銀行の例の口座へ』
「いえ普通に銀行振り込みでいいですから」
『……チッ』
あ、舌打ちしやがった。
この人は『黒服』の癖に妙に人間臭いから面白い。
……面白いからって、こうやって毎度毎度危険に首突っ込むのもどうかと思うけど。
……面白いからって、こうやって毎度毎度危険に首突っ込むのもどうかと思うけど。
『それじゃ、お体に気をつけてくださいね』
ま、一度会ったこの『黒服』がものすごく好みの女だったんだよな。
誰が言ったか、都市伝説は惹かれ合う。
誰が言ったか、都市伝説は惹かれ合う。
……信じてるぞ?
おしまーい