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奇々怪界

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奇々怪界 ◆MjBTB/MO3I



"天壌の業火"アラストールのフレイムヘイズ、"炎髪灼眼の討ち手"シャナ。
彼女がごく普通の一般人らしき少女と超絶女顔の秀吉、そして喋るモトラドに出会ったのは皆もご存知の通り。
今回の話は、それ以降に彼女達がどう動いたかという結果を描くものである。


       ◇       ◇       ◇


さて、現在のシャナ達の状況であるが、彼女達は地図曰くE-1と呼ばれるエリア、そこにある一つの民家で体を休めていた。
何もサボタージュに走っているわけではない。最初に決めた"積もる話は民家でする"という指針も、実は既に終了しているのだ。
その内容は後に後述するが、彼女達三人の会話はそこまで長引くものではなかったのである。

「アラストール……」
「うむ」

そして対話終了後。櫛枝実乃梨と木下秀吉が室内にいるのを残し、シャナは玄関を出てすぐの勝手口近くに座っていた。
そうして時折吹く風に髪を揺らしつつ壁に寄りかかっている姿は、最初に櫛枝実乃梨らに見せた毅然とした姿とは少し離れている。
というのも、それは最初に出会ったときと民家で話したときの二人の"願い"によるものだった。
民家で何かをしているであろうあの二人の気配を背中の壁越しに感じつつ、シャナは回想する。

「やっぱり、私は……」


       ◇       ◇       ◇


「でででででわっ! "これからどうするか決めちゃおうぜ大会"スタートじゃー!」
「……何そのテンションの高さ」
「いやいやだって先生、こんくらい高めとかないと後々しんみりしそうで困るぜよ」
「別に困らない。状況が状況だし」
「シャナの言う通りだ。場の空気作りなどはまず置き、指針通りに始めねば」
「そうじゃな。エルメスも待っておることだしのう」
「んだねー」

彼女達の邂逅後、民家にて。
このような混沌具合を合図として、遂に腰を据えての対話がスタートした。
中に運び込むことが容易ではなかったエルメスには少し外で待ってもらってのこの企画。
"言葉のキャッチボールもままならない"という展開にだけはならぬように注意しつつ。
そんなこんなで"これからどうするか決めちゃおうぜ大会"、スタートである。

まず彼女達は改めての自己紹介ついでに、自分達の住む街についての話に花を咲かせた。
相手がどこから来た人間で、どういう事をしていたのかという次元から、相互の理解を深めようと思い立ったのである。
だが、そこには彼女達の予想も超える非日常への扉が、大口を開けて待っていたのだった。

「"紅世"……? 先生、それヤバいの? ヤバいッスよね?」
「"徒"……"トーチ"……うーむ、えー……」

まず第一の扉は、シャナが持つ情報であった。
だが、まぁ、当然だ。元々この世界は"フレイムヘイズ"のことも"紅世"のことも知らない人間が大多数なのだ。
というより、現代社会ではもはや彼ら彼女はなるべく知られてはいけない存在である。
仕方が無いことではあるのだが、どうにも状況は芳しくない。

「今は全部を理解しなくても良い。後々また説明するわ。色々ショックはあると思うけど、事実よ」
「我々は"その様な世界"に潜む住人である……と理解するだけに留めてくれて良い」

だがこのシャナとアラストールのフォローをどうにか飲み込んだようで、二人はようやく落ち着いた。
先程までは脳味噌が「あばばばばばばば」と悲鳴を上げているかのような混乱ぶりだったが、これは助かった。
自分達の住む世界が知らぬ内に狩場となり、人が陰で喰われていると知った彼女達の心中たるや、大変なものであったろう。
ストレートに言い過ぎたことを少しだけ後悔したが、まあ、結果オーライ。

次は櫛枝実乃梨である。
彼女に関しては、別段気に留めるようなことは――あくまでシャナにとっては、だが――無かった。
ごく普通も普通。自分のような"闘いに身を焦がす生活"とは全くの無縁。
親友である"大河"や"高須くん"や"あーみん"など――秀吉と違い、どれも名簿にあった名だ――と青春を謳歌する日々。
勤労に汗を流し、ソフトボールに汗を流し、遊びに汗を流し、勉強にもそれなりに汗を流し、という生活。
緒方真竹や池速人といったクラスメイトの様に、学生生活を十分に満喫している少女であるというだけ。
いや、闘争に巻き込まれた事すらも無い彼女は、先に上げた二人よりも更に非日常とはかけ離れた存在であると言えよう。

では木下秀吉の方はどうか。
こちらも、話の最初辺りを聞く限りはこちらも似た様なものであった。

と、思っていたのだが。ここで第二の扉発見。
なんと気付けば、きちんと少しずつおかしな話になっていってしまっていたのだ。
正に秀吉の通う"文月学園の特殊な特徴"の話題に入った瞬間だ。
その時既に話を聞く女子二人とペンダント一つは、シャナの周辺とは違うベクトルの非日常に引きずり込まれていた。
決して血で血を洗うような命の削り合いが行われているわけではないらしい。ないらしいのだが。

「終わりの無いテストかー。だが俺としてはその召還獣ってのが一番気になるんだぜ!」
「召還獣……話を聞く限り"燐子"とは違うし……」
「そういった"自在法"ではないのか?」
「なんというべきかその、ワシらの学園は少々……いや、かなり特殊じゃからのう」

どうやら秀吉の学園では、シャナの知る燐子にも似た"召還獣"というものが深く関わっているらしい。
召還獣は一人一つ。学園内で活動する学生なら誰でも召還が可能。更にリスクは皆無という大盤振る舞い。
更に、召還主が受けたテストの得点に比例した戦闘力を有するそれは、主の代わりに"敵"の召還獣と戦うのだそうだ。
そしてそんな平和な戦いを、わざわざ戦争に模した形式で行う下克上もその学校の大きなイベントであるらしい。
下克上の正式名称は"試験召還戦争"。盆と正月が一緒に来たような騒がしさが体感出来る、クラス対抗の大戦争である。

「戦いに使用する、主を模した小さな獣……ますます"徒"の領域ね」
「あの"大戦"のような物騒なものでないのが救いではあるのだがな。しかし、やはり"自在法"か?」
「わからない。その学校自体に"自在式"を組み込んで……でも、そこにいる人間の"存在の力"をそうやって使うと……」
「フレイムヘイズが駆けつけぬわけが無い。もしや"ここ"とも深く関係が……」
「そ、そろそろ良いかのう?」

秀吉の言葉で、自分とアラストールが二人に置いてけぼりを食らわせた事に気付いたシャナは「うん」と頷き、会話を中断した。
そしてそのまま秀吉に対していくつかの質問を投げかけるが、生憎と得られた答えはどうも的を射ないものだった。
どうも、どんな疑問も最終的には秀吉曰く"そういうもの"であるらしい。
更に突っ込んで言えば、学校の謎のオカルト施設がそれを可能としている、というだけ。
生徒にはこれがどういったシステムで、どういう風に稼動されているのかは知る由も無い。上が秘匿を貫いているそうだ。
"もしやこの場所に関連した何かが?" "自分達も知らぬ謎の自在法が?" "何か高名な自在師が関わりを?"
そういった疑問が浮かんでくるが、生徒である秀吉自身が知らぬとあれば仕方が無い。
「この街の秘密に手が届くかもしれなかったのに」と惜しんだところで、そろそろ諦めなければ。

「あ、ところでそれ、今召還出来るの? 出来るんなら見てぇー、超見てぇー!」

と、ここで実乃梨がトスを上げ

「いや、無理じゃな。学園に勤務する教師の許可がないと召還出来んシステムになっておる」
「ありゃ、残念」

られなかった。



こうして、そんな話題を最後に互いの身の上の説明は終了。二つの落とし穴をギリギリで回避しつつ任務完了だ。
そんなこんなで皆がどういう存在なのかが判明したところで、流れは次の議題である"これからの指針"に移る。
このような訳のわからない場所に連れて来られたのだ。各々何か望みはあるだろう。

とは言ったものの、実はこちらに関しては別段真新しいことがあるわけではなかった。

実乃梨は変わらず仲間を求めていたし、秀吉の同級生と再会したいという願いも変わらずだ。
そして何よりシャナ自身とアラストールの指針にも何も変化は無い。
この奇妙な街の調査を進め、そして大切な存在を一人も欠けさせること無く脱出したい。
三人の出会いからは一寸ほどの時間しか経っていないのだから、それは当然と言えば当然か。
後は、シャナの心次第である。

「先生!」
「ん……」
「まぁ、お主が付いていてくれればワシらも確かに安心出来るのじゃが……」
「えっと……」

そう。問題は、シャナの、心。
ここでアラストールの「……状況が状況だ。異例の事態とはいえ、判断を見誤るなよ」という言葉が、彼女の脳内で蘇る。
判断。それは彼女がここで"単独での行動を取る"か"彼女達に付き合う"かの選択の事に違いなかった。少なくとも、今は。

櫛枝実乃梨と木下秀吉が、こちらを見ている。

ここで彼女達と別れての孤高の道を選択した場合、調査もある程度は自由に行えるし、自分の判断で動くことも出来るだろう。
自分の匙加減で世界の調査と仲間の捜索を平行し、もし戦闘をせざるを得ない状況に陥った場合でも融通を利かせられる。
護る者がいない、意見の違う者がいないというのはそういう事だ。だからこの様な選択もある。

だが問題は、今回出会った友好的な二人がフレイムヘイズの様に戦闘力を有した存在ではないと言うことだ。
このまま自分が離れて行動すれば、知り合ったばかりのこの少女達は一体どんな目に遭うだろうか。
皆に渡された名簿の中にも、決して危険な"紅世の徒"がいないとも限らないのだ。
何をしてでも最後まで生き残れ、と命じられるというこの奇妙奇天烈な状況。そして封絶も張れぬ不可思議な現象。謎の知らぬ街。
疑問は尽きない。そして、嫌な予感も尽きない。こんな場所に力を持たぬ人間が放り出された場合、どうなるか。

だからこそ、もう一つの選択肢が用意されている。
彼女達と共に行動するならば、自分さえ失敗しなければ先の懸念は晴れるだろう。
かつての坂井悠二の時のように、自分が力を振るうことで護るべきを護る。そんな道。

だが、これは単純なようで実に険しい道だ。この状況下、悠二の時の様に上手く立ち回れるかというと、絶対そうとは言い切れない。
封絶等の一部の技術も使えない。自分を拉致する工程で人類最悪が奪ったのか落としたのか、我が愛刀も今はこの手には無い。
更に自分の好きな行動も取り辛くなってしまう。いざとなった時の対処から始まり、これからの行動方針など、色々と。

自身の指針を優先し、別れるか。人を護る道を選び、縛られるか。
これは今後に関わる二者択一。

(アラストール……"良い"?)
(既に解っておるのだろう? ……決めるのは我ではない)

さて、答えは。


       ◇       ◇       ◇


「やっぱり、私は……見捨てられない」
「そう、か。茨の道であるという認識は? 覚悟は?」

回想は終わり、再び舞台は現在へと戻る。

「してる。それでも、やる。覚悟は、ある」
「そうか。ならば我は何も言うまい……だがそうだな、一つ。"決め手"は何だったのだ?」

結局シャナは後者を選択した。一歩間違えれば危うい目に遭うかも知れぬ道を、彼女は選んだのだった。
それは御崎市に住むクラスメイト達を護る様な、多少勝手が違おうとも難儀な道。
もしもこれが悠二に出会う前のシャナであったなら、"ただのフレイムヘイズ"であったときなら、どちらを選択しただろうか。
恐らく、前者だと思う。単純に自分の行動に支障が無い道を選んでいたと思う。
勿論今でも、自分が自由に動いたいのであればそれが非常に"理に適ってはいる"ことはわかっている。
この状況下では、"徒"との困難な戦いすら知らぬような普通の者を護りつつ、戦いつつ、自分の決めた指針通りに進むのは困難。
故に前者も選択肢としては十分に価値があった。の、だが。

「櫛枝実乃梨と木下秀吉にも……友達がいて、家族がいて、もしかしたら好きな人もいるのかもしれない。
 そう思ったら、あのまま離れるのはなんだかなって……そう、思った。ごめん、付き合ってくれると嬉しい」

それでも、彼女は選んだのだ。皆を直接自分の手で護ろうと、そう決めた。
一切の取りこぼしも許されない茨の道。そこに踏み出していくことを、今のシャナは望んでいる。

「決めるのはシャナであると我は言った。その選択に今更口は出さぬ」
「……ありがとう」

その選択を、アラストールが咎める事は無かった。だから、正々堂々進む。

「皆で帰ったら……悠二の鍛錬だってしなきゃだし」
「うむ。更には"銀"についても考えねばならん。なかなかに忙しいぞ」
「うん。帰ったら早速、ね」

そしていつか、悠二に言う。
正面から、「好き」と、言うのだ。

「おおシャナ、ここにおったのか」

と、ここで室内にいたはずの木下秀吉が登場した。
アラストールとの会話が丁度一区切り付いての出現だったので、まさか聞かれていたのだろうかと驚くシャナ。
けれどその彼女の台詞から察するに、それは無いことがすぐにわかって一安心。
やはり同行する人間が増えた状態でも、アラストールとのプライベートタイムは欲しいところなのである。

「っと、木下秀吉……別に黙って行かないわよ」
「それなら良いのじゃが。っと、ふむ……別にフルネームでなくともよいぞ、他人行儀過ぎてむず痒い」
「そう。そういえばおまえの名前、なんだか似合わないわね。女に武将の名前なんて、普通はちょっと変」

一応、心配をかけた点は謝罪しておいた。
するとそこまで気にしていなかったのか、一言返事が。ついでに名前に対しても。
少々ぶっきらぼうな気があるシャナと比べると、相手は丁寧で律儀に思える。
喋り方と名前は少々おかしいが。

「む、いや、おかしくはなかろう。どうも皆勘違いしておるようじゃが、そもそもワシの性別は……」
「シャナが済まぬな。ところで秀吉よ……確認しておきたいことがある」
「む……なんじゃ?」

と、秀吉が何か言っていたのを遮るように――そうなったのは偶然であるが――アラストールが口を開いた。
突然の切り出しではあったが、シャナには彼の言わんとすることがなんとなく理解出来た。
というか、丁度良い機会なのでシャナも聞いておきたいことがあるわけで。
それはきっとアラストールと同じ内容だ。そしてその予感は当たる。

「……受け入れられたか?」

"受け入れられたか?"
それは勿論、シャナ達の異能やそれに繋がる世界の真実――人間にとっては決して嬉しくない類の――についてだ。
シャナもアラストールも解っていた。状況が状況ではあるが、やはり突発過ぎていたと。
かの坂井悠二との初の邂逅の際も、自分達は色々とすっ飛ばして説明を進めてしまっていたのだ。
あの時の悠二は困っていた。自分達が当たり前のように口にする、なんとも不可思議な専門用語に。
そして、"真実"の衝撃に戸惑っていたのだ。自分の身に起きた事を受け入れられずに狼狽していたのだった。
"ただのフレイムヘイズ"であったときは別に何とも思わなかったが、如何せん今は違う。
"そういう事"も少し気になってしまう性質になってしまったのだ。決してそれを「残念ながら」などとは思わないが。

そして、それ以前に自分達は"徒"との戦闘の実演すらもしていない。
ここまで来て話しておいてなんだが、今の自分達は胡散臭く見られても仕方がないのだった。
同行を願い出てきたのは相手からだったので、そういう意味では気にしなくてもいいのかもしれない。
だがこう、なんというか、心のケア? が必要ではないか? ってなんだそれは。いかん、駄目だ、この変な状況に頭が火照ったか。
ひょっとして自分は冷静ではないのではないだろうか、と不安を覚えるシャナ。とりあえず今は答えを待つことにした。

「まぁ、その……受け入れられたか、と言われれば正直……困っておるのが本音じゃ」

秀吉の答えを聞き、シャナは自分にしか解らぬ程度の小さな小さなため息をついた。
まあ、その、やっぱりか。こればっかりは仕方がないだろう、彼女に罪はない。
あの幸福にも理解力と発想力には苦労していない悠二ですら、色々と頑張ってようやく受け入れたのだ。
突発的だとしても、実際に起こった出来事と照らし合わせる事が出来たから、自分達と過ごしてくれる今があるのだろう。

「じゃが、生憎とワシは既にこんな場所に連れて来られておるわけで……既に"今がもう、何かおかしい"のはわかる。
 確かに今はお主らの言葉にも困惑しておるが……今こうしてここに立っておるおかげで、何とかなりそうな気はする、かのう?」

だが、それでも彼女はこうして付け加えてくれた。きっと本心なのだろう。
"まだまだ実感は沸いてくることはないが、ひとまずこの状況ではそんな話も有り得なくはないな"とも思える程度、というところか。
最後が疑問形になったのが少し気になったが、まぁ今回のところはよしとしよう。
と、そこでアラストールは更に「櫛枝実乃梨の方は大丈夫なのだろうか?」という旨の質問を続けた。
ああ、そういえばあいつ今何をしているのだろう。

「ああ、外に出てエルメスと遊んでおるようだ。気があったのか、楽しそうに話しておる。
 ……そうやって、そうしながら整理をつけているのではないかとワシは勝手にそう思っておるが」

ああ、姿が見えないと思ったら。とシャナとアラストールはここで納得した。
そして同時に、実際のところは果たしてどうなのかという心配も生まれるのだが。

「まぁ、大丈夫じゃろう。そもそもお主たちに同行を願ったのはワシらの方なのじゃからな。
 というか既に喋るペンダントやバ……モトラド? とこうして普通に喋っておるではないか。
 身の回りの変なことに早速浸かっておる以上、将来有望だと思って欲しいくらいじゃがのう?」

そういえばそうか。

「お主の髪にしても、凄い勢いで燃えておったしな」


       ◇       ◇       ◇


シャナ達が裏で会話をしている間。
外に停められているエルメスの車体、その座席部分にて干し布団が如く垂れているおなごが一匹おった。
名前を、櫛枝実乃梨というそうな。

「……はい、以上! まぁなんていうか凄い話だったんだぜい!
 凄いね、本当凄いこっちゃさね。そうは思わんかねエルメぇスの兄貴よ?」
「うん、本当本当。キノが聞いたらビックリするかもねー」

どうも緊張感の感じられない声色で、先程の会話について報告していたらしい。エルメスも合いの手を入れていた。
会議に参加できなかったエルメスとしては結構大事な事であるはずなのだが、如何せん互いの声色がその雰囲気を殺す。
この一人と一台にかかれば、もうショッキングな内容だったシャナの言葉もクラスメイトとの話の種レベルまでに緊張感が減退だ。
そう、少なくとも声色を聞いている限りは。

「本当に、大変だねー……いやいや、本当。頑張らないと。ガンバランスえいえいおーだよ」
「そうだよねぇ」

エルメスには、見えていないのだろうか。もしくは、見えているのに何も言わないだけなのだろうか。
櫛枝実乃梨の顔には、決して声色と同じようなポジティブさに満ちた表情が張り付いているわけではなかった。
声は笑っている。口の形も半月型だ。美人だ、可愛らしい。高須が惚れた顔のままだ。

だが、その両目は笑っていない。

それは勿論"紅世の徒"等の話によって引き起こされたものでもある。ショックだ。凄くショックだ。
現実に今、彼女は木下秀吉の予測通りだった。エルメスと会話しつつ、脳内で必死に情報を整理しているのだ。
だが、それだけではない。決して、それだけではない。

(先生は本当に強かった。そんで解る。あれで全然本気なんかじゃない)

先生=シャナは、強かった。
櫛枝実乃梨程度が奇襲を仕掛けたところで"歯が立つ"だの"立たない"だのの次元ではないのだ。
長い髪は煌々と燃え、親友の大河と似た声からは"彼女の器"が感じられる。
そしてペンダントから聞こえる、ごろごろと響く遠雷の様な声。通信機には決して見えない、それ。
シャナはそれを常々伴って、その"徒"と戦っていたのだろう。本当に、戦っていたのだろう。
それにこのエルメスという喋るバイ……モトラドが出てきた日には、もう間違いない。
普通なら到底信じられない世界は、気付かない間に本当の本当に広がっていたのだ。
そして、全然知らない場所で、シャナという強い子がいたのだ。

(そんな先生が、こんな場所に連れて来られてるんだ。私と同じく……名簿も正しいのなら、大河や高須くんとも同じく)

そんな彼女がここにいるのに、どうすればいいのかわからない。
自分の傍にいてくれるのは嬉しいが、自分の傍にいなければならないと言うことが既に絶望への第一歩だ。
何故あんな凄い子がこんな場所にいるのか。抵抗出来なかったというか。あんなに強いのに。
化け物との戦いの話も、本当っぽいのに。

大丈夫、なのだろうか? 今回ばかりは不安にならざるをえない。
「大丈夫大丈夫。なんでもないの」と煙に巻くのは得意だ。
今までそうして来たのだ。自信はある。しかし、それでもこれは"キツい"と思ってしまう。

多分、ここには色々な人間がいる。
シャナの様な強い人間がいる。木下秀吉の様な普通の女の子もいる。自分の様なのもいる。
それだけならまだいい。けれど、きっといくら望んでもそれが叶うことはないのだろう。
前触れなど全く無いままトラブルを起こす人間もいるかもしれない。
何を考えているのかさっぱりわからない人間もいるのかもしれない。
他人を傷つける人間も紛れ込んでしまっているかもしれない。
それこそ大河の親のような、許せない人間も、いるのかもしれない。

(……でも、だからって……諦めるの? 諦めるのか櫛枝実乃梨よ?)

だが、だからこそ、諦めてはならないのではないだろうか。
頑張った。自分はどんなときでも頑張った。
ソフトボール部では勝利目指して頑張った。
テスト勉強は良い点取れるように頑張った。
頑張ったのだ。

将来の夢を絶対絶対絶対に叶える為に、部活で忙しい中を何種類ものバイトに手を出して頑張った。
一年前、大河の親の事で自分が大失敗して彼女を傷つけたときも、彼女の笑顔を取り戻す為に頑張った。
それだけじゃない。他にも頑張ったことは、もっと、もっと沢山ある。もっと、もっともっともっと。
「これだ!」と思って"決めた"事を貫こうと、頑張った。頑張った。頑張った。頑張った! 今も頑張っている!
大河がいつか高須くんと素敵な関係になれると信じてるから、だから今だって現在進行形。そう、頑張っているのだ。

(だから、今こんな事で立ち止まるのは、無しでしょ)

だから、弱音は無しだ。
弱音は禁止。諦めるのも禁止。途中で放り出すのも禁止。
もしも途中で体がウボァーと悲鳴を上げたっていいですとも。精神力でカバーするだけだ。

(私は最初に言ったもんね。ねえ先生……あれ、本気なんだよ。「誰一人として失いたくない!」っての、さ)

干し布団のまま、器用に懐中電灯と名簿を取り出し、光で照らして眺めた。
相変わらず名簿の中には多数の名前が書き込まれているのが解る。
木下秀吉の様な取りこぼしが存在する、鵜呑みにするにはまるで危険な名簿。
そこには親友達の名前が数名記載されている。が、ここに巻き込まれたのは本当にこの数名だけなのだろうか。
友達の名前が無かろうが安心出来ないのは、前述の通り秀吉の件で学習済み。
正直、もう2-Cのクラスメイトが全員呼ばれてしまってももうおかしくは無いとさえ思える。

(……いや、だからこそ、絶対この変なゲームから抜け出さなきゃなんだよ。さっきから言ってるだろ。気張れや私!)

やれるかどうかじゃない、やるのだ。
使い古された言葉だろうが、今の実乃梨にとってはそれが全てだった。

(誰一人として、欠けるのは許されん。許されんのだよ!)

決して口には出さず、名簿を覗きながら改めて決心。
名簿にはしっかりと大河と高須の名前が並んでいる。あの二人が、並んでいる。

(大河が、高須くんが。大河と……高須くん、が。大河に……高須、くん……)

二人が、並んでいる。
絶対に、絶対に、絶対に欠けてはならない、二人が。

二人が。

(こんな状況じゃ……ますます"UFOやお化け"なんて見てる場合でもないし、さ……本当、に)


       ◇       ◇       ◇


明久達は今頃何をしておるやら。
木下秀吉は出発の為にシャナを連れてエルメスの元へ戻りながら、心中でそんな事を考えていた。

が。
試験召還戦争での活躍ぶりを振り返れば、なんだか大丈夫な気がしてしまうのは自分だけだろうか?
正直なところ、それは暢気過ぎるとは解ってはいる。教師がいない以上召還も出来ないはずだ。
だが、シャナ達の話が未だ頭の中を駆け回っているせいかどうも目の前の現実を遠く感じる。
こんな文月学園とは全く違う場所に拉致されたのだろうと言うのに、なんとまぁ気だるいことか。
まあ、最初に喋るモトラドと緊張感の欠片も無い会話を繰り広げてしまった以上、こうなる運命だったのかもしれない。
どうも自分は平和ボケをしているようだ。

だが、同時にそれは自分の冷静さの裏返しでもあるようだった。
何故だろうか、今の自分はとても落ち着いているのだ。それは暢気な心とは別のベクトルである。
あまりにも取り乱したりしない自分が不思議でたまらない。
まるで、未だにあのFクラスのおバカ達と共にいるかのようないつもどおりの自分のままではないか。
決して一人ではないかのような安心感。そんなものに包まれている気がするのだ。
いや、一人ではないことは確かなのだが。そういう意味ではなく、何かこう家や学園での安心感というか。

(ああ、そうか)

わかった、と遂に秀吉は答えを発見した。そう、これはシャナや櫛枝実乃梨がいるからだ。
決して彼女達から知性が感じられないと言う事ではない。ただなんとなく、Fクラスの住人と同じような何かを感じるのだ。
それは彼女らのノリから来るものなのだろうか。もっと別のものなのだろうか。

いや、違う。
多分、見ず知らずの自分を招いて普通に対話をしてくれるという皆の優しさ、そして現状打開の為動く力強さからだろう。
なんだか彼女達に、そして更に挙句喋るペンダントとモトラドにまで普通に受け入れられたおかげで不安が消し飛んでしまったのだ。

(まぁ、なんじゃ。明久達よ……まだワシの事はあまり心配せんで良いやもしれんぞ、案外)

もうすぐ出発だ。これから三人で、ここから脱出する方法を調査しつつ皆を探すのだ。
櫛枝実乃梨からエルメスへの報告終了後、シャナがエルメスからも情報を聞き足し、それから出発だ。
大丈夫、皆すぐに再会出来るであろう。シャナや櫛枝実乃梨にはそのようなパワーが見える。
と、勝手に秀吉は使えるわけも無いテレパシーで、Fクラスの皆の頭にそんな情報を送ろうとする。
両目を閉じて、むーんと唸る秀吉は「本当にそんな力があったら、楽なんじゃがのう……」と独り自嘲の笑みを浮かべた。

(……む? むむむ? そういえば、ひょっとしてシャナ達はまだワシを女だと思ったままではないか?)

だが、その代わりと言ってはアレだろうか。
出来もしないテレパシーの接続テスト中に、未だに自分が不憫な状態である事に彼は突発的に気付いた。

そんな夜。


       ◇       ◇       ◇


さて、今回の三人での対話は終了。
摩訶不思議な話も聞いたところで、ここを発つ時間である。
突然の邂逅から同行することになった個性的な三人のその行き先は、果たして。

どんな道を取ろうとも、きっと苦難は待っているのだろう。
そうでなければ、このような世界に呼ばれたのは一体なんだったというのだ。



泣いても笑っても、例え胸の中に何かを隠していようとも、もうすぐ出発である。














そういえば、"ドラえもん"については結局どうなったのだろう。


       ◇       ◇      ◇


【問題】
「ドラえもん」について説明しなさい。



●"蹂躙の爪牙"マルコシアスの答え
「はっはー、こりゃアレの事だろ? 前にご両人から聞いたことあるぜ。
 確か狸みてェな猫型ロボットが宝具をポンポン出して、メガネのガキを甘やかす話だ!
 どっかのお人形遊びが好きな狩人よりは全ッ然平和な話だわなァ、ヒャーッハハハハ!!」

○教師のコメント
ほぼ正解です。今回は"紅世の王"には無理ゲーかと思いましたが、案外答えられるものなのですね。
敢えて細かく言うならば、彼がポケットから出すアイテムは"宝具"ではなく"ひみつ道具"と言います。


●"不抜の尖嶺"ベヘモットの答え
「ふむ、ドラえもん。ドラえもん……ドラえもん、のう。
 以前調律に来たあの街には、昔々にその様な名前の人間が沢山おったようじゃがのう」

○教師のコメント
そうですね。この類は"石川五右衛門"や"近松門左衛門"等、有名人にも多かった名前です。
しかしドラえもん自体についての説明ではありませんので、残念ながら今回は不正解となります。


●"夢幻の冠帯"ティアマトーの答え
「記憶曖昧」

○教師のコメント
不正解。


●"払の雷剣"タケミカヅチの答え
「そのドラえもんとは新たなる"王"や"徒"ですかな?
 もしもそうであれば、早急にゾフィー・サバリッシュ君と共に対策を……」

○教師のコメント
すみません、ちょっと軽々しすぎましたね。別にあなた方の敵ではないので心配しないで下さい。


●"破暁の先駆"ウートレンニャヤと"夕暮の後塵"ヴェチェールニャヤの答え
「いきなりドラえもんって言われてもね」
「それ、私たちのキアラに関係あるのー?」

○教師のコメント
おや、どうやらお忙しかったようですね。ハワイ、楽しんできてください。


●"絢の羂挂"ギゾーの答え
「それは……時を超えし物語。
 遥かなる時間の彼方より、少年の下に現れし来訪者は……統計二種の抱きし夢にて、未来を紡ぐ幸福の使者。
 後者の不幸に繋がりし運命の鎖を断ち切るべく、少年と共に悠久の時を翔ける。
 胸に秘めし時空の狭間に、夢と希望と未知なる世界のからくりを抱き……少年を時の彼方へと誘うのであった」

○教師のコメント
どこかで見た解説文ですね。遺憾です。
先生はパクリは許しませんので、後で職員室に来なさい。
今ハワイだから無理? 知りませんよ、今すぐ来るのです。




【E-1/民家/一日目・黎明】
【シャナ@灼眼のシャナ】
[状態]:健康
[装備]:逢坂大河の木刀@とらドラ!
[道具]:デイパック、支給品一式(確認済みランダム支給品1~2個所持)
[思考・状況]
1:エルメスからも情報収集後、出発。用心棒になりつつこの世界を調査する。
2:みんなが少し心配。
[備考]
※封絶使用不可能。
※清秋祭~クリスマス(11~14巻)辺りから登場。

【櫛枝実乃梨@とらドラ!】
[状態]:健康
[装備]:金属バット、エルメス@キノの旅
[道具]:デイパック、支給品一式(確認済みランダム支給品1~2個所持)
[思考・状況]
1:シャナに同行し、みんなが助かる道を探す。そのために多くの仲間を集める。
[備考]
※少なくとも4巻付近~それ以降から登場。

【木下秀吉@バカとテストと召喚獣】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:デイパック、支給品一式(確認済みランダム支給品1~2個所持)
[思考・状況]
1:シャナに同行し、吉井明久と姫路瑞希の二名に合流したい。


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