概要
1919年にキム・ドサン監督が映画と舞台劇のハイブリッド作 品である 【正義の復讐】を大ヒットさせて以来、日本統治下 の韓国では様々な映画が作成された。
しかし、かつての韓国映画黄金時代を築いた映画のフィルム は、日本軍による検閲や後の朝鮮戦争などにおいてそのほとんどが行方不明となり、ロストメディアとなってしまったため、今日その映画の本編を視聴することは不可能である。
当記事では、本家Lost Media wikiの記事をいくつかまとめて 紹介する。
正義の復讐 (1919)
【正義の復讐】は1919年にキム・ドサン (1891~1921) が監督し、パク・ソンピルが製作した韓国の舞台劇と映画のハイ ブリッド作品で、1919年10月27日に日本統治下の朝鮮 (現在の韓国ソウル)の京城にある丹成寺劇場で公開された。 韓国で製作された最初の映画と考えられているが、他の映画と異なる点は、キノドラマとして知られる舞台劇が伴っていた点である。
ストーリー
ストーリーの詳細は今も不明であるが、唯一判明しているのは、この映画劇は、父親の遺産を他の家族や継母から守ることを目的とする人物を中心に展開するということである。また、この物語は、朝鮮が日本帝国の一部であった時代に、朝鮮独立運動の象徴とも考えられていた。
可能性
この映画は10万枚のチケットが売れるなど成功を収めたにもかかわらず、現存する映像はなく脚本も失われている。
2024年6月1日、Lost Media WikiのDiscordサーバーに所属する韓国人メンバー(ユーザー名cheongsa7)が、韓国語新聞「Cultura」に掲載された映画ドラマ「Righteous Revenge」に関する記事から、 正義の復讐に関するさらなる情報を発見した。記事には以下の段落が含まれている。
注:翻訳者によると、韓国語の原文には古い文法や語彙が含まれているため、英語訳には誤りがある可能性があるとのことです。
そしてこの文章はGoogle翻訳したものを日本語で読みやすいように改変したものであるため一部にお見苦しい箇所がございますがご了承ください
オリジナル
장춘단에서 서빙고로 넘어가는 산 중턱에 어느 첫 여름날 흰옷 바람의 청중들이 마치 싸움이라도 구경하듯 빽빽이 들어차 있었다. 이들 군중의 시선은 저마다 포장을 젖힌 1915년식 포드 자동차에 쏠리고 있었는데, 그들이 유난히 눈여겨보는 것은 그 차에 타고 있는 세 명의 괴한이었다. 그들은 제각기 일본식 ‘합비’에 ‘당꼬 즈봉’을 입고 허리에는 번쩍거리는 장도(長刀)를 차고 있었다. 더욱 놀랍게도 백주에 가장행렬이라도 하는 듯 울긋불긋 분장을 하고 있었다. 괴한들이 산허리로 돌아가자 얼마 후 조금 떨어진 숲속에서 호각소리와 함께 청년 하나와 불란서제 목조촬영기를 멘 기사가 나타났다. 캡을 눌러쓴 사람은 일본인 카메라맨이었고, 얼굴이 거무잡잡하고 키가 작달막한 젊은 청년은 당시 단성사에서 명성을 떨치던 해설자의 원로 김덕경(金悳經)이었다. 덕경의 임무는 현장 지도와 통역이었다." [...] "무대에서 연극이 벌어지다가 등장인물이 급히 퇴장한다. 함께 연극하던 배우가 뒤따라간다. 이때 호루라기 소리가 나며 무대 위에서 옥양목 스크린이 내려오고 거기에 활동사진(영화)이 비춰진다. ‘아!’ 놀랄 새도 없이 방금 무대에서 본 배우들이 활동사진에서 연기를 한다. 쫓기는 자가 대기시켰던 자동차에 올라타고 질주한다. 쫓는 자도 어디서 구했는지 자동차를 타고 쫓는다. 추적, 또 추적. 자동차가 5리쯤 밖에서 달려온다. 카메라는 고정돼 있고 그 자동차가 스크린 전면까지 와서 비켜질 때까지 한 5분. 다음 장면은 추적하는 자동차가 보이기 시작해 그것도 스크린에서 사라지기까지 5분쯤. 이렇게 자동차와 자동차가 쫓기고 쫓고 하다가 마침내 뒤 차가 앞차를 바짝 몰아 두 사람이 격투를 할 때 다시 호루라기 소리가 나며 옥양목 스크린이 위로 올라가면, 무대에 바로 영화 장면이 이어져 실제로 배우들이 격투를 한다. 희한하기란 이루 말할 수 없었다." [...] "영사 속에서 악한이 산으로 기어오르고 뒤 미쳐서 청년이 따라가며 막 뒤에서 말을 주고받고, 이렇게 한참 험한 산비탈에서 실갱이를 하다가 이윽고 악한이 잡힐 순간 당황한 그는 품에서 단도를 꺼내 청년을 찌르려고 한 순간 호각소리가 나고 순식간에 백포장이 올라갔다.”
翻訳版
「初夏の日、長春壇からセルビンゴ山の 斜面には、まるで格闘技の試合でも見ているかのように、白いローブをまとった観衆がひしめき合っていた。皆の視線は、それぞれがラッピングを施した1915年型フォードに釘付けとなり、特に注目していたのは車内の3人の銃を持った男たちだった。彼らはそれぞれ日本式の『ハビ』と『ダンコ・ズボン』を身に着け、腰には光る長刀を携えていた。さらに驚くべきことに、彼らはまるで白酒のパレードに参加しているかのような格好をしていた。銃を持った男たちが山の斜面に戻ると、少し離れた森の中に、若い男が叫び声を上げ、木製のカメラを持った写真家がすぐに現れた。帽子をかぶっているのは日本人カメラマンで、顔が黒く背の低い若い男は、当時丹城寺で名声を得ていた映画解説者の長老、金徳慶だった。私の仕事は現場を案内し、解釈することだった。 「舞台上で劇が繰り広げられ、登場人物が慌てて退場する。共演していた俳優が後を追う。その時、舞台から笛の音が鳴り響き、そこにアクションシーン(映像)が映し出される。驚いたことに、舞台上でそれを見たばかりの俳優たちが、アクションシーンの中で演技を始める。追われる者は待機していた車に乗り込み、逃走する。追う者も車に乗って追いかける。追跡、追跡、追跡。車は外から約5分ほど走ってやってくる。カメラは固定され、車が画面の手前に来て道を譲るまで約5分かかる。次のシーンは約5分後、追跡車が見え始め、画面から消える。このように車と車が追跡され、そしてついに後ろの車が前に迫り、二人が格闘する時に再び笛を鳴らす。車のスクリーンが上がると、映画のシーンはまさに舞台上に映し出される。そして俳優たちは実際に戦っている。奇妙だとは言えなかった。」「領事館では、悪人が山に這い上がり、狂乱状態になり、青年が後を追って幕の後ろで言葉を交わし、悪人が腕から短剣を取り出して青年を刺そうとした後、捕まりその後すぐに幕が下がった。」
Discordユーザーcheongsa7による翻訳
段落ごとに文同士のつながりがほとんどないため、文章に意味が全くなく、映画の筋書きなのか、それとも劇の内容を描写したものなのかを判断するのが難しい。
残された情報
『正義の復讐』は、1919年の映画公開日と同じ10月27日に祝われる韓国映画の日につながった。韓国政府はまたこの映画を韓国史上初の映画とみなしている。
本映画についての解説がある
アリラン(1926)
『アリラン』 は1926年の韓国映画であ る。この映画はナ・ウンギュが監督し、主演も務めた。タイトルは同名の韓国の伝統的な歌に由来する。
羅雲奎監督の代表作であると共に、日本統治時代の朝鮮映画の代表作でもある。民謡の「アリラン」は、この映画で歌われて有名になり、広まったものと考えられている。
- 製作: 朝鮮キネマ
- 配給: 南洋映画社
- 監督、脚色、原作: 羅雲Ỉ
- 撮影、編集、現像: 加藤恭平
- 出演: 羅雲奎、申一仙(朝鮮語版)、南宮雲、朱仁奎、李正淑
ストーリー
主人公は、三・一独立運動に関係して投獄され、精神を病んで故郷に帰ってくる。主人公の妹を親日派が強姦しようとすると、主人公は親日派を鎌で殺して正気に返る。そして主人公は「アリラン」を聞いて再び連行されていく。
状態
この映画は日本でも公開されたが悪役が親日派である描写が問題となり、憲兵によって検閲を受けた。
ビラに使われたスチルを除いてフィルムは現存しておらず、朝鮮戦争により焼失したと考えられている(本作を含む羅雲奎の映画は一作も現存していないという)。現在でもフィルムの捜索が行われており、2005年に死去した大阪在住の映画コレクターの目録に名前があったことから注目され、東京国立近代美術館センターが調査したが、結局朝鮮半島で撮られたフィルムは一点も見つからなかった。
韓国では現在までに6回リメイクが作られている。特に2003年のイ・ドゥユン監督のものが有名。
韓国では現在までに6回リメイクが作られている。特に2003年のイ・ドゥユン監督のものが有名。
春香伝 (1935)
春香伝(チュンヒャンジョン、「The Story of Chun-hyang) は、1935年に公開された韓国初のトーキー映画である。この 映画は、18世紀の韓国小説『春香伝』を原作としている。ト ーキー映画の時代には、韓国の多くの映画館が外国のトーキ 一映画の上映を競い合っていた。しかし、当時韓国ではまだ トーキー映画は製作されていなかった。そのため、『春香伝』 の公開は、多くの韓国映画ファンにとって待望の出来事だった。この映画は、音響技術がすべて国内で開発されたという 点で、より意義深いものとなっている。 この映画は、韓国映画史でも特に重要視されており、韓国映像資料館より春香殿をテーマにした切手も発行された。
ストーリー
南原の妓生の娘、春香と李夢龍は婚約していた。夢龍が父と共に漢城へ向かうと、新任の奉行が春香を連れ去ろうとする。春香は奉行の懇願を拒絶し、牢獄に投獄される。一方、夢龍は国家試験で首席合格を果たし、潜入捜査官となって南原へ向かい、炳鶴斗を逮捕し春香を救出する。
評判
この映画は技術的なミスや出演者の演技力の不足で批判された。音響技術は、機械の使い方が誰も分からなかったため劣悪だったと言われており、音声を録音するためにポストプロダクションで吹き替えを行う必要があった。サイレント映画とは異なり、防音カメラ、サイレントライト、外部の騒音を制御するためのスタジオなどの高度な機材が必要だった。こうした技術的な欠点にもかかわらず、人々は効果音だけではない音声付きのトーキー映画に驚いた。韓国の観客が映画館で自国語を聞くことを喜んだため、『春香伝』はたちまち大ヒットとなり、長期間劇場で上映された。
状態
この映画は失われたとされており、朝鮮戦争の戦火にまきこまれ失われた数多くの韓国映画の一つである可能性が高い。唯一残っている映像は、『半島の春』 (반도의 봄)という別の映画の中にある。この映画には、韓国の映画製作者たちが『春香伝』を撮影している様子を描いた非常に長いシーンが ある。この映像と数枚の静止画を除けば、『春香伝』は今日ま で行方不明のままである
ゲッグム (1936)
【ゲッグム】(犬の夢) は、1936年に韓国で制作された短編アニメーション作品である。韓国アニメーションの初期の作品の一つと考えられている。
備考
この短編アニメに関する情報はほとんど残っていない。主な情報源の一つは、1936年11月25日付の朝鮮日報の記事で、擬人化された犬のキャラクターのイラストが掲載されており、それがこのアニメの主人公であると示唆されている。
「ミッキーマウスやベティ・ブープの名前は世界中で知られていますが、韓国で制作されたアニメキャラクターはこれまでありませんでした。しかし今回、キム・ヨンウン氏とイム・ソッキ氏が、ジョンリム映画会社と共同で、アニメキャラクター『ゲッグム』の制作を開始しました。」
記事には、すでに400フィート(134メートル)のフィルムが完成していたことも明記されている。
ゲッグムの上映時間は約3分と推定されている。ストーリーや設定については何も分かっていない。
ゲッグムの上映時間は約3分と推定されている。ストーリーや設定については何も分かっていない。
可能性
この記事以降、レビューやその存在に関する続報が一切ないため、ゲッグムが実際に上映されたのか、開発途中で中止されたのかは不明である。
トリビア
- 『ゲッグム』は明確な筋書きと物語を持つ韓国初の短編アニメーション作品とされているが、韓国で制作された最初のアニメーション作品ではない。韓国で制作されたアニメーション第一号は日帝強占期の広告映画「月城ジガダビ」であるがこの広告映画も現存していない。
- 「ゲッグム」、日本語で「犬の夢」は、気まぐれで浅薄な夢を指す韓国語の俗語である。これは、幸運の夢を表す「豚の夢」という俗語とは対照的である。