戦闘開始前(〜2025/11/7)
第1独立機構化偶兵師団は、立案した作戦と実働可能兵力を本国へ伝達した。作戦開始を宣言後、アークランド軍守備隊と共に、沿ドニエストルで就労していた民間人、民間人が必要とする日用品や食料、退避可能な設備・資料を速やかに沿ドニエストル南部へ移送を開始した。
第1独立機構化偶兵師団は、沿ドニエストル攻防戦によって複数の防衛陣地が砲撃または爆撃による被害を少しばかり受けていたものの、高度な個体間ネットワークと重コマブロイドの強固な対空・対戦車武器によってその交戦能力を維持しており、作戦立案時点で14300人のコマブロイド、69機のCpA-006D2、重コマブロイド282体が行動可能であり、うち数値に含まれていない損耗した個体に関しても、南部中心都市ティラスポリにて修復を行っており、一部が戦線復帰可能であった。
沿ドニエストルの民間人はアークランド人を含めて250000人程度おり、うち北部に住居を構えていた人は3割に及ぶ。
第1独立機構化偶兵師団は、北部の民間人が移動に必要な時間を2週間と定め、民間人の退避が進む過程で、徐々に沿ドニエストル北部に配置していた守備兵力を南部へと移し、16日後には完全に沿ドニエストル北部を撤退した。
包囲状態に置かれるまでの予想時間を考慮した性急な移動であったため、軍民問わず徒歩で運べる荷物はキャリーケース1〜2つ分であったという。
退避先となったティラスポリでは、一時的な物資集積所が多数設置されることとなり、そこで民間人が必要な消耗品を配給。空き地には仮設テントによる北部からの避難者の寝床が置かれた。
陽動と突破(11/7 AM5:00〜11/7 PM15:00)
早朝の沿ドニエストルの南端、朝靄が立ち込める平原へ、第1独立機構化偶兵師団隷下の第219,220装甲機動大隊が攻撃を開始。革命勢力に対し左右へ分散展開した。
左翼の第219装甲機動大隊は、本隊とアークランド軍守備隊の支援砲撃の下、噴煙と土煙に守られながら東へ前進。
右翼の第220装甲機動大隊も同様に、包囲網完成に向けてモルダヴィアに向けて前進しようとしていた革命勢力の保有する複数の陣地に向かって突撃を行った。
革命勢力の各陣地からは、アークランド軍基地等より鹵獲した戦車が迎撃のため発進し、重火砲と連携しての装甲機動大隊AMUの撃破を試みるが、部隊としての質で勝る第1独立機構化偶兵師団本隊の砲兵による猛反撃を受け、火点の多数が沈黙。
AMUを全機出し惜しみなしで展開した事で、局所的に機動的・火力的有利を形成し、革命勢力の前線を押し込んだ。
革命勢力の内、最も兵力があり、第1独立機構化偶兵師団と正面から当たったマルクス・レーニン主義勢力の指揮官は、この両翼の攻勢を見て"アークランド軍との合同でのオデッサ以西の蜂起戦力分断とその包囲作戦"と誤認。モルダヴィア方面の守備を厚くし、主力の戦車部隊を西へ集中させようとしていた。
敵戦力の偏りを複数回にわたる偵察によって確認した第1独立機構化偶兵師団の本隊(12,000名のコマブロイドと重コマブロイド)は、作戦の第二段階開始を命令、中央突破を敢行した。
既に2個装甲機動大隊にこじ開けられていた革命勢力の防衛線は、兵力の再編も追いつかないまま本隊との正面からの衝突を許し、質・量ともに圧倒的な劣勢から瞬く間に崩壊。革命勢力の民兵達はオデッサ方面へと潰走を始めた。
第1独立機構化偶兵師団本隊の後方では、民間人や資材を載せた、軍民問わず多数の輸送車両が、コマブロイドやアークランド軍兵の護衛の下でゆっくりと南下を開始。
沿ドニエストルからオデッサ方面への退避ルートが確実に開かれていった。
軌道爆撃の開始(11/7 PM15:00〜11/9 AM8:00)
オデッサ北部を拠点とする革命勢力の内の君主主義派司令部は、2個装甲機動大隊の戦力の比重と、第1独立機構化偶兵師団本隊の進軍方向と速度から、中央突破の意図はオデッサ以西の分断ではなく、オデッサの攻略のみにある事に気づき始める。
革命勢力君主主義勢力は、正面から第1独立機構化偶兵師団本隊の攻勢を受け止めるマルクス・レーニン主義勢力と、モルダヴィアへの攻勢途中に青衛軍第220装甲機動大隊と会敵した自由主義勢力に連絡を行い、オデッサ手前への速やかな後退と防衛線の再構築をするよう伝え、自身らも正面に展開する青衛軍第219装甲機動大隊への反撃を行おうと攻勢に出る。
しかし、成層圏を越えた高軌道上にて、艦隊配置を終えた第1青星機構艦隊のUCG-2270 50隻が、主砲を用いた精密軌道爆撃を開始。
無数のビームが大気圏を突き抜け、第219,220装甲機動大隊が攻撃中の両翼正面と、革命勢力マルクス・レーニン主義勢力の陣地に降り注ぎ、3つの革命勢力が保有する弾薬集積拠点や防衛用の仮設トーチカ、比較的大型の鹵獲したAMUや戦車を多数破壊した。特にモルダヴィア方面に包囲を防ぐために出向いていた戦車部隊は一瞬で半壊し、補給線は寸断。指揮系統は混乱に陥り、作戦行動力が大幅に削がれた。
地上では、軌道爆撃によって革命勢力の戦力に大ダメージを負わせたのみならず、第1独立機構化偶兵師団の各部隊の進軍方向に大量の爆煙が発生しており、特に大柄なAMUで構成された第219,220装甲機動大隊は、視界不良によって革命勢力の戦車等が正確な反撃ができなくなった事から接近戦が多発。
目前に現れた鉄の巨人に革命勢力の戦車は、効果的な反撃を与えることが困難であった。
これらの猛攻と十分な支援により、第1独立機構化偶兵師団とその後方に続く避難民の一団はさらなる前進を続け、オデッサ目前へと迫っていく。
このあたりから、アークランド軍守備隊は第1独立機構化偶兵師団が前線を押し上げる間、避難民を守るために後方へ戦力を移動。第1独立機構化偶兵師団が攻勢を維持するための重要な後ろ盾となっている。
オデッサ攻略戦(11/9 AM8:00〜11/10 AM11:00)
第1独立機構化偶兵師団本隊は、3日間攻勢を維持し続け、オデッサ目前である北部平野へと戦力を展開。オデッサ市街の一部が視認視認できる距離まで到達した。
前日までの第1独立機構化偶兵師団本隊の攻勢により、なし崩しに後退を余儀無くされたアークランド革命勢力3つからなる35000人前後の民兵は、オデッサ市街手前にある平野の一部に小高い丘が連なっているのを利用し、簡易的ながらも戦車と重砲による反斜面陣地を構築、水際防衛を試みることとなった。
第1独立機構化偶兵師団司令部は、青評連へ現状の作戦の進捗を報告。救出部隊と歩調を合わせつつ、後続の避難民が市街制圧後に速やかに移動が可能なよう、後方を整理しつつの待機を行った。
この間、師団が管理する超小型のビー・コマブロイドによる敵陣偵察が繰り返されており、反斜面陣地が形成されていることと、その中に存在する敵の詳細な位置と戦力は、全個体共有システムを経由して大方判明していた。
7/10 4:00早朝、第1独立機構化偶兵師団本隊は、第1青星機構艦隊による軌道爆撃による支援の下、革命勢力が保有するオデッサ最後の障壁である反斜面陣地の攻略を開始した。
青衛軍の軌道爆撃により、革命勢力が構築した反斜面陣地の4割は実質的に機能しなくなっていたが、革命勢力が一応数で勝っていた事と、ある程度情報を得ていたとはいえ、防衛側に有利な位置関係により、少なくない数のコマブロイドや重コマブロイドが破損または擱座した。
師団による反斜面陣地攻略とほぼ同時刻、黒海へ移動中にアバルト北征国の国防海上/陸上軍と、クリシチェルノエスク自由地区の黒色青衛軍の救助支援部隊と合流した青衛空軍第3空挺機動中隊と青衛海軍3個海防戦隊は、アバルト軍艦艇による黒海からの巡航ミサイル攻撃の支援を受けつつ沿岸に強襲。
海防戦隊の水中コマブロイドと北征国の国防海上軍艦隊が、海上よりビームと実弾による継続的な攻撃で革命勢力市内守備隊の反撃を抑制しつつ、アバルト北征国の第1中央陸軍集団第77機動防撃連隊と自由地区の黒色青衛軍600人、第3空挺機動中隊のAMU12機全てをオデッサの湾港に取り付かせることに成功した。
戦力の比重を第1独立機構化偶兵師団の存在する北部に向けていた革命勢力市街守備隊は混乱、沿岸部の防衛線は脆くも崩壊し青衛軍・北征国・自由地区の救助部隊の市内への侵入を許してしまった。
革命勢力市内守備隊は、アークランド軍より鹵獲したヘリを複数発進させ、市街地において少しでも位置的な有利を得ようとしたが、すでに沿岸にて制圧行動に入っていた北征陸軍航空隊の2つのヘリ部隊と会敵する事となってしまい、有効な反撃が出来ないまま、北征陸軍航空隊の対戦車ヘリの装備する空対空ミサイルの餌食となる場面が多発、ヘリのほとんどを喪失する結果となった。
オデッサ市内で革命勢力が制空権を喪失したのと同時期、第1独立機構化偶兵師団本隊の一部がオデッサ市街北部の反斜面陣地を突破。革命勢力の民兵は戦線の維持が不可能となり陣地を次々と放棄し、東西またはオデッサ市内へとバラバラに逃げ散ってしまった。
特に、オデッサ市内で青衛軍を中心とした救助部隊と交戦状態に入っていた革命勢力市内守備隊は、敗走状態でオデッサ市内に逃げ込んできた民兵達を収容・再編成するのに混乱をきたし、また、第1独立機構化偶兵師団本隊が、敗走する民兵を並行追撃するかたちで市内へなだれ込んだことで、数の有利をまったく生かせないまま各個撃破されていった。
攻略開始から7時間後、革命勢力市内守備隊はオデッサを放棄し東西の革命勢力拠点へと撤退。オデッサは青衛軍・アバルト北征国・自由地区の手によって完全に制圧された。
制圧完了後、後続の避難民とアークランド軍が市内へと入り、ティラスポリより移動させた物資のオデッサ湾港への集積を開始した。
オデッサの保持と増援(11/10 AM11:00〜11/12 AM6:00)
オデッサ占領後、住民の混乱を最小限にとどめるよう努めつつ、第1独立機構化偶兵師団他戦闘要員は速やかに防衛態勢へ移行。革命勢力が放棄した簡易陣地や塹壕を再利用した。
東西に展開していた第219,220装甲機動大隊も、オデッサの制圧完了の報を受けて攻勢を停止。革命勢力の追撃を牽制しつつ、徐々にオデッサ方面へ後退の後に第1独立機構化偶兵師団本隊へ合流した。
港湾地区では、避難民内の志願者が各軍の指示に従い、急ごしらえで損傷した埠頭や港湾設備を応急修理を開始し、救助船団の到着に備えていた。等に、他国の救出部隊より少し後に到着し、黒海沖に停泊しているファントム軍の艦艇は、高い収容能力を有する輸送艦も含まれていた事から、遅滞なく脱出が進むよう、1日でも早い修復が必要であった。
オデッサ制圧から半日後、青衛陸軍第12機構化偶兵団のコマブロイド5000人と多数の重コマブロイドが増援としてオデッサ沿岸部より上陸。守備兵力はさらに強化され、これまで激戦を掻い潜ってきた第1独立機構化偶兵師団は久々の休息に入ることが出来た。
戦場は一時的に静寂に包まれるが、遠くの土煙や明かりが近づいて来ていることから、戦いはまだこれからである事を軍人も避難民も全員が感じていた。
オデッサ防衛戦(11/12 AM6:00〜11/13 PM14:00)
第1独立機構化偶兵師団とアークランド軍、そしてそれらの救援として上陸したアバルト北征国・黒色青衛軍・青衛軍の各部隊が、休息を交えつつ攻撃に備える一方。
オデッサを奪取された3つの革命勢力は、市街より逃げ散った民兵や、モルダヴィア方面に展開していた戦闘員を糾合し、オデッサの奪還を目指して反撃を開始した。
第1独立機構化偶兵師団等は激戦の中で少なくない損害を受けていたが、革命勢力はそれ以上に壊滅的なダメージを受けており、特に重装備がかなり不足していると言わざるを得なかったが、もしオデッサよりアークランド軍の増援等が上陸し反転攻勢を行った場合、各勢力の現有戦力では対処が困難であり、戦線の収拾が困難となる前に何としてでも奪い返す必要があったからだ。(最も、青評連もアークランドも、脱出を目的としていたため杞憂ではあったが。)
第1青星機構艦隊による逃げ場のない大気圏外からの攻撃に何度も辛酸を舐めてきた教訓から、各革命勢力は改めて自由主義派・マルクスレーニン主義派・君主主義派でまとまる形で指揮統制を再編。海以外を半包囲する形で3方向から合撃を行う形としつつも、各部隊が分散し、1カ所に多くの兵員を置くことを避けた。
両陣営が双方の射程圏内に収まると、それまでの静寂を破るようにビームと銃砲弾の応酬が始まった。
兵数的には革命勢力が有利であったが、陸海空宙で3次元の戦いが可能な第1独立機構化偶兵師団他救援部隊の方が遥かに火力面での優勢を保っていた。
第1青星機構艦隊による軌道爆撃は、革命勢力各部隊の工夫により効果が薄れていたが、地上部隊とアバルト軍の航空機による連携は、戦力の分散した敵を的確に各個撃破し、場所によっては革命勢力が攻撃するどころか逆に押される場面もあった。
戦いに参加していた青衛空軍 第3空挺機動中隊の隊員は、後の回想にて「攻めているのか守っているのか分からない時があった。敵は横の戦い、我々は縦の戦い。装備の差は勿論として、投射火力・心理的負担に歴然とした差があった。」と語っている。
ファントム軍参戦(11/13 PM14:00〜11/14 AM7:00)
オデッサの防衛戦開始から日を跨いで11/13 PM14:00頃、オデッサの港湾にて、避難民の志願者達が行っていた応急修理が完了し、統合古代都市国家ファントムの陸軍と海軍を中心とした水上戦闘群と救援部隊がオデッサに接岸。
速やかに両用即応部隊を展開し、オデッサ周囲を防衛する第1独立機構化偶兵師団の一部と防衛を交代。脱出の猶予を少しでも伸ばす為、特に平坦な箇所では局所的な攻勢にも参加した。
ファントム軍が投入した船舶の一部は、装備等を鑑みても十分な積載能力があった事から、港湾の修復を行っていた避難民から順番に非戦闘員の収容を開始した。
消耗が大きかったコマブロイドも、後送と同時にファントムの艦艇に同乗し、修理を行なっている。
脱出と帰還(11/14 AM7:00〜11/14 PM17:00)
ファントム軍参戦から17時間後、青評連が手配した200隻もの軍民両方を合わせた大小様々な船団が到着。
戦闘の間、移動できる機材は全て埠頭に纏められており、貨物船が速やかにそれを収容。避難民はフェリー等に乗り込んで行った。
民間人の収容が完了した頃、衛星軌道上で味方部隊の支援を行なっていた第1青星機構艦隊が地上へ降下。これをもって第1独立機構化偶兵師団司令部は作戦の終了と撤退を命令し、UCG-2270 50隻が革命勢力の追撃部隊を砲撃やミサイルによって牽制しつつ、徐々に戦線を縮小。AMUは空へ浮上し、UCG-2270へと収容された。
地上部隊は消耗が酷い部隊や大型車両,重コマブロイドはフェリーや輸送艦,揚陸艦に乗り込み、航空戦力は海上に待機する輸送艦や戦闘艦へと着艦した。この時、沿ドニエストルに駐屯していたアークランド軍の他、モルダヴィアで戦闘後、撤退してきた部隊も急遽合流し一緒に収容されたことから、第12機構化偶兵団の一部は船団に乗り切れず、戦闘艦艇に分乗するか、青衛海軍の海防戦隊と共に海中から脱出を行っている。
11/14 PM17:00頃、最後の部隊が収容された事で、全ての船舶および航宙艦が戦域を離脱。これ以上の追撃は無意味と悟った革命勢力各派は戦闘を停止し、オデッサの再占領を開始したのであった。
こうして、おおよそ1週間にわたる激戦が終了し民間人を1人も傷付けずにほぼすべての軍民が脱出する事に成功した。
一緒に脱出したアークランド軍は途中で別れる事となり、約3週間の航海の後、各国の部隊,民間人は自国へと帰還した。
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