表向きは『龍教会』が各地から保護された身寄りの無い子供達を養育する慈善溢れる孤児院。
しかしてその実態は『龍血融合(コアレッセンス)』に適合する『素体』たる幼い子供達、『聖疵童徒(スティグメイト)』を収容するための実験動物用の飼育施設。
しかしてその実態は『龍血融合(コアレッセンス)』に適合する『素体』たる幼い子供達、『聖疵童徒(スティグメイト)』を収容するための実験動物用の飼育施設。
「──────ただいまーっと」
そんな碌でもない「家」に彼は帰って来た。
時間はとうに日付の変わった深夜。
雨に濡れたくすんだ金髪から雫を垂らしつつ、音を殺して静かに扉を開ける。
安眠に微睡む「家族」を起こして現実に引き戻してしまわないよう返事を期待しない帰宅の文言を囁くように呟いて。
だがしかし。
時間はとうに日付の変わった深夜。
雨に濡れたくすんだ金髪から雫を垂らしつつ、音を殺して静かに扉を開ける。
安眠に微睡む「家族」を起こして現実に引き戻してしまわないよう返事を期待しない帰宅の文言を囁くように呟いて。
だがしかし。
「おかえりなさい、レオ。今回も遅かったわね」
「っ──────!……なんだ、ユーリアか」
「っ──────!……なんだ、ユーリアか」
「家」に帰宅した彼よりも少し背の高い赤毛をポニーテールで纏めた少女が玄関で待ち構えていた。
レオと呼ばれた少年は若干ギョッとしつつも、声の主の正体が分かると直ぐ様呆れたように目を細める。
レオと呼ばれた少年は若干ギョッとしつつも、声の主の正体が分かると直ぐ様呆れたように目を細める。
「こんな時間なのに『また』起きていたのか」
「別にそんなこと無い。寝付けなかったから気分転換にベッドから出たら偶々あなたが帰って来ただけ。今部屋に戻ろうとしていた所よ」
「別にそんなこと無い。寝付けなかったから気分転換にベッドから出たら偶々あなたが帰って来ただけ。今部屋に戻ろうとしていた所よ」
それらしい理由を述べているがおそらく嘘だろう。
その証拠にユーリアは予め用意していなければ持っていないはずの物をレオに差し出して来た。
その証拠にユーリアは予め用意していなければ持っていないはずの物をレオに差し出して来た。
「外は寒かったでしょ?はい、タオル」
「まったく『偶然にしては』準備のいいことで」
「うるさい。ココア淹れてあげるから拭き終わったらキッチンに来て」
「あー、うん。もらおうかな。ありがとう」
「まったく『偶然にしては』準備のいいことで」
「うるさい。ココア淹れてあげるから拭き終わったらキッチンに来て」
「あー、うん。もらおうかな。ありがとう」
ユーリアはタオルを渡すとそそくさと玄関を去っていった。
その後ろ姿を眺めてレオは溜息を吐く。
任務を終えてどんなに遅くに帰ろうとも彼女はいつも自分を出迎えるために玄関で待ってくれている。
幾度と無く「そんなことはしなくてもいい」と訴えても耳を貸そうとしない。だから、やめるように促すのはとうの昔に諦めた。
口喧嘩になってもどうせ勝てないのだし。
なので今は取り敢えず同じ聖疵童徒(スティグメイト)の少女の不器用な優しさに甘えることにする。
その後ろ姿を眺めてレオは溜息を吐く。
任務を終えてどんなに遅くに帰ろうとも彼女はいつも自分を出迎えるために玄関で待ってくれている。
幾度と無く「そんなことはしなくてもいい」と訴えても耳を貸そうとしない。だから、やめるように促すのはとうの昔に諦めた。
口喧嘩になってもどうせ勝てないのだし。
なので今は取り敢えず同じ聖疵童徒(スティグメイト)の少女の不器用な優しさに甘えることにする。
「──────ふぅっ」
ゴシゴシと。
頭から両腕、胴から足先へ。
全身に纏わりついていた水気を吸い取ったタオルを少々乱暴に洗濯機に放り込んでキッチンへと赴く。
既にテーブルの上にはマグカップに注がれた湯気を立ち昇らせる液体が置かれていた。
手に取って渦を描くように水平に回すと安心感を与える優しい香りが鼻腔をくすぐった。
頭から両腕、胴から足先へ。
全身に纏わりついていた水気を吸い取ったタオルを少々乱暴に洗濯機に放り込んでキッチンへと赴く。
既にテーブルの上にはマグカップに注がれた湯気を立ち昇らせる液体が置かれていた。
手に取って渦を描くように水平に回すと安心感を与える優しい香りが鼻腔をくすぐった。
「いただきます」
「熱いから気を付けて」
「小さな子供じゃないんだから大丈夫だって」
「そういう生意気はわたしよりも背が高くなってから言ってちょうだい」
「じゃああと半年くらいの我慢かな?」
「それ去年も同じこと言ってたわよ」
「熱いから気を付けて」
「小さな子供じゃないんだから大丈夫だって」
「そういう生意気はわたしよりも背が高くなってから言ってちょうだい」
「じゃああと半年くらいの我慢かな?」
「それ去年も同じこと言ってたわよ」
他愛のない軽口を交わしつつ、淹れたてのココアを啜って口に含む。
口内に広がる先程嗅いだ香りに違わない甘さと熱が冷え切っていた身体に再び体温を思い出させる。
心地の良い感覚だ。
だが、それはそれとして不満点は少々。
口内に広がる先程嗅いだ香りに違わない甘さと熱が冷え切っていた身体に再び体温を思い出させる。
心地の良い感覚だ。
だが、それはそれとして不満点は少々。
「まだちょっと苦いな。砂糖入れていいかい?」
「ダメ。虫歯になるでしょ」
「ちぇ、どうせ長生きなんて出来ないんだから健康なんて気にしても意味ないd
「冗談でもそんな言い方はやめて」
「…………………………」
「ダメ。虫歯になるでしょ」
「ちぇ、どうせ長生きなんて出来ないんだから健康なんて気にしても意味ないd
「冗談でもそんな言い方はやめて」
「…………………………」
ユーリヤから放たれた静かな怒気に言葉を遮られてレオは押し黙る。
軽いジョークのつもりだったが些か不謹慎が過ぎていたかもしれない。
そのように心の内で自省しつつ「とある期限」について思いを馳せる。
軽いジョークのつもりだったが些か不謹慎が過ぎていたかもしれない。
そのように心の内で自省しつつ「とある期限」について思いを馳せる。
(……………………あと10年、か)
それが少年に残された寿命であった。
診断したのは確か「ドクター・スケイル」と名乗る教会に所属するヘラヘラとした態度が鼻に付く胡散臭い眼鏡の医者だったか。
彼曰くレオに施された『龍血融合(コアレッセンス)』は幼い身体に多大な負荷を齎し、不可逆のダメージが毒素のように蓄積していくのだという。
そして、龍化は力を使えば使う程に進行していく。
その証拠に融合当初は手首から先だけに見られたドラゴンに由来する緑色の鱗は今では肩までを覆い侵食していた。
この分だとやがては肉体だけに留まらず精神にも影響を及ぼし、自我を喪失して宣告された寿命を迎える前にヒトでなくなる可能性すらある。
それでも、それでも──────。
診断したのは確か「ドクター・スケイル」と名乗る教会に所属するヘラヘラとした態度が鼻に付く胡散臭い眼鏡の医者だったか。
彼曰くレオに施された『龍血融合(コアレッセンス)』は幼い身体に多大な負荷を齎し、不可逆のダメージが毒素のように蓄積していくのだという。
そして、龍化は力を使えば使う程に進行していく。
その証拠に融合当初は手首から先だけに見られたドラゴンに由来する緑色の鱗は今では肩までを覆い侵食していた。
この分だとやがては肉体だけに留まらず精神にも影響を及ぼし、自我を喪失して宣告された寿命を迎える前にヒトでなくなる可能性すらある。
それでも、それでも──────。
(構わない。「家族」のためなら)
レオにとっての「家族」とは即ち他の『聖疵童徒(スティグメイト)』の子供達。
実の親を知らず何も持たざる者であった自分が過酷な環境であっても苦楽を共にし繋ぎ続けた絆。
彼らを守れるならばこの命を捧げるに十分値する。迷いを抱く余地など最初から存在しない。
だから、少年は強がりとは無縁の屈託のない笑顔を「家族」の一員である少女に向けられる。
実の親を知らず何も持たざる者であった自分が過酷な環境であっても苦楽を共にし繋ぎ続けた絆。
彼らを守れるならばこの命を捧げるに十分値する。迷いを抱く余地など最初から存在しない。
だから、少年は強がりとは無縁の屈託のない笑顔を「家族」の一員である少女に向けられる。
「悪かったよ。でも、心配ないさ。まだ全然平気だから。限られた時間はもっと活躍して上層部にぼくの力を示すことに使いたいんだ。そうすれば『聖疵童徒(スティグメイト)』は更に良い待遇を受けられるようになる。いつ使い捨てにされるかビクビクして怯える生活とはおさらばだ」
「レオ……」
「明日も任務だからそろそろ寝るよ。ターゲットの巫女を3人程消さなきゃならないんだ。ココアおいしかったよ。おやすみ」
「………………おやすみなさい」
「レオ……」
「明日も任務だからそろそろ寝るよ。ターゲットの巫女を3人程消さなきゃならないんだ。ココアおいしかったよ。おやすみ」
「………………おやすみなさい」
就寝の挨拶を交わすと少年は足早に自分の寝室へと戻って行く。
その背中をユーリアは暗い光を宿した眼差しで見送っていた。
その背中をユーリアは暗い光を宿した眼差しで見送っていた。
(──────結局、また言えなかったな)
「一緒に逃げよう」。
その一言が喉から飛び出しそうになる寸前でユーリヤは飲み込んで押し留めていた。
彼女としてはレオにはなるべく長く生きてほしい。
他の仲間達が大切じゃないというわけではないが少女にとってレオは「特別な存在」であった。「家族」へ向ける親愛以上の想いを抱く対象として。
故に身を削るような血腥い殺し合いに染まった命の危険と隣り合わせの日常など送らずに、ただのどこにでもいる同じ年頃の少年のように平穏を享受していてほしい。
彼女としてはレオにはなるべく長く生きてほしい。
他の仲間達が大切じゃないというわけではないが少女にとってレオは「特別な存在」であった。「家族」へ向ける親愛以上の想いを抱く対象として。
故に身を削るような血腥い殺し合いに染まった命の危険と隣り合わせの日常など送らずに、ただのどこにでもいる同じ年頃の少年のように平穏を享受していてほしい。
(でも、彼は到底受け入れてくれないでしょうね)
しかし、これは独り善がりなエゴだ。
レオの決意は固い。
そんな誘いには乗らずに『聖疵童徒(スティグメイト)』のために戦い続けることを選択するだろう。それこそ自分の命が尽き果てるまで。
仮に共に教会を抜け出したとしてもコアの侵食度を示すステージの低い自分はともかく、既に龍化がかなり進んでいる彼に社会的な居場所はどこにもない。そもそも殺人を含めた幾つもの法を破ってしまっている。
展望の無き無謀な逃避行の末路は野垂れ死か一生檻の中か、或いは教団から裏切り者の粛清のために遣わされた刺客による抹殺が関の山だろう。
レオの決意は固い。
そんな誘いには乗らずに『聖疵童徒(スティグメイト)』のために戦い続けることを選択するだろう。それこそ自分の命が尽き果てるまで。
仮に共に教会を抜け出したとしてもコアの侵食度を示すステージの低い自分はともかく、既に龍化がかなり進んでいる彼に社会的な居場所はどこにもない。そもそも殺人を含めた幾つもの法を破ってしまっている。
展望の無き無謀な逃避行の末路は野垂れ死か一生檻の中か、或いは教団から裏切り者の粛清のために遣わされた刺客による抹殺が関の山だろう。
(──────あぁ、わたし達はどうしようもなく詰んでいる)
ユーリアは悲観から両の手で自らの顔を覆う。
この世界は優しくなどなく、引き返すには全てが遅過ぎた。
どのような道を辿っても少年には破滅の未来が待っている。
どれ程変えようと足掻こうが、その約束された運命の前にコアすら禄に制御出来ない自分は余りにも無力だ。
この世界は優しくなどなく、引き返すには全てが遅過ぎた。
どのような道を辿っても少年には破滅の未来が待っている。
どれ程変えようと足掻こうが、その約束された運命の前にコアすら禄に制御出来ない自分は余りにも無力だ。
(だとしても──────)
これから幾度と無く傷つくであろう彼の側で寄り添い、守りたいと願っている居場所の留守を預かることくらいは出来るはず。
暗闇に光を示す灯台のように。
翼を休ませる止まり木のように。
温もりを与える陽だまりのように。
翼を休ませる止まり木のように。
温もりを与える陽だまりのように。
(せめてわたしだけでも彼の味方で在り続けよう)
いずれ訪れる最後の時を迎えるまで。
少女は少年の行く末を案じ続ける。
少女は少年の行く末を案じ続ける。