人外と人間

人外アパート リビングメイルと苦学生 6

最終更新:

monsters

- view
管理者のみ編集可
関連 → ヤンマとアカネ

リビングメイルと苦学生 6 859 ◆93FwBoL6s.様

 一秒でも早く、家に帰りたい。
 授業を終えて下校した真夜は、アルバイトに向かう茜と自宅の方向が違うシオカラと別れ、一人帰路を辿っていた。左手に提げたスーパーの買い物袋の重みも、まるで気にならない。彼は何も食べないが、誰かがいるだけで違う。夕暮れに染まる住宅街を歩きながら、真夜は独りでに緩んでしまった頬を元に戻そうとしたが、上手く行かなかった。高校でも、何か良いことがあったのかと茜や他の友人にも何度となく尋ねられたが、真相を話す気にはなれなかった。というより、話してしまうのが惜しかった。誰かに話してしまったら、魔法が解けてアーサーが動かなくなりそうだからだ。実際に言霊を呪縛とする魔法は存在しているし、アーサーが目覚めた理由がそういった魔法でないとは言い切れない。
 昨夜、真夜なりにアーサーに掛けられた魔法を調べてみたが、アーサー自身の魂の残留思念しか感じられなかった。聖剣エクスカリバーと称される西洋剣も調べてみたが、平凡な魔法剣に施される物質強化魔法ぐらいしか解らなかった。それ以外の魔法があるのでは、と頑張ってみたものの、知識も浅ければ腕もない真夜にはそれ以上は解らなかった。詳しいことを調べるのは、両親が帰ってきてからでもいいだろう。アーサーの様子を見る限り、それまでは保ちそうだった。
 外見は有り触れた二階建ての一戸建ての自宅に戻った真夜は、門に鍵の代わりに掛けられた魔法を解除し、開いた。真夜が中に入ると、門が独りでに閉ざされた。鍵の方が楽だとは思うが、日常的に魔法を使うことが最も良い修練だ。同じように玄関のドアも開けた真夜は、ローファーを脱いでから、アーサーがいるであろうリビングに向かって声を掛けた。

「ただいま、アーサー」

 すると、リビングのドアが開き、二メートル近い身長の金色の全身鎧が顔を出した。

「戻ったか、真夜」
「アーサー、退屈してなかった?」

 真夜がキッチンに向かうと、アーサーは首を動かして真夜の背を追った。

「いや。真夜が与えてくれたこの時代の書籍のおかげで、存分に知識を得ることが出来た」
「漢字、ちゃんと読めた?」

 冷蔵庫を開けて食材を詰めながら、真夜が言うと、アーサーは顎をさすった。

「ある程度は。だが、どうしても理解しがたいことがあるのだ」
「何が?」
「真夜が今食材を入れている箱や、動く絵を映し出す黒い板の構造だ。上空では、竜族とは異なる鉄の翼の鳥が飛んでいる。あれは一体どういった魔法を施されたカラクリなのだ?」
「漫画みたいなこと言うわね」

 真夜が噴き出すと、アーサーはリビングから出てキッチンに入ってきた。

「真夜、私は本気で問うているのだぞ!」
「機械の構造なんて、解らなくていいわよ。使えるようになればいいんだから。私だって解らないんだから」

 冷蔵庫の扉を閉めた真夜は、リビングに向かった。

「そうなのか?」
「そうよ。魔法も機械も、何がどうなってそうなるのか、全部解った上で使っている人なんて滅多にいないわよ」

 真夜は制服のポケットから携帯電話を取り出し、茜のメールを読んでから手早く返信し、閉じた。

「それじゃ、私は着替えてくるから」

 二階に向かおうとした真夜の腕を、硬い手が引き留めた。振り返ると、アーサーは真夜の左腕を掴んでいた。

「真夜」
「今度は、何?」

 アーサーと向き直った真夜が少し困った顔をすると、アーサーは真夜の顎を躊躇いもなく持ち上げ、腰を曲げてきた。

「…足りないのだ」

 何を、と聞き返す余裕はなかった。真夜の唇にアーサーの冷たく金気臭いマスクが被さり、重たくのし掛かってる。通学カバンと携帯電話が床に落ちて鈍い音を立てたが、アーサーの手は緩まず、真夜の背に逞しい腕を回してきた。

「ん、ぐ」

 真夜はアーサーの胸を押し返そうとするが、力で勝てるわけもなく、反対にアーサーに抱き竦められてしまった。数分、或いは十数分も接していたマスクが唇から離れると、真夜は喘いだ。息苦しさとは別の、苦しさが起きていた。魔力飽和による高揚とは異なる熱が、胸の奥から湧く。訳もなく鼓動が速まり、吸ったはずの空気が肺に届かない。表情を見られたくなくて顔を背けるが、アーサーの手は真夜の頬を押さえて目線を合わせさせ、首を前に倒してきた。

「君が足りないのだ」
「馬鹿なこと、言わないでよ」

 真夜が小さく呟くと、アーサーは真夜の長い黒髪に指を通した。

「真夜、君は美しい。黒曜石のような瞳も、絹糸のような髪も、大理石のような肌も、その全てが」
「言い過ぎ…」

 あまりのべた褒めに真夜が赤面して俯くと、アーサーは笑んだ。

「事実を述べたまでだ」
「全く」

 真夜は言い返す気も起きなくなってしまい、顔を背けたままアーサーを押し返した。

「今度こそ、着替えてくる」
「その方が良かろう。私は貴婦人の衣装の脱がし方は把握しているが、今、君が着ている服の脱がし方は知らないからな」
「…まさか、ここで脱がすつもりだったの? ていうかそれで何するつもりだったの?」

 通学カバンと携帯電話を拾った真夜が固まると、アーサーはにんまりした。ような、声色を出した。

「生憎、今の私には生まれ持った剣は備わっていないが、君を満たしてやれる自信はある」
「ばっ」

 馬鹿、と言おうとしたが喉の奥で詰まってしまい、真夜は階段を駆け上がって二階に昇り、自室に駆け込んだ。ドアを背中で閉めて、ずるりと座り込んだ。先程の高揚とはまた異なる動揺に襲われ、真夜は暴れる心臓を押さえた。アーサーのことは好きだが、本気で惚れてしまいそうな予感はするが、いきなり体を開かれてしまうのは躊躇する。増して、真夜は男性経験がない。中学時代に気になる男の子はいたものの、近付くことすら出来ずに自然消滅した。自分で自分を慰めたことはないわけではないが、それとこれとは大違いだ。部屋から出るまいか、本気で悩んだ。

「とりあえず、着替えよう」

 真夜は平静を取り戻すため、セーラー服とプリーツスカートを脱いでハンガーに掛け、汗の染みたブラウスを脱いだ。ベッドの上に置いておいた普段着を取ろうとして、手を止めた。竜の彫り物に囲まれた古い姿見に映る、自分を眺めた。いつものブラジャーとパンツが、なんだか急に子供っぽく思えた。居たたまれなくなり、クローゼットを開けて下着を出した。これもダメ、あれもダメ、と年相応のデザインのブラジャーとパンツを床に投げ捨てながら、真夜は一人で赤面していた。
 あれはアーサーの軽口かもしれないのに、本気にして着替えようとしている。そんな自分が、恥ずかしくてたまらない。けれど、何もしないわけにもいかない。万が一、そういうことになってしまったら、いつもの下着のままでは必ず後悔する。
 そして、黒と紫のレースのブラジャーと揃いのパンツを見つけ出した真夜は、下着の散乱する床に突っ伏してしまった。下着が決まったなら、次は服を決めなければ。けれど、アーサーが好むような服装が解らないのでは決めようがない。しかし、彼に聞くのはもっと恥ずかしい。真夜は床に散らばる下着を片付けてから、クローゼットを掘り返しに掛かった。
 だが、出てくる服は黒ばかりで情けなくなった。

 一時間以上過ぎてから、真夜は自室を出た。
 恐る恐る階段を下りていくが、途中で立ち止まって窓に映る自分を見た。黒は黒だが、いわゆるゴシックロリータだ。黒のレースがふんだんに使われた袖口の広がった黒のワンピースに、同じく黒のペチコート、そしてやはり黒のタイツ。ヘッドドレスも付けていないしそれらしい化粧も施していないので、完璧ではないが、これが一番可愛かった服なのだ。現代で活躍する魔術師の中には、ゴシック系の趣味が高じて魔術に目覚めた者も少なくなく、真夜の母親もそうだった。だから、母親が買い与えてくれたのだが、ゴシックロリータにはそれほど興味がないので着た回数は数えるほどだった。なので、未だに新品同様だ。いきなりゴスロリなんて気合い入れすぎたかも、と真夜が躊躇すると、リビングのドアが開いた。

「真夜」

 アーサーだった。真夜が階段の中程で硬直すると、アーサーは手を差し伸べてきた。

「麗しき、我が聖女よ」
「え、っと?」

 真夜がぎこちなく笑うと、アーサーは微笑んだ。

「神が許して下さるならば、私の前に舞い降りて頂けませんでしょうか。そして、その白き手を我が手に預けて下さいませ。神が私を妬み、私の元からあなたを奪い去ってしまうやもしれませんので」
「だから、言い過ぎなのよ」

 真夜は赤面しすぎて階段に座り込み、俯いた。ひどい風邪を引いた時よりも頬が熱く、貧血の時よりも頭がくらくらする。口説くにしても、もう少し加減を知って欲しい。だが、それを言うよりも先に、アーサーは真夜を上から下まで褒めてくれる。この分では、真夜がどんな格好で何を言っても褒めてくれそうだ。惚れられているのか、はたまた手玉に取られているのか。どちらにせよ、困ったことだった。変な期待をしてしまっただけでも恥ずかしさで胸が破裂しそうなのに、腰に力が入らない。アーサーの元に行きたいが、行けない。真夜が座り込んでいると、アーサーは階段を上り、真夜の左手を持ち上げた。

「いざ、参りましょう。我が聖女よ」
「…うん」

 逆らえるわけもなく、真夜は頷いた。アーサーは真夜の肩と膝の裏に手を差し込むと、横抱きに抱えて階段を下りた。そのまま真夜はリビングに運ばれ、ソファーに座らされた。アーサーは真夜の前で片膝を付くと、真夜の左手を取った。左手の甲に口付けるようにマスクを当ててから、アーサーは立ち上がり、真夜の顎を金色の太い指先で持ち上げた。

「君は美しい」

 アーサーのマスクが真夜の唇を塞ぐが、今度はすぐに離れた。次に首筋に触れてきたので、真夜は身を縮めた。

「ひゃうっ」

 思い掛けない場所への感触と冷たさに驚いた真夜に、アーサーは低く囁いた。

「実に可愛らしい反応だ。肌を許すのは、私が初めてなのか?」
「当たり前よ!」

 真夜が最後の意地で言い返すと、アーサーは真夜の胸元のリボンを解いて襟を緩め、冷たい手で首筋をなぞった。

「それは光栄だ」
「それほどのことじゃないと思うわ」

 肌を曝される恥ずかしさに耐えながら真夜が呟くと、アーサーは穏やかに答えた。

「私は聖剣エクスカリバーに選ばれし聖騎士。それ故、私は戦い続けなければならない身。私が愛するべきは神であり、
祖国であり、そして民衆だった。魔剣ストームブリンガーがこの世に在る限り、私は聖騎士で在り続けなければならない」

 だが、とアーサーは真夜を見つめた。

「今は、私もエクスカリバーも魔剣の穢れた息吹を感じていない」
「戦わなくてもいいから、私に構うってこと?」
「それでは言葉が悪い。戦わずとも良いからこそ、私は君で心を満たすことが出来るのだ」

 アーサーは真夜をソファーに横たえると、ペチコートで膨らんだ裾に手を差し入れ、ガーターベルトを付けた太股に触れた。これもまた初めての感触で、真夜はぎょっとした。そのまま手が昇るかと思われたが、アーサーの手は太股を丹念に撫でた。真夜の太股の手応えを確かめるように緩く揉んでいたが、その手が止まり、今度は下着の上から真夜の陰部がなぞられた。

「…あっ」

 自分の指とは全く違う硬さに真夜が身動ぐと、アーサーは真夜を抱き寄せた。

「あまり緊張しないでくれたまえ。その方が、君が受ける痛みは少なくて済む」
「そうだけど、でも…」

 こんなことは初めてなのだから、緊張するなと言われても無理だ。真夜はアーサーに縋り付き、慣れない感覚を堪えた。薄い布越しに強張った陰部をなぞる指先は、丁寧だった。間に布が挟まっているからか、直接触られるよりも摩擦が多い。じわりと体に広がってきた熱に浮かされ、真夜は浅い呼吸になった。吐息に混じり、自分でも恥ずかしくなる声が漏れる。下ばかりだと思っていた刺激は胸にも訪れ、アーサーは真夜の襟元を広げて服に合わせたブラジャーをずり上げていた。ずり上げられたブラジャーと胸の下まで下げられたワンピースの襟に挟まれたふくよかな乳房は、呼吸に合わせて上下した。空いている左手で真夜の大きくたっぷりとした乳房を弄びながら、アーサーは真夜の湿ったパンツの中に指を差し入れた。

「ほう…」

 感慨深げにため息を漏らしたアーサーは、指を引き抜き、金色の指に絡む熱い粘液を確かめた。

「嫌、そんなの見せないで」

 羞恥に駆られた真夜が顔を逸らすと、アーサーは濡れた指を真夜の唇に添えた。

「私は君を味わいたくとも味わえない。だから、君自身で味わってくれ」
「自分のなんて、そんなの」

 真夜は視線を彷徨わせていたが、アーサーに戻した。ヘルムの奥から、真摯に注がれる視線を感じたような気がした。だが、確かに、やられてばかりというのは少し気が引ける。真夜は深呼吸してから、アーサーの濡れた指を口に含んだ。舌に広がったのは、塩辛く妙な酸味のある体液の味と、アーサー自身の金気臭い味だったが、不思議と嫌ではなかった。高揚しすぎて、頭がおかしくなったのだろう。舐めるうちに次第にアーサーの指は潤いを増し、真夜の唾液で光沢を帯びた。粘り気のある糸を引きながら指が離れ、アーサーは満足げに頷いてから、真夜のパンツを膝まで一気に下げてしまった。

「何するのっ」

 真夜が足を閉じようとするが、アーサーは真夜自身の唾液で潤った指先を陰部に添え、太股の間に腕を挟んだ。

「解り切ったことだ」
「でも、私、したことないから、アーサーの指なんて入らない」

 真夜は首を横に振るが、アーサーは真夜の太股を開かせた。

「だが、半端なままでは君も満たされないだろう?」
「それは」

 そうだけど、と言いかけて、真夜は口を噤んだ。ここまで感じさせられておいて、何もせずに終わるのは消化不良だ。けれど、全てを見せるのは恥ずかしいし、異物を入れられるのは怖い。だけど、入れられないで終わるのは物足りない。真夜はアーサーを起き上がらせてから、膝で止まっているパンツを脱ぎ、羞恥心を全力で殺してスカートを持ち上げた。

「が、頑張ってみる」
「痛みを感じたら申してくれ。無理はさせない」

 アーサーは真夜の両足を開かせると、艶やかな黒の茂みの下で潤う陰部に金色の指を添え、狭い入り口を押した。強張った割れ目が歪むと、内側に溜まっていた愛液がとろりと溢れ、アーサーの指を伝ってソファーに一滴落ちた。指の先端を浅く入れ、真夜自身の潤いを使って熱く柔らかな粘膜を掻き回してやると、粘着質な水音が立てられた。首筋まで火照らせた真夜がスカートで顔を覆い隠そうとすると、アーサーはその手を止めさせ、真夜を覗き込んできた。

「隠すことはない。君は全てが美しい」

 でも、と真夜が反論しようとすると、アーサーは真夜の唇をマスクで塞いできた。真夜は喘ぎながら、舌を伸ばした。自分自身の下半身から聞こえる耳障りな水音に混ぜるように、真夜はアーサーのマスクを舐めてから吸い付いた。彼の首に腕を回し、出来る限り距離を狭める。背筋を迫り上がる甘ったるい性感が脳に至り、溶けてしまいそうだった。実際、溶けているかもしれない。そうでもなければ、昨日目覚めたばかりの彼に、体を許してしまうわけがないのだ。

「く、あ、はぁあっ」

 徐々に侵入してきた異物に、真夜は白い喉を仰け反らせた。

「痛むか、真夜?」

 アーサーに問われ、真夜は潤んだ瞳を伏せた。

「ちが、う…」

 痛むと思っていたが、それほど痛くない。それどころか、気持ち良い。アーサーが随分慣らしてくれたからだろう。それか、元々それほど狭くなかったか、だ。一気に根元まで指を押し込まれ、真夜はアーサーの肩を握り締めた。充血した肉芽を潰され、抉られると高ぶり切っていた感覚が増大し、真夜は甲高い声を迸らせて大きな乳房を反らした。指が前後に動かされ、水音が激しくなる。男性器よりも幾分か細いが、それでも真夜にとっては太いものが暴れ回る。

「アーサー、もうだめぇ、いやぁああっ!」

 ぎりぎりと金色の装甲に爪を立てながら真夜が叫ぶが、攻める手は止まらなかった。

「もう、わたし、イッちゃうぅううっ!」

 一際凄まじい快感が背筋を貫き、真夜は掠れた叫びを放った。手足から力が抜け、だらりと両足が垂れ下がった。白濁した粘液を纏った指が引き抜かれても、異物感は消えなかった。アーサーは忙しなく喘ぐ真夜を起こし、抱き締めた。

「真夜。君を目にしたその時から、我が心は奪われたままだ。聖騎士として戦い、果て、それでも尚現世に長らえる私は
生者に在らず、死者にも在らぬ、虚ろな骸だ。今や、私の成せることは、ストームブリンガーを滅ぼすことのみだ」

 真夜を腕に収めたアーサーは、真夜の愛液で汚れていない左手で真夜の乱れた髪を梳いた。

「だから、私は君を守ろう。我が聖女よ」

 背中に回された腕には力が込められ、二人の体が接した。金色の甲冑に乳房が潰され、心臓の音が甲冑に反響する。真夜は火照った腕でアーサーの背を掴み、胸に顔を押し当てた。その冷たさが心地良く、離れてしまうのが惜しかった。
 真夜が達した瞬間に流れ込んだ魔力混じりの熱を持った生命力が、アーサーの内で渦巻いているのが肌で感じられた。その中には、彼の感情が混じっていた。真夜に対する気持ちは堅く、御機嫌取りのために褒めていたわけではないらしい。それが解っただけで充分だった。真夜は感覚を緩めてアーサーの思念を読むことを止め、アーサーに体を預けて目を閉じた。
 まだ、離れたくなかった。

 週末。二人は揃って外出した。
 真夜の持っていた書籍や新聞や雑誌やテレビなどで現代社会の情報は得たものの、アーサーは実経験が皆無だった。リビングメイルと言えど、現代に存在するのならば適応しなければならない。だが、まだ一人で出歩かせるのは不安だ。なので、真夜はアーサーと連れ立って、周辺の地理を教え込む意味でも自宅近くの住宅街をぶらぶらと歩くことにした。真夜は、物騒だからエクスカリバーを置いていけと言ったが、アーサーはそれを頑なに拒否したので結局真夜が折れた。持っていても、抜かなければ良いだけのことだ。武装なら、アーサーよりも軍用サイボーグやロボットの方が余程凄まじい。
 最初は本当に近所だけを歩いていたが、自然と足が向いてしまったので、真夜は茜らの住むアパートを目指していた。あのアパートにも、経緯は知らないがリビングメイルがいる。もしかしたら、アーサーと何かしら関連があるのかもしれない。アビゲイルは心優しい女性だし、アーサーはかなり気障ったらしいが人格は穏やかだ。きっと、二人は仲良く出来るだろう。
 角を曲がると、茜らの住むアパートが見えた。アパートの前では、茜とアビゲイルが掃き掃除をしながら立ち話をしている。アパートの門からは、ヤンマのものと思しき長い腹部と透き通った羽が出ていて、彼は草毟りをさせられているようだった。真夜が茜らに歩み寄ろうとすると、急に腕が引かれた。振り返ると、アーサーは真夜の右腕を掴み、首を横に振っていた。

「真夜。君は戻れ」
「なんで? だって、皆、私の友達なのよ?」

 真夜はアーサーの手を外させ、駆け出した。

「茜! アビーさん!」
「あ、真夜ちゃん! いらっしゃい!」

 茜はすぐに真夜に気付き、近付いてきた。

「こんにちは、真夜ちゃん。今日はどうしたの?」

 アビゲイルは掃除の手を止め、真夜に向いた。門から出ていた腹部が引っ込み、緑色の複眼が付いた顔が出てきた。

「おう、真夜か。どうせ来たんだ、せっかくだから手伝えよ。シオカラの野郎がツラ貸さねぇんだよ」
「しーちゃんは引っ越してきたばかりで忙しいんだから、無理言っちゃダメだよ、ヤンマ。それに、真夜ちゃんは
通りかかっただけなんだから、それこそ無茶苦茶じゃないの」

 茜がヤンマに強く言うと、ヤンマは泥と草の汁にまみれた爪を振り、汚れを払い落とした。

「言ってみただけに決まってんだろうが。除草剤を使われないためとはいえ、こうも雑草が生えてくると嫌になるぜ」
「それで、そちらはどなた?」

 アビゲイルが真夜の背後に立つアーサーを見上げたので、真夜はアーサーを示した。

「彼はアーサー。元々は、私の家にあった…」
「真夜に近付くな、魔女め!」

 アーサーは真夜とアビゲイルの間に身を入れると、素早く腰を落とし、エクスカリバーの柄を握り締めた。

「あの時、貴様を殺したつもりだったが、私と同じようにリビングメイルと化していたとはな。これも神の定めた運命か。だが、我が身が朽ちようと、祖国が潰えようと、私はこの聖剣エクスカリバーが在る限り、私は聖騎士なのだ!」

 エクスカリバーを抜刀したアーサーは、その切っ先をアビゲイルに突き付けた。

「魔剣ストームブリンガーに魅入られし魔女め! 聖なる裁きを受けるが良い!」
「あの、何を仰っているのか解らないんですけど…」

 アビゲイルが戸惑って後退るが、アーサーは猛った。

「アーサー、違うのよ。この人は魔女なんかじゃ」

 真夜がアーサーとアビゲイルの間に入ろうとするが、アーサーは真夜を押し退けて歩み出した。

「私は真夜を守りたい。だから、邪魔をしないでくれ」

 異様な事態に青ざめた茜は、ヤンマに寄り添った。ヤンマはぎちぎちぎちと顎を鳴らし、羽を広げて腰を落とした。何が起きているのか解らないが、良くないことなのは確かだ。アビゲイルはアーサーの剣幕に怯え、震えている。

「あの、だから、私は…」

 アビゲイルが今にも泣き出しそうな声を零すが、アーサーは腰を据えて剣を横たえた。

「貴様は戦場の兵士のみならず、命乞いをする民や、自軍の兵士までもを殺した! 貴様と魔剣が殺しきれなかった命は、
聖剣に守られし私ただ一人だ! いくら名を変えようと、時が経とうと、私は貴様を忘れはしない! 今こそ滅べ、魔女!」
「ゆうすけ」

 さん、との叫びが途切れた。腰を回すように振り抜かれた分厚く滑らかな刃は、アビゲイルに接する寸前で光を帯びた。朝日を思わせる白い光を纏った刃は、銀色の甲冑の左脇腹の下に入って斜め上に抜け、右胸までが一息に切断された。閃光を帯びた剣が晴れ渡った空を示し、アビゲイルが切れ目が入った胸に触れようとすると、ず、と胴体が斜めに動いた。重力に従って落下した上半身が転げ落ち、バランスの崩れた下半身が曲がり、左腕が落ち、重たい金属音が三度響いた。真夜は呆然とし、茜は顔を覆ってヤンマの陰に隠れてしまい、ヤンマは顎を砕かんばかりに鳴らして敵対心を剥き出した。

「何、これ…?」

 仰向けに倒れた上半身だけのアビゲイルは、ぎち、とヘルムを上向けた。

「そうか、貴様は私と違って過去を失っているのか。ならば、思い出す前に滅べ!」

 アーサーが上半身だけのアビゲイルに剣を振り上げると、真夜は我に返って喚いた。

「やめて、アーサー!」 
「何を言う、真夜! この女は、魔剣ストームブリンガーを操り、数多の命を滅ぼしてきたのだぞ!」
「だから、アビーさんは違うって言ってるでしょ! どうしてそれが解らないの、この馬鹿!」
「だが、私は君を守りたいのだ!」
「あなたなんか、大嫌い!」

 真夜は渾身の力でアーサーを突き飛ばし、アビゲイルを庇いながら声を張り上げた。

「何が聖剣よ、何が聖騎士よ! こんなの、ただの殺戮じゃない! あなたのこと、少しでも好きになった私が馬鹿だった!」
「真夜。本当にこの女は」

 剣を下ろしたアーサーは、真夜に手を伸ばすが、真夜はその手を弾いた。

「私に触らないで!」
「真夜…」

 苦々しげに漏らしたアーサーは、剣を鞘に収め、アビゲイルを一瞥した。

「私の存在に感付いて真夜を惑わしていたか、魔女め。今だけは、真夜を殺さぬために貴様を生かそう。だが、次はない」

 アーサーは真夜を見つめたが、アスファルトを踏み切って跳躍した。金色の巨体は空に吸い込まれ、屋根の上を跳ねていった。ヤンマはそれを追おうと羽を広げたが、茜に引き留められた。そして、上半身だけのアビゲイルを抱えて泣く真夜に向いた。

「ごめんなさい…私、こんなことになるなんて、知らなかった…。ごめんなさい、アビーさん…」

 子供のように泣きじゃくる真夜に、アビゲイルは切断されていない右腕で真夜に触れた。

「いいのよ、気にしないで、真夜ちゃん。きっと、私の知らない私がいけないことをしていたのよ」
「真夜ちゃん」

 ヤンマの背後から出てきた茜は、真夜の肩を抱いてやると、真夜は茜にも悲痛な声で謝り始めた。

「ごめん、茜…。私、なんてひどいこと」
「真夜ちゃんのせいじゃないよ。だから、もう泣かないで」

 真夜を抱き締めてやりながら、茜は優しく語り掛けた。だが、真夜が泣き止むことはなく、声が枯れるほどひどく泣いた。抱き合う少女達を視界に入れながら、ヤンマはアビゲイルの下半身を拾い、左腕を拾い、そして涙に濡れた上半身を拾った。アビゲイルの胴体の内側には、ヤンマには到底読み解けない文字に囲まれた六芒星の魔法陣が刻み付けられていた。泥と草の汁に汚れた爪先で魔法陣に触れると、じゅっ、と草の汁が一瞬にして沸騰し、灰のような黒混じりの湯気が昇った。そして、触れた爪先から全身に電流のような衝撃が駆け抜け、ヤンマは彼女の上半身を取り落としそうになってしまった。中両足で上半身を受け止めたヤンマは、気を失ったアビゲイルの全てを階段に置いてから、異様な感覚が残る爪を見据えた。
 飢えに似た、悲しみに襲われた。






ウィキ募集バナー