双子 --カク
「マイケル、ねえ、マイケルってば」
麗らかな陽射しが、冷たい石造りの廊下を照らし出している。その中を肩を怒らせて歩く半身に、ガビィは後を追いながら肩を竦めた。
事の顛末は、至極些細なものだ。マイケルとセシルがチェスの勝負をしていたら、その日に限って二人とも勝負の記録を取るのを忘れていた。気晴らしにと何局もやり合ったものだから、どちらが何度勝ったのか、二人ともはっきりと思い出すことができなかった。それでも、普段の二人なら、笑って肩を竦めることができただろう。だが、この日の朝、マイケルは性質の悪い上級生と角を突き合わせており、セシルは聖歌隊の練習で思うような結果を出せなかった。つまりは二人とも、普段より少し腹の虫の居所が悪かったのだ。
それでも不器用に気遣い合った二人は、互いに相手に勝ちを譲ろうとした。だが、物事が上手く噛み合わない日は、何をやっても裏目に出るものだ、譲り合いはやがて勝ち星の押し付け合いになり、押し付け合いは言い合いになり、不機嫌さはいやました。その結果が、談話室を飛び出した今のマイケルだ。
マイケルが頑固者であることは元より知っていたが、セシルも優しげな外見に反してかなり頑なな部分がある。二人が口論することは殆どないが、一度起きてしまうと、鎮火させるのはなかなか骨が折れるのだ。今回の件が収束するまでにかかる手間を思うと、ガビィは深く溜息を吐いた。
「マイケル、戻って謝ってきなよ。こんなこと、いつまでも意地張って引きずるようなものじゃないだろ」
ガビィが何を言っても、マイケルは怒りを顔に浮かべたまま、見向きもしない。時折何か呟いたかと思えば、先程の件に対する恨み言だ。こうなると、マイケルは何を言っても聞かない。ガビィはとうとう匙を放り投げ、ただ後を追いかけることに専念した。
どちらも無言のまま歩き続ける。やがて廊下の端に辿り着くと、マイケルはようやく足を止めた。
「……セシルが悪いんだ。素直に受け入れてくれればいいのに」
やっとはっきり放った言葉がそれであったことに、ガビィは脱力して壁に凭れかかった。
「そう言うなら、マイケルだって頷けばよかったじゃないか。セシルが折角譲ってくれたんだから。でも、それを認められなかったのは、マイケルだって同じだろ?」
マイケルは相変わらず答えない。ただ、肩は怒っているというのに、その後ろ姿はどこか悄然としている。これが引きずるには下らない口論であり、自分にも非があることを理解しているのだ。
「セシルも本気で怒ってなんかないさ。マイケルみたいに、意地張って引き返せなくなってるだけだよ。ね、素直に謝ってきなって」
ガビィはマイケルの顔を覗き込んだ。上気した頬の上では、怒りとも悲しみともつかない色に歪んだ目が、きつく床を睨みつけている。相変わらず、ガビィの言葉にはまるで耳を傾けようとしない。思わず溜め息を零した瞬間、背後から切羽詰まった声が聞こえた。
「マイケル」
凛として透き通った、聞き慣れた柔らかな声。マイケルが肩を揺らし、恐る恐る振り向いた。視線の先にいたのは、予想通りの人物だった。
「……セシル」
「ごめん、マイケル。僕、妙な意地を張った。本当はあんな言い合いなんかしたくなかったのに」
黒髪に包まれた優しい風貌が、今にも泣き出しそうに歪んでいる。おそらくは走ってきたのだろう、普段はきっちりと着込まれているはずの制服が、ほんの少し乱れていた。
その姿に、マイケルは息を飲み、次いでゆっくりと吐き出した。肩から力が抜けると同時に、顔に浮かんでいた険が、陽光を受けた雪のように消えていく。
「……僕こそ、済まなかった。折角気を遣ってくれたのにな」
太陽のように明るい表情で、マイケルは笑った。つい先程まで底辺を彷徨っていた心情が、今ではすっかり晴れやかだ。あまりにも現金な反応が、ガビィには少しおかしい。壁に凭れたまま、思わず噴き出してしまう。幸いなことに、マイケルはそれを見咎めることもなく、親しげにセシルの肩を抱いた。
「談話室に戻ろう。仕切り直しにもう一戦だ」
笑い合い、二人が連れ添って歩き出す。その後ろ姿に、ガビィは笑いかけた。
「よかったね、マイケル」
その声に、マイケルは振り返らなかった。セシルと談笑しながら、ガビィには一顧だにせず歩き去っていく。そしてそのことを、ガビィが訝しがることはなかった。
遠ざかる二人の姿が、角を曲がって完全に消える。その様子を、ガビィは穏やかに見送っていた。その顔が心底嬉しげに笑っていることを見ることのできる者は、もうそこにはいなかった。
ガビィルート以外のガビィのその後を想像してみたらこうなった
最終更新:2011年07月10日 02:31