「なるほど、エミュレイターと手を組んだLXEの残党ねぇ……」
ブラボーとナイトメアの説明を聞き終えて、パピヨンはいかにも興味がなさそうな調子で息を吐き出した。
手にしたポテトを指で弄くりながら、半ば確認するように彼はブラボーに目を向ける。
「俺とバタフライ以外でホムンクルス精製を実践できそうなのはムーンフェイスぐらいだが?」
「ムーンフェイスはホムンクルス移住初期段階で月へ渡っている。
元々奴は移住に乗り気だったし、戻ってくる手段もないだろうからな」
「……。まあ、いいか」
少しだけ沈黙した後パピヨンは呟き、ポテトを口の中に放り込んだ。
指についた塩を舐め取りながら、視線を虚空に向ける。
「他に錬金術に精通しそうな奴……いたような、いなかったような」
「随分曖昧だな、おい」
「憶える価値のないモノを憶えておくような脳の無駄使いはしない主義なんでね」
嘆息交じりに呟いた蓮司に鼻で嗤いつつ、パピヨンは蓮司のトレイに載っていたハンバーガーを取り寄せた。
「あ!? お前、それ俺の!」
「情報提供をしてやるんだ、この程度でガタガタ騒ぐな」
拳を震わせる蓮司をよそにパピヨンはハンバーガーを頬張る。
ゆっくりと咀嚼しながら彼は一同を順繰りに見回し、そして完全に食べ終わった後ドリンクに手を伸ばしながら口を開いた。
「……そういえば居たな、一人」
「本当か?」
「ああ。ついでに言えば、お前等の情報は一つ間違っている」
「何?」
「状況を考えれば奴に相応しくはある。だが『手を組んでいる』というのは違うな」
「……どういう事だ?」
「簡単な話だ。ソイツはエミュレイターと”手を組める”ほどの器じゃあない」
ブラボーとナイトメアの説明を聞き終えて、パピヨンはいかにも興味がなさそうな調子で息を吐き出した。
手にしたポテトを指で弄くりながら、半ば確認するように彼はブラボーに目を向ける。
「俺とバタフライ以外でホムンクルス精製を実践できそうなのはムーンフェイスぐらいだが?」
「ムーンフェイスはホムンクルス移住初期段階で月へ渡っている。
元々奴は移住に乗り気だったし、戻ってくる手段もないだろうからな」
「……。まあ、いいか」
少しだけ沈黙した後パピヨンは呟き、ポテトを口の中に放り込んだ。
指についた塩を舐め取りながら、視線を虚空に向ける。
「他に錬金術に精通しそうな奴……いたような、いなかったような」
「随分曖昧だな、おい」
「憶える価値のないモノを憶えておくような脳の無駄使いはしない主義なんでね」
嘆息交じりに呟いた蓮司に鼻で嗤いつつ、パピヨンは蓮司のトレイに載っていたハンバーガーを取り寄せた。
「あ!? お前、それ俺の!」
「情報提供をしてやるんだ、この程度でガタガタ騒ぐな」
拳を震わせる蓮司をよそにパピヨンはハンバーガーを頬張る。
ゆっくりと咀嚼しながら彼は一同を順繰りに見回し、そして完全に食べ終わった後ドリンクに手を伸ばしながら口を開いた。
「……そういえば居たな、一人」
「本当か?」
「ああ。ついでに言えば、お前等の情報は一つ間違っている」
「何?」
「状況を考えれば奴に相応しくはある。だが『手を組んでいる』というのは違うな」
「……どういう事だ?」
「簡単な話だ。ソイツはエミュレイターと”手を組める”ほどの器じゃあない」
LXEに所属していた人型ホムンクルス『マーニ』。
その男はバタフライが造り出した蝶野製ホムンクルスではなく、ムーンフェイスが造り出したモノであるそうだ。
その能力はお世辞にも高い方とはいえず、バタフライ達からは戦力として見られていなかったために核金を与えられる事もなかった。
なまじムーンフェイス謹製であるという事の特殊性から、マーニはLXEでもかなり肩身の狭い存在だった。
だが、能力的にも有用性にも蝶野製のホムンクルスに劣る彼を、何故かムーンフェイスはよく侍らせ研究の助手のような事をさせていたらしい。
気まぐれにパピヨンがムーンフェイスに尋ねてみれば、彼は三日月の顔に同じような口角の尖った笑みを浮かばせてから漏らしたのだ。
『駄作は駄作なりに愛着ができるもんだろ?』
その男はバタフライが造り出した蝶野製ホムンクルスではなく、ムーンフェイスが造り出したモノであるそうだ。
その能力はお世辞にも高い方とはいえず、バタフライ達からは戦力として見られていなかったために核金を与えられる事もなかった。
なまじムーンフェイス謹製であるという事の特殊性から、マーニはLXEでもかなり肩身の狭い存在だった。
だが、能力的にも有用性にも蝶野製のホムンクルスに劣る彼を、何故かムーンフェイスはよく侍らせ研究の助手のような事をさせていたらしい。
気まぐれにパピヨンがムーンフェイスに尋ねてみれば、彼は三日月の顔に同じような口角の尖った笑みを浮かばせてから漏らしたのだ。
『駄作は駄作なりに愛着ができるもんだろ?』
「ちょくちょく俺やバタフライの資料に手を伸ばしてたみたいだから、多少の謀反気は持ち合わせていたんだろう」
「……自分の研究に探りを入れられてお前は何もしなかったのか?」
「俺もバタフライの研究資料には手を出していたからな。
それにあの時はLXEに保護”されていた”手前ムーンフェイスの玩具に手を出す訳にもいかん。まあ――」
パピヨンは椅子に背を預け、この場にはいないマーニに語りかけるように口角を吊り上げて――嘲笑した。
「研究に行き詰ったのかは知らんが、エミュレイターなんぞに媚を売る時点で底など知れている。
昔っから神や悪魔に縋る輩は、自分の力では何も為しえない無能者だと相場が決まっているからな」
「……自分の研究に探りを入れられてお前は何もしなかったのか?」
「俺もバタフライの研究資料には手を出していたからな。
それにあの時はLXEに保護”されていた”手前ムーンフェイスの玩具に手を出す訳にもいかん。まあ――」
パピヨンは椅子に背を預け、この場にはいないマーニに語りかけるように口角を吊り上げて――嘲笑した。
「研究に行き詰ったのかは知らんが、エミュレイターなんぞに媚を売る時点で底など知れている。
昔っから神や悪魔に縋る輩は、自分の力では何も為しえない無能者だと相場が決まっているからな」
「つまり今回の首謀者がそのマーニというホムンクルスだったとして、ソイツはエミュレイターと組んでいるのではなく利用されている可能性が高い、と」
「多分な」
大きく溜息をつき、パピヨンはトレイに載ったポテトに再び手をつけた。
蓮司達がここを訪れる前に頼んだそのポテトは少ししなびていて、彼は不愉快そうに眉をしかめて見せる。
「まったく、ヒトがちょっとココを空けている間に随分とまあつまらない事になってるもんだ」
「つまらない事……?」
「今更LXEの亡霊なんぞ出張ってきても全く面白くない。エミュレイターが絡んでいるあたりは多少興味があるが」
「……てめえ」
パピヨンのおどけるような素振りに、蓮司は思わず声を潜めて立ち上がった。
アンゼロットにこき使われてではあるが、普段からエミュレイター……魔王達と戦っている彼としては、パピヨンの言い方は
少々腹に据えかねるものだった。
「興味がある、なんて言ってられる事じゃねえだろ」
「何故?」
蓮司から滲み出る殺気を平然と受け止めてパピヨンは彼を真っ向から見返す。
その態度を見て蓮司は更に語気を強め、食ってかかるように口を開く。
「奴等が動けば世界が綻ぶ。放っておけば、この街だけじゃなくて世界が滅ぶんだぞ」
「そう、それ。世界の滅びだ」
「あ?」
「お前等ウィザードの言う『世界の滅び』というのは『世界そのものの消滅』ではなく、人間の構築する『常識』という概念的な世界の滅びだろう?
人間の秩序社会がどうなろうと俺の知ったことじゃあないし、むしろ俺としては――」
「多分な」
大きく溜息をつき、パピヨンはトレイに載ったポテトに再び手をつけた。
蓮司達がここを訪れる前に頼んだそのポテトは少ししなびていて、彼は不愉快そうに眉をしかめて見せる。
「まったく、ヒトがちょっとココを空けている間に随分とまあつまらない事になってるもんだ」
「つまらない事……?」
「今更LXEの亡霊なんぞ出張ってきても全く面白くない。エミュレイターが絡んでいるあたりは多少興味があるが」
「……てめえ」
パピヨンのおどけるような素振りに、蓮司は思わず声を潜めて立ち上がった。
アンゼロットにこき使われてではあるが、普段からエミュレイター……魔王達と戦っている彼としては、パピヨンの言い方は
少々腹に据えかねるものだった。
「興味がある、なんて言ってられる事じゃねえだろ」
「何故?」
蓮司から滲み出る殺気を平然と受け止めてパピヨンは彼を真っ向から見返す。
その態度を見て蓮司は更に語気を強め、食ってかかるように口を開く。
「奴等が動けば世界が綻ぶ。放っておけば、この街だけじゃなくて世界が滅ぶんだぞ」
「そう、それ。世界の滅びだ」
「あ?」
「お前等ウィザードの言う『世界の滅び』というのは『世界そのものの消滅』ではなく、人間の構築する『常識』という概念的な世界の滅びだろう?
人間の秩序社会がどうなろうと俺の知ったことじゃあないし、むしろ俺としては――」
――そんな世界なら見てみたくさえある。
愉悦の混じった哄笑を浮かべながらパピヨンは蓮司に向かってそう吐いた。
同時に蓮司の背中に冷たいものが走り抜ける。
この男は危険だ、と頭の中で警笛が鳴り響く。
蓮司は拳を握り締め、テーブル越しにパピヨンに僅かに詰め寄り――カズキの腕によって制止された。
「……カズキ?」
「……蝶野。お前、そのマーニって奴とかエミュレイターに協力するつもりか?」
向けられた蓮司の視線に応える事なく、カズキはパピヨンを見つめて問いかける。
パピヨンはカズキの目を心地良さそうに受け止めながら、答えた。
「だとしたら?」
「――ここでお前を止める」
「止める……聞こえの良いコトバで誤魔化すなよ、偽善者。
俺が奴等と協力して世界を滅ぼうそうとするなら、どうするんだ? 殺すか?」
「……」
パピヨンは挑発的に笑んでからカズキをねめつける。
カズキは彼の視線を受け止めたまましばし沈黙し、そして彼を真っ直ぐに見据えたまま、言葉を紡いだ。
「……お前が、昔に命を奪った人達の事を忘れたというのなら。……今の新しい世界に生きていけないっていうのなら」
「………」
語るカズキに殺気は微塵もない。
良く言えば信頼、悪く言えば期待を寄せているに過ぎない彼の言葉にパピヨンは沈黙し、やがてふんと鼻を鳴らして肩を竦めた。
「俺は今回は傍観だ、他人の尻馬に乗るのも乗せられるのも御免だからな。
もしやるとするなら、俺自身の手でやる。でなければ面白くもなんともない」
「……そっか、良かった」
「何がいいんだよ……」
安堵したように漏らしたカズキに、嘆息交じりに剛太が言った。
蓮司としては微妙に納得はいかなかったが、蒸し返してまで事を続けるつもりはなかった。
振り上げかけた拳の下ろし所をとりあえず心の内に収め、蓮司は再び椅子に腰を下ろす――
「……格好はともかく、その意見だけは賛成するわ」
――下ろしかけたところで、鈴のように響いた声に蓮司を始めその場にいた六人が目を向けた。
六人が囲んでいる場から二つ離れたテーブル。
そこに背を向けて座っている少女がいた。
ポンチョを羽織ったその少女は銀糸の髪を揺らして振り返り、蓮司達に顔を向ける。
「久し振りね、柊 蓮司」
指に付いた塩を軽く舐めとりながら、少女――”蝿の女王”ベール=ゼファーは妖艶に微笑んだ。
同時に蓮司の背中に冷たいものが走り抜ける。
この男は危険だ、と頭の中で警笛が鳴り響く。
蓮司は拳を握り締め、テーブル越しにパピヨンに僅かに詰め寄り――カズキの腕によって制止された。
「……カズキ?」
「……蝶野。お前、そのマーニって奴とかエミュレイターに協力するつもりか?」
向けられた蓮司の視線に応える事なく、カズキはパピヨンを見つめて問いかける。
パピヨンはカズキの目を心地良さそうに受け止めながら、答えた。
「だとしたら?」
「――ここでお前を止める」
「止める……聞こえの良いコトバで誤魔化すなよ、偽善者。
俺が奴等と協力して世界を滅ぼうそうとするなら、どうするんだ? 殺すか?」
「……」
パピヨンは挑発的に笑んでからカズキをねめつける。
カズキは彼の視線を受け止めたまましばし沈黙し、そして彼を真っ直ぐに見据えたまま、言葉を紡いだ。
「……お前が、昔に命を奪った人達の事を忘れたというのなら。……今の新しい世界に生きていけないっていうのなら」
「………」
語るカズキに殺気は微塵もない。
良く言えば信頼、悪く言えば期待を寄せているに過ぎない彼の言葉にパピヨンは沈黙し、やがてふんと鼻を鳴らして肩を竦めた。
「俺は今回は傍観だ、他人の尻馬に乗るのも乗せられるのも御免だからな。
もしやるとするなら、俺自身の手でやる。でなければ面白くもなんともない」
「……そっか、良かった」
「何がいいんだよ……」
安堵したように漏らしたカズキに、嘆息交じりに剛太が言った。
蓮司としては微妙に納得はいかなかったが、蒸し返してまで事を続けるつもりはなかった。
振り上げかけた拳の下ろし所をとりあえず心の内に収め、蓮司は再び椅子に腰を下ろす――
「……格好はともかく、その意見だけは賛成するわ」
――下ろしかけたところで、鈴のように響いた声に蓮司を始めその場にいた六人が目を向けた。
六人が囲んでいる場から二つ離れたテーブル。
そこに背を向けて座っている少女がいた。
ポンチョを羽織ったその少女は銀糸の髪を揺らして振り返り、蓮司達に顔を向ける。
「久し振りね、柊 蓮司」
指に付いた塩を軽く舐めとりながら、少女――”蝿の女王”ベール=ゼファーは妖艶に微笑んだ。
※ ※ ※
「はわー……ごめん、遅くなっちゃった」
くれはが屋上に姿を現したのは、それから少ししての事だった。
銀成学園の制服は真新しかった事もあって少々着られている印象だったのだが、今彼女が纏っている紅白の巫女衣装は
普段見慣れない斗貴子から見てもくれはに相応しい格好だった。
くれはは軽く肩を上下させながら、待っていた斗貴子と灯を見やる。
「んん? 二人とも、何かあった?」
「……いや」
僅かに苦笑する斗貴子にくれはは小さく首を傾げる。
何時の間にか二人の雰囲気が少しだけ柔らかくなっていた。
再び疑問を発しようと出しかけた声を遮ったのは、灯だった。
「……準備は終わった?」
「はわ……うん、一応やってきたよ。結構広いし場もあんまり良くないからちょっと時間かかったけど、少しぐらいは持つと思う」
「『彼女』は?」
「あかりんとひーらぎが出てって少ししてからいなくなった。何処にいるかまではちょっと……」
「……準備? 彼女? 何の話だ?」
二人の会話に眉をひそめて斗貴子が問いかける。
すると灯は至って機械的に彼女を見返し、答えた。
「寄宿舎にいるエミュレイター……河井 沙織の事」
「河井 沙織……だと」
冬の寒空が更に凍りつくような緊張が走った。
斗貴子は努めて冷静な声で、しかし顔と気配には刃のような殺気を孕ませて灯に一歩詰め寄った。
「……どういう事だ」
「融合体とは別のエミュレイターが河井 沙織に憑依している。何時からかはわからないけど、この街の被害者の何人かは
ソレの手によるもの。対処しなければならない」
「あの子が……この街の人間を?」
「違う。彼女ではなく、エミュレイター」
確かに、潜在的に負の感情を持っている人間はエミュレイターに憑かれやすい傾向にある。
だが、概ねの場合において憑かれている人間の意識は全く関係なく、侵食されたエミュレイターに操られてプラーナの捕食を行うのだ。
例えば、今街の何処かにいる河井 沙織のように。
「……それがわかっていて何故今も放っている。エミュレイターの憑依先がわかっているならわざわざ街に出る必要などないだろう」
「……それが柊 蓮司の指示だから」
「……蓮司の?」
「私達の事は既に彼女に知られてしまっているから」
錬金の戦士である斗貴子とカズキは勿論、直接彼女に接触した蓮司も、そして今日昼休みに出逢った灯とくれはも、既に河井 沙織には知られてしまっている。
この上で何か行動を起こせば、最悪彼女に憑いているエミュレイターは寄宿舎を取り込んで月匣を展開しかねない。
そうなればそこにいる人間全員が、巻き込まれる事になってしまう。
「……だから、とりあえずはこれまで通り私達は寄宿舎を離れる」
「で、さーちゃんが居なくなった後で寄宿舎に結界を敷いたの。私達が行動を起こしたのに気付くはずだから、後は向こうの反応待ち」
仮に気付かず街で何らかの行動を起こしたとしても、街を巡回している蓮司達がすぐに駆けつけられる。
それに気付いて引き返し、寄宿舎に戻ったとしてもそこには結界がある。
即興とはいえ陰陽の名家たる赤羽の次期当主であるくれはが敷いた結界だ、破壊するまでに多少の時間はかかるだろう。
それまでにここにいる三人が対応するのは十分に可能だ。
また、その段階で月匣を展開したとしても、同じく結界によって寄宿舎の生徒達への被害もある程度までは防げるはず――
くれはが屋上に姿を現したのは、それから少ししての事だった。
銀成学園の制服は真新しかった事もあって少々着られている印象だったのだが、今彼女が纏っている紅白の巫女衣装は
普段見慣れない斗貴子から見てもくれはに相応しい格好だった。
くれはは軽く肩を上下させながら、待っていた斗貴子と灯を見やる。
「んん? 二人とも、何かあった?」
「……いや」
僅かに苦笑する斗貴子にくれはは小さく首を傾げる。
何時の間にか二人の雰囲気が少しだけ柔らかくなっていた。
再び疑問を発しようと出しかけた声を遮ったのは、灯だった。
「……準備は終わった?」
「はわ……うん、一応やってきたよ。結構広いし場もあんまり良くないからちょっと時間かかったけど、少しぐらいは持つと思う」
「『彼女』は?」
「あかりんとひーらぎが出てって少ししてからいなくなった。何処にいるかまではちょっと……」
「……準備? 彼女? 何の話だ?」
二人の会話に眉をひそめて斗貴子が問いかける。
すると灯は至って機械的に彼女を見返し、答えた。
「寄宿舎にいるエミュレイター……河井 沙織の事」
「河井 沙織……だと」
冬の寒空が更に凍りつくような緊張が走った。
斗貴子は努めて冷静な声で、しかし顔と気配には刃のような殺気を孕ませて灯に一歩詰め寄った。
「……どういう事だ」
「融合体とは別のエミュレイターが河井 沙織に憑依している。何時からかはわからないけど、この街の被害者の何人かは
ソレの手によるもの。対処しなければならない」
「あの子が……この街の人間を?」
「違う。彼女ではなく、エミュレイター」
確かに、潜在的に負の感情を持っている人間はエミュレイターに憑かれやすい傾向にある。
だが、概ねの場合において憑かれている人間の意識は全く関係なく、侵食されたエミュレイターに操られてプラーナの捕食を行うのだ。
例えば、今街の何処かにいる河井 沙織のように。
「……それがわかっていて何故今も放っている。エミュレイターの憑依先がわかっているならわざわざ街に出る必要などないだろう」
「……それが柊 蓮司の指示だから」
「……蓮司の?」
「私達の事は既に彼女に知られてしまっているから」
錬金の戦士である斗貴子とカズキは勿論、直接彼女に接触した蓮司も、そして今日昼休みに出逢った灯とくれはも、既に河井 沙織には知られてしまっている。
この上で何か行動を起こせば、最悪彼女に憑いているエミュレイターは寄宿舎を取り込んで月匣を展開しかねない。
そうなればそこにいる人間全員が、巻き込まれる事になってしまう。
「……だから、とりあえずはこれまで通り私達は寄宿舎を離れる」
「で、さーちゃんが居なくなった後で寄宿舎に結界を敷いたの。私達が行動を起こしたのに気付くはずだから、後は向こうの反応待ち」
仮に気付かず街で何らかの行動を起こしたとしても、街を巡回している蓮司達がすぐに駆けつけられる。
それに気付いて引き返し、寄宿舎に戻ったとしてもそこには結界がある。
即興とはいえ陰陽の名家たる赤羽の次期当主であるくれはが敷いた結界だ、破壊するまでに多少の時間はかかるだろう。
それまでにここにいる三人が対応するのは十分に可能だ。
また、その段階で月匣を展開したとしても、同じく結界によって寄宿舎の生徒達への被害もある程度までは防げるはず――
巡回に出る前に蓮司が二人に説明した段取りを斗貴子に聞かせると、彼女は眼を丸めて呆然とするばかりだった。
「……彼は優秀なウィザードなんだな」
「――ぷっ、あはは!」
僅かな感嘆と共に吐き出した斗貴子の台詞を聞いて、くれはは思わず噴き出してしまった。
「……何故そこで噴き出す?」
「だって、ひーらぎを褒める奴なんて斗貴子さんが初めてなんだもん」
「……いつもは『下がる男』とか言われてる男だから、柊 蓮司は」
「さ、下がる……?」
「任務のために学年下げられたり、能力(レベル)下げられたり色々されてるんだよ、ひーらぎは。今回も二年になったしねー」
「なんだそれは! 学年はともかく、能力の制限なんて任務の支障になるだけだろう!」
「んー、なんか因果律って言ってね。しかるべき能力でないとダメだって任務が前にあったんだって」
「滅茶苦茶だ……」
「……まあ、柊 蓮司だし」
「蓮司……キミは……」
かける言葉も見当たらず、斗貴子は思わず顔を伏せた。
錬金戦団にも、坂口照星大戦士長やキャプテンブラボーなどを始め性格的には奇異な人物が少なからずいる。
だがそれでも、彼等の活動はウィザード達のそれに比べれば真っ当な部類といえるだろう。
斗貴子は先日ウィザードを率いるアンゼロットによって与えられた被害を思い出し、それを受け続けている蓮司に同情を禁じえなかった。
「まあ、アンゼロットにこき使われてる分経験は私達の中じゃぶっちぎりだし、ひーらぎに任せとけばさーちゃんもきっと助かるよ」
何故か軽い調子で言ってのけるくれはの言葉に、斗貴子の思考は現実に引き戻された。
そう、最も重要な事をまだ聞いていなかったのだ。
「……助けられるのか?」
「まだ時間はある、とは言ってた。だからこのプランを立てたんだと思う」
錬金の戦士が同じ寄宿舎にいたにせよ、河井 沙織が寄宿舎に一切の被害を出していないというのはエミュレイターの性質上明らかにおかしい。
考えられる可能性としては――
「――河井 沙織の意識が、自分のコミュニティである寄宿舎にいる人達を襲うことを拒絶している」
翻して言えばそれはまだ彼女の精神がまだ完全に侵食されていない事の証明だ。
それならばまだ、助ける事ができる。
「どうすればいい」
灯を見据えて尋ねる斗貴子に、彼女は数瞬沈黙した後静かに口を開いた。
「……『器』に物理的損傷を与えてエミュレイターを乖離させる」
「器に損傷……まさか」
「河井 沙織を攻撃し、傷付けるというコト」
「……っ」
感情を込めない灯の声に斗貴子は唇を噛み、拳を握り締める。
それを紅の瞳で確認しながら、更に灯は畳み掛けるように宣告する。
「どの程度まで傷つければいいのかは、わからない。最悪死ぬまで乖離しないかもしれない」
「……」
「で、でも戦闘不能にまで追い込めば、捕縛して乖離させる術式を組めるから。だから――」
「いや、いい」
くれはの言葉を遮って、斗貴子は二人から目を切る。
そして眼下に広がる街並み――何処かに河井 沙織がいるはずの夜闇を見据えて、小さく息を吐いた。
それだけで彼女は沸きあがりかけた衝動を抑え込んだ。
「……できる?」
「侮るな」
視界の外から問いかける灯の声に、斗貴子は鋭く返す。
任務に対して冷徹であるべきという戦士の鉄則をまだ忘れていない事に安堵と僅かな自嘲を覚え、そしてふと斗貴子はカズキの事を思い出した。
カズキは今柊 蓮司と共に街にいる。蓮司は既にこの事を彼に話したのだろうか。
果たして彼は、その時どういう反応をするのだろう、と。
「……彼は優秀なウィザードなんだな」
「――ぷっ、あはは!」
僅かな感嘆と共に吐き出した斗貴子の台詞を聞いて、くれはは思わず噴き出してしまった。
「……何故そこで噴き出す?」
「だって、ひーらぎを褒める奴なんて斗貴子さんが初めてなんだもん」
「……いつもは『下がる男』とか言われてる男だから、柊 蓮司は」
「さ、下がる……?」
「任務のために学年下げられたり、能力(レベル)下げられたり色々されてるんだよ、ひーらぎは。今回も二年になったしねー」
「なんだそれは! 学年はともかく、能力の制限なんて任務の支障になるだけだろう!」
「んー、なんか因果律って言ってね。しかるべき能力でないとダメだって任務が前にあったんだって」
「滅茶苦茶だ……」
「……まあ、柊 蓮司だし」
「蓮司……キミは……」
かける言葉も見当たらず、斗貴子は思わず顔を伏せた。
錬金戦団にも、坂口照星大戦士長やキャプテンブラボーなどを始め性格的には奇異な人物が少なからずいる。
だがそれでも、彼等の活動はウィザード達のそれに比べれば真っ当な部類といえるだろう。
斗貴子は先日ウィザードを率いるアンゼロットによって与えられた被害を思い出し、それを受け続けている蓮司に同情を禁じえなかった。
「まあ、アンゼロットにこき使われてる分経験は私達の中じゃぶっちぎりだし、ひーらぎに任せとけばさーちゃんもきっと助かるよ」
何故か軽い調子で言ってのけるくれはの言葉に、斗貴子の思考は現実に引き戻された。
そう、最も重要な事をまだ聞いていなかったのだ。
「……助けられるのか?」
「まだ時間はある、とは言ってた。だからこのプランを立てたんだと思う」
錬金の戦士が同じ寄宿舎にいたにせよ、河井 沙織が寄宿舎に一切の被害を出していないというのはエミュレイターの性質上明らかにおかしい。
考えられる可能性としては――
「――河井 沙織の意識が、自分のコミュニティである寄宿舎にいる人達を襲うことを拒絶している」
翻して言えばそれはまだ彼女の精神がまだ完全に侵食されていない事の証明だ。
それならばまだ、助ける事ができる。
「どうすればいい」
灯を見据えて尋ねる斗貴子に、彼女は数瞬沈黙した後静かに口を開いた。
「……『器』に物理的損傷を与えてエミュレイターを乖離させる」
「器に損傷……まさか」
「河井 沙織を攻撃し、傷付けるというコト」
「……っ」
感情を込めない灯の声に斗貴子は唇を噛み、拳を握り締める。
それを紅の瞳で確認しながら、更に灯は畳み掛けるように宣告する。
「どの程度まで傷つければいいのかは、わからない。最悪死ぬまで乖離しないかもしれない」
「……」
「で、でも戦闘不能にまで追い込めば、捕縛して乖離させる術式を組めるから。だから――」
「いや、いい」
くれはの言葉を遮って、斗貴子は二人から目を切る。
そして眼下に広がる街並み――何処かに河井 沙織がいるはずの夜闇を見据えて、小さく息を吐いた。
それだけで彼女は沸きあがりかけた衝動を抑え込んだ。
「……できる?」
「侮るな」
視界の外から問いかける灯の声に、斗貴子は鋭く返す。
任務に対して冷徹であるべきという戦士の鉄則をまだ忘れていない事に安堵と僅かな自嘲を覚え、そしてふと斗貴子はカズキの事を思い出した。
カズキは今柊 蓮司と共に街にいる。蓮司は既にこの事を彼に話したのだろうか。
果たして彼は、その時どういう反応をするのだろう、と。
夜闇の静寂の中、携帯の着信音が響いた。
斗貴子はポケットから携帯を取り出して相手を確認すると、目を見開いた。
携帯の小さなディスプレイに映し出された発信者は――『河井 沙織』。
斗貴子はポケットから携帯を取り出して相手を確認すると、目を見開いた。
携帯の小さなディスプレイに映し出された発信者は――『河井 沙織』。