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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第02話

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よるとやみのふくいん  -どきっ!女だらけの居酒屋「ろんぎぬす」!春のひな祭りどんちゃん騒ぎ大会-


みんなの居酒屋『ろんぎぬす』。
日本列島が桜色に染まっている春のある日、そこはめずらしく人の姿がまばらだった。
なんでも、つい先日ショッピングモールが大規模な災害に襲われ、大きな被害を受けたのを昨日その復旧が終わったばかり。
ショッピングモールそのものに人が入っていないのだった。
まあ、そんなことはこの辺りで店を構えるのならよくあることだ。
店主もそれは重々承知しているため、客が来ないだろう今日は店を開けるのをよそうかと思っていたのだが、そうもいかない理由ができてしまったのである。

つい3日ほど前に、代引きの小包と共に予約を入れた馬鹿がいたのだ。それはもうショッピングモールの復旧の日を見計らったかのように。
とはいえこちらも客商売。しかも客の来ないだろう時期に来る腐れ縁の客で、断るのもなんだか気が引けた。
なんだかんだ言って、店主はお人よしだった。

そして今。『ろんぎぬす』には、一人の客がカウンターに座していた。
秋に頭をたれる稲穂が夕焼けにさらされた時の様に輝く、濃い金色の長い髪。
夕暮れと夜の間に起こる空の色のように深い、黒と紺のあいだの蒼色の双眸。
白くきめ細かくなめらかな肌。そしてそれを際立たせるような漆黒の夜会服。
5年後は美人になるだろうな、と誰もが思うだろう美少女だった。こんな親しみやすい雰囲気の居酒屋には場違いに過ぎるビジュアルである。

店主は、少女の目の前に山菜の天ぷらをおいた。予約をいれた馬鹿の差し入れである。
皿の上にのるのは、春の山菜の代表であるたらの芽、ふきのとうとあまり知られていないもう一つ。それに抹茶塩が添えてあった。
ここ最近、ショッピングモールの取締役の秘書についた青年がここに来ては上司の愚痴をこぼし、その代わりと言わんばかりに料理のコツを教えていくのだ。
その助言は非常に的確で、店主自身見違えるな、と感じていたほどだ。もっとも、ここ最近は客が来ていないので少しばかり自信がないが。
少女はその皿をちらりと見て、たずねた。

「これは?」
「今日予約入れた嬢ちゃんの差し入れだ。お嬢さんの知り合いなんだろう?つきだし代わりだと思ってくれ」
「……相変わらずか、あの能天気小娘」

どこか呆れたように、知人のことを評してため息をつく少女。
その様子を見ると、どうやら彼女は予約をいれた小娘を格下だと思っているらしい。実際、店主には威厳的なものがある分こちらの方が格上なようにも見えた。
ともあれ。少女はいただこう、と呟いて出された天ぷらに箸をつける。

山菜、というものは基本的に灰汁が強い。
よって、灰汁抜きをしてから煮物などにするか、灰汁によるえぐみや苦味を味わいとして受け取るかの二つに調理法が分けられる。
後者の場合は、彩りや香りなどを丸ごと楽しむために、天ぷらにすることが多い。
衣につけて高温で暖めることにより香りが引き出される上に衣の内側に閉じ込められるし、また天ぷらでよく使われる大豆油やゴマ油は甘みを持つため苦味との相性がいい。
たらの芽とふきのとうの苦味と春の香りを、見た目の年頃よりもずっと大人びた様子で静かに楽しむ少女。
そもそも中学生くらいの少女にとってはただ苦くて強い匂いのする、クセの強すぎる食べ物にしか映らないはずなのだが、
やはり少女はどこまでも典雅で優雅な仕草とともに、やけに渋い趣味をお持ちのようである。
閑話休題。
最後に残された一つを口に入れた瞬間、少女の目が見開かれた。

「……おい親父、これは―――」
「お客さんは、やっぱり只者じゃないらしい。これは私のおごりです、どうぞ」

そう言って差し出されるのは、温めに燗をしてある徳利とお猪口だ。
……外見年齢中学生に差し出すのはどうかと思わなくはないが、一応店主はこの相手は車で来ていないことを確認しているし、
予約を入れた客がこの相手を自分よりずっと年上、と称していたのを覚えている。
そもそもこの店、外見の年齢と実年齢が乖離している存在が訪れるどころの話ではなく、人種国籍―――どころか世界の壁を超えて現れる存在すらもいるくらいだ。
年齢の問題がないのなら、違いのわかる客にサービスすることは店主にとって珍しいことではない。だからこそこの店が「みんなの」居酒屋と呼ばれているわけであるし。

少女は、少し意地の悪い笑みを浮かべながら温燗を受け取った。
通であると思われるのは、やはり少し嬉しいものだ。その筋の人間に認められる、というのは一種名誉にも思えることだからだ。
体温よりもほんの少し暖かいほどに暖められた液体が少量、のどの奥に灼熱をもたらしながら流れていく。
胸の奥に熱をもたらすその心地よい感覚に口の端を持ち上げる少女を見て、店主が言った。

「『あずきな』、というそうです。天ぷらにしても普通の山菜のような苦味は一切ないでしょう?
 私もはじめて食べた時は驚いたもんです。普通の山菜みたいに苦味と香りを味わうものでなく―――そもそも、甘い山菜なんてはじめてでしたからね」

『あずきな』。通常の市場に出回ることはなかなかないが、春にとれる山菜の一種。
他の山菜のように強い香りはないが、その代わり心地よくほどよい甘みが特徴であり、主に天ぷらにして食す。
クセがなさすぎるためか、通の集まる料亭などで出ることもあまりない。というか、あまり知っている人もいない気がする。
少女はふふん、と興味深そうに笑う。

「あぁ。―――この年になってもまだ知らんことは多いらしい、長生きはするものだな」
「えぇ、人生勉強ですとも。毎日新しい発見がいっぱいです」

そりゃ、こんな店やってればなぁ。
閑話休題。
そんな大人のやり取りをしていると、がらがら、と無粋な音を立ててカウンターの後ろの勝手口から、元気のいい声が響いた。

「こんばんはでありますよっ!予約してたノーチェ、ただいま参上でありますっ!」
「ち。かしましいのが来たな」
「そのリアクション酷くないでありませんかっ!?
 そもそもわたくしが誘ったのでありますよ、もうちょっと優しく迎え入れるとかないのでありますかエヴァンジェリンっ!」
「うるさい黙れ」

そんなやり取りを目の当たりにし、あぁやっぱり格が違うなあ、とのんきな感想を抱いていた店主は、
勝手口の少女―――ノーチェの後ろにもう一人の少女がいることに気づいた。そしてその少女に店主は見覚えがあった。店主はにこやかに声を放つ。

「いらっしゃい。いつかのお嬢さんじゃないか、また行き倒れてそこの嬢ちゃんに拾われたのかい?」

ノーチェの後ろに立つ少女―――姫神秋沙は、いつもと同じ茫洋とした表情で答える。

「私は。何度も同じ間違いを。繰り返したりはしない。今回は。たまたまそこで会っただけ」
「そうそうでありますよ。久しぶりに会ったから一緒にご飯でも、ということになって、ちょうど予約入れてたからここに連れてきたのであります」
「おい貴様、勝手に―――」

ノーチェの言葉を聞きとがめた金髪の少女―――エヴァンジェリンが文句を言おうとしたその空気を知ってか知らずか、ノーチェはびしりと虚空を指さして宣言した。

「そう!せっかく久しぶりに会った同士なのでありますし、
 ここらでびしっと『どきっ!女だらけの居酒屋「ろんぎぬす」!春のひな祭りどんちゃん騒ぎ大会』を開催するのでありますよっ!」
「ひな祭り。とっくに過ぎた」
「そもそも昔懐かしい昭和のテレビ番組的なタイトルなのはなんでだ」
「いやあの、女だらけって……俺、いるんだけど。無視か?無視なのか?」

そもそもどきっ!ではじまるならポロリ(フリーザ声のネズミにあらず)はないのか?

「3.1アラウンドステレオでありますかっ!?」

三方向からのツッコミを受け、意味不明な叫び声を上げるノーチェだった。いや、店主の心の叫びは半分以上無視されているが。


ともあれ。なしくずし的にはじまったその(ノーチェ曰く)大会。
どこまでもマイペースに話をするノーチェに、姫神が頷き、エヴァンジェリンは聞いているのかいないのかちびちびと酒をなめて店主がツッコむという形ですすんでいった。
姫神は当初嫌そうな顔をしているエヴァンジェリンに気をつかおうかとしていたようだが、ノーチェの強引な引きとめによりそれは断念された。

もっきゅもっきゅ、と出された菜の花の酢味噌和えを口にするノーチェを見ながら、珍しく姫神が質問をした。

「そういえば。こっちの子と貴女は。どんな関係?」

その問いに目をぱちくりと見開くノーチェ。わたくしとエヴァンジェリンでありますか?と聞きなおすノーチェに一つ頷き、姫神は疑問を続けた。

「私には。この子と貴女では。貴女の方が年上に見える」

実際問題で言うのならノーチェよりもはるかにエヴァンジェリンの方が年上なわけだが、イノセントの姫神にはあまり知られていいことではないのはノーチェにもわかる。
どう答えるべきか、と彼女が(イタリア生まれのくせに)ジャパニーズスマイルを浮かべながら頬をかいていると、意外にもエヴァンジェリンの方がそれに答えた。

「見た目にとらわれているとろくなことがないぞ、小娘」
「……、小娘。私?」
「そうだ。そもそも私とそこの能天気馬鹿の格の違いは年で決まるものではないしな。もう少しこちら側の誇りを持てというのだ、馬鹿娘」

エヴァンジェリン―――本名エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは吸血鬼である。そしてノーチェもまた右に同じく。
吸血鬼と呼ばれる存在は「不死の王」とされるリビングデッドの代表格にして、「夜の貴族」とも呼ばれる。
人間と違う存在である彼らは、その力におぼれぬよう理性をもって自身を律する。それがなんか上流階級的な律し方であるためそんなあだ名がついた経緯があるらしいが。
ゆえにか、彼らは自分達の血族に名をつけ、その名前に格付けをして貴族のような体制を作っている。これを他種族……主に人間は吸血貴族と呼ぶ。
が、しかし。

「誇りも何も。ウチの家業はプライドなんて持ってたらやってられないでありますよ」

傭兵……というか、雇われとはいえ誰かの命令を聞いて戦場で命を拾う生活をしている奴にとってプライドは真っ先に捨てるもの、らしい。
そうでなければ命が真っ先に削り取られるとのことである。

そもそもそんなことをイノセントの前で話すなよ、と思わなくはないが、姫神は姫神で貴族の国の違いかなにかだろうと納得している。
国ごとでの宗教対立の中に巻き込まれたことのある彼女がそんな想像で補うのはまぁ当然とも言えた。

空になった酢味噌和えの小鉢をカウンターの仕切りの上へと置きながら、ノーチェは納得いかなそうに言った。

「そもそもエヴェンジェリンだって野良ではありませんかー。いくら元のお家が貴族筋だったからって今現在は何の関係もないでありましょう?」

野良吸血鬼、と呼ばれたことが何かカンにさわったらしいエヴァンジェリンが、身を乗り出しながらカウンターをばん、と叩いた。

「ほほう、この私にそんな口を聞くんだ。今すぐ塵にしてほしいという遠まわしな自殺志願ということでいいんだな……?」
「え、えーと……殺されるならそれ自殺じゃなくて他殺でありますよ?」

やばい、と生存本能的に危険を感じたノーチェは冷や汗をだらだらと流しつつ退ろうとする。
が、それよりもエヴァンジェリンが彼女の頭をアイアンクロー気味にわしづかみにする方が早い。
にこやかに笑う金髪の美少女の細腕にぷらーん、と鷲づかみにされる銀髪の少女というなかなかお目にかかれない光景を見て、店主が渋い顔をする。

「お客さん、店の中で乱闘は困るんですよ」
「そ、そうでありますよエヴァンジェリン!お店に迷惑かけちゃダメでありますっ!」

死中に活を得たと言わんばかりにまくし立てるノーチェ。
その声が聞こえているのかいないのか、店主は淡々と続けた。

「暴れるなら店の外でやってくれださいよ。それなら文句はないですから」
「そうそう外で―――って、あれ?救援じゃないのでありますかっ!?」
「あ、居酒屋の店主は民事不介入が原則なんで」
「それ警察っ!?」

ノーチェはもう半分涙目である。
そんな彼女を救ったのは、今までじっと黙していた姫神だった。彼女はエヴァンジェリンの横に立ち、いつもと同じ茫洋とした表情でぽん、と肩に手をおいた。
エヴァンジェリンはうっとうしそうに彼女を横目で睨み、言う。

「なんだ?さっきも言っただろう。私とこの馬鹿の格の違いは年ごときではかれるものではないと」
「それは。さっき聞いた」
「だったら邪魔をするな。一度この目上に対する呼び方からなってない礼儀知らずにはみっちりと教育をしてやらねばと―――」
「弱いものいじめ。よくない」

姫神は茫洋としていながらも、強い口調で続けた。

「貴女とこの子の。立場が違うのはわかった。
 けれど。それがわかった上で。そういうことをするのは。弱いものいじめ」

茫洋とした娘が、それでも引かない様子の姫神に少しだけ呆気にとられるエヴァンジェリン。
ノーチェの言葉をうんうんと聞いているだけの姫神は自分の意思が薄いのかと思っていたのだが、
そうとはとても思えないほどの強い意志がその茫洋とした瞳の奥に見えた。

「弱いものいじめ。よくないこと」

がんとして退かない、という意思を前にして、エヴァンジェリンはうつむいて息を吐いた。
こういう一度決めたことには頑固な人間には何を言っても無駄だと知っているし、それ以上にそういう馬鹿は嫌いではない。
ノーチェの頭から手を離す。にぎゃ!?と妙な擬音を立ててしりもちをつくノーチェを無視して、エヴァンジェリンは姫神を見た。

「―――よかろう。今回はこんな娘を手なずけたことに免じて折檻は許してやる、ありがたく思え」
「うぅぅ……あ、ありがとうございます、であります……」

目をぐるぐる回しながら頭を両手で押さえるノーチェ。
そんなノーチェを尻目に席に戻る姫神とエヴァンジェリン。エヴァンジェリンはお猪口の中の液体を楽しげに飲み干して、姫神に語りかけた。

「それで?お前―――姫神秋沙だったか。あの能天気小娘とどういういきさつで会ったんだ?」
「……、お金がなくて困っていたところを。助けてもらった」
「ん?あの小娘が金を持っているとは思えんが……」
「この店に。連れてきてもらった」
「そうそう嬢ちゃん。あの時のツケ、全額嬢ちゃんにツケてあるからな。忘れてないからな?」

店主のちょっとちくりと懐と胸に痛む発言を(おそらくは無意識に)スルーしながら、ノーチェが二人の会話に割り込んだ。

「秋沙秋沙ー。その時に話してた例の『仲良くなりたい人』とは、その後どうなのでありますか?」

無邪気な言葉に、あう。とさっきまでエヴァンジェリンに毅然と立ち向かっていた少女が小さくなる。
ノーチェはその様子に小首を傾げてどこか体でも悪いのでありますか?とたずねる。
しかし、彼女よりも年輪を重ねているエヴァンジェリンはははあ、と思った。

「男か」

その言葉にもう一度あう。と呟いてさらに小さくなる姫神。
彼女の様子にえ?え?とノーチェは両隣の少女を交互に見比べるが、エヴァンジェリンは意に介さずに意地悪く楽しそうに笑って言う。

「やはりな。お前くらいの年頃の小娘の悩みなど、手に取るようにわかるぞ。
 隠さなくてもいい。今私は少しばかり気分がいい、悩みの一つくらい聞いてやろうというのだ」
「え、でも確かエヴァンジェリンもちょっと前に恋にえらく不器用なところをさらしてたような」
「うるさい黙れ」

ごすりっ!と鈍い音が響き、ノーチェがカウンターに突っ伏す。
ちなみに。そのちょっと前というのは10年前の話である。
しかもその相手にはいまだに逃げられ続けているのだとか。恋や愛の形は一つではない、ということにしておいた方が彼女の名誉のためだろう。たぶん。

まぁそんなことはノーチェの後頭部にできているでっかいマンガたんこぶ並みにどうでもいい。
ほれ話せ、という彼女に位負けしたのか、姫神はぽつりぽつりと話し出した。

「……、別に。付き合いたいとかではない。単に。もうちょっと。話がしたいだけ」
「すればいいだろう?私相手にあれだけ啖呵をきってみせたんだ、それに比べれば楽なことと思うがな」
「私にとっては。もっと怖い。心臓が止まらなくなる」
「いや、止まったら困ると思うぞお嬢ちゃん」

一回止まったことのある姫神さんならではの台詞ですな。

やっぱり無視されている店主の発言はさておき、姫神が続ける。

「もっと仲よくなれたら。と思うことはある。けど。それは今の関係を崩すこと。
 ―――それは。踏み込むこと以上に怖い」
「なるほど。踏み込む勇気、とやらか―――くだらんな」

くっくっく、とのどの奥で音を鳴らし、エヴァンジェリンは―――彼女を知るものから言わせるところの『悪者全開モード』で演説するように言い放つ。

「いいか?この世はいつでもリスクと隣りあわせだ。
 振り向かないならこちらを向かせる、人のものなら奪い取る。それくらいの気概を持て。私に興味を持たせたほどのあの意思があれば、難しいことではない。
 なんなら、そのために協力してやろうか?ちょうどいい秘術が―――」
「ちょ、ちょっと待つでありますよーっ!?」

もう全力全開でエヴァンジェリンが楽しんでいたところに、ノーチェが割り入る。
邪魔者を見る目でエヴァンジェリンに睨まれながらも彼女が割り込んだのは、友だちである姫神をこちら側に踏み込ませたくない一心での行動である。
腹立たしげに睨んでくる吸血鬼の大先輩からの命の危機を回避しつつ姫神を守るために、ノーチェは命がけで話を逸らす。
たぶんプラーナぶち込んで知力ジャッジの達成値を上げたのだと思われる。

「え、えとその。ほ、ほら秋沙っ!その方とはどんな方なのでありますかっ!?
 秋沙にそこまで思われてる方のこと、わたくし何も知らないでありますよっ!」

そうノーチェにまで言われ一瞬目を見開くものの、姫神は少しもじもじしながらずず、とお茶をすすってぽつ、と答えた。

「……命の。恩人」
「う」
「へぇ、そうなのでありますか」

エヴァンジェリンとノーチェの反応は対照的だ。前者がかちこちに凍りつくのに対し、後者は興味深げに身を乗り出す。
おそらくは、エヴァンジェリンは自分の昔の光景がオーバーラップしたのだと思われる。ノーチェはそれによって命の危機から脱したわけなので結果オーライなわけだが。
けれどそんな配慮などまったくしないノーチェは、さらにアクセルをベタ踏みした。

「でも、そんな人だったら普通はもうそこらへんのフェアリーテイル並みに仲よくなって婚約とかまでしててもおかしくないと思うのでありますが」
「その想像が。普通なのかはさておいて。その人は。とにかく目についた人を片っ端から救っていくから」

とくに女の子。となんだか恨み節的に呟く姫神。それと時を同じくして東京西部の学生寮で暮らしているツンツン頭の高校生に悪寒が走ったとかそうでないとか。
彼女は最後にぽつりと呟いた。

「だから。きっと私だけが。特別じゃない」

その言葉とともに同じく黙ってしまうエヴァンジェリン。彼女にもそういう男に振り回された経験があるゆえだろう。
色恋沙汰にはまったく興味のノーチェは、しかし感慨深げに言った。

「へえ……結構どこにでもいるものなのでありますな、そういう類の人間」

お前が言うなよ。

閑話休題。ノーチェは姫神の顔をのぞき込んで続けた。

「秋沙は、それでもその人と仲良くなりたいでありますか?」
「……、それは。どういうこと?」

ノーチェの言葉とまっすぐに見てくる赤い瞳から目を逸らせず、姫神は少しうろたえつつたずね返した。
それに、ノーチェはまっすぐに問うた。

「ですから、言葉のままでありますよ。
 自分が特別に見られているかどうかもわからない、かたっぱしから新しい女の子と知り合いになっていく、こちらをかえりみるよりも前しか見てない類の人間。
 そんな相手でも、その人ともっと仲よくなっていきたいでありますか?」

まっすぐな視線。
そして、その言葉はどこまでも正しい。彼女の思う相手はそういう人間だ。それに付き合う覚悟があるのかと、問われた気がした。

姫神は目を閉じた。
彼女はある特殊な力を持っている。
それはおそらく彼女以外に持つ人間などいないだろう能力。しかしその力のことが彼女は大嫌いだった。
その力は、一定条件下にある相手をおびき寄せ確実に殺しつくす異能であり、悲劇しか生み出さない能力だったからだ。
その異能は、一夜にして彼女の住んでいた小さな村にいた全住人を殺しつくした。
だから、彼女はその異能を嫌った。こんな力を持っていたことを悔やんだ。

そしてそれ以上に―――誰かを助けられる力が、ほしかった。

魔法のように、苦しんでいて悲しんでいる人たちを問答無用で助けられる「ちから」が、ほしかった。おとぎ話に出てくる『魔法使い』みたいに、なりたかった。
姫神は己の力を封じるため、ある町へと向かう。自分の力をなんとかする方法を探すために。

けれど。そんなものはどこにだってありはしなかった。

それどころか、希少な能力を持つがゆえに彼女はある場所に囚われてしまう。地獄のような日常。そんな日々にも、終わりがあった。
囚われの身から解放されたその日―――彼女は一人の「魔法使い」に出会う。
彼は姫神が目的だった。一人の少女を救うために力を貸してほしい、と姫神に頼みこんだ。
嬉しかった。
こんな力が誰かを助けられるかもしれないことが、どうしようもなく嬉しかった。「魔法使い」と約束したその日は、興奮して眠れなかったほどだ。
「魔法使い」は、すべてが上手くいったなら姫神の力を押さえ込む魔法をかけてあげるとまで言ってくれた。
だから、姫神秋沙は「魔法使い」に協力した。
誰かを傷つけるくらいなら自分を殺してみせるという覚悟を、その胸に。

そして結末。
―――姫神は一度『死んだ』。
わかっていた。覚悟はしていた。けれど結末は変えられなかった。だから死んだ。殺されるはずだった。
意識は暗い闇の中へと引きずりこまれる。思考などとっくに凍りつき、何を思っていたかも覚えてはいない。恐怖も怯えも全てもう失われた。なのに。

『―――――っけんじゃねぇぞ、テメェ!!』

声が、聞こえた気がした。
その声は、人が殺されることにでなく、彼女が死んでしまうことに怒っていた。そんなことがあってたまるかと叫んでいた。
そこまでしか覚えてなどいない。けれど。

―――その声は、今でも絶対に忘れていない。

「うん。なりたい」

強く強く、思った。
理屈なんてどうでもいい。自分がそうしたいと、心から思った。もう少しだけ近くにいたいと、本気で思った。
姫神のその強い意志を含んだ言葉に、ノーチェは満面の笑顔で答えた。

「だったら、迷うことなんかないでありますよ。
 誰かと一緒にいたいと思うことは悪いことなんかじゃないでありますし、秋沙が一緒にいたいと思って、そう思い続けることに相手の意思は関係ないのであります。
 あとは秋沙が、どれだけその人と一緒にいるために頑張れるかの問題でありますよっ!」
「がんばる」

ぐ、と拳を握る姫神。
そのやり取りを眺めていたエヴァンジェリンが、唐突に笑い出した。
あわててそちらを向く二人。エヴァンジェリンは一しきり笑うと、笑いすぎて出た涙を拭って姫神に言った。

「なるほど、なるほどな。まったく子供じみた答えだが―――覚悟があるなら上等だ。
 いいものを見せてもらった。姫神、ここは私のおごりだ。好きなだけ食え」

その一言にぽかんとしながらも、やがて彼女も頬を染めてこくりと頷いた。自分の決めたことが認められて、少し嬉しかったのだろう。
エヴァンジェリンも、今は少し愉快な気分だった。ちょっとくらいならおごってやってもいいかと思うほどの上機嫌。
単純な答えを少し見失っていた自分と、その答えをあっさりと出してしまった目の前の年若い少女。若さに対してちょっと敬意を評したくなった。

が。その答えを導いた無垢なる賢者は、無垢すぎてやっぱりお馬鹿だった。

「え。本当でありますかエヴァンジェリンっ!?」
「お前は自分で払うに決まっているだろう。なぜ私が払わねばならん」
「えぇえそれ本当に差別でありますよっ!?人権問題的な意味でよくないでありますよっ!」
「おぉ。金払ってもらえるんならお客様で神様も同然。よし、お嬢ちゃん今日はなんでも好きなもの食ってってくれ。
 甘いもんがいいかい?だったら最近オーナーの秘書が作って持ってくる―――今日は桜餅だったな。それが残ってるから出そうか?」
「ぜひ」
「わたくしのこと無視でありますかっ!?秋沙、秋沙までーっ!?」
「ほう、桜餅か。少し遅いが旬といえば旬だな。私にも一つよこせ」
「へい毎度っ!」
「むーしーしーなーいーでーっ!?」




そんな喧騒をよそに。
『ろんぎぬす』の店内に飾ってある桜の枝から、薄紅色の花弁が一枚。ひらひらと舞い踊り落ちる。
静かに回り落ちるはずのその花びらは、春と終わりと始まりの季節を呼ぶように。静かにわずかな隙間から、店の外へと出ていった。
―――はじまりは、もうすぐそこに。


end


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