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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第12話

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「くそったれ……!」
 魔剣を構えたまま蓮司は吐き出すように声を漏らした。
 蓮司の攻勢を立ちはだかるマーニは総てその巨躯で持って受け止めていた。
 回避は一切しない。蓮司が抜けようとした時に限りマーニは俊敏に反応して前に立ち塞がる。
 その動きからして蓮司の斬撃を回避するのはさほど難しい事ではないのは推測できる。だがマーニはそれをしない。
 明らかに足止めだった。
 ならば力でもって粉砕すればいいはずなのだが、それも叶わなかった。
 最初の激突の際に両の腕が再生されていたのと同様、マーニは蓮司の斬撃を受けた傍から修復しているからだ。
 圧倒的な再生力。元よりホムンクルスには致命以外の傷を修復する力があると聞いている。
 恐らくはエミュレイターと融合した事により、それが大幅に強化されているのだろう。
 攻撃を受けた傍から修復するというなら、一気に片をつけるしかない。
 蓮司は意を決して魔剣を握る手に力を込めた。
 自らの分身ともいえる魔剣が、主の意思を受けて脈動する。
 柄にはめられた真紅の宝石が深い輝きを生んだ。
 だが、それと同時に。
「!?」
 マーニが地を蹴り、弾けるようにして大きく後退した。
 後方にいたカズキと、そこに駆けつけていた斗貴子を追い抜いてリオンの下までかけるマーニ。
 二人はマーニの動きに気付いていない様子だった。
 何かに魅入られたようにリオンを凝視している。
 蓮司は舌打ちして走り出した。



「……そんな、馬鹿な」
 掠れるような声を斗貴子が搾り出した。
 リオンの白い手に握られた黒い核鉄。
 ある意味で、二人の始まりとなったモノ。
 それはカズキの命と同化して、取り出す事ができないはずだ。
「――この核鉄を取り出すのは、”貴方達”では不可能。けれど、私ならそれができる」
 斗貴子の言外の疑問に答えるように、リオンは囁いた。
 まるで生徒に教授する講師のように、漆黒の少女は言葉を紡いだ。
「私はリオン=グンタ。世界に秘匿されたあらゆる秘密を掌握する者」
「あらゆる秘密……だと?」
「そう……例えば、あなた。津村 斗貴子」
「……?」
 急に語りかけられて訝しげに睨み返す斗貴子を見ながら、リオンは薄く微笑を称える。
 彼女は手にした書を広げ、その記述に眼を落としながら、小さく囁いた。
「貴女はこの前、武藤 カズキが溜め込んだ冬季休暇の課題を片付けるために二人で勉強をしていた」
「……は?」
 脈絡のない話題の振り方に斗貴子は思わず呆気に取られた声を出してしまった。
 しかしリオンは彼女の様子を気にする風もなく、更に言葉を続ける。
「しかし途中で武藤 カズキが寝入ってしまい、起こそうとしたけれど無防備な彼の寝顔に思わず――」
「うわああぁあああぁぁぁっ!!?」
 唐突に斗貴子が叫び声を上げてリオンの声を遮った。
 火を噴きそうなほどに顔を真っ赤にして、彼女はらしからぬ挙動で手をばたつかせる。
「なっ、なななな何故それを――違う、お前っ、何を言ってるんだ!!」
「私は”秘密侯爵”。お前の秘密を知っている……」
「と、斗貴子さんが寝入ったオレにどうしたんだ!?」
「なんでもない!! なにもしていないっ!!」
「……エロスはほどほどに」
「エロス!?」
「黙れリオン=グンタ! 貴様ふざけてるのかっ!!」
 弛緩した空気を叩き壊すかのように斗貴子は地面を蹴り、ギッとリオンを睨みつける。
 先の接触とは別の形で殺気を放っている斗貴子を眺めやりながら、リオンは愉しそうに口の端を歪めた。
「だって、もう『用事』は終わったから」



 リオンの囁きと同時にカズキと斗貴子の背後から突風が吹き、巨大な影が二人の脇を通り抜けた。
 影――マーニはリオンの下まで走り寄ると、傅くように身を沈める。
「このまま何もしないのなら、大人しく引き下がるのだけど……」
 言いながらリオンはつと目線を移し、マーニを追って二人の下まで辿り着いた蓮司を捉えた。
 蓮司は油断なく剣を構え、リオンの手にしている黒い核鉄に眼をやりながら口を開く。
「――事情はよくわからねえが、ソイツを手に入れて終わりって訳じゃねえだろ。何を企んでやがる……?」
「………」
 リオンは答えなかった。
 彼女は問われる限りにおいて偽らないと語った。
 それを沈黙で返すという事は、その回答は蓮司達にとって不都合なものなのだろう。
「逃がすかよ……!」
 切っ先をリオンに向け、じりと間合いを詰める。
 斗貴子も気を取り直してバルキリースカートを展開し、カズキもまた己の胸からサンライトハートを展開させた。
 黒い核鉄は奪われてしまったが、彼の身体にはその黒い核鉄の力を相殺するためのもう一つの白い核鉄が埋まっている。
 パピヨンの手によって創られたそれは、力の作用はどうあれ核鉄である事には違いなかった。
 故にカズキは今だ命を繋いでおり、そしてそれを武装錬金として発動させる事も可能のようだった。
 光と共に形作られるランスを見やりながら、リオンは小さく息を吐く。
 ――『本来の目的』とは違うが、せっかく手に入れたのなら試してみるのも一興か。
 まるで世界の存亡を遊戯と称し享楽に耽る『彼女』のようだ、とリオンは皮肉気に微笑を閃かせた。
「………」
 言葉なくリオンは三人に向かって腕を向ける。
 その手に握られるのは、錬金術によって生み出された超常の核鉄。
「――!?」
「まさか――!」
 斗貴子とカズキの顔が僅かに強張る。
 戦慄の声を漏らす二人に応えるようにリオンは笑みを深くし、静かにその言葉を紡いだ。

「――――――――武装錬金」



 ※ ※ ※



「粉砕! ブラボラッシュ!!」
 鍛え上げられた拳の散弾が迫る黒狼達の悉くを打ち砕く。
 闇の破片となって吹き飛んでいくそれらを掻い潜るようにして黒狼がナイトメアに迫る。
 振り下ろされる爪牙の前に、剛太が割り込んだ。
 ナックルダスターで敵を打ち砕く。その隙に、ナイトメアが残る敵に向かって手を翳した。
「《リブレイド》!!」
 力ある言葉と共に不可避の閃光が放たれ、黒狼達を包み込む。
 紅の世界を染め上げるような白色に溶けるように黒狼達は消え去っていった。

 ――くれはと同様に、ナイトメアにも広範囲を殲滅する魔法を所有していた。
 だが、くれはのような高速術式を持ち得ない彼では、その長大な魔法を行使するには敵の数が多く、壁となる味方の数が少なすぎる。
 結果としてブラボー・ナイトメア・剛太の三人は対症的に迫ってくる敵を逐次叩き続ける展開を余儀なくされ、悪戯に時間だけを消費していた。

 だが、いかなクリーチャーとは言え無限無尽蔵に沸いてくると言う訳ではないようだった。
 気付けば周囲を囲う黒狼達の壁は薄くなり、その攻撃も散発的になっていた。
「抜けるぞ、二人とも」
 ブラボーの声に二人は頷き、そして三人は同時に地を蹴った。
 動きに合わせて黒狼たちが駆ける。
 行く手を阻むように前方の壁が厚くなり、後方から追撃の黒狼達が殺到する。
 委細構わず壁を粉砕しようとブラボーが拳を構えた、その瞬間。
「……!」
 黒狼達が塞ぐ前方の壁、その向こうで。
 それまでに打ち倒し、今だ残る黒狼達のそれを総て合わせてもなお上回るほどの圧力が迸った。
「いかん……ブラボー!」
「わかっている!」
 足を止めてブラボーは腰溜めに構え、全身に力を溜める。
 移動に力を裂くような余裕などなかった。
 背後から迫る殺気など、前方のそれに比べれば意識するにもあたわない。
「《フォース・シールド》ッ!!」
 ナイトメアが光の結界を展開した、その刹那。

 周囲の黒狼達を総てなぎ払い粉砕する、暴圧的な衝撃波が炸裂した。

「ぉおおおおっ!!」
 放たれた圧倒的な力に、渾身の力を込めて正拳を叩きつける。
 衝突した力の衝撃に周囲の地面が粉砕され、ビルの壁面が崩壊する。
 そして真っ向からぶつかり合った力が吹き払われた後、残ったのは静寂。
 黒狼達はその悉くがその衝撃に巻き込まれて消滅していた。
「――我が一撃を避けるではなく、受けるか。やはり有象無象では時間稼ぎにしかならぬな」
 鋭い眼光を向けるブラボーの見つめる先で、がしゃりと金属音が響いた。
 甲冑を纏ったその女は、露を払うようにして手にした魔剣を振り、三人を見据える。
 その女はただそこに立っているだけだった。にも拘らず、彼女からは手にした得物と同じく鋭い剣気が放たれている。
「……魔王か」
「いかにも。我が名は”女公爵”モーリー=グレイ。主命により貴様等を討つ」



(主命、だと……?)
 モーリーの声を受けて、ナイトメアが浮かべた疑問がそれだった。
 ”女公爵”モーリー=グレイ。裏界の序列第三位の階梯たる大魔王。
 ベール=ゼファーによれば今回の件の首謀者は序列四位の”秘密侯爵”リオン=グンタとの事だ。
 敵であるベルの発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、少なくともモーリーが主命と言うのなら、彼女以上の存在が裏で糸を引いているはずだ。
 モーリーよりも上位にある存在。そしてそれは今回の件に反目の意を示しているベール=ゼファーではない。
 とするなら、残るは――
「!」
 まさに思考を断ち切るように、モーリーが手にした魔剣を一閃した。
 おそらくは無造作に行っただけの行為に、彼女の足元の地面が割れ空気が圧力を増す。
 ナイトメアは思考を中断し、意識を眼前の敵にのみ傾けた。
 余計な事に気を取られていれば、即座にその身が両断されるだろう。
 彼は掌に魔力を込め、力を紡ぎ出した。
 剛太もまたモーターギアを構え、モーリーの正面に立つブラボーも、腰を僅かに沈める。
 臨戦態勢に入った三人を静かに見据えながら、甲冑の魔王は静かに眼を細めて魔剣を構えた。
「貴様等に往く道はない。我が魔剣がその総てを斬って捨てる」
「――押し通る!!」
 ブラボーが地を蹴り、モーリーが地を蹴り、両者の立つ地面が爆ぜた。
 側面に回る気配など微塵もない。
 奇しくも白銀をまとう両者は真正面から激突し、魔剣と剛拳の衝突に世界が震撼した。



 ※ ※ ※



 リオンの言葉と共に彼女の手に収まっている黒い核鉄が展開する。
 同時に圧倒的な閃光が迸り、紅の世界を一瞬だけ白色に染め上げた。
 そして蓮司達が眼にしたのは――巨大な砲身だった。
「な、なんだよコイツは……」
 目の前に出現したソレに見入ったまま、蓮司が愕然とした呟きを漏らす。
 それは一見して判断するならば戦車にも似ていた。
 だが、数十mはあるだろうその巨大さは全容を確かめるのが困難で、その印象を伺えない。
 まるで煙突のように天に伸びる砲身。それを支える胴体部。
 内部に乗り込む、と言うよりは外側に取り付くのだろうか、側面などにタラップが見える。
「……『ドーラ砲』」
 声を上げたのは蓮司達の後方、傷付いた沙織と彼女の治療に当たっているくれはを護衛している灯だった。
 蓮司達に比して遠目だった彼女の位置からは全容を把握しその正体を看破する事ができたのだろう。
「二次大戦時、ドイツ軍が実用化した80cm列車砲。射程は約30km~47km、使用砲弾は4.8t榴弾もしくは7.1t徹甲弾」
 すらすらと解説する灯と、出現した列車砲の威容に愕然……というよりは呆気に取られている蓮司達をよそに、リオンは屹立しているソレを
珍しく喜色を称えた表情を見上げていた。
「素敵……D311型があれば完璧だったんだけど」
 黒光りする装甲を撫で擦り、彼女はゆっくりと蓮司達を振り向いて、彼等に向かって手を差し伸べた。
 同時に、巨大な列車砲が振動した。それまで感じた事もない膨大な魔力が膨れ上がり、砲身へと収束していく。
 明らかな攻撃の意図。砲に込められた力の強大さに蓮司達の全身に戦慄に似た悪寒が駆け巡る。
「くっ……!」
 灯が述べた情報を信じるなら明らかに有効射程圏外だ。おまけに肝心の砲身は今だ天を仰いだまま。
 更に言えば、列車砲の巨体。接近して張り付いてしまえば列車砲を無力化できるだろう。
 だが、リオンが生み出したモノ――殊にそれが武装錬金であるのなら、眼の前にある列車砲が通常通りの規格であるはずもなかった。
 迂闊な接近は正に思う壺なのだろうが、他に有効な手立てがなかった。
 蓮司が歯噛みして地を蹴り、同じ結論に達しただろうカズキと斗貴子も走り出した。
 その瞬間、蓮司は重大な事に気付いた。
「!!」
「蓮司!?」
 渾身の力で踏み止まり、踵を返す。
 蓮司の不可解な行動にカズキと斗貴子は一瞬だけ逡巡して、それを悟った。
 リオンの造り出した列車砲に近接戦への対処法がなかった所で、自分達にその選択肢がなかった事に。
 三人はリオンと充満する砲身の魔力に見向きもせず、背を向けて走る。
 その先にいるのは、灯とくれは、そして沙織。
 彼女達はあの場所からまともに動けないのだ。
「くそ……っ!」
 三人の元まで辿り着き、改めてリオンを見据える。
 彼女は酷薄な微笑を浮かべたまま、蓮司達を眺めていた。
 巨大な砲身から雷光にも似た魔力が迸る。
 退避する時間などなかった。そもそも、あの砲撃に対して逃げる場所があるとも思えない。
 蓮司が魔剣を盾代わりに構え、プラーナを解放する。
 カズキがランスの地面に突き刺し、背後の五人を守るようにエネルギーを展開する。
 収束する魔力に対して余りにも無力に過ぎるその防衛線を見つめて、リオンは小さく声を漏らして笑った。
 そして宣告する。

「―――臓物をぶち撒けなさい」

 天に放たれた膨大な魔力が、紅の世界を染め上げるように降り注いだ。



 ※ ※ ※



 魔剣と剛拳が交錯した。
 瞬間、衝撃の余波で地面が砕けビルの壁面が割れ、張り巡らされたガラスが砕け散り吹き飛ぶ。
 それだけの威力の一撃を正面から叩き込み、そして叩き込まれた両者は弾けるように吹き飛んで、数m後退した後停止した。
 モーリーが再び攻勢をかけようとブラボーを見た、その瞬間。
 閃光が視界を覆った。
「《リブレイド》ッ!!」
「はぁっ!!」
 剣刃、一閃。
 避けきれぬと悟ると同時彼女は手にした魔剣を振りぬく。
 魔力の塊をその一振りで叩き斬った後、彼女はその刃を翻した。
 光の中からブラボーが躍り出る。無論、彼女がそれを予期しないはずがない。
 返しの刃をブラボーの胴に叩き込む。
 彼の纏うシルバースキンと魔刃が交錯し、火花を散らす。
 一太刀で地を割り山を裂く魔剣の一撃は、しかし武装錬金の中で最硬を誇るシルバースキンを打ち砕くには至らなかった。
 ち、と舌打ちをして片手を上げる。
 装着した手甲から腕、肩、身体まで貫く圧倒的な衝撃。
 腕で防御すると同時に地を蹴ってその衝撃を緩和する。
 その隙間を縫って飛来する何か。おそらく投擲武器。
 それをモーリーは僅かに動くだけで対処した。
 避ける程には動いていない。甲冑の隙間を狙ったそれを、打点をずらして甲冑で受け止めただけだ。
 魔剣を受け止める徒手空拳の男と、魔法を放つ背後の男。
 これは彼女にとって対処に値する存在だった。
 だがもう一人……投擲武器を扱う少年は、脅威と断ずるはおろか対処を意識する必要もなかった。
 彼女のそんな判断は、少年――剛太にも容易に見て取れていた。
(くそっ……歯牙にもかけやがらねえ……!)
 彼の持つ武装錬金、モーターギアは攻撃力において他の多くの武装錬金に劣る。
 それは彼自身が一番理解していた。
 だが、それでも剛太は自らが戦士であるという自負を持っている。
 にも拘らず、目の前の敵は剛太の事を一瞥にも値しない存在だと判断していた。
 それが彼には腹立たしかった。
「そのコート……見てくれよりは硬いようだな」
 剛太の憤りを他所に、モーリーはブラボーだけを見据えて小さく呟く。
 瞬間硬化による衝撃相殺と、高速再生による修復機能。
 数合の接触のみでシルバースキンの特性を看破した彼女は、眼を細めて魔剣を強く握り締めた。
 モーリーの纏う魔力と剣気が更に膨れ上がる。
 それまでよりも更に鋭さを増した魔剣を構え、モーリーは――



「――!?」

 瞬間、世界が砕けた。
 紅く染め上げられた世界がガラスのように砕け、周囲は暗闇の世界に包まれる。
 同時にモーリーの魔力が減退し、彼女は僅かな驚愕と共に天を仰いだ。
 それまで世界を照らしていた紅の月は姿を隠し、代わりに仄かに青白い月が漂っている。
「……っ!」
 同時に走りぬけた悪寒にモーリーは反射的に地を蹴って後退した。
 それまで彼女のいた場所を、ブラボーの拳が通り抜ける。
 ち、と舌打ちしてモーリーは中空へと飛び上がった。
「リオン……!?」
 空へと退避した後、モーリーは再び青白い月に眼をやって呟いた。
 状況を解説するのは簡単だった。
 月匣が解除されて、通常の世界へと戻っただけだ。
 しかし、単に戻っただけであるのならモーリーは動揺などする事はない。
 彼女が戸惑ったのは、その通常の世界への『戻り方』だ。
 これは月匣を展開したリオンがそれを解除したのではない。何者かによって月匣が『破壊』されたのだ。
 向こう側の勢力によって倒された、という訳ではないだろうが、不測の事態があったのは間違いない。
 モーリーは柳眉を歪めて地上にいる三人を見やる。
 彼女自身が月匣を展開して戦闘を続行する、というのも手ではあった。
 だが、今回の件がリオンに一任されている以上放っていく訳にもいかない――というより、リオンが欠けるなら三人と戦う意味がなくなる。
 モーリーは一度瞑目した後、手にした魔剣を虚空に消し去ってその場から姿を消した。
 それまでの破壊がまるで幻であったかのように普段通りの街並みを取り戻した世界の中、ブラボー達はようやく合流のために動き出す事ができた。



 ※ ※ ※



 白い閃光が総てを埋め尽くす。
 リオンが造り出した列車砲から放たれた魔力は、五人の防御の限界を遥かに越えていた。
 無駄だと悟りつつ、そして絶無の可能性を理解しつつ、それでも五人は閃光に対して身構える。
 蓮司が放出したプラーナも、カズキが放出したエネルギーも、迫りくる暴圧の前では紙切れにも満たない。
 一瞬にして防御が打ち砕かれ、身体が魔力に呑まれる。
 痛みさえも感じないのが、救いといえば救いだった。
 蓮司が、カズキが、斗貴子が、くれはが、沙織が、光に消える。
 そんな中で一人だけ。
 灯だけが、その声を聞いた。

『悪いが、お前はここで退場だ』

「―――」
 それが誰の声であるか、灯にはわからなかった。
 ただ彼女に理解し得たのは、自分の胸から、鮮血に染まった誰かの腕が生えている事だった。

『特別に、ここにいる連中は助けてやろう。
 だからお前は安心して舞台を降りるがいい』

「―――」
 ごふ、と口から血を吐き出す。
 そして腕を抜かれた胸から、口から出た以上の鮮血が溢れ出した。
 何時の間にか、膝をついていた。
 気付けば自らが作り出した血だまりに倒れこんでいた。

『お前に相応しい舞台は、ここではないのだからな――』

「―――」
 嗜虐と嘲りに満ちた誰かの声。
 最近聞いたような気がする。いや、もっと以前か。
 一年? 十年? 百年?
 あるいはそれ以前、遥か遥か遠い場所。
 流転する運命の鎖が遡る、その果てで。
 同じような痛みを感じながら、ダレかと共にその声を聞いた――



 ※ ※ ※



「……いけない」
 武装錬金を核鉄に戻しながら、リオンは溜息と共にそんな言葉を吐き出した。
 頼りない月明かりが照らす銀成学園のグラウンドは、もはや見る影がないほどに完全崩壊していた。
 だが、それでも先の攻撃の規模からすれば僥倖とも言うべき被害だろう。
 月匣がなければグラウンドどころかこの学校が存在する丘そのものが消失していたはずだ。
 もっとも、リオンにとってみれば人間たちの学校やその住居がどうなろうと関わりのない話である。
 彼女にとって計算外だったのは、武装錬金による攻撃が彼女の予想よりも大きかった事だった。
 出現した列車砲を見て、自覚以上に高揚してしまっていたのだろう。
 高まりすぎた出力が自らの展開した月匣をも粉砕してしまったのだ。
 威力という点だけで見れば、裏界に存在する本体にも近しいその一撃。
 無論、その直撃に晒された蓮司やカズキ達が耐えられるはずがない。
 ”殺す予定ではなかった”のだが、これでは臓物どころか欠片一つも残らない――
「……?」
 リオンはソレを見止めて僅かに眉を潜めた。
 何もかもが崩壊したその瓦礫の中に、六人がいた。
 恐らく意識はないのだろう、全員倒れ伏して微動だにしない。
 だが、彼等は生きていた。
 戦闘不能ではあるが、間違いなく生きている。
 いかに防御魔法を張ったとて、いかにプラーナを全開にしたとて、耐えられる規模の攻撃ではなかったはずだ。
 ありえない状況を前にしてリオンはほんの僅かに動揺し――

「……少々遊びすぎではないかな、リオン?」

 その間隙を突くように、背後から肩を抱かれた。

「っ!!」
 心臓を鷲掴みにされたような悪寒にリオンは身を震わせた。
 だが、身体を動かす事はできなかった。
 まるで抱き竦めるように肩に手を回されていたのもある。
 だがそれ以上に、その声を聞いてリオンは硬直してしまったのだ。
 それは男の声だった。
 まるで恋人にそうするように優しく、しかし堕落を誘う蛇のように絡みつく声色。
 リオンは背後から自分を抱く男に眼を向ける事さえできず、普段の無表情からは想像し難い震えた声を搾り出した。
「魔王、アスモデート……」


 自らを呼ぶ声を受け止めて、アスモデートは満足そうに微笑を浮かべた。
 そして彼は身を竦ませているリオンを宥めるように黒髪を優しく梳く。
「ガアッ!!」
 その場において唯一動き得たのは、リオンの傍に侍る巨狼――マーニだった。
 咆哮と共にマーニはアスモデートに爪牙を振るう。
 しかし彼は身構えるでもなく、彼女の髪を撫でながら、その眼だけをマーニに向けた。
 瞬間、マーニの身体が吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
 四肢を刹那の間に切断されて、胴体と頭だけになった巨体が押し潰されるように地面に貼り付けられた。
「分際をわきまえろ、狗風情が」
 マーニに眼を向けたまま、アスモデートが唾棄するように呟いた。
 アスモデートの意識が僅かなりともマーニに向けられた事でどうにか気を取り直したのだろう、リオンが掠れるような声を漏らした。
「アスモデート……何故貴方がここに」
「何故? 決まってるだろう。ようやく待ち望んでいた刻が来たのだ、あの娘を殺される訳にはいかないんだよ」
 話しかけられた事で気を良くしたのか、アスモデートは再びリオンに眼を向けて笑みを浮かべた。
 彼は今だ視線を合わせないリオンの顎に、鮮血に濡れた手を寄せて顔を上げさせた。
 触れられる度にリオンの身体を怖気が走り抜けるが、彼女は抵抗できなかった。
 彼女の身体を弄ぶこの魔王は、その気になれば今しがたマーニを一蹴してみせたようにリオンを消し飛ばす事もできる存在だからだ。
 リオンの嫌悪と恐怖がない交ぜになった顔を見つめながら、アスモデートは愉悦に満ちた笑みを浮かべてみせた。
「それに、君も助かっただろう? なんせアレを死なせてしまっては、『あの女』の小細工も無意味になってしまうのだからな」
「……!」
 リオンは驚愕に眼を見開き、アスモデートを凝視した。
 彼女のそんな視線を受けて、彼は苦笑を閃かせる。
「おいおい、まさか私が気付いていないとでも思っていたのか?
 随分と侮ってくれる――ああ、いや。『あの女』はいつでも他者をナメているんだったな」
 くつくつと昏い笑みを零しながら、アスモデートはリオンの頬を指で撫でた。
 緋室 灯の血で染まった指がリオンの白い頬に紅い痕を引く――

「……この、下郎がっ!!」

 横合いから暴圧的なまでの魔力が叩きつけられた。
 アスモデートと、彼が抱いているリオンとを構わず粉砕するような斬撃が放たれる。
 彼はリオンを開放し、激情のままに振るったモーリーの魔剣を片手で受け止めた。
 いかなアスモデートとはいえ裏界屈指の大魔王たるモーリーの一撃を完全に防ぐ事などできはしない。
 彼は爆砕するかのような衝撃を受けて吹き飛び、モーリーとリオンから数十メートル離れた場所でようやく停止した。
「やれやれ。男と女の秘め事に割って入るとは……相も変わらず無粋だな、モーリー」
 魔剣を受け止めた手を軽く振りながら、アスモデートは余裕の表情を崩さずにモーリーを見据えた。
 彼女は嫌悪感も露にアスモデートに向かって魔剣を構える。
「アスモデート……貴様、何故ここに居る!」
「それはもうリオンに言ったんだが……まあいいか」
 言ってアスモデートはグラウドに倒れ伏している六人――その中でただ一人、胸を穿たれている灯に眼を向けた。
 彼女の血で染まった指を舐めて、彼は口の端を歪める。



「こちらの要求は一つだけだ。この場は大人しく去ってもらおう。自分でやっておいてなんだが、アレは速やかに治療してもらわねばならんのでな。
 緋室 灯を戦線から外してしまえば後はお前達がどうしようが私は手を出さん」
「我々がそれを信じると思うのか」
「……相手はいなくなってしまったが、私とて遊戯に興ずる身。お前たちの『遊び』の邪魔はせんさ。
 生憎こちらは準備がもう少しかかる……私の手番は次の機会としよう」
「……『次』などありません。この書物に記された結末は――」
「いいや。お前達の企みは失敗する」
 書物を抱える手に力を込めて語るリオンを遮って、アスモデートはそう断言した。
 予言を否定されたリオンは小さく眉をしかめるが、委細構わずアスモデートは言葉を続ける。
「例え私がこれ以上手を出さずとも、例えお前の書に企みの成就が記されていようとも、ソレは必ず失敗する。何故なら――」
 アスモデートは天地総てをかき抱くようにゆっくりと腕を広げた。
 そして陶酔と恍惚が極まった、見る者に戦慄を与えるような凄絶な笑みを浮かべながら、魔王は宣言する。
「世界を滅ぼすのは、この私――魔王アスモデートだからだ」

 ――およそ裏界に存在する者の中で、この男ほどに『魔王』という呼称が相応しいモノは存在しない。
 ”金色の魔王”ルー=サイファーや”蝿の女王”ベール=ゼファーと並び謳われる『悪徳の七王』が一角。
 この世界の神の力を以てしても倒しきる事が叶わないほどの超越的な力を誇る暴虐の大魔王――それがこのアスモデートだ。

「……モーリー。ここは退きます」
「リオン!?」
 驚愕の視線を送るモーリーに、リオンはアスモデートを見つめたまま小さく頭を振った。
 彼の手によって頬に引かれた朱線を拭い、元の無表情をようやく取り戻してから彼女がモーリーを見る。
「元より彼等は生かしておく予定でした。ここで彼と戦うのは得策ではありません」
 理屈ではそうだろうが、ここで納得できるようなモーリーではない。
 だが、今回の件を主導するリオンがそう言うのなら、彼女としては引き下がらずを得ない。
 口元をいびつに歪ませ、不遜な態度でこちらを見やる魔王に眼を向けて、モーリーは怨嗟を込めて言葉を放つ。
「アスモデート……貴様は必ず妾が滅する」
「お前には無理だ。まあ、『飼い主』が一緒に来るというのであれば、遊んでやってもいいぞ?」
「……っ」
 嘲りを露にしたアスモデートの態度にモーリーは唇を噛み、怒気を膨らませる。
 今にも弾けそうな彼女の魔力を制止したのは、リオンの細い腕だった。
 僅かに震えているリオンの身体を見てとって、モーリーは口惜しげにアスモデートを一瞥すると、その場から姿を消した。
「ここで引けば、貴方はもう手を出さないのですね?」
「勿論だとも。私は紳士だからな」
 おどけるように肩を竦めるアスモデートにリオンは僅かに眉根を寄せてたが、それ以上は何も言わずに距離を取った。
 魔力によって縛り付けられるマーニの元まで辿り着くと、彼は指を弾いてその戒めを解除する。
 そしてリオンは最後にアスモデートに眼を向けた。
「では私は観客に戻るとしよう。楽しませてくれよ、”秘密侯爵”」
 彼はまるで道化師の如く、しかし慇懃に一礼をしてみせる。
 ソレに一切応える事なく、リオンはマーニと共に姿を消した。
 そして語らう者のいなくなったその場所で、アスモデートは静かに回りを睥睨した。
 崩壊したグラウンド。そこに倒れる六人。
 倒れこんだ武藤 カズキと津村 斗貴子。
 胸を貫かれた緋室 灯。
 河井 沙織と、彼女に覆いかぶさる様に意識を失っている赤羽 くれは。
 そして最後に――彼の競争相手でもあった、魔王ディングレイを堕とした魔剣使い。
「……ふ」
 堪えきれなくなったのか、彼は僅かに背を丸めて吐息を漏らし――やがて弾けるように笑い出した。
 アスモデートは天を仰ぎ、狂ったように哄笑する。
「はは……あはははははっ! さあ頼んだぞ錬金の戦士! 星の巫女! そして柊 蓮司!
 世界の命運をお前達に託そうではないか! 存分に踊り狂って楽しませてくれ!!」
 高らかに謳いながら、アスモデートは夜空に溶けるようにしてその姿を消していく。
 そして、蟲の羽音のように不快な嗤い声の残響だけが、暗闇に沈む世界に残った。



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