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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第13話

最終更新:

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だれでも歓迎! 編集
 リオンの攻撃を受けて意識を失った六人は、現場に駆けつけたブラボー達によって直ちにアンゼロット宮殿に運ばれ、
治療を受ける事になった。
 六人の内の一人、河井 沙織はイノセントであり、次元の狭間に存在する宮殿での治療は少々憚られたが、事が事だけに
彼女もまた宮殿にて治療が行われた。
 蓮司、カズキ、斗貴子、くれはの四人は半日ほどで意識を取り戻したが、何者かによって胸を穿たれた緋室 灯だけは
今だ危篤状態で意識を取り戻していない。
 何故彼女だけがそこまでの怪我を負ったのか、それは蓮司達にもわからなかった。
 彼等がわかる範囲でアンゼロットに事情を報告し、体調を取り戻すまでに更に約一日。
 闘いの日から、二日が経とうとしていた。


「敵の目的がカズキさんの持っていた黒い核鉄、という事は間違いありません。ですが……」
 宮殿の室内に一同が介する中、アンゼロットが心持ち沈んだ口調で切り出した。
「ですが、なんだよ」
「その意図が今だ掴みきれません。黒い核鉄の奪取から約二日、世界規模で走査していますがまだこれといって異常を感知する事ができないのです」
 無論、低レベルクリーチャーの跋扈や中小規模でのエミュレイターの行動は世界中で確認されてはいる。
 だが、今回の件に関連した動きは皆無といってよかった。
「ってか、その黒い核鉄っていうのは一体何なんだ?」
「ああ、柊さん達はその辺りの事情をまだ知りませんでしたね」
 黒い核鉄。
 元々は錬金術の到達点とも言える『賢者の石』の試作品でもあったそれは、通常の核鉄とは決定的に異なる性質を持っていた。
 黒い核鉄を命の代替とした者は、人間でもホムンクルスでもない――ただそこにあるだけで周囲から生命力を吸収する存在へと逸脱するのだ。
 百年前にヴィクター=ハワードが、そして現代において武藤 カズキが黒い核鉄をその身に宿している。
「……それなら、アイツ等の目的はそのヴィクターって奴になる事じゃないのか?」
 かいつまんだ説明を聞き終えた蓮司が僅かに眉根を寄せてアンゼロットに尋ねると、彼女は小さく頭を振った。
「確かに、通常のモノではなく黒い核鉄を狙った辺りその推測が妥当なのですが。この前も言った通り、エミュレイターにとっては非効率なんですよ」



「非効率?」
「裏界には”荒廃の魔王”アゼル=イヴリスがいますから」
 ”荒廃の魔王”アゼル=イヴリス。
 己の意思に関わりなく周囲からプラーナを吸収するという能力ゆえに、ウィザードはおろか同じ裏界の住人にすら忌避され、最果ての荒野に一人佇む裏界の魔王。
「ヴィクター化によるエネルギードレインを欲しているのなら、こんな面倒な手間をかけるよりも彼女をこの世界に連れてきた方が遥かに簡単で被害も甚大なはずなんです」
 武装錬金そのものの力を欲するのなら黒い核鉄に拘泥する理由はなく、ヴィクター化による特性を欲するには無意味に手間がかかる。
 昨年に出没し始めた融合型ホムンクルスにしろ、今回の件はエミュレイターにとっては遠回しに過ぎるのだ。
「おまけに現状向こうも動きを全く見せない。流石に”秘密侯爵”だけあってやり口が陰険ですね」
(お前に言われたくねーな……)
 蓮司は脊髄反射的に口走りそうになった台詞を慌てて呑み込んだ。
 ともかく、現状ではリオン達の真意を類推するファクターが少なくて動向を察する事が出来ないという事だ。
 室内に沈黙が降りかけたその時、

「どうやら行き詰っているようだな。ならば俺が蒙を啓いてやるとしようか」

 どこからか男の声が響いた。
 空気が僅かに張り詰め、室内にいる全員の視線が声のした方向――豪奢な扉に注がれた。
 まるでその視線を待ち受けていたかのように、扉が勢い良く開かれる。
 そこから現われたのは、蝶々の仮面を付け前面のはだけた漆黒のスーツに身を包んだ怪人。
「パピ! ヨン!」
 蝶野攻爵――パピヨンだった。




「蝶野! なんでここに!?」
「ていうかお前、どうやってここに来た!?」
 蓮司が泡を食って問いかけるのも当然、何故ならこのアンゼロット宮殿は次元の狭間にあるのだ。
 真っ当な方法で辿り着く事は不可能のはずだ。
「無論、正面口から堂々とここまで来たが? まあ”この場所まで”は『相方』に連れて来てもらったがね」
 パピヨンは臆する事なく室内にいる全員を睥睨する。
 最初に彼に反応したのは、この宮殿の主でもあるアンゼロットだった。
 彼女はテーブルを力強く叩き、怒りを露にして席を立つ。
「コイズミッ!!」
「はっ!」
 声と共に仮面を被った男が廊下より現われ、彼女の元まで走り寄って頭を垂れる。
 アンゼロットを眉間に皺をよせたまま、パピヨンを指差して怒鳴った。
「どういう事です! わたくしの宮殿に不審者を招きいれるなど!」
「は、いえ……しかし……ロンギヌスのメンバーではないので……?」
「何を言うのです! わたくしがこのような変態的な仮面の男を傘下に加えるはずがないでしょう!?」
 アンゼロットが捲くし立てて再び荒々しくテーブルを叩く。
 カシャンと音を立てるティーセットにちらりと目線をやると、パピヨンは呆れたように肩を竦めて溜息を吐き出した。
「そんなノーセンスの仮面を付けさせている奴に言われたくはないな」
「なァんですってェ!?」
「せっかくだからこの機にモデルチェンジでもしたらどうだ? 今ならこの蝶☆素敵なスーツも一緒につけてやろう」
「ぶっ……無礼な! コイズミ、さっさとこの男を叩き出しなさい! 簀巻きにして次元の彼方に放逐するのです!」
「は……はっ!」
 アンゼロットの怒声を浴びてコイズミが弾かれたように月衣からウィッチブレードを取り出す。
 しかし当のパピヨンは全く臆する事なく、身構えているコイズミを上から下まで観察して、ふんと鼻を鳴らした。
「職務に忠実なコトだ。しかし、お前は本当にその格好で納得してるのか?」
「な、なにいっ!?」
 嘲るようなパピヨンの声にコイズミ一瞬たじろぐ。しかし、彼は歯を噛み締めて強い眼光でパピヨンを睨み付けた。




「侮るな、蝶々仮面の男! このロンギヌス・コイズミ、新参とはいえアンゼロット様への忠誠は他のメンバーに劣るものではない!」
「ほお……」
「コイズミ……!」
 思わず喜色を称えるアンゼロットの視線を受けて、コイズミは更に力強く胸を張って叫んだ。

「たとえこのような見識を疑う珍妙極まった衣装を纏おうとも、それがアンゼロット様の命とあらば恥じる事などないっ!!」

「………」
「………」
「………」
「………」
「お、おい……コイズミ……?」
 静まり返った室内に、恐る恐るといった蓮司の呻きが漏れる。
 恐らく会心の台詞のつもりだったのだろう、コイズミは全身から自身を漲らせてパピヨンを睨みつけている。
 そんな彼に、アンゼロットはとても透き通った音色で言葉をかけた。
「コイズミ」
「はっ」
「貴方の忠誠の程はよくわかりました。主として嬉しく思います」
「いえ、そのような……身に余る光栄です、アンゼロット様」
「それはそれとして、わたくしのセンスを侮辱した罪は万死に値します」
 アンゼロットが何時の間にか脇に垂れていた紐を思い切り引っ張ると同時に、ガコンとコイズミの足元の床が開いた。
「うぉっはあ!?」
 奇妙な声を上げて、コイズミは暗い穴の中に急降下していった。



 ※ ※ ※



「それで結局、貴方は何をしに来たんですか?」
 ティカップをソーサーに戻しつつ、アンゼロットは刺々しい口調で闖入したパピヨンを見据えた。
 彼は一応という形で出された紅茶を口に含みつつ、小さく息を吐いて瞑目する。
「ふむ、衣装のセンスはともかく茶葉と給仕は一流のようだ」
「当然です。ですがわたくしは貴方をアフタヌーンにお誘いした訳ではありませんよ」
「わかっているさ、守護者殿」
 軽い嘲りを含んだ声でパピヨンは言うと、カップをソーサーに戻す。
 格好はともかく、彼の紅茶を嗜む動作だけは優美と言っても差し支えはなかった。
「最初に言った通り、お前達に情報を提供しに来た。『相方』はここの空気が気に入らないそうでな」
「……ベール=ゼファーか」
「ノーコメント」
 探るようなナイトメアの言葉に、しかし一片の動揺すら見せずにパピヨンは言う。
 もっとも、それまでの状況とこの宮殿に彼をつれて来れる相手という時点でそれは意味のない探りあいではある。
「真偽の選定はこちらで行います。それで、情報とは」
「情報と言っても言伝だがな」
 パピヨンは椅子の背にもたれ、脚を組んだ。そしてアンゼロットを真正面から見据えたまま、言葉を紡ぐ。
「リオン=グンタの目的は『黒い核鉄』によるマーニのヴィクター化だ」
「ヴィクター化ですか。しかし――」
「余分な手間が掛かりすぎる、と言うんだろう? だが、この場合重要なのは『マーニがヴィクター化する』という事だ」
 意図の読めないパピヨンの言葉に、蓮司やカズキ達は一様に眉を潜めた。
 だが、アンゼロットだけはそれで何かを察したのか、蓮司達と同様の表情を浮かべながらもその貌は更に深刻さを浮き立たせている。
「そんな……いえ、しかし。在り得なくはない……?」
 顎に手を当てて誰に言うでもなく呟くアンゼロット。
 事情を上手く呑み込めないカズキが、蓮司達を代表するようにパピヨンに問いかけた。
「マーニ……ホムンクルスがヴィクターになったら、どうなるんだ? オレの時とは何か違うのか?」
「変わらない。それが『ただのホムンクルス』なら、お前と同じようにヴィクター化する。それだけだ。だが――」
「――マーニはただのホムンクルスではなく、『エミュレイターと融合したホムンクルス』だという事が問題なのです」




 パピヨンの言葉を引き継ぐようにして声を発したのは、アンゼロットだった。
 彼女はカズキ達の視線を受けて、静かに口を開く。
「以前お話した、わたくし達ウィザードの技術と錬金戦団の技術の違いについて覚えていますか?」
「確か、似ているけど別物……って話だったような」
 ウィザード達の技術はこの世界の常識の外側にあるモノであるが故に世界に拒絶され、錬金戦団の技術はこの世界の常識の裏に潜むモノであるが故に世界に許容される。
 うろ覚えの知識をそらんじてみせる蓮司にアンゼロットは小さく頷き、未だに話を上手く呑み込めない周囲に視線を巡らせた。
「『ホムンクルス』も『核鉄』も錬金戦団が生み出したこの世界の許容物です。
 ならば勿論、黒い核鉄を用いて成る『ヴィクター』も、この世界に許容された存在という事になります」
「そして『エミュレイター』はこの世界から拒絶されている存在だ。奴等は世界結界によって己の存在を阻害され、月匣の内でしか力を発揮できない。
 より力のあるモノならば、それであっても十全の力は出しえない」
 ――さて、ここから本題。
 パピヨンが指を立て、厳かに宣言する。
 その場にいる全員に言い聞かせるように静かに、ゆっくりと声を紡ぎだした。
「進化、転生、新生。呼び方はどうあれヴィクター化を成した時点で、ソレは人間でもホムンクルスでもない”第三の存在”となる。
 ではその素体となるモノにエミュレイターが内包されていたとしたら、どうなると思う?」
 ”第三の存在”とは黒い核鉄によって成るヴィクター。
 ヴィクターとは錬金戦団の技術の産物であり、『世界に許容された存在』。
 エミュレイターの力を内包したまま、ヴィクターに成るという事は、すなわち。
「――世界結界に阻まれる事のない、『この世界に許容された』エミュレイターが生まれる、という事です」

 搾り出すようなアンゼロットの声と同時に、けたたましい通信音が部屋に轟いた。



 ※ ※ ※




「……契約を果しましょう、マーニ」
 暗闇の中なお映える漆黒の少女は、巨大な狼の前に佇んでそう囁いた。
「貴方の望んだ真理と力を与えましょう。そして契約に基づき、その対価は汝の魂にて」
 白い掌に包まれた黒い核鉄を、巨狼の左胸――鮮やかに浮かぶ印章へと押し当てる。
 黒い核鉄が淡い光を放ちながら、音もなくマーニの身体の中に飲み込まれていく。
「――――」
 纏う闇が更に密度を増して、マーニを押し包んだ。
 黒く、黒く、闇よりなお昏い瘴気に蝕まれて呑みこまれている巨狼を静かに見取り、リオンはマーニに向けて手向けの言葉を呟いた。
「死は錬金術に携わる者総ての運命。その真理を望む者として、本望でしょう? ……おやすみなさい、マーニ。そして――」
 巨狼を包む闇がほどける。それと同時に、見えない何かが断ち切られた。
 それはリオンを始めとして裏界に存在する者達が決して解き得ない束縛。
 この世界ならざる者を拒絶する、この世界の守護の壁。
「……名もなき侵魔の仔。貴方に新しい命と、名前を与えましょう」
 新生したソレは身体を大きく震わせ、天を仰いだ。
 巨大な顎を裂けんばかりに開き、空を射抜かんほどに大きく見開いた双眸。
 真紅のその瞳から、血涙が零れた。
 溢れ出した赤色の瘴気は闇色の身体と交じり合い、甲冑と見紛う巨躯を赤銅に染め上げる。
「――おはよう、『ベリト』」
「――ォ、ォォォオオオオオオ!!!」
 それは歓喜か、法悦か。
 この世界を侵す者からこの世界に在る者として生まれ変わったソレ――ベリトはその存在を世界に示すように、咆哮した。




 ※ ※ ※




 アンゼロットはテーブル上に次々と展開されていくモニターに眼を通しながら、端整な眉を僅かに歪めて通信を開く。
「何事です」
『た、たった今月匣の展開を確認しました! ですが、その……!』
「落ち着きなさい。正確に報告を」
 上擦った声で報告をするロンギヌスメンバーを静かに叱咤して、彼女は促した。
 もっとも、先程から眼を走らせているデータを見るに、その異常は容易に見て取れる。
 その事実を証明するように、焦りをあらわにしたオペレーターの叫ぶような声が響いた。
『月匣の展開範囲は――世界全体です! また、これに伴って世界各地でプラーナの揺らぎを確認、錬金戦団から提供されたデータと一致……エネルギードレイン現象です!』
「な……ま、待てよ!」
 泡を食って席から立ち上がったのは、蓮司である。
 彼は詰め寄るようにアンゼロットに身を乗り出し、まくしたてる。
「リオンが張った月匣だってせいぜい街を覆う程度だぞ! いくら世界結界に影響されないからって、いきなり世界を覆うほどの月匣ができるなんてあり得ないだろ!!」
「この場合マーニの強さは関係ありませんよ、柊さん」
「……え?」
「そもそも月匣とはエミュレイターがこの世界――世界結界の中で力を発揮するために己に都合のいい世界、異界の常識を侵食させるモノです。
 であれば、既に世界に許容されているマーニが押し広げる『世界の常識』とはすなわち、この世界の常識――『世界結界そのもの』なのです」
「なっ……」
 思わず絶句してしまった蓮司に代わり、声を荒らげたのはカズキだった。
「それより、さっきエネルギードレインって……どういう事なんだ!?」
「パピヨンの情報通り、マーニがヴィクター化してしまったのでしょう。
 結果、ソレが展開した月匣内――世界結界内においてその生態であるエネルギードレインが起こってしまっているのです。幸い規模が大きすぎて効果自体は薄まっているようですが……」
「世界中で、アレが起きてるっていうのか……」
「……見ますか? あまり正視には堪えませんが……」
 言いながらアンゼロットはテーブルの中央に巨大なモニターを表示させた。
 そこには世界各地の様子が次々と表示され――その様相に、場にいる全員が凍りついた。
 モニターの中に映し出される世界中の人々の様子。それは、何の変哲もない普通の人々の生活だった。
「……っ!」
 思わずくれはが口元に手を当てて、眼を反らす。
 パピヨンは僅かに眼を細めるだけで反応はせず、ナイトメアとブラボーは表面上は平静を装っているが、拳を握りこみ小さく震わせていた。



「なんだよ、これ……」
 剛太が呻くように漏らす。
 斗貴子とカズキ、そして蓮司は、言葉を発する事さえもできずに画面を凝視している。
 それは、何の変哲もない人々の生活。
 ただ決定的に違うのは――そんな普通の送っている人々の身体から、漏れ出すように生命力が抜き取られている事だけだ。
 アンゼロットの言うとおり、ドレインされる量自体はさほどでもないのだろう。
 だが、その場にいる誰一人として抜けていく自分の生命に、周囲の生命に気付いていない。
 明らかな異常を、異常として認識する事もなく、『普通』にしている彼等の光景が、例えようもなく歪に見えた。
「……なんで、こんな」
「……月匣が世界結界と同化してしまったために、マーニの存在とそれの引き起こすエネルギードレインがこの世界の『常識』として認識されてしまっているのです」
「それって、確か……」
「ええ、昨年の『THE SUMMER』の件と酷似していますね。ただし、今回はそれよりも更に劇的で深刻です。このままでは世界中の生命がマーニに吸い尽くされ、枯死する」
「マーニは今どこにいるんだ。アイツを倒せば、それでドレインは止まるんだろ」
「………」
 アンゼロットは詰め寄る蓮司には答えず、しばし黙考した後ゆっくりと立ち上がった。
 そして場にいる全員に視線を流した後、口を開く。
「この場は解散します」
「な、おいっ!」
「敵の居場所は必ず突き止めます。世界中の人々が月匣内で通常通り動いている以上、潜伏場所によっては人払いの結界を張る必要もあります。
 少し時間がかかるでしょうから、皆さんは今の内に身体を休めて調子を万全にして下さい。この場にいるあなた方が、現在この世界に残された最後の戦力ですから」
「え……」
「世界が月匣に囚われた時点で、世界にいるほとんどの人間にとってはエネルギードレインが『常識』となっているのです。
 彼等にとってはこの事態を打破する事はおろか、その必要性さえも認識はできない。むしろ――」
「――この世界の『常識』を覆そうとするエミュレイターの所業と謗られるか」
「そういう事です」
 ナイトメアが自嘲交じりに吐き出した声に、アンゼロットは首肯して苦笑を閃かせた。
「けどよ……」
「あのー、すいません」
 なおも食い下がろうとする蓮司の声を、新しい声が遮った。




 闖入したその声に場にいる全員の視線が一斉にその人物に向けられ、その声の主――灯と同じ輝明学園の制服に身を包んだ少女は少しだけ後ずさった。
 彼女は強気そうな瞳に僅かな怯えを含ませて周囲を見やり、そして最後にアンゼロットに眼を向けた。
「な、なにかあったの?」
「いえ、何でもありませんよ冴絵さん。それよりどうしてここに?」
「あー。何かいきなり通信が慌しくなっちゃったから、もう直接こっちに来た方が早いかなって」
 クセなのだろうか、額を人差し指で掻きながら少女――十文字 冴絵は苦笑を漏らす。
 そして彼女は居住まいを正して、妙に堂に入った敬礼をして見せてアンゼロットに報告をした。
「アンゼロット様。つい先程あかりん……もとい、緋室 灯の意識が回復しました」
 冴絵の報告に沈鬱に沈んでいた部屋の空気が僅かに軽くなる。
 アンゼロットも僅かに表情を緩めて、口元を綻ばせた。
「そうですか。流石はリビングレジェンド、絶滅社が誇るメディカルスタッフですね」
「『元』ですけど。いきなし社に呼び出されて何事かと思ったけど……まあ、あかりんは知らない仲でもないし」
「では、すぐに移送を?」
「や、流石にすぐは無理でしょう。もう少し様子を見てからって事で」
「わかりました。委細は貴方にお任せします」
「了解です」
 再び敬礼をして、冴絵は部屋から姿を消した。
 僅かに軽くなった空気の中で、カズキが安堵の息を漏らす。
「あかりん……無事だったんだ……」
「アンゼロット。先程移送と言っていたようですが……」
「先日の戦闘を受けて、絶滅社から灯さんに帰還命令が出されたのです。今の彼女は社から送られた医療兼護送のチームリーダー。確かあと二人来ていたはずですが……」
 言いながら彼女は指を顎に当てたが、どうもその名前が浮かばないようだった。
 アンゼロットは小さく頭を振ってからカズキ達を見やる。
「ともあれ、あの状態ではとても戦線には立てませんので、灯さんにはこのまま絶滅社に戻ってもらいます。丁度良いですからお見舞いに行ってあげて下さい」
 アンゼロットは場を締めるようにそういうと、ブラボーとナイトメアを伴って部屋を退出した。




 部屋に置き去りにされた形になった蓮司達が動向を定められずに固まっていると、パピヨンが肩を竦めてゆっくりと立ち上がった。
「やれやれ、話の途中で客人を放り出すとは……ま、そんな事も言ってられる状況ではないか」
「話の途中?」
「ああ。何しろアレから二日も経ってるんだ。今までの話など単に状況説明でしかない。言伝はここから――」
 言いかけて、パピヨンは不意に口を噤んだ。
 そう、カズキがリオンに黒い核鉄を奪取されてから二日も経っている。
 負傷によって動けなかったこちら側はともかく、向こう側がその期間行動を起こさない理由はないのだ。
 なのに何故今になってから状況を動かすのか。これではまるでカズキ達の傷が癒えるのを待っていたかのようだ。
「で、言伝って何だよ」
 初対面の時の印象からか、僅かな嫌悪感と共に吐き出した蓮司の言葉でパピヨンは思考を中断した。
 いずれにせよ自分には関わりのない話なのだ。
「敵の居場所の追求は『相方』がやるそうだ。人払いの件も纏めてな」
「相方って、ベルが? なんだってアイツが……」
「裏界の大魔王様にあらせられては、他の奴等がいい気になっているのは許せないんだろうさ。準備が終わるまで待っていろ、との事だ」
 それで話は終わりとばかりにパピヨンは軽く伸びをし、五人が見つめる中アンゼロットが去ったばかりの扉に向かって歩き出した。
 部屋から退出する直前、パピヨンの背中にカズキは声をかける。
「蝶野。できたらオレ達に――」
「NON」
 おそらくはカズキの台詞を予期していたのだろう、パピヨンは背を向けたまま切り捨てるように彼の言葉を遮った。
「前に言った通り、俺は傍観だ。世界を守るだなんて性に合わんし、見返りもない。俺がここに来たのは、奴との取引に過ぎん」
 パピヨンは背中越しに五人を見やり、口元を軽く歪める。
 そして彼は皮肉に満ちた仕草で軽く手を振った。
「まあ、応援ぐらいはしてやってもいいか。頑張って世界を守ってくれよ、『正義の味方』の諸君」



 ※ ※ ※



「――解せんな」
 暗闇の中、新生したマーニ……ベリトを見据えながら、モーリー=グレイはリオンに向かって語りかけた。
「アスモデートの乱入であの場を引くことは已む無しとしよう。だが、なぜ人間達の回復を待ち障害を残す真似をする?
 奴等を恐れる必要はないが、侮りがすぎれば足元を掬われるぞ」
 彼女は漆黒の少女に言いながら、知らず己の腕を擦っていた。
 先日の戦闘の際、叩きつけられた人間の拳の残滓をなぞるように手を添えて、モーリーは沈黙を守るリオンを見据える。
 リオンはゆっくりとモーリーを振り向き、胸に抱えている巨大な書物の縁を指でなぞりながら、口を開いた。
「……世界律、というものがあります」
 しかるべき要素がしかるべき状態で推移する事により、しかるべき結末へと辿り着く。
 運命や因果とも呼びかえられる世界律は、単純に規模の大小や状態の強弱ではなく、状況に相応しい要素によって定められるのだ。
「つまり、奴等の存在が必要だと?」
「はい。絶対的に必要なファクターではありませんが、結末を速やかに導くためには彼等が必要なのです。もっとも……」
 現状において必要以上になっていますが。
 リオンは薄青の瞳を僅かに細めて、モーリーを見つめる。
 モーリーは彼女の意図を探るように見つめ返すと、やがて小さく息を吐いて瞑目した。
「あの方の命であれば、妾に是非などない。『枝打ち』であろうと甘んじて引き受けよう」
「感謝します、モーリー」
「礼など不要だ。結果がちゃんと示されるのならばな……」
 鋭く睨むモーリーの瞳には、僅かばかりに疑念の色が浮かんでいた。
 リオンの持つ書が、あらゆる秘密を把握し未来を読み解くというモノだという事はモーリーも知っている。
 だが、先のアスモデートの乱入などという事態には、リオン自身も予期していなかったように感じられた。
 書物の力を否定する訳ではないが、それでも彼女の語る結末に肯定で応えられるほど楽観的に信じる事もできない。
「……いかな私とこの書物とて、この世に存在する総ての因果を完全に掌握するほど万能ではありません。
 運命の流れには必ず”ゆらぎ”が生ずるモノ。力あるものが干渉すれば、そのゆらぎはより大きくなる」
 モーリーの言外の言葉を察したのか、リオンは静かに語った。
 彼女はモーリーに背を向けて、胎動するベリトを見やりながら、胸に抱いた書物をゆっくりと開く。
 モーリーが視認するリオンの小さな背中、その隙間から垣間見える書物の項は、白紙だった。
 あの書の記述を読めるのはその持ち主である”秘密侯爵”と、彼女が赦した者だけだ。
「そのゆらぎが修正不可能にまで歪んでいけば、結末も変わろう。その上で未来を語るか、”秘密侯爵”?」
「私でも裏界の魔王としての矜持というモノがあります。”秘密侯爵”の名にかけて誓約しましょう」
 この段階にまで及べばゆらぎの入り込む余地はもう少ない。
 目の前にいる赤銅の侵魔も、背後から疑念を投げかけている彼女も、来るべき時に備えている彼等も――そして、遅れて来る『銀髪の彼女』も、総ての流れはもう止まる事はない。
 リオンは黙したまま書物の記述を指でなぞり、静かに宣誓した。
「――総てはこの書物に書いてある通り」



 ※ ※ ※



 アンゼロットの宮殿を辞し、パピヨンは一人銀成市の郊外へと降り立った。
 軽く市内を見回ってみたが、人々は何事もないかのようにいつも通りの生活を謳歌している。
 ……眼に見えない『常識』によって、自らの生命力を抜き取られながら。
 搾取されている事にも気付かない人々の姿はほんの少し哀れで、それ以上に滑稽だった。
「しかし、思ったよりも面倒だな」
 パピヨンは身体の調子を確かめるように掌を開閉しながら呟く。
 去年ヴィクターと相対した時ほどに強烈ではないものの、世界中に展開しているエネルギードレインはパピヨン自身にも例外なくその影響を与えている。
 そう気になる程度ではなかったが、身体に感じる気だるさは彼が”今の彼”になる以前の頃の状態に似ていて、それが少々気に喰わなかった。
 さて、どうするか。
 パピヨンは顎に手をかけて思案する。
 宮殿でカズキ達に言った事は偽りなく真実である。
 彼にとって『人間の世界』がどうなろうと知った事ではない。滅亡の世界、裏界の住人に取って代わられた世界というのも興味はある。
 ただ、ウィザード達はともかく、武藤 カズキ達が死んでしまうのは少々頂けない。
 その一方でそれで死んでしまうような者達なら、その程度の奴等だったという思いもある。
 天秤を決定的に傾ける要因がないというのが、目下の所の問題だった。
 これからの行動を決めあぐねているパピヨンに、

「――蝶野 攻爵?」

 不意に声をかける者があった。

「――!?」
 その声音よりも、その言葉の内容にパピヨンは表情を歪め声の主を睨みつける。
 そこにいたのは、少年だった。
 僅かに立った黒髪。白い衣装。腕には銀成学園の腕章が嵌められているが、銀成学園に白い制服はない。
 首元に顔を隠すようにマフラーを巻いている。
 だが何よりも特徴的なのは、既視感を憶えさせる少年の眼差しだ。
「……何者だ」
 声を潜め、珍しく敵意を剥き出しにしてパピヨンは少年に向かって口を開いた。
 正体不明の人間という事もある。だがそれ以上に、パピヨンに向かって”その名前”を口走った事実が、彼をそうさせた。
「……アンタの力を貸して欲しい」
 少年はパピヨンを見据えたまま、静かに言葉を紡いだ。
 だがパピヨンはそんな少年を見つめたまま、ゆっくりと手を持ち上げる。
 何もない中空から黒い蝶が現出し、少年に向けられた。
「俺は『何者だ』と聞いている」
 少年は黒死の蝶を前にしても身構える事はせず、むしろ自分に向けられて放たれた言葉に僅かに動揺して顔を俯けた。
 何かを迷うようにして少年は沈黙を続け、そして再びパピヨンに視線を合わせて、小さく漏らした。
「…………―――ソウヤ」
「――!」
 それは間近にいても聞き逃してしまいそうなほど、小さな囁きだった。
 だが、ホムンクルスとなって強化されたパピヨンの聴覚は彼の言葉を一音一句聞き逃さなかった。
 そしてソウヤと名乗る少年が発したその言葉に、パピヨンは露にしていた敵意を消失させていた。


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