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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第16話

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 わなわなと身体を震わせながらこちらを見る蓮司を、ベルは楽しそうに見返していた。
 口の端を歪めて含み笑いを漏らしつつ、テーブルに肘を突いて彼女は蓮司に向かって口を開く。
「ちゃんと言ったじゃない。あたしと紅茶を愉しんでるって」
「あんな剣呑な空気垂れ流しといて信じられる訳ねえだろ!」
 肩をいからせ、びしりとベルを指差して叫ぶ蓮司。
 しかしベルは一向に堪える様子もなく――むしろ哀れむような目線を向けて溜息をつき、肩を竦めて見せた。
「見ず知らずの仲でもないのに、とも言ったわ。あたしの性格を未だに把握できないなんて、意外っていうかやっぱりっていうか女を見る目がないわね柊 蓮司」
「ぐっ……うぐぐっ……!」
 余裕綽々で語るベルに反論できず、蓮司はその場で地団太を踏んで構えたまま行き場のない魔剣を振るわせる。
 そんな所にベルとテーブルを囲んでいたくれはと斗貴子が駆け寄ってきた。
「そんなかっかしないで落ち着きなさいよ、ひーらぎ」
「これが落ち着いてられるか! てゆうかくれは、お前なんでベルと寛いでんだよ! ヒトが必死こいてフォートレス彷徨ってたってのに!」
 半ば八つ当たり気味に蓮司が言うと、くれはは「はわあ」と照れ臭そうに頬を掻いた。
「斗貴子さんも一緒にお茶してたの?」
 割り切りが早いのか、あるいは鈍感なだけなのか、蓮司とはうって変わって既に気を抜いてしまったカズキが斗貴子に声をかけると、彼女はうっと言葉を詰まらせて目を反らした。
「キミ達と分断された後、少し進んだ所で彼女と遭遇した。私は合流するために動くべきだと言ったんだが……」
「ベルがこっちで誘導するから任せなさいって」
「はあ……?」
 状況を説明された蓮司がいかにもうさんくさげな視線をベルに投げかけると、彼女は人差し指を立てて軽く回しながら言葉を紡ぐ。
「リオンが蒐集した秘密を紐解いて創り上げるフォートレスは魔王達の中でも極上よ。
 凌駕し得るのはアニーかイコぐらいか……あんた達程度じゃ二重遭難して朽ち果てるのがオチね」
「……お前でも無理だってのか?」 
「創るのは無理ね。構成という点においてのみ論ずるならあの子はあたしより上。まあ、そもそもあたしはこういうかったるいのは嫌いなんだけど」
 静かに首肯をしてみせて、次いでベルは眼を細めてから蓮司達を鋭く見据えた。
 それまでの楽観的な表情はなりを潜め、責めるような厳しい態度で彼女は言う。
「大体、フォートレスでパーティを分けるなんて何考えてるの? 素人でもあるまいし……おかげで余計な手間かける事になったわ。
 リオンにもあたしが侵入してるの気付かれただろうし」
「うっ……す、好きで分けた訳じゃねえ。その……トラップに引っかかっただけだ」
「トラップ?」
 おずおずと蓮司が返すと、ベルは僅かに目を見開いてまじまじと蓮司を見つめる。
 そして眉を潜め、小さく首を傾げた。
「おかしいわね……このフォートレスの構造的な仕掛けはともかく、罠の類は粗方片付けといたはずなんだけど。
 残ってるのは解除するのも馬鹿々々しいほどミエミエのトラップぐらいよ?」
「ま、マジで……?」
 みえみえの罠に引っかかってしまった蓮司とカズキは小さく呻いて互いに顔を見合わせた。
 そして救いを求めるように――というより仲間を求めるように蓮司はくれはに目線を向ける。
「く、くれは……」
「はわ? ベルの言うとおり、彼女に会うまで簡単なトラップしかなかったよ?」
「と、斗貴子さん……」
「……私は戦団で一応サバイバル訓練も受けていたからな。かなり勝手は違ったがさほど困るような事はなかった」
「…………まさかアンタ達、ひっかかったの?」
 ベルがじとりと半目で蓮司とカズキを見る。それに釣られるようにくれはと斗貴子も二人に目をやる。
 蓮司とカズキの二人は気圧されるように一歩退いた後、互いに目を合わせ――がしりと肩を組んだ。

「「な、何を隠そう俺達は漢探知の達人ッ!!」」


「あんた達……」
「カズキはともかく蓮司……キミはもっとまともな方だと思っていたのに……」
「まあひーらぎは大体こんなモンだよ」
「こんなモンってなんだ!?」
「はわ? こんなモンはこんなモンでしょ?」
「訳がわかんねえよ! くそう、今までまともだった俺の評価が…っ」
 くすくすと笑みを漏らしながら言うくれはに蓮司は肩を落として頭を抱える。
 その脇でカズキがはたと気付いたように斗貴子に目を向けた。
「え、あれ? オレ、斗貴子さんにまともな方だと見られてなかった!?」
「時と場合による。精進しなさい」
「キビシイなー……」
 両断されるような勢いで言ってのけた斗貴子にカズキはがっくりと肩を落とした。
 そんな二人の様子を白い目で見つめていたベルは、一つ大きく息を吐き出してから口を開く。
「……まーいいわ、それより本題に入りましょう。アンタ達だってここに遊びに来たわけじゃないんだしね」
 そのベルの言葉で四人は我に返り、表情を引き締めてから改めてベルに向かい合う。
 彼女は今だチェアに腰掛けたまま、入り口付近の四人をじっと見詰めていた。
「そうだよ。お前、こんな所に何しに来たんだ」
「酷い言いようね。誰のおかげで無事に合流できたと思ってるのかしら」
「う……」
「もしかしてオレ達を助けるために?」
 言葉につまってしまった蓮司に代わってカズキが尋ねると、
「助けるなんて不本意だわ。
 あの時言った通り今回のリオンの計画を潰すためにアンタ達を利用しているだけ……まあ、助けたのは事実だからお礼ぐらい言ってくれてもいいはずなんだけどね」
 ベルは皮肉気にそう言うとちらりと隣の蓮司へ目を向けた。
 黙り込んで眉をしかめ、名状し難い表情を浮かべた蓮司を見届けると彼女は満足気に鼻を鳴らした。
 そしてベルが蓮司達に向かって口を開こうとした時、
「そっか、そういえばそうだよな。ありがとう、ベル」
「―――!?」
 カズキの放った無造作な言葉で、そのまま目を見開いて固まってしまった。
 彼女にしては酷く珍しい、呆気に取られた表情。
 そんなベルの顔を見て普段の彼女の姿を良く知る蓮司とくれはは驚愕を浮かべた。
「あ……アンタ、武藤カズキ。あたしの話聞いてたの?」
「え? ちゃんと聞いてたけど?」
「利用してるだけだって言ったでしょ?」
「でも助けてくれたのも本当だからさ。だからありがと」
「~~~……」
 真正面から見据えたまま再びそんな事を言われ、ベルは頬を朱に染めて何故か悔しそうに手を震わせる。
 二度三度言葉を吐こうとして口をぱくぱくさせた後、かくんと頭を垂れて溜息をついた。
「もういいわ、訳わかんない。これだから人間ってのは……何見てんのよ柊 蓮司」
 カズキの視線から逃げるようにベルは蓮司に矛先を向け、殺気混じりの眼光で睨みつけてきた。
 しかし、あれだけ動揺した姿を見せた後にすごまれても威圧感に欠けるのはどうしようもなかった。
「いやー、お前が単純に”困ってる”のを見たのは初めてだったからな」
「……殺すわよ」
 どこか楽しげに言う蓮司にベルは苛立ちを露にして唸り、彼を睨みつけた。
 視線で蓮司を黙らせると彼女は深呼吸を何度か繰り返し、仕切りなおすようにして艶やかな銀色の髪をかき上げると改めて口を開く。
「とにかく、アンタ達にはこのフォートレスを抜けてもらわないといけない。
 だけどあんた達にこのフォートレスを抜けるのは不可能。だからあたしがここにいるって訳。わかった?」
 カズキを警戒しているのか、彼女は普段の婉曲的な物言いを収めて至極簡潔に切り出した。
 ここまで端的に言われれば理解できない方が難しく、斗貴子は眉を潜めてベルをねめつける。
「……つまり、ここから先はお前が同行する事になるのか?」
「ええ、まあそういう事ね。ただしいちいちトラップを解除しながら進むなんてもうしないけど。めんどくさいし」


「は? どういう事だ?」
 落ち着きを取り戻したベルの言葉に蓮司は眉を潜めて怪訝の声を上げる。
 フォートレスがこの先どれほど続いているかは想像すらできないが、抜けるまでにトラップが存在しないという事はまずあり得ないだろう。
 蓮司やカズキのように無理矢理突破する、というのも――魔王たるベール=ゼファーであるならそれでも問題はないかもしれない。
 ベルは小さく鼻を鳴らした後、不快そうに蓮司を睨み付けた。
「……ホントならあたしは裏に回ったままで行かせようと思ったんだけど、どっかの二人が馬鹿やったせいで表立って動かざるを得なくなっちゃったし。
 もうリオンにもあたしがいるって事ばれてるだろうしね。……大事なことだから二回言ったわ」
「っく……」
 まだ引っ張るか、と思わないでもなかったが、その張本人である蓮司としては彼女に対して一切反抗ができない。
 彼の態度に幾分気を良くしたのか、ベルは普段通りの小悪魔的な表情を浮かべてから、
「だから、この際実用的な方法で抜ける」

 ゆっくりと細い手を掲げ、指を鳴らした。

 それを合図に、黒い灯火が浮かび上がる。
 幾つもの漆黒の炎が部屋を取り囲むように立ち並ぶ。
 まるで葬列のような《黒き炎》は、静謐に沈んでいる書物庫に穴を穿つように燃え盛っていく。
 湧き上がっていく力と悪寒を前に、四人はそれまでのように安穏とした空気を保っている事などできはしなかった。
「おいベル、お前――」
 魔剣を月衣から出すかを逡巡しながら、蓮司はベルに問いかける。
 しかし彼女は答えず、形の良い唇を半月に歪め――寒気が走るほど淫靡に嗤った。
「っ! 皆、集まって!」
 同時に響いたのは悲鳴にも似たくれはの叫びだった。
 切羽詰った声に返答する間も惜しんで三人はくれはの下に集まる。
 くれはは懐から符を取り出すと、口の中で祝詞を呟いてから呪符を四方の床に投げ放つ。
「――魔を禁ずれば踏み入る事応はず!!」
 力ある言葉と同時に、符によって形成された結界の中に白い霧が溢れ出す。
 それを待っていたのか、あるいは単なる偶然なのか、ベール=ゼファーは怖気が走るほど透き通る美声で、静かに宣告した。

「――喰い尽くせ」

 魂を引き千切るような絶叫が響き渡り、目に見える総てが黒色で塗り潰された。
「――ッッ」
 耳朶を抉り脳髄をかき回すようなノイズが響き渡る。
 目に見えるモノ総てが《黒き炎》に灼き尽くされ、食い尽くされていく。
 そのノイズは絶叫ではなく、絶叫と聞き紛うほど重なり合った羽音。
 その漆黒の獄炎は炎ではなく、炎と見紛うほど大量に蠢く死蝿。
 ”蝿の女王”に導かれた死蝿の葬列が世界総てを食い潰す。
「……っ、っ、~~~!!」
 結界を維持するくれはの表情が苦痛に歪む。
 本来ならば魔に属する力の一切を無力化するはずの清浄なる霧《ミスティフォグ》を以てしても魔王の圧力に抗しきれない。
 耳障りな羽音が精神集中を妨げる。目の前で蠢きわななく死蝿の群が恐慌を呼び起こす。
 意思が挫け虚無に呑みこまれる――
「    は」
 羽音に埋め尽くされていたはずの聴覚が、その声を捉えた。
「――くれは!」
 虚無に呑まれたはずの身体が、ダレかに抱きとめられた。
「………蓮司?」
 思わず、くれはは声を出していた。
 彼女を抱きとめた彼が答える、その瞬間。
 総てを覆う闇がほどけた。




 ※ ※ ※



 黒い炎がほどけ消え去った後、四人の目にする世界は一変していた。
 蓮司はくれはを、カズキは斗貴子を抱きかかえ、愕然としたまま周囲を見やる。
 それまであったはずの書架は跡形もなく食い尽くされ崩壊し、残っているのはその残骸だけ。
 何もかもが一掃された瓦礫の丘。天空には煌々と光る紅の月。
 そんな中で、ただ一人以前の光景と同じく佇んでいるのは”蝿の女王”だった。
「やりすぎたかしら。まあ、辛気臭い書物庫よりはこの方が舞台としては上等でしょう?」
 彼女は蓮司達には見向きもせず、軽く銀髪をかきあげて彼等に背を向けて紅月に声をかける。

「トラップどころか月匣をまるごと崩壊させる……相変わらず貴女は規格外ですね、大魔王ベール=ゼファー」

 紅く染まった月から、ひらりと紙片が舞った。
 紙片は次第に数を増し、花吹雪のように舞い落ちて踊る。
 目を覆わんばかりに荒れ狂う紙片の嵐。
 天から地に降り注いだ紙片の群は、次いで時を巻き戻すように渦を巻いて再び天に昇っていく。
 そしてその中心に――まるで始めから佇んでいたかのように、”秘密侯爵”リオン=グンタがそこに立っていた。
「リオン=グンタ!」
 蓮司が月衣から魔剣を抜き放ち、切っ先を向けながら叫ぶ。
「マーニの奴は何処にいやがる!」
 紅月に照らされた漆黒の少女は、感情を見せない薄青の瞳で彼を見据えた。
 そして胸に本を抱く腕をゆるりと動かし、囁くように言う。
「彼はもう既にいません。しかし、『彼であったモノ』ならば、ここに」
 同時に空間が傾ぎ、内側から裂ける様に巨大な狼が姿を現す。
 紅い情景に沈み込むような赤銅の体躯。以前にもまして狂気を感じさせる真紅の双眸。左胸には印章の代わりに穿たれた、核鉄の刻印。
 そして何より、その周囲に纏わり付く禍々しい瘴気。
 姿形こそマーニと似通っているものの、その印象はリオンの語るとおりもはや全くの別物だった。
「この仔はベリト。錬金術の秘奥を望みその果てに至るモノ」
 静かに語るリオンに蓮司は舌打ちを返す。
 生憎彼は講釈や問答を愉しむ性質ではない。故に彼は切って捨てるように魔剣を構えた。
「名前なんざどうだっていい。叩き潰させてもらうぜ」
「……」
 くれはが破魔弓を、カズキがサンライトハートを、斗貴子がバルキリースカートを展開させる。
 蓮司に倣うように武装する三人を冷淡に観察し、なお表情を微塵も崩さないままリオンは瞑目した。
「もう手遅れです――貴方達には、ベリトを斃す事はできない」
 その言葉と同時、マーニ――ベリトが大きく身体を震わせた。
 巨大な体躯を蠕動させ、裡に篭る衝動を解放するように――咆哮する。



「ォオオォオォオォォォッッ!!」
「ぐっ……!?」
 瞬間、蓮司達を強烈な衝撃が襲った。
 物理的な力ではない。
 ベリトの咆哮が身体を通り抜けると同時に、身体の中から生気が丸ごと抜き取られるような脱力感が襲い掛かる。
「エネルギードレイン……!」
 ぐらりと傾ぎかけた身体を建て直し、斗貴子が忌々しげに呻く。
 彼女の身体から――否、この場にいるカズキを除いた三人から、プラーナにも似た生気の迸りが放出されていた。
 それは彼等自身が出したものではなく、目の前のベリトから強制的に引き摺り出されたものだ。
「みんな! ……くそっ!」
 アンゼロットの指摘通り、この場に――この世界において唯一エネルギードレインの影響を受けないカズキが唇を噛み、
そして元凶たるベリトに向かってランスを構え脚を踏み出す。
 しかしそれを――両者の中間に立つ少女の腕が静止した。
「ベル……!?」
 驚きと共にカズキはベルを見やる。
 しかし彼女は彼を振り向きもせず、そしてベリトを一瞥すらせず、リオンだけを見据えていた。
 ベルの金色の瞳を真っ向から受け止めて、しかしリオンは薄青の瞳を一切揺るがせる事はしない。
「……いくら他人の計画を潰すためとはいえ、貴女ともあろうものが人間に与するのですか?」
 別段非難を色を乗せるでもなく、ただ確認するだけといった調子でリオンはベルに声をかける。
 それまでずっと沈黙を保っていたベルはそこで初めて僅かに驚いた表情を見せ、そして薄く笑ってから口を開く。
「まさか。人間の味方をするなんて笑えない冗談だわ。敵か味方かを問うのなら、むしろあたしは――」
 一度言葉を切ってからベルは瞑目する。
 無表情に返答を待つリオンに向かい、彼女は余裕の笑みを崩さないまま再びリオンに言葉を放つ。
「――あたしはあんたの味方よ?」
「………?」
 そこで初めて、リオンの表情が崩れた。
 形の整った眉を僅かに寄せ、明らかに怪訝そうな視線をベルに送る。
「……ベール=ゼファー。貴女は、何を」
「そのままよ。あたしはアンタの事、嫌いじゃないから。
 もしアンタが世界を滅ぼしたいっていうんなら、まあその時の気分によるけど手伝ってあげてもいいくらい」
「な――」
 硝子にヒビが入ったようにリオンが凍りつく。
 泰然として言い放つベルの意図を読み取れず、リオンは絶句していた。
 全く訳がわからない。
 月匣を無理矢理に破壊してまでウィザード達をこの場に連れてきておきながら、その余韻さえも覚めやらぬうちに今度は味方だと嘯く。
 それはもう気まぐれなどというレベルの話ではない。
「ベル、お前何考えてやがる!?」
 別にそういうつもりはないだろうが、リオンの心中を吐露するかのように背後から蓮司が声を荒らげた。
 言葉の有無、表情の濃淡は違うにせよリオンも蓮司と全く同じ心境なのを察しているのか、ベルはウェーブかかった銀髪を僅かに揺らし、超然と笑いながら言い放った。
「あたしはあたしの思うように動いてるだけよ。矛盾は一切ない」
「お前……!」
 ベルは歯を噛んで叫ぶ蓮司を愉快そうに一瞥するだけですませると、改めてリオンを見やった。
 彼女は流麗な眉を僅かに歪め、ベルを凝視している。
「……理解、できません」
「あたしと一緒にいればその内理解できるかもね」
「そんな事……」
「『できない』んじゃなくて、『しない』だけでしょう」
 リオンが答えるよりも早く、ベルの透き通った声が響いた。
「モーリーはまあ、従属と忠誠に悦びを感じているようだから別にいいわ。……で、あんたはどうなの、リオン?」
「……私?」
 ベルの言葉が一瞬理解できなかったのか、リオンは呆気に取られたように目を見開いた。
 その間隙を突くように、ベルの冷え切った金色の視線がリオンの薄青の瞳を貫く。
「”あの女”の走狗として生きてる事が楽しいのか、って聞いてるのよ」



「―――」
 彼女の口からその名が出たためだろう、動揺を浮かべていたリオンの貌から表情が消えた。
 無色の貌を取り戻したリオンはこれまでにもまして機械的に言葉を紡ぐ。
「是非などありません。私の書はあの方のためだけに存在する」
 が、
「あたしは『貴女』に聞いているのよ、リオン=グンタ」
「っ」
 即座に飛んで来たベルの声に彼女は言葉を詰まらせた。
 苛烈ではないが芯にまで突き刺さるような金色の瞳が薄青の瞳を捉えて逃さない。
 やがてリオンは――視線から逃げるように目を反らし、身を引いた。
「この期に及んで問答になど意味はありません。私はこの書に記された運命を完遂するだけ」
「……やれやれ、どうも筋金が入ってるわね……仕方ない、実力行使といきましょう」
 振り絞るようなリオンの言葉にベルは小さく息を吐き小さく肩を竦めると、ゆっくりと身体から魔力を立ち上らせた。
 彼女にとっては準備にもならないようなものなのだろうが、それでもあふれ出す力は凡百のエミュレイターの比ではない。
「柊 蓮司、武藤 カズキ。リオンはあたしが抑えてやるから、アンタ達はそこのデカ物をやりなさい」
「くっ、後から出てきたくせに仕切りやがって……!」
 悪態をつきながらも蓮司は魔剣を構えてベリトを見据える。
 身体が思うように動かない。月衣の加護を以てしても防ぎきれないエネルギードレインの効果が肉体を蝕んでいる。
 彼我の距離は約20m。近付けば近付くほどエネルギードレインの効果は強まると聞いているので、接近すればその影響は更に強くなるだろう。
 だが、蓮司には近付いて魔剣の一撃を叩き込むしか闘う方法がない。
「不可能です。彼等にベリトは斃せません。そしてもうこの運命を止める事はできない」
 見透かすように囁くリオンに蓮司はぎりと歯を噛んだ。
 だがそれは屈辱の表情ではなく――むしろ活力が漲ってきていた。
(どいつもこいつも魔王って奴は……!)
 手遅れだの不可能だの運命だのいう言葉を事あるごとに連発する。
 だが、少なくとも彼が経験した限りにおいてその言葉が現実になった事はない。
 無論この先も現実にさせる気などなかった。
「……我が書に記される運命は絶対。揺らぎはあれど覆る事はありえない……既に手詰まりです」
「うるせえ……!」
 リオンに向かって、というよりは自身を鼓舞するかのように叫んで蓮司は走り出した。
 追随してカズキと斗貴子もベリトに向けて走り出す。
 それを見て取ったベルが鼻を鳴らしてリオンを見据えた。
「手詰まり、ね。なら――」
「……?」
 不敵に微笑しながらベルは懐に手を伸ばす。
 僅かに怪訝そうな目を向けるリオンに構う事なく彼女は『何か』を取り出すと――
「――こんな『手』はどうかしら!」
 ベリトに向かって手を翻した。



「!」
 その瞬間、ベルが持ち出したモノにリオンは気付く。だが、既に遅すぎた。
 ベルの手に握られた黒色の帯が螺旋を描いてベリトへ向かう。
 まるで蛇のようにそれは幾重にも絡みつき、巨狼を締め付けた。
「ガ――、ァアァアァアアアアアァッッ!!!」
 悲鳴にも似たベリトの絶叫が響き渡る。
 体中に巻きついた帯をなぞるようにしてルーンが燐光を放ち、やがて光を失って消えていく。
 同時にベリトを包んでいた瘴気が内側に向かって収束し始めて――蓮司達を蝕んでいた虚脱感が消失した。
「え?」
「これは……!?」
 蓮司や斗貴子が驚愕の表情を浮かべる中、ただ一人その正体に気付いたリオンが僅かに声を揺らす。
「『魔殺の帯』……!」
「当り。あの子から貰ってくるの、大変だったのよ? 危うくあたしが”喰われ”ちゃう所だったんだから」

 ――荒廃の魔王、アゼル=イヴリス。
 自身の意思とは関係なく周囲からプラーナを収奪する能力を持つ、孤独の魔王。
 彼女は自身の能力を封じるためにそれ自体が強力な封印能力を宿している特殊な帯を体中に巻いている。
 それが『魔殺の帯』である。

「まさかあたしが舞台の袖でまんじりと出番待ちだけしてたとでも思ってたの?」
 僅かに驚きを見せたリオンを満足そうに見やりながらベルはほくそえむ。
 しかしリオンはすぐに落ち着きを取り戻し、巨大な書物を開きながら目を細めた。
「そのようなモノまで持ち出してくるなんて……ですが、」
 書物を開くと同時にリオンの身体から魔力が溢れ出す。
 静謐の闇を思わせる少女の姿をしていても、やはり彼女は裏界に名を連ねる魔王の一人なのだ。
 その威圧感は序列四位の侯爵位でありながら、序列二位である”大公”ベール=ゼファーにも等しい。
 ――否、それは正しい表現ではなかった。
 厳密に言うのならば、ベルの方がリオンと同程度の魔力しか放出していないのだ。
 リオンは相対するベール=ゼファーを――魔殺の帯の一端を巻きつけている片腕を見て取り、眼を細める。
「その状態で闘うつもりなのですか?」
 魔殺の帯は確かに封印能力を保持している。しかし、帯自体には現在そうしているように相手を拘束するような力はないのだ。
 ではなぜベリトが魔殺の帯の効果を受け続けているのか。
 その答えがリオンの視線――すなわちベルの片腕に巻かれた魔殺の帯だ。
 彼女は一端を手にしたままにする事によって手綱のようにベリトの能力を拘束しているのだ。
 だが、それは同時にベルもまたベリト同様その持つ能力を封じられる事になる。
「ふん……まあ、丁度いいハンデなんじゃない?」
 だが、それでも”蝿の女王”は揺るがない。
 彼女は轟然と笑んで見せると空いた片手で優雅に銀糸の髪をかきあげた。
 そしてその手を誘うようにリオンへと差し向ける。

「――来なさい、お嬢さん。魔王の格の違いってものを教えてあげるわ」



 身体に活力が戻ってくる。
 否、失われた生命力が元に戻ったというわけではないが、収奪され続けていた今までに比べれば遥かにマシだ。
 魔剣の柄を握り締め、蓮司は三人を見やった。
 くれはが、斗貴子が、カズキが彼に応えるように力強く頷く。
「いける……!」
 次いで睨みつけるのは眼前の巨狼。
 ベルの手による魔殺の帯の拘束はエネルギードレインを封じたもののその動きまでも封じる事はできないのだろう、ベリトはその巨躯を揺らして一歩を踏み出した。
 もはや理性を感じさせず、ただただひたすらに狂気を吐き出す真紅の双眸が射殺すように四人に殺意を向ける。
 ――だが、その眼光に退くものはこの場に存在しない。
 紅の視線を真っ向から跳ね除けてくれはを除いた三人が疾走する。
 魔剣を構え、ランスを掲げ、ブレードを展開して迫る三人に――
「ガァアアァアッッ!!」
 ベリトは咆哮と共に腕を天へと伸ばした。
「!」
 巨狼の剛腕から闇が溢れ出す。
 世界を覆いつくさんと噴き出した暗黒の中心をベリトの手が掴み、振り下ろす。
 黒色の光が生物のように蠢いて走る三人に放たれた。
「《ダークバリア》!!」
 くれはの放つ防御魔法が黒色の光を受け止める。
 防御結界によって勢いを減じたその間隙に滑り込むようにカズキが一歩を踏み出し、サンライトハートからエネルギーを放出した。
「ぅおおおっ!!」
 眩い陽光を纏う光槍を、迫る闇を切り伏せるように一閃する。
 光と闇がぶつかり合い、弾け合い絡み合い混ざり合って消滅する。
 カズキは祓われた闇の向こう、ベリトを鋭く睨みつけ――
「……え」
 驚愕に顔を引きつらせた。
「あれは――」
 カズキと同じく、ベリトを凝視したまま蓮司が乾いた声を漏らした。
 眼前に立ちはだかる赤銅の巨狼。
 振り下ろしたその腕に、握られているモノ。
「サンライトハート、だと……!?」
 ベリトの巨躯に合わせて大きさも二回りほど大きい。だが、そのディテールは間違いなく、カズキが振るうサンライトハートと同じ。
 決定的に違うのは、白色を基調とするカズキのそれとは対照的に黒色を基調とする事。
 そして何より――展開したそのランスが放出するのは総てを照らす陽光ではなく、総てを飲み込む暗闇。
 エミュレイターゆえの現象なのか、既に自我がないゆえに前の所持者のモノを受け継いでいるのか――それはわからない。
 だが目の前の巨狼が持つ突撃槍の武装錬金は、間違いなくカズキのそれと同質だった。
「ォ――ゥオオォオオオオッッ!!!」
 ベリトの咆哮と共にランスが更に展開し、吐き出される闇の密度と量が更に増加する。
 総ての生命を喰らって吐き出される世界の闇。
 戦場を貫く膨大なまでの黒い極光に――
「エネルギー全開ッ!!」
 戦場を覆い尽くす太陽色の閃光が激突した。


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