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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第20話

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だれでも歓迎! 編集
 紅月に照らされた世界に白光が降り注ぐ。
 闇が祓われたその戦場は一瞬にして光と魔力と破壊が荒れ狂う地獄となった。
 秘奥の大呪符にて魔力を底上げし、解放しうるプラーナ総てを叩き込んだその流星は先日の比ではない。
 雨のように降り注ぐ破光が触れるものをことごとく吹き飛ばし、打ち砕き、消滅させる。
「ガァ――!!!」
 天上より堕ちてきた一筋の光がベリトに叩き付けられ、身体が爆ぜる。
 巨狼は大きく跳び退るが降ってくる魔力の嵐の有効範囲からは逃れらない。
 加えて、いかな身体能力を持っていようと巨躯であるが故に総てを避ける事はできない。
 避けた傍から幾つもの流星光が身体を擦過し、直撃し、爆裂する。
 反射的にベリトは己が身を護るために身を屈めた。
 動きを止めたベリトを撃ち据える、無尽に降り注ぐ破光の豪雨。
 その隙間を縫って疾駆する小さな影があった。
 どれか一つでも直撃すれば即座に絶命するだろうその流星光を微塵も恐れず、斗貴子はベリトに迫撃する。
「――武装錬金!」
 斬撃の間合いに入るその刹那、斗貴子は手にした核鉄を握り締めてバルキリースカートを展開した。
 しかしベリトは四刃を構える斗貴子に見向きもしない。
 渾身の力を以てようやく腕一本と拮抗する事しかできない斗貴子と、その一撃一撃が必滅の領域に達している流星光。
 どちらに対処するべきかなど、論ずるまでもない。
 無論それは斗貴子にもわかっている。だが彼女は一切躊躇せずに四つの刃をベリトに向かって解き放つ。

「――エンチャントフレイム!!」

 背後から響く力ある言葉と共に。

 焔を纏った四つの刃が赤銅の巨狼の身体に深々と突き刺さった。
「ギ――ィィィ!!」
 苦痛と怨嗟の咆哮と共にベリトの双眸が斗貴子へと向けられる。
 しかし彼女は真紅の凶眼と殺気を真っ向から睨み返した。
 バルキリースカートの刃がベリトの身体を抉り、切り裂く。
 同時にベリトがランスを横薙ぎに一閃した。
 至近距離からの高速・強烈な一撃を、しかし斗貴子は身を沈めて回避する。
 背中を擦過する闇の瘴気が身体の裡を抉る。
 委細構わず斗貴子は通り過ぎたベリトのランス――それを駆る腕へ向けて焔の刃を叩きつけた。
 人の胴体ほどもある豪腕に刃が食い込む。
 しかし完全に切り裂く事は敵わず動きを止めてしまったブレードを、斗貴子は両の手で握り締めた。
「ぁ、ぁあああああっっ!!」
 付加された焔で自らの掌が灼けるのも構わず、彼女は渾身の力でブレードを振り抜く。
 ざぐん、と。鈍い音と共に。
 ランスを手にしたベリトの腕が両断された。
「――――!!!」
 それは苦痛の絶叫か、憤怒の咆哮か。
 もはや声として意味を成さない轟音が響き渡る。
 ベリトは残った片腕を振り上げて、動きを止めた斗貴子に向かいその爪牙を振り下ろす――事を、疾駆するカズキは赦さなかった。
「うぅおおおおおおっっ!!!」
 光槍が迸る。
 爪牙を振り落とさんがために大きく開いたベリトの身体に、カズキの一撃が叩き込まれる。
 突進の勢いでベリトの身体が地面を抉りながら押し飛ばされる。
 噴き上がるサンライトハートの閃光が、ベリトの身体を打ち砕く――



 ――その光景を、斗貴子は愕然と見やっていた。
 彼女が凝視するのは自らが切り裂いたベリトの腕。
 刹那の攻防の中、引き伸ばされた一瞬の中で彼女は疑問とその回答を同時に得る。
 切り裂かれたベリトの豪腕が地面に落ちる。
 切断した片腕だけが、鈍い音を立てて。
 刃を振るった時には間違いなく握っていたはずのランスは、どこにもなかった。
(武装、解除……?)
 ベリトが腕を切断される刹那に武装解除を行い、ランスを核鉄に戻したのだ。
 ならばその核鉄はどこにある。
 当然、命と一体化しているベリトの『身体』だ。
「――カズキッ!!」
 斗貴子は叫んで振り仰ぐ。
 突進の勢いで押し飛んだ数m先の攻防。
 斗貴子に向かって振り下ろそうとしていたベリトの残る片腕。
 その腕から、圧倒的な闇の閃光が噴出した。
 ベリトを打ち砕かんと鬩ぎあうカズキは例え気付いていても避ける事はできない。
 そして防御を捨てて攻撃に力を注いでいる今、まともに受ければ確実にやられる。
 彼女は唇を噛んで、地を蹴り走り出す。
 だが、遠すぎる。
 たった数mの距離が絶望的なまでに遠い。
 膨大な瘴気を纏った闇の極光が、カズキに向かって振り落とされる。
 斗貴子はそれを見ていることしかできず――





 ――その闇が。
 走り抜けた輝線によってベリトの腕ごと撃ち砕かれた。


 一体何が、と問う必要もなかった。
 戦場を駆け抜ける一筋の閃光。
 狙い違わず腕を撃ち抜いた正確無比のその軌道。
 彼女はそれを見た事がある。
 見間違えるはずもない。


「――緋室 灯っ!!」


 ※ ※ ※


「―――命中………、」
 ベリトとの戦場、そしてモーリーとブラボー達の戦場から更に離れた月匣の片隅。ビルの屋上。
 スコープごしにわかりきった結果を確認した後、灯は小さく血を吐いて身体を傾がせた。
 崩れ落ちる彼女の身体を後ろから少年―― 一狼が抱え込む。
「灯さん! ……十文字さん!」
「はいはい、わかってるって……!」
 沙絵は一狼から剥ぎ取るようにして気を失った灯を預かると、小さく嘆息した。
「まったく、無茶して……傷跡残ったら一郎のせいだからね。責任とんなよ」
 治療を施しながら沙絵は含み笑いを漏らして一狼をねめつけると、彼はなんとも複雑そうな顔をして俯いてしまった。
「……灯さんには前に助けてもらいましたから。だから、今度は僕が彼女の力になりたかったんですよ」
「そのために天下のアンゼロット宮殿から箒を盗み出すなんて、正気の沙汰ではないでありますよ」
 叡智の水晶を両の手に抱え込んだノーチェが大きく溜息を吐き出しながら漏らして灯の傍に転がっている箒に眼をやった。
 超長距離射撃を可能とするロングレンジバレルと、市場に出回っていない最新型の箒エンジェルシード。
 どうしても戦場に出たいという灯の願いを受けて一狼が『調達』してきた物だ。
 しかし灯の傷の具合と絶滅社の契約もあってアンゼロットの側からは協力を得られなかったので、一狼が武器庫に忍び込んで手に入れた――要するに無断拝借してきたのだった。
「何言ってるのさ、片棒担いだくせに」
 苦笑交じりに言った沙絵の言葉にノーチェはうっと言葉を詰まらせた。
 いかに一狼が隠密行動に長ける忍者であるとはいえ、彼一人でアンゼロットの膝元から武器を盗み出す事は不可能に近い。
 そこで叡智の水晶を使ってフォローをしたのがノーチェなのである。
 もっとも彼女としてはそれで”あの”アンゼロットを出し抜けたとは思っていない。
 絶滅社との緩衝もあるため表立って協力を受諾できない彼女は、見て見ぬ振りを決め込んでいたに違いないのだ。
 外見こそ清廉を思わせるが中身は腹黒い守護者の姿を思い浮かべて嘆息した後、ノーチェは唇を尖らせてから漏らした。
「……あの時あそこにいなければ『知らなかった』で済んだんでありますけどな。知ってしまった以上ほっとけないでありますよ」
 いかにも不本意といった風に語る彼女を見やりながら沙絵と一狼は小さく笑う。
 そんな三人が見つめる遥か遠く、紅に染まった世界の中心で。
 黎明のような輝きが溢れ出した。



 ※ ※ ※



 ベリトへの攻撃に意識を集中させていたカズキが灯の一撃を見て取れていたかは定かではない。
 だが彼はその一条の閃光を間違いなく認識した。
「――ぉ、お、おぉおおおおおっ!!!」
 咆哮と共にサンライトハートが弾け飛ばんばかりに展開し、閃光を吐き出す。
 世界総てを照らすような圧倒的な光量。迸る膨大なエネルギー。
 留まる事を知らないその力は更に強く、更に強く、眼前の巨狼を呑み込んで行く。
 両の腕を失い身体で耐えるしかないベリトが傾ぐ。
 その挙動は圧力に負けて斃れるモノではない。
 防ぐ事が敵わぬと悟ったベリトが、真正面から撃砕してくる光槍を、強引に側面に飛んで避けようとする挙動。
 ベリトの両足が大きく撓み、そして弾ける。
 地面を陥没させて巨狼は横に大きく跳ねかけて、

「――当然、そう来るっ!!」

 待ち受けていた魔剣の刃に深々と貫かれた。

 いかに全力で疾走した所でくれはのいた場所からベリトの懐に辿り着くまではどうしても時間がかかる。
 ほんの僅かの時間ではあったが、蓮司が戦闘の趨勢を考えるのには十分だった。
 カズキのサンライトハートが最大の攻撃力を発揮するのは言うまでもなく刺突――正面から直線方向に対する攻撃だ。
 まともに喰らえばベリトといえども大きなダメージを受けるのは免れない。
 正面からの押し合いで分が悪いと悟ればどうするか。
 当然避ける。無論追撃を受ける後方にではなく、刺突攻撃をやり過ごせる側面に。
 蓮司はカズキが正面からの押し合いに勝利する事を疑わずに回り込み、果たしてベリトは飛び込むように蓮司の目の前に躍り出た。
「逃がすかぁああっ!!」
 渾身の力で地を踏み、総身のプラーナを吐き出して魔剣を突き出す。
 交差的に突き刺さった魔刃がベリトの身体を深く抉り、避け損なったカズキのサンライトハートのエネルギーが全身を打つ。
「ガアアアアアアアアアアアアアァアァ!!!」
 ベリトは苦痛と憤怒がない交ぜになった咆哮を迸らせる。
 天を喰らうように大きく開かれたその顎に。
 天を灼くように見開かれた真紅の凶眼に。
 天を舞う斗貴子の振りかざす四つの白刃が突き刺さった。

「臓物を―――!!」

 斗貴子の四刃が、蓮司の魔剣が、カズキの閃光が、

「「ぶち撒けろぉおおおおっ!!!」」

 赤銅の巨狼を完膚なきまでに粉砕した。



 ※ ※ ※



「……ゲームオーバー」
 蓮司、カズキ、斗貴子の三人がベリトを消滅させていくのを上空から睥睨しつつ、ベール=ゼファーは小さく息を吐いた。
 そして彼女は銀色の髪を軽くかきあげて、己に相対している漆黒の少女――リオン=グンタに眼を移した。
 蓮司達が地上で戦っている最中、ベルとリオンはその上空に戦場を移して闘いを繰り広げていた。
 といってもそれはベルにとって戦いと呼べるようなものではない。
 元々彼女はリオンを倒すつもりはなかった。単に地上の戦いにリオンが介入しないように足止めさえできればそれでよかったのだ。
 事実目の前のリオンには傷一つついていなかった。
 一方でベルの方はといえば、リオンはそれなりにやる気だったようで、ベルの纏っている制服が所々破れ素肌が覗いている。
 別に気にするような事でもなかったが、お気に入りのポンチョが僅かに焦げ付いてしまったのが少しだけ癪だった。
 要するに、この二人の闘いはそんな程度のものでしかなかった。
「終わりよ、リオン。ゲームはあたしの勝ち……潔く引いてあの女のお叱りでも受けなさい」
「………」
 侮蔑を露に笑いかけるベルに、しかしリオンは答えない。
 ベリトの消滅を見届けた後、彼女は小さく息を吐いてから瞑目し手にしていた書物を静かに閉じた。
 そしてリオンは僅かに顔を俯けて、囁くように漏らす。
「……こうなる事は、始めからわかっていました」
「ふん……負け惜しみとはらしくないわね。この計画が失敗したのはその書物に書いてある通り、とでも?」
「………失敗?」
 俯いたまま言葉を返したリオンに、ベルは眉根を寄せた。
 前髪に隠された無謀の少女の顔。
 僅かに覗くその口元には、薄い微笑が称えられている――



 ※ ※ ※




「終わったな……」
 ベリトの消滅を確認した後、蓮司は魔剣を地面に突き立てて大きく息を吐いた。
「これで皆助かったのか……?」
「ああ……」
 小さく呟くカズキの声に蓮司は上空に視線を送る。
 その上空では今回の件の元凶であるリオンと、それを阻止しようとしているベルが静かに相対していた。
 遠くて会話は聞こえないが、おそらくベリトを倒した時点で向こうの闘いも終息したのだろう。
 闘いを収めた、という事はおそらくリオンは引く。
 後はベルが残るが、彼女の性格からしてこれから敵対する事はまずない。
 世界の存亡をゲームと称するベルは、他人の計画を利用しようとしても尻馬には乗らないはずだ。
「多分もう終わりだ。お疲れさん」
 笑みを浮かべて拳を差し出す蓮司に、カズキは笑顔を浮かべると彼も拳を差し出した。
 二人の拳がつき合わされると同時、後方からくれはの声が響いた。
「皆お疲れ~」
 彼女は駆け足で蓮司の元にまで辿り着くと、ベリトの闇を受け止めて傷だらけになった彼の姿をまじまじと見つめた。
 訝しげな視線を返す蓮司をよそに彼女は少し視線を彷徨わせた後、おずおずと声を出す。
「……ひーらぎ。ありがとね」
「あん? 別に気にすんな、いつもの事だ」
「はわ……あ、カズキも一緒に治療しとく? 軽いのなら多分大丈夫だから」
 笑顔で言うくれはにしかし蓮司はびくりと肩を震わせた。
「……。いや、いい」
「……何、その微妙な間」
「宮殿に戻ってから治療した方が確実かな、と……」
「なんですってぇ?」
 くれはが眉を吊り上げて蓮司の襟首を掴み上げる。くぐもった悲鳴を上げる蓮司。
 カズキがその微笑ましい――少なくとも彼はそう思う――を見やっていると、脇から斗貴子が声をかけてきた。
「カズキ。黒い核鉄の回収をしておこう」
「あ……そっか。わかったよ」
 無意識に胸に手を当ててカズキは斗貴子を振り返った。
 灯の射撃で腕ごと撃ち抜かれ、離れた場所に突き立ったランスの元に斗貴子を伴って歩きながらカズキは首を捻る。
「でも、どうすればいいんだろ……前の時みたく胸に押し込むだけでいいのかな」
 以前白い核鉄を取り込んだ時は胸に押し当てるだけで自然に体内に取り入れる事ができたが、黒い核鉄でも同じ要領でいいのかはわからない。
 答えを求めてカズキは斗貴子の顔を覗き込んだが、彼女はゆっくりと首を左右に振った。
「……いや。せっかく黒い核鉄を身体から乖離できたのだから、そのまま戦団で回収しよう。
 今の所白い核鉄でも問題はなさそうだし……ヴィクター化の危険性も完全に払拭できる」
 安堵の吐息と共に斗貴子はそうカズキに言った。。
 そもそもの話、一番最初の段階で黒い核鉄をカズキに埋め込んでしまったのは他ならぬ斗貴子なのだ。
 知らぬ事であったとはいえ、そして現在でこそ白い核鉄でそれを抑えられているとは言え、その事実は彼女の心の中に一抹の影を落としていた。
 経緯はどうあれ危険が完全に取り払われた事だけは、彼女にとって大きな成果だった。
 だが――それなのに何故か、斗貴子の表情はどこか優れない。
「……斗貴子さん、どうかした?」



「え?」
「顔がなんか暗い」
 カズキに指摘されて斗貴子はようやくそれを自覚し、大きく溜息をつく。
「ただの個人的な感傷だ」
「?」
「キミの命を繋いでいるのがパピヨンの核鉄だというのが気に入らないだけ。それに、確かに黒い核鉄は忌むべきモノだが、それでもアレは……」
 ――私とキミを繋ぐ絆だったから。
 言いかけた言葉を斗貴子は必死の想いで呑み込んだ。
 呑み込んだ、はずなのに、何故かカズキは斗貴子の手を握り、彼女の顔を真っ直ぐに見つめて声をかけた。
「あの核鉄がなくなっても、オレは斗貴子さんとずっと一緒だから」
「――~~~ッ」
 斗貴子の表情が凍りつき、しかし顔は信号機のように紅潮する。
「あれ? 斗貴子さん?」
「な、なんでもない! こっちを見るな!」
 思わず彼女は歩みを止めてカズキから顔を背けるが、カズキは回り込んで斗貴子の顔を覗き込む。
 逃げる斗貴子と、それを追うカズキ。
 まるで自分の尻尾を追いかける子犬のようなその光景を、少し後方から蓮司とくれはは見やっていた。
「熱いなあ、あの二人……」
「そうだねえ……」
 生暖かい目線を送りながら見守っている蓮司に同調するくれはだったが、彼女が横から半眼で蓮司をねめつけている事に彼は全く気付かなかった。
 くれはは何故か無性に蓮司に蹴りを入れたくなって――半瞬迷った後に実行した。
「いてぇ!? 何すんだ!?」
「何でもない」
「訳がわからん……」
 頬を膨らませてそっぽを向いてしまったくれはに、蓮司は頭をかくことしかできなかった。

「……ええい、今はそんな事をしてる場合じゃないだろう!」
 半分切れかけた斗貴子が声を上げてカズキを押し退ける。
 そして彼を(意図的に)無視したまま彼女はランスの元まで辿り着き、それに手を伸ばした。
「さっさと核鉄を回収して戻――」
 目の前のランスに手を伸ばしかけて、動きを止める。
 カズキは、斗貴子の動きが止まり硬直している事に気付くと、彼女と同じようにランスに眼を向けて――彼女と同じように、硬直した。
「……どうした?」
 後ろから蓮司の声が上がる。
 しかし二人は眼前に突き立った『ランス』から眼を離さない。
「……馬鹿な」
「なんで――」
 武装錬金は使用者の闘争本能によって発動し形を為すモノ。
 それゆえに、使用者の闘争本能が薄れたり、意識を失ってしまったり――使用者が死亡すれば武装錬金は元の核鉄へと戻るのだ。
 カズキ達は確かにベリトを倒した。これ以上ないほどに確実に、完璧に、跡形もなく粉砕し消滅させた。
 にも関わらず――巨狼が振るった暗黒を放つランスは、二人の目の前に突き立っている――


 ※ ※ ※


「………失敗?」
 俯いたまま”秘密侯爵”は静かに告げる。
 前髪に隠された無謀の少女の顔。
 僅かに覗くその口元には、薄い微笑が称えられている――


「――いいえ。これで『成功』なのですよ、大魔王ベール=ゼファー」



 ※ ※ ※



 ―――世界を喰らう闇が、溢れ出した。

「斗貴子さんっ!」
「くっ!!」
 カズキが斗貴子を、蓮司がくれはを、庇うように身体を抱きすくめる。
 突き立ったままのランスが弾けとび、展開し、黒い極光を迸らせる。
 ランスを中心に炸裂した衝撃が総てを薙ぎ払い、四人は大きく吹き飛ばされる。
「くれは、無事か!」
「う、うん。なんとか……っ」
「斗貴子さん!」
「問題、ない……!」
 互いの無事を確認した四人は立ち上がり、黒い輝きを放つランスに眼を向ける。
 壊れた蛇口のように闇を吐き散らすランスのすぐ直下、地面に『何か』がある。
 それは灯の射撃によって吹き飛ばされたベリトの片腕だった。
 人の胴体ほどもあるその豪腕が膨れ上がる。
 ランスが放つ闇を飲み込むたびにその腕は質量を増し、巨大化していく。
 肥大していくその腕は傍にあったランスを取り込み、破裂するように大きく弾け飛ぶとやがて人型となって四人の前に屹立する。
 灼けつくような赤銅の体躯。狂気を思わせる真紅の双眸。
 斃される前の憤怒をそのままに牙を噛み鳴らし唸る巨狼――ベリト。
「冗談だろ……っ!」
 魔剣の柄を握り締め、歯噛みして蓮司は呻いた。
 それは蓮司達の見通しが甘いというべきではなかった。
 腕からでも再構成できるほどの圧倒的な再生力など想定の範疇を大きく逸脱している。
「くそぉ……っ!!」
 カズキが体内から再びサンライトハートを顕現してベリトへと向ける。
 再構成したのは外面だけなのか、それとも別の意図でもあるのか、ベリトはそのカズキの姿を見ても一切の反応を示さなかった。
 カズキに次いで蓮司と斗貴子も己の得物を構えベリトに相対する。
「くれは、下がってろ!」
 蓮司は魔力に余り余裕のないだろうくれはにそう叫ぶと、地を蹴ってベリトに向かって走り出し、

 脚をもつれさせてつんのめり、地面に倒れこんだ。



「……!? チッ!!」
 先程まで空気が緩んでいたためだろう、無様を晒して蓮司は舌打ちした。
 再び立ち上がってベリトに向かって地を蹴りかけて、
 膝から崩れ落ちた。
「……? ……??」
 何が起きているのか自分でもわからなかった。
 起き上がれない。
 どれほど力を込めても、立ち上がる事ができない。
 まるで身体の裡の力が外に抜け出してしまっているような――
「―――が、」
 認識した瞬間、想像を絶するほどの脱力感が身体中を襲った。
 『ような』ではない。実際に外に抜け出してしまっているのだ。
(エネルギードレイン……ッ)
 ベリトが全身を再構成した事によって魔殺の帯の拘束がなくなり、エネルギードレインが再開したのだ。
 だが、その力は最初に相対した時の比ではない。
 月衣に護られてなお、立つ事さえも適わなくなるほどの強烈な威力だ。
 蓮司は顔を上げて――たったそれだけの動作にさえ、全力を込めなければならない――周囲を見渡す。
 くれはも斗貴子も倒れて動かない。
 ただ一人、エネルギードレインの影響を受け付けないカズキだけが立って愕然と三人を見下ろしている。
「――やめろおぉおおっ!!」
 カズキが咆哮し、ベリトに向かってサンライトハートを突き出す。
 渾身の力を込めて放った刺突は微動だにしないベリトの胴体を穿ち、その巨体を大きく抉り砕いた。
 まるで薄紙を破るような軽すぎる手応え。おそらく完全に肉体を構築しきれていないのだろう。
 これならどうにかなる、とカズキが二撃目を加えようとした時、
「な!」
 穿たれたベリトの身体から、闇が噴き出す。
 溢れ出した闇はベリトの身体を覆いつくし、カズキの刺突によって抉られた身体を一瞬にして再生した。
 闇を振り払うようにカズキはサンライトハートを一閃させる。
 ベリトは避けず、閃光を伴ったその一撃はあっさりと巨狼の上半身を吹き飛ばした。
 しかしそれも一瞬の事。
 再び溢れ出した闇がサンライトハートが通り抜けた傍から身体を修復させていく。
 どんな攻撃も効果を為さない――というよりは、ベリトの修復力の桁が違いすぎる。
 それほどの力がどこから供給されているのか……当然、この世界総ての生命からだ。
「くそ……くそぉっ!!」
 カズキは歯噛みしてサンライトハートを握り締める。
 最初の数撃でそれが無駄だと理解しつつ、しかし彼には愚直に攻める事しかできなかった。



 ※ ※ ※



「――追い詰めて核鉄の力を暴走させるのが目的か……!」
 怜悧な眉を大きく歪め、ベルが唸るように吐き捨てた。
 そんな彼女の姿に溜飲でも下がったのか、リオンは微笑を深めてベルを見つめた。
「……ベリトに一蹴されるほど弱くてはいけない。そしてベリトを殺しきってしまうほど強くてもいけない。
 モーリーの側に少々寄ってしまったのが彼女にとっては不幸でしたが、それもゆらぎの範囲内の事。何も問題はありません」
 リオンはモーリーに対して己の矜持を以て誓約した。
 だがそれはあくまで計画の成就に対してであり、モーリー自身の趨勢に対してではない。
 故に――『モーリーが敗北する事』ですら彼女にとっては問題ではないのだ。
 モーリーが聞けば怒りを露にしただろうが、リオンとしては殊更に隠したわけでもない。
 ただ単に、聞かれなかったから言わなかっただけ。ただそれだけだ。
「そのワリには月匣を迷宮化して守りに入っていたようだけど……?」
「最初から誘っていれば見透かされてしまいますから。それに――ちゃんと『貴女が連れて来て』くれました」
「……!」
 戦力という点で言うならもっとも危険性が高いのは言うまでもなくベール=ゼファーである。
 闘いが始まる直前彼女が語った意味不明の動機のように、ベルの動向を総て読みきるのは至難の業だ。
 裏で蠢動されるのが厄介ならば、盤上に引きずり出してしまえばいいだけの事。
 明確な力量差ではあるが、リオンの目的はベルの打倒ではなく、そしてベルの性格から言って即座にリオンを打ち倒してしまう可能性も極めて低い。
 リオンは柊 蓮司達がベリトを追い詰めるまで、彼女の希望通りに『遊んで』やっていればいいのだ。
 つまりは――
「……『貴女』が『私』を抑えていたのではなく。『私』が、『貴女』を、抑えていたのです。総ては――」

 ――この書物に書いてある通り。

 歯を噛んで睨みつけている”蝿の女王”を前に、”秘密侯爵”は静かに事実だけを述べた。



 ※ ※ ※




(動け……動け、動け、動け――!!)
 心の中で何度も叫び、渾身の力で身体を震わせる。
 だが蓮司の身体はまるで彫像になったように微動だにしない。
 カズキの叫ぶ声が耳に響く。カズキの放つ閃光が視界を一瞬染める。
 彼はまだ闘っている。一人で闘っている。
 助けに行かなければ。力になってやらなければ。
 なのに、
(なんで、動かねえんだよ……!!)
 両の膝を地面につき、両の手を地面に突き、完全に倒れ伏す一歩手前で地面を見続ける事しかできない。
 悔しさで拳を地面に叩きつける事さえ、できなかった。
「蓮司……!」
 弱々しい声が耳を掠め、蓮司は僅かに顔を上げる。そこには、蓮司と同様に地に伏している斗貴子がいた。
 彼女も彼と同じく立つ事ができないほど力を奪われている。
 だが斗貴子は文字通り地面を這って蓮司の近くまで辿り着いた。
「斗貴子……!」
「……手、を」
 意図が知れないまま蓮司はゆっくりと斗貴子に向かって手を伸ばす。
 彼女は懐を探ると何かを取り出し、蓮司に向かってソレを放り投げた。
 ここまで這ってくるのが限界だったのだろう、投げられたソレは蓮司のいる場所とは違う方向へ転がった。
 軽い音を立てて地面に転がるソレを視認する。
 手の平大の六角形の金属。シリアルナンバーXLIV(44)。彼女の持つ核鉄。
「私の武装錬金では力が足りない……。頼む、カズキを――」
 斗貴子の声が途切れた。
 彼女を始めとする錬金の戦士は核鉄を持つ事を覗けばイノセントと同様だ。それを手放してしまえば、この月匣の中では意識を保つ事はできない。
 加えて、この激しいエネルギードレインの中で治癒効果を持つ核鉄の恩恵がなくなってしまえば――
「―――ッッ!!!」
 全身の力を腕だけに込めて手を伸ばす。
 転がった核鉄を掴むと同時、身体中に絡まっていた鎖がほどけるような感触がした。
 地を蹴って斗貴子の元へと駆け寄る。かろうじて生きてはいる。だが、この状況では幾許も持たない。
「くれはっ!!」
 既に意識のない斗貴子を抱きかかえて、蓮司はくれはの元に向かった。
 倒れ伏しているくれはの元まで辿り着くと、彼は跪いて彼女に向かって話しかける。
「くれは、動けるか」
 僅かに首が持ち上がり、疲労困憊の表情で彼女が蓮司を見上げた。しかし返事をする事はできない。
「動くだけでいい。頼む」
「ひい、らぎ……」
「斗貴子と一緒にここから離れろ。きついかもしれないが、少しでも離れればエベルギードレインの影響が薄れるはずだ」
「―――っ」
 くれはは力なく頷くと、蓮司の腕を掴んだ。
 立ち上がろうとしているのだろう、力なく引いてくるくれはの腕を取って蓮司は彼女を立ち上がらせる。
「大丈夫か?」
「……うん。離れるだけなら、なんとか」
 ふらつく身体を支えてやりながら、蓮司は斗貴子を預ける。
 軽く押しただけで倒れてしまいそうなほど頼りない足取りで、くれはと蓮司は一歩距離を取る。
「負けちゃダメだよ」
「……負けねえよ」
 蓮司がこれからどうするのか、くれはには問う必要もなかった。
 だから彼女は精一杯の笑顔を作って、彼に言う。
「……頑張れ、ひいらぎ」
「……ああ!」
 蓮司は踵を返し、走り出す。
 胸に手を添えて、懐に収めた斗貴子の核鉄を握り締めた。
 武装錬金は持ち主の闘争本能に呼応して唯一無二の武装を作り出すという。
 おそらく蓮司がそう望めば、この核鉄も彼の武装錬金として形作られるだろう。
 だが、彼はそうしなかった。
 核鉄の治癒能力がなければ動けなくなるのは実証済みだったし、何より――唯一無二の武器なら、既に手元にある。
 蓮司は月衣から己が分身である魔剣を引き出すと、その柄を握り締めて仲間の待つ戦場へと疾走した。


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