「うぉおおおおっ!!」
カズキのサンライトハートが迸り、ベリトの肉体を吹き飛ばした。
粉砕され消滅するその巨躯の中心、暗く鈍い輝きを放つ六角の金属。
打ち砕かれたその肉体が再生する間隙を逃す事なく、蓮司の魔剣が飛んだ。
激しい金属音と、飛び散る火花。
核鉄に叩き込まれた渾身の斬撃は、しかし一片の傷をつける事さえ適わない。
「く……っ!!」
舌打ちと同時に蓮司は刃を引く。
刃を引かずにいれば魔剣が修復した肉体に巻き込まれるからだ。
同時に噴き出した闇が破損した肉体を修復し、溢れ出した力が消滅した巨躯を再構成させた。
ベリトの超越した再生力の源は、いわずと知れた黒い核鉄。
ヴィクター化の源でもあるその核鉄がエネルギーを無尽蔵に収奪して肉体を修復しているのだ。
故に、ベリトを完全に殺しきるには黒い核鉄を破壊するしかない。
だが、それができなかった。
エネルギードレインの力が暴走している現状では、ベリトとその核鉄に供給される生命力は世界総ての生物のそれに等しい。
人一人の力ではどれほど全力を込めても傷一つ付けるさえできはしない。
瞬間的にならば斬撃の威力を大幅に高める事は可能なのだが、それで殺しきる確証があるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
(くそ……どうすりゃいい……!)
カズキと共に無意味な攻撃を繰り返しながら、蓮司は必死に思考を巡らせる。
この状況では増援は望めないだろう。
強いて言うなら上空にいるベール=ゼファー。
彼女なら黒い核鉄を打ち砕くのも可能かもしれない。
だが、この場にはベルだけでなくリオン=グンタもいる。
ベルが黒い核鉄の破壊に回れば、当然リオンはベリトの防衛に回るだろう。
それを掻い潜り事を成す事ができるか。
わからないが、どうしようもない現状よりはマシだ。
蓮司はベルに向かって叫ぼうと天を見上げ、
「……!?」
天空に浮かぶ巨大な魔方陣に気付いた。魔法発動の際に顕れるモノとは違う。
規模こそ違うが蓮司はそれに見覚えがあった。
それは事あるごとに呼び立てられ、ひっきりなしに任地に送り出される時に使われるモノだ。
つまり――
「転移結界? ――アンゼロット!?」
カズキのサンライトハートが迸り、ベリトの肉体を吹き飛ばした。
粉砕され消滅するその巨躯の中心、暗く鈍い輝きを放つ六角の金属。
打ち砕かれたその肉体が再生する間隙を逃す事なく、蓮司の魔剣が飛んだ。
激しい金属音と、飛び散る火花。
核鉄に叩き込まれた渾身の斬撃は、しかし一片の傷をつける事さえ適わない。
「く……っ!!」
舌打ちと同時に蓮司は刃を引く。
刃を引かずにいれば魔剣が修復した肉体に巻き込まれるからだ。
同時に噴き出した闇が破損した肉体を修復し、溢れ出した力が消滅した巨躯を再構成させた。
ベリトの超越した再生力の源は、いわずと知れた黒い核鉄。
ヴィクター化の源でもあるその核鉄がエネルギーを無尽蔵に収奪して肉体を修復しているのだ。
故に、ベリトを完全に殺しきるには黒い核鉄を破壊するしかない。
だが、それができなかった。
エネルギードレインの力が暴走している現状では、ベリトとその核鉄に供給される生命力は世界総ての生物のそれに等しい。
人一人の力ではどれほど全力を込めても傷一つ付けるさえできはしない。
瞬間的にならば斬撃の威力を大幅に高める事は可能なのだが、それで殺しきる確証があるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
(くそ……どうすりゃいい……!)
カズキと共に無意味な攻撃を繰り返しながら、蓮司は必死に思考を巡らせる。
この状況では増援は望めないだろう。
強いて言うなら上空にいるベール=ゼファー。
彼女なら黒い核鉄を打ち砕くのも可能かもしれない。
だが、この場にはベルだけでなくリオン=グンタもいる。
ベルが黒い核鉄の破壊に回れば、当然リオンはベリトの防衛に回るだろう。
それを掻い潜り事を成す事ができるか。
わからないが、どうしようもない現状よりはマシだ。
蓮司はベルに向かって叫ぼうと天を見上げ、
「……!?」
天空に浮かぶ巨大な魔方陣に気付いた。魔法発動の際に顕れるモノとは違う。
規模こそ違うが蓮司はそれに見覚えがあった。
それは事あるごとに呼び立てられ、ひっきりなしに任地に送り出される時に使われるモノだ。
つまり――
「転移結界? ――アンゼロット!?」
※ ※ ※
「座標固定完了! エネルギードレイン発生地点より周囲100mを隔離します!」
作戦室にロンギヌスの声が響く。
モニターに映し出されている荒い画像を見据えながら、アンゼロットは小さく頷いた。
作戦室にロンギヌスの声が響く。
モニターに映し出されている荒い画像を見据えながら、アンゼロットは小さく頷いた。
蓮司達が闘いに赴いた後、彼女達は座して結果を待っているだけではなかった。
エネルギードレインの発生源であるベリトをファージアースから次元の狭間――アンゼロット宮殿の存在するこの場に引きずり込む。
ベリトの生命力が世界中の生命からの供給であるのなら、これによって供給は絶たれその力は大幅に削減されるはず。
世界の人々をエネルギードレインの猛威から救うと同時にベリトの力を減衰させる策であったが、リオンやモーリーの展開した月匣を潜り抜けてそれを為すには時間が必要だった。
もっとも、それは――
エネルギードレインの発生源であるベリトをファージアースから次元の狭間――アンゼロット宮殿の存在するこの場に引きずり込む。
ベリトの生命力が世界中の生命からの供給であるのなら、これによって供給は絶たれその力は大幅に削減されるはず。
世界の人々をエネルギードレインの猛威から救うと同時にベリトの力を減衰させる策であったが、リオンやモーリーの展開した月匣を潜り抜けてそれを為すには時間が必要だった。
もっとも、それは――
「――宮殿内の全ロンギヌスに通達」
静かに、だが室内に満遍なく響く声にその場にいたロンギヌス達は振り返り、立ち上がる。
主の言葉を待ち受ける多くの視線を受けて彼女は瞑目し、そして再び言葉を紡いだ。
「現時刻を持って宮殿を破棄します。総員ファージアースに向かいなさい」
「アンゼロット様!?」
背後に控えていたロンギヌス・コイズミが驚愕を露に一歩詰め寄る。
しかし彼女はモニターに映るベリトを厳しく見据えたまま、有無を言わさぬ表情で口を開く。
「これは命令です。逆らう事は赦しません」
静かに、だが室内に満遍なく響く声にその場にいたロンギヌス達は振り返り、立ち上がる。
主の言葉を待ち受ける多くの視線を受けて彼女は瞑目し、そして再び言葉を紡いだ。
「現時刻を持って宮殿を破棄します。総員ファージアースに向かいなさい」
「アンゼロット様!?」
背後に控えていたロンギヌス・コイズミが驚愕を露に一歩詰め寄る。
しかし彼女はモニターに映るベリトを厳しく見据えたまま、有無を言わさぬ表情で口を開く。
「これは命令です。逆らう事は赦しません」
※ ※ ※
「大魔王ベール=ゼファー。一つだけ訂正をしておきます」
直上に浮かび上がった転送陣の紋様を目にしても、リオンの表情は一切崩れる事はなかった。
対処するでもなく、妨害するでもなく、むしろそれを待ち受けるようにただ沈黙を守っている。
次元の狭間に隔離されてしまえばベリトの力が失われてしまうのは、当然彼女にもわかっているはずだ。
リオンの態度にベルは眉をひそめるしかない。
「核鉄の力を暴走させるのは私の『目的』ではありません」
「何……?」
「いままでの事はあくまで『手段』。私の目的は”ここから”です」
リオンの言葉をようやく理解したベルが明らかに表情を変えた。
それまで顔に浮かべていた余裕が弾けとび、虚空を睨み据える。
「アンゼロット! 転送を止めろ!」
半ば無意味と悟りつつベルは叫び、しかしやはり転送は止まることはなかった。
転送陣が眩い輝きを放つ。 転送が始まり周囲の景色が変わっていく。
移り変わっていく世界の中、リオンは静かに言葉を紡ぐ。
「……彼女が『世界の守護者』である以上、選択肢は他にはありえません」
暴走した黒い核鉄は世界総ての命を蝕む。
エネルギードレインによるベリトへの力の供給を防ぐという意味以上に、『常識』という世界結界を形成する人々護るために狭間の世界に隔離するというのは当然の選択だった。
だがそれは同時に、ベリトをアンゼロットのいる世界に引き込むという事でもある。
それが意味するところは――
「………ちっ!」
ベルは怒りをあらわにしてリオンを一瞥すると、眼下のベリトに向かって滑空した。
飛翔しながら膨大な魔力を練り上げる蝿の女王を冷ややかに見据えながら、リオンは小さく呟く。
「――王手詰み(チェックメイト)」
直上に浮かび上がった転送陣の紋様を目にしても、リオンの表情は一切崩れる事はなかった。
対処するでもなく、妨害するでもなく、むしろそれを待ち受けるようにただ沈黙を守っている。
次元の狭間に隔離されてしまえばベリトの力が失われてしまうのは、当然彼女にもわかっているはずだ。
リオンの態度にベルは眉をひそめるしかない。
「核鉄の力を暴走させるのは私の『目的』ではありません」
「何……?」
「いままでの事はあくまで『手段』。私の目的は”ここから”です」
リオンの言葉をようやく理解したベルが明らかに表情を変えた。
それまで顔に浮かべていた余裕が弾けとび、虚空を睨み据える。
「アンゼロット! 転送を止めろ!」
半ば無意味と悟りつつベルは叫び、しかしやはり転送は止まることはなかった。
転送陣が眩い輝きを放つ。 転送が始まり周囲の景色が変わっていく。
移り変わっていく世界の中、リオンは静かに言葉を紡ぐ。
「……彼女が『世界の守護者』である以上、選択肢は他にはありえません」
暴走した黒い核鉄は世界総ての命を蝕む。
エネルギードレインによるベリトへの力の供給を防ぐという意味以上に、『常識』という世界結界を形成する人々護るために狭間の世界に隔離するというのは当然の選択だった。
だがそれは同時に、ベリトをアンゼロットのいる世界に引き込むという事でもある。
それが意味するところは――
「………ちっ!」
ベルは怒りをあらわにしてリオンを一瞥すると、眼下のベリトに向かって滑空した。
飛翔しながら膨大な魔力を練り上げる蝿の女王を冷ややかに見据えながら、リオンは小さく呟く。
「――王手詰み(チェックメイト)」
「なんだ!?」
急速に入れ替わっていく世界にカズキが思わず周囲を見回す。
一瞬の浮遊感の後、周囲100mが切り取られた大地が海原に沈みこむ。
遠くには荘厳なアンゼロット宮殿。空に浮かぶ巨大な地球。
「そうか、ここなら……!」
アンゼロットの意図に気付いた蓮司が叫んだ。 だが、カズキは勿論蓮司にもこの状況の本当の意味が理解できていない。
同時に上空から雷のような怒声が響いた。
「――退けっ、柊 蓮司! 武藤カズキ!!」
「!?」
弾かれるように見上げた空に、怒気を孕ませたベルがいる。
いや、孕ませているのは怒気だけではない。戦慄を感じさせるほどの膨大な魔力が彼女を中心に荒れ狂っている。
反射的に二人は地を蹴ってベリトから遠ざかった。
が、同時に直感的にそんな事に意味がない事も悟る。
ベルの放つ魔力はくれはが練り上げたスターフォールダウンの比ではない。
目標であるベリトは当然、距離を取った二人どころか転送された大地そのものを消滅させるほどの強大な攻性魔力。
形なき力が形を成す。 それは正に圧縮された太陽。
自分達に向けられていないにも関わらず、身体が灼け骨が溶けるような感触が叩きつけられる。
灼熱の光球は掲げられたベルの手によって更に変形する。
細く長く引き伸ばされたその太陽は指向性を持った核熱の大槍になる。
「――《ディヴァイン・コロナ・ザ・ランス》ッ!!」
ベルの手から極大の閃槍が投擲された。
あらゆるモノを浄化し気化させる天聖の力が一直線にベリトへと走る。
だが――
急速に入れ替わっていく世界にカズキが思わず周囲を見回す。
一瞬の浮遊感の後、周囲100mが切り取られた大地が海原に沈みこむ。
遠くには荘厳なアンゼロット宮殿。空に浮かぶ巨大な地球。
「そうか、ここなら……!」
アンゼロットの意図に気付いた蓮司が叫んだ。 だが、カズキは勿論蓮司にもこの状況の本当の意味が理解できていない。
同時に上空から雷のような怒声が響いた。
「――退けっ、柊 蓮司! 武藤カズキ!!」
「!?」
弾かれるように見上げた空に、怒気を孕ませたベルがいる。
いや、孕ませているのは怒気だけではない。戦慄を感じさせるほどの膨大な魔力が彼女を中心に荒れ狂っている。
反射的に二人は地を蹴ってベリトから遠ざかった。
が、同時に直感的にそんな事に意味がない事も悟る。
ベルの放つ魔力はくれはが練り上げたスターフォールダウンの比ではない。
目標であるベリトは当然、距離を取った二人どころか転送された大地そのものを消滅させるほどの強大な攻性魔力。
形なき力が形を成す。 それは正に圧縮された太陽。
自分達に向けられていないにも関わらず、身体が灼け骨が溶けるような感触が叩きつけられる。
灼熱の光球は掲げられたベルの手によって更に変形する。
細く長く引き伸ばされたその太陽は指向性を持った核熱の大槍になる。
「――《ディヴァイン・コロナ・ザ・ランス》ッ!!」
ベルの手から極大の閃槍が投擲された。
あらゆるモノを浄化し気化させる天聖の力が一直線にベリトへと走る。
だが――
ベリトは自らを貫き灼き尽くさんとするその力に、まったく眼もくれなかった。
紅の双眸が見つめるのは極大の魔力ではなく。それを放つ裏界の魔王でもなく。
その向こう、遥か彼方に聳える荘厳な宮殿。
その中心に座する、『無限の魔力』。
紅の双眸が見つめるのは極大の魔力ではなく。それを放つ裏界の魔王でもなく。
その向こう、遥か彼方に聳える荘厳な宮殿。
その中心に座する、『無限の魔力』。
「 !!!」
ベリトが咆哮した。 それはもう声とすら認識できない無形の圧力。
爆発するように溢れ出した暗黒が迫る閃槍を一瞬で呑み込み、その向こうにいる少女へと殺到した。
ベルは迫る闇に反射的に防御壁を展開し、そして瞬時に悟る。
驚愕する暇も声を上げる暇もなく、闇が防御壁ごとベール=ゼファーを押し潰した。
ベリトが咆哮した。 それはもう声とすら認識できない無形の圧力。
爆発するように溢れ出した暗黒が迫る閃槍を一瞬で呑み込み、その向こうにいる少女へと殺到した。
ベルは迫る闇に反射的に防御壁を展開し、そして瞬時に悟る。
驚愕する暇も声を上げる暇もなく、闇が防御壁ごとベール=ゼファーを押し潰した。
天を貫く黒い極光を、そして世界を侵食していく闇を、蓮司とカズキは呆然と見つめる事しかできなかった。
立ち竦む二人の前に空から何かが落ちてくる。
ソレは地面に激突し、まるで塵の様に幾度も地を転がってようやく停止した。
「……ベル?」
忘我のまま声を絞り出し、蓮司は地面に目を向ける。
彼女は言葉の代わりに、口から血を吐き出した。
いつも冷笑を称えているその唇が屈辱に歪み、立ち上がることすらおぼつかない。
一撃。
たったの一撃で、裏界においても五指に入るだろう力を持つ大魔王ベール=ゼファーを一蹴した。
「――無駄です」
その事態を理解する事さえもできずに立ち尽くす二人――そして屈辱に歯を噛むベルに、リオンの声が響いた。
「『守護者』の力を得た以上、もはや現身でしかない今の貴女では勝てません」
「守護者の力……」
世界の守護者たるアンゼロット。
神との契約によってその行使を禁じられているその力は無限とも言われている。
ベリトはエネルギードレインによってその無限の力を奪い取ったのだ。
世界総ての命どころの話ではない。
「そんな力を得たベリトを、制御できるとでも……!」
ベルが満身創痍の身体を引き摺るように立ち上がり、冷淡なリオンを睨みつける。
無限の力の直撃を喰らってなお生き延びる彼女の生命力は驚愕に値するが、既に立ち上がる事しかできないのは明白だった。
リオンはそんなベルを見つめたまま、唇をほんの僅かに歪めた。
「制御する必要などありません。何故なら、アレはすぐに消える事になりますから」
「……っ。ソレで世界を滅ぼすというならまだしも、そこまで走狗に成り果てるつもり……!」
ベルが嫌悪感も露にリオンを睨みつける。
しかし彼女は冷然とした表情を一切崩す事なく、静かに言葉を返した。
「私はあの方の忠実なる従僕。それ以上でも、それ以下でもありません」
「本当に忠誠を誓っているのなら、殊更に『忠実』なんて言葉は使わないものよ。モーリーのようにね」
「―――」
突き刺すようなベルの言葉にリオンの身体が小さく揺らいだ。
端整な眉を僅かに歪め、冷たい薄青の瞳の奥に感情の灯が灯る。
そこに畳み掛けるかのようなベルの声が飛んだ。
「あいつが望んだ時に望んだ知識を与えるだけ……そんな生き方、あんたが持ってるその書とどこが違うの、リオン!」
「……っ」
リオンは答えない。
だがそれは沈黙を保ったというよりは、答えに窮するといった方が正しい。
唇を噛み、手にした書物を握り締める。
彼女は小さく肩を震わせると、ゆっくりと手をベルへと伸ばした。
「――貴女は、うるさい」
手の平から魔力が膨れ上がり放たれる。
先のベリトの一撃からすればそれは取るに足らない威力のものであったが、今のベルにはそれを避ける余力すら残っていなかった。
「――っ」
放たれた闇の魔力がベルの身体を呆気なく貫く。
まるで糸が切れた人形のように、ベルは崩れ落ちた。
立ち竦む二人の前に空から何かが落ちてくる。
ソレは地面に激突し、まるで塵の様に幾度も地を転がってようやく停止した。
「……ベル?」
忘我のまま声を絞り出し、蓮司は地面に目を向ける。
彼女は言葉の代わりに、口から血を吐き出した。
いつも冷笑を称えているその唇が屈辱に歪み、立ち上がることすらおぼつかない。
一撃。
たったの一撃で、裏界においても五指に入るだろう力を持つ大魔王ベール=ゼファーを一蹴した。
「――無駄です」
その事態を理解する事さえもできずに立ち尽くす二人――そして屈辱に歯を噛むベルに、リオンの声が響いた。
「『守護者』の力を得た以上、もはや現身でしかない今の貴女では勝てません」
「守護者の力……」
世界の守護者たるアンゼロット。
神との契約によってその行使を禁じられているその力は無限とも言われている。
ベリトはエネルギードレインによってその無限の力を奪い取ったのだ。
世界総ての命どころの話ではない。
「そんな力を得たベリトを、制御できるとでも……!」
ベルが満身創痍の身体を引き摺るように立ち上がり、冷淡なリオンを睨みつける。
無限の力の直撃を喰らってなお生き延びる彼女の生命力は驚愕に値するが、既に立ち上がる事しかできないのは明白だった。
リオンはそんなベルを見つめたまま、唇をほんの僅かに歪めた。
「制御する必要などありません。何故なら、アレはすぐに消える事になりますから」
「……っ。ソレで世界を滅ぼすというならまだしも、そこまで走狗に成り果てるつもり……!」
ベルが嫌悪感も露にリオンを睨みつける。
しかし彼女は冷然とした表情を一切崩す事なく、静かに言葉を返した。
「私はあの方の忠実なる従僕。それ以上でも、それ以下でもありません」
「本当に忠誠を誓っているのなら、殊更に『忠実』なんて言葉は使わないものよ。モーリーのようにね」
「―――」
突き刺すようなベルの言葉にリオンの身体が小さく揺らいだ。
端整な眉を僅かに歪め、冷たい薄青の瞳の奥に感情の灯が灯る。
そこに畳み掛けるかのようなベルの声が飛んだ。
「あいつが望んだ時に望んだ知識を与えるだけ……そんな生き方、あんたが持ってるその書とどこが違うの、リオン!」
「……っ」
リオンは答えない。
だがそれは沈黙を保ったというよりは、答えに窮するといった方が正しい。
唇を噛み、手にした書物を握り締める。
彼女は小さく肩を震わせると、ゆっくりと手をベルへと伸ばした。
「――貴女は、うるさい」
手の平から魔力が膨れ上がり放たれる。
先のベリトの一撃からすればそれは取るに足らない威力のものであったが、今のベルにはそれを避ける余力すら残っていなかった。
「――っ」
放たれた闇の魔力がベルの身体を呆気なく貫く。
まるで糸が切れた人形のように、ベルは崩れ落ちた。
「ベル!」
「リオン……!」
蓮司とカズキが同時に身構える。
しかしそれに動いたのはリオンではなく、その眼下、胎動する闇の中にいる巨狼。
ベリトの紅の凶眼が鈍く光る。同時に闇の極光が走り抜けた。
反射的に蓮司とカズキは防御し――ようとして。
――次に気付いた時には、闇に食い尽くされた空を見上げていた。
(なに、を――)
されたのか全くわからない。
否、攻撃をされたのだ。
ただそれが二人の反応を圧倒的なまでに……攻撃を受けたことを認識できないほどに、超越していたというだけ。
状況の理解と同時に感覚がようやく追いついてくる。
思い出したかのように全身に痛みが湧き上がってきた。
超越しているのは速さだけではない。その威力もまた、耐えきれるようなレベルではない。
「が、ふ」
そう、レベルが違う。
強いとか弱いとかいうそういった比較の物差しではなく、存在としての桁が違う。
おそらくその気になっていれば、ベリトは二人を肉片一つ残らず消し飛ばす事もできただろう。
なのにまだ生き残っていられるのは――
「……ようやく出てきましたね」
リオンの声に蓮司とカズキは軋みを上げている身体を必死に持ち上げた。
前方にいるリオンとベリト。
両者の間に立ち塞がるように、空間が傾ぐ。
「守護者の持つ無限の魔力を得たベリトを倒し得るのはただ一人。つまり――」
動けない三人を守る様に顕れた人影。
長い白銀の髪を揺らしてリオン達に立ち塞がる、一人の少女。
「――ようこそ、”真昼の月”アンゼロット。この舞台は貴女のために用意したのです」
「リオン……!」
蓮司とカズキが同時に身構える。
しかしそれに動いたのはリオンではなく、その眼下、胎動する闇の中にいる巨狼。
ベリトの紅の凶眼が鈍く光る。同時に闇の極光が走り抜けた。
反射的に蓮司とカズキは防御し――ようとして。
――次に気付いた時には、闇に食い尽くされた空を見上げていた。
(なに、を――)
されたのか全くわからない。
否、攻撃をされたのだ。
ただそれが二人の反応を圧倒的なまでに……攻撃を受けたことを認識できないほどに、超越していたというだけ。
状況の理解と同時に感覚がようやく追いついてくる。
思い出したかのように全身に痛みが湧き上がってきた。
超越しているのは速さだけではない。その威力もまた、耐えきれるようなレベルではない。
「が、ふ」
そう、レベルが違う。
強いとか弱いとかいうそういった比較の物差しではなく、存在としての桁が違う。
おそらくその気になっていれば、ベリトは二人を肉片一つ残らず消し飛ばす事もできただろう。
なのにまだ生き残っていられるのは――
「……ようやく出てきましたね」
リオンの声に蓮司とカズキは軋みを上げている身体を必死に持ち上げた。
前方にいるリオンとベリト。
両者の間に立ち塞がるように、空間が傾ぐ。
「守護者の持つ無限の魔力を得たベリトを倒し得るのはただ一人。つまり――」
動けない三人を守る様に顕れた人影。
長い白銀の髪を揺らしてリオン達に立ち塞がる、一人の少女。
「――ようこそ、”真昼の月”アンゼロット。この舞台は貴女のために用意したのです」
「――始めから、手遅れだったという事ですね」
険しい表情でリオンを見据えながら、アンゼロットは静かに口を開いた。
リオンは何も語る事はせず、ただ小さく唇に笑みを作ってそれを肯定する。
険しい表情でリオンを見据えながら、アンゼロットは静かに口を開いた。
リオンは何も語る事はせず、ただ小さく唇に笑みを作ってそれを肯定する。
――そもそもの話、リオンやベリト達の操るホムンクルスが出現しだしたのは昨年の末。
対するにアンゼロット達ウィザードがこの地を訪れ動き出したのはその約一ヵ月後……つい最近だ。
目的がベリトのヴィクター化による世界総ての生命の収奪であったというなら、ウィザード達が動き出す前に総てが終わっている。
事実、その基幹となるカズキの持つ黒い核鉄の奪取は、過日のリオンの介入によっていとも容易く為されているのだ。
そして奪取からベリトのヴィクター化までの行程はほぼ数日で終わっている。
やろうと思えば年をまたぐ前に完遂してしまえたにも拘らず、ウィザード達が動き出すまでの一ヶ月間、リオン達は表立って行動する事がなかった。
それは何故か。
待っていたのだ。ウィザード達が動き出すのを。
ウィザードを率いる彼女を。
対するにアンゼロット達ウィザードがこの地を訪れ動き出したのはその約一ヵ月後……つい最近だ。
目的がベリトのヴィクター化による世界総ての生命の収奪であったというなら、ウィザード達が動き出す前に総てが終わっている。
事実、その基幹となるカズキの持つ黒い核鉄の奪取は、過日のリオンの介入によっていとも容易く為されているのだ。
そして奪取からベリトのヴィクター化までの行程はほぼ数日で終わっている。
やろうと思えば年をまたぐ前に完遂してしまえたにも拘らず、ウィザード達が動き出すまでの一ヶ月間、リオン達は表立って行動する事がなかった。
それは何故か。
待っていたのだ。ウィザード達が動き出すのを。
ウィザードを率いる彼女を。
「アンゼロットを……?」
軋む身体を無理矢理に引き摺って立ち上がった蓮司が、呻くように疑問の息を漏らした。
確かに世界の守護者たるアンゼロットの力はこの世界の何物をも凌駕するだろう。
だが、契約に縛られる彼女はその力を使う事ができない。
だからこそ彼女はウィザード達を使ってこの世界を守護しているのだ。
「……頭が悪いですね、柊 蓮司」
無貌の秘密侯爵は嘲るでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに事実だけを述べた。
「此度の一件においてウィザード達の動きが遅れたのは、偏に錬金戦団とウィザード達の確執によるもの――」
戦団のみならず、絶滅社、聖王庁、一条家、トリニティ、国土防衛隊、米国特殊部隊レイヴンロフト……数え上げれば暇がない。
エミュレイターに対する組織の垣根を越えた連合――『ウィザーズユニオン』などと称していたところで、その実態は己の利益と権威を優先する人間同士
軋む身体を無理矢理に引き摺って立ち上がった蓮司が、呻くように疑問の息を漏らした。
確かに世界の守護者たるアンゼロットの力はこの世界の何物をも凌駕するだろう。
だが、契約に縛られる彼女はその力を使う事ができない。
だからこそ彼女はウィザード達を使ってこの世界を守護しているのだ。
「……頭が悪いですね、柊 蓮司」
無貌の秘密侯爵は嘲るでもなく、呆れるでもなく、ただ静かに事実だけを述べた。
「此度の一件においてウィザード達の動きが遅れたのは、偏に錬金戦団とウィザード達の確執によるもの――」
戦団のみならず、絶滅社、聖王庁、一条家、トリニティ、国土防衛隊、米国特殊部隊レイヴンロフト……数え上げれば暇がない。
エミュレイターに対する組織の垣根を越えた連合――『ウィザーズユニオン』などと称していたところで、その実態は己の利益と権威を優先する人間同士
の確執の集まりなのだ。
自らが薄氷の上に立っていることを理解していながら、共通の敵が存在していながら、なお相争いあう人間達。
それがかろうじて瓦解せずに済んでいるのは――
「貴方は彼女を身勝手で理不尽な存在だと思っているでしょうが……その『身勝手で理不尽』なまでの統率がなければ、
そもそも人間達が結束する事などできはしないのです」
リオンの言葉を瞑目したまま聞いていたアンゼロットは何も答えない。
肯定も否定もしなかった。
そんな彼女を漆黒の瞳で見つめたリオンは、薄く微笑を浮かべて手にした書物を軽く撫でる。
自らが薄氷の上に立っていることを理解していながら、共通の敵が存在していながら、なお相争いあう人間達。
それがかろうじて瓦解せずに済んでいるのは――
「貴方は彼女を身勝手で理不尽な存在だと思っているでしょうが……その『身勝手で理不尽』なまでの統率がなければ、
そもそも人間達が結束する事などできはしないのです」
リオンの言葉を瞑目したまま聞いていたアンゼロットは何も答えない。
肯定も否定もしなかった。
そんな彼女を漆黒の瞳で見つめたリオンは、薄く微笑を浮かべて手にした書物を軽く撫でる。
「ここまでくればもはや他の運命が干渉する余地はありません。この書物に記された結末は唯一つ」
そしてリオンはまるでアンゼロットに道を譲るように身を引いた。
眼前に開かれた彼女の視界に映るのは、自らの力を喰らって守護者と同等の存在に成り果てた赤銅の巨狼。
「手を出さない、というのであればこのままファージアースに帰還させてもらいます。ご自由に処されてください、『世界の守護者』よ」
感情を込めず、しかし明らかにそれとわかる挑発にアンゼロットは小さな拳を握り締めた。
ベリトを倒し得るのは同じ無限の力を持つアンゼロットただ一人。
しかし、自ら手を下す事は力の使用を禁ずる神との契約に悖る行為でもある。
たとえ世界を守るための非常手段であったとしても、契約は例外を赦さない。
非常手段を行使するに至った時点で既に、守護者としての役割に不適格とみなされるからだ。
すなわち彼女に待っている結末は、ベリトと己の消滅だけ。
アンゼロットはその結末を理解しながら、しかし毅然としてゆっくりと歩を踏み出した。
「……アンゼロットッ!」
「アンゼロットさん!」
叫ぶ蓮司とカズキに、しかしアンゼロットは振り向かない。
毅然とベリトを見据えたまま、揺るぎのない声で銀髪の少女は断言した。
「わたくしは『世界の守護者』。世界を守るためであるならば、いかなる犠牲も厭いません。
それは――わたくし自身の命とて、例外ではないのです」
言って世界の守護者は、再び歩き出す。
一歩、また一歩と二人から遠ざかり――そして自らの滅びへと赴いていく。
蓮司は僅かに歯を食いしばり、僅かに顔を俯けた。
カズキは身を震わせて、サンライトハートを掴む拳に力を込めた。
「……アンゼロット。お前に……言いたい事がある」
蓮司が搾り出すような声を上げると、彼女は僅かに歩を緩めた。
彼を振り向かないまま、静かに眼を閉じて彼の言葉を待つ。
蓮司は僅かな沈黙の後――顔を上げて、力強くそれを言い放った。
そしてリオンはまるでアンゼロットに道を譲るように身を引いた。
眼前に開かれた彼女の視界に映るのは、自らの力を喰らって守護者と同等の存在に成り果てた赤銅の巨狼。
「手を出さない、というのであればこのままファージアースに帰還させてもらいます。ご自由に処されてください、『世界の守護者』よ」
感情を込めず、しかし明らかにそれとわかる挑発にアンゼロットは小さな拳を握り締めた。
ベリトを倒し得るのは同じ無限の力を持つアンゼロットただ一人。
しかし、自ら手を下す事は力の使用を禁ずる神との契約に悖る行為でもある。
たとえ世界を守るための非常手段であったとしても、契約は例外を赦さない。
非常手段を行使するに至った時点で既に、守護者としての役割に不適格とみなされるからだ。
すなわち彼女に待っている結末は、ベリトと己の消滅だけ。
アンゼロットはその結末を理解しながら、しかし毅然としてゆっくりと歩を踏み出した。
「……アンゼロットッ!」
「アンゼロットさん!」
叫ぶ蓮司とカズキに、しかしアンゼロットは振り向かない。
毅然とベリトを見据えたまま、揺るぎのない声で銀髪の少女は断言した。
「わたくしは『世界の守護者』。世界を守るためであるならば、いかなる犠牲も厭いません。
それは――わたくし自身の命とて、例外ではないのです」
言って世界の守護者は、再び歩き出す。
一歩、また一歩と二人から遠ざかり――そして自らの滅びへと赴いていく。
蓮司は僅かに歯を食いしばり、僅かに顔を俯けた。
カズキは身を震わせて、サンライトハートを掴む拳に力を込めた。
「……アンゼロット。お前に……言いたい事がある」
蓮司が搾り出すような声を上げると、彼女は僅かに歩を緩めた。
彼を振り向かないまま、静かに眼を閉じて彼の言葉を待つ。
蓮司は僅かな沈黙の後――顔を上げて、力強くそれを言い放った。
「―――意外と頭が悪いんだな、アンゼロット……!」
「な、っ」
アンゼロットの顔が驚きに歪む。
別に彼に対して何か甘い言葉を期待していた訳ではない。
だが、ここでそのような暴言を吐かれるのは完全に彼女の想定外だった。
思わず振り向いてしまった彼女が眼にしたのは、言ってやったといわんばかりに不敵な笑みを浮かべる蓮司の姿だった。
「何度も何度も俺をいいようにこき使ってるくせに、まだ理解してなかったのか」
「ひ、柊さん……?」
悲鳴を上げる身体を無視して、蓮司はアンゼロットに向かって歩き出す。
それに続くようにカズキも、彼女に向かって歩を踏みしめる。
「俺は世界のためだからって犠牲を受け入れる事なんてしねえ。大のために小を殺すなんて事はしねえ。そいつはな――」
蓮司は呆然と立ち竦んでいるアンゼロットの目の前まで辿り着くと、力強く彼女の腕を取り、引き寄せた。
アンゼロットの顔が驚きに歪む。
別に彼に対して何か甘い言葉を期待していた訳ではない。
だが、ここでそのような暴言を吐かれるのは完全に彼女の想定外だった。
思わず振り向いてしまった彼女が眼にしたのは、言ってやったといわんばかりに不敵な笑みを浮かべる蓮司の姿だった。
「何度も何度も俺をいいようにこき使ってるくせに、まだ理解してなかったのか」
「ひ、柊さん……?」
悲鳴を上げる身体を無視して、蓮司はアンゼロットに向かって歩き出す。
それに続くようにカズキも、彼女に向かって歩を踏みしめる。
「俺は世界のためだからって犠牲を受け入れる事なんてしねえ。大のために小を殺すなんて事はしねえ。そいつはな――」
蓮司は呆然と立ち竦んでいるアンゼロットの目の前まで辿り着くと、力強く彼女の腕を取り、引き寄せた。
「――そいつは、お前の命だって例外じゃねえんだよ」
「……っ」
強張った少女の小さな身体を抱き止めると、蓮司は身体を入れ替えるようにしてアンゼロットを後ろに押しやった。
少し乱暴に押し出されたアンゼロットは僅かに身体をよろめかせ、そして我にかえって呻く。
「あ、あなた……!」
詰め寄ろうとしたアンゼロットを、差し伸ばしたカズキの腕が制した。
彼も蓮司と同じように、彼女を護る様にしてベリトに立ちはだかる。
「オレも蓮司と同じだよ。オレは、アンゼロットさんも含めて皆を守りたい。どんなに小さくても、犠牲を出すやり方なんて……そんなのは嫌だ」
「……っ」
アンゼロットは言葉を失って唇を噛む。
彼女は肩を震わせると、僅かな怒気を孕ませて目の前の二人に叫ぶ。
「アレはもう貴方達の手に負えるモノではありません! なのに――」
「それでもッ!!」
アンゼロットの声はカズキの一声に断ち切られる。
彼は手にした光槍を一閃して、ベリトを見据えたまま言葉を続ける。
「それでも、オレ達はここにいる! 何もできずにやられるのなら、仕方ないかもしれない!
……けど! 『何もしない』で諦める事は――できない!!」
カズキの叫びに蓮司は苦笑を閃かせると、彼と同じように魔剣を一閃させてアンゼロットに背を向ける。
「……そういうこった。諦めるなら、俺達がやられてからにしてくれ」
「貴方達……っ」
絶句するアンゼロットに、二人は話は終わりとばかりにベリトに向かって駆け出した。
強張った少女の小さな身体を抱き止めると、蓮司は身体を入れ替えるようにしてアンゼロットを後ろに押しやった。
少し乱暴に押し出されたアンゼロットは僅かに身体をよろめかせ、そして我にかえって呻く。
「あ、あなた……!」
詰め寄ろうとしたアンゼロットを、差し伸ばしたカズキの腕が制した。
彼も蓮司と同じように、彼女を護る様にしてベリトに立ちはだかる。
「オレも蓮司と同じだよ。オレは、アンゼロットさんも含めて皆を守りたい。どんなに小さくても、犠牲を出すやり方なんて……そんなのは嫌だ」
「……っ」
アンゼロットは言葉を失って唇を噛む。
彼女は肩を震わせると、僅かな怒気を孕ませて目の前の二人に叫ぶ。
「アレはもう貴方達の手に負えるモノではありません! なのに――」
「それでもッ!!」
アンゼロットの声はカズキの一声に断ち切られる。
彼は手にした光槍を一閃して、ベリトを見据えたまま言葉を続ける。
「それでも、オレ達はここにいる! 何もできずにやられるのなら、仕方ないかもしれない!
……けど! 『何もしない』で諦める事は――できない!!」
カズキの叫びに蓮司は苦笑を閃かせると、彼と同じように魔剣を一閃させてアンゼロットに背を向ける。
「……そういうこった。諦めるなら、俺達がやられてからにしてくれ」
「貴方達……っ」
絶句するアンゼロットに、二人は話は終わりとばかりにベリトに向かって駆け出した。
そして無謀な抵抗が始まった。
動かないベリトに向かって魔剣を振るい、光槍を突きつける。
しかしそれらは微動だにしない巨狼に簡単に弾かれ、返す一撃で大きく吹き飛ばされる。
人形のように転がり、地面に叩きつけられる。
それでも二人は闘うことをやめなかった。
敵うはずがない、というのは誰よりもアンゼロット自身が理解している。
彼等もまた、それは理解しているはずだ。
なのに彼等はなお闘いを挑み続け――彼女はそれを止める事ができなかった。
噛み締めた唇から血が零れる。
止めなければならない、と心中で思いながら、それでも魅入られたように身体は動かない。
それは多分――きっと、見惚れているからだ。
何物にも屈する事のない信念。
どれほど傷付いても決して退かない鋼の意思。
どこまでも単純で、どこまでも愚直で……だからこそ、それは震えるほどに尊く美しい。
「……まあ、構いませんが」
どこか遠くで、冷めた声が響いた。
「最初期の『刷り込み』があるとはいえ、いつまで抑えられるかわかりません。彼等のためにも、決断は早くしておいた方が良いのではないですか?」
冷淡に言い放ったリオンの言葉に、アンゼロットは顔を俯けて胸に手を添えた。
リオンが言う通り――そしてアンゼロットが理解している通り、二人の抵抗で状況が動く事はもはやない。
世界にとって二人の力は得難いものだ。
彼等が力尽きる前に、決断せねばならない。
神との契約を破り、自らの手でベリトを討ち斃す。そうすれば二人の命と世界を救う事ができる。
それが世界の守護者としては当然の選択だった。
だが――それは同時に。
彼等二人の意思と、目の前の彼等の姿を裏切る行為。
白銀の髪を震わせて、少女は静かに拳を握り締める。
(御赦し下さい、我が神よ。わたくしは――)
動かないベリトに向かって魔剣を振るい、光槍を突きつける。
しかしそれらは微動だにしない巨狼に簡単に弾かれ、返す一撃で大きく吹き飛ばされる。
人形のように転がり、地面に叩きつけられる。
それでも二人は闘うことをやめなかった。
敵うはずがない、というのは誰よりもアンゼロット自身が理解している。
彼等もまた、それは理解しているはずだ。
なのに彼等はなお闘いを挑み続け――彼女はそれを止める事ができなかった。
噛み締めた唇から血が零れる。
止めなければならない、と心中で思いながら、それでも魅入られたように身体は動かない。
それは多分――きっと、見惚れているからだ。
何物にも屈する事のない信念。
どれほど傷付いても決して退かない鋼の意思。
どこまでも単純で、どこまでも愚直で……だからこそ、それは震えるほどに尊く美しい。
「……まあ、構いませんが」
どこか遠くで、冷めた声が響いた。
「最初期の『刷り込み』があるとはいえ、いつまで抑えられるかわかりません。彼等のためにも、決断は早くしておいた方が良いのではないですか?」
冷淡に言い放ったリオンの言葉に、アンゼロットは顔を俯けて胸に手を添えた。
リオンが言う通り――そしてアンゼロットが理解している通り、二人の抵抗で状況が動く事はもはやない。
世界にとって二人の力は得難いものだ。
彼等が力尽きる前に、決断せねばならない。
神との契約を破り、自らの手でベリトを討ち斃す。そうすれば二人の命と世界を救う事ができる。
それが世界の守護者としては当然の選択だった。
だが――それは同時に。
彼等二人の意思と、目の前の彼等の姿を裏切る行為。
白銀の髪を震わせて、少女は静かに拳を握り締める。
(御赦し下さい、我が神よ。わたくしは――)
―――勝てねえな、こりゃ。
蓮司は自分でも驚くほどにあっさりと状況を受け入れた。
おそらくは共に並び戦うカズキも同じ心境だろう。
防御を完全に捨てて、総ての力をただ斬撃に込める。
だが、渾身の力を振り絞ったその一撃も、受けるどころか避けようともしないベリトにかすり傷一つすら付ける事が叶わない。
ベリトが虫を払うように――実際その通りなのだろう――腕を一閃した。
身体が吹き飛び、遅れて全身を貫く衝撃が走り抜ける。そこでようやく二人は攻撃を喰らった事を認識した。
最大限に手加減した一撃ですら二人の知覚と防御を遥かに上回っている。
それはもう、闘いとも抵抗とも言えない代物だった。
激しく地面に叩きつけられ、なお収まらない衝撃に地を抉りながら転がる。
もう受身をとる余力さえも残っていない。
ようやく動きの止まった身体を持ち上げると同時、
「……ぶ」
口からばしゃりと血が零れた。どうやら肉体が限界にきたらしい。
痛みはもう全く感じない。そんなものは既に通り越えてしまった。
ただ気力だけでがらくたのような身体を引き起こす。
近くには自分と同じく満身創痍のカズキがいた。
身体中傷と血に塗れ、左手だけでサンライトハートを握っている。
右腕は力なくだらりと垂れ下がったままだった。
お互いにそんなボロボロの状態を見て取って……二人の間に何故か苦笑が零れた。
「……損な性分だよな、お互い」
吐血した口を拭いながらそんな事を言うと、カズキは僅かに眉根を寄せて首を傾げて見せる。
「そうかな? 考えたこともなかったけど」
「……すげえな、お前は」
本気で言っているだろうカズキをまじまじと眺めて蓮司は感嘆の声を上げた。
「蓮司は違うのか?」
「当たり前だ。面倒なのは嫌いだし、楽したいに決まってる」
けどよ。
蓮司は言いながら魔剣の柄を握り締めた。
力を込めたつもりだったが、実際そうできているのかすらも怪しい。
「なんでか知らねえが、俺が納得できるやり方はいっつも面倒な事になるんだよ」
「……はは」
「笑い事じゃねえって」
吐き捨てながらも、蓮司の口元は笑っていた。
そして二人は表情を引き締めて目の前のベリトを見据える。
魔剣の切っ先を、光槍の穂先を、敵に向けた。
「じゃ、行くか」
「おう」
これで最後の一撃になる事は、既に二人は理解している。
そして、それがベリトに対して何ら痛痒を与えるものではない事も、理解している。
だが二人に退く選択肢はあり得ない。
何故なら二人の後ろには、護るべきモノがある。
何故なら二人の裡には、決して折れないモノがある。
蓮司は自分でも驚くほどにあっさりと状況を受け入れた。
おそらくは共に並び戦うカズキも同じ心境だろう。
防御を完全に捨てて、総ての力をただ斬撃に込める。
だが、渾身の力を振り絞ったその一撃も、受けるどころか避けようともしないベリトにかすり傷一つすら付ける事が叶わない。
ベリトが虫を払うように――実際その通りなのだろう――腕を一閃した。
身体が吹き飛び、遅れて全身を貫く衝撃が走り抜ける。そこでようやく二人は攻撃を喰らった事を認識した。
最大限に手加減した一撃ですら二人の知覚と防御を遥かに上回っている。
それはもう、闘いとも抵抗とも言えない代物だった。
激しく地面に叩きつけられ、なお収まらない衝撃に地を抉りながら転がる。
もう受身をとる余力さえも残っていない。
ようやく動きの止まった身体を持ち上げると同時、
「……ぶ」
口からばしゃりと血が零れた。どうやら肉体が限界にきたらしい。
痛みはもう全く感じない。そんなものは既に通り越えてしまった。
ただ気力だけでがらくたのような身体を引き起こす。
近くには自分と同じく満身創痍のカズキがいた。
身体中傷と血に塗れ、左手だけでサンライトハートを握っている。
右腕は力なくだらりと垂れ下がったままだった。
お互いにそんなボロボロの状態を見て取って……二人の間に何故か苦笑が零れた。
「……損な性分だよな、お互い」
吐血した口を拭いながらそんな事を言うと、カズキは僅かに眉根を寄せて首を傾げて見せる。
「そうかな? 考えたこともなかったけど」
「……すげえな、お前は」
本気で言っているだろうカズキをまじまじと眺めて蓮司は感嘆の声を上げた。
「蓮司は違うのか?」
「当たり前だ。面倒なのは嫌いだし、楽したいに決まってる」
けどよ。
蓮司は言いながら魔剣の柄を握り締めた。
力を込めたつもりだったが、実際そうできているのかすらも怪しい。
「なんでか知らねえが、俺が納得できるやり方はいっつも面倒な事になるんだよ」
「……はは」
「笑い事じゃねえって」
吐き捨てながらも、蓮司の口元は笑っていた。
そして二人は表情を引き締めて目の前のベリトを見据える。
魔剣の切っ先を、光槍の穂先を、敵に向けた。
「じゃ、行くか」
「おう」
これで最後の一撃になる事は、既に二人は理解している。
そして、それがベリトに対して何ら痛痒を与えるものではない事も、理解している。
だが二人に退く選択肢はあり得ない。
何故なら二人の後ろには、護るべきモノがある。
何故なら二人の裡には、決して折れないモノがある。
――たとえ勝つことは叶わなくとも。
――諦めて負けることだけは、二人にはできない。
――諦めて負けることだけは、二人にはできない。
蓮司はカズキと同時に地を駆ける。
振り上げて振り下ろす力さえ惜しいと切っ先はベリトに向けたまま。
残された力を総て振り絞り、自らの身体を弾丸に代えて、巨狼へと叩きつける。
真っ直ぐに伸ばされた魔剣の刃が――在りえない感触を蓮司の腕に伝えた。
振り上げて振り下ろす力さえ惜しいと切っ先はベリトに向けたまま。
残された力を総て振り絞り、自らの身体を弾丸に代えて、巨狼へと叩きつける。
真っ直ぐに伸ばされた魔剣の刃が――在りえない感触を蓮司の腕に伝えた。
肉を裂く感触。ヒトを貫く手応え。
掠れた視界に銀糸の髪がばらりと舞う。
手にした魔剣を突き出したその眼前。
白刃に貫かれた世界の守護者が、そこにいた。
掠れた視界に銀糸の髪がばらりと舞う。
手にした魔剣を突き出したその眼前。
白刃に貫かれた世界の守護者が、そこにいた。
「ア――?」
蓮司はその光景を理解できず、声を絞り出すことさえできなかった。
こふ、と少女の口から血が零れる。
魔剣に貫かれたアンゼロットが蓮司に倒れこみ、
「――ベリト!!」
リオンの叫ぶような声が轟いた。
初めて出された指示、そして初めて聞く焦燥を伴ったリオンの声に戸惑ったのか、ベリトの動きが明らかに鈍った。
状況を把握できないまでも、反射的に蓮司は崩れるアンゼロットを抱え込む。
アンゼロットの闖入に攻撃を停止せざるを得なかったカズキが、その二人を護るように覆いかぶさった。
一瞬遅れて狙いの逸れたベリトの豪腕が奔る。
総てを破砕するその一撃は三人を掠めるだけに留まったが、その衝撃だけで三人はもつれる様に大きく吹き飛ばされた。
二人はアンゼロットを抱え込んだまま地面を跳ね飛ばされる。
元より痛みは感じなくなっていた。二人にとってはむしろ突然現われたアンゼロットに対する驚愕の方が大きい。
「アンゼロット、お前……!?」
「………痛――」
咳き込むように血を吐き出して、アンゼロットは小さく呻いた。
蓮司の魔剣によって貫かれた黒い衣装は、彼女の血を吸って鈍色に染まっている。
「……わたくしに、こんな事をさせるなんて」
力なく囁くその声は僅かに非難の色を帯びていたが、何故か彼女の口元は苦笑が浮かんでいる。
そして彼女は自分を抱えている蓮司を押し退けて、ゆっくりと立ち上がった。
「アンゼロット……」
「大丈夫です。貴方ごときの力でどうこうなるほど、ヤワではありませんわ」
彼女の言うとおり、見れば既に魔剣に貫かれた傷は消えてなくなっている。
裂かれた衣装から覗く白い肌には、その痕さえも残っていなかった。
「なんなんだよ、一体……!」
訳がわからず蓮司は呻くように叫んだ。
すると彼女はふうと一つ溜息をつくと、
「……貴方達のせいですから。ちゃんと責任、取ってくださいね」
蓮司の問いには答えず、アンゼロットはいつも通りの微笑を浮かべた。
口調こそ平静を取り戻しているように見えるが、その顔色は尋常ではない。
白磁を思わせる肌は更に白味を帯びて蒼白になっていた。
蓮司はその光景を理解できず、声を絞り出すことさえできなかった。
こふ、と少女の口から血が零れる。
魔剣に貫かれたアンゼロットが蓮司に倒れこみ、
「――ベリト!!」
リオンの叫ぶような声が轟いた。
初めて出された指示、そして初めて聞く焦燥を伴ったリオンの声に戸惑ったのか、ベリトの動きが明らかに鈍った。
状況を把握できないまでも、反射的に蓮司は崩れるアンゼロットを抱え込む。
アンゼロットの闖入に攻撃を停止せざるを得なかったカズキが、その二人を護るように覆いかぶさった。
一瞬遅れて狙いの逸れたベリトの豪腕が奔る。
総てを破砕するその一撃は三人を掠めるだけに留まったが、その衝撃だけで三人はもつれる様に大きく吹き飛ばされた。
二人はアンゼロットを抱え込んだまま地面を跳ね飛ばされる。
元より痛みは感じなくなっていた。二人にとってはむしろ突然現われたアンゼロットに対する驚愕の方が大きい。
「アンゼロット、お前……!?」
「………痛――」
咳き込むように血を吐き出して、アンゼロットは小さく呻いた。
蓮司の魔剣によって貫かれた黒い衣装は、彼女の血を吸って鈍色に染まっている。
「……わたくしに、こんな事をさせるなんて」
力なく囁くその声は僅かに非難の色を帯びていたが、何故か彼女の口元は苦笑が浮かんでいる。
そして彼女は自分を抱えている蓮司を押し退けて、ゆっくりと立ち上がった。
「アンゼロット……」
「大丈夫です。貴方ごときの力でどうこうなるほど、ヤワではありませんわ」
彼女の言うとおり、見れば既に魔剣に貫かれた傷は消えてなくなっている。
裂かれた衣装から覗く白い肌には、その痕さえも残っていなかった。
「なんなんだよ、一体……!」
訳がわからず蓮司は呻くように叫んだ。
すると彼女はふうと一つ溜息をつくと、
「……貴方達のせいですから。ちゃんと責任、取ってくださいね」
蓮司の問いには答えず、アンゼロットはいつも通りの微笑を浮かべた。
口調こそ平静を取り戻しているように見えるが、その顔色は尋常ではない。
白磁を思わせる肌は更に白味を帯びて蒼白になっていた。
「おいっ!」
問い詰めようとする蓮司を無視してアンゼロットはベリト――と、それを見下ろすように宙に浮かぶリオンに向き直った。
一々話している時間はなかった。
目の前に二人がいる、というのもそうだが――それ以上に、別の意味で時間がないはず。
彼女はリオンを見据えると、精一杯の余裕を見せてから口を開く。
「この展開は貴女の書物に載っていましたか、”秘密侯爵”?」
「………ッ」
アンゼロットの言葉に、リオンが眼に見えて表情を歪める。
自らの存在意義に等しい書物を強く握ると、リオンは努めて――装っている事がわかる表情で声を漏らした。
「……その程度のゆらぎで書に記された運命が覆る事など、ありません」
「――ゆらぎ?」
そんなリオンの言葉を、そんなリオンの態度を、アンゼロットは満足そうに見届けてから微笑む。
魔剣に貫かれた自らの胸に手を添え、身を以って思い知ったその事実を胸に、彼女は静かに口を開く。
「――『コレ』はそんな生易しいモノではありませんよ」
「……? 何を」
アンゼロットはリオンの呟きを無視して一歩を踏み出した。
浮かべていた微笑を収めて、目の前に佇む巨狼を翠の瞳で凛然と見据えた。
問い詰めようとする蓮司を無視してアンゼロットはベリト――と、それを見下ろすように宙に浮かぶリオンに向き直った。
一々話している時間はなかった。
目の前に二人がいる、というのもそうだが――それ以上に、別の意味で時間がないはず。
彼女はリオンを見据えると、精一杯の余裕を見せてから口を開く。
「この展開は貴女の書物に載っていましたか、”秘密侯爵”?」
「………ッ」
アンゼロットの言葉に、リオンが眼に見えて表情を歪める。
自らの存在意義に等しい書物を強く握ると、リオンは努めて――装っている事がわかる表情で声を漏らした。
「……その程度のゆらぎで書に記された運命が覆る事など、ありません」
「――ゆらぎ?」
そんなリオンの言葉を、そんなリオンの態度を、アンゼロットは満足そうに見届けてから微笑む。
魔剣に貫かれた自らの胸に手を添え、身を以って思い知ったその事実を胸に、彼女は静かに口を開く。
「――『コレ』はそんな生易しいモノではありませんよ」
「……? 何を」
アンゼロットはリオンの呟きを無視して一歩を踏み出した。
浮かべていた微笑を収めて、目の前に佇む巨狼を翠の瞳で凛然と見据えた。
「わたくしは世界の守護者。世界を喰らう者に与える力など持ち合わせません」
狭間の世界に凛と声が響く。
彼女は胸に添えた手をゆっくりと広げた。
彼女は胸に添えた手をゆっくりと広げた。
「わたくしが力を与えるべきは―――」
少女の動きと共に、その身体から清廉な魔力が溢れ出す。
留まる事を知らず高まっていくその力は圧倒的で、しかしそれでも不快感は微塵も感じさせない。
眼前のベリトが吐き出す闇色に対して彼女の放つ力は白色。
同じ力を礎にしながら対照的な無限の魔力。
本来そうあるべき、限りない力を――アンゼロットは力強く、解き放つ。
留まる事を知らず高まっていくその力は圧倒的で、しかしそれでも不快感は微塵も感じさせない。
眼前のベリトが吐き出す闇色に対して彼女の放つ力は白色。
同じ力を礎にしながら対照的な無限の魔力。
本来そうあるべき、限りない力を――アンゼロットは力強く、解き放つ。
「―――世界を護る者達!!」
闇を払う光が迸った。
少女の身体から噴き出した膨大な力が、世界を照らし出すように輝き、後ろにいた蓮司とカズキへと収束していく。
「これは――!」
アンゼロットが齎した啓示の力が身体に降臨すると同時、二人は自らの変化に眼を見開く。
当に絞り尽くしたはずの力が湧き上がって来る。
否、それどころかこれまで得た事のない程の活力が身体から溢れ出している。
驚愕と共に蓮司達がアンゼロットに眼を向けると、彼女は二人に力を与えた代わりとでも言うように身体が傾ぎ、その場に膝を付いた。
「アンゼロットッ!」
地を蹴って駆け出す。
アンゼロットを支えようと手を伸ばすと、それを彼女は首を振って拒絶した。
彼女は顔を俯けたまま、苦笑に近い微笑を漏らして囁く。
掠れるような声で、しかしはっきりと信頼を込めた声で。
「……貴方達には、成すべき事があるはずですよ?」
「―――」
二人は彼女に伸ばしかけた手を止めて、拳を握った。
そして項垂れるアンゼロットの脇を言葉なく通り過ぎ、彼女に代わって前に立つ。
相対するベリトの圧力が緩んだのを感じて、アンゼロットは僅かに顔を上げた。
目の前には彼女を護るように立つ二人の少年。
魔剣を携え、光槍を携え、揺ぎ無く立つ二つの背中。
たったそれだけの壁が、世界を喰らう巨狼の圧力を防いでいる。
アンゼロットは僅かな羨望と共に眼を細め、小さく笑んだ。
「そのような事に力を使うなど……正気なのですか……!?」
呻くようなリオンの声が響いた。
彼女の動揺はある意味当然のものではある。
守護者の力の使用は自身の消滅を招く行為なのだ。
にも拘らずそれをベリトにはなく蓮司達に使うなど、あり得ない。
しかしアンゼロットは、浮かべた笑みを更に深めてリオンへ言う。
「正気とは言い難いですね。わたくしともあろうものがこんな馬鹿な賭けをしてしまうなんて」
だが、元よりその『力』の萌芽は見て取れていたのだ。
例えば星々の軌道を導き操る魔王ディングレイ。
例えば未来よりの因果に守護された魔神。
人智の及ばぬ『運命』を掌握するそれらを、討ち倒すことは叶わずとも揺らがせてきたその力。
己が身に刻まれた破戒の痛み―― 一時的とはいえ寸断された契約の喪失感に、しかしアンゼロットは愉快そうに口の端を歪めた。
「貴女の書に記されたその『運命(シナリオ)』、変更させていただきますわ」
そうしてアンゼロットは目の前の二人――自らの手で神との契約に傷を付けさせた、憎むべき二つの背中に語りかける。
少女の身体から噴き出した膨大な力が、世界を照らし出すように輝き、後ろにいた蓮司とカズキへと収束していく。
「これは――!」
アンゼロットが齎した啓示の力が身体に降臨すると同時、二人は自らの変化に眼を見開く。
当に絞り尽くしたはずの力が湧き上がって来る。
否、それどころかこれまで得た事のない程の活力が身体から溢れ出している。
驚愕と共に蓮司達がアンゼロットに眼を向けると、彼女は二人に力を与えた代わりとでも言うように身体が傾ぎ、その場に膝を付いた。
「アンゼロットッ!」
地を蹴って駆け出す。
アンゼロットを支えようと手を伸ばすと、それを彼女は首を振って拒絶した。
彼女は顔を俯けたまま、苦笑に近い微笑を漏らして囁く。
掠れるような声で、しかしはっきりと信頼を込めた声で。
「……貴方達には、成すべき事があるはずですよ?」
「―――」
二人は彼女に伸ばしかけた手を止めて、拳を握った。
そして項垂れるアンゼロットの脇を言葉なく通り過ぎ、彼女に代わって前に立つ。
相対するベリトの圧力が緩んだのを感じて、アンゼロットは僅かに顔を上げた。
目の前には彼女を護るように立つ二人の少年。
魔剣を携え、光槍を携え、揺ぎ無く立つ二つの背中。
たったそれだけの壁が、世界を喰らう巨狼の圧力を防いでいる。
アンゼロットは僅かな羨望と共に眼を細め、小さく笑んだ。
「そのような事に力を使うなど……正気なのですか……!?」
呻くようなリオンの声が響いた。
彼女の動揺はある意味当然のものではある。
守護者の力の使用は自身の消滅を招く行為なのだ。
にも拘らずそれをベリトにはなく蓮司達に使うなど、あり得ない。
しかしアンゼロットは、浮かべた笑みを更に深めてリオンへ言う。
「正気とは言い難いですね。わたくしともあろうものがこんな馬鹿な賭けをしてしまうなんて」
だが、元よりその『力』の萌芽は見て取れていたのだ。
例えば星々の軌道を導き操る魔王ディングレイ。
例えば未来よりの因果に守護された魔神。
人智の及ばぬ『運命』を掌握するそれらを、討ち倒すことは叶わずとも揺らがせてきたその力。
己が身に刻まれた破戒の痛み―― 一時的とはいえ寸断された契約の喪失感に、しかしアンゼロットは愉快そうに口の端を歪めた。
「貴女の書に記されたその『運命(シナリオ)』、変更させていただきますわ」
そうしてアンゼロットは目の前の二人――自らの手で神との契約に傷を付けさせた、憎むべき二つの背中に語りかける。
「――ちゃんと、護って下さいね」
二人はベリトを見据えたまま振り返らない。
互いに手にした得物を力強く握り締める。
互いに手にした得物を力強く握り締める。
「――任せろ」
蓮司はゆっくりと拳をカズキに差し出した。
カズキも同じく、蓮司に向かって拳を差し出す。
カズキも同じく、蓮司に向かって拳を差し出す。
「何を隠そう――」
二人の拳が、背後で見守る少女に見せ付けるように、重ねあわされた。
「「――――俺達は、世界を護る達人だっ!!」」
残光を引いて二つの身体が疾駆する。
迫り来る脅威を見て取ったか、ベリトが絶叫を上げて闇の力を迸らせる。
だが、巨狼が吸い尽くした力が無限ならば、守護者の加護を得たその光も無限。
限界を凌駕する闇が炸裂するその刹那に、限界を超越した光が到達する。
爆ぜるような火花を上げて魔剣が疾走する。
その刃を駆る魔剣使いが見るのは未来の軌跡。
眼前の闇を、眼前の敵が動く挙動を、ソレが取ろうとする動きをまるで心を読むように把握して一歩を踏み込む。
閃く刃光。魔剣が己の『力』を――己の主さえも知り得ぬソレを振るう相手に歓喜するように唸りを上げる。
迫り来る脅威を見て取ったか、ベリトが絶叫を上げて闇の力を迸らせる。
だが、巨狼が吸い尽くした力が無限ならば、守護者の加護を得たその光も無限。
限界を凌駕する闇が炸裂するその刹那に、限界を超越した光が到達する。
爆ぜるような火花を上げて魔剣が疾走する。
その刃を駆る魔剣使いが見るのは未来の軌跡。
眼前の闇を、眼前の敵が動く挙動を、ソレが取ろうとする動きをまるで心を読むように把握して一歩を踏み込む。
閃く刃光。魔剣が己の『力』を――己の主さえも知り得ぬソレを振るう相手に歓喜するように唸りを上げる。
――秘密侯爵の持つ書を絶対の運命が記されたモノだと呼ぶならば。
ソレは絶対の運命を覆し切り伏せる改竄の刃。
神のごとき力と、その運命を宿すモノを断ち切る、相克の力。
故に秘匿されしその名を『神殺し』と呼ぶ。
ソレは絶対の運命を覆し切り伏せる改竄の刃。
神のごとき力と、その運命を宿すモノを断ち切る、相克の力。
故に秘匿されしその名を『神殺し』と呼ぶ。
たとえ死して転生し、夢見る神の使徒と成り果てたとしても、その少女が『神』であった事実は変わらない。
なれば巨狼が得た無限の力は正しく神の力。
それゆえに。
かつて世界と運命を敵に回した裏切りの刃は逃さない。
なれば巨狼が得た無限の力は正しく神の力。
それゆえに。
かつて世界と運命を敵に回した裏切りの刃は逃さない。
神を切り裂く。運命を断ち切る。
守護者の力を得たが故にその魔剣に相克する存在と成り果てたベリトに逃れる術はない。
巨狼の身体が爆ぜるように吹き飛ぶ。
大きく裂かれた傷口からまるで血風のように闇が噴き上がった。
その闇を迸る光が撃ち祓い、吹き飛ばす。
黎明の輝きを纏ったサンライトハートがベリトの胸に突き立てられた。
その閃光は強大ではあるがベリトの力を討ち貫くには到底及ばない。
受け止められる。
光が闇に呑まれていく。
渾身の力を振り絞るカズキに、しかし無慈悲にも絶対的な力の差がのしかかる。
彼の放つ閃光に食いつくようにベリトの闇が纏わり付いた。
サンライトハートがぎしぎしと悲鳴をあげ、表面に亀裂が入った。
そして闇に押し潰されるようにサンライトハートが――彼の命が、粉々に打ち砕かれた。
守護者の力を得たが故にその魔剣に相克する存在と成り果てたベリトに逃れる術はない。
巨狼の身体が爆ぜるように吹き飛ぶ。
大きく裂かれた傷口からまるで血風のように闇が噴き上がった。
その闇を迸る光が撃ち祓い、吹き飛ばす。
黎明の輝きを纏ったサンライトハートがベリトの胸に突き立てられた。
その閃光は強大ではあるがベリトの力を討ち貫くには到底及ばない。
受け止められる。
光が闇に呑まれていく。
渾身の力を振り絞るカズキに、しかし無慈悲にも絶対的な力の差がのしかかる。
彼の放つ閃光に食いつくようにベリトの闇が纏わり付いた。
サンライトハートがぎしぎしと悲鳴をあげ、表面に亀裂が入った。
そして闇に押し潰されるようにサンライトハートが――彼の命が、粉々に打ち砕かれた。
ついさっき、斗貴子が見せた物憂げな表情が脳裏を掠めた。
"――ただの個人的な感傷だ"
昨年の春、彼が斗貴子によって与えられた新しい命――黒い核鉄は平凡だった彼の人生を大きく狂わせた。
錬金術や武装錬金、闘いなどと全く縁のない日常で生きてきた彼を、非日常の世界へと誘ったモノ。
それによって降りかかった苦難や災いは想像を絶するものだった。
――だが、それでも。
錬金術や武装錬金、闘いなどと全く縁のない日常で生きてきた彼を、非日常の世界へと誘ったモノ。
それによって降りかかった苦難や災いは想像を絶するものだった。
――だが、それでも。
"確かに黒い核鉄は忌むべきモノだが、それでもアレは……"
――それでもアレは、オレと斗貴子と自分を繋いでくれた絆なんだ。
だから。
だから。
「だから―――!」
千々に砕かれ崩壊した己が命に見向きもせず、彼は手を伸ばした。
その視線の向かう先は、その腕を向ける先は、ベリトの胸部。
それはそこにあるべきものではない。
そこにあっていいものではない。
例え何があっても、例えそれが忌むべきものであっても。
千々に砕かれ崩壊した己が命に見向きもせず、彼は手を伸ばした。
その視線の向かう先は、その腕を向ける先は、ベリトの胸部。
それはそこにあるべきものではない。
そこにあっていいものではない。
例え何があっても、例えそれが忌むべきものであっても。
―――決して、この手は離さない。
「―――来い!! オレ達の武装錬金!!!」
咆哮が力となり、力が形と成る。
闇の中心を内から突き破り、伸ばした手の先に現われる白銀の槍。
少女との絆の証を少年は力強く握り締める。
瞬間、黎明の輝きが狭間の世界総てを覆い尽くした。
その閃光の中心、カズキの姿が変質する。
胸に刻まれる核鉄の刻印。
その肌は灼けつくような赤銅。
淡い燐光を放つ蛍火の髪。
世界の生命を吸い尽くす存在、ヴィクター。
しかしかつて忌むべきモノであったそれは、忌むべき力であったそれは、ただこの時において総ての命を束ねる力となる。
「世界の皆の生命、アンゼロットさんの力、全部――全部!! 返してもらうッ!!」
吹き上がる闇の悉くを吸い尽くし光と転化する。
カズキは手を翻して穂先をベリトに向けると、咆哮と共にそれを叩きつけた。
「エネルギー全開っっ!!!」
迸る閃光と噴き出した闇がせめぎあい、弾け合い、喰らい合う。
闇の中心を内から突き破り、伸ばした手の先に現われる白銀の槍。
少女との絆の証を少年は力強く握り締める。
瞬間、黎明の輝きが狭間の世界総てを覆い尽くした。
その閃光の中心、カズキの姿が変質する。
胸に刻まれる核鉄の刻印。
その肌は灼けつくような赤銅。
淡い燐光を放つ蛍火の髪。
世界の生命を吸い尽くす存在、ヴィクター。
しかしかつて忌むべきモノであったそれは、忌むべき力であったそれは、ただこの時において総ての命を束ねる力となる。
「世界の皆の生命、アンゼロットさんの力、全部――全部!! 返してもらうッ!!」
吹き上がる闇の悉くを吸い尽くし光と転化する。
カズキは手を翻して穂先をベリトに向けると、咆哮と共にそれを叩きつけた。
「エネルギー全開っっ!!!」
迸る閃光と噴き出した闇がせめぎあい、弾け合い、喰らい合う。
この瞬間においてカズキの得た力は無限。
しかし源を失えども、この瞬間までベリトが得た力もまた無限。
完全に拮抗した力のぶつかり合いが辿り着く先は、互いの消滅に他ならない。
しかし源を失えども、この瞬間までベリトが得た力もまた無限。
完全に拮抗した力のぶつかり合いが辿り着く先は、互いの消滅に他ならない。
その両者にたった一つ――そして決定的に異なる事があるとすれば。
「――力が足りねえのか」
――少年は一人ではない。
「だったら――コイツも持っていけ!!」
カズキの握り締めるサンライトハートの柄を、蓮司が片の手で握り締めた。
空いたもう片方の手に握る魔剣を、迸る閃光に叩きつける。
魔剣にはめられた真紅の宝玉が輝きを増す。
そして蓮司は、咆哮と共にその力を解き放った。
空いたもう片方の手に握る魔剣を、迸る閃光に叩きつける。
魔剣にはめられた真紅の宝玉が輝きを増す。
そして蓮司は、咆哮と共にその力を解き放った。
「――――魔器解放っ!!」
閃光が鮮紅(センコウ)へと変わる。
夜闇を討ち払う黎明の輝きが夜闇を灼き尽くす紅蓮の焔となって迸り、紅い月に染め上げられたその世界をなお紅く熱く染め上げる。
その圧倒的な光景に、駆け抜ける熱風に、見守る少女は身体を大きく震わせた。
それは何物にも屈する事のない。
何物にも消される事のない。
二人の戦士の意思を具現したかのような熱い衝動。
その身も、その心も、その魂さえも震わせる、燃え滾るような―――真っ赤なひかり。
夜闇を討ち払う黎明の輝きが夜闇を灼き尽くす紅蓮の焔となって迸り、紅い月に染め上げられたその世界をなお紅く熱く染め上げる。
その圧倒的な光景に、駆け抜ける熱風に、見守る少女は身体を大きく震わせた。
それは何物にも屈する事のない。
何物にも消される事のない。
二人の戦士の意思を具現したかのような熱い衝動。
その身も、その心も、その魂さえも震わせる、燃え滾るような―――真っ赤なひかり。
「「貫けえええぇぇぇぇっっ!!!」」
迸る咆哮と共に満ちた鮮紅が、
ただ一つの欠片も残さず総ての闇を灼き尽くした。
ただ一つの欠片も残さず総ての闇を灼き尽くした。