01.ハジマリ
《キタク ~Get home/Entrust~》
まず、見えたのは木目の天井だった。
「―――ここは………?」
柊は自分の位置を把握できずに呟いて―――つい最近、同じような言葉を呟いたことを思い出した。
暗闇の中で会った少年。残るというのを抱えて半ば無理やり連れ出して―――今、仰向けに横たわった身体の上に、重み。
「―――っ! お前、無事っ………!?」
首を起こして言いかけ、柊は不自然に言葉を切る。―――自身の身体の上にあったものを見て。
「………魔剣………?」
己の上にあったものを抱えて身を起こす。それはあの金髪の少年ではなく、己の相棒たる魔剣だった。
「―――あいつは………!?」
少年の姿を探して、辺りを見回す。
柊が横たわっていたのは、質素な寝台。部屋の一段奥まったところに備え付けられたものらしく、枕元と足元、右手は壁に囲われ、開いているのは左手の空間だけ。
その唯一開いた方を見遣るも、見える範囲に少年の姿は見当たらない。
「―――どこに………!?」
まさか、あの闇の中に置いて来てしまったのか。助けられなかったのか。―――そんな焦燥と危惧を抱いて、柊は魔剣を抱いたまま寝台から出て立ち上がる。改めて辺りを見回した。
カントリー調の部屋。あるのは、寝台とナイトテーブル、寝台のすぐ傍の壁際に観葉植物らしいサボテン。寝台から離れた所の壁に窓が一つ。陽光の角度からして、おそらく今は早朝、覗き見える木の枝の具合からして、ここは二階だろうか、と柊はあたりをつけた。
その窓のある壁際から寝台の方に向けて下るような形で、階下への階段。寝台のすぐ脇からも、手すり越しに階下が覗ける形だ―――角度的に見えるのは階段だけだが。
もしや下に―――そんな期待混じりの思いを抱えて、階段口の方へと手すりを回り込もうとして―――
「―――っ!?」
弾かれたように振り返った。―――誰かの視線を感じて。
しかし、やはり室内に人影はない。そちらにあるのは鉢に植わったサボテンだけ―――なのに、
───目が、合った。
「………は?」
柊は目を瞬く。そちらに歩み寄り、身を屈めて、まじまじと“それ”を見遣った。
幼児の背丈ほどのサボテン。丸い茎、その上の丸い瘤には、大輪の赤い花が咲いている。茎の左右から伸びる枝―――それとも、これは平たい瘤なのだろうか。そのフォルムは、まるで、赤い帽子を被り、両手を広げているようにも見える。───と、いうか―――
「………顔?」
その、帽子を被った頭部に当たる瘤には―――確かに、顔があった。
つぶらな両の目に、笑みの形に弧を描いた口。どこかユーモラスな、見ようによっては可愛いといえる顔。
誰かが、人型に見えるフォルムのサボテンに悪戯描きした―――そうとも見える。
だが―――しかし、落描きの目と視線ががっちりあったまま、ということは、ありえるのか。
「………人面サボテン?」
思わず、それを指さして柊は呟く。
瞬間―――左右に延びたその枝の片方が、“動いた”。
触れる、柊の指先と枝先の指のような棘。―――さながら洋画の少年と地球外生命体のようなコンタクトは───ぷす、とどこかコミカルな効果音を伴った。
「―――っでぇっ!?」
柊は慌てて指を引く―――というか、痛みで身を仰け反らせる。
「ヒトを指さしちゃ、いけないんですよ」
幼い子供のような声で、加害者である“それ”はそう言った。
「人を棘で刺すのはいいんかいっ! っていうか、何なんだお前!?」
痛いやら訳がわからないやらで柊がそう叫べば、“それ”は暢気な口調で答える。
「悪い子にはハリセンボン。ぼく、サボテン君」
「―――って、名前まんまかっ!?」
わかりやすいといえば聞こえはいいが、あんまりなネーミングに思わず柊はツッコんだ。
そのツッコミをさらりと流し、サボテンが問う。
「そーゆーきみは、だれですか」
「俺は、柊。柊蓮司」
と、答えてから、訳のわからない不思議生命体をまともに相手にしている自分に気づいて、思わず凹む。
───いや、変な知り合いは、今までにもいたし―――
柊はそう自分を慰めようとして―――容易に“変な知り合い”が思い描ける自身の交友・対人関係に、余計に凹んだ。
しかし、現状、いつまでも凹んでいられない。
はあ、と一つ息をついて、気持ちを切り替えた。―――とりあえず、話せるということは、情報を聞きだせるということだ。
「なあ、サボテン。ここ、お前の家なのか?」
「ここは、ユウの家。ぼくはユウの家族、ですよ」
柊の質問に、サボテンは相変わらず暢気な口調でそう答える。
「その、ユウってやつは今どこに?」
下か? と問えば、サボテンはその腕―――のような枝だか瘤だか―――で、真っ直ぐに柊を示して、言った。
「―――そこにいる」
柊は思わず背後を振り返る。しかし、誰もいない。
「………誰もいないじゃねぇか」
「ちがう」
漏れた呟きに返る、短い否定の言葉。―――何が違うのか。柊は眉をしかめて、サボテンに向き直る。
と、その視線が、柊の背後ではなく―――柊の抱えたものに向けられていることに気づいた。
飛び起きた時から抱えたままだった魔剣―――これがどうかしたのかと、柊はまじまじと魔剣を見つめる。
紛れもなく、自身の半身であり相棒である刃。柄に抱いた赤い宝玉。古き言葉を文様のように刻んだ長大な白刃。―――その刃の柄元に嵌った玉。
「………あ?」
見慣れた相棒に見慣れぬものを見つけて、柊は思わず呻く。―――この剣の刃に、こんなものはなかったはずだ。
それは、清んだ空のような青い玉だった。蜂蜜色、というべき金の縁取りが、白金の刃に映える。
と───つい最近、こんな色を見た、と思い出す。
「―――これ………あいつの………」
呆然と、柊は呟く。その色は紛れもなく、柊を助けてくれたあの少年の瞳と髪の色。
そして、仄かにその玉から感じるその気配(プラーナ)―――それは、確かに、あの少年のもの。
「―――ここは………?」
柊は自分の位置を把握できずに呟いて―――つい最近、同じような言葉を呟いたことを思い出した。
暗闇の中で会った少年。残るというのを抱えて半ば無理やり連れ出して―――今、仰向けに横たわった身体の上に、重み。
「―――っ! お前、無事っ………!?」
首を起こして言いかけ、柊は不自然に言葉を切る。―――自身の身体の上にあったものを見て。
「………魔剣………?」
己の上にあったものを抱えて身を起こす。それはあの金髪の少年ではなく、己の相棒たる魔剣だった。
「―――あいつは………!?」
少年の姿を探して、辺りを見回す。
柊が横たわっていたのは、質素な寝台。部屋の一段奥まったところに備え付けられたものらしく、枕元と足元、右手は壁に囲われ、開いているのは左手の空間だけ。
その唯一開いた方を見遣るも、見える範囲に少年の姿は見当たらない。
「―――どこに………!?」
まさか、あの闇の中に置いて来てしまったのか。助けられなかったのか。―――そんな焦燥と危惧を抱いて、柊は魔剣を抱いたまま寝台から出て立ち上がる。改めて辺りを見回した。
カントリー調の部屋。あるのは、寝台とナイトテーブル、寝台のすぐ傍の壁際に観葉植物らしいサボテン。寝台から離れた所の壁に窓が一つ。陽光の角度からして、おそらく今は早朝、覗き見える木の枝の具合からして、ここは二階だろうか、と柊はあたりをつけた。
その窓のある壁際から寝台の方に向けて下るような形で、階下への階段。寝台のすぐ脇からも、手すり越しに階下が覗ける形だ―――角度的に見えるのは階段だけだが。
もしや下に―――そんな期待混じりの思いを抱えて、階段口の方へと手すりを回り込もうとして―――
「―――っ!?」
弾かれたように振り返った。―――誰かの視線を感じて。
しかし、やはり室内に人影はない。そちらにあるのは鉢に植わったサボテンだけ―――なのに、
───目が、合った。
「………は?」
柊は目を瞬く。そちらに歩み寄り、身を屈めて、まじまじと“それ”を見遣った。
幼児の背丈ほどのサボテン。丸い茎、その上の丸い瘤には、大輪の赤い花が咲いている。茎の左右から伸びる枝―――それとも、これは平たい瘤なのだろうか。そのフォルムは、まるで、赤い帽子を被り、両手を広げているようにも見える。───と、いうか―――
「………顔?」
その、帽子を被った頭部に当たる瘤には―――確かに、顔があった。
つぶらな両の目に、笑みの形に弧を描いた口。どこかユーモラスな、見ようによっては可愛いといえる顔。
誰かが、人型に見えるフォルムのサボテンに悪戯描きした―――そうとも見える。
だが―――しかし、落描きの目と視線ががっちりあったまま、ということは、ありえるのか。
「………人面サボテン?」
思わず、それを指さして柊は呟く。
瞬間―――左右に延びたその枝の片方が、“動いた”。
触れる、柊の指先と枝先の指のような棘。―――さながら洋画の少年と地球外生命体のようなコンタクトは───ぷす、とどこかコミカルな効果音を伴った。
「―――っでぇっ!?」
柊は慌てて指を引く―――というか、痛みで身を仰け反らせる。
「ヒトを指さしちゃ、いけないんですよ」
幼い子供のような声で、加害者である“それ”はそう言った。
「人を棘で刺すのはいいんかいっ! っていうか、何なんだお前!?」
痛いやら訳がわからないやらで柊がそう叫べば、“それ”は暢気な口調で答える。
「悪い子にはハリセンボン。ぼく、サボテン君」
「―――って、名前まんまかっ!?」
わかりやすいといえば聞こえはいいが、あんまりなネーミングに思わず柊はツッコんだ。
そのツッコミをさらりと流し、サボテンが問う。
「そーゆーきみは、だれですか」
「俺は、柊。柊蓮司」
と、答えてから、訳のわからない不思議生命体をまともに相手にしている自分に気づいて、思わず凹む。
───いや、変な知り合いは、今までにもいたし―――
柊はそう自分を慰めようとして―――容易に“変な知り合い”が思い描ける自身の交友・対人関係に、余計に凹んだ。
しかし、現状、いつまでも凹んでいられない。
はあ、と一つ息をついて、気持ちを切り替えた。―――とりあえず、話せるということは、情報を聞きだせるということだ。
「なあ、サボテン。ここ、お前の家なのか?」
「ここは、ユウの家。ぼくはユウの家族、ですよ」
柊の質問に、サボテンは相変わらず暢気な口調でそう答える。
「その、ユウってやつは今どこに?」
下か? と問えば、サボテンはその腕―――のような枝だか瘤だか―――で、真っ直ぐに柊を示して、言った。
「―――そこにいる」
柊は思わず背後を振り返る。しかし、誰もいない。
「………誰もいないじゃねぇか」
「ちがう」
漏れた呟きに返る、短い否定の言葉。―――何が違うのか。柊は眉をしかめて、サボテンに向き直る。
と、その視線が、柊の背後ではなく―――柊の抱えたものに向けられていることに気づいた。
飛び起きた時から抱えたままだった魔剣―――これがどうかしたのかと、柊はまじまじと魔剣を見つめる。
紛れもなく、自身の半身であり相棒である刃。柄に抱いた赤い宝玉。古き言葉を文様のように刻んだ長大な白刃。―――その刃の柄元に嵌った玉。
「………あ?」
見慣れた相棒に見慣れぬものを見つけて、柊は思わず呻く。―――この剣の刃に、こんなものはなかったはずだ。
それは、清んだ空のような青い玉だった。蜂蜜色、というべき金の縁取りが、白金の刃に映える。
と───つい最近、こんな色を見た、と思い出す。
「―――これ………あいつの………」
呆然と、柊は呟く。その色は紛れもなく、柊を助けてくれたあの少年の瞳と髪の色。
そして、仄かにその玉から感じるその気配(プラーナ)―――それは、確かに、あの少年のもの。
───何が起こるか、わからないよ!?―――
光の柱に二人で入った時、少年は確かにそう言っていた。しかし―――
───まさか、これ―――
自身の想像に、柊が凍りついた時―――幼いような声が、暢気な口調で、言った。
───まさか、これ―――
自身の想像に、柊が凍りついた時―――幼いような声が、暢気な口調で、言った。
「ユウ―――おかえり」
はっとなって柊が見た先で、サボテンはただ真っ直ぐにその玉を見つめていた。
───お兄さんを助けるには、お兄さんに僕の場所を渡すしかないんだ―――
少年は、そうも言っていた。
サボテンのその視線に、その言葉に、柊は理解する。普通ならありえないと、思う端から切って捨ててしまうようなその事態を。
この、金に縁取られた青い玉が―――あの少年なのだと。
そして、サボテンの言うユウとは、彼のことで―――ここは、彼の家なのだと。
そして、サボテンの言うユウとは、彼のことで―――ここは、彼の家なのだと。
「―――なんで………」
柊は思わず唇を噛む。鉄の味が、自責と悔しさを伴って、口の中に広がった。
あの時、少年はリスクを指摘したのに。そのリスクは、それを無視した柊ではなく、彼の方にかかってしまった。―――この事態は紛れもなく柊の咎だ。
───なんであの時、もっと別の方法を考えなかった!―――
あの闇に長くいるのが危険だったとしても―――もう少し何か考えれば、二人とも、もっと安全に脱出する方法があったのではないか。そう、己の短慮を責めずにいられない。
と、立ち尽くす柊に、のんびりとした声がかかった。
「ありがとう、ですよ」
「―――え?」
かけられた言葉の意味がわからず、柊は声の主を見つめた。
見つめる先で、不思議なその生き物は、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「ユウ、消えなかった。柊が連れて帰ってきてくれた。だから、柊にありがとう、ですよ」
余りにも単純な―――真っ直ぐな、感謝の言葉。それに、柊は当惑する。
「………こんなんなっちまったのに?」
「どんなカタチでも、ユウはユウ。だからよし」
なんだか偉そうな口調で、サボテンはそう言い切った。
───どんなカタチでも―――
柊は、手にした魔剣、その青い玉を見つめる。―――仄かに、だが確かに感じる、その存在(プラーナ)。
「………そうだな」
柊は頷く。―――彼は―――ユウは、まだ消えていない。存在を失った訳ではない。ならば、まだ―――何か、方法があるかもしれない。
やり直せない過去を悔いるより―――今、これからできることを考えよう。
そう、気持ちを持ち直して―――意識が前を向いて、はた、と気づく。
目の前の珍妙な生き物。それは、柊の知る、どんな生命、魔性にも当てはまらない。
と、いうか、そもそも―――
「………ここって………どこだよ?」
「だから、ユウの家」
「いやそういうことじゃなくて」
呟きに律儀に答えてきたサボテンへツッコみつつ、柊は思い出す。
ユウがあの闇の中で言っていた「ここはファ・ディールの人間界と妖精界の境界」という言葉を。
つまり―――ファ・ディールとは、『人間界』と『妖精界』を内包する場所。しかし、仮にも、『界』とつくものを内包する以上、それがただの地名でもあるまい。
即ち、ファ・ディールとは、一つの世界の名前。―――柊の知らない、異世界の名前。
柊は思わず唇を噛む。鉄の味が、自責と悔しさを伴って、口の中に広がった。
あの時、少年はリスクを指摘したのに。そのリスクは、それを無視した柊ではなく、彼の方にかかってしまった。―――この事態は紛れもなく柊の咎だ。
───なんであの時、もっと別の方法を考えなかった!―――
あの闇に長くいるのが危険だったとしても―――もう少し何か考えれば、二人とも、もっと安全に脱出する方法があったのではないか。そう、己の短慮を責めずにいられない。
と、立ち尽くす柊に、のんびりとした声がかかった。
「ありがとう、ですよ」
「―――え?」
かけられた言葉の意味がわからず、柊は声の主を見つめた。
見つめる先で、不思議なその生き物は、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「ユウ、消えなかった。柊が連れて帰ってきてくれた。だから、柊にありがとう、ですよ」
余りにも単純な―――真っ直ぐな、感謝の言葉。それに、柊は当惑する。
「………こんなんなっちまったのに?」
「どんなカタチでも、ユウはユウ。だからよし」
なんだか偉そうな口調で、サボテンはそう言い切った。
───どんなカタチでも―――
柊は、手にした魔剣、その青い玉を見つめる。―――仄かに、だが確かに感じる、その存在(プラーナ)。
「………そうだな」
柊は頷く。―――彼は―――ユウは、まだ消えていない。存在を失った訳ではない。ならば、まだ―――何か、方法があるかもしれない。
やり直せない過去を悔いるより―――今、これからできることを考えよう。
そう、気持ちを持ち直して―――意識が前を向いて、はた、と気づく。
目の前の珍妙な生き物。それは、柊の知る、どんな生命、魔性にも当てはまらない。
と、いうか、そもそも―――
「………ここって………どこだよ?」
「だから、ユウの家」
「いやそういうことじゃなくて」
呟きに律儀に答えてきたサボテンへツッコみつつ、柊は思い出す。
ユウがあの闇の中で言っていた「ここはファ・ディールの人間界と妖精界の境界」という言葉を。
つまり―――ファ・ディールとは、『人間界』と『妖精界』を内包する場所。しかし、仮にも、『界』とつくものを内包する以上、それがただの地名でもあるまい。
即ち、ファ・ディールとは、一つの世界の名前。―――柊の知らない、異世界の名前。
「―――って、また異世界かよぉぉぉぉぉおおおッ!?」
思わずそう絶叫した柊に、
「新しい家族は、ちょっとうるさいです。まる」
サボテンが、呆れたようなニュアンスを滲ませて、そうボソリと呟いた。
「新しい家族は、ちょっとうるさいです。まる」
サボテンが、呆れたようなニュアンスを滲ませて、そうボソリと呟いた。
《キョウリ ~Hometown/Image~》
とりあえず、異世界に来てしまったという状況は理解した。理解したのだが―――
「なんで、いきなり異世界にいんだよ、俺………?」
柊は寝台に腰掛けて呻く。異世界に来た―――あの闇に落ちたきっかけが、どうしても思い出せない。
ユウは言っていた。あの闇は、全てを曖昧にする、と。僅かな間ながら、あそこにいたことで、柊の記憶は一部曖昧になってしまったらしい。
ここ数日の記憶を辿って、思い出そうとするのだが―――
「アンゼロットに拉致られて、依頼こなして………で、家に帰る途中で………?」
そこで、記憶が切れている。誰かに声をかけられた気がするのだが―――誰だったか。
引っかかって抜けない棘のような不快感ともどかしさ。―――忘れてはいけないことを忘れているような―――
「―――だぁっ、思い出せねぇぇぇぇえええッ!」
叫んで頭を掻き毟る。―――ここで悶々と考えても、何かきっかけがない限り、思い出せそうもないと、このことは一時棚上げにする。
「とりあえず―――ここがどういうとこか、知っとかねぇとな」
ユウを元に戻す術を求めるにしても、元の世界に帰る手段を求めるにしても、この世界のことを知っておかねば話にならない。
「なあ、サボテン。今、ここに住んでるのはお前だけなのか?」
「ちがう」
即答で否定され、柊は目を瞬く。
「じゃあ―――他のやつは今どこに?どんなやつなんだ?」
そう訊けば、サボテンは魔剣を抱えた柊の方を見て、
「目の前。一人は青のまん丸になって剣にはまってる。もう一人は目つき悪くて、ちょっとうるさい」
「―――って、ユウと俺かよ!? っていうか、俺も勘定に入ってるのか!?」
あと、目つき悪いとかうるさいとか余計だ!? とツッコむ柊に、サボテンは一言。
「柊も、家族。ユウが連れて来たから」
その言葉に、柊はそれ以上の文句を飲み込んだ。代わりに、苦笑気味に言った。
「………そう、か。そうだな。………じゃあ、しばらくやっかいになるぜ」
どの道、帰り方がわかるまでの住居は必要なのだし、このサボテンの家族―――ユウを魔剣に嵌めたまま何処かへ連れ去るわけにも行かない。少なくとも、彼を元に戻すまでは、ここを拠点に行動するべきだと思った。
「おー、そーしろー」
サボテンは間延びした声で答える。元々口調が淡々としているので、棒読みにも聞こえるが―――彼なりの歓迎の言葉なのだろう、多分。
「じゃあ、早速、家の中見せてもらっていいか?」
「うむ、許可。―――うむ、とか言うと、ちょっとえらそう、ですよ」
自分の台詞に、ちょっと感慨深げになるサボテンを、柊は流す。どうツッコんでいいかわからないし。
とりあえず許可を得たので、早速寝台から立ち上がった。
二階は先程眺め回したので、とりあえずはまだ見ていない一階を見に行くことにする。
魔剣を右手に下げたまま、階段を下った。―――別に、何かを警戒しているわけではない。少年の姿が変わったものである玉を嵌めた魔剣。それをそのまま月衣にしまうのを、何となく躊躇っただけである。
下ってすぐは食堂を兼ねた居間だった。暖炉、積み上げられた薪、ダイニングテーブル、食器棚、カーテンで仕切られたキッチン、ドアが二つ。
軽く台所を覗くも、あるのは調理道具や食器の類だけだった。
残るは、二つのドア。―――玄関らしいドアは後回しにして、もう一つの方のドアを開ける。
その部屋は本棚と机が置かれた書斎だった。全体的に雑然としているのと、ドア脇の棚には本以外のものも並んでいるために、書斎というより物置のようにも見えるが。
蔵書量はかなりのもの。この世界のことを知る貴重な資料―――と、言いたいところなのだが、
「………文字は翻訳されねぇもんな………」
思わずぼやく。ウィザードのまとう月衣は、会話だったら異なる言語でもある程度自動的に翻訳してくれるが、さすがに視覚的な情報まではフォローしてくれない。事実、机に置かれた本の表紙のタイトルも、柊には謎の記号にしか見えない。
と、手にしたままだった魔剣から、同調するような感覚があって―――途端、意味不明の記号の羅列に、柊にも理解できる文字が重なって見えた。
『世界辞典』―――確かに、そう読めた。
「―――は?」
いきなりの変化に、柊は面食らう。思わずまじまじと魔剣を―――その刃に嵌った青い玉を見遣った。
「………お前が翻訳してくれてんのか?」
玉に何の変化もなく、響く声もなく、ただ、魔剣越しに肯定する意志のようなものだけを感じた。
「………なおさら、月衣にしまえねぇな、魔剣」
同調を通じて文字を翻訳してくれるなら、直接身につけていた方が良い。そもそも、僅かながらも意志を残しているらしい彼を、魔剣ごと月衣に放り込むのはかなり気が引ける。―――まあ、意志があるというなら、魔剣自身にも意志はあるのだが。
「となると、鞘がいるよな………」
背に負うにしろ腰に帯びるにしろ、まさか抜き身のままというわけにはいかない。
とりあえず、その問題は後で考えるとして、柊は目の前の本―――『世界辞典』を手に取ってみる。
随分と読み込まれているらしいその本は、開き癖がついていて、ぱらぱらとめくっているうち、自然とあるページで止まった。
見開きの絵が描かれたページ。―――虚空に浮かぶ、大樹の絵。
「―――これ………!」
その絵を―――光景を、柊は知っていた。
あの闇から抜け出したあの時―――墜ちるような感覚の中で、この樹を確かに見た。
「なんで、いきなり異世界にいんだよ、俺………?」
柊は寝台に腰掛けて呻く。異世界に来た―――あの闇に落ちたきっかけが、どうしても思い出せない。
ユウは言っていた。あの闇は、全てを曖昧にする、と。僅かな間ながら、あそこにいたことで、柊の記憶は一部曖昧になってしまったらしい。
ここ数日の記憶を辿って、思い出そうとするのだが―――
「アンゼロットに拉致られて、依頼こなして………で、家に帰る途中で………?」
そこで、記憶が切れている。誰かに声をかけられた気がするのだが―――誰だったか。
引っかかって抜けない棘のような不快感ともどかしさ。―――忘れてはいけないことを忘れているような―――
「―――だぁっ、思い出せねぇぇぇぇえええッ!」
叫んで頭を掻き毟る。―――ここで悶々と考えても、何かきっかけがない限り、思い出せそうもないと、このことは一時棚上げにする。
「とりあえず―――ここがどういうとこか、知っとかねぇとな」
ユウを元に戻す術を求めるにしても、元の世界に帰る手段を求めるにしても、この世界のことを知っておかねば話にならない。
「なあ、サボテン。今、ここに住んでるのはお前だけなのか?」
「ちがう」
即答で否定され、柊は目を瞬く。
「じゃあ―――他のやつは今どこに?どんなやつなんだ?」
そう訊けば、サボテンは魔剣を抱えた柊の方を見て、
「目の前。一人は青のまん丸になって剣にはまってる。もう一人は目つき悪くて、ちょっとうるさい」
「―――って、ユウと俺かよ!? っていうか、俺も勘定に入ってるのか!?」
あと、目つき悪いとかうるさいとか余計だ!? とツッコむ柊に、サボテンは一言。
「柊も、家族。ユウが連れて来たから」
その言葉に、柊はそれ以上の文句を飲み込んだ。代わりに、苦笑気味に言った。
「………そう、か。そうだな。………じゃあ、しばらくやっかいになるぜ」
どの道、帰り方がわかるまでの住居は必要なのだし、このサボテンの家族―――ユウを魔剣に嵌めたまま何処かへ連れ去るわけにも行かない。少なくとも、彼を元に戻すまでは、ここを拠点に行動するべきだと思った。
「おー、そーしろー」
サボテンは間延びした声で答える。元々口調が淡々としているので、棒読みにも聞こえるが―――彼なりの歓迎の言葉なのだろう、多分。
「じゃあ、早速、家の中見せてもらっていいか?」
「うむ、許可。―――うむ、とか言うと、ちょっとえらそう、ですよ」
自分の台詞に、ちょっと感慨深げになるサボテンを、柊は流す。どうツッコんでいいかわからないし。
とりあえず許可を得たので、早速寝台から立ち上がった。
二階は先程眺め回したので、とりあえずはまだ見ていない一階を見に行くことにする。
魔剣を右手に下げたまま、階段を下った。―――別に、何かを警戒しているわけではない。少年の姿が変わったものである玉を嵌めた魔剣。それをそのまま月衣にしまうのを、何となく躊躇っただけである。
下ってすぐは食堂を兼ねた居間だった。暖炉、積み上げられた薪、ダイニングテーブル、食器棚、カーテンで仕切られたキッチン、ドアが二つ。
軽く台所を覗くも、あるのは調理道具や食器の類だけだった。
残るは、二つのドア。―――玄関らしいドアは後回しにして、もう一つの方のドアを開ける。
その部屋は本棚と机が置かれた書斎だった。全体的に雑然としているのと、ドア脇の棚には本以外のものも並んでいるために、書斎というより物置のようにも見えるが。
蔵書量はかなりのもの。この世界のことを知る貴重な資料―――と、言いたいところなのだが、
「………文字は翻訳されねぇもんな………」
思わずぼやく。ウィザードのまとう月衣は、会話だったら異なる言語でもある程度自動的に翻訳してくれるが、さすがに視覚的な情報まではフォローしてくれない。事実、机に置かれた本の表紙のタイトルも、柊には謎の記号にしか見えない。
と、手にしたままだった魔剣から、同調するような感覚があって―――途端、意味不明の記号の羅列に、柊にも理解できる文字が重なって見えた。
『世界辞典』―――確かに、そう読めた。
「―――は?」
いきなりの変化に、柊は面食らう。思わずまじまじと魔剣を―――その刃に嵌った青い玉を見遣った。
「………お前が翻訳してくれてんのか?」
玉に何の変化もなく、響く声もなく、ただ、魔剣越しに肯定する意志のようなものだけを感じた。
「………なおさら、月衣にしまえねぇな、魔剣」
同調を通じて文字を翻訳してくれるなら、直接身につけていた方が良い。そもそも、僅かながらも意志を残しているらしい彼を、魔剣ごと月衣に放り込むのはかなり気が引ける。―――まあ、意志があるというなら、魔剣自身にも意志はあるのだが。
「となると、鞘がいるよな………」
背に負うにしろ腰に帯びるにしろ、まさか抜き身のままというわけにはいかない。
とりあえず、その問題は後で考えるとして、柊は目の前の本―――『世界辞典』を手に取ってみる。
随分と読み込まれているらしいその本は、開き癖がついていて、ぱらぱらとめくっているうち、自然とあるページで止まった。
見開きの絵が描かれたページ。―――虚空に浮かぶ、大樹の絵。
「―――これ………!」
その絵を―――光景を、柊は知っていた。
あの闇から抜け出したあの時―――墜ちるような感覚の中で、この樹を確かに見た。
───わたしを、求めてください―――
祈るような、その声を確かに聞いた。
「―――“マナの木”………」
絵に添えられたそのタイトルを、柊は囁くような声音で、呟いた。
◇ ◆ ◇
その、『世界辞典』にざっと目を通してわかったこと。
やはり、ここは“ファ・ディール”という世界であり、人間界と妖精界の二つに分かれているということ。
この世界には、“マナ”と呼ばれる力があり、それが全ての根幹だとされていること。―――このマナは、柊の世界で言う、存在の力(プラーナ)のようなものだろう。
そして、そのマナを源ともいえる存在が、“マナの木”というものだということ。
このマナの木は、かつてこの世界を創世した“マナの女神”が転じた姿で、しかし、その木は過去の戦乱の最中に焼け落ち、既に存在しないとされているということ。
「………存在しない木、か」
女神が姿を転じたという聖木。―――もしも、柊が見たあの木がマナの木なら、あの声は―――女神のものだったのだろうか。
「―――って、こんなとこで考えててもわかんねぇか」
本から顔を上げて、軽く頭を振る。―――と、その拍子に、書斎の奥にある窓の外を、何かが通ったのが、カーテンの隙間から見えた。
「………なんだ?」
本を閉じて、窓辺に寄る。カーテンを開いて窓の外を見遣れば、玄関のある方向に、緑色の何かがゆったりとした動きで進んでいくのが見えた。
書斎を出て、玄関へ。その扉は滑らかに開いて、柊を外へと誘った。
緩やかな風となって、朝霧を含んだ外気が柊の頬を撫でる。―――と、
「こんにちは」
出てすぐ、そこにいたのは―――緑色の、子供ほどの小さな生き物だった。
全身を葉に包んだその姿は、童話に出てくる草木の精が、そのまま絵本から飛び出してきたように見える。
「ぼくね、草人」
その草木の精は、そう名乗り、首を傾けた。
「世界はイメージでできてるんだって。知ってた?」
「………は?」
無邪気な―――しかし、あまりに唐突な言葉に、柊は思わず間の抜けた声を漏らした。
「………イメージ?」
「そう。そこにあると思うから、あるんだって」
鸚鵡返しに呟いた柊に、草人はそう答えて、その小さな手に持ったものを柊に差し出す。
それは、色とりどりの積み木で作られた家々―――質素で小さな町のミニチュア。差し出す草人の様子には、何の意図も窺えない。
「これが、ドミナの町だよ」
ただ、そうその積み木の町の名を告げた。
受け取る理由は見当たらないが―――固辞する理由もなかった。目の前のこの相手はこの上なく不可思議だが、邪気や悪意とは無縁の存在だと、そのプラーナから感じ取れたから。
結局、柊は、逡巡の後、その小さな町を手に取った。───瞬間、
やはり、ここは“ファ・ディール”という世界であり、人間界と妖精界の二つに分かれているということ。
この世界には、“マナ”と呼ばれる力があり、それが全ての根幹だとされていること。―――このマナは、柊の世界で言う、存在の力(プラーナ)のようなものだろう。
そして、そのマナを源ともいえる存在が、“マナの木”というものだということ。
このマナの木は、かつてこの世界を創世した“マナの女神”が転じた姿で、しかし、その木は過去の戦乱の最中に焼け落ち、既に存在しないとされているということ。
「………存在しない木、か」
女神が姿を転じたという聖木。―――もしも、柊が見たあの木がマナの木なら、あの声は―――女神のものだったのだろうか。
「―――って、こんなとこで考えててもわかんねぇか」
本から顔を上げて、軽く頭を振る。―――と、その拍子に、書斎の奥にある窓の外を、何かが通ったのが、カーテンの隙間から見えた。
「………なんだ?」
本を閉じて、窓辺に寄る。カーテンを開いて窓の外を見遣れば、玄関のある方向に、緑色の何かがゆったりとした動きで進んでいくのが見えた。
書斎を出て、玄関へ。その扉は滑らかに開いて、柊を外へと誘った。
緩やかな風となって、朝霧を含んだ外気が柊の頬を撫でる。―――と、
「こんにちは」
出てすぐ、そこにいたのは―――緑色の、子供ほどの小さな生き物だった。
全身を葉に包んだその姿は、童話に出てくる草木の精が、そのまま絵本から飛び出してきたように見える。
「ぼくね、草人」
その草木の精は、そう名乗り、首を傾けた。
「世界はイメージでできてるんだって。知ってた?」
「………は?」
無邪気な―――しかし、あまりに唐突な言葉に、柊は思わず間の抜けた声を漏らした。
「………イメージ?」
「そう。そこにあると思うから、あるんだって」
鸚鵡返しに呟いた柊に、草人はそう答えて、その小さな手に持ったものを柊に差し出す。
それは、色とりどりの積み木で作られた家々―――質素で小さな町のミニチュア。差し出す草人の様子には、何の意図も窺えない。
「これが、ドミナの町だよ」
ただ、そうその積み木の町の名を告げた。
受け取る理由は見当たらないが―――固辞する理由もなかった。目の前のこの相手はこの上なく不可思議だが、邪気や悪意とは無縁の存在だと、そのプラーナから感じ取れたから。
結局、柊は、逡巡の後、その小さな町を手に取った。───瞬間、
───色とりどりの積み木を積み上げたような、質素だが暖かな町並みが脳裏に浮かんだ。
同時に、風が吹き抜けて、朝霧を辺りから払っていく。
柊が立っていたのは、小高い丘の上だった。今出てきた玄関から、丘の下へと道が続いている。
霧が晴れた道の先に、町並みが見えた。
遠くに、小さく見えるその町は―――まるで、色とりどりの積み木を積み上げたようにも見える。
柊が立っていたのは、小高い丘の上だった。今出てきた玄関から、丘の下へと道が続いている。
霧が晴れた道の先に、町並みが見えた。
遠くに、小さく見えるその町は―――まるで、色とりどりの積み木を積み上げたようにも見える。
その町並みに、何ともいえない感傷が、柊の胸を満たす。
───帰ってきた―――
そんな、帰郷の念と共に、
───帰りたい―――
そう、郷愁を掻き立てる、そんな町並み。
そこは、多くの人々が交わる町。訪れる所。帰る処。旅立ちの場所。
「―――ドミナ………」
零れ落ちるように―――柊の唇から、その名が呟かれる。
それは―――始まりの町の名前。