02.マヨエルモノタチ
《セキ持つ者達 ~Jewels/Obligation~》
「いい町だな、ここは」
暖かな町並みと安穏な空気、道行く人々の明るい顔を見て、柊はそう独り言(ご)ちた。
あの不思議な草人という生き物と話した後、柊はざっとユウの家の敷地内を見て回ってから、晴れた霧の先に現れた丘の下の町に向かった。ユウの家には家財道具の類は一通りそろっていたが、食料などは全くなかったため、買出しに来る必要があったのだ。
買出しの軍資金は、サボテンが教えてくれたユウの隠し金庫から拝借したものである。最初は気が咎めたのだが、開けた先に金と一緒に入っていた『どうぞご自由にお使い下さい♪』とのメモ紙に脱力して、遠慮なく使わせてもらうことにしたのだった。
ユウの家から町までは、柊の足で歩いて約二時間半と、それなりに距離があった。『ドミナ』と町の名を記したアーチをくぐった今、丁度町の店が動き始める時間帯だった。
入ってすぐには、宿屋や酒場、道具屋など、旅人向けの店が立ち並んでいた。道行く旅人や店員達の表情は穏やかだが、彼らの殆どは、柊の目から見て“人間”とは称しにくい姿をしていた。
動物の耳や尻尾を持つ獣人、植物と人が混じったような姿の者、昆虫を思わせる殻や翅(はね)を持つ者など、様々な姿が町並みを飾っている。彼らは互いの姿を奇異に見たり、差別するような素振りもない。その様子に、この世界の住人の姿は実に多種多様なのだと柊は察した。
そもそも、喋るサボテンや草木の精のような姿の生き物もいる世界である。これぐらいでは、今更驚くに値しない。
柊はまず、布を巻きつけて背に負ってきた魔剣の鞘をどうにかしなければならないと、武具を扱う店を探し――
「――おい!」
響いた怒鳴り声に足を止め、声の方を振り返った。
「……タマネギ?」
思わず、そんな呟きが柊の口から漏れる。
そこにいたのは、大きなタマネギのような……というか紛うことなくタマネギ以外の何にも見えない頭部に、小柄な人の身体を持つ生き物。
「名前くらい名乗れよ!」
そのタマネギ人間とでも称すべきその生き物は、自身の目の前で背を向けた相手にそう怒鳴る。
怒鳴られた相手は、長身痩躯の青年。柊とそう年は変わらないように見える。ざらりとした素材の帽子とマント。端整な面立ちの半ばを隠す、緑がかった黒の前髪。マントに隠れているが、その腰には剣を帯びているようだった。
青年は一瞥するように相手を振り返る。その胸元に、陽光を照り返す蒼い輝き。
握り拳ほどもあろうかという蒼い宝石。襟元が大きく開いた服の胸元、直接素肌に張り付いているか、埋まっているかのように見えた。
その宝石と同じ色の眼差しを剣呑に細め、青年は一言、
「――瑠璃だ」
そう名を告げて、すぐ脇の店の中へと姿を消した。
「……ちっ、気分悪ぃなぁ……」
残されたタマネギ人間は、短く舌打ちして踵を返し――その拍子に柊と目が合う。途端、纏っていた怒気が霧散した。
「おー、見ない顔だね? 旅の人?」
「あ? あ、ああ……まあ……」
さっきまで怒鳴り散らしていた相手にいきなりフレンドリーな口調で話しかけられ、柊は思わず面食らう。まあ、絡まれるよりはよほどいいのだが。
タマネギ人間は、腰に帯びていた簡素な作りの剣を示して、
「おれはタマネギ剣士のドゥエルさー! キミは、えーと、チャボくんかい?」
「誰だよチャボって!? 思いっきり初対面なのにあてずっぽで変な名前付けんな!?」
思わずツッコめば、ドゥエルは楽しげな声で笑う。
「あっはっはー、キミ、ノリいいねー。そういうのは大好きさー!」
名前は? と改めて名を問われ、柊は疲れた声で答える。
「俺は柊。柊蓮司」
「柊くんかー。よろしくさー!」
あまりに懐っこく友好的なドゥエルの様子に、柊は釈然としない気分だった。こちらが地だとすれば、先程の怒鳴りっぷりは、よほど腹に据えかねることがあったのだろうか。
「なぁ、さっき、何か怒鳴ってたけど……」
思わずそう問えば、ドゥエルは途端にむすっとした声で、
「そーなんだよ、失礼なやつがいてさー! 話すとちょっと長いんだけど……って、立ち話もなんだね」
と、怒気を収めて首を傾ける。
「これから、道具屋にいる茶飲み友達のとこに行くんだけれど、一緒にどうだい? そこ、日用雑貨だけじゃなくて武具も扱ってるから、旅に役立つものもあるかもしれないさー!」
その言葉に、柊は軽く身を乗り出す。
「武具……ってことは、鞘もあるよな?」
「当然さー!」
でも、鞘だけ? と首を傾げるドゥエルに、柊は苦笑しつつ、
「それなら一緒させてもらうぜ。案内してくれよ」
そう、誤魔化すように、先導を促した。
暖かな町並みと安穏な空気、道行く人々の明るい顔を見て、柊はそう独り言(ご)ちた。
あの不思議な草人という生き物と話した後、柊はざっとユウの家の敷地内を見て回ってから、晴れた霧の先に現れた丘の下の町に向かった。ユウの家には家財道具の類は一通りそろっていたが、食料などは全くなかったため、買出しに来る必要があったのだ。
買出しの軍資金は、サボテンが教えてくれたユウの隠し金庫から拝借したものである。最初は気が咎めたのだが、開けた先に金と一緒に入っていた『どうぞご自由にお使い下さい♪』とのメモ紙に脱力して、遠慮なく使わせてもらうことにしたのだった。
ユウの家から町までは、柊の足で歩いて約二時間半と、それなりに距離があった。『ドミナ』と町の名を記したアーチをくぐった今、丁度町の店が動き始める時間帯だった。
入ってすぐには、宿屋や酒場、道具屋など、旅人向けの店が立ち並んでいた。道行く旅人や店員達の表情は穏やかだが、彼らの殆どは、柊の目から見て“人間”とは称しにくい姿をしていた。
動物の耳や尻尾を持つ獣人、植物と人が混じったような姿の者、昆虫を思わせる殻や翅(はね)を持つ者など、様々な姿が町並みを飾っている。彼らは互いの姿を奇異に見たり、差別するような素振りもない。その様子に、この世界の住人の姿は実に多種多様なのだと柊は察した。
そもそも、喋るサボテンや草木の精のような姿の生き物もいる世界である。これぐらいでは、今更驚くに値しない。
柊はまず、布を巻きつけて背に負ってきた魔剣の鞘をどうにかしなければならないと、武具を扱う店を探し――
「――おい!」
響いた怒鳴り声に足を止め、声の方を振り返った。
「……タマネギ?」
思わず、そんな呟きが柊の口から漏れる。
そこにいたのは、大きなタマネギのような……というか紛うことなくタマネギ以外の何にも見えない頭部に、小柄な人の身体を持つ生き物。
「名前くらい名乗れよ!」
そのタマネギ人間とでも称すべきその生き物は、自身の目の前で背を向けた相手にそう怒鳴る。
怒鳴られた相手は、長身痩躯の青年。柊とそう年は変わらないように見える。ざらりとした素材の帽子とマント。端整な面立ちの半ばを隠す、緑がかった黒の前髪。マントに隠れているが、その腰には剣を帯びているようだった。
青年は一瞥するように相手を振り返る。その胸元に、陽光を照り返す蒼い輝き。
握り拳ほどもあろうかという蒼い宝石。襟元が大きく開いた服の胸元、直接素肌に張り付いているか、埋まっているかのように見えた。
その宝石と同じ色の眼差しを剣呑に細め、青年は一言、
「――瑠璃だ」
そう名を告げて、すぐ脇の店の中へと姿を消した。
「……ちっ、気分悪ぃなぁ……」
残されたタマネギ人間は、短く舌打ちして踵を返し――その拍子に柊と目が合う。途端、纏っていた怒気が霧散した。
「おー、見ない顔だね? 旅の人?」
「あ? あ、ああ……まあ……」
さっきまで怒鳴り散らしていた相手にいきなりフレンドリーな口調で話しかけられ、柊は思わず面食らう。まあ、絡まれるよりはよほどいいのだが。
タマネギ人間は、腰に帯びていた簡素な作りの剣を示して、
「おれはタマネギ剣士のドゥエルさー! キミは、えーと、チャボくんかい?」
「誰だよチャボって!? 思いっきり初対面なのにあてずっぽで変な名前付けんな!?」
思わずツッコめば、ドゥエルは楽しげな声で笑う。
「あっはっはー、キミ、ノリいいねー。そういうのは大好きさー!」
名前は? と改めて名を問われ、柊は疲れた声で答える。
「俺は柊。柊蓮司」
「柊くんかー。よろしくさー!」
あまりに懐っこく友好的なドゥエルの様子に、柊は釈然としない気分だった。こちらが地だとすれば、先程の怒鳴りっぷりは、よほど腹に据えかねることがあったのだろうか。
「なぁ、さっき、何か怒鳴ってたけど……」
思わずそう問えば、ドゥエルは途端にむすっとした声で、
「そーなんだよ、失礼なやつがいてさー! 話すとちょっと長いんだけど……って、立ち話もなんだね」
と、怒気を収めて首を傾ける。
「これから、道具屋にいる茶飲み友達のとこに行くんだけれど、一緒にどうだい? そこ、日用雑貨だけじゃなくて武具も扱ってるから、旅に役立つものもあるかもしれないさー!」
その言葉に、柊は軽く身を乗り出す。
「武具……ってことは、鞘もあるよな?」
「当然さー!」
でも、鞘だけ? と首を傾げるドゥエルに、柊は苦笑しつつ、
「それなら一緒させてもらうぜ。案内してくれよ」
そう、誤魔化すように、先導を促した。
◇ ◆ ◇
「はー、ついにドゥエルはんも、あのストーカー男の被害にあってしもたんやねー」
ずずっ、と茶を啜りつつ、ドゥエルの茶飲み友達は、しみじみとそう呟いた。
ティーポットとハトを足して二で割ったような、人間大の丸っこい容姿。笑みの形に細まった目のため表情はわかりにくいが、オーバーリアクションなために感情の動きはわかりやすい。名をティーポ――魔法で作られた人工的な生き物、量産型の“魔法生物”だという。
道具屋を併設した主人一家の住居。その居間で、柊はドゥエルと共に、ティーポにお茶を振舞われていた。
「うちも、あの兄ちゃんには追っかけまわされたり脅されたりして、エライ目ぇあわされたわー」
言いながら、その時のことを思い出したかのように、一つ身震いする。
「はー……災難だったなー、あんた」
「うぅ、ありがとーなぁ……あんたはエエ人で安心したわー。これ以上変なヤツ増えたらたまらんわー」
柊の同情の言葉に、ティーポはうんうん、と大きな身体を揺らして一人頷く。
ドゥエルとティーポの話では、先程の瑠璃という青年は、つい最近この町に現れた厄介者らしい。
誰彼構わず詰め寄って、訳のわからない質問をした挙句、知らないと答えれば「隠すつもりか!」と怒鳴り、「言うまで離れない」と尾(つ)け回す。本当に相手が知らないとわかると、「時間を無駄にした!」と怒鳴って立ち去っていくというのだから、理不尽極まりない。
「しっかし、柊はん、立派な剣持ってはるなー」
お茶と菓子が並んだテーブルに、場違いに置かれた一振りの長剣。それを見つめてティーポが呟く。
先程まで居間にいた店の主人・マークに鞘を頼むため、柊が魔剣の布を解いて出したのだ。そのマークは店に鞘を取りに行って、まだ戻っていない。
「特に、この赤と青の宝石! この輝き、この大きさ! かなりの値打ちもんやろ! うち、剣のことはようわからんけど、宝石はちょぉ目利きなんや」
柄に嵌った核の宝玉と、刃の柄元に嵌ったユウの宝玉を示して言うティーポの目に、若干危ないものを感じて、柊は慌てて剣を抱え込んだ。
「や、やらねぇぞ!?」
「そ、そんな警戒せんでも~。刳り抜いて盗(と)ろなんて思てへんて~」
「誰もそんなこと言ってないさ~。そう思ってたの?」
残念そうな声音で呟くティーポに、ドゥエルがツッコむ。
「なにゆーてはるのドゥエルはん! う、うちは別に……!」
慌てるティーポを無視して、ドゥエルはお茶を一口。そして、溜息混じりに呟く。
「けど、いい加減、あいつをどーにかしないと困るのさー。ユウがいたら、宥めるなりおだてるなり叩きのめすなりして、どうにかしてくれただろうに……」
「――ユウ!?」
ドゥエルの口から突然出てきたユウの名前に、柊は思わず立ち上がりながら叫んだ。
「ユウって、この町から見える丘にある一軒家の、金髪に青い目で、ちょっと小柄な……」
「え!? まさかユウ、帰ってきてるのか!?」
驚いた風にドゥエルも椅子を蹴って立ち上がる。
「い、いや……ちょっと、ここに来る前に会って……あいつの家、今俺が借りてるんだけど……」
言葉を選びつつ、しかし、嘘にならない程度に答えれば、ドゥエルは少し残念そうに席に着きつつ、しかし安堵のこもった声で、
「そうなのかー……でも、ユウ、無事だったんだな。長いこと音信不通だったから、旅先で何かあったのかと思って心配だったさー」
「……そうか……」
柊も、席に着き直りながら、呟く。
「あいつは、ちゃんと帰ってくるよ。――絶対」
必ず、人の姿に戻してみせる――その、決意を込めて。
「うちは会(お)うたことあらへんけど、そのユウって人、レイチェルはんとも友達なんやろ? その人帰ってきたら、レイチェルはんの引っ込み思案も直るかもしれへんねぇ」
柊の決意など知る由もなく、ティーポがのほほんと呟く。新しく出てきた名前に柊は首を傾げた。
「レイチェル?」
「うちの娘でして!」
勢いよく答えたのは、丁度店から戻ってきたマークだった。
クワガタを思わせる角に、肩や背を覆う硬そうな殻。なかなかの偉丈夫で、彫りが深く渋い顔立ちの持ち主だが、今はでれでれと相好を崩して、自らそれらを台無しにしていた。
「十六になる一人娘でしてねぇ、もう可愛くて可愛くて。小さい頃はおてんばだったんですけど、最近はめっきり話さなくなってしまって。おてんばなのも心配なんですけど、あまり人見知りするのもやっぱり心配だし」
「は、はあ……? あ、あの、鞘……」
持ってきた鞘を抱えたまま、流れるように語りだすマークに、柊は面食らいつつ声をかけた。
しかし、マークはその声が耳に入っていないのか、滔々と語り続ける。
「それが治るといいなぁ、なんて思って最近外でバイトさせてるんです。あ、“アマンダ&パロット亭”っていう酒場なんですけどね。けど、そうすると一緒にいる時間が――」
「――えぇっ!?」
と、マークの言葉を遮る勢いで、ドゥエルが声を上げた。
「どうしはったんや、ドゥエルはん!?」
「“アマンダ&パロット亭”!? まずいのさー!」
おろおろとうろたえた様子で、ティーポの言葉にドゥエルは答える。
「あのストーカー男がさっきその店に入っていったのさー!」
「えええぇぇぇぇぇッ!?」
マークがこれ以上ないほど目を見開いて叫ぶ。
「どどどどどどうしようどうすれば!? レ、レイチェルに何かあったら……!」
「――何よー、うるさいわねぇ! どうしたのよ?」
と、威勢のいい声と共に店の方からひょっこりと顔を出したのは、一人の女性。
明るい桃色のロングワンピースを着込み、明るい茶の髪を大きく結い上げた、華やかな美人。背に負う大きな蝶の翅が、より華美な印象を与えていた。
「た、大変だジェニファー! レイチェ――」
「あら! あらあらあらあら!」
声を上げたマークの言葉を最後まで聞かず、ジェニファーと呼ばれたその女性は、柊へと駆け寄る。
椅子に座った柊の顔を覗き込むようにしながら、上機嫌な声を上げた。
「カッコいい子じゃないの~♪ あなた、お名前は? あ、もしかしてレイチェルがバイト先でゲットした彼氏君!?」
「えぇっ!? そうなのかッ!?」
「んな訳あるかッ!? 俺はそのレイチェルって娘(こ)に会ったこともねぇよ! っていうか今それどころじゃねぇだろ!」
ジェニファーの言葉に反応して詰め寄ってくるマークに、柊は全力でツッコむ。
「そ、そうだ! 大変だジェニファー! レイチェルが!」
「またぁ?」
我に返って声を張り上げるマークに、ジェニファーが顔をしかめた。
「あなた、『レイチェルがレイチェルが』って騒ぎすぎよ~。いい加減子離れしなさいな」
「お、お前は娘が可愛くないのか……!?」
「そんな訳ないでしょ! でももうあの子も子供じゃないんだから。あなたが過保護なの」
「まだ十六じゃないか!」
「もう十六よ! 大人とは言わないけれど、自分のことは自分でできる年でしょう」
「けど……!」
「――夫婦喧嘩しとる場合かいな!」
口論し始めた二人の言葉を遮るように、ティーポが怒鳴る。
「ジェニファーはん、今回はマークはんの空騒ぎとちゃうで! あのストーカー男がレイチェルはんのバイト先に行ってもうたらしいんや!」
「それってティーポちゃんのことも追い掛け回したっていうあの男? まあ大変!」
ティーポの言葉にジェニファーも顔色を変える。
「そんな変な男にレイチェルが絡まれたら、確かに心配だわ! どうしましょう!」
困ったように頬に手を当てて、うろたえたように辺りを見回し――柊と目が合った。
「そうだわ! あなた!」
「……へ?」
ぱっ、と顔を明るくして、ジェニファーは柊の抱えた剣を指し示す。
「そんな立派な剣を持ってるなら、それなりに腕も立つでしょう? うちの娘を助けてくれないかしら?」
「ああ、そうか!」
マークも喜色を浮かべて柊に顔を向ける。
「鞘のお代は結構ですから、どうかレイチェルを例の変態から守ってやってください! お願いします!」
「わ、わかったから! 落ち着けって!」
なんだか土下座でもしそうな勢いで言われて、柊は慌てて答える。
どの道、ここまで話を聞いて放っておくつもりもなかったし、手持ちの金銭でいつまでやりくりすることになるかわからない現状で、マークの申し出はかなり助かる。断る理由はない。
「お願いします……!」
頭を下げるマークから鞘を受け取って、抱えていた剣を収める。サイズは合っていたが、やはり合わせて拵えたものではないためにしっくりと収まるとまではいかない。
「すみません、うちは問屋から仕入れた既製品しか扱ってないもので……オーダーメイドはやってなくて」
「どっちみち、やってたとしてもすぐには無理だろ? ま、とりあえず背負えりゃいいさ」
マークの言葉に答えながら、柊は鞘についたベルトを肩にかけて背負う。無理やり布と紐で背に括り付けているよりは収まりがいいし、すぐに抜ける。
「んじゃ、ちょっと行って来るわ」
縋るような視線を背に受けながら、軽い調子でそう告げて、柊は道具屋一家の家を後にした。
ずずっ、と茶を啜りつつ、ドゥエルの茶飲み友達は、しみじみとそう呟いた。
ティーポットとハトを足して二で割ったような、人間大の丸っこい容姿。笑みの形に細まった目のため表情はわかりにくいが、オーバーリアクションなために感情の動きはわかりやすい。名をティーポ――魔法で作られた人工的な生き物、量産型の“魔法生物”だという。
道具屋を併設した主人一家の住居。その居間で、柊はドゥエルと共に、ティーポにお茶を振舞われていた。
「うちも、あの兄ちゃんには追っかけまわされたり脅されたりして、エライ目ぇあわされたわー」
言いながら、その時のことを思い出したかのように、一つ身震いする。
「はー……災難だったなー、あんた」
「うぅ、ありがとーなぁ……あんたはエエ人で安心したわー。これ以上変なヤツ増えたらたまらんわー」
柊の同情の言葉に、ティーポはうんうん、と大きな身体を揺らして一人頷く。
ドゥエルとティーポの話では、先程の瑠璃という青年は、つい最近この町に現れた厄介者らしい。
誰彼構わず詰め寄って、訳のわからない質問をした挙句、知らないと答えれば「隠すつもりか!」と怒鳴り、「言うまで離れない」と尾(つ)け回す。本当に相手が知らないとわかると、「時間を無駄にした!」と怒鳴って立ち去っていくというのだから、理不尽極まりない。
「しっかし、柊はん、立派な剣持ってはるなー」
お茶と菓子が並んだテーブルに、場違いに置かれた一振りの長剣。それを見つめてティーポが呟く。
先程まで居間にいた店の主人・マークに鞘を頼むため、柊が魔剣の布を解いて出したのだ。そのマークは店に鞘を取りに行って、まだ戻っていない。
「特に、この赤と青の宝石! この輝き、この大きさ! かなりの値打ちもんやろ! うち、剣のことはようわからんけど、宝石はちょぉ目利きなんや」
柄に嵌った核の宝玉と、刃の柄元に嵌ったユウの宝玉を示して言うティーポの目に、若干危ないものを感じて、柊は慌てて剣を抱え込んだ。
「や、やらねぇぞ!?」
「そ、そんな警戒せんでも~。刳り抜いて盗(と)ろなんて思てへんて~」
「誰もそんなこと言ってないさ~。そう思ってたの?」
残念そうな声音で呟くティーポに、ドゥエルがツッコむ。
「なにゆーてはるのドゥエルはん! う、うちは別に……!」
慌てるティーポを無視して、ドゥエルはお茶を一口。そして、溜息混じりに呟く。
「けど、いい加減、あいつをどーにかしないと困るのさー。ユウがいたら、宥めるなりおだてるなり叩きのめすなりして、どうにかしてくれただろうに……」
「――ユウ!?」
ドゥエルの口から突然出てきたユウの名前に、柊は思わず立ち上がりながら叫んだ。
「ユウって、この町から見える丘にある一軒家の、金髪に青い目で、ちょっと小柄な……」
「え!? まさかユウ、帰ってきてるのか!?」
驚いた風にドゥエルも椅子を蹴って立ち上がる。
「い、いや……ちょっと、ここに来る前に会って……あいつの家、今俺が借りてるんだけど……」
言葉を選びつつ、しかし、嘘にならない程度に答えれば、ドゥエルは少し残念そうに席に着きつつ、しかし安堵のこもった声で、
「そうなのかー……でも、ユウ、無事だったんだな。長いこと音信不通だったから、旅先で何かあったのかと思って心配だったさー」
「……そうか……」
柊も、席に着き直りながら、呟く。
「あいつは、ちゃんと帰ってくるよ。――絶対」
必ず、人の姿に戻してみせる――その、決意を込めて。
「うちは会(お)うたことあらへんけど、そのユウって人、レイチェルはんとも友達なんやろ? その人帰ってきたら、レイチェルはんの引っ込み思案も直るかもしれへんねぇ」
柊の決意など知る由もなく、ティーポがのほほんと呟く。新しく出てきた名前に柊は首を傾げた。
「レイチェル?」
「うちの娘でして!」
勢いよく答えたのは、丁度店から戻ってきたマークだった。
クワガタを思わせる角に、肩や背を覆う硬そうな殻。なかなかの偉丈夫で、彫りが深く渋い顔立ちの持ち主だが、今はでれでれと相好を崩して、自らそれらを台無しにしていた。
「十六になる一人娘でしてねぇ、もう可愛くて可愛くて。小さい頃はおてんばだったんですけど、最近はめっきり話さなくなってしまって。おてんばなのも心配なんですけど、あまり人見知りするのもやっぱり心配だし」
「は、はあ……? あ、あの、鞘……」
持ってきた鞘を抱えたまま、流れるように語りだすマークに、柊は面食らいつつ声をかけた。
しかし、マークはその声が耳に入っていないのか、滔々と語り続ける。
「それが治るといいなぁ、なんて思って最近外でバイトさせてるんです。あ、“アマンダ&パロット亭”っていう酒場なんですけどね。けど、そうすると一緒にいる時間が――」
「――えぇっ!?」
と、マークの言葉を遮る勢いで、ドゥエルが声を上げた。
「どうしはったんや、ドゥエルはん!?」
「“アマンダ&パロット亭”!? まずいのさー!」
おろおろとうろたえた様子で、ティーポの言葉にドゥエルは答える。
「あのストーカー男がさっきその店に入っていったのさー!」
「えええぇぇぇぇぇッ!?」
マークがこれ以上ないほど目を見開いて叫ぶ。
「どどどどどどうしようどうすれば!? レ、レイチェルに何かあったら……!」
「――何よー、うるさいわねぇ! どうしたのよ?」
と、威勢のいい声と共に店の方からひょっこりと顔を出したのは、一人の女性。
明るい桃色のロングワンピースを着込み、明るい茶の髪を大きく結い上げた、華やかな美人。背に負う大きな蝶の翅が、より華美な印象を与えていた。
「た、大変だジェニファー! レイチェ――」
「あら! あらあらあらあら!」
声を上げたマークの言葉を最後まで聞かず、ジェニファーと呼ばれたその女性は、柊へと駆け寄る。
椅子に座った柊の顔を覗き込むようにしながら、上機嫌な声を上げた。
「カッコいい子じゃないの~♪ あなた、お名前は? あ、もしかしてレイチェルがバイト先でゲットした彼氏君!?」
「えぇっ!? そうなのかッ!?」
「んな訳あるかッ!? 俺はそのレイチェルって娘(こ)に会ったこともねぇよ! っていうか今それどころじゃねぇだろ!」
ジェニファーの言葉に反応して詰め寄ってくるマークに、柊は全力でツッコむ。
「そ、そうだ! 大変だジェニファー! レイチェルが!」
「またぁ?」
我に返って声を張り上げるマークに、ジェニファーが顔をしかめた。
「あなた、『レイチェルがレイチェルが』って騒ぎすぎよ~。いい加減子離れしなさいな」
「お、お前は娘が可愛くないのか……!?」
「そんな訳ないでしょ! でももうあの子も子供じゃないんだから。あなたが過保護なの」
「まだ十六じゃないか!」
「もう十六よ! 大人とは言わないけれど、自分のことは自分でできる年でしょう」
「けど……!」
「――夫婦喧嘩しとる場合かいな!」
口論し始めた二人の言葉を遮るように、ティーポが怒鳴る。
「ジェニファーはん、今回はマークはんの空騒ぎとちゃうで! あのストーカー男がレイチェルはんのバイト先に行ってもうたらしいんや!」
「それってティーポちゃんのことも追い掛け回したっていうあの男? まあ大変!」
ティーポの言葉にジェニファーも顔色を変える。
「そんな変な男にレイチェルが絡まれたら、確かに心配だわ! どうしましょう!」
困ったように頬に手を当てて、うろたえたように辺りを見回し――柊と目が合った。
「そうだわ! あなた!」
「……へ?」
ぱっ、と顔を明るくして、ジェニファーは柊の抱えた剣を指し示す。
「そんな立派な剣を持ってるなら、それなりに腕も立つでしょう? うちの娘を助けてくれないかしら?」
「ああ、そうか!」
マークも喜色を浮かべて柊に顔を向ける。
「鞘のお代は結構ですから、どうかレイチェルを例の変態から守ってやってください! お願いします!」
「わ、わかったから! 落ち着けって!」
なんだか土下座でもしそうな勢いで言われて、柊は慌てて答える。
どの道、ここまで話を聞いて放っておくつもりもなかったし、手持ちの金銭でいつまでやりくりすることになるかわからない現状で、マークの申し出はかなり助かる。断る理由はない。
「お願いします……!」
頭を下げるマークから鞘を受け取って、抱えていた剣を収める。サイズは合っていたが、やはり合わせて拵えたものではないためにしっくりと収まるとまではいかない。
「すみません、うちは問屋から仕入れた既製品しか扱ってないもので……オーダーメイドはやってなくて」
「どっちみち、やってたとしてもすぐには無理だろ? ま、とりあえず背負えりゃいいさ」
マークの言葉に答えながら、柊は鞘についたベルトを肩にかけて背負う。無理やり布と紐で背に括り付けているよりは収まりがいいし、すぐに抜ける。
「んじゃ、ちょっと行って来るわ」
縋るような視線を背に受けながら、軽い調子でそう告げて、柊は道具屋一家の家を後にした。
◇ ◆ ◇
「お前、何か知ってるのか! 答えろ!」
店に入るなり、柊を出迎えたのは盛大な怒声だった。
朝早いためか、店内は閑散としていた。客の姿も、店員の姿も一人ずつ。
唯一の客は、今の怒声の主。先程、ドゥエルとやりあっていた青年――例のストーカー男、瑠璃。きつい眦を更に吊り上げ、目の前の少女を怒鳴りつけていた。
唯一の店員は、怒鳴られているウェイトレス。紫がかった長い黒髪に、翡翠の瞳。端整な面立ちだが、無表情なために人形めいた印象がある。背中の透き通った薄い翅も相俟って、妖精のようにも見えた。
その面立ちには、微かにジェニファーに似た面影があった。おそらく、彼女がレイチェルだろう、と柊が思った時、
「オレを怒らせるな……」
瑠璃が押し殺したような声と共に、レイチェルへと歩を進めた。
「――待て!」
剣すら抜きかねないような剣呑な様子に、慌てて駆け寄り、柊は二人の間に割って入る。
「うるさい、取り込み中だ」
「武器持った人間が素手の人間脅してるのを見過ごせるか!」
怒気も露わに睨みつけてくる蒼い瞳を睨み返して、柊は怒鳴り返す。
柊の言葉に瑠璃はむっとしたような表情で、
「誰が脅している! オレは連れの行方を尋ねていただけだ!」
「……連れ?」
意外な言葉に、柊は目を瞬く。横目でレイチェルを振り返り、確認する。
「……そうなのか?」
こくり、と小さくレイチェルは頷いた。
「で、何か知っているのか! お前は!」
怒鳴る瑠璃に、レイチェルはびくりと身を震わせて後退る。無表情な面の中で、翡翠の瞳が怯えた色を宿した。
柊はレイチェルを庇うように立ちながら、瑠璃を呆れたように見遣って、
「あのなぁ、んな風に聞かれたら、怯えて答えられるもんも答えられねぇだろうが。ちっとは落ち着けよ」
ぐっ、と詰まったように瑠璃は言葉を飲み込む。次いで、気まずそうな、戸惑ったような表情を浮かべた。
その様子に、柊は軽く目を見開く。この青年は皆が言うほど悪い人間ではないような気がしたのだ。
青年の蒼い瞳には濃い焦燥の色。彼はただ話すのが下手で、焦りから粗暴な言動になってしまっているだけなのかもしれない。
「で、あんたは連れを探してるんだな?」
柊はそう問えば、青年は目の色を変えて身を乗り出す。
「お前、何か知ってるのか!?」
「だから落ち着け! 俺はお前の連れがどんなやつだか知らないんだから、答えようがないだろうが!?」
額がぶつかりそうな勢いで詰め寄ってくるのを手で制しながら、柊は瑠璃の早計さを咎める。おそらくは今までもこのように、誰かの何気ない言動を自身の連れにまつわることだと思い違えて、相手に付きまとったのだろう。
柊の言葉に、瑠璃は言葉を呑むように身を引いて、自身を落ち着かせるように息を吐く。それから、静かな声で答えた。
「長い茶の髪で、白いドレスを着ている。妹みたいなものなんだが……」
「あんた、ここ最近この町で訊いて回ってたそうだけど、いつはぐれたんだ?」
「三日前、この町に来る途中だ。あいつには身を守る術がない。もし何かあったら……」
答える言葉の端々に、不安と焦燥が滲んでいる。
妹、と言うからには、その相手は瑠璃より年下なのだろう。無力な十代以下の少女が知らない場所で一人になったとすれば、やや過剰なほどの瑠璃の態度もわかる。
「そりゃ、ほっとけねぇな。……よし、俺も一緒に捜してやるよ」
「――え?」
柊の言葉に、瑠璃は目をまん丸に見開いた。目つきの悪さが緩和されて、どこか幼い表情になる。
「オレと一緒に、か……?」
「当たり前だろ。俺、あんたの連れの顔知らねぇし」
柊の言葉に、瑠璃はますます戸惑った表情になる。まるで、彼が幼い迷子のようにも見えた。
「でも、オレ達に関わると……」
逡巡するような言葉。迷うように視線を彷徨わせ――ややあって、決意するように柊の目を見返す。
「いや、助かるよ! 頼む」
その言葉に柊は、にっ、と不敵な笑みを返して、
「うし! じゃあ、とりあえず訊き込みしてみるか。……あ、さっきみたいに怒鳴って問い詰めんじゃねぇぞ」
「う、うるさい! 言われなくともそんなことはわかってる!」
そう答える傍から怒鳴っている。こんなので大丈夫か、と柊は不安を覚え――くん、と服を引かれる感覚に後ろを振り返った。
庇っていたレイチェルがおずおずと柊を見上げ、蚊の泣くような小さな声で、
「……これを……」
呟き、手に持ったものを差し出した。
それは、レイチェルの瞳と同じ色をした石だった。大きさといい、形といい、鶏卵を思わせる。
「……これは?」
呟きながら、柊は差し出されるままにその翡翠の卵を受け取り――刹那、
店に入るなり、柊を出迎えたのは盛大な怒声だった。
朝早いためか、店内は閑散としていた。客の姿も、店員の姿も一人ずつ。
唯一の客は、今の怒声の主。先程、ドゥエルとやりあっていた青年――例のストーカー男、瑠璃。きつい眦を更に吊り上げ、目の前の少女を怒鳴りつけていた。
唯一の店員は、怒鳴られているウェイトレス。紫がかった長い黒髪に、翡翠の瞳。端整な面立ちだが、無表情なために人形めいた印象がある。背中の透き通った薄い翅も相俟って、妖精のようにも見えた。
その面立ちには、微かにジェニファーに似た面影があった。おそらく、彼女がレイチェルだろう、と柊が思った時、
「オレを怒らせるな……」
瑠璃が押し殺したような声と共に、レイチェルへと歩を進めた。
「――待て!」
剣すら抜きかねないような剣呑な様子に、慌てて駆け寄り、柊は二人の間に割って入る。
「うるさい、取り込み中だ」
「武器持った人間が素手の人間脅してるのを見過ごせるか!」
怒気も露わに睨みつけてくる蒼い瞳を睨み返して、柊は怒鳴り返す。
柊の言葉に瑠璃はむっとしたような表情で、
「誰が脅している! オレは連れの行方を尋ねていただけだ!」
「……連れ?」
意外な言葉に、柊は目を瞬く。横目でレイチェルを振り返り、確認する。
「……そうなのか?」
こくり、と小さくレイチェルは頷いた。
「で、何か知っているのか! お前は!」
怒鳴る瑠璃に、レイチェルはびくりと身を震わせて後退る。無表情な面の中で、翡翠の瞳が怯えた色を宿した。
柊はレイチェルを庇うように立ちながら、瑠璃を呆れたように見遣って、
「あのなぁ、んな風に聞かれたら、怯えて答えられるもんも答えられねぇだろうが。ちっとは落ち着けよ」
ぐっ、と詰まったように瑠璃は言葉を飲み込む。次いで、気まずそうな、戸惑ったような表情を浮かべた。
その様子に、柊は軽く目を見開く。この青年は皆が言うほど悪い人間ではないような気がしたのだ。
青年の蒼い瞳には濃い焦燥の色。彼はただ話すのが下手で、焦りから粗暴な言動になってしまっているだけなのかもしれない。
「で、あんたは連れを探してるんだな?」
柊はそう問えば、青年は目の色を変えて身を乗り出す。
「お前、何か知ってるのか!?」
「だから落ち着け! 俺はお前の連れがどんなやつだか知らないんだから、答えようがないだろうが!?」
額がぶつかりそうな勢いで詰め寄ってくるのを手で制しながら、柊は瑠璃の早計さを咎める。おそらくは今までもこのように、誰かの何気ない言動を自身の連れにまつわることだと思い違えて、相手に付きまとったのだろう。
柊の言葉に、瑠璃は言葉を呑むように身を引いて、自身を落ち着かせるように息を吐く。それから、静かな声で答えた。
「長い茶の髪で、白いドレスを着ている。妹みたいなものなんだが……」
「あんた、ここ最近この町で訊いて回ってたそうだけど、いつはぐれたんだ?」
「三日前、この町に来る途中だ。あいつには身を守る術がない。もし何かあったら……」
答える言葉の端々に、不安と焦燥が滲んでいる。
妹、と言うからには、その相手は瑠璃より年下なのだろう。無力な十代以下の少女が知らない場所で一人になったとすれば、やや過剰なほどの瑠璃の態度もわかる。
「そりゃ、ほっとけねぇな。……よし、俺も一緒に捜してやるよ」
「――え?」
柊の言葉に、瑠璃は目をまん丸に見開いた。目つきの悪さが緩和されて、どこか幼い表情になる。
「オレと一緒に、か……?」
「当たり前だろ。俺、あんたの連れの顔知らねぇし」
柊の言葉に、瑠璃はますます戸惑った表情になる。まるで、彼が幼い迷子のようにも見えた。
「でも、オレ達に関わると……」
逡巡するような言葉。迷うように視線を彷徨わせ――ややあって、決意するように柊の目を見返す。
「いや、助かるよ! 頼む」
その言葉に柊は、にっ、と不敵な笑みを返して、
「うし! じゃあ、とりあえず訊き込みしてみるか。……あ、さっきみたいに怒鳴って問い詰めんじゃねぇぞ」
「う、うるさい! 言われなくともそんなことはわかってる!」
そう答える傍から怒鳴っている。こんなので大丈夫か、と柊は不安を覚え――くん、と服を引かれる感覚に後ろを振り返った。
庇っていたレイチェルがおずおずと柊を見上げ、蚊の泣くような小さな声で、
「……これを……」
呟き、手に持ったものを差し出した。
それは、レイチェルの瞳と同じ色をした石だった。大きさといい、形といい、鶏卵を思わせる。
「……これは?」
呟きながら、柊は差し出されるままにその翡翠の卵を受け取り――刹那、
──碧く、淡い光を宿した岩壁の洞窟が、脳裏を掠めた。
「……今の……?」
「……どうした?」
唐突に駆け抜けたイメージに立ち尽くして呟く柊に、瑠璃が訝しむように声をかけ、
「それ……!」
柊の手の中にあるものに気づいて、顔色を変える。
「真珠姫の香りがする……!」
瑠璃のあまりといえばあまりな発言に、柊はすっ転びそうになった。
「香りって……犬かお前は!?」
「う、うるさい! 匂いって意味じゃない! 何かこう、真珠に……オレの連れに関わる感じがするんだ!」
本人も、言葉を選び違えたとは感じたらしい。柊のツッコみに顔を赤らめて怒鳴る。
「つまり、気配ってことか?」
「そう……そう、気配だ!」
柊の言葉に、我が意を得たりと頷いた。
「レイチェル、これ、どうしたんだ?」
柊が問えば、レイチェルは瞳に不思議そうな色を宿して見上げてきた。
「……名前……?」
「――ああ。あんたの両親がやってる道具屋で、あんたのこと聞いたんだ。『うちの娘のレイチェルが酒場でバイトしてる』って」
初対面の相手が自身の名を知っていることを訝しんだらしいレイチェルの様子に、柊は簡潔に答える。――瑠璃から守るよう頼まれた、という事実は、敢えて告げなかった。ここでそれを口にすれば、瑠璃を刺激するだけだろう。
柊の答えに、納得したような色を瞳に宿すと、レイチェルは先程の柊の問いに答えてくれた。
「……おととい、町の外れで……白いドレスを着た、わたしと同じくらいの年の女の子が、落していったの」
「――真珠姫だ!」
瑠璃が身を乗り出して叫ぶ。柊を突き飛ばすような勢いでレイチェルに詰め寄ると、
「そいつはどっちに行った!? どこに行ったんだ!」
「……だから落ち着けって!?」
今にもレイチェルの襟首掴んで揺さぶりかねない瑠璃の様子に、柊は慌ててブレーキをかける。
「えーと、その娘(こ)がどこ行ったかわかるか?」
瑠璃を制しながら問う柊に、レイチェルはただ首を横に振って答える。
「だよなぁ……」
はあ、と溜息を吐きながら、柊は頭を掻く。結局手がかりなしか、と思いかけて、
「……洞窟……」
先程、脳裏に浮かんだ光景を思い出して、我知らず呟きが漏れた。
「……洞窟って……メキブの洞窟……?」
その、柊の呟きに反応したように、レイチェルが言った。
「メキブ?」
瑠璃が、片眉を跳ね上げて彼女に問う。
「この町からちょっと離れたところにある、鍾乳洞です……昔は、翡翠が採れることで有名だったそうですけど……」
「翡翠……!?」
レイチェルの説明に、瑠璃は声を上げる。その視線は、柊の手にした卵形の翡翠に。
「間違いない! 真珠がいるのはそこだ!」
その洞窟はどこだ! と叫ぶ瑠璃に、レイチェルはおずおずと、
「……けど、そこは今、モンスターが棲みつく危ない場所で……」
「モンスター!? 真珠が危ない! 急がないと……!」
止めるつもりで言っただろうつもりの言葉は、完全に逆効果だったようだ。瑠璃は血相を変えて叫ぶ。
レイチェルは、助けを求めるように柊を見遣る。しかし、
「んなとこに女の子が一人でいるとしたら、確かにやべぇな」
柊としても、瑠璃の意見の方に賛成だった。
腰に携えた剣や立ち振る舞いから察するに、瑠璃はそれなりに遣える方だろう。その洞窟に棲むというモンスターというのがどれほどのものかはわからないが、少なくとも自分の身は自分で守れるはずだ。柊自身も、大抵の危機を切り抜けられる技倆はあると自負している。
「道、教えてくれねぇか? その娘が危ねぇんだ」
言外に、止めても無駄だという意志のこもった柊の言葉に、レイチェルは折れたように、小さな声でその洞窟への道順を告げた。
「……どうした?」
唐突に駆け抜けたイメージに立ち尽くして呟く柊に、瑠璃が訝しむように声をかけ、
「それ……!」
柊の手の中にあるものに気づいて、顔色を変える。
「真珠姫の香りがする……!」
瑠璃のあまりといえばあまりな発言に、柊はすっ転びそうになった。
「香りって……犬かお前は!?」
「う、うるさい! 匂いって意味じゃない! 何かこう、真珠に……オレの連れに関わる感じがするんだ!」
本人も、言葉を選び違えたとは感じたらしい。柊のツッコみに顔を赤らめて怒鳴る。
「つまり、気配ってことか?」
「そう……そう、気配だ!」
柊の言葉に、我が意を得たりと頷いた。
「レイチェル、これ、どうしたんだ?」
柊が問えば、レイチェルは瞳に不思議そうな色を宿して見上げてきた。
「……名前……?」
「――ああ。あんたの両親がやってる道具屋で、あんたのこと聞いたんだ。『うちの娘のレイチェルが酒場でバイトしてる』って」
初対面の相手が自身の名を知っていることを訝しんだらしいレイチェルの様子に、柊は簡潔に答える。――瑠璃から守るよう頼まれた、という事実は、敢えて告げなかった。ここでそれを口にすれば、瑠璃を刺激するだけだろう。
柊の答えに、納得したような色を瞳に宿すと、レイチェルは先程の柊の問いに答えてくれた。
「……おととい、町の外れで……白いドレスを着た、わたしと同じくらいの年の女の子が、落していったの」
「――真珠姫だ!」
瑠璃が身を乗り出して叫ぶ。柊を突き飛ばすような勢いでレイチェルに詰め寄ると、
「そいつはどっちに行った!? どこに行ったんだ!」
「……だから落ち着けって!?」
今にもレイチェルの襟首掴んで揺さぶりかねない瑠璃の様子に、柊は慌ててブレーキをかける。
「えーと、その娘(こ)がどこ行ったかわかるか?」
瑠璃を制しながら問う柊に、レイチェルはただ首を横に振って答える。
「だよなぁ……」
はあ、と溜息を吐きながら、柊は頭を掻く。結局手がかりなしか、と思いかけて、
「……洞窟……」
先程、脳裏に浮かんだ光景を思い出して、我知らず呟きが漏れた。
「……洞窟って……メキブの洞窟……?」
その、柊の呟きに反応したように、レイチェルが言った。
「メキブ?」
瑠璃が、片眉を跳ね上げて彼女に問う。
「この町からちょっと離れたところにある、鍾乳洞です……昔は、翡翠が採れることで有名だったそうですけど……」
「翡翠……!?」
レイチェルの説明に、瑠璃は声を上げる。その視線は、柊の手にした卵形の翡翠に。
「間違いない! 真珠がいるのはそこだ!」
その洞窟はどこだ! と叫ぶ瑠璃に、レイチェルはおずおずと、
「……けど、そこは今、モンスターが棲みつく危ない場所で……」
「モンスター!? 真珠が危ない! 急がないと……!」
止めるつもりで言っただろうつもりの言葉は、完全に逆効果だったようだ。瑠璃は血相を変えて叫ぶ。
レイチェルは、助けを求めるように柊を見遣る。しかし、
「んなとこに女の子が一人でいるとしたら、確かにやべぇな」
柊としても、瑠璃の意見の方に賛成だった。
腰に携えた剣や立ち振る舞いから察するに、瑠璃はそれなりに遣える方だろう。その洞窟に棲むというモンスターというのがどれほどのものかはわからないが、少なくとも自分の身は自分で守れるはずだ。柊自身も、大抵の危機を切り抜けられる技倆はあると自負している。
「道、教えてくれねぇか? その娘が危ねぇんだ」
言外に、止めても無駄だという意志のこもった柊の言葉に、レイチェルは折れたように、小さな声でその洞窟への道順を告げた。
◇ ◆ ◇
「で、こっからどうするよ?」
苔生す湿気た空気の中、柊は後ろに立つ瑠璃に声をかけた。
あの後、すぐにドミナの町を出て、目的の洞窟についたのは昼過ぎだった。
洞窟に着いたはいいが、入って早々分かれ道に出くわして、柊は瑠璃にそう声をかけたのだ。
しかし、瑠璃は柊の言葉など耳に届いていないかのように、どこか遠い眼差しで、
「――煌きを感じる……」
その呟きと共に、きぃん、と高く澄んだ音を発して、胸の蒼い宝石が煌いた。
「間違いない! 真珠姫はここにいる!」
叫んで、分かれ道の一方へと駆けて行く。
「おい、待てよ! わかるのか!?」
「ああ! 共鳴はこちらからだ」
追い駆けながらの柊の問いに、瑠璃は迷いなく即答する。
共鳴とは、先程の宝石の煌きのことだろうか、柊がそう思った時。
耳障りな甲高い鳴き声と共に、十数の気配が二人を取り囲んだ。
「――バットムか!」
己達を取り囲んだ異形の蝙蝠のようなその姿を目にして、瑠璃が忌々しそうに叫ぶ。同時に、腰の剣を抜き放った。
「なるほど、これがモンスターか」
柊も呟いて、背の剣を抜き放ち、刹那、
一閃――岩壁が放つ碧い燐光を照り返し、白銀が赤と青の線を伴って弧を描く。
ぎぎゃっ、という聞き苦しい悲鳴と共に、数匹の異形が一振りの刃になぎ払われ、地に落ちた。
「――な……」
抜刀と共に敵の半数近くを散らした早業に、瑠璃が呻いて柊を振り返る。
それに柊は不敵な笑みで答えた。
「余所見すんな、相手はまだいるぜ!」
残ったバットム達は、一撃で仲間を散らされたことで警戒したのか、洞窟の高い天井すれすれまで飛び上がり、こちらを窺っている。
「ったく……面倒だな、おい」
剣を肩に当てて、柊はぼやく。月衣を展開して飛び上がるか、と腰を落した時。
「……オレがやる」
言って、瑠璃が剣を腰元に構える。そこで、柊は初めて気づいた。
剣を取る彼の右腕は人のものではなかった。肩から指先にかけてまで、ごつごつとした青みがかった岩の肌。鈍い輝きを放つ不揃いの小さな石が、ぽつぽつと埋まりこんでいる。
その小さな石達が、岩壁の燐光を取り込むように輝きを増していく。輝きは、見る間に右腕全体に広がり、その先の刃まで伸びていき――
「――レーザーブレード!」
裂帛の気合を込めた声と共に、剣を包んだ輝きは巨大な閃光の刃となって伸び上がり、頭上に留まっていた異形達を一掃した。
へえ、と思わず柊の口から感嘆の声が漏れる。と、その声に反応するように、瑠璃が柊を見遣った。
「……あんたの方こそ、半端じゃない技倆(うで)だろう。何者だ?」
その声には、警戒の響き。一閃でモンスターを散らした柊の業に、疑心が首をもたげたらしい。
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は柊蓮司。魔剣使いだ」
その問いに、柊は敢えて軽く答えてみせた。その態度に毒気を抜かれたのか、瑠璃は溜息と共に名乗り返す。
「……オレは瑠璃。真珠姫の騎士だ」
「……ひ、姫の騎士ぃ?」
小恥ずかしいその名乗りに、柊は思わず素っ頓狂な声で繰り返した。
と、それが呼び水になったように、一人の男の声が脳裏に響く。
苔生す湿気た空気の中、柊は後ろに立つ瑠璃に声をかけた。
あの後、すぐにドミナの町を出て、目的の洞窟についたのは昼過ぎだった。
洞窟に着いたはいいが、入って早々分かれ道に出くわして、柊は瑠璃にそう声をかけたのだ。
しかし、瑠璃は柊の言葉など耳に届いていないかのように、どこか遠い眼差しで、
「――煌きを感じる……」
その呟きと共に、きぃん、と高く澄んだ音を発して、胸の蒼い宝石が煌いた。
「間違いない! 真珠姫はここにいる!」
叫んで、分かれ道の一方へと駆けて行く。
「おい、待てよ! わかるのか!?」
「ああ! 共鳴はこちらからだ」
追い駆けながらの柊の問いに、瑠璃は迷いなく即答する。
共鳴とは、先程の宝石の煌きのことだろうか、柊がそう思った時。
耳障りな甲高い鳴き声と共に、十数の気配が二人を取り囲んだ。
「――バットムか!」
己達を取り囲んだ異形の蝙蝠のようなその姿を目にして、瑠璃が忌々しそうに叫ぶ。同時に、腰の剣を抜き放った。
「なるほど、これがモンスターか」
柊も呟いて、背の剣を抜き放ち、刹那、
一閃――岩壁が放つ碧い燐光を照り返し、白銀が赤と青の線を伴って弧を描く。
ぎぎゃっ、という聞き苦しい悲鳴と共に、数匹の異形が一振りの刃になぎ払われ、地に落ちた。
「――な……」
抜刀と共に敵の半数近くを散らした早業に、瑠璃が呻いて柊を振り返る。
それに柊は不敵な笑みで答えた。
「余所見すんな、相手はまだいるぜ!」
残ったバットム達は、一撃で仲間を散らされたことで警戒したのか、洞窟の高い天井すれすれまで飛び上がり、こちらを窺っている。
「ったく……面倒だな、おい」
剣を肩に当てて、柊はぼやく。月衣を展開して飛び上がるか、と腰を落した時。
「……オレがやる」
言って、瑠璃が剣を腰元に構える。そこで、柊は初めて気づいた。
剣を取る彼の右腕は人のものではなかった。肩から指先にかけてまで、ごつごつとした青みがかった岩の肌。鈍い輝きを放つ不揃いの小さな石が、ぽつぽつと埋まりこんでいる。
その小さな石達が、岩壁の燐光を取り込むように輝きを増していく。輝きは、見る間に右腕全体に広がり、その先の刃まで伸びていき――
「――レーザーブレード!」
裂帛の気合を込めた声と共に、剣を包んだ輝きは巨大な閃光の刃となって伸び上がり、頭上に留まっていた異形達を一掃した。
へえ、と思わず柊の口から感嘆の声が漏れる。と、その声に反応するように、瑠璃が柊を見遣った。
「……あんたの方こそ、半端じゃない技倆(うで)だろう。何者だ?」
その声には、警戒の響き。一閃でモンスターを散らした柊の業に、疑心が首をもたげたらしい。
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は柊蓮司。魔剣使いだ」
その問いに、柊は敢えて軽く答えてみせた。その態度に毒気を抜かれたのか、瑠璃は溜息と共に名乗り返す。
「……オレは瑠璃。真珠姫の騎士だ」
「……ひ、姫の騎士ぃ?」
小恥ずかしいその名乗りに、柊は思わず素っ頓狂な声で繰り返した。
と、それが呼び水になったように、一人の男の声が脳裏に響く。
『さすがは、こちらの世界の“――の守護騎士”、といったところか』
それは、かつて刃を合わせた異界の騎士が、柊へと向けた言葉。しかし、その一部にかかる妙なノイズに、柊は眉をしかめる。
(……あいつは、俺を誰の騎士と呼んだ?)
いや、それ以前に、そもそも――
(どうして、俺は、あいつと刃を交えた?)
守らなければ、取り返さなければ――その思いで剣を振るっていたのは覚えているのに、何を守ろうとしていたのかが思い出せない。
脳裏に、ぼんやりとした輪郭で浮かぶ、誰かの影――
(誰だ――?)
思い出さなければいけない。そんな焦燥に駆られて、柊は思考の内に沈みかけ――
「……おい、どうした!?」
焦ったような声に、意識を外へと戻された。
「……瑠璃……?」
「いきなり、頭抱えて立ち尽くして……どうしたんだ」
案じるような視線で問われ、柊は頭を振る。
「いや……何でもねぇ。急ごう、次はどっちだ?」
「あ、ああ……こっちだ」
先導する瑠璃の背を追いながら、今はともかく、彼の連れをここから助け出す方が先だと、柊は意識を切り替えた。
(……あいつは、俺を誰の騎士と呼んだ?)
いや、それ以前に、そもそも――
(どうして、俺は、あいつと刃を交えた?)
守らなければ、取り返さなければ――その思いで剣を振るっていたのは覚えているのに、何を守ろうとしていたのかが思い出せない。
脳裏に、ぼんやりとした輪郭で浮かぶ、誰かの影――
(誰だ――?)
思い出さなければいけない。そんな焦燥に駆られて、柊は思考の内に沈みかけ――
「……おい、どうした!?」
焦ったような声に、意識を外へと戻された。
「……瑠璃……?」
「いきなり、頭抱えて立ち尽くして……どうしたんだ」
案じるような視線で問われ、柊は頭を振る。
「いや……何でもねぇ。急ごう、次はどっちだ?」
「あ、ああ……こっちだ」
先導する瑠璃の背を追いながら、今はともかく、彼の連れをここから助け出す方が先だと、柊は意識を切り替えた。
──脳裏に浮かぶ、誰かの影と、それが齎す焦燥を振り切って。
◇ ◆ ◇
(なんなんだ、この男は)
後についてくる男をちらりと視線だけで見遣りながら、瑠璃はそう思わずにはいられなかった。
見慣れぬ衣装を着た、生粋の“人間”らしいこの男。
獣人のような速さや力のないただの“人間”相手ならば、例え剣を帯びていようと、何か思惑があってもあしらえる。最初は、そう思って協力の申し出を受けた。しかし――
(とんでもない剣士だ、この男)
剣に手をかけた、と思ったら、次の瞬間にはモンスター達が地に這っていた。あれが自身に向けられていたら、と思うとぞっとする。
手にした剣も気になった。正確には、剣に嵌った二つの宝玉。どうにもただの石にはない、強い力を感じる。男が自身を“魔剣使い”と称したのは、この宝玉を抱いた剣故だろう。
共鳴がないから、あの二つの宝玉は“核”ではない。しかし、この男が力ある石を欲する者だとすれば、自身や姫の“核”も狙わないとは言い切れない。
こいつが“核”を狙う狩人ならば、みすみす己の姫に会わせる前に、相打ち覚悟で倒さねば。そうとまで思った。しかし、どうも、こちらの“核”に興味を示す素振りも無い。
思惑が見えない。巧妙に隠しているのか、そもそもそんなものなどなく、単におめでたいだけか。
言動だけ見れば、無償で協力を申し出たり、目の前で隙だらけで立ち尽くしたりと、後者に思える。しかし、徒者(ただもの)には思えない技倆の高さと、剣に嵌った二つの宝玉が、信じることを躊躇わせる。
瑠璃が今まで会った人間は、簡単に三種類に分けることができた。無関係の他人、こちらのことに無知で無害な利用できる相手、こちらのことを知って寄ってくる倒すべき敵。
しかし、この男はどこに分類していいのかわからない。
姫捜しに手を貸してもらっている時点で、既に無関係とはいえないほど関わった。
敵意がなく、こちらのことに無知らしい、という部分では利用すべき相手だ。しかし、その技倆は到底無害とはいえない。
ならば、害になる前に倒すべきか。しかし、相手に敵意がない。挑んで藪蛇になるのも馬鹿馬鹿しい。しかも、そうなった場合、勝てるかどうか怪しい。
(なんなんだ、この男は)
どうにもペースを崩される、初めて会うタイプの相手に、瑠璃はただ困惑するしかなかった。
後についてくる男をちらりと視線だけで見遣りながら、瑠璃はそう思わずにはいられなかった。
見慣れぬ衣装を着た、生粋の“人間”らしいこの男。
獣人のような速さや力のないただの“人間”相手ならば、例え剣を帯びていようと、何か思惑があってもあしらえる。最初は、そう思って協力の申し出を受けた。しかし――
(とんでもない剣士だ、この男)
剣に手をかけた、と思ったら、次の瞬間にはモンスター達が地に這っていた。あれが自身に向けられていたら、と思うとぞっとする。
手にした剣も気になった。正確には、剣に嵌った二つの宝玉。どうにもただの石にはない、強い力を感じる。男が自身を“魔剣使い”と称したのは、この宝玉を抱いた剣故だろう。
共鳴がないから、あの二つの宝玉は“核”ではない。しかし、この男が力ある石を欲する者だとすれば、自身や姫の“核”も狙わないとは言い切れない。
こいつが“核”を狙う狩人ならば、みすみす己の姫に会わせる前に、相打ち覚悟で倒さねば。そうとまで思った。しかし、どうも、こちらの“核”に興味を示す素振りも無い。
思惑が見えない。巧妙に隠しているのか、そもそもそんなものなどなく、単におめでたいだけか。
言動だけ見れば、無償で協力を申し出たり、目の前で隙だらけで立ち尽くしたりと、後者に思える。しかし、徒者(ただもの)には思えない技倆の高さと、剣に嵌った二つの宝玉が、信じることを躊躇わせる。
瑠璃が今まで会った人間は、簡単に三種類に分けることができた。無関係の他人、こちらのことに無知で無害な利用できる相手、こちらのことを知って寄ってくる倒すべき敵。
しかし、この男はどこに分類していいのかわからない。
姫捜しに手を貸してもらっている時点で、既に無関係とはいえないほど関わった。
敵意がなく、こちらのことに無知らしい、という部分では利用すべき相手だ。しかし、その技倆は到底無害とはいえない。
ならば、害になる前に倒すべきか。しかし、相手に敵意がない。挑んで藪蛇になるのも馬鹿馬鹿しい。しかも、そうなった場合、勝てるかどうか怪しい。
(なんなんだ、この男は)
どうにもペースを崩される、初めて会うタイプの相手に、瑠璃はただ困惑するしかなかった。
◇ ◆ ◇
蜜に群がる蜂のように寄ってくるモンスター達を蹴散らしながら、柊と瑠璃は洞窟の奥へと進んでいく。
途中、バットムだけではなく、歩くキノコやら、ウサギとカエルを足して二で割ったような妙な生物やら、様々なモンスターが現れたが、どれも二人の敵ではなかった。瞬く間に散らして、先を急ぐ。
「……近いな」
ふと、瑠璃が足を止めて呟いた。その胸元で、再び閃く蒼い煌き。
どの辺だ? と、柊が声をかけるより早く、
「――遅かったじゃないか」
第三の声が、唐突に響いた。
瑠璃と共に、はっとなって振り返った先に―― 一人の女がいた。
匂い立つような色香を漂わせる、妙齢の女。均整の取れた肢体をチャイナドレスのような衣装に包み、結った茶の髪を大きな赤い花で飾っている。
一瞬、柊は彼女が真珠姫かと思ったが、すぐに違うと気づいた。彼女はどう見ても柊達より年上に見えるし、服の色も緑を基調としたものだ。瑠璃やレイチェルの話では、真珠姫はレイチェルと同じ年頃の、白いドレスを着た少女のはずだ。
そして、柊のその判断が正しいことは、その女の言葉によって証明された。
「真珠姫ならこの奥だ。早く助けにいってやれ」
「……なんだと?」
瑠璃が、警戒も露わに、険のある声を紡ぐ。
「何者だ? なぜ、真珠の名を知っている?」
抜いたままの刃を今にも向けかねないような剣呑な声音を、女は悠然とした笑みで受け流す。
流れるような優美な動作で瑠璃から柊に視線を移すと、僅かに笑みを消して告げる。
「それと……君、あまりコイツらに関わらない方がいい」
「は……?」
意味がわからず呻く横で、瑠璃の気配が強張る。
「アンタ……オレ達の何を知っている……?」
どこか怯えすら含んだようなその声に答えるように、女は嫣然と微笑んで柊へと告げた。
途中、バットムだけではなく、歩くキノコやら、ウサギとカエルを足して二で割ったような妙な生物やら、様々なモンスターが現れたが、どれも二人の敵ではなかった。瞬く間に散らして、先を急ぐ。
「……近いな」
ふと、瑠璃が足を止めて呟いた。その胸元で、再び閃く蒼い煌き。
どの辺だ? と、柊が声をかけるより早く、
「――遅かったじゃないか」
第三の声が、唐突に響いた。
瑠璃と共に、はっとなって振り返った先に―― 一人の女がいた。
匂い立つような色香を漂わせる、妙齢の女。均整の取れた肢体をチャイナドレスのような衣装に包み、結った茶の髪を大きな赤い花で飾っている。
一瞬、柊は彼女が真珠姫かと思ったが、すぐに違うと気づいた。彼女はどう見ても柊達より年上に見えるし、服の色も緑を基調としたものだ。瑠璃やレイチェルの話では、真珠姫はレイチェルと同じ年頃の、白いドレスを着た少女のはずだ。
そして、柊のその判断が正しいことは、その女の言葉によって証明された。
「真珠姫ならこの奥だ。早く助けにいってやれ」
「……なんだと?」
瑠璃が、警戒も露わに、険のある声を紡ぐ。
「何者だ? なぜ、真珠の名を知っている?」
抜いたままの刃を今にも向けかねないような剣呑な声音を、女は悠然とした笑みで受け流す。
流れるような優美な動作で瑠璃から柊に視線を移すと、僅かに笑みを消して告げる。
「それと……君、あまりコイツらに関わらない方がいい」
「は……?」
意味がわからず呻く横で、瑠璃の気配が強張る。
「アンタ……オレ達の何を知っている……?」
どこか怯えすら含んだようなその声に答えるように、女は嫣然と微笑んで柊へと告げた。
「――君が石にならないといいけど」
「……っ!」
その言葉に、瑠璃が大きく息を呑むのがはっきりとわかった。尋常でないその様子に、柊が案じる言葉を投げるより早く、
絹を裂くような悲鳴が、洞窟の奥から響き渡った。
「……真珠!」
瑠璃が我に返ったように叫んで、血相を変えて駆け出す。
「おい、瑠璃!」
慌ててその背を追って駆け出しながら――奥の様子を隠す岩陰の向こうに行く寸前、一度、あの女を振り返った。
女は、変わらず嫣然と微笑んだまま、どこか冷ややかなその翠色の眼差しで、こちらを静かに見つめていた――
その言葉に、瑠璃が大きく息を呑むのがはっきりとわかった。尋常でないその様子に、柊が案じる言葉を投げるより早く、
絹を裂くような悲鳴が、洞窟の奥から響き渡った。
「……真珠!」
瑠璃が我に返ったように叫んで、血相を変えて駆け出す。
「おい、瑠璃!」
慌ててその背を追って駆け出しながら――奥の様子を隠す岩陰の向こうに行く寸前、一度、あの女を振り返った。
女は、変わらず嫣然と微笑んだまま、どこか冷ややかなその翠色の眼差しで、こちらを静かに見つめていた――
◇ ◆ ◇
「……って、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
瑠璃を追って飛び込んだ先にいたものを見て、柊は思わず絶叫した。
それは、猿だった。どこからどう見ても、猿以外の何者でもなかった。縦にも横にも柊の倍はありそうな大猿が、巨大な斧を振り回し、瑠璃を追い掛け回していた。
「おい! 暢気に驚いてる場合か!」
瑠璃が、必死に大猿の攻撃を躱しつつ叫ぶ。
予備動作が大きいので、斧そのものを避けるのは容易いが、問題は斧に砕かれて飛び散る岩の破片の方だ。破片といっても、瑠璃の頭ほどの大きさがある。まともに食らえば致命傷になるだろう。
「真珠姫は!?」
「わからん! けどここにいるのは確かだ! 多分、その辺の岩の陰に……!」
柊の問いに答えながらも、瑠璃は再び繰り出された斧の一撃と、岩の欠片を躱す。
ここは洞窟の行き止まりらしかった。真珠姫のものと思しき悲鳴は奥から聞こえたのだから、瑠璃の言う通り、ここにいるのは間違いない。
ついで、大猿を観察する。これだけの図体、大斧を振り回すこの体力。半端な攻撃では、動きを止めるどころか、ただ怒りを煽って暴れ方が酷くなるだけだ。そうなれば、物陰に隠れている真珠姫も危ない。柊はそう読んで、
「……俺が動きを止める! 瑠璃、さっきの大技ぶつけてやれ!」
言うが早いか、柊は碧の燐光を放つ地を蹴って大猿へと迫る。
「風よ、踊れ――《エア・ダンス》!」
言霊に従い、巻き起こる風が柊の背を押した。瞬く間に大猿の懐に飛び込む。
大猿は、目の前に飛び込んできた新手に、むっとしたように足を振り上げた。蹴り飛ばすつもりらしい。
柊は、ぎりぎりまで引きつけて、蹴りが放たれた瞬間、相手の脇に跳んで蹴りを躱す。同時に、目の前の軸足に思い切り刃を突き立てた。
形容し難い耳障りな悲鳴と共に、大猿がバランスを崩して膝を突く。下敷きにならないよう、剣を引き抜いて飛び退きながら、柊は叫んだ。
「やれ!」
「――レーザーブレード!」
気合の声と共に、振り下ろされた閃光の刃が大猿の肩を捉える。そのまま深々と切り裂かれ、握力を失ったその手から斧が離れて落ちた。
「……やったか!?」
「……まだだ!」
片足を貫かれ、片腕を使えなくされても、猿はまだ動いていた。残った二肢で、忌々しい小さな生き物を葬ってやろうと腕を振り上げ――
「これで――」
その頭上に、柊は足場として展開した月衣を蹴って飛び上がる。
「――終わりだッ!」
叫んで、手にした刃を、柊は水平に振るった。
自身の眼前、大猿の真上。そこにある巨大な鍾乳石の付け根に向けて。
天井から切り離されたつらら状の石は重力に従い、片足の機能を失って動けない大猿の上へと落下し――
けたたましい破砕音と土煙が晴れた後、砕けた岩の下で、大猿はもはや、ぴくりとも動かなかった。
「……やったか」
「今度こそ、な」
剣を収めながら言う瑠璃に、柊も刃を収めて答える。
一つ息を吐いて、瑠璃は大きく声を張り上げた。
「真珠姫!」
辺りを見回しながら、更に声を張り上げる。
「どこだ!」
「……瑠璃くん?」
その声に答えて、どこか頼りなげな声が響いた。
声と共に奥の岩陰から現れたのは、十六、七の少女。
ふんわりとした茶の髪に、夢見るように潤んだ翡翠の瞳。小柄な体躯、愛らしい顔立ち。穢れない白のドレスがよく似合う、なよやかなしぐさ。その姿も、雰囲気も、ほんの少し目を放せば消えてしまいそうなほど、儚い印象がある。
もじもじと頼りなげに合わせる両手の下、その胸元には純白の輝き。瑠璃と同じように、彼女の胸元もまた、大きな宝石に飾られている。
きぃん、と澄んだ音と共に、蒼と白の煌きが、二人の胸に閃いた。
この娘(こ)が真珠姫か、と柊が納得するのと同時に、瑠璃が飛ぶような勢いで少女に駆け寄る。その両の肩を掴むように抱きながら、血相を変えて訊いた。
「核は傷ついてないか?」
(……核?)
瑠璃の言葉に、柊は眉を寄せる。瑠璃の視線からして胸の宝石のことのようだが、彼女自身の安否より、宝石の方が大事だというのだろうか。
「ええ……だいじょうぶ」
小さく頷いて、少女は答える。その声も、まるで綿菓子のようにふわふわと頼りない。
その言葉に、安堵の息を吐くと、瑠璃は一転して怒りの色を瞳に浮かべた。
「一人でウロツクなと、あれほどいったじゃないか。どうしてこんな所に?」
「考えことをしていたの……いろいろ……」
頼りなげに答えるその声は、まるで夢想の中をただようかのよう。その瞳はどこか遠く、夢見るように虚空を見つめている。
その瞳を覗き込むようにして、瑠璃は強く頭を振った。
「今は何も考えなくていい。今はおとなしく、オレに守られていればいい……」
「でも……」
戸惑うように声を上げる少女の様子に、ついに瑠璃は声を荒げた。
「いい加減にしろ!」
洞窟内にこだまするような怒声に、びくり、と身を震わせて、少女は縮こまる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
怯えたように謝り続ける少女の様子に堪りかねて、柊は思わず二人の間に割って入った。
「おい、瑠璃! 心配だったのはわかるが、いくらなんでも言い過ぎだろ」
「アンタは黙っててくれないか」
ぎろり、と射殺せそうな眼差しで瑠璃は睨んでくる。それを睨み返して、柊が答えるより早く、
「……このひとは……?」
不思議そうに首を傾け、柊に視線を向けた真珠姫が訊いた。
柊が自己紹介しようと視線を合わせると、ぽっ、と頬を朱で染めて、顔を俯けてしまう。柊が戸惑っている間に、瑠璃の後ろへと隠れてしまった。
瑠璃は、自身の背に隠れた少女を溜息混じりに振り返る。その様子からして、彼女のこの態度はいつものことらしい。
「柊蓮司。お前を捜すのを、手伝ってくれた。変わったヤツさ」
「そ、そうなんだ……」
瑠璃の答えに、真珠姫はおずおずと柊の方へと歩み寄る。
柊と視線が合うとまた頬を染めて俯いてしまうが、もじもじと手を合わせ、懸命に顔をあげて、
「――そろそろ行くぞ」
その彼女の言葉を待たず、瑠璃が告げた。真珠姫は、戸惑ったように彼を振り返る。
「でも……」
「じゃあな」
その言葉を遮るように、柊へと別れの言葉を告げて、瑠璃は出口の方へと歩み出した。
真珠姫は戸惑ったようにその背を目で追う。それから柊に視線を戻して、意を決したように口を開いた。
「あの……あ、ありがとう……」
蚊の鳴くような声でそう告げて、ぽっ、と耳まで赤くなる。
岩陰から出ようとしていた瑠璃が、振り返って声を上げた。
「行くぞ」
「ごめんなさい。いま、いくわ」
そう返してから、真珠姫はもう一度柊を見上げて、
「蓮司おにいさま。あの……これ、お礼です……」
言って、腰に下げていた小さな荷袋から取り出したものを差し出した。
真珠姫が差し出したものを見て、柊は思わず固まる。
彼女のお礼の品は二つ。一つは、淡い紫色の、スズランのように俯いて咲く花を模した小さなランプ。スズランにしては花の形が少し違うので、別の花かもしれないが。まあ、これはいい。
問題はもう一つの品。表面がざらりとした、まん丸の白い石。その中心には黒丸が描かれ、ぎろりとこちらを睨んでいる。――どこからどう見ても、目玉のようにしか見えない。かなり不気味である。
「蛍袋のランプと、石の目玉です……どうぞ」
なるほど、スズランではなくホタルブクロだったか。けどやっぱりこっちは目玉なのか。お礼に目玉の置物ってどうなんだ、嫌がらせか――そんな言葉が胸を渦巻くものの、何の裏も悪意も見えない、夢見るような翡翠の瞳を前に、そんなことを言えるわけもなく。
「あ、ありがとぉな……」
引きつった笑みで受け取って、引きつった声で礼を告げる。
その言葉に、少女ははにかんだような笑みを浮かべると、急いで騎士の後を追って行った。
二人は寄り添って、岩陰の向こうへと消える。その姿を見送って、
「……どうしろってんだ、これ」
どう扱ったものかわかりかねる品を手に、一人呟いた柊の言葉は、聞く者のいない洞窟内で、虚しくこだました。
瑠璃を追って飛び込んだ先にいたものを見て、柊は思わず絶叫した。
それは、猿だった。どこからどう見ても、猿以外の何者でもなかった。縦にも横にも柊の倍はありそうな大猿が、巨大な斧を振り回し、瑠璃を追い掛け回していた。
「おい! 暢気に驚いてる場合か!」
瑠璃が、必死に大猿の攻撃を躱しつつ叫ぶ。
予備動作が大きいので、斧そのものを避けるのは容易いが、問題は斧に砕かれて飛び散る岩の破片の方だ。破片といっても、瑠璃の頭ほどの大きさがある。まともに食らえば致命傷になるだろう。
「真珠姫は!?」
「わからん! けどここにいるのは確かだ! 多分、その辺の岩の陰に……!」
柊の問いに答えながらも、瑠璃は再び繰り出された斧の一撃と、岩の欠片を躱す。
ここは洞窟の行き止まりらしかった。真珠姫のものと思しき悲鳴は奥から聞こえたのだから、瑠璃の言う通り、ここにいるのは間違いない。
ついで、大猿を観察する。これだけの図体、大斧を振り回すこの体力。半端な攻撃では、動きを止めるどころか、ただ怒りを煽って暴れ方が酷くなるだけだ。そうなれば、物陰に隠れている真珠姫も危ない。柊はそう読んで、
「……俺が動きを止める! 瑠璃、さっきの大技ぶつけてやれ!」
言うが早いか、柊は碧の燐光を放つ地を蹴って大猿へと迫る。
「風よ、踊れ――《エア・ダンス》!」
言霊に従い、巻き起こる風が柊の背を押した。瞬く間に大猿の懐に飛び込む。
大猿は、目の前に飛び込んできた新手に、むっとしたように足を振り上げた。蹴り飛ばすつもりらしい。
柊は、ぎりぎりまで引きつけて、蹴りが放たれた瞬間、相手の脇に跳んで蹴りを躱す。同時に、目の前の軸足に思い切り刃を突き立てた。
形容し難い耳障りな悲鳴と共に、大猿がバランスを崩して膝を突く。下敷きにならないよう、剣を引き抜いて飛び退きながら、柊は叫んだ。
「やれ!」
「――レーザーブレード!」
気合の声と共に、振り下ろされた閃光の刃が大猿の肩を捉える。そのまま深々と切り裂かれ、握力を失ったその手から斧が離れて落ちた。
「……やったか!?」
「……まだだ!」
片足を貫かれ、片腕を使えなくされても、猿はまだ動いていた。残った二肢で、忌々しい小さな生き物を葬ってやろうと腕を振り上げ――
「これで――」
その頭上に、柊は足場として展開した月衣を蹴って飛び上がる。
「――終わりだッ!」
叫んで、手にした刃を、柊は水平に振るった。
自身の眼前、大猿の真上。そこにある巨大な鍾乳石の付け根に向けて。
天井から切り離されたつらら状の石は重力に従い、片足の機能を失って動けない大猿の上へと落下し――
けたたましい破砕音と土煙が晴れた後、砕けた岩の下で、大猿はもはや、ぴくりとも動かなかった。
「……やったか」
「今度こそ、な」
剣を収めながら言う瑠璃に、柊も刃を収めて答える。
一つ息を吐いて、瑠璃は大きく声を張り上げた。
「真珠姫!」
辺りを見回しながら、更に声を張り上げる。
「どこだ!」
「……瑠璃くん?」
その声に答えて、どこか頼りなげな声が響いた。
声と共に奥の岩陰から現れたのは、十六、七の少女。
ふんわりとした茶の髪に、夢見るように潤んだ翡翠の瞳。小柄な体躯、愛らしい顔立ち。穢れない白のドレスがよく似合う、なよやかなしぐさ。その姿も、雰囲気も、ほんの少し目を放せば消えてしまいそうなほど、儚い印象がある。
もじもじと頼りなげに合わせる両手の下、その胸元には純白の輝き。瑠璃と同じように、彼女の胸元もまた、大きな宝石に飾られている。
きぃん、と澄んだ音と共に、蒼と白の煌きが、二人の胸に閃いた。
この娘(こ)が真珠姫か、と柊が納得するのと同時に、瑠璃が飛ぶような勢いで少女に駆け寄る。その両の肩を掴むように抱きながら、血相を変えて訊いた。
「核は傷ついてないか?」
(……核?)
瑠璃の言葉に、柊は眉を寄せる。瑠璃の視線からして胸の宝石のことのようだが、彼女自身の安否より、宝石の方が大事だというのだろうか。
「ええ……だいじょうぶ」
小さく頷いて、少女は答える。その声も、まるで綿菓子のようにふわふわと頼りない。
その言葉に、安堵の息を吐くと、瑠璃は一転して怒りの色を瞳に浮かべた。
「一人でウロツクなと、あれほどいったじゃないか。どうしてこんな所に?」
「考えことをしていたの……いろいろ……」
頼りなげに答えるその声は、まるで夢想の中をただようかのよう。その瞳はどこか遠く、夢見るように虚空を見つめている。
その瞳を覗き込むようにして、瑠璃は強く頭を振った。
「今は何も考えなくていい。今はおとなしく、オレに守られていればいい……」
「でも……」
戸惑うように声を上げる少女の様子に、ついに瑠璃は声を荒げた。
「いい加減にしろ!」
洞窟内にこだまするような怒声に、びくり、と身を震わせて、少女は縮こまる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
怯えたように謝り続ける少女の様子に堪りかねて、柊は思わず二人の間に割って入った。
「おい、瑠璃! 心配だったのはわかるが、いくらなんでも言い過ぎだろ」
「アンタは黙っててくれないか」
ぎろり、と射殺せそうな眼差しで瑠璃は睨んでくる。それを睨み返して、柊が答えるより早く、
「……このひとは……?」
不思議そうに首を傾け、柊に視線を向けた真珠姫が訊いた。
柊が自己紹介しようと視線を合わせると、ぽっ、と頬を朱で染めて、顔を俯けてしまう。柊が戸惑っている間に、瑠璃の後ろへと隠れてしまった。
瑠璃は、自身の背に隠れた少女を溜息混じりに振り返る。その様子からして、彼女のこの態度はいつものことらしい。
「柊蓮司。お前を捜すのを、手伝ってくれた。変わったヤツさ」
「そ、そうなんだ……」
瑠璃の答えに、真珠姫はおずおずと柊の方へと歩み寄る。
柊と視線が合うとまた頬を染めて俯いてしまうが、もじもじと手を合わせ、懸命に顔をあげて、
「――そろそろ行くぞ」
その彼女の言葉を待たず、瑠璃が告げた。真珠姫は、戸惑ったように彼を振り返る。
「でも……」
「じゃあな」
その言葉を遮るように、柊へと別れの言葉を告げて、瑠璃は出口の方へと歩み出した。
真珠姫は戸惑ったようにその背を目で追う。それから柊に視線を戻して、意を決したように口を開いた。
「あの……あ、ありがとう……」
蚊の鳴くような声でそう告げて、ぽっ、と耳まで赤くなる。
岩陰から出ようとしていた瑠璃が、振り返って声を上げた。
「行くぞ」
「ごめんなさい。いま、いくわ」
そう返してから、真珠姫はもう一度柊を見上げて、
「蓮司おにいさま。あの……これ、お礼です……」
言って、腰に下げていた小さな荷袋から取り出したものを差し出した。
真珠姫が差し出したものを見て、柊は思わず固まる。
彼女のお礼の品は二つ。一つは、淡い紫色の、スズランのように俯いて咲く花を模した小さなランプ。スズランにしては花の形が少し違うので、別の花かもしれないが。まあ、これはいい。
問題はもう一つの品。表面がざらりとした、まん丸の白い石。その中心には黒丸が描かれ、ぎろりとこちらを睨んでいる。――どこからどう見ても、目玉のようにしか見えない。かなり不気味である。
「蛍袋のランプと、石の目玉です……どうぞ」
なるほど、スズランではなくホタルブクロだったか。けどやっぱりこっちは目玉なのか。お礼に目玉の置物ってどうなんだ、嫌がらせか――そんな言葉が胸を渦巻くものの、何の裏も悪意も見えない、夢見るような翡翠の瞳を前に、そんなことを言えるわけもなく。
「あ、ありがとぉな……」
引きつった笑みで受け取って、引きつった声で礼を告げる。
その言葉に、少女ははにかんだような笑みを浮かべると、急いで騎士の後を追って行った。
二人は寄り添って、岩陰の向こうへと消える。その姿を見送って、
「……どうしろってんだ、これ」
どう扱ったものかわかりかねる品を手に、一人呟いた柊の言葉は、聞く者のいない洞窟内で、虚しくこだました。
◇ ◆ ◇
ちなみに。
洞窟内で散々迷って、やっとこさ抜け出た頃には既に夜更けだった。町よりも家が近かったために買出しを諦め、空きっ腹を抱えて家へと帰り着いた柊に、サボテンが一言。
「迷子も楽し」
「楽しくねぇよッ! 他人事だと思ってテキトー言いやがってこのサボテンがーッ!?」
返して叫ぶ柊が涙目だったりしたのは、まあ余談である。
洞窟内で散々迷って、やっとこさ抜け出た頃には既に夜更けだった。町よりも家が近かったために買出しを諦め、空きっ腹を抱えて家へと帰り着いた柊に、サボテンが一言。
「迷子も楽し」
「楽しくねぇよッ! 他人事だと思ってテキトー言いやがってこのサボテンがーッ!?」
返して叫ぶ柊が涙目だったりしたのは、まあ余談である。