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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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第04話

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4話 桃月学園クラス対抗料理合戦・当日 -ココロオドル/奈落の花-



暗い部屋の中で、一人の女が目の前の手のひら大の水晶球を覗き込む。
無音。
そこにはその女しかおらず、また女はその水晶球の中のものを食い入るように見ているからだ。
生き物が本当に一つのことに集中すると何一つ無駄なものがなくなるように、その女には今水晶球の映す映像以外に必要がなかったからだ。

その水晶球に映るのは、やたら地味な眼鏡少女とブロンドのメイド。
しばし音のない世界が続いていたその世界で、女が口の端を持ち上げた。

「―――みつけた。私の、敵」

女は、見えぬ誰かに宣言するように言う。

「いいだろう、私の敵。私の前に立ちふさがるというのなら、完膚なきまでに叩き潰してやる。
 この思いを誰にも邪魔させたりなんかはしない」

そして彼女は、机の上にある一冊の本を撫でる。

「よく我慢したアンジュ。私の手伝いをすれば10日ぶりの食事をとらせてやろう。
 そして……この夜の内に、私の計画を終わらせる」

闇の中で、女の笑みが深まる。

「貴様らの出番だ。せいぜい存分に我が手足となるがいい、木偶共」

暗い部屋に光が訪れることは、ない。




晴れた空。
10月も半ばのある日。
ここ、桃月学園のグラウンドには、いくつもの特設ブロックが設営されていた。
そう。今日は―――

「Yes!桃月学園クラス対抗料理合戦なのカナ?なのダナ!」
「何のマネだ。あと誰に向かって言ってる姫子」

やたらテンションの高い1-Cのアホ毛バカ娘こと、片桐姫子。それを覚めた目でツッコむのは同じクラスの玲だ。
なお、その間に挟まれた妖怪、レベッカのウサギことメソウサは、そわそわしながら大丈夫かな、大丈夫かな、と言いつつ選手席のあたりを見ている。
姫子は冷静な玲に、やたら能天気な笑顔で言う。

「そういえば、なんで玲ちゃんは出なかったの?料理上手じゃん」
「ベッキーを推したのはお前だろうが。あと、こんなとこで出る賞金なんか受け取ってもお前らが面倒だしな」
「そこまでお見通しとは……やはりメガネが!」

ハイライトのない目でそうズレまくったことを言うお下げ娘は、1-Cの学級委員にして一条家長女、一条さんである。妹にもあるはずの下の名前は不明だ。
そんな彼女を尻目に、心配そうに前の人垣の先の選手席にいるはずのレベッカを案じるのは、前髪をピンで7:3に分けたおでこメガネ、上原 都。

「一条さん、メガネ関係ない。
 そんなことよりベッキーは大丈夫なの?昨日も『急におなかがー!』とか『料理キラーイ!』とか言ってたじゃないの」
「んー。それなんだけどさ、都」

何か戸惑うように、くるみが何かを言おうとするのを、六号さんこと鈴木 さやかが遮って言った。

「今日の宮本先生は何か違うように見えます。
 やる気がみなぎってるみたいです。なにかあったんですか?」

背後でそれ私の台詞ー!と叫んでいるくるみを尻目に一同がそちらを向くと、確かにそこには何かの覚悟を決めたような様子のレベッカが立っていた。




晴れ渡った空の下、こんな時しか働かない桃月学園諜報部の1-B綿貫 響が右手に持つマイクに向けて叫びつつ左手のハンディカメラをまわす。

「さて、はじまります桃月学園クラス対抗料理合戦!
 今回もまた、各クラスの珍料理人・名料理人が大集合!本日の課題・カレーにそって各自、その腕をふるいます!
 今大会の目玉はやはり1-C代表ちびっこ先生レベッカ宮本!
 前評判では料理は運動以上に苦手と聞いていますが、どんな珍料理を見せてくれるのか!?珍料理部門一位の期待がかけられます!
 その他にも、3-B代表科学部部長の解剖カレー、3-C代表麻生 麻里亜のぶちこみカレーなど、珍料理部門はエントリーだらけ!誰がその栄冠を手にするのか!?
 名料理人部門エントリーが逆に少なすぎるくらいです!いつものことですがこんなんで本当に大会成り立つんでしょうかっ!?
 なお、今回の試食人(しんさいん)は、毎年おなじみ1-D担任ジジイ!1-B担任早乙女!生徒会代表桃瀬 修!そしてそこらへんを歩いてたオオサンショウウオ!
 最後にゲスト審査員ですが、今回は桃月商店街一平和な喫茶店の呼び声高い喫茶店より、名物店員をお呼びしました!
 銀行強盗ぶちのめし、引ったくりから戦利品を奪い返す、桃月商店街の地域密着型ご近所ヒーロー柊 蓮司ー!」

そんな声をどこか遠くに聞きながら、呼ばれた柊は隣の席に座る修に遠い目でたずねた。

「聞いていいか、桃瀬兄」
「なんです?」
「なんで俺はバイト先から拉致られたあげくこんなとこまで連れてこられて縄で椅子に縛りつけられてんだよっ!?」

そう涙目で言うのは、この時間はエトワールで猫又相手に舌戦を繰り広げているはずの柊だ。
当人の言葉どおり、エトワールから高校生数人に拉致されて椅子に縛りつけられている。抵抗しろよ、とツッコミたくなる光景だ。
修は至極当然というように、逆に不思議そうに聞いた。

「だって、縛っとかないと逃げるじゃないですか?」
「まず状況の説明をしろよって言ってんだっ!?」

それもそうですね、と困ったように苦笑しながら、修は柊の縄を解く。

「見ての通りウチのガッコの料理大会で、あなたが審査員に選ばれたんで連れてきただけです。
 一応バイト先の店長さんには話を通してありますよ?」
「聞いてねぇよっ!?」
「あそこお客さん少ないから、いなくても平気だろうって言ってました。あと、ちょっとくらい息抜きしておいで、とも」

困ったような言葉に、柊は言いたい言葉をぐっと飲み込む。
そもそも目の前にいるのは店長でないのだから文句は言えない。さらに、店長も自分のことを考えてくれた結果なため、文句を言うわけにはいかない。
意外と悪意のない、どころか善意の行動に対して面と向かって文句が言えるほど彼は自分本位ではない。
理不尽はいつものことか、と抵抗をあっさり諦めて柊は問う。

「それで?俺はなにすればいいんだよ、味の評価なんてできねぇぞ。食えるか食えないか旨いかの三つくらいしかわかんねーし」
「別に期待してないです。実はもともと呼ぶはずだった人がポーランドに行っちゃいまして。
 あんまりに急なことだったんで代役立てるにも選択肢がなくて、近くで働いてる昼からヒマな人を探してたらちょうどいたのが柊さん、と」

だからちょっと協力してくださいよ、と拝む様子すら見せる修にため息をついて、柊は答える。

「今更この状況で逃げられるかっての。あとでなんか礼しろよ」

助かります、と言って修はほっとしたように笑った。




カレーのクッキングタイムが始まった。

「いぃーっひっひっひ……さぁ、イケニエの準備をはじめるとするかねぇ?」

そう言うのは科学部部長。科学部なのに生贄とかなんか黒魔術っぽいのは目をつぶれ。

「もずく酢に、納豆に、キムチに、マグロのたたきに、アンチョビに、牛のレバーに、もやしに、冷凍ギョーザに、ドリアンに……全部入れちゃいましょう♪」

迷った時は全部入れが基本の麻生家次女。よい子は絶対マネするな。

「さぁ、ベホちゃん準備はいい?……えいっ♪」
「でりゃうりゃおりゃそりゃどりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

ベホイミとメディアのコンビは、メディアが空中に次々と放り投げる具材を、ベホイミがナイフ一本で皮をむき適度な大きさに切って鍋へと入れる。これ、意味あるのか?
他にも、ハバネロとチリペッパーとカイエンペッパーと花椒を大量にぶち込んだ赤黒い鍋を嬉々としてかき回すものもあれば、
「こっむぎーこーたー○ーごにー、ぱっんこー○ーまーぶーしってー♪」と何故かコロッケの作り方の歌を熱唱しながら材料を切り刻むものもいる。

そんな人外魔境と化した桃月学園校庭の特設ステージの一角で、レベッカは家から持ってきた子供用の包丁を見つめる。
昨日材料を買ってから、やった事といえばえんえんと包丁の使い方を野菜を切って覚えることだけだった。
正直、それなりに使えるようになったと自分では思うものの、今でも少し怖い。
だから彼女は一度目を閉じ、一つの言葉を思い出す。

『―――結局、刃物ってのは道具だ。
 使う人間が使い方を知ってりゃ、無駄に何かを傷つけることはねぇ。それを覚える前から傷つけるからって遠ざけてたら、仲良くなることなんか絶対できねぇよ』

そう。その使い方を、今の自分は昨日までの自分よりは知っているつもりだ。
その積み重ねは。ほんのひと時とはいえ身につけた技術は。自分を裏切りはしない。
他人に評価されなくても、自分の覚えた技術は自分以外の誰にも好きにできない。見えずとも、常に自分と共にあるものだ。
だから、その身に着けたものを、自分自身が信じればいい。ただそれだけの話。

目を開く。目の前にあるのは包丁とまな板とキッチン。
信じるのはつたないながらも自分で努力し身に着けた技術と覚えたカレーの作り方と自分の舌。
だから恐れることはない。それらは全て自分のうちにあるものだ。後は自分がどれだけ自分を信じて精一杯やるかだけ。
レベッカは、真剣な表情で包丁をとった。




調理時間が終わり、漂うカレーのいい匂いと―――絶対に食べ物とは認めたくない類の危険な臭いが混ざり合う桃月学園の校庭。
少し日が傾き始めたその時刻で、今は試食が行われている。

しかし、審査員席は今はもう死屍累々の状態だ。
麻生妹の作り出したごぼごぼ音を立てるカレーとは呼べない代物を食らって、おじいちゃん先生は一発で気を失う。
もう見た目からして危険な赤黒いカレーもどきを食べてオオサンショウウオは干からびかけている。
修も早乙女もぐったりしているが、何とか意識はあるようである。なんつー大会だ。
そんな中、やけに元気な奴が一人いた。

「ごちそーさん」

どうやって作ったのかもわからない、生き残った二名はスプーン一杯で諦めた真緑のカレーを小皿一杯分完食したのは柊だ。
その姿を見て、綿貫がマイクに向けて感嘆を叫ぶ。

「すごいすごいすごーい!2-A代表謹製『真・グリーンカレー』すら審査員用小皿取り分け分完食したぁー!
 この男、一体どんな食生活を送っているのかっ!?はたまた胃袋が宇宙にでもつながっているのでしょうかっ!?
 3-C麻生 麻理亜の殺人闇カレーと2-B代表によるブラッディマーダーすら乗り越えたこの男、
 一体どんな体の構造をしているのか、私は今中身を見てみたい気分で一杯です!」
「中身ってなんだよっ!?」

矢野王子だろ。

閑話休題。
彼の名誉のために言っておくが、柊自身の食生活は特におかしいものではない。味覚も常人と同じくらいのものである。
単に、『毒や劇物に近い料理への耐性』が人並みどころの話ではないだけだ。
炭にしか見えない物体Xや、箸に噛み付くお弁当を作ったり地球を腐食することで貫通する緑色のチョコを作る人物の作った弁当を完食したりしてきた経験が、
彼をそういった殺人料理に対するこの完璧に近い耐性・免疫を作り上げた。
わかりやすく言うなら、あれに比べればこの程度、と思える程度の免疫があるのである。
……かといって、赤い髪の少女の作る料理を率先して食べたがるとは思えないが。

ぐったりしている二人にまともに話を聞くのはさすがに無理だと思ったのか、綿貫は柊にたずねる。

「で、どーですかこの真緑カレー。正直人の食べるものじゃないと思うんですが」
「飲めないことはないぞ。お世辞にも旨いとは言えねぇが」
「そうですか特に面白くもないコメントありがとうございまーす」
「お前は俺に何を求めてんだよっ!?」
「はいはい次に行きましょう。
 次は―――おぉっと、皆さんご注目ください!今回の珍料理部門優勝候補筆頭、1-C担任レベッカ宮本ー!」

おおおおお、とどよめく校庭。
そのどよめきを背後に受けながら、しかしレベッカは真剣な表情で5つの小皿に盛られたカレーの載ったトレイを持って、ゆらぐことなく立っていた。
その視線は、面白くしよう(茶化そう)とする綿貫を黙らせるほどの迫力をもって威圧していた。
一歩後退りながらも、綿貫は懸命にマイクをレベッカに向けた。

「え、えーと……先生?なんですかこの威圧感は。
 まるで討ち入りにいく四十七士のような気合の入り方なんですけど……?」
「うるさい黙れ。それよりさっさと配るの手伝え綿貫」

威圧感に気おされ、綿貫もカレーを配るのを手伝う。
すでにダウンした二人のところにも運ぶのはご愛嬌だ。
レベッカは射抜くような目で審査員席を見つめる。
その視線の中、まだ辛うじて生き残った三人がスプーンでカレーをすくう。

見た目としては、半分煮崩れたじゃがいもと煮え具合を確かめるために串を刺したのだろう、穴だらけの人参。切り方がややめちゃくちゃな玉ねぎと肉。
具に関しては割と常識的だ。ちょっと切り方が歪だが。
後は食べてみるしかない。

早乙女と修が、レベッカの腕を知っているがゆえに気おくれする。ゆえに、残った一人が一番はじめに口に入れたのは必然だった。
柊はカレーをもくもくと口の中に運び続ける。
やがてその皿は空になり、彼は両手を合わせて今までし続けたようにごちそうさまをした。
観衆すら黙り込んだその沈黙の中、綿貫がおそるおそる問うた。

「で、あの。評価の方を聞いてもいいですか?」
「うまかったぞ?」

はい?と意外すぎる言葉に目を丸くする綿貫。
問い返されて、少し照れたように彼は言いなおした。

「そりゃ店に出すほどのもんじゃなかったけど、10歳でここまで出来りゃ上等だろ。
 家で作るような普通のカレーだ。うまかった」

その言葉に、今までスプーンの止まっていた早乙女と修がそれを動かす。
二人とも目を見開いておぉ、と唸った。

「何があったんです宮本先生!ちゃんと食べれて、しかも結構おいしいものが作れてるじゃないですか!」
「おぉぉ。人間ってやっぱ進歩するもんなんですねー。ウチの妹もこれくらいの甲斐性があればなぁ……」

修の言葉にくるみが校庭の隅っこでさめざめとありんこをつつき始めるが、あまりに地味すぎて誰からもツッコミが入らない。
そんな光景をやはり無視し、綿貫が驚いたように声を上げた。

「な、なーんと!レベッカ宮本意外や意外の高評価!
 これは高い得点が期待されます!珍料理部門にエントリーしたのは失敗だったか1-Cっ!?」

おおおおお、と再び会場がどよめく。
そのどよめきに実感が持てたのか、レベッカは審査員席に座る柊を見て、言った。

「……言ってくれ」

言葉が何を意味しているのかわからない柊は間抜けな顔でなにをだよ?と問い返す。
レベッカは、ぎゅっと両手を握りしめて何かを我慢するように自分の中に押しこめながら言った。

「もう一回、言ってくれ。感想」
「……うまかったぞ?」

彼女がなぜそんなことを言い出したのかがわかっていないように言った柊のその言葉が、彼女の最後の我慢を断ち切ったのか。
レベッカはぼろぼろと大粒の涙を流して大泣きしながら審査員席へとダイブした。
会場が、これまでで最高の盛り上がりを見せた。




ふんふふふーん、と鼻歌を歌いながら歩くメディア。
その横を歩くのはベホイミだ。彼女は隣の仲間を見てたずねる。

「なんかご機嫌だな、お前」
「ベホちゃんは嬉しくないんですか?宮本先生あんなに嬉しそうだったじゃないですか」

料理大会終了直後。
レベッカが初対面のはずのゲスト審査員に飛びついて抱きついて泣きつくというハプニングがあったものの、
その後も大会はなんとか進み、全クラスの審査を終えたところでしばらく時間をおいて各賞を発表し、無事に終わった。

まぁそりゃ嬉しいっスけど、と前置きしてベホイミは少し憂鬱そうに答える。

「お前と組めばそれなりにいい賞狙えるかと思ってたんだけどなぁ」
「珍料理、が料理の作り方の面白さじゃなくて変な料理だったっていうことが敗因でしょうねぇ……」

そう、ベホイミの発言に汗をたらしつつ答えるメディア。
これでも彼女達、料理に関してはそれなりの水準にいるのだ。
その彼女達がわざわざ組んで珍料理部門にエントリーしたのは少し失敗だったかもしれない。会場は盛り上がったわけだが。

と、メディアの携帯が着信を告げた。彼女はベホイミに小さく謝ると、通話ボタンを押して小さく2、3言交わす。
その後すぐに届いたメールを見ながらしばらく携帯を操作すると、メディアは言った。

「ベホちゃん、頼まれてた調査結果今届きました」

その言葉に、ベホイミの表情が一瞬で引き締まる。
彼女がメディアに頼んでいたのは、この事件の黒幕について。
今わかっているのは町にいる黒幕らしき人物が錬金術師のウィザーズ・ユニオンをやめてフリーになり、それからこの界隈に来ているということだけ。
メディアはメールを読み上げる。

「名前は、ブランシェリーナ=リヴァル。魔術師(メイジ)の名門として名高いフランスのリヴァル家の、分家の一人娘だそうです」

淡々とそう告げたメディアに、ベホイミは早速疑問をぶつけた。

「そんないいトコのお嬢さんがなんでまた日本(こんなとこ)にいるんだよ。
 しかも実家の魔術師家業捨てて、別系統の錬金術学んで、さらにそこやめるなんて転落人生一体何があればそうなる?」
「それは―――」
『そこから先は私が説明しよう、ニンジャ』

いきなり現れた第三の声に、ベホイミとメディアは臨戦態勢を取りながらそちらを向く。
そこには、亜麻色の髪を伸び放題に伸ばし、ベルトのやけに多い黒革のボディスーツをつけ、その上から黒い腰布をベルトで締めたグラマーな女が立っていた。
彼女のかもしだす空気は張りつめた糸のように厳しいもので、上に物が乗ることができないほどたるみなく張りつめている。まるで糸電話のようだ。
しかし、その存在は実体ではなく、光の加減で透け、じじじじ、とところどころブレが生じていた。
つまりは、これはどこかから投影された映像なのだ。
今すぐ攻撃される心配はなくなったかと思いながらも、彼女達は警戒を緩めない。
ベホイミが不敵に問う。

「ご親切にどーもっス。で?アンタはどこのどなたのナニ子ちゃんスか?」
『お初にお目にかかる。
 私の名はブランシェリーナ=アンジュ=リヴァル―――今日この町を襲う者だ、私の敵よ』

それに、相手―――ブランシェリーナは堂々とした宣戦布告で答えた。




「おい、そろそろ戻ろうぜ」
「うるさーい!なんでお前がここにいるんだよっ!」

料理大会の表彰式が終わると同時、観衆に凄まじい姿を見られたレベッカは、彼らが押し寄せるのを感じて全力で逃げ出した。
もちろん、彼らもその後を追おうとしたものの、大半の生徒は生徒指導の教員となんとか意識を保った早乙女によって帰りのHRのために捕獲される。
それでも暴走しかねない姫子や綿貫、A組の秋山 乙女らの生徒については、玲の止まらないとお前の○○○をバラす、という一言により沈黙することになった。
そんなわけで、レベッカが逃げた先について来れたのは学校関係者ではない柊だけだったわけだ。
レベッカは空き地に放置されている土管の中に隠れて、土管の外から声をかける柊の言葉を完全シャットアウトしている。

これは声をかけても逆に頑なになるだけかと思った柊は、自分の背も土管に預けて話をそらす作戦に出ることにした。

「わかった。もう出ろとは言わねぇよ。
 ……にしても、お前本当に先生やってたんだな。実際見るまではちょっと疑ってたぞ」
「待て、やってたってなんだ?今日学校に来るまでに誰かから聞いてたのか?」

少し興味を持ったらしいレベッカの言葉に、かかった、と内心思いつつ話を続ける。
この男、頭を使って計画を組み、前もって手を打つことは非常に苦手なのだが、駆け引きの閃き・機転に関しては目を見張るものがある。
その機転に、天才とはいえ対人的駆け引きの経験値の低い10歳児であるレベッカは思わず引っかかってしまった。
……まぁ、レベッカの柊に対する心理的垣根がやたら低い、というのもこの結果のきっかけになってもいるわけだが。

「あー、ほら。あいつ。ベホイミから聞いた」
「ベホイミって、D組の?お前あいつと知り合いなのか?」
「ちょっと昔に2、3回会ってな。それで知り合った。こんなとこで再会するとは思ってもみなかったけどな」

そうなのか、と呟いて彼女は黙った。
しばらくして、レベッカはもう一度だけ聞いた。一番聞きたかったことを、今度は誰もいないところで、もう一度。

「なぁ」
「なんだよ?」
「ほんとに、おいしかったか?カレー」
「お前疑い深いな……桃瀬兄ももう一人生き残ってた奴もうまいっつってたろうが」
「そーじゃなくて、お前の感想がもう一回聞きたい」

そう、真剣な様子でもう一度聞くレベッカ。
そのあまりにストレートな物言いは、少しヒネた感情表現をする柊にはまっすぐ直球過ぎてどこかむずがゆくなるくらいだ。
照れながら、彼は三度同じ言葉を繰り返す。

「……うまかった。たった一日であれだけよく頑張ったってくらい、うまかった」
「―――そっか」

土管の中で、レベッカは一人うれしそうに笑う。
料理を作った人間が、次も作ろうと思えるのはそこに誰かの笑顔があるからだ。おいしい、と認められるからだ。
それはなにも料理に限ったことではなく、ものを作る人間に対して与えられる評価は進歩につながる。次への活力になるからだ。
ましてや、自分にがんばりかたを教えてくれた人間に誉められたとなれば嬉しさもひとしおだろう。それだけで、彼女は自分を煩わせる全てのことが許せた。
すく、と土管の中から出るレベッカ。にやりと笑って柊は彼女に言った。

「お?もうひきこもりはおしまいか、ベッキー?」
「うるさい。学校に戻るぞ、まだHR終わってないんだ」

そう言って前を歩き出し。
彼女はくるり、と後ろを振り返って柊に言った。

「それから、ベッキー言うな。私の名前はレベッカだ」
「は?お前が呼べって……」
「知らん。私がレベッカと呼べって言ってるんだ、レベッカでいい」

柊にはよくわからないが、それが本人の言うことならそうするべきなんだろうと自分を納得させ、答えた。

「わかりましたよ、レベッカお嬢様」
「お嬢様は正直いらないけど……まぁいいか。行くぞ、柊」

そう言って、彼女が前を向こうとした時、



―――視界を、黒いものが横切った。



そちらの方に目を向けると、こんな何もない空き地に不似合いな、黒い革の本がぽつりと落ちていた。
不思議に心引き寄せられたレベッカは、その本に向けて軽く走り出す。

「―――レベッカ?」
「なんか本がある。誰かの落し物かな?」

その声に、柊はレベッカの進行方向にある黒い本を『認識』した。

おかしい。
あんな不自然なものがあったら、わき目もふらずに走ってきたレベッカはともかく柊が気づかないはずもない。
そもそも、土管に背を向けていた時に目をやっていた場所のはずなのに、その時にはなかったはずの本がそこに『ある』。

―――まるで、レベッカが『本がそこにある』と認識した時にはじめてその姿を現したかのように。

これまで異常事態に巻き込まれ続けてきた柊は、その本に対して直感的に危機を感じ取った。

全力で地面を蹴る。
とにかく、あの本にレベッカを触らせてはならない。
その直感だけを頼りに、這い上がる嫌な予感に全幅の信頼を置き、とにかく人間として、ウィザードとして、出せる全力をもってレベッカに駆け寄る。
心の奥底が警鐘を鳴らす。
だめだ。追いつけ。でなければ、あいつは―――
月匣をはる時間すら惜しい。相棒を抜く時間ももったいない。そんなことをしている暇があるのなら一秒でも早く―――!

叫びの勢いすら加速にまわし、思考はとにかくレベッカを引き離すことだけに集中、その手をあらん限りの力で伸ばし―――




―――レベッカの小さな体が、地面へと弾き飛ばされた。




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