5話 夜を駆ける - Hero's come back!- 前編
青い月匣で区切られたその場所は、なんの変哲もない小さな路地だった。
けれど、イノセントはそこに立ち入ろうとはしない。そこになにがあるのかも認識していない。それに疑問を差し挟むこともない。
彼らは常識を作り、常識に守られる者。
ゆえに、非常識が常識を排除している場について、認識することができない。
だから彼らは、そこに何がいるのかを知らない。
けれど、イノセントはそこに立ち入ろうとはしない。そこになにがあるのかも認識していない。それに疑問を差し挟むこともない。
彼らは常識を作り、常識に守られる者。
ゆえに、非常識が常識を排除している場について、認識することができない。
だから彼らは、そこに何がいるのかを知らない。
この町を脅かそうとする者と、この町を守ろうとする者たちがそこでにらみ合っていることも。
「私の敵、とはまた大きく出たっスねぇ」
ベホイミが軽口を叩く。相手―――ブランシェリーナは冷たい表情のまま、至極当然と言わんばかりに答える。
『敵だろう。お前達はこの町を守ろうとしているのだから』
「確かにそれじゃわかりあえそうもないっスね」
「確かにそれじゃわかりあえそうもないっスね」
ベホイミとブランシェリーナの間に殺気の応酬が始まる。
どちらかというと直情径行の彼女は交渉事に向かない。いつもの笑顔のまま、メディアが代わりにたずねた。
どちらかというと直情径行の彼女は交渉事に向かない。いつもの笑顔のまま、メディアが代わりにたずねた。
「ブランシェリーナさん、あなたの目的はなんですか?
なんでここに現れて、わざわざ邪魔な私達に宣戦布告じみたことをするんです?」
『これまでお前達は、私の計画を邪魔し続けた。その手際については見事と言っておこう。
結局邪魔が入るのなら、障害は計画の前に潰しておこうと思うのは悪いことではなかろう。
だから、私はお前達に布告する。明日午前0時、私は計画を成就させる』
なんでここに現れて、わざわざ邪魔な私達に宣戦布告じみたことをするんです?」
『これまでお前達は、私の計画を邪魔し続けた。その手際については見事と言っておこう。
結局邪魔が入るのなら、障害は計画の前に潰しておこうと思うのは悪いことではなかろう。
だから、私はお前達に布告する。明日午前0時、私は計画を成就させる』
その言葉に、ベホイミから放たれる相手への敵意がより強くなる。
相手に実体があれば即座に殴りかからんばかりの威圧を、しかし相手は涼しく受け流している。
メディアはそんな膠着状態を打開し、相手の情報を引き出すため続けて聞いた。
相手に実体があれば即座に殴りかからんばかりの威圧を、しかし相手は涼しく受け流している。
メディアはそんな膠着状態を打開し、相手の情報を引き出すため続けて聞いた。
「なぜこの町を襲うんですか。この町には何もありません、ただ人が住むだけの、特殊な封印もなにもない町です」
『何もないわけではない。この町に住むウィザードであるのなら、ここがなんであるか知らぬわけはないだろう?』
「それは、この町が『交流区域』だということですか」
『然り』
『何もないわけではない。この町に住むウィザードであるのなら、ここがなんであるか知らぬわけはないだろう?』
「それは、この町が『交流区域』だということですか」
『然り』
この町がなんであるか、とウィザードに聞いて返ってくる言葉はそれしかない。
何か大きなものが封印されていたりはしない。魔導具の保管・管理も行っていない。強力なウィザーズ・ユニオンの支部や本拠もない。
そんな町に何かをする理由は、高位エミュレイターにはない。だから、これまでこの町で大きな事件が起きることはなかった。
何か大きなものが封印されていたりはしない。魔導具の保管・管理も行っていない。強力なウィザーズ・ユニオンの支部や本拠もない。
そんな町に何かをする理由は、高位エミュレイターにはない。だから、これまでこの町で大きな事件が起きることはなかった。
その平和を崩した存在は、逆に問う。
『お前達とて知っているだろう。妖怪と人間は違う存在だ、真にわかりあうことなどできない。
生きる時間も考え方の根底も異なる存在と共に生きることなどは不可能だ』
「交流区域否定派ってわけっスか。さすがにいいトコのお嬢さんの考えることは違うっス」
生きる時間も考え方の根底も異なる存在と共に生きることなどは不可能だ』
「交流区域否定派ってわけっスか。さすがにいいトコのお嬢さんの考えることは違うっス」
不敵な笑みで、ベホイミは相手を挑発し自身を鼓舞する。こんな相手に、この程度の相手に負けたりなどするものかと。
人と妖怪が違う存在であるという考え方の人間は、ウィザードの中にも存在する。
聖教の使徒たる聖職者は、主の教えに背を向けながら人間の中に隠れひっそりと生きていた吸血鬼らを狩るために魔女狩りをやった過去もある。
他にも、純然と歴史を積み重ねた歴史ある魔術師や聖職者、神職の中には異端である人間外の存在を排除しようとする傾向のあるものは厳然と存在する。
そんな人物達が交流区域の制定についていくつか難色を示したこともあるが、人と妖怪は手を携えてその考えを打破した。
けれど、いまだにそんな町の存在を苦々しく思っている否定派はやはりいる。
ブランシェリーナは、そんな挑発にのることなくただ冷厳に二人を見るのみ。
人と妖怪が違う存在であるという考え方の人間は、ウィザードの中にも存在する。
聖教の使徒たる聖職者は、主の教えに背を向けながら人間の中に隠れひっそりと生きていた吸血鬼らを狩るために魔女狩りをやった過去もある。
他にも、純然と歴史を積み重ねた歴史ある魔術師や聖職者、神職の中には異端である人間外の存在を排除しようとする傾向のあるものは厳然と存在する。
そんな人物達が交流区域の制定についていくつか難色を示したこともあるが、人と妖怪は手を携えてその考えを打破した。
けれど、いまだにそんな町の存在を苦々しく思っている否定派はやはりいる。
ブランシェリーナは、そんな挑発にのることなくただ冷厳に二人を見るのみ。
『なんと言われようが、人間と妖怪は違う存在だ。
それは何があろうと変わらぬ事実、それを否定することに何の意味がある。
違う存在が同じ町に住むというこの町は、やはり異端にして不自然だ』
「不自然だから、壊すのですか」
『そう思ってもらってかまわん』
それは何があろうと変わらぬ事実、それを否定することに何の意味がある。
違う存在が同じ町に住むというこの町は、やはり異端にして不自然だ』
「不自然だから、壊すのですか」
『そう思ってもらってかまわん』
メディアがさらに何か言い募ろうとした時、投影映像の向こうのブランシェリーナはどこからか黒い装丁の本を取り出した。
本の装丁は黒。他に何の色も存在していない。何者にも侵されぬものとしての象徴色そのままの黒。
タイトルすらない本を、大事そうにブランシェリーナは抱えて言った。
本の装丁は黒。他に何の色も存在していない。何者にも侵されぬものとしての象徴色そのままの黒。
タイトルすらない本を、大事そうにブランシェリーナは抱えて言った。
『この本は、私の魔術師と錬金術の知識を総動員して作りあげた<血の文書(クリムゾン・ロウ)>「アンジュ」。
長き年月をかけ、全呪文を私自身の血で書き上げた、私専用の最高の魔導具だ。
これは、ある分量以上ののプラーナを分身体に吸わせることで「妖怪」や「妖怪に関わりの深い人間」に無差別に攻撃する、対都市用広範囲対象限定魔導具』
長き年月をかけ、全呪文を私自身の血で書き上げた、私専用の最高の魔導具だ。
これは、ある分量以上ののプラーナを分身体に吸わせることで「妖怪」や「妖怪に関わりの深い人間」に無差別に攻撃する、対都市用広範囲対象限定魔導具』
魔導書というものは、書という名の通り魔導に関する研究結果を記すものだ。
呪文や魔を呼び込む力ある言葉を大量に記したそれは、何も考えずに記し続ければ積み重ねられることで複雑な効果を持ち、暴発して人を傷つけることもある。
ゆえに、魔法の効能を薄めたり消したりする素材を使ったり、逆の属性の魔力を帯びさせることによって相殺させることで危険を薄め、
後にその研究に触れる者が安全に開くことができるようにするのがセオリーだ。
呪文や魔を呼び込む力ある言葉を大量に記したそれは、何も考えずに記し続ければ積み重ねられることで複雑な効果を持ち、暴発して人を傷つけることもある。
ゆえに、魔法の効能を薄めたり消したりする素材を使ったり、逆の属性の魔力を帯びさせることによって相殺させることで危険を薄め、
後にその研究に触れる者が安全に開くことができるようにするのがセオリーだ。
しかし、彼女の作った<血の文書>である『アンジュ』というのはその真逆の性質を帯びさせた魔導書ならぬ魔導具の一種だ。
ある手順にそって作った一冊の本に、使用する本人の血を混ぜたインクを使用して本人への同調性を強化し、そのインクを用いて魔導書に必要な呪文を書き記したもの。
それはけして他人に開けぬ代わりに使用者との強いつながりを有し、使用者の意のままに動く一種の使い魔に近いとされる道具だ。
もっとも、魔法も使えるが通常は使用者の能力を超えられないこと、使用者が定期的に血を抜いてインクを作らねば作れないこと、
一般的な使い魔のように動くことができないこと、インクを使って呪文を書いていた時の使用者の思念がどうしても影響を与えること、
何より作成に10年単位の時間がかかることが、この魔導具を廃れさせた。
けれど、濃度100%の使用者の血を用いて字を記して強化され、他者のプラーナを取り込んだ彼女の書はもはや出力の面では彼女を凌駕し。
今まで純粋に人の世から妖怪を消すという一つの目的に向けて作りあげられた『アンジュ』は、もはやこの町程度なら条件さえ整えればなんとでもなる域に達している。
そう説明し、ブランシェリーナはさらに酷な現実を突きつける。
ある手順にそって作った一冊の本に、使用する本人の血を混ぜたインクを使用して本人への同調性を強化し、そのインクを用いて魔導書に必要な呪文を書き記したもの。
それはけして他人に開けぬ代わりに使用者との強いつながりを有し、使用者の意のままに動く一種の使い魔に近いとされる道具だ。
もっとも、魔法も使えるが通常は使用者の能力を超えられないこと、使用者が定期的に血を抜いてインクを作らねば作れないこと、
一般的な使い魔のように動くことができないこと、インクを使って呪文を書いていた時の使用者の思念がどうしても影響を与えること、
何より作成に10年単位の時間がかかることが、この魔導具を廃れさせた。
けれど、濃度100%の使用者の血を用いて字を記して強化され、他者のプラーナを取り込んだ彼女の書はもはや出力の面では彼女を凌駕し。
今まで純粋に人の世から妖怪を消すという一つの目的に向けて作りあげられた『アンジュ』は、もはやこの町程度なら条件さえ整えればなんとでもなる域に達している。
そう説明し、ブランシェリーナはさらに酷な現実を突きつける。
『―――お前達が私にかまけている今の間に、最後の生贄のプラーナを取り込ませてもらった。
これで、後は全ての準備を終えて0時を過ぎれば、何もせずとも明日純粋な人間のみを残して後は綺麗に均等に吹き飛ばされる』
これで、後は全ての準備を終えて0時を過ぎれば、何もせずとも明日純粋な人間のみを残して後は綺麗に均等に吹き飛ばされる』
その言葉にベホイミとメディアに緊張がはしった。
ここに足止めされている間に、新たな犠牲が出てしまった。それはどうしようもなく取り返しのつかない失敗だ。
そんな二人の心情を無視したまま、魔術師にして錬金術師は皮肉気に微笑みながら本の表面をなぞる。
ここに足止めされている間に、新たな犠牲が出てしまった。それはどうしようもなく取り返しのつかない失敗だ。
そんな二人の心情を無視したまま、魔術師にして錬金術師は皮肉気に微笑みながら本の表面をなぞる。
『10日ほどお預けを受けていたアンジュも少しはりきりすぎたらしい。
奪ってきたプラーナの量がかなりのものでな、これではイノセントなど一たまりもあるまい。
まぁ、アンジュが危害を加えられるのは妖怪かそれの近くにいるものだけだ。
ほんの数時間それが早まっただけにすぎんか。安心して眠れ、すぐに仲間ができるだろうよ』
奪ってきたプラーナの量がかなりのものでな、これではイノセントなど一たまりもあるまい。
まぁ、アンジュが危害を加えられるのは妖怪かそれの近くにいるものだけだ。
ほんの数時間それが早まっただけにすぎんか。安心して眠れ、すぐに仲間ができるだろうよ』
ぎり、と歯噛みする音が響いた。
ブランシェリーナに対峙するベホイミは、その瞳に隠そうともしない怒りをたたえ彼女を睨みつける。
誰が悪い。
犠牲を出してしまった自分。犠牲を見過ごしてしまったこの町にいる全てのウィザード達。犠牲を出したこの女。
犠牲になってしまった側は、何一つ悪いことをしていない。
そんな、何一つ悪くないこの町の誰かが傷ついたことを、ベホイミは許せない。許すわけにはいかない。
そしてこれから先、0時までにこの女を止められなければさらに誰かが傷つくことになる。
失ったものは戻せない。それに思いを馳せるのは後でもできる。だから今は前を向く。前を向いて守りたいものを守り抜く。
ブランシェリーナに対峙するベホイミは、その瞳に隠そうともしない怒りをたたえ彼女を睨みつける。
誰が悪い。
犠牲を出してしまった自分。犠牲を見過ごしてしまったこの町にいる全てのウィザード達。犠牲を出したこの女。
犠牲になってしまった側は、何一つ悪いことをしていない。
そんな、何一つ悪くないこの町の誰かが傷ついたことを、ベホイミは許せない。許すわけにはいかない。
そしてこれから先、0時までにこの女を止められなければさらに誰かが傷つくことになる。
失ったものは戻せない。それに思いを馳せるのは後でもできる。だから今は前を向く。前を向いて守りたいものを守り抜く。
だから、宣言した。
「お前の宣戦布告、確かに受け取った。
全力で今夜、お前の企みごとお前をぶちのめしてやる」
「ベホちゃん……」
『いい敵意だ。私の敵よ、余興にすぎんがお前を私の敵と認識する。
だから、全力でかかってくるがいい。お前達を排除した後、私は私の計画を成就させよう』
全力で今夜、お前の企みごとお前をぶちのめしてやる」
「ベホちゃん……」
『いい敵意だ。私の敵よ、余興にすぎんがお前を私の敵と認識する。
だから、全力でかかってくるがいい。お前達を排除した後、私は私の計画を成就させよう』
一足先に駅の西の公園でお前達を待っているぞ、と彼女は告げて、嘘のようにその場から消え去った。
月匣を展開していたメディアがそれを解くと、隣で拳を握り締めるベホイミに対して言う。
月匣を展開していたメディアがそれを解くと、隣で拳を握り締めるベホイミに対して言う。
「ベホちゃん、とにかくベホちゃんのお友達と合流しましょう。あの人を止めるには少しでも戦力は多い方がいいです」
「そうだな」
「そうだな」
そう彼女が言うと同時、ベホイミの0-Phoneが着信を告げた。
腹部に灼熱感。
頭は狂ったように痛みを信号として送り出す。
慣性上前に進む体のせいで、腹に突き刺さったものが肉とこすれ、さらにそこから痛みを全身へと訴える。
頭は狂ったように痛みを信号として送り出す。
慣性上前に進む体のせいで、腹に突き刺さったものが肉とこすれ、さらにそこから痛みを全身へと訴える。
「……っ!」
漏れそうになる苦鳴を、柊はのどの奥でなんとかとどめた。
結果として、彼の手はレベッカに届いた。
レベッカがフードのついた服を着ていたおかげだ。最後の瞬間、何とか指先がフードに引っかかり、そのまま腕を全力で後ろへと振り切った。
……そのせいでレベッカは後ろに引っ張られて地面に背中を思いきり打ちつけることになったわけだが、命に別状はない。
レベッカがフードのついた服を着ていたおかげだ。最後の瞬間、何とか指先がフードに引っかかり、そのまま腕を全力で後ろへと振り切った。
……そのせいでレベッカは後ろに引っ張られて地面に背中を思いきり打ちつけることになったわけだが、命に別状はない。
その代わり、レベッカが拾おうとした瞬間に勝手に開いた黒い本の中から現れた闇色の槍が、魔剣を持つ時間すら与えられなかった柊の腹部を貫通した。
もっとも、これまで前線で剣を振り続け痛みには慣れている彼がこの程度で戦えなくなることはない。
そのまま魔剣を引き抜き叩き斬ろうと月衣に手を伸ばしたその時―――彼の体から、力が奪われる。
一度だけ味わったことのある感覚だった。あんなおぞましい感覚を忘れられるはずもない、凄まじい脱力感。「荒廃の魔王」と相対した時に受けた感覚は、つまり―――
もっとも、これまで前線で剣を振り続け痛みには慣れている彼がこの程度で戦えなくなることはない。
そのまま魔剣を引き抜き叩き斬ろうと月衣に手を伸ばしたその時―――彼の体から、力が奪われる。
一度だけ味わったことのある感覚だった。あんなおぞましい感覚を忘れられるはずもない、凄まじい脱力感。「荒廃の魔王」と相対した時に受けた感覚は、つまり―――
(こいつ―――俺のプラーナ食ってやがるのかっ!?)
プラーナとは、可能性であり存在の力。それを全て奪われればそこに存在することさえできない存在力。
物であれ生き物であれ、そこに存在するために全ての形あるものが持つ力だ。
存在を強制的に削られるおぞましい感覚に本能的な恐怖が首をもたげかけ―――しかし彼はそれをねじ伏せた。
物であれ生き物であれ、そこに存在するために全ての形あるものが持つ力だ。
存在を強制的に削られるおぞましい感覚に本能的な恐怖が首をもたげかけ―――しかし彼はそれをねじ伏せた。
「こ―――のぉっ!」
プラーナを奪っているのは自身に突き刺さったままの黒い槍だ。
ならばそれを抜けばいい。黒い槍の大本になっている開いた本に、全力で蹴りをいれる。
蹴り飛ばされた本は地面をごろごろと転がった。
槍が無理矢理に逆ベクトルの力を受けて引き抜かれることで風穴に栓をしていたものがなくなり、体から多量に血液が失われていくのを感じて一瞬眩暈が襲う。
体のあげる悲鳴の絶叫を、気合で無視して月衣から魔剣を引き抜き、青い月匣を展開する。
あまり時間はかけられない。さっさと終わらせてベホイミあたりに連絡をいれ、ヒーラーにあたりをつけてもらうのが一番手っ取り早く合理的だ。
失われる血は無視。時間の勝負なら自身の体調を気にする時間すら惜しい。転がる本に向けて一歩を踏み出そうとし―――
ならばそれを抜けばいい。黒い槍の大本になっている開いた本に、全力で蹴りをいれる。
蹴り飛ばされた本は地面をごろごろと転がった。
槍が無理矢理に逆ベクトルの力を受けて引き抜かれることで風穴に栓をしていたものがなくなり、体から多量に血液が失われていくのを感じて一瞬眩暈が襲う。
体のあげる悲鳴の絶叫を、気合で無視して月衣から魔剣を引き抜き、青い月匣を展開する。
あまり時間はかけられない。さっさと終わらせてベホイミあたりに連絡をいれ、ヒーラーにあたりをつけてもらうのが一番手っ取り早く合理的だ。
失われる血は無視。時間の勝負なら自身の体調を気にする時間すら惜しい。転がる本に向けて一歩を踏み出そうとし―――
「<フォースブレイド>っ!」
最近開発された冥属性の詠唱魔法がはじめて聞く声と共に発動。闇を鍛ち固めたような重さを感じさせる刃が撃ち放たれ、黒い本を両断した。
本はさらさらと粉となり青い世界へと溶け消える。
そのあまりのあっけのない終わりに一瞬呆けたようにそちらを向いたまま硬直する柊。自分の覚悟はなんだったのかと思う光景だ、それも仕方のないことだろう。
そんな彼の背後に向けて、足音が近寄ってくる。その音はばたばたと騒がしく、あまりにも急いでいるようだった。
彼がそちらを向くと、そこにいたのは銀の髪を黒いリボンで二つに括り、赤い瞳をらんらんと輝かせた色の白いゴスロリの少女だった。
その容姿は人形のようだ。白い頬が、走ってきたせいで少し桃色に染まっているのでさえ美しいと思えるような極上の美少女。
今まで銀髪の少女にあまりいい思い出のない柊でさえ、一瞬その娘に目を奪われた。
別に好みとかそういう意味ではなく、美しいものを見た時に生まれる純粋な感動だ。結構本気で死にかけてるのに余裕だなこの男。
本はさらさらと粉となり青い世界へと溶け消える。
そのあまりのあっけのない終わりに一瞬呆けたようにそちらを向いたまま硬直する柊。自分の覚悟はなんだったのかと思う光景だ、それも仕方のないことだろう。
そんな彼の背後に向けて、足音が近寄ってくる。その音はばたばたと騒がしく、あまりにも急いでいるようだった。
彼がそちらを向くと、そこにいたのは銀の髪を黒いリボンで二つに括り、赤い瞳をらんらんと輝かせた色の白いゴスロリの少女だった。
その容姿は人形のようだ。白い頬が、走ってきたせいで少し桃色に染まっているのでさえ美しいと思えるような極上の美少女。
今まで銀髪の少女にあまりいい思い出のない柊でさえ、一瞬その娘に目を奪われた。
別に好みとかそういう意味ではなく、美しいものを見た時に生まれる純粋な感動だ。結構本気で死にかけてるのに余裕だなこの男。
が、そんな感動も少女自身の次の発言で木っ端微塵に砕かれる。
「大丈夫でありますかっ!?」
どこの、っつーかどっちの軍曹だ。
そんなツッコミを通常なら入れられるのだろうが、HPレッドゾーンの柊はさすがに脱力しきってその場に座りこむ。
これまで張りつめていた緊張とか覚悟とか死の予感とかがこの少女一人に全て粉砕されたことも原因だろう。
彼の様子がその場に崩れ落ちたようにでも見えたのだろうか、少女は心配そうに駆け寄ってくる。
そんなツッコミを通常なら入れられるのだろうが、HPレッドゾーンの柊はさすがに脱力しきってその場に座りこむ。
これまで張りつめていた緊張とか覚悟とか死の予感とかがこの少女一人に全て粉砕されたことも原因だろう。
彼の様子がその場に崩れ落ちたようにでも見えたのだろうか、少女は心配そうに駆け寄ってくる。
「生きてるでありますか、ちゃんと意識を保つでありますよ!?」
「生きてるよっ!?半分以上死んでる気がするけど、意識はある」
「生きてるよっ!?半分以上死んでる気がするけど、意識はある」
こんな会話ができるのも常識の外側にいるウィザードだからだろうか。
正直、この男の常識は非常識の存在であるウィザードの常識からすら外れている気がしないでもないが。
正直、この男の常識は非常識の存在であるウィザードの常識からすら外れている気がしないでもないが。
閑話休題。
意外に元気そうな柊に驚きつつも、少女は彼の左脇腹にぽっかりと空いた真っ赤な風穴をうわぁ、と呟きながらも検分する。
意外に元気そうな柊に驚きつつも、少女は彼の左脇腹にぽっかりと空いた真っ赤な風穴をうわぁ、と呟きながらも検分する。
「これはまた綺麗に穴が空いてるでありますな。内臓とかぐっちゃぐちゃでありますよ」
「言うな、想像するから。お前は怪我人の残り少ない気力も削ぐ気か」
「そういうこと言わないと、怪我しても平気そうな顔してる怪我人は絶対反省しないから積極的に言えとウィザード研修受けた時に指導されたでありますよ」
「どんな指導者だよ……」
「言うな、想像するから。お前は怪我人の残り少ない気力も削ぐ気か」
「そういうこと言わないと、怪我しても平気そうな顔してる怪我人は絶対反省しないから積極的に言えとウィザード研修受けた時に指導されたでありますよ」
「どんな指導者だよ……」
ツッコミにも覇気がない。
ともあれ、少女はその空洞の前に臆さず手をかざし、初歩の治癒魔法<ヒール>をかける。
非常に真剣な様子で、それに集中しすぎて、背中からどこかデフォルメされた形の、小さく可愛らしい蝙蝠の翼がにょきりと生えているのに気づいていないほどだ。
さすがに傷が深すぎるのかすぐに楽になることはないものの、数回かけられたことでじわじわと、やがてほぼ完璧に復調する。
魔剣を片付け、真剣に傷口のあった場所を見つめる少女に向けて礼を言う。
ともあれ、少女はその空洞の前に臆さず手をかざし、初歩の治癒魔法<ヒール>をかける。
非常に真剣な様子で、それに集中しすぎて、背中からどこかデフォルメされた形の、小さく可愛らしい蝙蝠の翼がにょきりと生えているのに気づいていないほどだ。
さすがに傷が深すぎるのかすぐに楽になることはないものの、数回かけられたことでじわじわと、やがてほぼ完璧に復調する。
魔剣を片付け、真剣に傷口のあった場所を見つめる少女に向けて礼を言う。
「助かった。ありがとうな、えーと……」
名前を聞いていないことに今更気づいて戸惑っている様子の柊を見てぴんときたのか、少女は笑顔で答える。
「わたくしはノーチェであります。あなたはなんという名前でありますか?」
「柊 蓮司だ。改めて助かった、ありがとうなノーチェ」
「治癒魔法は専門外なので少し心配だったありますが、失敗がなかったようで一安心でありますよ」
「怖ぇこと言うなよっ!?」
「柊 蓮司だ。改めて助かった、ありがとうなノーチェ」
「治癒魔法は専門外なので少し心配だったありますが、失敗がなかったようで一安心でありますよ」
「怖ぇこと言うなよっ!?」
知人、というか幼馴染にヒーラー/陰陽師のくせによく大失敗で仲間をかなりの重傷に追い込む少女がいるため、
治癒魔法の恐ろしさをよく知る彼は全力でツッコミをいれた。
治癒魔法の恐ろしさをよく知る彼は全力でツッコミをいれた。
にゃはは、と頬をかきながら少女―――ノーチェはまじまじと柊の顔を見た。
「しかし、あなたが例の柊 蓮司でありましたか。こんなところで会うとは思っていなかったであります」
「例のってのはなんだ例のってのは」
「あ、0-Phoneで写真とってもいいでありますか?実家に送って自慢するでありますから」
「俺は珍獣かなんかかっ!?」
「例のってのはなんだ例のってのは」
「あ、0-Phoneで写真とってもいいでありますか?実家に送って自慢するでありますから」
「俺は珍獣かなんかかっ!?」
閑話休題。
柊はこの町に今いる定住者でないウィザードは自分以外に二人であることをベホイミから聞いている。
片方は桃月町でプラーナを狩る者であり、今レベッカを―――実際襲われたのは柊だが―――襲おうとしたウィザード、片方は別の理由で来ていると聞いていた。
検討はつくものの、一応確認をとるために彼はたずねた。
柊はこの町に今いる定住者でないウィザードは自分以外に二人であることをベホイミから聞いている。
片方は桃月町でプラーナを狩る者であり、今レベッカを―――実際襲われたのは柊だが―――襲おうとしたウィザード、片方は別の理由で来ていると聞いていた。
検討はつくものの、一応確認をとるために彼はたずねた。
「お前なんでこの町に来てんだ?観光地でもなんでもねぇぞ、ここ」
「おぉ、それを聞いてくれるでありますかっ?」
「おぉ、それを聞いてくれるでありますかっ?」
えへへー、と嬉しそうな表情を隠しもせずノーチェはポケットから一枚の紙を取り出す。
桃月町の写真がいくつかプリントされ、でかでかと『日本の交流区域をゆく -桃月町3泊4日の旅-』とプリントされた紙に、柊が一瞬目を丸くする。
ノーチェは(ない)胸を張り、答える。
桃月町の写真がいくつかプリントされ、でかでかと『日本の交流区域をゆく -桃月町3泊4日の旅-』とプリントされた紙に、柊が一瞬目を丸くする。
ノーチェは(ない)胸を張り、答える。
「ちょっと久しぶりに実家に帰ったら、背教者会議イタリア地方会議所でやってた福引のお知らせが届いてたのでありまして。
引きに行ったらなんと特賞でありますよ!もうこれは仕事を休んででも羽を伸ばせという神の思し召しとしか!」
引きに行ったらなんと特賞でありますよ!もうこれは仕事を休んででも羽を伸ばせという神の思し召しとしか!」
背教者である吸血鬼が神の思し召しとか言うな、とローマ聖王庁関係者が見たら即座に断罪に走りそうな危ない発言をかますノーチェ。
ここにいるのが、世界情勢にも疎く信仰心もそう強くない柊だったのは彼女にとって僥倖だった。
というか、何やってんだ背教者会議。
なお、この福引は背教者会議のトップであるレオンハルト=ローゼンクラウンの肝いりで始まったことだというのは知らないほうがいいかもしれない。
表向きは交流区域の設立に大きく貢献した背教者会議への礼として、交流区域側がたまにこういったことをするらしいということになっているが、
実際はレオンハルトの「ちょっと日本式で福引とかやってみたくないかな?」の一言で始まったことだというのもやっぱり知らないほうがいいことだ。
ここにいるのが、世界情勢にも疎く信仰心もそう強くない柊だったのは彼女にとって僥倖だった。
というか、何やってんだ背教者会議。
なお、この福引は背教者会議のトップであるレオンハルト=ローゼンクラウンの肝いりで始まったことだというのは知らないほうがいいかもしれない。
表向きは交流区域の設立に大きく貢献した背教者会議への礼として、交流区域側がたまにこういったことをするらしいということになっているが、
実際はレオンハルトの「ちょっと日本式で福引とかやってみたくないかな?」の一言で始まったことだというのもやっぱり知らないほうがいいことだ。
柊はそんなもんか、と呟いてこの少女がこの事件に無関係であることを確信する。
ともかく、今見た光景についてベホイミに連絡するべきだろうと0-Phoneを取り出す。
コール一回で即座に相手は電話に出た。
ともかく、今見た光景についてベホイミに連絡するべきだろうと0-Phoneを取り出す。
コール一回で即座に相手は電話に出た。
「よう、今どこだ?」
『柊さん。今は学校の近くっスけど、それがどうかしたっスか?』
「悪ぃんだけど、ちょっと迎えに来てくれねぇか?口裏合わせんのに協力してくれ」
『……今度は何したんスか』
「ちょっとイノセントが月匣の中にいて、とある事情のせいで今起こすわけにはいかないから月匣解除できねぇだけだ。
状況報告はここまで来てくれりゃするから、ともかく早く来てくれるか?」
『柊さん。今は学校の近くっスけど、それがどうかしたっスか?』
「悪ぃんだけど、ちょっと迎えに来てくれねぇか?口裏合わせんのに協力してくれ」
『……今度は何したんスか』
「ちょっとイノセントが月匣の中にいて、とある事情のせいで今起こすわけにはいかないから月匣解除できねぇだけだ。
状況報告はここまで来てくれりゃするから、ともかく早く来てくれるか?」
ベホイミは少しだけ考えたようだったが、確かに報告は後からでも聞けると思ったのか彼女は了解っス、と答えた。
それに礼を言って、電話を切ろうとし―――電話はかけた側が切るのが礼儀だ、って柊、お前学生時は不良じゃなかったか―――彼は、思い出したように言った。
それに礼を言って、電話を切ろうとし―――電話はかけた側が切るのが礼儀だ、って柊、お前学生時は不良じゃなかったか―――彼は、思い出したように言った。
「あ、あともう一つ。学校に近いなら男ものの制服のシャツ一枚拝借してきてくれねぇか?」
腹部を中心に広く赤黒い染みができており、かつ大穴が開いている代物を着て町を徘徊すれば100%職質ものだ。
代わりはバイト先にあるが、このままそこまで行くのも絶対マズい。ついでに雇用主の店長にいらぬ心配をさせるのも彼の本意ではなかった。
ベホイミが了解っス、というのを聞き、今度こそ電話を切る。
代わりはバイト先にあるが、このままそこまで行くのも絶対マズい。ついでに雇用主の店長にいらぬ心配をさせるのも彼の本意ではなかった。
ベホイミが了解っス、というのを聞き、今度こそ電話を切る。
ふと見れば、ノーチェがにこにこ笑ってまだそこに立っている。
「どうした?なんか言いたいことでもあるのか」
柊に聞かれて、彼女は答える。
「はいであります!怪我を治した礼、と言ってはおかしいでありますが、ちょっと一夜の宿とごはんをくださいでありますよ」
「ツアー旅行じゃねぇのかよっ!?」
「ツアー旅行じゃねぇのかよっ!?」
意外にケチだな背教者会議。