弓達のパート

1、CSR活動の概要
 CSRとは、Corporate Social Responsibilityの頭文字をとったもので、企業の社会的責任を意味する。2000年以降CSRが議論される機会は年々増え続け、2003年は「CSR元年」とも言われただけに、それ以降急速に世の中に浸透してきた。実際企業のホームページを見るとほとんどの大企業では「環境への取り組み」、「社会貢献活動」といったCSR活動に関する情報が記載されている。
 CSRを遂行する相手を考えたときに、従来の日本社会では株主、金融機関、監督官庁企業経営の支援をしてくれる存在が主な対象であった。しかし、CSRが社会に浸透するにつれ、議論は深まり「企業の社会的責任」という言葉の意味する範囲は拡大してきた。その結果これまで大きな影響力を持っていなかった消費者、従業員、NPO、地域社会や環境までもがCSRの対象として認識され始め、企業経営を行う上でもはやCSRは無視できない存在となっている。以下CSRが議論される至った背景を詳しくみていこう。

2、CSRの背景
2-1、これまでの社会的責任とは 
 CSRという言葉が世の中に台頭してきたのは2000年以降であるが、実は企業に社会的責任を求める動きはそれ以前から存在している。 1960年代までは労使間紛争、1970年代以降は公害、環境保全問題を中心として企業の社会的責任はそれまで議論されてきた。
1970年、日本は「いざなぎ景気」と高度成長の影響で経済は大変好調であった。しかし、企業が戦後一貫して成長性ばかりを追い求める傾向にあったため、日本企業の成長主義に対して初めて批判が起こった時期である。その後、国際通貨危機、食料問題、石油危機と次々と問題が発生し、国内はインフレ、狂乱物価に陥ることとなった。それに対する石油業界の便乗値上げ、売り惜しみによって、企業批判はより激しくなり、この企業批判への対応として、日本企業は全産業レベルから個別レベルに至るまで様々なレベルで経営行動基準を定め、企業の社会的責任を果たそうとした。
しかし石油危機後日本経済が低迷し、不況になるにつれ企業の社会的責任の遂行は徐々に見られなくなっていった。
 1986年末には、日本は再び「平成景気・バブル景気」と呼ばれる景気拡大期間に突入した。日本はこの好景気を大いに享受し、飛躍的発展を遂げたのであるが、またしても企業の社会的責任が叫ばれるようになり、それを求める動きが活発化してきた。ここでは社会的責任という言葉に加えて、企業の社会貢献という言葉も生まれ、その後フィランソロピー活動が本格化した。 多くの企業が社会貢献活動に関する専門の部署を設け始め、一躍フィランソロピーブームとなる。
 しかしバブルが崩壊し不況に陥ると、またしてもメセナ、フィランソロピーといった社会貢献活動は見られなくなった。
 いざなぎ景気後も平成景気・バブル景気後も、好景気が去り、不況が訪れるとともに企業の社会的責任、社会貢献は影をひそめていっている。

2-2、CSRの台頭 
 そして現在、第3の潮流としてまたしても企業の社会的責任が注目されている。それが今回のCSRブームである。このCSRブームが訪れた背景には、国際的背景と国内的背景が見られるため、順を追って説明していこう。

2-2-1、CSRの国際的背景
 まず国際的背景として、その主な理由は日本企業の多国籍化が挙げられる。ビジネスのグローバリゼーションの進展によって、特定文化圏の価値観の強要や、国際間・地域間の貧富の差の拡大が懸念されるようになり、その結果欧米企業の動向が日本企業に与える影響は以前に比べ増してきている。世界的規模で市場の大競争が起きており、先進諸国に対して発展途上国やNGOから貧富の格差拡大、環境破壊への対策、先進諸国中心の国際貿易ルールなど様々な批判も起きている。
 そこで企業活動における節度ある行動、国際的な原則や各種規格などを制定する必要性が生まれてきており、日本でも国際的な企業はこれに対応せざるを得ない状況になってきた。欧米の価値基準や法令にも気を配らなければならず、その際経済的な面だけではなく、その国での雇用、環境にまで責任範囲は及ぶ。ビジネスの多国籍化にはメリットも多いが、その分その国・地域への十分な配慮が求められている。

2-2-2、CSRの国内的背景
 次に国内的背景だが、最大の要因は頻発する企業不祥事に対する社会の企業批判の行動の高まりであろう。消費者は企業に社会的公正性を求めている。従来の利益万能主義の風潮は是正され、節度ある企業行動、ビジネスの公正さや社会貢献などに顧客は目を光らせるようになった。食品偽装や粉飾決算が起きた場合には、消費者もそれ相応の対応をしており、厳しい社会の対応を見せつけられた企業の経営者は、企業存続のため社内体制の整備、企業を取り巻く利害関係者とのコミュニケーションの重要性を改めて悟ったと言えよう。
 また、外国人による機関投資家の日本株式所有の増加も関連している。経営陣の不誠実な企業行動はその企業の存続を揺るがしかねない。エンロン、ワールドコムといった大経営破綻を通して身をもってコーポレート・ガバナンスの重要性を理解したアメリカの機関投資家の株式所有が増加したことにより、従来のより一層の企業の公正性が求められることとなる。
 現代の日本社会において、企業は大変大きな影響力を持っており、私たちの生活は企業なしではありえない。私たちの身の回りの出来事、物、全てが企業と密接に関わって成り立っている。岡本大輔教授は、「企業の影響力が小さかった時代には、企業は経済的効率のみを考え、自ら成長することだけを考えていられた。しかしその影響力が大きくなれば、経済的影響力ばかりでなく、社会的影響力も考えねばならなくなっており、その度合いの変化は計り知れないものがある。」と述べている。これほどまでに企業が社会に与える影響が大きすぎる世の中になってしまった今、企業が自己の経済性ばかり追い求めていたのでは社会は混乱してしまう恐れがある。現代の日本企業の持つ影響力が大きくなりすぎたために、企業は社会的責任を果たしていく必要がある。

3、CSRとステークホルダー
 背景から分かるように、現在の企業経営においてCSRは欠かせないものとなっている。企業を取り巻く利害関係者、すなわちステークホルダーに適切な対応を行ってCSR活動を遂行していくことが求められている。この章では、現代の企業経営において重要だと思われるステークホルダー、従業員、株主、顧客、取引先、地域社会、地球環境について取り上げ、それぞれのステークホルダーとCSRとの関係についてみていこう。

1)、従業員
 企業が経営活動を行っていく上で、一番身近なステークホルダーと言えば従業員である。その企業を構成する従業員の働きがあってこそ、企業は存続、成長していくことができる。これまで従業員に対して企業が果たさなければならなかった責任といえば、雇用を維持し、安定した給与を支払うことであった。しかし近年では企業、従業員それぞれの価値観に変化が見られ、従来の考え方では不十分であるとの声が挙がっている。企業側では終身雇用を基本とする雇用制度、従業員側では1つの会社に一生勤め上げるという働くことに関する意識に変化が見られ、少子高齢化の影響もあって企業側は今後若い労働力、優秀な人材を確保するのがさらに懸念されている。人材確保、従業員の動機付けのために企業はワークライフ・バランス(仕事と私生活の両立)の実現支援、従業員の能力開発、ダイバーシティ(様々な働き手の活用)の推進といった従業員にとって魅力のある制度の実施、すなわち生活の豊かさ、従業員が働きやすい環境の実現に向けて努力している。

2)、株主
 株主に対する最低限の社会的責任は安定的な配当金の支払いであるが、現在ではコーポレート・ガバナンスをめぐる議論が活発になってきた。これは企業の大規模化と関連しており、株式所有が分散化し、所有と経営の分離が進行している日本企業において、いかに株主の利益を守るかという考えに基づくものである。株主にとっての最大の関心は十分な配当金が支払われているかどうかであるが、経営情報が十分に公開されていない場合、どのように利益を使われているかわからない。経営者が自らの利益や企業のために利益を優先する可能性もある。よって株主視点で見た経営者の逸脱した行動を是正するという目的でコーポレート・ガバナンスが注目されている。
 また、投資家が投資先を選定する際に、「その企業が社会的責任を果たしているかどうか」を考慮する「社会的責任投資(Socially Responsible Investment:SRI)」という手法が広がってきた。企業が株主・投資家と良好な関係を築くためには経営に関する情報の開示は欠かせないものとなっている。

3)、顧客
 企業は顧客に製品ないしサービスを提供し、その結果として便益を得ているため、顧客のニーズを満たすことは収益という見返りを企業にもたらすこととなる。前述したように食品偽装や粉飾決算、不祥事隠ぺいなど企業不祥事が多発しており、社会もそのような企業に対しては厳しい態度をとるようになってきた。信頼を築くためにも、顧客とのコミュニケーションをとり、顧客のニーズを把握する努力をしている。

4)、取引先
 企業と取引先との関係は、企業と顧客と同じくらい密接な関係である。供給業者にとっての購入企業は顧客であり、共に企業の存続と成功を分かち合う関係にある。最近では環境に配慮した経営活動を行う企業や、環境に配慮した製品を製造する企業が増え、環境経営、グリーン調達の動きがよく見られるようになった。環境経営とは環境保全を経営方針に取り組み、地球環境への取り組みを経営戦略における重要な要素と位置づけして、企業の持続的な発展を目指す経営である。グリーン調達とは製品の原材料・部品や事業活動に必要な資材やサービスなどを、部品メーカーなどの供給業者から調達する際に環境への負担が少ないものから優先的に選択することを指す。これにより、企業は環境負荷の少ないサービス・製品の開発を促すことにつながる。

5)、地域社会
 地域社会とは定義も曖昧で、地域住民、環境、取引先、銀行と対象は多岐に渡る。それゆえ数あるステークホルダーの中でも中途半端な認識になりがちであるが1970年代の公害問題を振り返るとないがしろにされてはいけない重要なステークホルダーの1つであることがわかる。企業として最低限の責任を果たすだけでなくNPOへの金銭的寄付、自社施設の市民への開放、ボランティア活動など経営資源を活用したCSR活動を行っていくことが、地域社会とうまくコミットメントしていくためにも重要である。

6)、地球環境
 地域社会よりさらに規模が大きいステークホルダーとして地球環境が挙げられる。地球温暖化が話題になり多くの企業では環境に配慮した行動をとるようになってきた。数年前まではそれに対する資金も企業にとって負のコストと捉えられていたが、グリーンコンシューマーと呼ばれる環境に配慮する消費者が増加したことにより、環境対策は競争優位を得る大きな要因となっている。現在ではそういった経営戦略における重要な要素として環境を取り入れることを環境経営、または環境マネジメントと呼ぶ。
 また、エコファンド、SRIファンドの増加も今後企業に大きな影響を与えかねない。これらのファンドに取り組まれる企業は環境格付けの高い企業、CSR格付けの高い企業と評価を受け、市場価値の高まる可能性が高い。
 環境への配慮は企業にとって資金調達からサービス、製品の販売まですべてのプロセスに携わってきているので目が離せない。

4、CSR活動とその効果
 CSRが現代の企業にとって無視できない大きな要因であることはわかったが、CSR活動とはただ単に企業の社会業績を高め、健全な経営体制を証明するためだけに行われているのであろうか?この章ではCSR活動を行うことによって得られる効果について見ていくこととする。
すでに多くの研究者がCSRに関する論文を発表しており、CSRは企業を取り巻くステークホルダー、そしてその企業自体に様々な影響を与えているという結果が出ている。従業員に対するCSR、株主に対するCSR、顧客に対するCSRと対象は様々であるが、CSR活動を行う際、誰のためにそのCSR活動を行っているかという点に着目すると、最終的に向けられている対象は全て“人”ではなかろうか。従業員、株主、顧客、取引先はもちろんのこと、地域社会、地球環境に対するCSR活動も、活動内容自体はそのコミュニティーに対して行っているものだが、すべての活動はその地域、環境で生きる人たちへのCSR活動であり、回り回ってすべての活動が人に帰ってくると考えることができる。
 そこで本論文ではCSR活動とその効果を論じる際に、 “人”を切り口として見ていく。つまり、株主、顧客、取引先、地域社会、地球環境、そしてCSR活動によって生じる企業価値そのものの向上など、その企業の外部に位置する人たちへの効果を“外部効果”と定義し、逆に企業内部に位置する従業員への効果を“内部効果”と定義する。以下各研究者のCSR活動による効果について見ていく。

4-1、CSR活動による外部効果
 外部効果の分析の結果として、以下のようなものがある。
 岡本大輔先生は「企業評価+企業倫理」の中で、現代企業にとっての社会性は、収益性・成長性と同じレベルの企業目標として位置づけられるべきであると主張しており、アンケート調査により社会性は高業績にとっての十分条件とは言えないが、少なくとも必要条件ではあると実証している。同時に、社会性が5年後、10年後の経済性にもプラスの効果を発揮すると実証している。
 高巌教授は「CSRー企業価値をどう高めるか」の中で、日本経済新聞社が実施している環境経営度調査における総合スコアをもとにCSR活動における積極性がコーポレートブランド価値にどのような影響を与えているか検証した。その結果、CSR活動に積極的に取り組んでいる企業のコーポレートブランド価値は相対的に高いとともに、さらに効果的にコーポレートブランド価値を増加させていることを実証した。また、CSR活動がステークホルダーの不安要素を取り除く効果があることも実証した。よって環境経営に代表されるCSR活動はコーポレートブランド価値の創造に貢献していると述べている。
 櫻井通晴教授は「コーポレート・レピュテーション」の中で、ブラマーとパヴェリン[Brammer & Pavelin,2004]、レスニック[Resnick,2004]の研究を用いて、CSRとコーポレート・レピュテーションの関係、さらには企業価値との関連について研究している。コーポレート・レピュテーションとは「経営者および従業員による過去の行為の結果、および現在と将来の予測情報をもとに、企業を取り巻くさまざまなステークホルダーから導かれる持続可能な競争優位」であり、結論を述べると、トリプル・ボトムラインとして知られる経済価値・社会価値・環境価値の増大を図るCSRは、経済価値・社会価値・組織価値を含む企業価値の増大を目的とするコーポレート・レピュテーションと極めて密接な関係があることを指摘している。
 谷本寛治教授は「CSRと企業評価」の中で、CSRと財務的パフォーマンスとの関係を説明する理論は「スラック理論(Slack Resources Theory):余剰ファンドがあるからCSRを果たす余裕があるというもの」と「良い経営理論(Good Management Theory):捨ていくホルダーと良い関係を構築することで評価が高まる」の二つに区分できるとしている。そしてCSRを評価する市場が成熟すれば「良い経営理論」の妥当性が高まり、現在の論調ではこの流れが支持されていると指摘している。

4-2、CSR活動による内部効果
 次にCSR活動が企業内部に与える影響について見ていく。
クレイグ・コンサルティングの小河光生氏は「企業の社会的責任と組織風土」の中で、CSR活動が社員のモチベーション換気につながると指摘している。
現在と昔では働くことに対する価値観に変化が見られ、従来のように金銭的報酬と出世だけでは従業員のモチベーションは喚起されない。今の日本の若者は、働くことを通じて市場で通用する知識や経験を身につけたい、自らの理想的な働きがいやスキル獲得が大きなモチベーション要因となっている。そこで小河氏は、現代の働き手を動機づける方法として、自己の成長、優秀な仲間に恵まれた仕事環境、仕事が世のため人のために役立っていることの三点を挙げており、それに関連したCSR活動を行うことで企業と社会にWin-Winの関係が築けると主張している。
 そのようなCSR活動の例として、トヨタ自動車は社員がものづくりの技能を生かして、おもちゃの修理を無料で行うボランティア活動を展開している。また、資生堂は顔にあざのある女性が引きこもり状態になっていることが多いことに着目し、化粧に高度な技術を持つ社員に、特殊な化粧素材を持たせて、こうした女性に無料で化粧を行っている。こうしたCSR活動は、社員が自らの事業内容とスキルに自信を深めるだけでなく、社会に貢献し、人のために役立っているという喜びが生まれる。さらには、社会貢献できる環境を用意できる会社に対しても“誇り”を感じることができる。
 以上のことから、小河氏は、CSR活動の究極的な目標は、企業の外向きのブランド向上に加え、内なるブランド向上、つまり社員のモチベーション喚起につながることと述べている。
最終更新:2009年11月07日 05:39
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