This Illusion ◆2kaleidoSM


ブゥン、ブゥン

言峰教会。
冬木において迷える人を導くためにあるものであり、しかしそこで神父についているのは冬木の聖杯戦争を監視する人間であることも多い。
だが、少なくとも今この場にあるそれは、誰を導くこともせず、また導くことのできる者も存在しない。

今その前にいたのは、西洋剣をまるで剣道のような型で振るう、一人の女性だった。

織斑千冬
彼女はただ一心に、まるで邪念を取り払おうとしているかのように棒を構え、宙に向かって振り下ろし続けている。
もし何者か、ここへ近寄ろうとするものがいれば、そしてその者に戦いの心得がなければ、彼女の発する覇気のような何かに怖気づいたかもしれない。
そういう意味では、一心不乱であったとはいえ見張り役は果たしているといえるかもしれない。



「お前のせいではない。私の責任だ…」

それは、そこよりもしばらく前になる時間。
セシリアの亡骸を地面に横たえた千冬が、搾り出すように発した第一声。

全ては遅すぎたのだ。
セシリア・オルコットという少女が、あの学園で見せたあどけない少女として生きる術は。
シャルロット・デュノアという、他の誰でもない、自身の仲間を殺してしまったことでもう閉ざされていたのだということを。
織斑一夏が仮に生きていたとしても、いつかはぶつかることになったであろう壁だったということを。


これはユウスケの責任ではない。彼の咎などでは、断じてない。
私が背負っていかなければいけない業だ。

だからお前が気負う必要はない、と。
自分を無理やりにでも奮い立たせてユウスケと共に言峰教会を目指した。

そうして、中にいた者達と一通りの情報交換を済ませた後、今に至る。




見張りを買って出たのは、ずっとユウスケの傍にいると、中々に聡いあの男は自分が無理をしているということに気付いてしまう可能性があった。
だから、こうして彼のいない場所で少しでも己の気持ちを落ち着ける必要があった。

そして、何となく始めたのがこの素振りであった。

剣というものはいい、と思った。
これを振るっている間は無心になることができる。
前を見据えて、剣先に意識を集中させ、そして目の前を一刀の元に断ち切るように振り下ろす。
そして目の前に仮想した何かが斬れたことを確信した後またこれを振り上げ、下ろす。この繰り返しだ。
作業としては簡単なものだが、邪念を取り払うにはうってつけだ。

思えば、これは篠ノ之箒の実家の道場で練習したものだったな。
あいつもよく、暇さえあれば学園内の道場で剣を振るう姿を見たものだな、と。

「む……」

そんなことを考えていたら、剣筋がずれたのを感じ取った。
今の一太刀は、目の前で仮想したものを断つことができなかった。

「……ふぅ」

剣を下ろし、一呼吸したところで。
何者かの近づく気配を感じ取った。


「―――何を期待していたのだろうな、私は。
 今更分かり合うことなど、できるはずもなかったというのに」

言峰教会の屋根の上。
見晴らしはそこそこで、何者かが近づいてきたら即座に発見することができる位置。

セイバーはそこでふと、そう呟いていた。
この数時間の殺し合いの中、様々な出来事があった。

ラウラ・ボーデヴィッヒとの戦い。
織斑一夏の襲撃、守ることができなかった見月そはらの命。
自分の知らない衛宮切嗣
そして、バーサーカーの正体。

まだ心の中で整理のつかないものも多く。
だから、今は一人になりたかった。

迷いは続き、解決の糸口は見えず。
それでも立ち止まっているわけにはいかない。
だからこそ、気持ちの整理も今のうちに終わらせておかねばならないのだから。



と、下を見下ろす。
そこに人の気配があったことは前々から察していた。無論、自分とは別の外の見張り役だ。
だからこれまでは特別意識を割いておくこともしなかった。

ただ、何かを振っているかのように風を切る音が耳に入れば、さすがに何か起こったのかと気になる。
視線を下ろしたセイバーの目に入ってきたのは、ユウスケの同行者――確か織斑千冬という名だったか――が剣を振るっていた姿。

所謂剣道というやつだろうか。
日本に伝わる剣を用いた武道の形。無論平和な時代に作られたそれは実戦用の剣術といえるほどではないが。
しかし彼女のそれはセイバーの目から見ても、彼女の太刀筋、振り下ろす際の姿勢、形は見事なものだった。

そんな彼女を、しばらく何の考えがあったわけでもないがじっと眺めていたセイバー。
すると、あるタイミングで剣筋が乱れ、その一定の動きを取っていた動作が止まった。
それからは剣を下ろし、一呼吸ついている様子だった。

「迷い……か?」

そういえば、彼女もユウスケのようにまた自分と出会う前に切嗣と何かしらのやり取りがあったのだろうか。
もし何かしらのやり取りがあったなら、彼女は切嗣に対してどのような印象を持ったのか。

微かに気になったセイバーは、念のため周囲を見回しておく。
特に近づいてくる者も付近には感じられない。
アサシンのような者でもいれば話は別だが、少なくとも参加者の中にはいない様子だ。
ならば、少しくらいは大丈夫だろう。

屋根を降りるセイバー。
その気配を感じ取った千冬がこちらを向く。

「見事な太刀筋です」
「…褒められるようなものでもないさ。こんなもの、ただ自分の中の弱さを隠すために振るっていたにすぎん。
 剣の腕ばかりあっても、誰も助けることなどできなかった」

そういった千冬の表情は暗い。剣を再度構えようという気配が見られなくなったのは自分が現れたせい、というわけでもないだろう。


「チフユ、では少々手合わせをお願いできますか?私にも剣は覚えがあります」
「ふむ…、いいだろう。……しかしこれでやるのは危険だな」

そう言って千冬は教会の中に入り、箒の柄の部分だけを2本持ち出してきた。
うち1本をこちらに放り投げる。

「剣道は分かるのか?」
「私の剣は実戦用のそれです。だからルールなどに拘らず、思うままに打ち込むといい」
「そうか。なら遠慮はせぬ…ぞ!」

その言葉を皮切りに、千冬は構えるセイバーの体に棒を打ち込んだ――――


「切嗣さん、大丈夫ですか?」
「……ん…、…ああ。体はだいぶ楽になってきた…」
「良かった、声出せるようになったんだね」

その頃、教会奥の地下室。
切嗣の体の傷が治るのを見守っていたユウスケ、鈴羽の前で、ようやく切嗣は声を発することができた。

体の傷自体は峠を越えた。じっとしている限りは命に別状はないだろう。
無論、体に残ったダメージ自体は大きく、未だ歩くこともままならない状況ではあるが。

また、切嗣の傷の治癒のためにここにいるメンバーは多くのメダルを彼に使った。
だから今彼らの手元にあるのは最低限のメダルしかない。またそれだけの量のメダルをもってしても切嗣の体の傷はまだ大きい。
コアメダルが使用可能になる放送までの間に、もし殺し合いに乗った者の襲撃を受けてしまえば厳しい戦いを強いられることになってしまうだろう。

「すまない…、僕なんかのために…。君たちまで危険に晒してしまって…」
「そんなこと、怪我人の気にすることじゃないですよ。俺達のことより、切嗣さんは体を休めることに専念してください」

既に皆の間での情報交換は一通り済ませてある。
だからこそ、話せるようになったからといってセイバー達を呼び戻す必要まではない、というのは切嗣の談だ。

「本当にいいんですか…?セイバーちゃんと話さなくても。切嗣さんのこと、かなり心配していたように見えましたけど…」
「いいんだ。僕と彼女の間で話すことなんて、何もないんだ」
「……その結果が小野寺ユウスケ達が来るまでの間のアレ?」
「………」

鈴羽の言葉に口を噤む切嗣。

「俺達が来るまでの間って…、何かあったの?」

自分達のいない間に何かあったのかと気になったユウスケが、ふと鈴羽に聞いていた。


「ううん、何もなかったよ」
「じゃあ、どうして?」
「本当に何もなかったんだよ。
 普通知り合いって、こんな場所で会えばさすがに何かこう、『お前無事だったのか~』的なことって普通言うものじゃない?
 でも、何もなかったんだよ。そんな一言の、ありふれた挨拶みたいなのもさ」

鈴羽はセイバー視点での切嗣という人間についての印象は聞いていたし、だからこそセイバーが切嗣に対してどう話しかければいいのかを掴みあぐねているのは何となく分かった。
そして切嗣はあの時はまだ話すことができていなかったことは事実だが、それでも自分が話しかけたときは何かしらのコミュニケーションを取ろうとする意志は見て取れた。
しかし、切嗣はセイバーがやってきたのを確認したとき、最初の一目を認識した後極力セイバーを視界に入れないようにしていたように見えたのは、果たして気のせいだろうか。

何となく、鈴羽には切嗣がセイバーを意図的に認識しないようにしているようにも見えたし、セイバーもその事実を察してしまったことは分かった。
時間にしてほんの十数分ほどだろうか。しばらく経った後セイバーは諦めたかのように、ここを出て行ったのだが。

「まあたったそれだけの時間だけどさ、あの時の私の居心地の悪さったら無かったよ本当」
「なるほど…、セイバーちゃんが俺達を入り口で出迎えたのはそういうことが…」
「………」

そして、それらのことが決定的になってしまったのが。
あの時の情報交換だろう。


「これで3本、ですね」
「…まさか、1本も取ることができないとはな…」

千冬の額の目と鼻の先で止められた棒。
僅かながらに息を切らせ、顔から一筋の汗を流す彼女に対し、棒を突きつけた金髪の少女は呼吸を乱すことすらしていない。

完敗だった。

1本目は、少女の実力を測り損ね。
2本目でさらに力を入れたがそれでも届かず。
3本目で己の出しうる限りの全力を出して彼女に打ち込んだ。

今の彼女のように、寸止めができたかどうかすら分からないほどに踏み込んで、それでも届かなかった。

「私も、まだまだだな…」
「いえ、あなたの踏み込みは見事なものでした。特に3本目のあの気迫。
 剣技であなたの右に出る者はそうはいないでしょう」
「ふ、いくら見事でも勝てなければ意味はない。
 もしお前が敵だったら、私は3回死んでいるということだぞ」
「私がもしあなたを殺す気で攻めようとしたなら、あなたは逃走を選ぶはずだ。
 それができるほどには、あなたは自分の、そして相手の腕を測れるのではないですか?」
「…果たしてそうかな?」

褒められているのか貶されているのかよく分からないような言い方。
どう反応すればいいのか困ってしまった。

「それで、迷いは晴れましたか?」
「そこまで見抜いた上での、この稽古か。あまり愉快ではないな」
「剣筋の迷いは心の迷い。強き太刀筋は、強き意志なくしては出すことはできません」
「まだ迷いは晴れないが、少なくともお前と打ち込んでる間くらいは忘れることができたさ。それだけは感謝しよう」
「それでいいのです。迷いを消せずとも、一時的にでも己の中から取り除かなければならないときもあるのですから」

「そうか、なら私からも言わせてもらうが。お前こそ何かに悩んでいるんじゃないのか?」
「………」

それは率直な感想だった。
一本目、二本目の時の時点で、千冬は既に悟っていた。セイバーの剣技は自分とは違う次元にいるものだと。
だからこそ、千冬は全力を出したのだ。その神懸かったほどの腕に、自分がどれほど追いつけるのかを試したくて。

そう、セイバーの剣技はそれほどまでに優れたものだった。

「もしお前が私に対して、剣のみの心で打ち込んでいたなら、もう3打ほど前には勝敗を決していたはずだ。
 お前はそれほどには強いはずだ」
「…それは買い被りすぎです」
「お前こそ、迷っているんじゃないのか?」
「………」

千冬には何となく察しはついていた。
おそらくはあの情報交換の時が原因だろう。


ユウスケ、千冬の二人が教会に辿り着いて間もない頃。
切嗣のいる地下室に駆けていったユウスケとそれを追った千冬、セイバー。
体の傷は大きいものの、意識を取り戻していることにユウスケは安心していた。

誰にやられたのか、ということについてユウスケが問いかけたところで、切嗣は自分が放送を聞き逃していることに気付いた。
ここで、お互い何があったのかということについての情報交換を、まとめて行うこととなった。
が、その時切嗣はまだ話すことができなかったことが問題となった。

筆談も体の様子から厳しく、一同が頭を悩ませていた時。

「…キリツグ?」

セイバーが驚いたように反応した。
しかし他の皆にはなぜセイバーがそんな反応をしたのか分からなかった。

その時セイバーが言うには、サーヴァントとマスターの間にはパスが繋がっており、それを通して念話を行うことも可能なのだという。
つまり、切嗣の言葉をセイバーが代弁することで切嗣側からの会話も可能なのだという。

セイバー自身もそれを思いつきはしたが、切嗣が自分に頼るとは思えなかったため選択肢から外していた。
だからこれで言葉が聞こえたとき、一番驚いたのはセイバーだった。

ともあれ、一番の問題点だったことも解決したことで情報交換自体は滞りなく行われた。
切嗣を襲ったバーナビーらしき人物、そしてその者に奪われた令呪、人質として連れ去られた少女。
その少女が牧瀬紅莉栖という人物であるらしいということも阿万音鈴羽の情報から知ることができた。

基本的にはセイバーの役割は切嗣の言葉を受け、それを伝えることにあった。
だからこそ、セイバーに対して念話を行う際、切嗣はセイバーに話しかけるのではなく、その場にいる皆に話すように言葉を伝えていた。

やがて語るべき情報も無くなり、セイバーの役割も終わった。
そこまで切嗣は会話において、全くセイバーという個人を意識した言葉を発することはなかった。
中継している言葉は、これまでの自分が知らない切嗣なのに、切嗣の自分への対応は全く変わることがなく。

だから、ほんの少しでもセイバーは期待したのだ。
もしかしたら、ここまで念話での中継を行った自分に対して、労いの言葉の一つくらいはかけてくれるのではないか、と。
「ありがとう」か、あるいは「よくやってくれた」、そんな言葉の一つくらいならば、交わしてくれるのではないかと。

だが、情報交換を最後に、切嗣が念話でも話しかけてくることはなく。

その事実にそれまで張り詰めていた気持ちが解れたと同時。
自分でも分からない、言いようの無い感情が心の中を埋め尽くして。

やがてセイバーは静かに地下室を出て行った。


ユウスケ、そして千冬には何があったのかよく認識できていなかった。
その後、鈴羽が切嗣に対して行った問いかけでどうにか把握できたという按配だ。
しかしセイバー不在の状況で切嗣に対して問いかけても切嗣には会話する手段がない。

ゆえに切嗣の傷が癒えるまでそこについてを聞くことはできなかった。
そして、今彼は傷が一通り癒えて話せるようになった。

「さっきも言った通りだよ。彼女とは今更分かり合えるとは思わない。
 僕は彼女には随分と非情に扱ってきた。セイバーが知っている以上のことを、きっと彼女のまだ知らない未来でやるだろう。
 実際僕はそうやってきたからね」
「でも、それと今この場での彼女とは……」
「僕は、かつて彼女のあり方が受け入れられなかった。
 彼女と共に戦って5年の年月を経た今でも、結局その思いは変わらなかった。
 きっと彼女は僕のことを理解しないし、僕にも彼女のことはずっと理解することはできないんだろう。
 君たちに迷惑はかけない。だから、そのことは放っておいてくれないか」
「あの緑の怪人がフィリップっていう仲間だったのに、そのことを問い詰めなかったのはそれが原因?」

切嗣を運ぼうをした緑の怪人―――フィリップに攻撃を仕掛けるという失敗をしたセイバーに対しても、何一つ言うことはなかった。
本来ならば何かしら責めるか、あるいはそんな失敗気にするなといった旨のことを言うものなのだろうが。

「そもそも、僕には彼女の失敗を責める資格がない」

情報交換の中で聞いたこと。
間桐雁夜を殺したと思われる織斑一夏が、鈴羽達を襲い、その結果月見そはらという少女が命を落としてしまったという。
それはアストレアから聞いた名だ。
もしあの時、あの存在の異常性、危険性に気付けていれば、間桐雁夜と同じく避けられた犠牲のはずだ。
それに気付けないほど、感覚も衰えてしまったのだろうか。

それだけではない。
先の放送で呼ばれた名の中には、アストレアと、彼女と共に行った左翔太郎もいたという。
あの場で見送った二人が、共に名を呼ばれた。
もしかつての切嗣であれば、顔色を変えるほどのことでもなかったのだろう。
しかし今の彼にはその犠牲は重く圧し掛かっていた。

あの牧瀬紅莉栖の時に、自分の迷いがこんな大事を引き起こしたという事実のように。

「…切嗣さんは、どうしてそんなに自分を追い詰めてるんですか?」
「自分を追い詰める?僕がかい…?」
「だってそうじゃないですか。守れなかったものを全部自分の失敗だって思い込んだり、セイバーちゃんと話す資格がないとか言って拒絶したり。
 まるで、自分を無理やり何かの型にでも当てはめようとしてるみたいで…」
「型に当てはめる、か…」

言われてみれば、守るもののために戦うといいながらそんな根本的なところはあの頃のままだったのかもしれない。
だが、そう言われたからといって、すぐさまやり方を、考え方を変えることができるほど、衛宮切嗣は器用ではなかった。
そもそも、器用だったならもっといい選択をすることもできたのかもしれないのに。

「僕は、かつて色んなものを失ってきた。
 かつて好きだった、だけどある事故で人じゃなくなった子を殺せなかったせいで多くの人が死んだ。
 だから、それ以来僕は十を救うために多くの一を切り捨ててきた。大切な人も、親も」
「親も……?」
「ああ、守れなかった彼女を犠牲にするわけにはいかない、と。そんな思いばっかり大きくなって、気がついたら自分の手は血まみれだったさ。
 僕と彼女じゃ、生き方自体が違いすぎるんだよ」

そう呟く切嗣の瞳は、どこか遠くを見ているようで、それでいて寂しそうだった。


「キリツグがあなた達に話しかけるのを見て、そして彼のこれまでの歩みを聞いて確信できました。彼は私の知っているキリツグではない。
 しかし、それでも彼は私を見ることはなかった」

鈴羽に言ったことがある。
切嗣は、危険人物が人質を取ったとすれば、その人質ごと危険人物を排除するような男だ、と。

しかし彼は、バーナビーなる者に遭遇した際、人質のためにバーサーカーの令呪を渡したのだという。
バーサーカーの令呪と、人一人の命。言っては何だが、切嗣にとって本来ならそれは天秤にすらかからないような比較だ。
一体彼に何があったのか。
鈴羽の言ったように時を越える術があり、自分の知らない未来で何かしらの体験を経た切嗣であるというのだろうか。

そんなことを、問うことも窺い知ることも、セイバーにはできなかった。

「…今更分かり合えるとは思っていません。しかし、ああも変わったキリツグに、尚も気に留められることがないというのは、中々に堪えるものがあります」
「それが剣の迷いの理由か」

無論、千冬には二人の間にどれだけの確執があるのは分からない。
しかし、それは彼らにとって簡単に埋められるようなものではないのだろう。

「いえ、私の迷いはそれだけではないのでしょうね。
 さっきユウスケに襲いかかったバーサーカー、彼もまた、私のかつての友でした」

バーサーカーとは自身の理性を失うことで戦闘能力を引き上げるもの。
彼――ランスロットほどの英霊であるなら、バーサーカーなどにならなくても十分に戦い得る強さを持っていることは自分がよく知っている。
しかし彼は狂気のサーヴァントとして呼ばれた。
そして、あの時の彼は怨嗟の声で自分の名を呼んだ。

「私は、己のマスターのことも、かつての友のことも理解することができていなかった」

王は人の気持ちが分からない。
かつてそう言われたことを思い出す。

ああ、確かにその通りなのかもしれない。
ランスロットの気持ちも知らず、己がマスターにも見限られ。
挙句切嗣を助けようとした者へと攻撃を仕掛けたのだ。

そんな自分に、他の者が救えるというのだろうか。
そはらの時のように失うだけではないのか。

そんな負の感情ばかりが自分の中に生まれ出てくる。

「……まあ、どうせお前一人で考えさせても解決せんだろうしな。
 まあ私から言ってやれることはないが、どうせだ。少しくらいは話に付き合え」

ユウスケの前じゃ言いづらいこともあるしな、と。
そう付け加えて。

「そういえば、お前はボーデヴィッヒと会った、と言ったな。あいつは、どうだった?」
「ええ、戦士としてはなかなかに優秀な力量と判断力を備えていました。今は若さゆえの先走りが気になりましたが、それも経験を積んでいくことで解消されるでしょう」
「…いや、そういうことを聞いているのではないのだがな」

セイバーとラウラが交戦した、という話は既に聞いている。
殺し合いに乗っていないというセイバーが戦った、ということはおそらくラウラから襲い掛かったということだ。
生徒を信じないなど、教師失格ではあるがセシリア・オルコットの件もあり先入観からの判断は危険、と考えての推察だ。

「何者か、守りたい者がいたから戦う、と。確かにそう言っていました。
 鋭い刃のようで、しかしその心には触れれば壊れてしまいそうな脆い一面も感じたように思います」
「そうか、デュノアと共に行ったなら、無差別に他の者を襲うことはない、と思いたかったが…」

そのシャルロット・デュノアもまた、セシリアの手にかかった。
アイツは今、それに心を乱され道を誤っていないか。それが心配だった。

「…全く、自分の生徒のことだというのに、いざという時に限ってあいつらがどうしているのか全然分からないものだな」
「チフユ?」
「いや、私にも偉そうなことは言えないな。私だって、分からないことだらけだよ。
 オルコットの想いも、抱えてしまった闇も全然測れず、その結果あいつを自殺にまで追い込んでしまった。
 ボーデヴィッヒのことも、お前から話を聞くまでは全くどう動いているのかすらも想像がつかなかった」

人の気持ちなど、人には完全に測ることなどできない。
理解したつもりであっても、いざという時には悪い方にばかり、物事が進んでいく。

「いや、私は自分自身の気持ちすらも分かっていなかったものだ。
 弟が死んだということを知ったとき、自分でもどうしていいか分からず、グリードの言った言葉などに惑わされてしまった」

苦い記憶を掘り起こしたかのように表情を変える千冬。

「まあ、確かにお前は人の気持ちが判ってなかったのかもしれんな。
 私とて同じだから、そこについてどうこうは言えないだろう。
 だからこそ、言わねば分からぬこともあるんじゃないのか?」
「言わねば分からぬこと、ですか」
「ああ、彼がどんなことを考えているのかなんて分からないだろうが、それは向こうだって同じだろう。
 私は、それを言う前に失ってしまったが、お前の話す相手は、まだいるんじゃないのか?」

だからこそ、話せるときに言いたいことを伝えなければならないのだと。
彼が許せないなら、そうはっきり伝えて拒絶すればいいし。
共に行きたいのなら、そう伝えて同じ道を歩めばいい。

だがそこで黙っていては、何も変わらないのではないか。

「…………」
「などど、まあこんなロクに長生きしてきたわけでもない女の話だ。
 せいぜい話半分くらいにでも聞いておけばいいさ」
「いえ、少しは気が紛れた気がします。
 ありがとうございました」

そう言って、セイバーは教会の中へと入ろうとして。
ふと千冬はセイバーに向けて話しかけていた。

「もし迷いが無くなったなら、その時はもう一度手合わせを頼めるか?
 自分でも迷いだらけの相手に負けたとは思いたくないのでな」
「いいでしょう。ですが、私も負けませんよ」
「何、今度こそ1本くらいは取ってみせるさ」


「切嗣さん、だったら尚更、セイバーちゃんとは話すべきじゃないですか?」

ユウスケは、切嗣の目を見据えてはっきりとそう言った。

「言っただろう、今更セイバーと話すことなんてないと」
「そうやって考えることも受け入れることも止めていて、切嗣さんは本当に守りたいものを守れるんですか?!」
「――――君に何が分かる」

その声には、切嗣の怒りにも似た感情が篭っていたようにも感じられた。
しかし、ユウスケは引かない。

「大体、あれはいずれ使い捨てなければならない。そういう存在なんだ。
 そんなものに思い入れを持つ必要など、ない」
「そんな…」
「第一、僕がどうしようと君には関係ないだろう。何故そこまで僕に干渉する」

切嗣には不可解だった。
この青年が、何故こうも自分達の関係に口を出すのか。
彼には全く関係ないはずなのに。

「だって、切嗣さん辛そうじゃないですか。まるで何かに耐えてるみたいで。
 俺は、他の人がそんな顔をしてるのなんて見たくない。
 俺は、皆の笑顔を守るために戦っているんですから…!」
「笑顔を…守る…?」


「俺も、かつて守りたかった人を守れませんでした。
 その人のためなら、どんなにも強くなれる、と。そう思ってたのに。一番守りたかった人を、守ることができなかった。
 でも、その人は最後にこう言ったんです」

『私の笑顔のために戦ってあんなに強いなら、 世界中の人の笑顔のためだったら貴方はもっと強くなれる』

だからこそ。
誰も大切なものを失うことがないように。皆が笑顔でいられるように。
例え自分ひとりが闇に落ちることがあっても、誰かを笑顔にしたいと。

その時心に誓ったのだ、と。

「だから、俺は切嗣さんにも、セイバーちゃんにも、俺は笑顔でいて欲しいんです」
「笑顔…か。それは、僕には守ることができなかったな」

自分には、命でしか人を数えることができなかった。
1と10を秤においたとき、迷わず1を選ぶ。その一が、どのような人間だろうと。たとえ自分の大切な存在であっても。

しかし彼はきっと違うのだろう。
1と10を選べと言われたとき、きっと彼は迷わずその両方を選ぶ。11を助けようとする。
その代償に、自分の命が天秤にかけられたとしても。

だが、彼はきっと後悔しないのだろう。
彼は11の笑顔を守れたのだから。

自分にはきっと選べない。

どうしてだろうか。
全てを救う正義の味方などいないと、そう思っていたはずなのに。
自分の手の届くものは、それだけは全てを守ろうとする目の前の青年が、まるで正義の味方のように思えてきた。

だからこそ、これは聞いておきたかった。

「じゃあ、君は一人で皆のために戦って、辛いと感じたことはなかったのかい?
 もしかしたら命ある限り終わることのないかもしれない戦いを、一人続けていくことが」
「確かに一人だったら、俺もどうなってたか分かりません。
 でも、俺には皆が、一緒に戦ってくれる仲間がいました」

ワタルがいて。
剣立カズマがいて。
芦河ショウイチが、八代淘子さんがいて。
ヒビキさんが、アスム君がいて。

光写真館のみんなが、海東大樹が。

そして。

――――コイツが人の笑顔を守るなら… 俺はコイツの笑顔を守る!

そう言ってくれた優しき通りすがりの仮面ライダーもいた。

そして今は、千冬さんがいて、セイバーちゃんや切嗣さんもいる。
できることなら、士の笑顔も守りたい。

「…………」
「仲間…か。僕にとって、仲間はいずれその時が来たら殺さなくてはならないものでしかなかった。
 君のように、心を通わせて共に戦う仲間なんて、作ろうとは思えなかった」
「なら、今から作っていきましょうよ。今の切嗣さんならきっとできるはずです。
 世界は、そんなに悪いことばっかりじゃないんですから」

距離を置くことなく、相手を共に戦う仲間だと受け入れる。
己一人で全てを背負うのではなく、天秤にかけるべきものでもなく。

自分の命を預けるものとして。

「僕に、できるだろうか?」
「できますよ、セイバーちゃんだって、あんなに気にしてくれてるんですから」

そう言ってユウスケは、右手の親指を上に向けて立てた。
その時彼の浮かべた笑みは、不思議と美しいものに感じた。


これまでに守れなかったものを守るためにやり直す。それもいいかもしれないと、そう思った。
かつて助けられたことで自分の心を救った、息子のように。



思えば、何故セイバーをあそこまで拒絶したのか。

彼女の有り方が受け入れられない。確かにその通りだ。
彼女とは考え方が違いすぎる。それも大きい。

だが違う。
本当の理由、それは彼女の有り方に大きな憤りを感じてしまった自分を受け入れるわけにはいかなかったのだ。
彼女が伝承通りの男であれば、事務的なものであれ、受け入れることはなくても最低限、必要に応じた会話はしただろう。
今更アーサー王のあり方に思うところなどないのだから。いずれ切り捨てるときが来ても、何も感じないはずだ。

しかし、彼女は女、それも、まだ少女のような外見であった。
そして、そんな彼女を王に祀り上げたアルトリアの環境に大きな憤りを感じてしまった。
それは決して抱いてはいけない感情。そんな思いが自分の中にあることを認めれば、自分はきっとセイバーを駒として見ることができなくなる。
アイリや舞弥に対して想いを抱いてしまった自分に、さらにそんなものを背負うことはできなかったから。

だから、彼女との意思疎通を、相互理解を完全に拒絶することでその思いを封じ込めた。

では、今の自分にその関心は、決して受け入れられないものなのだろうか。

「キリツグ」

セイバーが部屋に入ってきた。
自分の名前を呼んではいるが、その声色は返事を期待しているようには感じられなかった。

それでも話しかけた。そうまでして言いたいことがあったのだろう。

「私にはあなたの生き方は理解し得ないだろうと思っています。それはキリツグとて同じでしょう。
 しかし、理解はできずともあなたの力となることはできるはずだ。力なき者を守り、この殺し合いを打破する力となることは」

その通りだ。
僕は英雄が嫌いだ。戦いを肯定し、人々の命を失わせるその概念が。
しかしそれ以上に、今の僕はこの殺し合いというものが許せない。

「ああ、そうだな」
「――――!」
「僕には、君のあり方を理解することはできないし、納得もできない。君の生き方を受け入れるなど、もっての他だ。
 だけど、――――――その剣の腕は、あてにさせてもらいたい。だから」


「マスターとして衛宮切嗣が命じる。セイバー、この殺し合いを終わらせるために、その力を貸してほしい」

それは、令呪を介したものではない。命じると言っても、実質懇願にすぎない。
だから強制力などない。セイバーが嫌といえば、拒否することもできる。その程度のものだ。

「――――――」

セイバーは、そんな自分を驚いた顔で見て。
しかし次の一瞬で顔を引き締め。

「―――それは、私とて同じだ。かつてランサーに対して行ったことは決して忘れはしない。
 それでも、あなたが弱き者を守りこの殺し合いを終わらせるというのなら、私も貴方の剣となろう」
「ああ、頼んだよ。セイバー」

それが、セイバーにとっては聖杯戦争始まって初めての、切嗣にとっては聖杯戦争後数年越しの。

一組の主従の、初めての会話だった。

【一日目 真夜中】
【B-4 言峰教会】

【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【所属】青
【状態】ダメージ(大)、貧血、全身打撲(軽度)、背骨・顎部・鼻骨の骨折(軽)(現在治癒中)、片目視力低下(いずれもアヴァロンの効果で回復中)、牧瀬紅莉栖への罪悪感、強い決意
【首輪】25枚(消費中):0枚
【コア】サイ(一定時間使用不可) タコ(一定時間使用不可)
【装備】アヴァロン@Fate/zero、軍用警棒@現実、スタンガン@現実
【道具】なし
【思考・状況】
基本:士郎が誓ってくれた約束に答えるため、今度こそ本当に正義の味方として人々を助ける。
1.偽物の冬木市を調査する。 それに併行して本当の意味での“仲間”となる人物を探す。
2.何かあったら、衛宮邸に情報を残す。
3.無意味に戦うつもりはないが、危険人物は容赦しない。
4.『ワイルドタイガー』のような、真木に反抗しようとしている者達の力となる。
5.バーナビー・ブルックスJr.、謎の少年(織斑一夏に変身中のX)、雨生龍之介とグリード達を警戒する。
6.セイバーはもう拒絶する必要はない?
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※『この世全ての悪』の影響による呪いは完治しており、聖杯戦争当時に纏っていた格好をしています。
※セイバー用の令呪:残り二画
※この殺し合いに聖堂教会やシナプスが関わっており、その技術が使用させている可能性を考えました。
※顎部の骨折により話せません。生命維持に必要な部分から回復するため、顎部の回復はとくに最後の方になるかと思われます。
 四肢をはじめとした大まかな骨折部分、大まかな出血部の回復・止血→血液の精製→片目の視力回復→顎部 という十番が妥当かと。
 また、骨折はその殆どが複雑骨折で、骨折部から血液を浪費し続けているため、回復にはかなりの時間とメダルを消費します。
※意識を取り戻す程に回復しましたが、少しでも無理な動きをすれば傷口が開きます。


【セイバー@Fate/zero】
【所属】無
【状態】疲労(大)、今後の未来への若干の不安、精神疲労(中)
【首輪】5枚:0枚
【コア】ライオン(放送まで使用不能)
【装備】折れた戟(王の財宝内の宝具の一つ)@Fate/zero
【道具】基本支給品一式
【思考・状況】
基本:殺し合いの打破し、騎士として力無き者を保護する。
 1.衛宮切嗣に力を貸す。彼との確執はこの際保留にする
 2.悪人と出会えば斬り伏せ、味方と出会えば保護する。
 3.バーサーカーを警戒。
 4.ラウラと再び戦う事があれば、全力で相手をする。また、己の迷いを吹っ切ったら千冬と再度手合わせをする。
 5.ランスロット……。
【備考】
※ACT12以降からの参加です。
※アヴァロンの真名解放ができるかは不明です。
※鈴羽からタイムマシンについての大まかな概要を聞きました。深く理解はしていませんが、切嗣が自分の知る切嗣でない可能性には気付いています。
※バーサーカーの素顔は見ていませんが、鎧姿とアロンダイトからほぼ真名を確信しています。


【阿万音鈴羽@Steins;Gate】
【所属】無
【状態】健康、深い哀しみ、決意
【首輪】0枚:0枚
【装備】タウルスPT24/7M(7/15)@魔法少女まどか☆マギカ
【道具】基本支給品一式、大量のナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、9mmパラベラム弾×400発/8箱、中鉢論文@Steins;Gate
【思考・状況】
基本:真木清人を倒して殺し合いを破綻させる。みんなで脱出する。
1.これからどうしよう?
2.罪のない人が死ぬのはもう嫌だ。
3.知り合いと合流(岡部倫太郎優先)。
4.桜井智樹イカロスニンフと合流したい。見月そはらの最期を彼らに伝える。
5.余裕があれば使い慣れた自分の自転車も回収しておきたいが……。
6. セイバーはもう大丈夫かな?
【備考】
※ラボメンに見送られ過去に跳んだ直後からの参加です。


【小野寺ユウスケ@仮面ライダーディケイド】
【所属】赤
【状態】疲労(中)、精神疲労(中)、胸部に軽い裂傷
【首輪】10枚:0枚
【コア】クワガタ:1 (次回放送まで使用不能)
【装備】なし
【道具】スパイダーショック@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:みんなの笑顔を守るために、真木を倒す。
 1.まずはどうするか考える。
 2.千冬さんとみんなを守る。仮面ライダークウガとして戦う。
 3.井坂深紅郎、士、織斑一夏の偽物を警戒。
 4.“赤の金のクウガ”の力を会得したい。
 5.士とは戦いたくない。しかし最悪の場合は士とも戦うしかない。
 6.千冬さんは、どこか姐さんと似ている……?
【備考】
※九つの世界を巡った後からの参戦です。
※ライジングフォームに覚醒しました。変身可能時間は約30秒です。
 しかし千冬から聞かされたのみで、ユウスケ自身には覚醒した自覚がありません。


【織斑千冬@インフィニット・ストラトス】
【所属】赤
【状態】精神疲労(中)、疲労(中)、左腕に火傷、深い悲しみ
【首輪】10枚:0枚
【装備】白式@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品 、シックスの剣@魔人探偵脳噛ネウロ
【思考・状況】
基本:生徒達を守り、真木に制裁する。
 1.鳳、ボーデヴィッヒと合流したい。
 2.一夏の……偽物?
 3.井坂深紅郎、士、織斑一夏の偽物を警戒。
 4.小野寺は一夏に似ている。
 5.セイバーが迷いを吹っ切ったら再戦したい。
【備考】
※参戦時期不明
※小野寺ユウスケに、織斑一夏の面影を重ねています。

※教会メンバーは一通りの情報交換を終えました


119:今俺にできること 投下順 121:死【ろすと】
122:さらばアポロガイスト!男の涙は一度だけ!! 時系列順 123:欲望交錯-足掻き続ける祈り-
111:夢の終わり 衛宮切嗣 133:湖が赴いた丘
阿万音鈴羽
113:最期の詩-Blue tears- セイバー
小野寺ユウスケ
織斑千冬


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最終更新:2016年08月19日 22:27