透明ドリちゃんの第1話


パパ私を叱って



主人公・青山ミドリ(ドリちゃん)の自宅である青山動物病院。
獣医の父である竜夫が、お隣の老婆・白川菊子の飼い犬を診察している。

竜夫「健康体ですよ、おばあちゃん。カゼなんかひいていません」
菊子「あらまぁ。じゃ、私を見てもらおうかしら? ウフフフ!」
竜夫「私は獣医ですよ?」
ミドリ「パパ、おばあちゃんはパパのことが好きなのよ。だから病気でもないのに、犬を連れて来るんだわ」
竜夫「こら!」
菊子「まぁ~、私も犬になりたいわ! わんわん!」

そこへ、ミドリの弟の虎男が駆け込んで来る。

虎男「姉ちゃぁん! 大変だ、大変だぁ! 大介さんがいじめられてるよ!」
ミドリ「えっ、大介くんが!? がってんだ!」

ミドリが菊子を突き飛ばして、飛び出して行く。

菊子「あ痛っ!」
ミドリ「虎ちゃん、おいで!」
竜夫「お婆ちゃん、大丈夫ですか?」
菊子「あら、なんて優しい…… 待てよ、今、大介と言ったね? 大介と言えば、私のかわいい孫ではないの! こりゃ一大事~っ!」

ミドリの母、梅子。

梅子「あなた、ミドリは?」
竜夫「おしおきをしに、飛び出して行ったよ」
梅子「えぇっ! じゃ、また!?」


河原で熊野幸治、通称ボスとその子分たち3人が、菊子の孫の大介からラジコン飛行機を取り上げて、遊んでいる。

ボスたち「グーな飛行機だなぁ!」「カッコいいなぁ!」「俺も買ってもらおうかなぁ」
大介「ねぇ、返してよぉ。返してったら! 返してよぉ。返してくれよぉ!」
ボス「うるさいな、ちょっとくらいいいだろ!?」
大介「僕、帰るんだ。返してくれよ!」
ボスたち「帰ればいいだろう!?」

ミドリと虎男が駆けつける。

ボスたち「あっ、ドリが来た!」
大介「ドリちゃん!」
ミドリ「返してあげなさいよ、ボス!」
ボス「出しゃばり女、すっこんでろ! それっ、急降下爆撃!」

ボスがミドリ目がけて、飛行機を急降下させる。

大介「危ないっ!」

飛行機に煽られて、ミドリが転倒する。

虎男「姉ちゃん!?」
ボスたち「ハハハハ!」
ミドリ「よくもやったわね!? アターック!!」

ミドリがボスに体当たり。ボスたち計4人を相手にケンカが始まる。

虎男「姉ちゃん、手伝うぜ!」

虎男も参戦しようとするものの、たちまち突き飛ばされる。

虎男「痛っ! 大介さん、黙って見てるのか!?」
大介「……そうか、よし!」

参戦しようとした大介も、突き飛ばされる。

大介「痛っ!」

ボスたちが一斉にミドリに飛びかかり、ミドリは大ピンチ。
そのとき、どこからか無数の石が、一同を目がけて降り注ぐ。

ボスたち「痛っ、痛痛!」「卑怯者!」「石を投げるなんてずるいぞ! 卑怯者!」

ボスたちはたまらずに、退散してゆく。
河原の石の陰から奇妙な顔が覗いているのにミドリが気づくが、その顔はすぐに消えてしまう。

ミドリ「変だなぁ、いたはずなんだけど…… あ」

菊子が竹刀を背負って駆けて来る。

菊子「大介や! ケガはなかったかぁ~い!?」


ボスが母親に連れられ、青山家に怒鳴り込んで来る。ボスの顔には大きな絆創膏が貼られている。

ボスの母「大ケガです! 見てください、こんな傷作って」
梅子「まぁ…… 申し訳ありません。まさか、石を投げるなんて」

ミドリが顔を出す。ミドリも石でケガを負い、額にも絆創膏が貼られている。

ミドリ「ママ! 私は石を投げていません。謝ることないわよ!」
ボスの母「まぁ~、白々しい嘘!」
ミドリ「本当です! 私のケンカルールは、正々堂々と素手でやることに決めています!」
梅子「ミドリ、石を投げたのは悪いことよ。謝りなさい」
ミドリ「嫌よ! 投げてないもの!」
梅子「ミドリ!?」
ミドリ「嫌!」
梅子「ママも、嘘つきは嫌いです!」


そして居間で、ミドリと両親。

ミドリ「嘘なんかついてません! あのとき石の陰に、何か小さな生き物がいたわ。その生き物がやったのよ」
梅子「そんなこと、誰が信じるものですか!?」
竜夫「ミドリ、本当に素手でやったんだね?」
ミドリ「パパに教えられた通りにやったわ。アメリカンフットボールよ!」
梅子「まぁ……」
竜夫「よぉし、信じよう」
梅子「あなた!?」
竜夫「子供はケンカの中から、色々なことを学び取るものさ。ルールの大切さとか、闘争心とか、負けたときの悔しさとか、涙のしょっぱさまでもね」
梅子「呆れた……」
ミドリ「パパ、大好き!」
竜夫「ハハハハハ!」


子供部屋で、ミドリは額の傷を鏡で見ている。

ミドリ「跡が残ると嫌だなぁ…… でも、良かった。パパに信じてもらえて」

鏡の中に、あの河原で見た奇妙な生物の顔が見える。

ミドリ「えっ!?」

振り向くと、そこには何もいない。しかし視線を鏡に戻すと、やはり鏡の中にそれがいる。

ミドリ「誰?」
ドンパ「あっしは、石の精のドンパでやんす」
ミドリ「石の精!?」
ドンパ「フフフ、フェアリーでやんす。つまり、妖精でやんすよ」

鏡面から、その石の精・ドンパが現れる。

ミドリ「鏡の中から出たわ!?」

ドンパが周囲の物に触れると、次々にそれらが石に変わる。

ミドリ「石になった!? じゃあ、河原で石を投げたのは……」
ドンパ「拙者でやんす! あのとき、ゼリアン王女のピンチをお救いしようと、投げやした!」
ミドリ「まさか、現実に妖精がいるなんて……」
ドンパ「まだ信じないでやんすねぇ~? 土の精よぉ!」

部屋を大きく揺るがし、土の精・ズーンが現れる。

ズーン「ズン、ズン、ズズズズーン!」
ドンパ「火の精!」

炎とともに、火の精・ボームが現れる。

ボーム「ボ~ム、ボ~ム!」
ドンパ「風の精!」

窓から冷たい風が吹き込み、風の精・ジャックが現れる。

ジャック「ヒュヒュヒュ~ッ! ヒュヒュ~ッ!」
ミドリ「クシュン! 寒ぅ~い! わかったわ! わかったわよ!」

ドンパ以外の妖精たちが一斉に、姿を消す。

ドンパ「さぁ、フェアリー王国へ行くのです。あなた様は、ゼリアン王女でやんす」
ミドリ「ゼリアン? 何を言うの!? 私は青山ミドリ、小学校の5年生よ」
ドンパ「いえいえ、あなたはゼリアン王女でやんす。11年前に赤ん坊だった姫を、コウノトリの奴が配達を間違えたんでやんす。さぁ、フェアリー王国へ!」
ミドリ「妖精の国なんて、本当にあるのかなぁ?」
ドンパ「ドンパッチ!」

ドンパが呪文を唱えると、ミニカーのような透明の車、フェアリーカーが出現する。

ミドリ「まぁ!」
ドンパ「さぁさぁ、乗ってください、ゼリアン王女」
ミドリ「どうやって乗るの?」
ドンパ「ちょっと車に触るだけでやんすよ」

ミドリがフェアリーカーに触れると、ミドリ自身もたちまち、ミニカーのようなサイズに小さくなる。
そこへ、虎男が子供部屋に入って来る。

虎男「ふわぁ~あ。お姉ちゃん、まだ寝ないの?」

虎男の足が、床のフェアリーカーに触れ、虎男もまたフェアリーカーのサイズに小さくなる。
フェアリーカーはミドリと虎男を乗せ、空間を飛び越え、どこかへと飛んでゆく。

虎男「わぁ、透明のスーパーカーだ! あっ、あれは何だ?」

一面が雲に満ちたような不思議な空間の先に、宮殿が見える。

ドンパ「フェアリー王国でやんすよ」
ミドリ「妖精の国へ行くのよ!」
ドンパ「到着でやんす!」

フェアリー王国の宮殿。国を治めるガンバス大王と、その王妃がミドリを迎える。

ドンパ「ここが、フェアリーの宮殿でやんす! ほら、ガンバス大王とお妃様が、お待ちかねでやんすよ!」
ガンバス「おぉ~っ、ゼリアン!」
王妃「ゼリアン! よくぞ無事でいてくれましたね!」

事情を飲み込めずにいるミドリを、ガンパス大王が抱きしめる。

ガンバス「11年間も捜していた娘が、戻ったのじゃ! めでたやな、めでたやな!」
ミドリ「ちょっと待ってください! 私の名は青山ミドリ。パパは青山竜夫、ママは梅子!」
ガンバス「うんうん、無理もない。生まれて間もなくコウノトリにさらわれたんだからなぁ」
王妃「ご覧、ゼリアン。妖精たちも歓迎しています」

先ほどミドリのもとに現れた妖精たちに加え、水の精・オンディーヌも現れる。

ボーム「ボボボ、ボームボーム! 王女様のお帰りだぁ!」
ジャック「ビュビューッ! アハハハハ!」
ズーン「ズズズン、ズズズーン! お帰り!」
オンディーヌ「オンディ~ヌ! ハァイ!」
妖精たち「王女様のお帰りだぁ!」「わ、良かった良かった!」「お帰りなさぁい!」
ガンバス「フェアリー王国には、宿題もなければ交通事故もない! その上、すべての夢が叶うパ~ラダイスじゃぁ!」
ミドリ「パラダイス……?」


無数の花の咲き乱れるフェアリーの花園で、ミドリと虎男が遊ぶ。

ミドリ「わぁい、わぁい! 素敵ぃ!」
虎男「妖精の国って」
ミドリ「お花がいっぱい!」
虎男「今度はスキーをしたいなぁ」

フェアリーの雪原で、ミドリと虎男がスキーを楽しむ。

虎男「わぁい、雪だぁ!」
ミドリ「雪は冷たいから、南国の海で泳ぎたいわ」

今度は海。水着に着替えた2人が泳ぎを楽しむ。

虎男「わぁい、わぁい!」
ミドリ「じゃあ、今度は銀河を渡りたいわ。月のお船で!」

三日月の船に乗り、星空をわたる。

虎男「星の欠片を拾ったぞ!」
ミドリ「星の王子様になったみたい……!」


十分遊び終えたミドリたちが、宮殿に戻って来る。

ガンバス「どうじゃ、フェアリーは楽しいか?」
ミドリ「えぇ、とっても!」
ガンバス「そうじゃろ、そうじゃろ」
虎男「ずぅっといていい?」
ガンバス「いいとも。ゼリアン共々、末永く暮らすがいい」
ミドリ「ちょっと、おじさん。それは困るわ」
ガンバス「お、おじさん!?」
王妃「父上とお呼びなさい」
ミドリ「まだ言ってるわ。私のパパは、獣医なの!」
ガンバス「それでは尋ねるが、お前はパパと称する動物に、叱られたことがあるかね?」
ミドリ「いいえ」
ガンバス「それは、自分の子供ではないからだ」
ミドリ「なんですって!?」
ガンバス「実の娘に『ケンカしろ』とけしかける親が、どこにおる? それは、親としての本当の愛情がないから、そんな態度がとれるのだ」
ミドリ「そうかしら?」
王妃「そなたは人間ではありません。妖精です。私の娘です!」
ミドリ「嘘です! 私はパパが好き! ママが好きなの! 大好きなのよ! ねぇ、帰してよ!」
ガンバス「ならぬ! 二度とフェアリー王国から出ることは許さんぞ」
ミドリ「こうしてやるぅ!」

ミドリがガンバスの髭を引っぱる。

ガンバス「わぁ!? や、やめてくれぇ! ハハハ、ヒハハ、わしゃ、それをやられると、わ、笑いが止まらんのじゃ! ハハハ、ヘハハ!」
ミドリ「早く帰してよ!」
ガンバス「ハハ、か、帰す! 帰すから!」
ミドリ「さぁ、早く帰して!」
王妃「あなた!?」
ガンバス「……人間社会に帰すからには、条件がある」
ミドリ「条件?」
ガンバス「人間に夢を与えるのだ」
ミドリ「夢?」
ガンバス「さよう。人間に夢を与えるのは、妖精の使命なのじゃ」
ミドリ「わかったわ。だから、早く!」
ガンバス「よし。ならばそなたに、これを与えよう」

ガンパス大王が取り出したのは、5センチほどの透明な玉。中にチョウのような模様がある。

ミドリ「これは?」
ガンバス「お守りじゃ」
ミドリ「お守り?」
ガンバス「消えるときは『ベルカイアル・アマサラク・ナイナイ・パ』、現れるときは『ベルカイアル・アマサラク・アルアル・パ』、と呪文を唱えるのじゃ。やってみなさい」
ミドリ「ベルカイアル・アマサラク・ナイナイ・パ!」

呪文を唱えると、たちまちミドリと虎男の体が透明となり、その姿が消えてしまう。


ミドリと虎男が気がつくと、2人はもとの青山家のベッドで寝ている。

ミドリ「あら…… 夢を見たのかしら?」
虎男「妖精の国へ行った夢だ……」
ミドリ「えっ、虎男も!?」
虎男「じゃあ、姉ちゃんも!?」

ドンパが顔を出す。

ドンパ「夢ではないでやんすよ」
ミドリ「ドンパ!?」
ドンパ「2人は、フェアリー王国へ行って来たんでやんす」
ミドリ「ドンパがいるんだもの。やっぱり夢じゃないんだわ」
虎男「うん……」
ドンパ「あのね、そのドリームボールが証拠でやんすよ」

ミドリのパジャマのポケットには確かに、ガンバス大王から貰った玉、ドリームボールがある。

虎男「姉ちゃん。すごい物、貰っちゃったね。ベルカイアル・アマサラク・ナイナイ・パ!」

虎男がドリームボールを手に呪文を唱えると、体が透明となり、姿が消える。

虎男「消えた? 姉ちゃん」
ミドリ「消えたわ!」
虎男「本当かなぁ?」

虎男が姿を消したまま、鏡を覗きこむ。

虎男「本当だ! こりゃ面白い!」
ドンパ「よく聞きなさい。これは2人だけの秘密でやんす。人に喋ると、おへそ抜かれるでやんすよ!」
ミドリ「えっ、おへそ!?」
虎男「ひ、秘密は絶対に守るよ!」

虎男がぶつかったらしく、ミドリがよろける。

ミドリ「きゃっ! 危ないじゃないのよ、虎男」
虎男「ちょっとパパのところへ行って来る」
ドンパ「はい、行ってらっしゃい」


虎男が姿を消したまま居間に降りると、竜夫が新聞を読んでいる。

虎男「パパ、おはよう」
竜夫「あぁ、おはよう」

竜夫は背を向けているので、竜夫に気づかない。虎男が竜夫のタバコを取り上げ、灰皿でもみ消してみせる。

竜夫「あれぇ!?」

梅子は台所で朝食の準備をしている。虎男がトースターからパンを抜き取ってみせる。

梅子「あらぁ!? パパ…… 私、夢を見てるのかしら?」
竜夫「どうも、まだ目が覚めんらしい……」

虎男「ベルカイアル・アマサラク・アルアル・パ!」

困惑する2人をよそに、虎男が姿を現す。

虎男「へへっ!」


梅子が子供部屋の様子を見に行くと、ミドリは幼い頃のアルバムを見ている。

梅子「どうしたの? 学校、遅刻するわよ!」
ミドリ「ねぇ。この赤ちゃん、誰?」
梅子「ミドリに決まってるじゃないの」
ミドリ「本当に、ママが生んだの?」
梅子「おかしな子ねぇ。当たり前じゃないの」
ミドリ「でも…… すり替えられるってことがあるんでしょう? ほら、新生児室で」
梅子「フフッ、そうねぇ。あんた、他人の子供かもねぇ。ママの子とは、とても思えないことがあるもの。さ、早くなさい」

台所に戻る梅子に、ミドリが詰め寄る。

ミドリ「ねぇ、ママ! ねぇ、ママ。本当なの? それ。私が他人の子供かもしれないって」
梅子「バカな子ねぇ。早く食べて学校行きなさい」
ミドリ「……行きたくないわ、学校なんて。寝転んでいたいの。おうちで」

ミドリは竜夫の顔色を窺う。

竜夫「カゼのひきはじめかもしれんな」
ミドリ「パパ!?」
竜夫「ん?」
ミドリ「どうして怒らないの!? 私はズル休みしようとしているのよ!」
竜夫「ミドリだって、もう5年生だ。自分の行動に責任を持ってもいい年頃だよ」
ミドリ「……わかったわ!」

ミドリは2階のベランダから庭目がけ、植木鉢を落とす。
庭に出た菊子が、割れた鉢と頭上にいるミドリに気づく。

梅子「ミドリ! あなたがやったのね!? パパ、パパぁ!」
竜夫「何を大騒ぎしてるんだ?」
梅子「ミドリがやったんですよ! わざとやったのよ!」
竜夫「まさか…… 気を付けなさい。下でママが洗濯物を干してたら、危なくケガするところだ」

一向に怒らない竜夫に、ミドリは無言。

(ガンバス『お前はパパと称する動物に、叱られたことがあるかね?』)

ミドリ「もしかしたら……」


ミドリが竜夫のいない動物病院の診察室を覗きこむと、診察台に、菊子の飼い犬のプチがいる。

ミドリ「プチも寂しそうね。……あ、来た! ベルカイアル・アマサラク・ナイナイ・パ!」

ミドリがドリームボールで透明となり、姿を消す。テニスルックの菊子が診察室にやって来る。

菊子「フンフ~ン♪ 竜夫さん、竜夫さん! テニスに行きませんこと?」

ミドリが姿を消したまま、椅子を菊子の足元にぶつける。

菊子「あ、痛ぁ!」

菊子が転んだ隙に、ミドリがラケットをひょいと取り上げる。

菊子「あ、ラケットが? どこに行っちゃったのかしら、私のラケット? ……あら、どうしてこんなところに? 竜夫さん、竜夫さぁん!」

菊子が竜夫を呼びに行こうとすると、すかさずミドリがドアを閉め、菊子はドアに衝突。

菊子「あ痛ぁ! ……わぁ、お化けぇ~っ!!」
ミドリ「フフフッ!」


菊子が逃げ去った後、ミドリは竜夫に黙ってプチを連れ出し、川岸の小道を散歩する。
そこへ、後ろからそっとボスたちが忍び寄る。

ボスたち「それっ!」
ミドリ「きゃあぁっ!?」

ボスたちがミドリをつき飛ばす。ミドリが転び、その隙にボスたちはプチを奪う。

ボスたち「それそれぇ!」
ミドリ「ボス、返してよぉ!」

ボスたちはミドリをからかいつつ、プチを捕まえたまま川岸へやって来る。

ミドリ「ボス、返してったらぁ! それ、お客さんの犬よ!」
ボスたち「ほらほらぁ!」「こっちだ、こっちだぁ!」
ミドリ「返してったらぁ」
ボス「返してほしいか!? それなら『この間、石をぶつけて悪かった』って、謝れよ!」
ミドリ「嫌よ! 私じゃないもん!」
ボス「どうしても謝らないのか!?」
ミドリ「私じゃないもん! 謝るもんか! 返してよぉ!」

ボスたちがプチを捕まえたまま、川岸に泊まっているボートに乗りこむ。

ミドリ「やめなさいよぉ!」

川の中州に、プチが置き去りにされてしまう。

ミドリ「プチィ──ッッ!」
ボス「へへっ、ざまぁ見ろ!」

ボスたちが岸に引き返してくる。

ボス「どうだ、参ったろ!」
ミドリ「プチィーッ! こんなことで、私が参るとでも思ってるの!?」

ミドリが単身、ボートに乗り込む。

ボス「お前、漕げるのかよ!?」
ミドリ「何よ、ボートぐらい!」

ミドリが危なっかしい手つきでボートを漕ぎつつ、中洲のプチのもとに辿り着く。

ミドリ「プチ! ごめん、ごめんね。さぁ、帰りましょ」

ミドリがボートにプチを乗せ、岸に引き返しにかかる。しかし途中、川底に突き出た岩にボートがぶつかる。
船体に穴が空き、みるみる水があふれ出してくる。

ミドリ「あ、あぁっ!?」

どんどんボートが浸水し、ミドリはなすすべもなく、ボートが次第に沈んでゆく。

ミドリ「あぁ、どうしよう!? 沈んじゃう…… どうしよう」
ボスたち「大変なことになっちゃたぞ!?」「俺、知らねぇよ!」「逃げろぉ!」

ボスたちが逃げ出す。

ミドリ「助けてぇ! 誰か、助けてよぉ!」

そこへ、虎男と大介が川岸に通りかかる。

虎男「あっ、姉ちゃん!?」
大介「ドリちゃん!?」
ミドリ「助けてぇ! 戻れないの!」
虎男「大変だぁ!」
大介「僕、人を呼んで来る!」
ミドリ「助けてぇ! 助けてぇ!」

大介が、青山動物病院の竜夫のもとへ駆け込む。

大介「大変です、ドリちゃんが!!」
竜夫「何ぃ!?」

虎男「姉ちゃん!」
ミドリ「あぁっ!?」

ついにミドリが川の中に没する。そこへ、大介と共に竜夫と梅子が駆けつける。

大介「ドリちゃぁん!」
ミドリ「助けてぇ! 助けてぇ!」
梅子「ミドリぃ!?」
ミドリ「パパぁ、ママぁ!」
竜夫「よぉし、じっとしていろ!」

竜夫は上着を脱ぎ捨てて川の中へ飛び込み、ミドリ目指して泳ぎ始める。

ミドリ「パパぁ、早く助けてぇ!」

ミドリと犬は、かろうじて川面に浮いているボートにしがみついている。
竜夫がミドリのもとに辿り着き、ミドリたちを抱き上げ、無事、岸にたどり着く。

ミドリ「パパ……」
竜夫「バカぁぁ!!」

ミドリの頬に、竜夫の平手打ちが飛ぶ。

ミドリ「……ごめんなさい、勝手に連れ出したりして」
竜夫「子犬のことを怒ってるんじゃない。こんな無茶なことをして、もし溺れ死んだらどうするんだ!?」
ミドリ「パパ…… パパぁ!」

ミドリが泣きながら、竜夫に抱きつく。

竜夫「叩いて悪かった…… 許しておくれ」
ミドリ「いいの! 私、嬉しい! (私のパパ…… やっぱり、私のパパだわ!)」

その様子を、物陰からドンパが見ている。

ドンパ「へぇ~。ゼリアン姫をガンバス大王のところへ連れ戻す拙者の役目は、かなり難しそうでやんすなぁ~」


つづく

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最終更新:2021年09月13日 04:30