聖闘士星矢Ωの第1話
ギリシャ。
古代遺跡を思わせる神殿で、幼い赤ん坊がたどたどしい足取りで歩いている。
赤ん坊を見守る、
城戸沙織。
前作『
聖闘士星矢』でも登場した、闘いの女神アテナの化身である。
赤ん坊がつまづいて転び、泣き出す。
沙織は手を差し伸べないが、優しい笑顔で見守る。
やがて赤ん坊が泣きやみ、自力で立ち上がろうとする。
そのとき──
突如として、空が真っ赤に染まる。
沙織がとっさに、赤ん坊を抱きあげる。
声「アテナよ! 迎えに来たぞ」
強烈な衝撃が放たれ、沙織が吹き飛ばされる。
そのとき、黄金の閃光とともに飛来した者が、その衝撃を食い止める。
前作『聖闘士星矢』の主人公、
星矢。
女神アテナを守る戦士・
聖闘士の1人、現在ではその最高位である
黄金聖闘士の1人。
沙織「ありがとう、星矢!」
声「さすがは黄金聖闘士、フハハハハ!」
声の主が姿を現す。
火星の守護者にして闘いの神、マルス。
マルス「待っていたぞ、ペガサスの星矢!」
星矢「俺もだ」
睨み合いの末、均衡を崩すように星矢が突進する。
拳と蹴りを繰り出すが、マルスには通じない。
星矢の繰り出す拳を、マルスが堅く受け止める。
マルス「どうした? この程度の
小宇宙では、我が
銀河衣に触れることなど、できぬぞ!」
星矢「お前の力は、俺は止める!」
マルス「いいぞ、星矢! もっと燃やせ、小宇宙を!
ヌーベル・シドゥス・グングニル!!」
星矢「
ペガサス流星拳──っ!!」
この世に邪悪が蔓延るとき 必ず現れる希望の戦士。 星座の聖衣を纏い、己の肉体に秘められた エネルギー・小宇宙を爆発させて戦う。
彼らこそ、地上の愛と平和を守る戦士── 聖闘士!
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十数年後──
とある孤島で、激しい戦闘訓練が行われている。
訓練を受けているのは、主人公の
光牙。
冒頭の赤ん坊が成長した姿である。
そして光牙に訓練を施しているのは、前作『聖闘士星矢』でも活躍した仮面の女聖闘士、
シャイナ。
光牙「痛ぇ…… 手加減してくれよ。なんで、こんな訓練、いつまでも続けんだよ?」
シャイナ「聖闘士になるためだ!」
シャイナの激しい攻撃が光牙に決まる。
光牙「くッ……」
シャイナ「どうした? もうネンネかい?」
光牙「俺は…… 聖闘士になんか、ならねぇよ!」
有無も言わず、さらにシャイナの攻撃が決まり、光牙は痛烈に岩盤に叩きつけられる。
シャイナ「本当にお前は逆らってばかりだな、光牙。その名の通り、何にでも牙をむく。男なら黙って耐えろ」
光牙「男は反抗してこそ男だ! 俺は自分の力で道を開く!」
シャイナ「フン! まったく、聖闘士になる力を身につけもできずに、口だけは生意気に育っちまったな。その言葉が口先だけじゃないって、証明してみせな!」
島内の邸宅で、沙織がベッドに就いている。
その胸には、宝石のついたペンダントが下げられている。
執事の辰巳徳丸が、水と薬を運んでくる。
辰巳「お嬢様……」
シャイナの指示で、光牙が岩盤に拳を叩きつける。
光牙「痛ぇ~! 無理無理、できるわけねぇ!」
シャイナ「光牙……」
光牙「なんだよ?」
シャイナ「お前は、小宇宙を感じたことがあるのか?」
光牙「コスモぉ? ねぇよ、そんなもん」
シャイナ「小宇宙を感じれば、その程度の岩、軽く砕けるはずだ」
光牙「……フン」
シャイナ「何度も言ったろ? 石は原子でできている。我々の体も原子でできている。夜空に輝くあの星々も。この大宇宙にあるもの、すべてが原子でできあがっているんだ」
光牙「……」
シャイナ「宇宙は137億年前に、一つの塊からビッグバンによって誕生した。言わばお前の肉体も、ビッグバンによって生じた小さな宇宙の一つ……」
光牙が思わず、自分の体を見つめる。
シャイナ「いいかい? 破壊の根本は、原子を砕くということだ。その体の中の宇宙、小宇宙を爆発させろ! それが原子を砕く力となる」
光牙とシャイナの特訓は、夜が明けても続く。
シャイナ「光牙、小宇宙を燃やせ! 迷い、怒り、憎しみ、余計な感情に惑わされるな! 精神を集中させるんだ!」
光牙「……」
シャイナ「このままでは、お前は聖闘士としての力を永遠に発揮できない! お前は自分もアテナも、守ることはできない!」
光牙「アテナなんて、どこにいんだよ!? ギリシア神話の中だけだろ!?」
シャイナ「それだけじゃない。お前は、あの星矢が守った命なんだ」
光牙「だから、誰なんだよ、そいつは?」
シャイナ「……」
光牙「何も教えてもらえずに、ただ聖闘士とやらになれと言われてもさぁ。いっそ、赤ん坊のとき死んでりゃ良かったぜ。こんなことやらされずに済んだんだからなぁ! 俺を助けて死ぬなんて、星矢って奴は大馬鹿野郎だぜ」
シャイナ「!? ……星矢を悪く言うなぁぁっ!!」
シャイナが激昂して、拳を振るう。
光牙が反射的に拳を繰り出し、その拳がシャイナの顔をかすめ、背後の岩盤を大きく砕く。
光牙が我に返り、シャイナの態度と、思わぬ自分の力に呆然とする。
光牙「……ごめん。俺…… きょ、今日はもういいだろ……」
光牙が逃げるように駆け去る。
シャイナ「あの子は、紛れもなくすごい小宇宙を秘めている。だが……」
光牙が草原を行き、草むらの中に咲いている花に気づく。
光牙「沙織さん、いる?」
光牙が沙織の部屋を尋ねる。
部屋には誰もいない。
背後から辰巳が現れる。
辰巳「何をしておる!」
光牙「爺!?」
辰巳「お嬢様の部屋に勝手に入りよって! 何を……」
沙織「辰巳!」
いつの間にか辰巳の後ろに、沙織が立っている。
辰巳「お、お嬢様!?」
沙織「ふふ。……あら?」
光牙が花を手にしているのに、沙織が気づく。
光牙「あ、これ? 沙織さんにと思って…… ほら、爺! ちゃんと生けとけよ!」
辰巳「何じゃ、その態度は!?」
光牙「じゃ!」
辰巳「まったく! もっと礼儀作法を叩きこまねばならんようですな」
入れ替りに、シャイナが沙織の部屋を訪ねる。
シャイナ「お具合は?」
沙織「大丈夫です。でも、もうあまり時間がありません。私の力は……」
シャイナ「しかし、光牙はまだまだ聖闘士には……」
沙織「シャイナ。光牙を信じましょう。本当なら、あの子にはもっと楽しい少年時代を、過ごさせてあげたかった。たとえ戦うことが、あの子の宿命であっても……」
そのとき、何かを沙織が直感する。
沙織「うっ…… まさか!?」
光牙が海岸の砂浜で、うたた寝から目覚める。
光牙「夢……?」
夢の中で見た光景。
黄金に輝く翼を背負い、黄金に輝く甲冑を纏った誰かの後ろ姿──
光牙「あれが…… 星矢?」
気づくと、そばに沙織が立っている。
光牙「あっ、沙織さん!」
沙織が無言で微笑んでいる。
光牙「沙織さん……?」
光牙と沙織が、夕陽を見つめながら語らう。
沙織「修行はどう?」
光牙「がんばってるよ。その、俺なりに……」
沙織「ごめんなさい。こんなところで、人に知られないように何年も」
光牙「別に平気だよ、俺は。シャイナさんはおっかないけど、いろいろ教えてくれるし。辰巳の爺は面白いし。それに……」
光牙が照れ臭そうに、鼻を掻く。
光牙「ずっと、こうして…… 沙織さんと……」
沙織「フフ……」
光牙「でもさぁ、なんで聖闘士になんなきゃなんないのか、わかんねぇよ」
沙織「聖闘士にならないと、守ることができないのよ」
光牙「守るって、アテナを? じゃあ、会わせてくれよ。アテナって女神にさぁ」
沙織「……いつかね」
光牙「また、はぐらかす。いつもそうやって、何も教えてくれねぇじゃねぇか。アテナのことも、星矢って奴のことも」
沙織「……」
光牙「さっき、夢を見た」
沙織「えっ?」
光牙「金色に輝く、誰かの背中…… もしかして、あれが星矢って人なのかな」
沙織「……すべてわかるわ。あなたが、聖闘士になれば」
光牙「……だから、聖闘士って何だよ!? 俺は聖闘士になんか、なんねぇよ! 俺の道を、俺の道を勝手に決めるな!」
沙織が自分のペンダントを外し、差し出す。
沙織「光牙、これを……」
光牙「それは?」
沙織「とても大切なものよ。あなたが持っていて」
光牙「俺が……? いいの?」
沙織が優しく頷き、光牙がペンダントに手を伸ばす。
そのとき──
強烈な衝撃と共に、冒頭のように空が真っ赤に染まり、マルスが降り立つ。
マルス「待ち侘びたぞ、この日を。もはや、お前を守る黄金聖闘士はいない! アテナよ」
光牙「アテナ!? 沙織さんが……!?」
マルス「さぁ、我とともに来い! 世界を我が物とするには、貴様の力が必要なのだ」
沙織「この世界は、人々が守り育み、受け継いできたもの。たとえ私の身がどうなろうと、あなたには渡しません!」
沙織の体から満ち溢れる未知の力に、光牙が目を見張る。
光牙「この力…… これが……!?」
マルス「さすがアテナ、すばらしい! 貴様の香しい光の小宇宙、それを我は欲していたのだ」
沙織「うぅっ……!」
沙織の体が次々に闇色に染まってゆき、沙織が苦痛に顔が歪む。
光牙「さ、沙織さん!?」
マルス「フフフ、苦しいか? 今、無理に小宇宙を燃やせば、闇の力と混ざり合い暴発する! もはや我が手より逃れることは、できぬのだ!」
そこへ、光牙が割って入る。
光牙「やめろぉ! 沙織さんに手を出すな!」
沙織「光牙!? 下がりなさい!」
光牙「そんなわけ、いくか!」
マルスはたやすく、光牙をねじ上げる。
マルス「あのときの赤子か? 惰弱な」
光牙「うっ……」
光牙があっけなく投げ飛ばされ、岩肌に叩きつけられる。
沙織「光牙!?」
辰巳「お嬢様──っ!」
辰巳が竹刀を手に駆けて来る。
それより先にシャイナが辰巳をかばって飛び出し、マルスに一撃を浴びせる。
シャイナ「サンダークロウ!! ついに目覚めたか、マルス!」
マルス「蛇遣い座のシャイナか!」
シャイナが次々に攻撃を繰り出すが、マルスには通じない。
逆にマルスの猛攻が、シャイナを襲う。
シャイナ「うぅっ!?」
シャイナは血を滴らせながらも、必死にマルスに挑む。
光牙「シャイナさん……!?」
シャイナ「アテナ、ここは私が!」
沙織「シャイナ!?」
マルス「アテナの聖闘士、尊き小宇宙の力よ! ムルス・イグニス!!」
マルスの攻撃で、シャイナが炎に包まれる。
沙織「シャイナ!?」
シャイナ「あぁぁ──っ!」
仮面が砕け、素顔が露わになる。
ふっ飛ばされたシャイナを、とっさに光牙が受け止める。
シャイナ「光牙、守れ…… アテナを、アテナを!」
光牙「シャイナさん……!?」
シャイナが虫の息の中で、必死に訴える。
光牙は瞳に涙を滲ませつつも、やがて激しい怒りと共に突進する。
光牙「沙織さぁん! 待ってろ! 今、助ける!」
沙織はすでにマルスの手の中にあり、周囲は激しい炎の壁で覆われている。
光牙「くそぉ……!」
沙織「光牙!?」
光牙が必死に拳を炎に叩きつけるが、炎の壁にはまったく通じない。
地面に転がっていたペンダントが、かすかに動く。
光牙「くそぉ、うぅっ…… こんな、炎ぉ──っ!」
逆に光牙の方が炎に跳ね返されてふっ飛ばされるが、なおも光牙は立ち上がる。
ペンダントがひとりでに、カラカラと動き始める。
光牙「沙織さんは、沙織さんは……! 沙織さんは、俺が守るうぅぅ──っっ!!」
その絶叫に呼応するように、ペンダントの宝石がまばゆい光を放つ。
沙織「ペガサスの聖衣が……!?」
光牙「クロス……?」
光の中に浮かび上がった13の星が、天を駆けるペガサスの姿となり、光牙の体を包み込み、甲冑となる。
聖闘士の証──聖衣。天馬座の聖衣である。
マルス「聖闘士だと!?」
光牙「これは……!?」
声「光牙、小宇宙を燃やせ」
光牙の脳裏に浮かぶ光景。
星々の満ちる中、夢で見た星矢の後ろ姿。
星矢「お前の小宇宙を燃やすんだ」
光牙「小宇宙を燃やす? 小宇宙…… 俺の小宇宙を…… 爆発させる!」
マルス「むぅっ!?」
光牙「おぉ──っ! ペガサス流星拳──っっ!!」
音速を超える百発以上の拳が流星の雨のごとく炸裂──!
炎の壁が跡形もなく消え去る。
マルス「こいつは!?」
光牙「なんだ、この力は……!?」
声「光牙……」
光牙の脳裏で、星矢が振り向き、素顔を晒す。
星矢「それが小宇宙だ」
光牙「これが…… 小宇宙!?」
光牙が歯を食いしばり、拳を握りしめ、猛然とマルス目がけて突進する。
光牙「うぅおおぉぉ──っっ!!」
最終更新:2015年05月10日 17:07