プーシキンが1830年に書いた4篇からなる物語詩「小悲劇」、その第3作目が「黒死病の時代の饗宴(ペストの時代の酒盛り)」です。17世紀のロンドンでペストが大流行し、10万人近くの人が死亡したというパンデミック、これをスコットランドの詩人ジョン・ウィルソンが19世紀になって3幕の戯曲「The City of Plague(ペストの都市)」(1816)としましたが、そこから第1幕の1場面を取り出してプーシキンが短い劇詩を書いたものです。従って舞台はペストが大流行しているロンドン、親しい友人や家族を亡くした人たちが集まって酒宴を通りで催しているところ、死者の数からして今騒然となっているコロナウィルス禍の比ではありません(中間部に亡骸をたくさん積んだ馬車が通り過ぎる描写がありますね)。まさに身近な友人を、家族を亡くした人たちがたくさん居たのですね。だからというわけではありませんが、その空虚さを埋めるためには集まって酒盛りでもせねばやってられないといったところでしょうか。この酒盛りを企画した幹事のウォルシンガムは三週間ほど前に母親を、そしてつい昨晩には妻をペストで亡くして居て、だからこそその悲しみを紛らわすのに集まって飲まずには居られない、この非常時に酒盛りなど死者への冒涜だと、騒ぎを止めに来た司祭と壮烈な言い争いとなります。彼の歌うおちゃらけつつも悲壮感に溢れる「ペストを讃える歌」と、そこからの司祭とのやり取りの後半の盛り上がりがこのオペラの聴きどころでしょうか。前半で歌われるスコットランド出身の女メリーの、故郷でのペストの惨禍をしみじみと歌う暗い歌も印象に残りますが。