だだっ広い部屋の中
そこには絵画の一枚もなく、絨毯すら敷かれていない
ただ一つ、中心に置かれた長方形のテーブルだけが異彩を放つ
「次、前へでろ」
黒いスーツを着た大男が、俺の前に立っていたヤツを促す
俺は一歩前へ進み、順番を待つ
2001年、某日
俺は『組織』に忠誠を誓う儀式に参加していた
アンジェロは『地図に触れるだけだ』と言っていたが、その顔が曇っているのを俺は見逃さなかった
何かが起きる
そんな確信のない思いが胸中を渦巻いていて、だから俺は事態の把握に一瞬遅れを取った
「な…ッ!?」
俺の前に居たヤツが『地図』に触れた途端、ソイツは砂漠で何ヶ月も放置された死体のように一瞬でミイラになったのだ
有り得ない事だ
俺はこの異常に驚愕し、硬直する
しかし黒服の男が吐き捨てた一言で、俺の身体は完全に固まった
「フン、コイツは失格だな。次、お前だ」
なんだお前、その、反応は
まるで『手馴れている』じゃあないか
今までもこんな事があったと言うのか
「(『異常』…)」
そう、異常だ
だってオカシイじゃあないか
何で『地図』に触っただけで人がミイラになるんだ?
『失格』って一体何の事なんだよ
「(だ、だが…)」
部屋の入り口には拳銃を握った屈強な男達が控えており、とてもではないが逃げ出せる状況ではない
それに此処で俺が逃げ出せば、天涯孤独の身だった俺を育ててくれたアンジェロの顔に泥を塗る事になってしまう
「(触るしか…『地図』に触れるしかないッ!)」
覚悟を決め、俺は一歩踏み出す
そして、『地図』に触れた
「………?」
「……合格だ。次、前へ出ろ」
「(何も起きなかった…?)」
「よくやったロベルト。これで私も一安心だよ」
「アンジェロ、あれは一体…」
「直ぐに解かるさ」
***
「……」
俺はドアを開け薄暗い自室へ脚を踏み出す
スイッチを弄り、部屋の明かりを付ける
ポケットから携帯を出して、ベッドの脇に置かれた机へ放り投げ、そのままベッドへ倒れこむ
「……あれは一体」
ガタガタガタガタガタッ!
「……?」
バイブレーションの音では無いと直ぐに解かった
机の上に置いた携帯が激しく振動し、机から落ちたところで振動を止めた
「何だ……?」
携帯を拾おうと手を伸ばしたところで
――ズアッ!と“俺のものではない腕”が、携帯を掴んだのだ
「うおッ?!」
ガタタンッ、と再び携帯は床に落ちる
「(な、なんだ…今の『腕』はッ!)」
***
「……『地図』が、欠けている、だと?」
「は、ハッ!欠けていると言うよりも『削れて』いるのです。微量ではあ」ザシュンッ!
首が空中へ舞い、頭部を失った男の身体は下手なタップダンスを踊りながら崩れ落ちる
「ふ、フフフ。さて、犯人探しをしようか…」
***
今しがた起きた事が信じられず、自分の腕をまじまじと見つめていると、掌の中に何か握っているのに気が付いた
「なんだ、『砂』…?」
微量の『砂』が、掌に張り付くようにして存在している
そしてそれは、ズブズブと俺の腕に沈んでいった
「うおおおおおおおッ!?な、なんだコレはァーーーッ!」
ある情景が、俺の記憶に横滑りして入ってくる
幼い赤ん坊を抱えた女性が、『見えない力』に首を掴まれ、吊るし上げられている
[ハァ…ハァ…『地図』は…危険よ…!この世界を壊しかねない力だわ!]
[フン、そんな事より自分の心配をしろ。お前の夫は先に逝ったぞ?ククク、一人は可愛そうだからお前も殺さないとなぁ]
[グッ…『ロック…ボトム…』!]
[無駄無駄。もう『スタンド』を出す余力などあるまい。そら、今楽にしてやろう]
[…ロベ…ルト…]ゴキィン!
女性の首が、『見えない力』に圧し折られる
赤ん坊は、何が起きたのか理解していない
[全く、『地図』をこの私から奪うなど、愚かな夫婦だ]
[しかしまぁ…赤ん坊まで殺す程、私は非情ではない]
[アンジェロにでも預けておけばいいだろう]
「――ハッ!」
「い、今のは…」
不思議と、この時俺にはあの女性が『母親』だと言うことが解かった
そして同時に、俺はこの身に宿る『血』に懸けて、復讐をしなければならないと
「……『地図』を、揃わせては、いけない」
俺は上着を羽織って部屋を出る
多分、二度と此処には戻ってこないと感じながら
***
『地図』が置いてある部屋には、誰も居ない
儀式も終わったので片付けられているかと思ったのだが
「(無防備すぎるが…センサーがあるって訳でもないようだな)」
クリアケースに容れられ、机の上に放置されたそれに手を伸ばし、掴む
その時、ジリリリリリリリリリリリリリ!とけたたましいブザー音が鳴り始めた
「しまった!」
「(一体何処に!しかもこの音は…)」
「お、俺の身体からだッ!『身体から音が鳴り響いて』いるッ!」
そして更に驚いたのは、この音によって現れたのが黒服の男達ではなかったことだ
「<触ッタナ!>」
「ッ!」
気配もなく、何時の間にか、俺の目の前に何者かが立っていた
両肩とデコに赤いランプの付いた奇妙な人物だ
「ど、何処からッ!」
「<シャアアアアアッ>!」
ソイツは問答無用で俺に拳を振るう
辛うじて避けたその一撃は易々と床をぶち抜いた
「人間の腕力じゃあ…ないッ!」
「お。おやぁ、『ブザー・ビート』が作った罠に引っ掛かったのがどんな鼠か見に着てみれば…き、今日『儀式』を享けた小僧じゃあないか」
「だ、誰だッ!」
部屋の入り口に佇む男は、腕を組んで此方を鬱屈そうに見つめている
「し、知ってるか小僧。ひ、『人に名前を聞くときは先ず自分から』……だ!」
ブォン!
「うおあッ!」
『奇妙な人物』の拳が再び俺を狙い、床に穴を空ける
「さ、避けた?あ、ああ、そうかそうか」
一人で納得して、拍手をする男
俺は『ブザー・ビート』と呼ばれたヤツに注意を払いながら、男を観察する
「ぎ、『儀式』をクリアして『スタンド』を獲得したか。ど、どれ、見せてみるがいい。も、若しかしたら俺から逃げ切れるかもなァ~?」
「す、『スタンド』は精神の形。ひ、必死こいて頑張ればなんとかなるかもな」
「何を言っている!こいつはなんだ!?この『地図』は何なんだ!」
「め、冥土の土産に教えて――」
ギュアォン!
「<グェ!?>」
突如現れた『第二の腕』が傍らの『ブザー・ビート』を殴り飛ばすと、男も同じ場所を殴られたように仰け反る
「グェ!?」
「ッ!今だッ!」
俺は怯んだ男の脇を通り抜け、廊下へ出る
***
「ハァ…ハァ…ッ!」
あれから随分走った
もうあの男も、あの『スタンド』とかいう訳の解からないヤツも追っては来ないだろう
「クソ…ッ、これからどうする…?」
――ジリリリリリリリリ!
「ッ!?」
「<ム、無駄ダ!イ、一度『音』ガ鳴ッタラ『ぶざー・びーと』ハオ前ヲ逃ガサナイ!>」
「<コ、コレガ『ぶざー・びーと』ノ『すたんど能力』!サ、サァ、大人シク『地図』ヲ渡セ!>」
「(ま、不味い…ッ!)」
『ブザー・ビート』の拳が頬を掠める
浅く切られた頬が出血を始める
「(は、外した?この距離で?)」
続くB・Bの拳が俺の脇腹を掠めて、壁に穴を空ける
「(『精密さ』に欠けている…?この『スタンド』というのは――)」
「<シャアアアアアアアッ!>」
――ドッギャアン!
俺の腕から飛び出した『第二の腕』が、B・Bの拳を受け止めた
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ.......
「成る程…『傍に立ち、立ち向かう者』か…」
「<タ、叩キ潰セ『ぶざー・びーと』!>」
「いいのか?拳が震えてるぜ」
「<ッ!?コ、コレハ…!>」
B・Bの拳が、いや、身体が揺れている
「<ナ、ナンダコレハ!コレガオ前ノ『すたんど能力』カ!?>」
「『触れたものを振動させる』…ね。OKだ、気に入った、凄くな」
「<ナッ?!オ、『音ガ…散ラバル…』!>」
***
物陰からその様子を見物していた男は、自身の『スタンド』が突然消えた事に動揺を隠せない
「な、なんでだ…!あ、あの小僧一体何を――ハッ!」
男の『スタンド』、『ブザー・ビート』は消えた訳ではなかった
“標的を男に変えただけ”だった
何故なら
「お、俺の身体から――」
――ジリリリリリリリ!
「――ぶ、『ブザー音』!」
より正確には、“男を囲むように”音が鳴っている
「<シャアアアアアアッ!>」
B・Bの拳が主を狙って放たれる
「ひ、ヒィッ!や、止めろ『ブザー・ビート』!お前の――」
「お前は次に『標的はあの小僧だ』と言う」
「――『標的はあの小僧だ』……ハッ!?」
┝゛┝゛┝゛┝゛┝゛┝゛┝゛┝゛.....
それは、とても奇妙な人型だった
先ず始めに、空間が震えた
ガスマスクのような物が俺の頭上に鎮座し、空間の振動に合わせるようにガスマスクから粉が舞い、空間に『肉』を付けていく
別段太くもないが細い訳でもない手足からは周囲を震わすオーラを発している
首元から伸びたチューブが全身を這い、最後に赤いゴーグルがガスマスクの上に現れる
「俺は『立ち向かう者』になる。『地図』は…揃わせない」
「(し、『振動』…!こ、この小僧まさかーーッ!?)」
「お、『音』を――」
ガスマスクの『スタンド』が拳を握る
そして放つ、空間を震わすラッシュを!
「フラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラフラ――フラゴーレッ!」
男は全身を強く打ち据えられ、吹き飛んでいった
***
【某空港】
出来る限りの変装をした俺は、奴らから逃げる為に空港へ来ていた
眼鏡をかけた男が、真っ直ぐにこちらへ向かって歩いてくる
「………」ブォン
俺は『スタンド』を出して、警戒する
「……まぁ、そう身構えるな。『スタンド』を仕舞いたまへ」
「……何者だ?」
「私は『ミスター・ロストマン』。『スタンド』の名前も同じだ」
男は恭しく一礼すると、柔和な笑みを俺に向けて来た
俺は『スタンド』を引っ込めると、男に向き直る
「お前、情報屋の『ミスター・ロストマン』か?」
「如何にも。貴方が、今日、此処へ、来ることは既に知っていました」
「……それで、俺に何の用だ?『組織』へ連れ戻すつもりなら、今ここでお前を始末しなければならない」ズォア!
再び現れた『スタンド』が、『ミスター・ロストマン』に拳を突きつける
「とんでもない!私は『組織』よりも貴方の『未来』に興味があるのでね。奴らの『行動予定リスト』を持ってきたのですよ」
「……何?」
「但し、カバーしているのは今から一年間。その先は私の口からは教えることは出来ない」
「全ては『引力』と…貴方の『スタンド』が道を示してくれるでしょう」
「……『スタンド』」
「はい?」
「ただ『スタンド』と呼ぶのは、寂しいな」
「と、言いますと?」
「俺も名前を付けるよ、『スタンド』に」
俺は飛び立つジェット機の爆音を聞きながら、『ミスター・ロストマン』に告げる
「コイツの名前は『ワム!』だ。世界を、奴らを『ドカン!』と震わせてやる為の、名前だ」
終わり
使用させていただいたスタンド
No.817 | |
【スタンド名】 | ワム!(Wham!) |
【本体】 | ロベルト・バッジョ |
【能力】 | 殴った(触った)ものを『揺らす』 |
No.377 | |
【スタンド名】 | ロック・ボトム |
【本体】 | 母親 |
【能力】 | 殴った物体を振動させることができる |
No.1164 | |
【スタンド名】 | ブザー・ビート |
【本体】 | 男 |
【能力】 | 殴った物を「非常ベル」にする |
No.384 | |
【スタンド名】 | ミスター・ロストマン |
【本体】 | 情報屋 |
【能力】 | 時間軸で活動することができる |
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