黒馬の蹄が床を蹴りつけ、その巨躯が宙を舞った。
思わず目を見張る幼い身体の二人――ビビとマーヤを眼下に捉え、黒馬に跨る骸骨騎士は、目にも留まらぬ速さで槍を繰り出した。
思わず目を見張る幼い身体の二人――ビビとマーヤを眼下に捉え、黒馬に跨る骸骨騎士は、目にも留まらぬ速さで槍を繰り出した。
シャドーノーブルの得意技、さみだれ突き。
あたかも槍が数を増したかのようだった。瞬速の連撃が名の由来を示すが如く、雨のように二人の頭上に降り注ぐ。
あたかも槍が数を増したかのようだった。瞬速の連撃が名の由来を示すが如く、雨のように二人の頭上に降り注ぐ。
「――――!!」
爆弾でも炸裂したかのような衝撃音。
槍の一撃が床石を砕き、鋭い破片が弾け飛ぶ。
槍の一撃が床石を砕き、鋭い破片が弾け飛ぶ。
マーヤは思わず咄嗟に顔を庇い、目を細めた。
飛んできた破片が頬を掠める。狭まった視界の端を、青い布切れがひらりと横切った。
飛んできた破片が頬を掠める。狭まった視界の端を、青い布切れがひらりと横切った。
ハッとして視線を走らせる。
それは、ビビのローブの切れ端だった。赤い血がじわりと滲んだ。
それは、ビビのローブの切れ端だった。赤い血がじわりと滲んだ。
「ビビッ!」
マーヤの心臓が跳ねる。
「だ、大丈夫。掠っただけ」
うずくまったビビの姿が見え、マーヤは僅かに安堵した。
右腕から血を流しながらも、ビビの声に恐慌の色はない。幸い傷は浅く、戦闘に支障を来すほどではないようだ。
だが、今の攻撃がこの程度で済んだのは、あくまで幸運に過ぎない。自分達の小さな身体が槍にまともに貫かれれば、間違いなく命は無い。
右腕から血を流しながらも、ビビの声に恐慌の色はない。幸い傷は浅く、戦闘に支障を来すほどではないようだ。
だが、今の攻撃がこの程度で済んだのは、あくまで幸運に過ぎない。自分達の小さな身体が槍にまともに貫かれれば、間違いなく命は無い。
そんな思考は次の瞬間には中断された。
着地するや、シャドーノーブルは手綱を引く。黒馬が身を翻すと、今度は真正面から弾丸のように突撃を開始した。
着地するや、シャドーノーブルは手綱を引く。黒馬が身を翻すと、今度は真正面から弾丸のように突撃を開始した。
「こっち!」
マーヤは咄嗟にビビの手を引き、このフロアの一角、旅人バザーの前に並ぶ大テーブルと椅子の陰へ回り込む。
せめてもの障害物だ。これで勢いが鈍れば――― そんな淡い期待は、一瞬で打ち砕かれた。
せめてもの障害物だ。これで勢いが鈍れば――― そんな淡い期待は、一瞬で打ち砕かれた。
「ウソ……!?」
目の前の光景に、ビビが息を呑んだ。
黒馬がテーブルを蹴り飛ばし、巨大な天板が風車のように回転しながら宙を舞った。
蹄の一撃が椅子を粉砕し、破片が四散する。シャドーノーブルは、まるで勢いを落とさず猛進してきた。頑丈な木製の家具が、まるで障害にもならず蹴散らされ、踏み砕かれていく。
蹄の一撃が椅子を粉砕し、破片が四散する。シャドーノーブルは、まるで勢いを落とさず猛進してきた。頑丈な木製の家具が、まるで障害にもならず蹴散らされ、踏み砕かれていく。
呆然としている暇はない。既に黒馬は眼の前に迫っている。
反射的に、2人は身を投げ出すようにして地面を転がった。
その直後……
反射的に、2人は身を投げ出すようにして地面を転がった。
その直後……
ズゴンッ!!!
2人の眼前、たった数十センチ先を、巨大な蹄が踏みつけた。僅かでも反応が遅れていれば、頭を踏み砕かれていただろう。
心臓が凍りつく。
だが、怯んでいる暇などない。
敵の猛攻は、まるで緩む兆しを見せない。
走り抜けたシャドーノーブルは勢いを一切緩めることなく、そのまま円を描くように旋回し、三度目の突撃に移ろうとしている。
心臓が凍りつく。
だが、怯んでいる暇などない。
敵の猛攻は、まるで緩む兆しを見せない。
走り抜けたシャドーノーブルは勢いを一切緩めることなく、そのまま円を描くように旋回し、三度目の突撃に移ろうとしている。
マーヤは忌々しげに唇を噛んだ。
相性が、致命的に悪い。
相性が、致命的に悪い。
攻撃力も機動力もあちらが上。
加えて、馬の巨体と脚力が、その猛攻をさらに厄介なものにしている。
自分やビビの華奢な身体では、馬に撥ねられるか踏み潰されるだけで致命傷になる。
機動力を削がなければ勝負にならない。その為には―――
加えて、馬の巨体と脚力が、その猛攻をさらに厄介なものにしている。
自分やビビの華奢な身体では、馬に撥ねられるか踏み潰されるだけで致命傷になる。
機動力を削がなければ勝負にならない。その為には―――
「おねえちゃん」
「ビビ?」
「ビビ?」
思索を続けていたマーヤの隣に、ビビが立った。
ビビもマーヤと同じ考えに至ったのだろう。分かっている、とでも言うように小さく頷くと、怯える様子も見せず杖を構える。
ビビも今まで、ただ逃げ回っていただけではない。
猛攻に晒されながらも突破口を見出すべく、魔法の詠唱を続けていたのだ。
ビビもマーヤと同じ考えに至ったのだろう。分かっている、とでも言うように小さく頷くと、怯える様子も見せず杖を構える。
ビビも今まで、ただ逃げ回っていただけではない。
猛攻に晒されながらも突破口を見出すべく、魔法の詠唱を続けていたのだ。
「スロウ!」
その叫びと共に、杖の先から放たれた魔力の球が、シャドーノーブルを包み込む。
次の瞬間、全身に重りでも付けられたように、疾走していた黒馬の速度が目に見えて落ちた。
次の瞬間、全身に重りでも付けられたように、疾走していた黒馬の速度が目に見えて落ちた。
(やった!)
心の中で歓声を上げるビビの脳裏に、いつか聞いたジタンの声が浮かんだ。
『―――いいか、ビビ。攻めるにしろ逃げるにしろ、大切なのはまず脚だ。
攻め手が分からないなら、相手の脚を奪うことも考えてみな。闇雲に攻めるより、そっちの方が効くことだってあるんだぜ』
攻め手が分からないなら、相手の脚を奪うことも考えてみな。闇雲に攻めるより、そっちの方が効くことだってあるんだぜ』
ジタン達と出会ったばかりで、まだ戦いに慣れない頃、とにかく敵を倒そうと攻撃魔法ばかり使っていたビビに、ジタンはこう言い聞かせた。
そう、相手の速度を奪えばその分、自分達の行動時間(アクティブ・タイム)が生まれる。
この一手によって、貴重な時間を稼ぐことができた。反撃に転ずるのは今しかない―― その一念のもと、ビビは全速で次の詠唱を完了させる。
この一手によって、貴重な時間を稼ぐことができた。反撃に転ずるのは今しかない―― その一念のもと、ビビは全速で次の詠唱を完了させる。
「ファイガ!!」
火球が唸りを上げて飛び、シャドーノーブルの正面で爆ぜた。
紅蓮の炎が骸骨騎士を覆い、激しい熱気が立ち昇る。
紅蓮の炎が骸骨騎士を覆い、激しい熱気が立ち昇る。
黒馬がたまらず脚を止めたのを見て、マーヤが駆けた。
狙いは騎士ではなく、馬。
脚元へ滑り込み、すれ違いざまにガテリアの宝剣を振り抜く。
刃が両脛を切り裂き、どす黒い血が噴き出す。
黒馬が嘶きながら大きくよろめいた。
狙いは騎士ではなく、馬。
脚元へ滑り込み、すれ違いざまにガテリアの宝剣を振り抜く。
刃が両脛を切り裂き、どす黒い血が噴き出す。
黒馬が嘶きながら大きくよろめいた。
「効いた!」
思わずビビが声を上げた。
脚を潰した。これならいける。
――だがその歓声も、長くは続かなかった。
「…………っ」
ビビの表情が固まる。
炎の向こうから、ぎらりと漆黒の眼窩が覗いた。
シャドーノーブルはまだ立っていた。左手の盾を、正面に掲げて。
ファイガが迫った瞬間、咄嗟に盾を掲げ、直撃を防いでいたのだ。
炎の向こうから、ぎらりと漆黒の眼窩が覗いた。
シャドーノーブルはまだ立っていた。左手の盾を、正面に掲げて。
ファイガが迫った瞬間、咄嗟に盾を掲げ、直撃を防いでいたのだ。
そして黒馬もまた、脚に傷を負いながらも、今までと何ら変わりなく駆け出しはじめた。
傷口からは今もどくどくと血が流れ続け、骨までも覗いている。にも関わらず黒馬は、アンデッド特有の頑強さと痛覚への耐性ゆえか、傷を傷とも認識していないらしい。
傷口からは今もどくどくと血が流れ続け、骨までも覗いている。にも関わらず黒馬は、アンデッド特有の頑強さと痛覚への耐性ゆえか、傷を傷とも認識していないらしい。
マーヤは、自分の細腕を忌々しげに見つめた。成長が止まったこの身体では、いくら刃を振るったところで意味が無い。
それでも、このまま手をこまねいているわけにはいかない。
機動力を奪うスロウに、ダメージを与えられる攻撃魔法。目の前のモンスターを倒すには、ビビを詠唱に集中させる必要がある。
そのために自分ができることは――
それでも、このまま手をこまねいているわけにはいかない。
機動力を奪うスロウに、ダメージを与えられる攻撃魔法。目の前のモンスターを倒すには、ビビを詠唱に集中させる必要がある。
そのために自分ができることは――
マーヤは覚悟を決めた。
「ビビ、私がなんとかあいつを抑えるわ。あなたはとにかく魔法を撃つことに集中して」
「で、でも……」
「私達が勝つにはこれしかないってことは分かるでしょ。私が心配なら、一秒でも早く魔法を撃ってあいつを倒すこと。分かった?」
「ウ、ウン…… 分かった」
「いい子ね。頑張って」
「で、でも……」
「私達が勝つにはこれしかないってことは分かるでしょ。私が心配なら、一秒でも早く魔法を撃ってあいつを倒すこと。分かった?」
「ウ、ウン…… 分かった」
「いい子ね。頑張って」
そう言ってビビの頭を一撫ですると、マーヤはガテリアの宝剣を構え、シャドーノーブルの正面に立ちふさがった。
◆
風車塔の最上層。
陽夏木ミカンは冷たい壁に背を預け、膝を抱えて縮こまっていた。
必死に両耳を塞ぎ、固く目を閉じながら。
嵐に煽られ激しく回転する風車の駆動音が、時折不快な摩擦音を交えながら不気味に響いている。
だがそれも、塔の吹き抜けを通して聞こえてくる音を遮ってはくれなかった。
陽夏木ミカンは冷たい壁に背を預け、膝を抱えて縮こまっていた。
必死に両耳を塞ぎ、固く目を閉じながら。
嵐に煽られ激しく回転する風車の駆動音が、時折不快な摩擦音を交えながら不気味に響いている。
だがそれも、塔の吹き抜けを通して聞こえてくる音を遮ってはくれなかった。
金属がぶつかり合う重い響き、何か硬いものが砕ける音、人とも獣とも取れぬ叫び。間違いなく、下の階で何かが戦っている。
これが自分と無関係だとは、とても思えなかった。
さきほどエレベータを出た直後の動揺によるものだと、半ば確信めいた予感があった。
これが自分と無関係だとは、とても思えなかった。
さきほどエレベータを出た直後の動揺によるものだと、半ば確信めいた予感があった。
(聞こえない、聞こえない、私には何も聞こえてない……)
できることは、自分にそう言い聞かせることだけ。下を覗く勇気なんか持てない。
戦っているのが桃やシャミ子の可能性も、頭の中に浮かんではいた。
だが、自分の呪いが彼女達に、あるいは他の参加者に襲い掛かることを、ミカンは恐れていた。
戦っているのが桃やシャミ子の可能性も、頭の中に浮かんではいた。
だが、自分の呪いが彼女達に、あるいは他の参加者に襲い掛かることを、ミカンは恐れていた。
一度でも動揺すれば、また呪いが牙を剥く。関わった誰かに、取り返しのつかない不幸が降りかかる。
それがどれほど恐ろしい結果を招くか、この殺し合いの場に呼ばれる前から、ミカンは何度も思い知らされていた。
重傷を負い、病院のベッドで呻く母親。そして、雨に打たれ、冷たくなっていた吉田良子。彼女達の姿が、瞼の裏に浮かんでは消える。
それがどれほど恐ろしい結果を招くか、この殺し合いの場に呼ばれる前から、ミカンは何度も思い知らされていた。
重傷を負い、病院のベッドで呻く母親。そして、雨に打たれ、冷たくなっていた吉田良子。彼女達の姿が、瞼の裏に浮かんでは消える。
(大丈夫。落ち着いてる。私は、落ち着いてるから……)
声にならない言葉を繰り返しながら、ミカンはさらに強く耳を押さえ、目をきつく閉じた。
感情を丸ごと自分の中に閉じ込めて、ただ全てが終わるのを待つ。
それ以外に今の自分ができることはないと、そう思い込んで。
感情を丸ごと自分の中に閉じ込めて、ただ全てが終わるのを待つ。
それ以外に今の自分ができることはないと、そう思い込んで。
その姿は10年前――千代田桃と出会う直前、呪いが周囲を傷つけるのを恐れ、工場の倉庫に閉じこもっていた頃の彼女自身と、まるで同じだった。
◆
黒馬が前脚を高く振り上げた。
踏み潰さんとばかりに頭上から迫る蹄。
巨大なハンマーの如き一撃を、マーヤは咄嗟に後ろに跳んでかわす。が、シャドーノーブルは続けざま、それは織り込み済みと言わんばかりに本命のさみだれ突きを放った。
踏み潰さんとばかりに頭上から迫る蹄。
巨大なハンマーの如き一撃を、マーヤは咄嗟に後ろに跳んでかわす。が、シャドーノーブルは続けざま、それは織り込み済みと言わんばかりに本命のさみだれ突きを放った。
スロウの効果がまだ残っていたのが、唯一の救いだった。万全の状態で放たれたなら、マーヤにこれを凌ぐ術はなかっただろう。
一発、二発、三発。動体視力と反射神経を限界まで振り絞り、身体を掠める三連撃を寸前でかわし切ると、最後の一撃をガテリアの宝剣で真正面から受け止めた。
一発、二発、三発。動体視力と反射神経を限界まで振り絞り、身体を掠める三連撃を寸前でかわし切ると、最後の一撃をガテリアの宝剣で真正面から受け止めた。
防ぎ切った。だが…… 重い。
衝撃が骨の中まで響く。指先に痺れが走る。神経が千切れそうだ。ガテリアの宝剣を握る手が、がくがくと震えた。腕力も体格も、そして武器の重さも、圧倒的にあちらに分があるならば、こうなるのも道理だ。
こんなことを何度も続けられるはずがない。いずれ剣を弾かれるか、骨を折られる。
荒い息を吐きながら、成長を止められたこの身体を呪う。大鳥希なら、今の四連突きも顔色一つ変えず捌いてみせただろう。だが恨み言を並べたところで、相手は加減などしてくれない。歯を食いしばり、震える足に力を込めて剣を握り直す。
こんなことを何度も続けられるはずがない。いずれ剣を弾かれるか、骨を折られる。
荒い息を吐きながら、成長を止められたこの身体を呪う。大鳥希なら、今の四連突きも顔色一つ変えず捌いてみせただろう。だが恨み言を並べたところで、相手は加減などしてくれない。歯を食いしばり、震える足に力を込めて剣を握り直す。
(お姉ちゃん……!)
背後に立つビビも焦燥していた。杖を握る手は、詠唱の合間も小刻みに揺れている。マーヤが危ない。代わってあげたいと思う。が、それは自分の役割ではない。頭では理解していても、見守ることしかできない自分がもどかしい。
シャドーノーブルの巨躯の前に立つマーヤの背中はあまりにも小さく、触ればすぐに壊れてしまいそうなほど脆そうで。
突如この殺し合いの場に呼ばれ、スタイナーの死を目の当たりにし、泣いていた自分を立ち上がらせ、ここまで導いてくれたマーヤ。まだほんの数時間の付き合いでしかないが、ビビが親愛の情を抱くには十分だった。彼女までも失う未来を、想像したくはない。
シャドーノーブルの巨躯の前に立つマーヤの背中はあまりにも小さく、触ればすぐに壊れてしまいそうなほど脆そうで。
突如この殺し合いの場に呼ばれ、スタイナーの死を目の当たりにし、泣いていた自分を立ち上がらせ、ここまで導いてくれたマーヤ。まだほんの数時間の付き合いでしかないが、ビビが親愛の情を抱くには十分だった。彼女までも失う未来を、想像したくはない。
「ファイガ!!」
これで倒れて。そう願いを込めて、ビビは何発目かのファイガを放つ。だが、シャドーノーブルはこれも盾で受け流すようにして直撃を防いだ。火球は盾ごと左手を焼いたが、射線をずらされ後方に飛び去り、塔の内壁に当たって爆ぜた。焼け焦げた壁石が崩れ、黒い煙が立ち昇る。
マーヤとビビの焦りは、募るばかりだった。
さしものシャドーノーブルも、弱点である火属性の最上位魔法を完全に防ぎ切ることはできず、それなりのダメージを受けてはいる。が、明らかにまだ余裕が残っていた。反面、立ち塞がるマーヤは激しく息を切らし、腕は痙攣を起こし始めている。この状況が続けば、相手を倒すより前にマーヤが接近戦で押し切られるのは明白だ。
さしものシャドーノーブルも、弱点である火属性の最上位魔法を完全に防ぎ切ることはできず、それなりのダメージを受けてはいる。が、明らかにまだ余裕が残っていた。反面、立ち塞がるマーヤは激しく息を切らし、腕は痙攣を起こし始めている。この状況が続けば、相手を倒すより前にマーヤが接近戦で押し切られるのは明白だ。
――そう、マーヤもビビも、シャドーノーブルはこのまま接近戦を続けてくるもの、と思い込んでいた。
だから、このタイミングで別の手札を切ってこようなどとは、想像もしていなかった。
だから、このタイミングで別の手札を切ってこようなどとは、想像もしていなかった。
突然黒馬が後ろに向かって跳躍し、シャドーノーブルが間合いを外した。
予期せぬ動きに一瞬あっけにとられる二人。直後、シャドーノーブルの口から、あたかも呻き声のように呪文が響き渡った。
予期せぬ動きに一瞬あっけにとられる二人。直後、シャドーノーブルの口から、あたかも呻き声のように呪文が響き渡った。
「《ラリホーマ》」
「!?」
「!?」
その呪文を耳にした途端、マーヤの脚から力が抜け、片膝をついた。シャドーノーブルの漆黒の眼窩から、視線が動かない。黒い穴がブラックホールのように広がっていき、自分の意識が闇の中に吸い込まれていく。
催眠魔法か。マーヤは瞬間的に自分に掛けられたものの正体を見抜いた。
呪文の原理がオルベリオの魔法――言語認識を介した精神干渉――と酷似していたことが幸いした。
催眠魔法か。マーヤは瞬間的に自分に掛けられたものの正体を見抜いた。
呪文の原理がオルベリオの魔法――言語認識を介した精神干渉――と酷似していたことが幸いした。
『起きろ! 私!!』
咄嗟に自分自身に向けてそう叫び、催眠の効果を"上書き"する。意識を刈り取られたのは、わずか1秒と少し。だがこの局面において、その隙はあまりにも致命的。
意識を取り戻したマーヤの眼に映ったのは、喉元を貫かんと迫るシャドーノーブルの槍先だった。
◆
マーヤに向かって、モンスターの槍が伸びる。
――――間に合わない。
そう悟った瞬間、ビビの身体から血の気が引いた。
おねえちゃん! と、叫ぶ時間もない。
あの槍が、おねえちゃんに当たる。おねえちゃんが、死んでしまう。
イヤだ。
あの時と同じになる。
おねえちゃんも、スタイナーのおじちゃんのように。
このゲームの始まりの場所、アレクサンドリア城の大広間。
突然始まった殺し合い。
意味も分からないまま嵌められていた首輪。
皆が困惑する中、スタイナーのおじちゃんは真っ先に魔女に立ち向かい、そして――……
……ボクは、何もできなかった。
ただ見ていることしかできなかった。
殺し合いが始まってもなお、ボクは泣いていた。
あの大きな声を聞くことはもう出来ないと、知ってしまったから。
あの広い背中を見上げることが、出来なくなってしまったから。
立ち上がることもできず、ただ悲しみに暮れていたボクの前に、彼女は現れた。
『――――なにがそんなに、悲しいの……?』
マーヤは、黒魔導士であるボクを、怖がらないって言ってくれた。
ビビはビビだって言ってくれた。
臆病で意気地のないボクの手を引いてくれた。
ここまで一緒に戦ってくれた。
出会ってまだ半日すら経ってはいないけれど。それでもボクにとってはもう、大切な人だ。
その彼女が、今まさに殺されようとしている。
スタイナーのおじちゃんのように。
他の死んでいった人達…… ワニ使いのおじちゃんや、雨に打たれて事切れていた、あの小さな女の子のように。
――――イヤだ。
また悲しい思いはしたくない。
もう、誰にも死んでほしくない。
ボクが抱いたような辛い思いを、これ以上、誰にもさせたくない。
だから、ボクは――――!!
湧き上がるのは、決意と勇気。
強面だけど誰よりも優しかった彼が、ボクの背中を後ろから見つめている。
無骨だけど温かい彼の大きな手が、優しくそして力強く、ボクの背中を押す。
そして。
ボクの中で、光が弾けた。
◆
白い輝きが空間を包み込んだ。
同時に、火球が閃光のように飛び、今まさにマーヤを串刺しにしようとしていたシャドーノーブルを横から吹き飛ばした。炎に包まれた巨体が床を転がる。
マーヤは呆然と、その光景を見つめていた。
助かるとは思えないタイミングだった。尋常でない詠唱速度。
助かるとは思えないタイミングだった。尋常でない詠唱速度。
「ビビ……!?」
マーヤはビビの異変に気づいた。
ビビの身体が、白い輝きに包まれていた。
いかなる原理か、纏った衣服も変化していく。
青かったローブが、輝く純白に染まっていく。まるで夜の青が、夜明けの光に照らされていくように。
垂れ下がっていた三角帽子の先が、力強く立ち上がり、ビビの決意を示すかのように天を指した。
いかなる原理か、纏った衣服も変化していく。
青かったローブが、輝く純白に染まっていく。まるで夜の青が、夜明けの光に照らされていくように。
垂れ下がっていた三角帽子の先が、力強く立ち上がり、ビビの決意を示すかのように天を指した。
感情の爆発による力の解放―― トランス。
ビビは、マーヤの危機を目の前にして、それを発動させていた。
ビビは、マーヤの危機を目の前にして、それを発動させていた。
「おねえちゃん」
ビビはゆっくりと顔を上げた。
二つの黄色い瞳が、シャドーノーブルを捉える。
二つの黄色い瞳が、シャドーノーブルを捉える。
「ボクが、あいつを倒す」
小さな声だった。
だが、そこには迷いも怯えも無かった。
だが、そこには迷いも怯えも無かった。
ビビはマーヤの前へ歩み出た。
巨大な骸骨騎士の前に立つと、静かに杖を掲げる。
巨大な骸骨騎士の前に立つと、静かに杖を掲げる。
刹那、その先端に異様な量の魔力が集まり始めた。
ビビのアビリティ、『ためる』。
単に魔力を集中するのではなく、己が纏う魔力そのものを増幅する、特殊能力である。
単に魔力を集中するのではなく、己が纏う魔力そのものを増幅する、特殊能力である。
驚くべきことに、このアビリティには上限というものが存在しない。
この能力を有するがゆえに、ビビはその気になれば、肉体的な限界に達するまでは、己の魔力を際限なく高めることが可能なのだ。
この能力を有するがゆえに、ビビはその気になれば、肉体的な限界に達するまでは、己の魔力を際限なく高めることが可能なのだ。
溜め込まれていく魔力の圧に、空間自体が軋み始めた。ビビの周囲では、幾つもの魔力の火花が音を立てて弾けている。それでもなお、魔力の増大は止まらない。
シャドーノーブルが黒馬の腹を蹴り、突撃を命じる。だが、馬は動かなかった。荒い鼻息を吐きながら、四肢を細かく震わせている。獣の本能が告げていた。あれに近づけば、命は無いと。
シャドーノーブルが、今度は手綱を力任せに引く。が、それでも黒馬は動かなかった。
ビビは黙って、その姿を見つめている。
ビビは黙って、その姿を見つめている。
「…………」
沈黙が続く中。シャドーノーブルは静かに槍を逆手に持ち替えた。
そして――
黒馬の尻へ、その槍を突き立てた。
「ビヒヒィィィィンッ!!」
黒馬が身体を大きく仰け反らしながら、絶叫した。
耐え難い激痛と死の恐怖に、黒馬は半狂乱の暴れ馬と化す。眼を血走らせ、涎を吐き散らしながら、正気を失った獣がビビ目掛けて突進した。石床を蹴る蹄の音が、地響きと共に迫る。
耐え難い激痛と死の恐怖に、黒馬は半狂乱の暴れ馬と化す。眼を血走らせ、涎を吐き散らしながら、正気を失った獣がビビ目掛けて突進した。石床を蹴る蹄の音が、地響きと共に迫る。
それでもビビは動じなかった。震える気配すらない。ただ静かに杖を構え、迫る黒馬を見据える。
「――ファイガ」
短い詠唱と共に、火球が黒馬へと真っ直ぐ飛んだ。
直撃の寸前、シャドーノーブルが手綱を渾身の力で引く。悲鳴のような嘶きと共に馬体が大きくつんのめる。骸骨騎士は鞍を足場に、馬の背から跳躍した。翻る紅い外套が、まるで死神の衣のようにはためく。主を失った馬の全身に、火球が炸裂した。
直撃の寸前、シャドーノーブルが手綱を渾身の力で引く。悲鳴のような嘶きと共に馬体が大きくつんのめる。骸骨騎士は鞍を足場に、馬の背から跳躍した。翻る紅い外套が、まるで死神の衣のようにはためく。主を失った馬の全身に、火球が炸裂した。
一瞬の白い閃光。断末魔を上げる間さえなく、黒馬は炎に包まれて崩れ落ちる。
それを下目に、間一髪で炎の外へ逃れたシャドーノーブルは空中で身体を捻ると、手にした槍をビビに向けた。
それを下目に、間一髪で炎の外へ逃れたシャドーノーブルは空中で身体を捻ると、手にした槍をビビに向けた。
狙いは、詠唱直後の隙。
馬を捨石に魔法を凌ぎ、そこを突いて殺す。
そのはずだった。
馬を捨石に魔法を凌ぎ、そこを突いて殺す。
そのはずだった。
が――――
「――――!?」
骸骨騎士の表情無き顔に、明確に動揺の色が走った。
ビビの杖の先には、先ほど放ったファイガを更に上回る、濃密な魔力が渦を巻いていたのだ。
トランスを果たしたビビが持つ力。黒魔法を続けざまに二連射するアビリティ、「W黒魔法」。
先ほどファイガを撃ったその瞬間、既に次の詠唱準備は完了していた。
空中にいるシャドーノーブルに、これから放たれる一撃から逃れる術は、もはや存在しなかった。
トランスを果たしたビビが持つ力。黒魔法を続けざまに二連射するアビリティ、「W黒魔法」。
先ほどファイガを撃ったその瞬間、既に次の詠唱準備は完了していた。
空中にいるシャドーノーブルに、これから放たれる一撃から逃れる術は、もはや存在しなかった。
「おねえちゃん、伏せて!!」
叫びと共に、渾身の詠唱が紡がれる。
「――――フレアッ!!」
杖の先から放たれたそれは、もはや火球などという規模ではなかった。小さな太陽が生まれたかのような閃光がこの場を包み込む。マーヤはとっさに床へ身を伏せ、両腕で頭を庇った。
直後、耳をつんざく爆音と共に凄まじい熱風が吹き荒れる。窓という窓のガラスが砕け散り、石壁のあちこちに亀裂が走った。天井から瓦礫が雨のように降り注ぎ、伏せたマーヤの背にまで、肌を焦がすような熱気が押し寄せる。
足元まで伝わる激しい振動に、キラキラ大風車塔全体が、まるで巨人に揺すぶられたかのように大きく軋んだ。塔のどこかで、装飾品の壺か何かが割れて落ちる音が続けざまに響く。
遠く、塔の上のほうでも何かが崩れるような音が微かに聞こえた気がしたが、この状況でそれを気に留める余裕は、マーヤにはまだ無かった。
直後、耳をつんざく爆音と共に凄まじい熱風が吹き荒れる。窓という窓のガラスが砕け散り、石壁のあちこちに亀裂が走った。天井から瓦礫が雨のように降り注ぎ、伏せたマーヤの背にまで、肌を焦がすような熱気が押し寄せる。
足元まで伝わる激しい振動に、キラキラ大風車塔全体が、まるで巨人に揺すぶられたかのように大きく軋んだ。塔のどこかで、装飾品の壺か何かが割れて落ちる音が続けざまに響く。
遠く、塔の上のほうでも何かが崩れるような音が微かに聞こえた気がしたが、この状況でそれを気に留める余裕は、マーヤにはまだ無かった。
◆
うずくまっていたミカンの身体が下から突き上げるような衝撃に晒されたのは、その時だった。
塔全体が、巨大な地震に襲われたかのようだった。
床が跳ね、壁が軋む。続いて階下から襲い掛かる、熱風、衝撃、そして閃光。
塔全体が、巨大な地震に襲われたかのようだった。
床が跳ね、壁が軋む。続いて階下から襲い掛かる、熱風、衝撃、そして閃光。
「な、なに―― なんなの!?」
ミカンは完全に動転していた。
頭上から、みしり、と嫌な音が耳に届く。見上げる間もなく崩れた天井の破片が、自分のすぐ側に落下して砕け散る。
頭上から、みしり、と嫌な音が耳に届く。見上げる間もなく崩れた天井の破片が、自分のすぐ側に落下して砕け散る。
「ひっ……!」
小さな悲鳴が、喉から漏れた。
瓦礫が転がる音。舞い上がる粉塵。まだ収まらない塔の揺れ。
痛いくらいに脈打つ心臓。そして、止まらない荒い息。
瓦礫が転がる音。舞い上がる粉塵。まだ収まらない塔の揺れ。
痛いくらいに脈打つ心臓。そして、止まらない荒い息。
(…………あ)
そこで彼女は、我に返った。
見る間に顔が青ざめていくのが、自分でも分かる。
言い訳の余地もないほど、自分の感情が揺り動かされ、ぐちゃぐちゃにされていた。
見る間に顔が青ざめていくのが、自分でも分かる。
言い訳の余地もないほど、自分の感情が揺り動かされ、ぐちゃぐちゃにされていた。
この事態を予見しろというのは、ミカンにとってあまりに酷な話だ。呪いの発動条件など知りようもないビビに、あの状況で力を抑えろと望むのもまた、道理に合わない。
ただ、巡り合わせが、あまりにも悪すぎた。
全てが最悪のタイミングで重なってしまった。
ただ、巡り合わせが、あまりにも悪すぎた。
全てが最悪のタイミングで重なってしまった。
ミカンの心に潜む呪いの主が、今の攻撃を、ミカンの身を害しうる脅威として認識した。
誤った儀式を行ったことで、家族を想う父の祈りが転じて生まれた呪い。
それはミカンを傷つけようとする者を許さない。
それはミカンを傷つけようとする者を許さない。
ウガルルの呪いが、発動する。
◆
荒れ狂う熱と衝撃が去ったあと。
風車塔の内部に、嘘のような静けさが戻っていた。
静寂の中で、マーヤは肩で息をしながら周囲を見回す。
風車塔の内部に、嘘のような静けさが戻っていた。
静寂の中で、マーヤは肩で息をしながら周囲を見回す。
「……終わった……?」
その隣では、ビビが杖を握ったまま立ち尽くしていた。
パラパラと塵が落ちる音だけが響く中、トランスが解けたビビの体から、糸が切れたように力が抜ける。ぺたんと尻餅をつき、荒い息を繰り返す小さな肩が、白い息とともに上下していた。
パラパラと塵が落ちる音だけが響く中、トランスが解けたビビの体から、糸が切れたように力が抜ける。ぺたんと尻餅をつき、荒い息を繰り返す小さな肩が、白い息とともに上下していた。
「ビビ、大丈夫?」
「う、うん……。ちょっと……疲れた……」
「う、うん……。ちょっと……疲れた……」
マーヤはその隣まで歩み寄る。
「お疲れ様。よくやったわ」
「えへへ……」
「えへへ……」
ビビが小さく笑った。
その笑顔を見て、マーヤも僅かに表情を緩める。
その笑顔を見て、マーヤも僅かに表情を緩める。
――これで終わった。
二人はそう思って、息を吐いた。
その直後。
――ごとり。
何かが瓦礫を押しのける音が響き、二人は弾かれるように視線を向けた。
風車塔の壁際。崩れ落ちた瓦礫の山が揺れ動いている。
その中から、何かがゆっくりと身を起こす。
その中から、何かがゆっくりと身を起こす。
シャドーノーブルだった。
至近距離からフレアの直撃を受けたにも関わらず、まだ動いている。
至近距離からフレアの直撃を受けたにも関わらず、まだ動いている。
だが、その姿はもはや原形を留めていなかった。モンスターながら貴族を名乗るに相応しかった豊かな頭髪と優美な装束は、そのほとんどが焼け落ちている。左腕は肩口から失われ、露出した骨のほとんどは黒く炭化していた。
アンデッドに「虫の息」という言葉が相応しいのかは分からない。
だが、もはやまともに戦える状態ではないことだけは明白だった。
だが、もはやまともに戦える状態ではないことだけは明白だった。
――なのに。
シャドーノーブルは、崩れかけた口の端を無理やり吊り上げるようにして嗤い出した。
マーヤとビビを見つめながら、その歯をカタ、カタ、カタと鳴らしている。
まるで、『これで勝ったと思ったか?』と、二人を嘲笑っているかのように。
マーヤとビビを見つめながら、その歯をカタ、カタ、カタと鳴らしている。
まるで、『これで勝ったと思ったか?』と、二人を嘲笑っているかのように。
「ビビ。とどめを刺すわよ」
「ウ、ウン」
「ウ、ウン」
敵の様子にどこか不吉なものを感じたマーヤは、傍らのビビにそう告げると宝剣を片手に、シャドーノーブルに向かって歩み出した。
ビビもまた杖を構え、おずおずと後ろに付いていく。
ビビもまた杖を構え、おずおずと後ろに付いていく。
その時だった。
「―――――!?」
風車塔一帯を包む呪いが突然、脈打つように鳴動し、そして。
マーヤの背に、悪寒が走った。
マーヤの背に、悪寒が走った。
この場は危ない。
何か恐ろしいことが起ころうとしている。
そんな予感が突然、頭の中を駆け巡り出して。
……そして気づいた。
自分の後ろに、何かがいる。
そいつは、まるで呪いによってこの場に生み出されたかのように、何の前触れもなく、出現した。
――――死の気配を纏って。
後ろを振り返ったビビとマーヤの表情が、凍り付いた。
稲光を背に立っていたのは――― もう一体のシャドーノーブル。
今まで戦っていた個体をシャドーノーブルAと呼ぶならば、この個体はシャドーノーブルB。
今まで戦っていた個体をシャドーノーブルAと呼ぶならば、この個体はシャドーノーブルB。
アストルティアにおいて、一体の転生モンスターと遭遇することはあっても、続けざまに同じ個体がもう一体現れるなど、まず考えられない事態である。
だが。
確率は決してゼロではない以上、呪いがそれを引き起こすことは可能であった。
シャドーノーブルBが動く。
シャドーノーブルAとは対照的に、シャドーノーブルBは足音一つ立てることなく、まるで風のように疾走した。
あたかも死神が命を刈り取ろうとするように。手にした槍が、見る間にマーヤの背中を捉える。
シャドーノーブルAとは対照的に、シャドーノーブルBは足音一つ立てることなく、まるで風のように疾走した。
あたかも死神が命を刈り取ろうとするように。手にした槍が、見る間にマーヤの背中を捉える。
「おねえちゃん!」
叫びと共に、ビビはスロウを唱えながら駆けた。
寸前で、スロウの魔力が骸骨騎士を捉える。マーヤの目に映るのは、文字通り、スローモーションのような光景―― 槍の穂先が、自分の身体を貫こうと迫ってくる。
避けなければ。だが、脚が動かない。反応が間に合わない。
寸前で、スロウの魔力が骸骨騎士を捉える。マーヤの目に映るのは、文字通り、スローモーションのような光景―― 槍の穂先が、自分の身体を貫こうと迫ってくる。
避けなければ。だが、脚が動かない。反応が間に合わない。
次の瞬間。
横から、小さな身体が飛び込んできた。
ビビに突き飛ばされ、マーヤの身体が床を転がる。
横から、小さな身体が飛び込んできた。
ビビに突き飛ばされ、マーヤの身体が床を転がる。
そして――
ずぶり、と鈍い音が響き。
ビビの腹を、シャドーノーブルBの槍が深々と貫いた。
「ーーーービビッ!!」
思わず悲鳴を上げたマーヤの眼の前で、ビビの口から、血が吐き出される。
小さな身体が串刺しにされたまま、宙に浮いた。
小さな身体が串刺しにされたまま、宙に浮いた。
「……お、ね……ちゃ……」
呻くビビに、顔面蒼白のマーヤが駆け寄ろうとする。
だが、骸骨騎士に容赦などという感情はない。
だが、骸骨騎士に容赦などという感情はない。
次の獲物――マーヤを死へといざなうべく、槍を引き抜こうとした。
が――――
「……?」
槍が、動かない。
骸骨騎士が更に力を込める。
だが、それでも抜けない。
骸骨騎士が更に力を込める。
だが、それでも抜けない。
「……させ……ない……」
ビビが、地に濡れた左手で、槍の穂先をしっかりと握りしめていた。
最後に残った力の全てを振り絞るようにして。
最後に残った力の全てを振り絞るようにして。
そして、震える右手に、なけなしの魔力を掻き集める。もう眼の焦点を合わせることもできないが、この至近距離。狙いを外しようがない。
魔力を、そして自分に残された生命の全てを、この手に込めて。
魔力を、そして自分に残された生命の全てを、この手に込めて。
「フレアァァーーーーッ!!」
閃光がその場を照らした。
フレアの直撃を受けた骸骨騎士の巨体が吹き飛ぶ。
フレアの直撃を受けた骸骨騎士の巨体が吹き飛ぶ。
同時に、ビビの身体も槍から引き抜かれ、爆発の反動で宙を舞った。
そのまま、小さな身体が床に叩きつけられる。
受け身を取ることすらできず、ビビは人形のように二度、三度と跳ねたあと、床を転がり―― 止まった。
そのまま、小さな身体が床に叩きつけられる。
受け身を取ることすらできず、ビビは人形のように二度、三度と跳ねたあと、床を転がり―― 止まった。
「ビビ!!」
マーヤが駆け寄り、抱き起こすが、ビビの身体からは急速に熱が失われつつあった。
「しっかりして! ビビ!」
「……お、ねぇ……ちゃん……」
返事は、ほとんど声になっていなかった。
腹部から流れ出る血が、纏うローブを赤く染めていく。
腹部から流れ出る血が、纏うローブを赤く染めていく。
既に絶望的なのは明らかだった。それでもマーヤは何とか助けようと、傷口を抑えようとした。が……
背後から、蹄の音が響く。
「…………!」
マーヤが振り返る。
爆炎の中から、何かが立ち上がっていた。
爆炎の中から、何かが立ち上がっていた。
シャドーノーブルB。
全身を焼かれながら、それでも立っている。
黒馬もまた、炎に包まれながら起き上がった。
黒馬もまた、炎に包まれながら起き上がった。
骸骨騎士が槍を構える。
標的は、マーヤ。
その瞳なき眼窩が、まっすぐ彼女を捉えていた。
標的は、マーヤ。
その瞳なき眼窩が、まっすぐ彼女を捉えていた。
絶体絶命。
剣を構える余裕すら、マーヤにはなかった。既に死は免れないビビを切り捨て撤退する、もはや触れれば消えるほどの可能性にかけ最後まで戦う、そのどちらの選択肢も、選ぶ気力はなかった。
剣を構える余裕すら、マーヤにはなかった。既に死は免れないビビを切り捨て撤退する、もはや触れれば消えるほどの可能性にかけ最後まで戦う、そのどちらの選択肢も、選ぶ気力はなかった。
――――ここで、終わるのか。
絶望の中、天を仰ぐマーヤ。
その視界に。
――――流星が映った。
「…………え?」
一瞬、見間違いかと思った。だが、違う。
上の階から、一条の光が降ってきている。マーヤの眼が、その正体を捉えた。
上の階から、一条の光が降ってきている。マーヤの眼が、その正体を捉えた。
それは、矢だった。
魔力を纏った、光の矢。
魔力を纏った、光の矢。
矢は、正確にシャドーノーブルBを捉え、その胴体を撃ち抜いた。
◆
――――おねえちゃん!!
その叫びが、呆然自失していたミカンの意識を現実へと引きずり戻したた。
届くかどうか、怪しい距離だった。それでも、聞こえてしまっていた。
届くかどうか、怪しい距離だった。それでも、聞こえてしまっていた。
声変わり前の、幼い男の子の声だった。呼び方も違う。だから頭では分かっている。全く別の人間の声だと。
なのに、脳裏に浮かんだのは、冷たくなっていた吉田良子の顔だった。
なのに、脳裏に浮かんだのは、冷たくなっていた吉田良子の顔だった。
導かれるように、気づけば、吹き抜けの縁から階下を見下ろしていた。
「……え?」
視界に飛び込んできたのは、おどろおどろしい骸骨騎士と、それに襲われる、十歳にも満たないだろう二つの小さな影。
なんであんな子たちが―― と、混乱する間もなく。
なんであんな子たちが―― と、混乱する間もなく。
少女を庇った少年が、怪物の槍に貫かれた。
ミカンの息が止まる。
(また―― 私のせいで)
叫びそうになった喉を、震える手で咄嗟に押さえ込む。
反射的に、思考を止めた。この動揺がまた、呪いを呼び込んでしまうから
反射的に、思考を止めた。この動揺がまた、呪いを呼び込んでしまうから
こうなってしまうから、あの時まではずっと、そうしてきたのだ。
誰かと深く関われば、そのうち自分の心が揺れる。心が揺れれば、呪いが暴れる。だから、閉じこもった。誰にも会わないようにした。工場の倉庫で千代田桃と出会うまで、ミカンはずっと、自分の心に蓋をして生きてきた。
そうするしかないのだと、ずっと自分に言い聞かせて。
誰かと深く関われば、そのうち自分の心が揺れる。心が揺れれば、呪いが暴れる。だから、閉じこもった。誰にも会わないようにした。工場の倉庫で千代田桃と出会うまで、ミカンはずっと、自分の心に蓋をして生きてきた。
そうするしかないのだと、ずっと自分に言い聞かせて。
千代田桜の手で呪いの効果を抑えられ。
シャミ子や桃達が隣に居てくれたことで、ごまかすことはできていたけれど。
陽夏木ミカンとは、結局、怖がりで小心者な人間でしかなく――――
――――本当にそうか?
串刺しにされた少年が、最後の力を振り絞るように魔法を放った。
胴に大穴を開けたまま、地面を転がって倒れる。自分の流した血の海に、その身を沈めていく。
胴に大穴を開けたまま、地面を転がって倒れる。自分の流した血の海に、その身を沈めていく。
ミカンはその光景を、驚くほど平静な目で見つめていた。
あまりにも多くの感情を貯め込みすぎて、思考停止に陥った。それだけなのかもしれないけれど。
ミカンは半ば無意識にザックの口を開けると、赤く輝く無骨なボーガンを握りしめた。
あまりにも多くの感情を貯め込みすぎて、思考停止に陥った。それだけなのかもしれないけれど。
ミカンは半ば無意識にザックの口を開けると、赤く輝く無骨なボーガンを握りしめた。
陽夏木ミカンは、確かに、呪いを恐れる小心者だ。
だけれども。
小さい子供が、眼の前で、今まさに殺されそうになっているのなら。
それを黙って見てなどいられない。
小さい子供が、眼の前で、今まさに殺されそうになっているのなら。
それを黙って見てなどいられない。
それもまた、陽夏木ミカンという少女の真実の一面である
己の弱さから逃れられないように。
自分の優しさからも、彼女は逃れられない。
どんなに辛くても、怖くても、貧乏籤を引くと分かっていても。
目の前で誰かが脅威に晒されていたのなら、『つい』手助けをしてしまう。
自分の優しさからも、彼女は逃れられない。
どんなに辛くても、怖くても、貧乏籤を引くと分かっていても。
目の前で誰かが脅威に晒されていたのなら、『つい』手助けをしてしまう。
陽夏木ミカンとは、そういう少女だった。
残る少女に、モンスターの魔の手が迫る。
彼女の命は最早、風前の灯火。
彼女の命は最早、風前の灯火。
だが。
瞬間、ミカンの身体を、オレンジ色の光球が包んだ。
熟練の魔力少女なら誰しも持つ技術、高速変身。
熟練の魔力少女なら誰しも持つ技術、高速変身。
わずか1秒にも満たない時間で、彼女の衣装が一変し、魔法少女・シトラスレディへの変身が完了する。
ミカンはボーガンに目にもとまらぬ速さで矢をつがえると、一瞬で狙いをさだめ、
「……させない!」
マーヤに迫るシャドーノーブルBへ、光の矢を撃ち放った。
◆
塔の上層から、幾条もの光が絶え間なく降り注いだ。オレンジ色の光を纏った鏃が、流星のように闇を切り裂いていく。
単に眼で狙うのではなく、霊脈を利用して照準を付けるその狙いは正確無比。
しかも、魔法少女シトラスレディの放つ矢の速度は、秒速1000mにも達する。ミカンのいる最上層から2階の戦場までの直線距離は、100mもないであろう。
故に発射から命中までの時間は0.1秒を切る。この状況ではまさにレーザー攻撃にも等しい。
単に眼で狙うのではなく、霊脈を利用して照準を付けるその狙いは正確無比。
しかも、魔法少女シトラスレディの放つ矢の速度は、秒速1000mにも達する。ミカンのいる最上層から2階の戦場までの直線距離は、100mもないであろう。
故に発射から命中までの時間は0.1秒を切る。この状況ではまさにレーザー攻撃にも等しい。
シャドーノーブルBは一転して完全な防戦に追い込まれた。シャドーノーブルには遠距離への攻撃手段がない。光の矢を撃ち続けてくるミカンに、反撃する術がない。
ならば、射線の死角に身を隠す―― そうしようとした途端、ひときわ強く輝く矢が、乗馬の頭を脳天から垂直に貫いた。断末魔すら上げる間もなく黒馬は絶命する。骸骨騎士は崩れ落ちる馬の背から身を躍らせると、頭上に向けて盾を掲げ、矢を弾いた。だが防御に徹する分、脚は止めざるを得ない。
ならば、射線の死角に身を隠す―― そうしようとした途端、ひときわ強く輝く矢が、乗馬の頭を脳天から垂直に貫いた。断末魔すら上げる間もなく黒馬は絶命する。骸骨騎士は崩れ落ちる馬の背から身を躍らせると、頭上に向けて盾を掲げ、矢を弾いた。だが防御に徹する分、脚は止めざるを得ない。
「っ!?」
そこでモンスターは、もう一つの異変を目にした。
このフロアの一角、身を横たえるビビの隣から、異常な量の黒い靄が立ち上がっている。
その中心には、怒りと憎悪の眼でモンスターを睨みつける、マーヤの姿があった。
その中心には、怒りと憎悪の眼でモンスターを睨みつける、マーヤの姿があった。
それは、煙ではない。
呪いだった。
ビビを守ることができなかった自分への怒り。彼を殺したモンスターへの殺意。
そして、この殺し合いの舞台と、己の運命そのものに対する憎悪。湧き上がる負の感情全てが呪いとなり、マーヤの全身から黒い靄となって噴き上がっている。
そして、この殺し合いの舞台と、己の運命そのものに対する憎悪。湧き上がる負の感情全てが呪いとなり、マーヤの全身から黒い靄となって噴き上がっている。
ガテリアの宝剣に宿る、亡国の兵士たちの怨念。身に纏う黒のローブの闇属性強化効果。そして何より、マーヤ自身が抱え続けてきた憎悪。
それらが呼応するように渦を巻き、宝剣の刀身を黒く染め上げてゆく。マーヤはそれを、その場で横薙ぎに振るった。全く届く距離ではない、はずだった。
しかし、宝剣が纏う黒い靄が、黒い刃と化して伸び、そのままシャドーノーブルBの左腕を撫でた。
それらが呼応するように渦を巻き、宝剣の刀身を黒く染め上げてゆく。マーヤはそれを、その場で横薙ぎに振るった。全く届く距離ではない、はずだった。
しかし、宝剣が纏う黒い靄が、黒い刃と化して伸び、そのままシャドーノーブルBの左腕を撫でた。
途端。
左肘から上が、驚くほどあっさりと切断された。
断たれた左腕が盾を持ったまま、どさりと地面に落ちる。
左肘から上が、驚くほどあっさりと切断された。
断たれた左腕が盾を持ったまま、どさりと地面に落ちる。
それと同時に、上階のミカンが9本の毒矢を鷲掴みにした。続けて、構えたボーガンを、下のモンスターではなく、頭上に向けて構える。
「スコーピオン!!」
叫びと共に、息を継ぐ間もない速さで、九本の矢を次々と天井に向けて放った。一射ごとに残る光点が、二射、三射と数を重ねるたび、ひとつの形を象っていく。
最後の一矢の光が煌めいた時。キラキラ大風車塔の天井付近に、9つの光点が蠍座を形作った。そして、
最後の一矢の光が煌めいた時。キラキラ大風車塔の天井付近に、9つの光点が蠍座を形作った。そして、
「アローーーーーーッ!!!!」
ミカンの絶叫を合図に、蠍を象る九条の光が、一斉に牙を剥くように落下した。
本来のスコーピオンアローは、衛星軌道に配置した9本の毒矢を自由落下させ、その膨大な運動エネルギーと猛毒で敵を葬る必殺技である。
絶大な破壊力を誇るが、この会場のような特殊環境や屋内においては使用することができない。
今放ったスコーピオンアローは、そういった状況下においても威力を発揮するよう、咄嗟に編み出した変形型だった。
従来型に比べ、大幅に高度を落としている為、威力は低下している。
それでも、目の前のモンスターを屠るには充分だ。
絶大な破壊力を誇るが、この会場のような特殊環境や屋内においては使用することができない。
今放ったスコーピオンアローは、そういった状況下においても威力を発揮するよう、咄嗟に編み出した変形型だった。
従来型に比べ、大幅に高度を落としている為、威力は低下している。
それでも、目の前のモンスターを屠るには充分だ。
盾を失ったシャドーノーブルBに、もはやそれを防ぐ術はない。
九条の閃光が、骸骨騎士の五体を粉々に粉砕した。
九条の閃光が、骸骨騎士の五体を粉々に粉砕した。
残るシャドーノーブルAが、死出の道連れとばかりにマーヤへ突進する。
マーヤは全く臆することなく、左腕を無造作に横に払った。黒い一閃が骸骨の首を刎ね飛ばす。落とされた頭蓋骨が床を転がる。
それでもなお、骸骨騎士は首が無いままマーヤに迫り、槍を突き立てようとした。アンデッドの怨念が、死した身体をなお動かさんとする。
マーヤは全く臆することなく、左腕を無造作に横に払った。黒い一閃が骸骨の首を刎ね飛ばす。落とされた頭蓋骨が床を転がる。
それでもなお、骸骨騎士は首が無いままマーヤに迫り、槍を突き立てようとした。アンデッドの怨念が、死した身体をなお動かさんとする。
だが――――
「そう、私が憎いのね」
憐れむような、静かな声だった。その呟きと共にマーヤが一瞥すると、首無きシャドーノーブルAが突然、金縛りにあったかのように停止した。
同時に、2体のシャドーノーブルの身体からも、黒い靄が立ち上り始める。
同時に、2体のシャドーノーブルの身体からも、黒い靄が立ち上り始める。
「恨みなさい。憎みなさい。その怨念、使わせてもらうわ」
マーヤは両手を広げ、黒い靄を、己の中に取り込んでいく。
二人の冥府の貴族は、彼らをアンデッドたらしめていた力の源を失い、ただの骸に戻る。
二人の冥府の貴族は、彼らをアンデッドたらしめていた力の源を失い、ただの骸に戻る。
怨念を吸収し終えたマーヤは、残った二体の骸をあらためて見下ろすと、静かに右の手のひらをそれに向けた。
既にあれはモンスターではなく、ただのモノに過ぎない。
だから、これから起こることは文字通りの死体蹴りであり。
ただの憂さ晴らしではないかと言われても、マーヤ自身は否定しなかっただろう
だから、これから起こることは文字通りの死体蹴りであり。
ただの憂さ晴らしではないかと言われても、マーヤ自身は否定しなかっただろう
だが、新たに手に入れた力の試し撃ちが、マーヤには必要だった。
マーヤの纏う黒のローブには『習得アビリティ』という特殊効果があり、このうち『MP20%アップ』と『リフレク倍返し』は装備しているだけで効果を発揮する。
そしてもう一つ。
『魔法「フレア」取得』。これは、魔法に適性がある場合、ある程度の戦闘経験を積むことで、その魔法を習得できるという効果である。
そしてもう一つ。
『魔法「フレア」取得』。これは、魔法に適性がある場合、ある程度の戦闘経験を積むことで、その魔法を習得できるという効果である。
習得可能な魔法を2度も直接目にし、そして今回の激戦を潜り抜けたことで、マーヤは魔法の習得条件を完全に満たした。
マーヤの右手に、オルベリオのそれとは違う魔力が集中していき、そして。
「フレア」
詠唱と共に閃光が輝き、二体の骸を塵一つ残さず消滅させた。
◆
静寂が戻ると同時に、マーヤはビビの元へ駆け寄った。
「ビビ!」
地面に倒れ伏したビビの唇が、微かに動く
――ああ、ボク、死んじゃうんだな。
ビビは、薄れゆく意識の中で、そう思った。
音は遠くくぐもって聞こえる。視界は霞み、必死に声をかけているであろうマーヤの顔も、もうほとんど見ることができない。
音は遠くくぐもって聞こえる。視界は霞み、必死に声をかけているであろうマーヤの顔も、もうほとんど見ることができない。
ジタンやダガーたち、仲間達の顔が浮かんでは消える。もっと一緒に旅をしたかった。もっと、沢山の思い出を作りたかった。
悔いがないと言えば嘘になる。だけど――
悔いがないと言えば嘘になる。だけど――
(マーヤのおねえちゃんは、助かった。それでいい)
震える手で帽子を取ると、彼はそれをマーヤに差し出した。
「これ…… ジタンに、みんなに、渡して……」
声はもう掠れて、消え入りそうだった。マーヤは何も言えず、震える手でそれを受け取る。
マーヤの後ろでエレベーターが開く音がした。
オレンジ色の髪の少女が駆け出してくる。あの人がおねえちゃんを助けてくれたんだな、と、ビビは察する。
その女の子も、マーヤと同じように、悲しそうな顔をしていた。
オレンジ色の髪の少女が駆け出してくる。あの人がおねえちゃんを助けてくれたんだな、と、ビビは察する。
その女の子も、マーヤと同じように、悲しそうな顔をしていた。
(そんな顔、しないで)
ボクのせいで、悲しませてしまった。慰めてあげたい。おねえちゃんのせいじゃないよと、そう伝えたい。
マーヤのおねえちゃんを助けてくれてありがとうって、伝えたい。
マーヤのおねえちゃんを助けてくれてありがとうって、伝えたい。
だけど、もう身体は言うことを聞かない。指先ひとつ動かす力も、残されていなかった。
それでも、最後にひとつだけ。
それでも、最後にひとつだけ。
「みんな……ありがとう……さようなら……」
その言葉を最後に、少年の瞳から光が消えた。
小さな手から、帽子が静かに滑り落ちる。
小さな手から、帽子が静かに滑り落ちる。
塔内に、ただ重い沈黙だけが残った。
【ビビ@FINAL FANTASY IX 死亡】
◆
外の嵐と、風車の回転音だけが遠く響いている。マーヤはビビの帽子を握りしめたまま、彫像のように動かなかったが、しばしの沈黙の後、彼女は顔を上げないまま口を開いた。
「呪いを生み出しているのは貴女ね」
背後に立ち尽くしているミカンに向けての言葉だった。振り返りもせず、何ら感情もこもっていない問いかけだった。
「……そうよ」
戸惑いを隠せない声で、ミカンが答える。マーヤはビビのザックに手を伸ばし、支給品を無造作に自分の荷へと詰め込みながら、言葉を続けた。
「安心しなさい。貴女に私を殺す気がないのは分かってるわ。殺す気なら、あの骸骨と一緒に私も撃って終わりにしてたはずだし」
淡々とした声だった。ミカンは黙って耳を傾ける。
「でも。貴女の呪いのせいでこの子が死んだ。分かっててここに来た私の判断ミスってことは認めるけど。その上で言うわ。責任を感じてるのなら、私に協力しなさい」
マーヤはようやく振り返り、ミカンを見据えた。怒りも憎悪もなく、一切の感情が凍り付いた、冷たい眼で。
しばしの沈黙。ミカンは唇を噛み、やがて小さく頷いた。
「わかったわ。……協力する」
「ありがたいわ」
そっけない返事だった。それでも、契約は成立した。
用は終わったとばかりにマーヤはビビを背負い、宿屋へと足を向けた。
彼の軽い身体を、ベッドにそっと横たえる。その隣のベッドに、吉田良子の死体が寝かされているのを眼にしたミカンは、いたたまれなくなって視線を落とした。
良子の死体を目の当たりにしながら、自分はそれを放置していた。彼女をここに安置したのは、間違いなく目の前の少女と死んだ少年だろう。
そんな2人を、私は――
ミカンの心に、針が差すような痛みが走った。
ビビの死に顔は、驚くほど穏やかだった。まるで眠っているだけのようで、今にも「お姉ちゃん」と呼びかけてきそうな気さえする。
マーヤは、その顔を見つめながら、心の中で自分自身に問いかける。
――何を悲しんでいるの、私は。
初めから、優勝を狙っていたのではなかったか。
ビビと同行したのは、彼を戦力として利用するためだ。彼の仲間に、自分を信用させるためだ。
優勝を望むなら、ビビもいつかは切り捨てなければならないと、分かっていたはずではないか。
ビビと同行したのは、彼を戦力として利用するためだ。彼の仲間に、自分を信用させるためだ。
優勝を望むなら、ビビもいつかは切り捨てなければならないと、分かっていたはずではないか。
なのに、ビビとの交流の中で、自分は愚かにも、安らぎを覚えていた。覚えてしまっていた。
くだらない。
くだらない。
この殺し合いの場で、何を期待していたというのか。
――何が手に入ると思っていたのか。
――何が手に入ると思っていたのか。
そう、私は"ひとりぼっち"なんだ。
オルベリオが滅んだと知った、あの日からずっと。
オルベリオが滅んだと知った、あの日からずっと。
改めてそう思い知らされる。
自分以外の人間は全て、敵か、道具だ。
自分以外の人間は全て、敵か、道具だ。
大鳥希も、広瀬岬一も殺し、この殺し合いで優勝する。
それこそが、この殺し合いの場における絶対的な目的なのだと、己の心の中に刻み込む。
それこそが、この殺し合いの場における絶対的な目的なのだと、己の心の中に刻み込む。
…………だが。
それでもなお、ビビから託された帽子を、彼が生きた証を、捨てることはできなかった。
それでもなお、ビビから託された帽子を、彼が生きた証を、捨てることはできなかった。
「…………くっ」
帽子を握りしめた手がこわばる。
一粒の涙が、マーヤの頬を伝って落ちた。嗚咽を必死に抑えようと、マーヤは肩を震わせ続けた。
一粒の涙が、マーヤの頬を伝って落ちた。嗚咽を必死に抑えようと、マーヤは肩を震わせ続けた。
ミカンは、何も言うこともできず、マーヤのその背中を見つめていた。
呪いによって重傷を負ったママ。雨に打たれて動かなくなっていた良ちゃん。そして今、目の前で命を落としたビビという男の子。
繰り返される過ちに、ミカンは奥歯を噛みしめる。また、私のせいで。
呪いによって重傷を負ったママ。雨に打たれて動かなくなっていた良ちゃん。そして今、目の前で命を落としたビビという男の子。
繰り返される過ちに、ミカンは奥歯を噛みしめる。また、私のせいで。
なぜ自分は、この少女に協力を申し入れたのだろう。
感情の無い声の底に、深い怒りと絶望、哀しみが渦巻いているのは分かっていた。自分なんかではとても癒すことのできない、負の呪いが。
自分の呪いでビビを死なせてしまった負い目は、確かにあった。
だが、それだけではなかった。ビビを看取った時の表情に、目の前の肩を震わせる姿――これが演技だとは、どうしても思えなかったから。
感情の無い声の底に、深い怒りと絶望、哀しみが渦巻いているのは分かっていた。自分なんかではとても癒すことのできない、負の呪いが。
自分の呪いでビビを死なせてしまった負い目は、確かにあった。
だが、それだけではなかった。ビビを看取った時の表情に、目の前の肩を震わせる姿――これが演技だとは、どうしても思えなかったから。
『泣いてもいいから一人ぼっちにならないで』
かつて、千代田桃が掛けてくれた言葉を、目の前の少女にも掛けてあげたかった。
だけど、今はまだ、その言葉を言う勇気も資格も、自分にはなかった。
だけど、今はまだ、その言葉を言う勇気も資格も、自分にはなかった。
震えているマーヤの背中と、ベッドに横たわるビビと良子の死に顔。それらを視界に入れながら、ミカンもまた、静かに涙を流した。
◆
支給された時計が、間もなく朝を迎えることを告げていた。
多少の天候の差異はあれど、太陽の光が会場全体を包み始めたはずだった。
多少の天候の差異はあれど、太陽の光が会場全体を包み始めたはずだった。
だが、このE-6エリアに吹き荒れる嵐は、ただの気象現象ではない。呪いによって生み出された黒く分厚い雨雲は、太陽の光を完全に遮り、いまだにエリア全体を闇に包みこんでいた。
だから、眠るように並んだ二つの亡骸と、それを見つめる二人の少女の元まで、夜明けの光が届くことはなく。
お前達は呪いからは逃れられないと、そう告げるかのように。
嵐はますます激しく唸り、猛り、荒れ狂い続けていた。
【E-6/キラキラ大風車塔2F/一日目 早朝】
【マーヤ@ひとりぼっちの地球侵略】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(小)、全身に細かい傷、憎悪、呪い強化
[装備]:ガテリアの宝剣@ドラゴンクエストXオンライン 黒のローブ@FINAL FANTASY Ⅸ
[道具]:基本支給品、リグレット・ドロップ@Crystar、フェルンの杖@葬送のフリーレン、ビビの帽子、ビビの不明支給品0~2、吉田良子の不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗する者たちの集団に溶け込み、優勝を狙う
1.私は、"ひとりぼっち"なんだ。
2.大鳥希の悪評をばら撒く。
3.陽夏木ミカンは自分の目的の為に使い潰す。
4.広瀬凪と協力できるかはいったん保留。
5.E-6エリアの呪いの正体は分かった。これからどうするか
6.ビビから託された願いは――
【マーヤ@ひとりぼっちの地球侵略】
[状態]:疲労(大)、魔力消費(小)、全身に細かい傷、憎悪、呪い強化
[装備]:ガテリアの宝剣@ドラゴンクエストXオンライン 黒のローブ@FINAL FANTASY Ⅸ
[道具]:基本支給品、リグレット・ドロップ@Crystar、フェルンの杖@葬送のフリーレン、ビビの帽子、ビビの不明支給品0~2、吉田良子の不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗する者たちの集団に溶け込み、優勝を狙う
1.私は、"ひとりぼっち"なんだ。
2.大鳥希の悪評をばら撒く。
3.陽夏木ミカンは自分の目的の為に使い潰す。
4.広瀬凪と協力できるかはいったん保留。
5.E-6エリアの呪いの正体は分かった。これからどうするか
6.ビビから託された願いは――
※参戦時期は39話(8巻)より後、44話(9巻)の襲撃より前です。
※リグレット・ドロップに込められた後悔の感情は幡田零およびカエルのものですが、
マーヤは陽夏木ミカンのものではないかと考えています。
※2体のシャドーノーブルの怨念を吸収したことにより呪いの力が強化されました
※黒のローブの魔法習得条件を満たしたことで、フレアが使用可能になりました
※リグレット・ドロップに込められた後悔の感情は幡田零およびカエルのものですが、
マーヤは陽夏木ミカンのものではないかと考えています。
※2体のシャドーノーブルの怨念を吸収したことにより呪いの力が強化されました
※黒のローブの魔法習得条件を満たしたことで、フレアが使用可能になりました
【陽夏木ミカン@まちカドまぞく】
[状態]:魔力消費(中)、強い後悔
[装備]:ドリストンボウ@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:マーヤに協力する
1.ビビの死を償う為、マーヤに同行する
[状態]:魔力消費(中)、強い後悔
[装備]:ドリストンボウ@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:マーヤに協力する
1.ビビの死を償う為、マーヤに同行する
【支給品紹介】
【ドリストンボウ@クロノ・トリガー】
陽夏木ミカンへの支給品。
原始時代に、赤い石ドリストーンを材料として作られたボーガン。
【ドリストンボウ@クロノ・トリガー】
陽夏木ミカンへの支給品。
原始時代に、赤い石ドリストーンを材料として作られたボーガン。
※E-6の中の『キラキラ大風車塔』を中心とした『風車の丘』に該当するエリア全域に、陽夏木ミカンの呪いが広がっています。
天候が暴風雨に変わり、風車の丘に出現するモンスター(ウッディアイ、ベロニャーゴ、ドラキーマ、ひとつめピエロ、あらくれチャッピー、ウドラー、しにがみきぞく、れんごくちょう、メッサーラ、スカラベキング、しにがみのきし、バロンナイト)が点在しています。
天候が暴風雨に変わり、風車の丘に出現するモンスター(ウッディアイ、ベロニャーゴ、ドラキーマ、ひとつめピエロ、あらくれチャッピー、ウドラー、しにがみきぞく、れんごくちょう、メッサーラ、スカラベキング、しにがみのきし、バロンナイト)が点在しています。
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