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言っちゃいけなかったんだよ

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言っちゃいけなかったんだよ ◆Vj6e1anjAc



「織莉子は健在のようだけど、魔法少女達も未だ死せず、か……」
 潮風に髪をなびかせながら、呉キリカが1人ぽつんと呟く。
 背後からの陽光を受け、ゆらゆらと揺れる黒髪の煌めきは、鴉の羽根のように妖艶だ。
 そうして後光を浴びながら、西の海岸に立つキリカは、先ほど流れた放送を、反芻し思い返していた。
「あァん、もう、やんなっちゃうなぁ。ここに飛ばされてからというもの、本気で役に立ててないじゃないか」
 がしがしと頭を掻き毟りながら、苛立たしげに吐き捨てる。
 誰かに怒っているわけではない。
 魔王を名乗るマント男に、邪魔をされたことを怒るでもなく。
 現状のそもそもの原因である、あの傲岸な男を呪うでもなく。
 誰でもない己自身の醜態が、誰より何より許せなかった。
「とんだ腐れだ。役立たずだ。いっそ腐れは腐れらしく、腐って果ててしまおうか」
 この身は織莉子のためのもの――そのために人間性を対価に捧げ、彼女は騎士(ナイト)の叙任を受けた。
 それがどうだ。このざまだ。
 かれこれ6時間以上が経つというのに、たった今読み上げられた名前の中に、己が手にかけた者は1人もいない。
 織莉子の役に立つという、何より優先すべき至上任務を、自分は何一つ為せていないのだ。
 そんな役立たずは要らない。愛の守護者が笑わせる。
 唯一無二の存在意義を、果たすことができないのなら、命の価値は無為へと消える。
 死ねよ、死んでしまえよと、己の無能をひたすらに呪う。
「……あー、でも駄目。やっぱり駄目だ。このまま死んでしまったならば、それこそ私は無能のままだよ」
 しかし、そんなろくでもない恨み節は、30秒ともたずに中断された。
 自殺は責任を取ることとイコールではない。
 せめて名誉挽回をせねば、呉キリカの汚名は消えることなく、永遠に人類史に刻まれることになる。
 それはそれでなんか嫌だ。どうせ墓標に刻まれるなら、こんな一文の方がいい。
 すげーカッコいい呉キリカ、愛する織莉子の役に立ち、愛に殉じてここに眠る。
「というわけで前言撤回……まずはあれをどうにかしないと」
 陰湿ムードはこれで終わりだ。
 わざとらしく右手を顎に沿え、斜め上方をキリカが睨んだ。
 魔獣の金眼が見据えるものは、洋上に浮かんだ巨大な影だ。
 見上げんばかりの巨大戦艦――飛行要塞・斑鳩である。
 黄金の巨人に蹴散らされ、キラ対策本部でぐだぐだして、遂にここまで辿り着いた。
 唾棄すべき害悪が立てこもる、極悪外道の本拠地の、その目前にまで到達したのだ。
「やれやれ、恩人も人が悪いね。そりゃあ戦艦だとは言ってたけどさ、それがヤマトだとは聞いてなかったよ」
 大和ならまだマシだったのに、と。
 肩を落とし、溜息をつく。
 魔法少女、そして魔女――人界と魔界の境界を跨ぎ、怪異の領域に触れたキリカには、
 生半可なものが化けて出ようが、そんなものは今更だと、驚かず受け止める覚悟があった。
 ところがバゼットの言っていた斑鳩は、そんな非常識的な常識すらも、一撃で粉砕するほどの、絶大なインパクトを宿していたのである。
 大仰な翼を船体から伸ばし、奇天烈なエンブレムの刻まれたそれは、どう見てもSFの宇宙船だ。
 その内に宿されたテクノロジーが、見た目通りのものであるなら、これは厄介な強敵である。
 レーザー光線だの波動砲だの、危険な粒子だのがばらまかれかねない。さすがに魔法少女でもSFは怖い。
「あの船全部が飲まれるように、速度低下の魔法を張れば……いや、駄目だ。それは少し贅沢すぎる」
 このまま突入するとして、あれに襲われたらどうするか。
 ああでもなければこうでもないと、ぶつぶつとシミュレーションを繰り返す。
 とりあえず、敵艦を速度低下で覆って、全武装を低速化させるというのはNGだ。必要な魔力が多すぎる。
 というかそもそも、レーザー光線を遅めたところで、光速が高速になるだけだ。どの道避けられるとは思えない。
「……あっ、でも向こうは一応、レスキュー隊のお友達募集をしてるんだった」
 少し目を丸くして、言った。
 そうだ、悩む必要などなかったのだ。
 もし仮に見つかったとしても、現状では、こちらが攻撃されることは100%有り得ない。
 仲間を集めている人間が、その相手を殺してしまっては、本末転倒だからである。
「そうと分かれば、行くとしようか。目指すは正面突破あるのみだ」
 くつくつと不敵に笑いながら、少女は砂浜に足跡を刻む。
 こうしてキリカは、本来ならば敵地であるはずの斑鳩へと、堂々と侵入を果たしたのだった。



(……以上、3ヶ所か)
 きゅ、きゅっ、と油性ペンの音を立て。
 司令室に座したニアが、地図に×印を描き込んでいく。
 合計3マスのエリアは、先の放送で発表された、立ち入り禁止指定の場所だ。
 それぞれ、禁止化される時間にはばらつきがあるものの、今のうちから入らずにおくに越したことはないだろう。
 もっとも、現在地との距離を考えれば、どう足掻いても到達不可能かもしれないが。
(しかし……)
 どうにも解せない、と。
 黒いマーキングの施された地図を、瞳を細めて睨みつける。
 焦点の合わせられた場所は、3番目のG-7エリアだ。
 そこは1つきりの孤島が浮かんでいるだけで、あとは海でのみ占められている。
 本来なら、この斑鳩のような船を調達しなければ、到達することそのものが困難な場所だ。
 状況からして、海路で脱出を図ることが、不可能であろうことも推測できる。
 そこに行こうとする者はなく、そこに行く意味もほとんどない。
(ならば何故、わざわざそこを禁止エリアにしたのか?)
 あくまで無作為に選んだ結果ということか?
 否、それは有り得ない。相手が馬鹿でない限りは、普通こうしたエリアは、事前に選択候補から除外される。
 ランダムに決定する度に、こんな場所ばかりが紛れこんでいては、貴重な禁止枠が勿体ないからだ。
(ならばそこには、理由がある。わざわざ意図的にここを選び、侵入不可能とした理由が存在する)
 火のないところに煙は立たない。
 不可解としか見えない行動には、必ず意図が存在する。
 なれば、この度のこの行動の意図は、
(……ポケモン城の隠匿、か)
 導き出された結論は、それだ。
 この3番目の禁止エリアは、明らかに孤島に存在する施設――ポケモン城を隠すために設定されている。
 恐らくこの施設には、主催の存在に迫れるような、何か秘密が隠されていたのだろう。
 それに転送された誰かが、からくりに気付きかけたので、その追及の手を遠ざけるために、侵入の不可能な場所とした。
 推測するならば、そんなところか。
(狙ってやったというのなら、相変わらず白々しいというか……)
 白けた目つきで、地図から離れた。
 反撃の目を詰むための隠蔽工作……それは理屈としては分かるが、これは明らかに性急過ぎる。
 こんなからくりの解明など、ニアでなくても十分に可能だ。
 ちょっと頭の回る程度の者でも、この不自然さには気付くだろう。誰だって疑いを持つに決まっている。
 いいやそもそもさかのぼれば、このポケモン城の存在そのものが、あまりにも下策というものだ。
 何故、自分達に辿り着くようなヒントを、この儀式の会場に用意したのか。
 止むにやまれぬ事情があったとしても、それならば何故、そんな場所に、参加者の誰かを転送したのか。
(これもまた、反抗を望む者へのヒントのつもりか?)
 であれば、わざとそうしたとしか考えられない。
 それが反抗の手を強めるように、わざと分かりやすいヒントを配置して、わざと気付きやすくなるように禁止エリアにした。
 お前達の望むものはここにあるぞと。
 脱出の手立てが知りたければ、呪いを解いて入ってみろ、と。
 証拠は1つから2つに増えた。
 有り得なくもない、程度の推論は、ここに来て現実味を帯びてきた。
 あるいはこの推理そのものも、お膳立てされた誘導だというのか。
「まったく、嘗められたものですね」
 苛立ちも怒りも通り越し、呆れにも近い声色で、無感動に呟いた。
(まぁ、ぼやいたところで、どうせすぐに調べに行くことはできないが)
 そう思いながら、ニアの視線は、司令室のモニターへと向かう。
 6時間以上を費やした甲斐あって、斑鳩の操縦システムは、9割がた理解を終えるに至っていた。
 残すところの細かいところは、実際に動かしてみれば分かるだろう。
 既に先刻承知の通り、禁止エリアに選ばれた、ポケモン城にはまだ行けない。
 急げば10時までには着けるだろうが、それでも探索にかけられる時間が少なすぎる。
 ならば操舵の練習も兼ね、当初の予定通り、他の参加者を探しに行くべきか――


「……ん?」
 その、時だ。
 ふと、何の気なしに見た監視モニターに、何者かの影が映っているのに気付いたのは。
(侵入者か……)
 私としたことが迂闊だった。こんな見落としを犯すとは。
 軽く額を抑えながら、己が不始末を自戒する。
 恐らくこの侵入者――黒髪の歳若い少女だ――は、ニアが地図とにらめっこしている間に、この艦内に入ってきたのだろう。
 それに気付けなかったというのは、失態といえば失態である。
 何せこちらには、身を守るための武器がないのだ。
 あれが殺し合いに乗っている人間で、それが気付かない間にここまで来ていたのなら、間違いなく大変な目に遭っていたはずだ。
 ともあれ、あれがバゼットの連れてきた、脱走計画に賛同する協力者という可能性もある。
 まずは相手の声を聞き、行動の指針を確かめなければ。
「――そこの貴方、止まってください」
 艦内放送のスイッチを入れ、マイクに向かって、声を発した。
 モニターに映った黒髪の少女が、ぴくりと身を震わせ足を止める。
 きょろきょろと視線を左右させているのは、カメラか、放送機材を探しているのか。
「落ち着いてください。すぐに貴方をどうこうしようというつもりはありません。
 とりあえずは貴方の名前と、ここに来た理由を聞かせていただけないでしょうか」
 協力的な相手であれば、受け入れる。
 敵対的な相手であれば、ここから逃げる。
 モニター越しに見える彼女が、何を想い、何のためにここに来たのか。
『……やあやあ、キミがニアなんだね?』
 第一声は、こちらの名前。
 大仰に、芝居がかったような動作で、ニアの名前を少女が発する。
『私の名前は呉キリカ。別段怪しい者じゃないよ。我が恩人バゼット・フラガ・マクレミッツの紹介を経て、キミの元へ馳せ参じた次第さ』
 得られた情報は3つだ。
 1つは、彼女の名前が呉キリカであること。
 1つは、ニアの名前を知っていたこと。
 1つは、それをバゼッド・フラガ・マクレミッツから聞き出したということ。
 現状、ニアという人間が、ここに立て籠っていることを知っているのはバゼットだけだ。
 その両者の名前を知っているということは、キリカはバゼットと言葉を交わし、彼女からニアの名を聞き出したということなのだろう。
 言葉の調子から察するに、自分が取っている立場も理解している。
 やましい素振りも見せることなく、自身の名前も公開している。
 敵対しているという線は、考えにくい。
 彼女はある程度バゼットに信用され、この場所へと案内された協力者――そう考えた方が、筋が通る。
「分かりました。ひとまず貴方を、私の所へ案内します。こちらの誘導に従ってください」
 とりあえず、テストは合格だ。
 たとえ本心を隠していたとしても、交渉に持ち込めば、言いくるめるだけの自信はある。
 ニアはこの呉キリカという少女と、対面することを選択した。



「――はーっはっはっ! よくここまで案内してくれた! そしてたった今よりこの艦は、この私が乗っ取らせてもらう!」
 このくそやかましいシージャック宣言が、対面した呉キリカの第一声であり。
「……バゼットの馬鹿」
 このやたらと簡潔な悪態が、迎え入れたニアの第一声である。
 そりゃまあ、見事に騙されて、ここまで連れてきた自分も大概間抜けだが、バゼットはそれに輪をかけた大馬鹿だ。
 あの女は、こんな見るからに頭が足りなくて、見るからに不審人物な少女を、危険がないと判断したのか。
「無駄な抵抗はするんじゃないよ。生かすも殺すも与うるも奪うも、全ての権限は私にあるんだ」
 元から妙な奴だとは思っていたが、実際に出会った呉キリカは、予想を遥かに超えたパープーだ。
 どこぞの学生服を着た少女は、ろくに武装もしていないのに、根拠もない大口を叩いている。
 身のこなしもバゼットとは異なり、至って年相応の普通の動作だ。特に身体能力に長けているとか、そんな様子はないように見えた。
 これなら死んでいった弥海砂の方が、いくらかマシとも取れるかもしれない。
 だがそれはそれで、分からないことがある。
「貴方先ほど、怪しい者じゃないって言ってませんでしたか?」
 こいつはバレない嘘がつけるほど、腹芸が上手そうには見えないのだ。
「んー? ああ、確かに私は怪しくはないよ。このバトルロワイアルでは至って普通の、誰だってやってそうな殺し屋だもの」
 ああ、成る程。こいつ馬鹿などころか痛い子だ。
 彼女の脳内独自世界では、先ほどの言葉には一片たりとも、嘘偽りはなかったのである。
 そりゃあ確かに分からないわけだ。そんなの顔に出てこないもの。
 こいつは骨の折れそうな相手だ。気だるげに肩を落としながら、ふぅ、と重い溜息をついた。
「さってと、じゃあこっちも質問だよ……キミは何故、こんな馬鹿な真似をしているんだい?」
 たん、たん、とリズムを刻むように。
 場違いに軽快な足音を立て、詰め寄るキリカが問いかける。
「……私は見ての通り、戦って生き残れるほど強くはありません。私がこの場で生き延びるには、こうする他に手はないのです。
 それに、人殺しのゲームに乗るというのは、私の主義に反します」
 貴方に馬鹿と言われたくはありませんでしたが、というのは、さすがに口にはしなかった。
「くっ、はは、主義と来たか。それは無意味というものだよ、キミ。私達の正義以上に、正しいものなど有り得ないんだ。キミの正義に意義はない」
「私達? なるほど、共犯者がいるのですか」
「さぁてね。そこまで話す義理はないよ」
 ステップを踏み、歩み寄り、手元のコンソールに腰を下ろしたキリカを、ニアは冷静に分析する。
 意外に思ったのは、この傍若無人に振舞う少女が、「正義」という言葉を口にしたことだ。
 一見何も考えていない、混沌の権化のような人間に見えて、ある種の信念・倫理観を持ち合わせている。
 口ぶりからして、ノリで名乗っているキラ信者とは違うのだろう。
 殺人で人心を掌握したキラだが、あくまでその目的は犯罪抑止だ。その信者があんな軽々しい口調で、殺すと口にするはずもない。
「……それで? 呉さん、貴方は私をどうするつもりですか?」
 少し棘のこもった語調で、問う。
 自分が正しいと思うことを信じ、正義とする――それがニアの持論だった。
 だから極論するのであれば、キリカがどんな正義を語ろうと、その行為そのものを責めるつもりはない。
 問題はその正義の内容が、自分にとっては気に食わないものであったこと。
 そしてそれを他者に強要し、他人の正義を蔑ろとしたこと。
 それがニアにとっては不快であり、ニアの正義観の範疇においては、紛れもない害悪に他ならなかった。
「もちろん、始末させてもらうよ。キミの存在は邪魔なんだ。私の悲願成就のためには、みんなに死んでもらわなきゃ」
 ああ、鬱陶しい。
 けたけたと笑う黒髪の女は、馴れ馴れしく白いニアに右手を伸ばし、肩を組んで言い寄ってくる。
 金眼に宿された念は、見えない。
 ふざけているのか、本気で殺す気なのか。
 私達の正義とやらに毒されて、人格が壊れきってしまったのだろうか。
 黄金は本音も虚飾も語らず、掴みどころがないという印象を強化させる。


「いいんですか? 私は貴方がたにとっても、有益な情報を持っているのに」
 Lの後継者になると決めた時から、このような修羅場は覚悟していた。
 しかし、ここで死ぬのはまっぴらごめんだ。
 こんなアホには殺されたくない。ここで死んでしまうくらいなら、いっそキラと刺し違えた方がマシというものだ。
 故にニアは生き残りを賭けて、キリカに対して交渉を切り出す。
 通用するかどうかは分からない。人の話を聞かない馬鹿は、人を騙す賢人よりもやりにくい。
 だからといって何もせず、大人しく殺されるわけにはいかない。
「有益な情報?」
「貴方は気付いていないかもしれませんが、実は私は、既に脱出のルートについて、ある程度目星は立てているのですよ」
「へぇ! そりゃすごいや。でも、じゃあ何でそこに行かないの?」
「色々と事情がありましてね。もうしばらく時間をかけないと、そのルートを使うことはできないんです」
「なら駄目だ、遅すぎる」
 この作戦は失敗だ。
 一瞬煌めいた金の瞳は、しかし即座に熱を失った。
 それくらいの時間も待てないというのか。まるでわがままな子供じゃないか。
 なんてことは口にしない。不満はぐっと胸に留める。
 ヤケになるのはまだ早い。これが駄目でも、交渉材料はもう1つあるのだ。
「それで? 情報っていうのはそれっきり? だったらお粗末な上に役立たずだねぇ、私達の世界には要らないよ」
「勝手に人の限界を決めつけないでください。そうですね……貴方、船は欲しくないですか?」
「船? この宇宙戦艦のことかい?」
「宇宙戦艦ではありませんが、私はこの船の操舵方法を、およそ9割がた把握しています。
 複雑なコンピューター制御がなされていますから、私のような専門家でなければ、動かすことは困難でしょう」
「ふむふむ、成る程。私の運転手になるから、その間だけ生かしてほしいと、キミはそうお願いしているわけだね?」
「必要なら、武装の解析も進めてみましょう。とりあえず今はそういうことで、手打ちにしてはもらえないでしょうか」
 これは嘘だ。
 武装はただ単に使えないのではなく、いずれも撤去されている。
 存在しないものを使う術など、いくら検索したところで見つからない。
 しかし、相手は殺し屋だ。武器が使えるかもしれないというのは、彼女にとって大きなプラスになる。
 それに先ほどとは違って、航行システムは解禁されているのだ。せっかちなキリカも、これを切り捨てはしないだろう。
「ふーむ……」
 ほうら、案の定そうなった。
 顎に手を当て考え込むキリカを前にして、ニアは内心で密かにほくそ笑んだ。
 もちろん、これはあくまで時間稼ぎだ。
 彼女の言うように合わせて斑鳩を動かし、味方が見つかれば、そいつに追い払ってもらえばいい。
 いざという時は、不意を突いて逃げ出せばいいだけだ。
 口やかましい置き物が増えただけ――そう考えれば、まだ気分もよくなる。
「……よっし、いいだろう! こっちも絶賛人捜し中の身だからね。お望み通り、キミを使ってあげようじゃないか」
 ぱちん、と指で音を立て、キリカは提案を快諾した。
「あぁ、でもおかしな考えは持たない方がいいよ? 誰も私からは逃げられないんだからね」
 刹那、頬を這う、指先。
 鳴らした親指と中指と、その間にある人差し指が、掬うようにして動く。
 くい、と顎を持ち上げられ、ニアの目とキリカの目が合った。
 これは戯れではなく、真意。
 光沢はこれまでになく冷徹に煌めき、黒水晶を射抜くように光る。
 今まで面白半分だった少女の、ようやく見せた本気の警告。
 その殺意は本物だ。たとえ見た目が童女でも、この目でひとたび睨まれたなら、常人は為す術もなく竦み上がるだろう。
「……覚えておきます」
 もっとも、天才ニアは常人ではない。
 この程度の殺意の吹雪なら、彼にとってはそよ風だ。
 刺すような殺気をさらりと流し、瞳を細めてそう返す。
 その様子が面白くなかったのか、ちぇっと吐き捨て手を離すと、キリカは立ち上がり、正面モニターの方へと歩いていった。


「しっかしまぁ、キミも無茶をするもんだね。駄目だよ? 子供は子供らしく、大人しくしてなきゃあ」
 制服の背中を見せながら、遠ざかるキリカが暢気に言う。
 その命を摘み取ろうとする者が、口にしていい言葉ではないように感じたが、もうそこはスルーすることにした。
 ここまででもう慣れきったことだ。いちいちツッコミを入れていては、こちらの神経がもたなくなる。
「ええ、よく言われます。ですが私、こう見えて、多分貴方よりも年上なんですよ」
 とりあえず、訂正すべきはそこくらいでいいだろう。
 ニアの誕生日は1991年――今年の誕生日が来ていないので、現在は18歳ということになる。
 見たところ、ジュニアハイであろうと思われるキリカよりは、確実に年上の年齢だ。
「っ」
 ぴくり、とキリカの肩が動く。
 珍しく、反応は沈黙だ。
 彼女の性格からすれば、えー本当にー、だの、全然見えなかったー、だの、そういう反応が来るだろうと思っていたのだが。
 あるいは、同い年くらいに思っていた相手が、年上だったという事実に、素直にショックを覚えているのかもしれない。
「だから、それは本来私の台詞です。中学生くらいの子供が、人殺しをするなんて、滅多に言うものじゃないですよ」
 背中を向けているキリカからは、その感情は読み取れなかった。
 故にニアはごく自然に、それまでと別段変わらない口調で、世間話のようにそう言った。
 本当に、世間話のつもりだったのだ。
 これまでの自分達のやりとりのように、「余計なお世話だ」という答えの分かり切った、その程度の話のつもりだった。
「――駄目だなぁ、キミは」
 それが間違いだと分かるよりも早く、少女の背中が黒に染まり、
「え、」
 それが間違いだと分からないままに、ニアの意識は暗転した。


 ニアには人の心が分からない。
 もちろん、犯罪心理学には長けているのだろうが、こと人の感情というものに関しては、彼は恐ろしく鈍感で無遠慮だ。
 それが敵であれ味方であれ、遠慮というものを知らないから、相手を苛立たせずにはいられない。
 社交性は人間の最底辺――引きこもりがちな性分と合わせれば、あのLよりも酷いと言っていいだろう。
 故に、いかんせん経験の少ないニアには、それは最期まで読み切れなかった。
 錯乱した犯罪者にとって、その行為がいかに危険なものであったのかを。
 正気を失った犯罪者が、その神経を逆なでされれば、どんな行為に及ぶことになるのかを。
「ニア、それは言っちゃいけなかったんだよ」
 漆黒のキリカは淡々と呟く。
 三爪二対の閃刃は、爛々と赤黒い煌めきを放つ。
 血みどろの爪をだらりと下ろし、金眼の魔獣は眼下を見下ろす。
 狂乱の呉キリカが嫌うことが、この世には全部で4つ存在した。
 1つは愛すべき親友・美国織莉子の悪口を言われること。
 1つはその織莉子と自分の関係について、無責任にとやかく言われること。
 1つは今の自分になる前の、卑屈で根暗で臆病な自分。
 そして残る最後の1つは。
「私は、子供扱いされるのが、大っ嫌いなんだ」
 こればっかりは、耐えられない。
 たとえあの織莉子がそうしたとしても、無視して受け流すことはできない。
 それを彼女にとってはどうでもいい、赤の他人が口にすれば。
「あーあ……せっかくの船、無駄にしちゃった」
 後には、何も残らない。


【ニア@DEATH NOTE(漫画) 死亡確認】



 激情の嵐が吹き荒れた後、そこに残ったのは静寂だった。
 元々静かだった司令室だが、2人が1人に数を減らし、機械の音も消えうせた今、1人が黙れば無音が生まれる。
 そんな静かな室内で、唯一響いていた音が、がさごそと物を漁る音だった。
「うーん、どっちが役に立つかなー……仕方ない、両方持ってくか」
 呉キリカ。
 さながら彼女は不発弾。
 ふとしたことでキレる彼女は、怒りが冷めるのも非常に早い。
 一旦怒りが解消されれば、後にはすっかり忘れている。
 さりとて刹那に凝縮された、憤怒の感情の破壊力は、紛れもなく爆弾の爆発そのもの。
 あっけらかんとした様子で、ニアのデイパックを物色する彼女は、
「あ、これいいね。後で暇潰しにでも使おう」
 すぐ傍らにいたニアを、つい数分前に、血みどろの八つ裂きにしたばかりだったのだ。
 むせかえるような臭気にも、おくびも怯んだ様子もなく、彼女はそこにあったパズルを取る。
 いくらか付着していた返り血は、脱ぎ捨てた制服で拭き取った。
 子供扱いされた腹いせに、怒りに任せてニアを惨殺。
 そうして誰もいなくなったので、ちょうど乾いていた私服に着替える。
 そろそろ用もなくなったので、戦利品であるニアの支給品を物色。
 これらを何の嫌悪感も、いいや疑問すらも覚えることなく、一切のタイムラグを置かぬままに、キリカはやってのけたのだった。
「さーってと、それじゃそろそろずらかるとするかな」
 暢気そのものな声色で、どっこいしょ、と腰を起こす。
 その時ちょうど目に留まったのは、物言わぬ男の遺体だった。
 白一色のニアの姿は、赤一色の肉塊に変わった。
 顔面だけはかろうじて、奇跡的に原型をとどめている。
 しかしそれ以外の箇所は、溢れんばかりの怒りを納めきれず、ほぼ全てがズタズタに引き裂かれていた。
 ミンチとまではいかないが、人体の面影はほとんどない。
「……ま、ここまで徹底的にやったなら、脱出する気も失せるだろうね」
 白い三日月が口から覗いた。
 あはははは、と笑いながら、八重歯の少女が歩み去った。
 希望を求め集まる者には、この死体は最高の警告文になりうるだろう。
 これがお前達の末路だ。滅多なことをしようものなら、お前達も同じ目に遭うぞ。
 きっとバゼットの案内した者は、この無惨に打ち捨てられた遺体から、そんなメッセージを読み取るはずだ。
「私達の邪魔はさせないよ。そう……それが誰であってもね」
 獣は血に濡れ残忍に笑い、闇より来たりて命を食らう。
 黒き魔獣は獲物を求め、斑鳩の司令室を後にした。


【H-2/斑鳩/一日目 朝】

【呉キリカ@魔法少女おりこ☆マギカ】
[状態]:ダメージ(中)、ソウルジェムの穢れ(2割2分)
[装備]:私服、呉キリカのぬいぐるみ@魔法少女おりこ☆マギカ
[道具]:基本支給品、穂群原学園の制服@Fate/stay night、お菓子数点(きのこの山他)
    スナッチボール×1@ポケットモンスター(ゲーム)、魔女細胞抑制剤×1@コードギアス ナイトメア・オブ・ナナリー、ジグソーパズル×n
[思考・状況]
基本:プレイヤーを殲滅し、織莉子を優勝させる
1:織莉子と合流し、彼女を守る。ひとまずは美国邸が目的地。
2:まどかとマミは優先的に抹殺。他に魔法少女を見つけたら、同じく優先的に殺害する
3:マントの男(ロロ・ヴィ・ブリタニア)を警戒。今は手を出さず、金色のロボット(ヴィンセント)を倒す手段を探る
[備考]
※参戦時期は、一巻の第3話(美国邸を出てから、ぬいぐるみをなくすまでの間)
※速度低下魔法の出力には制限が設けられています。普段通りに発動するには、普段以上のエネルギー消費が必要です
※バゼット・フラガ・マクレミッツから、斑鳩の計画とニアの外見的特徴を教わりました。
※バゼット・フラガ・マクレミッツを『大恩人』と認定しました。

※H-2・斑鳩司令室に、ニアの遺体とデイパック(基本支給品入り)が放置されています


067:天使のような悪魔の笑顔 投下順に読む 070:「Narrow」
時系列順に読む
058:愛は無限に有限だからね 呉キリカ 082:hollow
054:填まるピースと起爆剤 ニア GAME OVER


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