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Tiger&Cherry

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Tiger&Cherry ◆Z9iNYeY9a2



藤村大河。
穂群原学園の英語教師。弓道部の顧問。剣道5段。
彼女のプロフィールとしてはこのくらいのものしかないだろう。少なくともこの場においては。
魔術師などではなく、当然のことながらオルフェノクでも魔法少女でもポケモントレーナーでもない。本当の意味で一般人である。
しかし、そんな彼女でも様々な人物と関わりがあった。

魔術師殺しの異名を持つ男、衛宮切嗣。
そんな男の息子、衛宮士郎。
間桐家の魔術師、刻印虫を植え付けられた少女、間桐桜。
他にもサーヴァントや元暗殺者といった存在にも関わりを持っている。

そのような正気の沙汰ではない環境にありながら、それらの異端と関わることもなく、なのに彼らに少なからず影響を与えていた。
衛宮士郎は赤い外套の英霊となり記憶を摩耗させた中においても彼女のことは大切に思っていた。

そして、間桐桜にとってもかけがえのない人間の一人だった。



「ピカ、ピカ。
…ピカピ、ピカピ」

嫌な予感はあった。
突然ピカチュウが駆け出したときにはすでに止めることなどできなかった。
だがNは確かに聞いた。駆け出す直前、ピカチュウが”ヒカリ”と呟いたのを。

Nがその呟きの意味を理解したときには手遅れだった。
追いかけた三人が見たのは、もはや原型を留めていないほどボロボロにされた人間の死骸だった。
辛うじて見える帽子が、おそらく知った人間が見た際の判断材料になるかもしれないという程度のものだった。

ルヴィアも顔を顰め、大河は口を押えて立ち尽くしている。
ピンプクはゾロアークの体毛に入っていたので、これを見てすぐにボールに戻したことでピンプクには見られずに済んだ。

「ピカピ、ピカピ」

ピカチュウはなおもヒカリだったものに呼びかけ続けている。
自分のマスターの死を直接知ることになったのはついさっきのことだ。立て続けに見てしまった仲間の無残な亡骸に大きなショックを受けているのは明白だった。

「N君、ピカちゃんをその子から離してあげて」
「…ピカチュウ」

Nはピカチュウに声を掛ける。
しかしあくまで掛けるだけだ。もしここで離れろと言うと、ピカチュウの意志を捻じ曲げることになるのだから。

「…ねえ、N君、この子の姿を隠してあげられる何か、持ってない?」
「今そういった者は持ってないけど、ゾロアーク」
「クシュウ」

ゾロアークに言うと、ヒカリの周囲の空間だけ景色が変わる。
次の瞬間にはヒカリには白い布がかぶせられていた。
当然これは幻影であり、実際にそこに布があるわけではない。しかし今、この場においての視覚的な気休めにはなるし、大河にとってはそれで充分だと思った。

「…?そういえばルヴィアさんは?」
「彼女なら、ちょっと離れるって。でもすぐに戻ってくるって言っていたよ」




嫌な予感があった。
その少女の死体からそう離れていない場所、そこからどうしようもなく嫌なものをルヴィアは感じた。

そもそもここはあの女、間桐桜と戦った近くの場所だ。あの時あの女はこの方向に何があると言っていた?
そしてあのヒカリという少女の傍に落ちていた、血に染まった斧。

見てはいけない気がした。だが見なければいけない気もした。
予感はそれに近づくにつれて確信に近づいていき、そして、

「まったく無様ですわね。ミストオサカ」

そこには、あの時間桐桜の言ったように、頭の割られた遠坂凛の姿があった。

「あなた、どれくらいの借金を残しているか分かっているんですの?
 まさかあなたが借りたものまで返せない人間だったなんて、つくづく見下げ果てましたわ」

その口調は普段の凛に接する彼女の口調と何ら変わりはない。傍から見れば死体と話しているとは思えないだろう。

「さて、そうなった場合、残りの借金はどうしましょうか…、そういえばあなたには妹がいるんでしたわね。
 この際ですし、肩代わりしてもらいましょうか。そしてあなた方遠坂家は、まともに借りたものを返すこともできない情けない一族と末代まで語り継いであげますわ」

いつもであれば、ここで蹴りの一つでも飛んでくるのが普通といえるほどの暴言の数々。しかしそれが動くことなどなかった。

「あなたとの腐れ縁もここまでですわね。それでは、さようなら」

と、こうしてルヴィアと凛の別れは、ルヴィアにとっていつも通りのやり取りで終わりを遂げた。



ヒカリを弔ってあげたいと言ったのは大河だった。

「こんな女の子をこんな姿で放っておくなんてできない」
とのことだった。

ピカチュウは顔を涙で濡らしながら同意し、Nもピカチュウの友達を埋葬することを手伝うと申し出た。

「分かりましたわ。ただ、私は少し気になることがありますのでお先に行かせてもらいたいのですが、よろしいかしら?」
「あー、うん、そうよね。これは私の我儘なんだし。でも気を付けてね」

もし彼女がいない間に全てを終わらせられるならそれに越したことはない。
それにこっちにはNや複数のポケモンも共にいるのだ。過剰な期待はできないが何かあった時には逃げることは可能だろう。

「あ、あとね、桜ちゃんに会ったら―――」
「分かっていますわ。その辺りも心配せずともよいですから」

おそらく大河の期待とは正反対のことをしようとしているのだな、と思いつつ。
ルヴィアは北へ歩きだした。




どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私は、ただ先輩に死んでほしくなかった。先輩を守りたかった。
きっと先輩は私のためなら命を惜しまないだろう。
でもそんなのは嫌だった。
姉さんのように、一人でも戦える力が欲しかった。

そう思った矢先に、それを見つけてしまった。
デルタギア。
これを使えば一人でも戦うことはできる。先輩に守ってもらわなくても自分の身は守れる。

そう、守りたかっただけだった。
なのに、気がついたら目の前には男の人が倒れていた。正気を取り戻したときには遅かった。
でもそんな気持ちをどこかにやってしまうぐらいそれが楽しくて。それがおかしいことにも気付けなくて。

そんな時、血塗れの斧を持って走る少女を見つけた。
きっと人を殺したんだ。あの人は悪い人なんだ。そう思ったとき、とても自然にその人を撃った。
そして、自分がどうするべきなのかに気付いた。
悪い人を殺そう、と。それが先輩を守ることに繋がる、と。
そう言い訳をして、やってはいけないことを肯定してしまって。

そうして、自分がおかしくなっていることに気が付かないまま、こうしてみんなと行動していました。



「それはたぶんバーサーカーだと思います」
「バーサーカー…、狂戦士、ですか?」

合流を済ませた4人は、それまであったことについての情報交換を行っていた。
当初、タケシがグレッグルに殴られたり桜が頭痛を起こしたりと色々な意味でのトラブルもあったが今は落ち着いている。

「はい。でもごめんなさい、名前くらいはわかりますけど、あまり詳しいことは知らなくて…」
「ああいいのよ。名前が分かっただけでも今のところは十分だし。
 でもちょっと気になるんだけど」

バーサーカーについての説明を受けた真理は新たな疑問を問いかける。
バーサーカー、そしてセイバーなる者。彼らの存在自体は美遊からも聞いていた。
聞いていた、と言っても外見や特徴を聞いたわけではなくただ注意するようにと言われたくらいだが。
それだけではなく、桜と美遊の知り合いには衛宮士郎以外にも被っている部分が見受けられた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、藤村大河。
だが桜は美遊の存在は知らないと言っていた。それだけならばそこまでおかしいとは感じなかっただろう。友達の友達に交友関係があるとも限らない。
問題は美遊の話したクロエ・フォン・アインツベルンについて話した時のことだ。
彼女からはその子はイリヤの双子の姉妹だと聞いていたのだが、そんな人は知らない。
桜自身、イリヤのことはよく知っているが双子の存在など初耳だ。
というより、知らないではなく、桜にとってはそんなものいないはずなのだ。

「本当に知らないのね?」
「はい…」
「そういえば真理さん、覚えてますか?美遊ちゃんが言ってたあの――」
「もしかして、平行世界がどうとか言う話?正直よく分からなかったけど」
『平行世界だと?』

その単語に反応したのはナナリーにしか見えない少女だった。

(ネモ?分かるの?)
『まあな。こいつらに今から言うことを伝えろ』

‐‐‐‐

「えっと、じゃあこの桜さんと美遊の知っている人たちとは違う可能性があるの?」
「ええ、そうらしいです」

ナナリーはネモが言うことを分からないなりに分かりやすく伝えた。と言ってもナナリー自身も分かってはいないのだが。
ただ、もしそうならゼロと兄であるルルーシュが同じ場所にいる説明もつくかもしれないとネモは言っていた。

「それにしても、すごいですねナナリーちゃんは。私の知らないようなことまで知ってて」
「いえ、たまたま知ってただけですから…」

ナナリーにはその言葉をただの感心と受け取りたかった。
しかし、そういった桜の言葉からは明らかに何か含みがあるような気がしてならなかった。
実際、傍にいるネモの警戒も解けてはいない。

情報交換をしながら、四人は一人を除いて特に不安を抱えることもなく歩いていく。

そして、彼らが彼女と出会ったのはポケモンセンターを出てしばらく歩いたところにある橋の近く。
そこに、その少女はいた。

「また会いましたわね、マトウサクラ」
「……!」

目の前に立っていたのは金髪でドレスのような服を着た少女。彼女を見たときの桜の表情はすさまじいものだった。

「何で、あなたがこんなところにいるんですか?」
「それはこっちのセリフでしてよ。まさか集団に紛れ込むなんて思ってもいませんでしたもの」

知り合いなのか、とこの場で問いかけられるものはいなかった。
二人の表情や刺々しい会話、そして殺気はただ事ではないことはナナリー、真理、タケシにもすぐに察しがついたからだ。
しかしその後の会話の内容はその中の一人にはあまりにも大きな事実だった。

「一つ尋ねますわ。ヒカリという帽子の少女を殺したのはあなたですの?」
「名前は知らないですけど、帽子をかぶった女の子を殺したのは私ですね。それがどうかしたんですか?」
「なぜ殺したんですの?」
「だってあの人真っ赤に染まった斧を持って歩いてたんですよ?そんな危ない人、殺さないといけないじゃないですか。
 まさかそれで死んだのが姉さんだとは思いもしませんでしたけど」
「嘘だ!!ヒカリはそんなことしない!!」

会話を聞いてタケシが声を荒げる。
三人は状況に付いていけていない。突如現れた少女に突然の罪を晒されることにも、その罪を何事もなかったかのように流す桜にも。
唯一その被害者かつ加害者(桜曰く)である少女の知り合いであったタケシが反射的に反応できただけだ。

「あら?タケシさん、もしかして人殺しを庇うんですか?」
「――っ!?」

その言葉に何を思ったのか、おもむろにバッグから取り出したデルタギアを構え、殺気を放ちながら近づいてくる桜。
さっきまでとのあまりの変わりように身動きを取ることができないタケシ。
だがそのタケシに近づく桜の目の前を黒い何かが通り過ぎた。

「お止めなさい。あなたの相手は私でしてよ」

少女が桜の目の前に向けて指から何かを放ったのがネモには視認できた。
そんな彼女の注意を自分に向けようとする金髪の少女。そして続けた言葉が桜の注意を向ける決定的な言葉となった。

「はぁ、全く、そんな女にはシェロ―エミヤシロウのことなんて任せられませんわね」

ピタリ、と桜の動きが止まる。
その時ナナリー以外の皆が見た桜の表情は忘れられないだろうほどのものだった。

「なんで、あなたまで先輩のこと知ってるんですか…!」
「気に障ったんですの?ならその方から離れなさい。
 あなたの苛立ちなら私が押さえつけて差し上げますわ」
「――変なところばっかり姉さんを思い出させて。いいですよ、まずあなたから殺してあげます。
 変身――」
『complete』

今は桜には目の前の女しか目に入っていない。こいつを早くこの世から、目の前から消し去りたい。
デルタギアのデモンズスレートの影響に強く侵された精神は桜の意識を殺すことに向けさせていた。
そして、それは確実に桜を、そして桜の内を侵食していた。

ここに二人の少女によるリターンマッチが開幕した。

「ま、真理さん、どういうことなんですかこれ?!」
「知らないわよ、私に聞かないでよ!」

一方タケシと真理の二人は今だに混乱が解けない。この短時間に想定外な情報が色々と増えすぎた。

『だからあの女とは離れておけと言ったが、まあここで奴の正体を知る者と会えただけ幸運、か?』
「……」

そしてそんな彼らを尻目に桜を見つめるネモと、その傍にいるナナリーは冷静に状況を見守っていた。



「ピカ…」

埋葬は終わり、ピカチュウは悲しそうな目をヒカリに向ける。
Nはその中に、ヒカリとの本当の別れの悲しみと同時に、自分が最も大切に思っていた存在を同じように弔えなかったことへの後悔を感じ取れていた。
しかしNにはピカチュウの思いが分かっても、それを汲み取ることはできない。
アッシュフォード学園での出来事の中ではそれに気付けなかったというのに。

「タイガさん、友達との別れとは、悲しいものなのかな?」
「うん、悲しいものよ。それがもう二度と会えない―なんてことになったら特に」
「……」

Nには実感することができなかった。
ポケモンをトモダチといったが、彼らの力を借りた後はすぐに野に返した。
人間の手で拘束したくないがための方針であったが、それゆえ深いつながりを持ったものとの別れというものはなかったのだ。

「僕は、本当にポケモン達とトモダチだったのかな?」
「うーん、よく分からないけどさ、そういうのって付き合いの長さだけで築けるものでもないのよねー。
 案外出会って数日で仲良くなる、なんてことも少なくないのよ」
「でも、僕は彼らと別れるときに悲しいとは思わなかった。僕にとって彼らはトモダチじゃなかったのだろうか…」

もしかしたら、その悲しい、という感情があるからこそポケモントレーナー達はポケモンを手放さないのだろうか。

「タイガにとって、大事な人っているの?」
「うん、いるよ。そうねー、ここにいちゃう人でいうと二人、かな。
 士郎っていう弟分みたいな男の子と、桜ちゃんって、こっちは言ったかな?妹分みたいな女の子」

その名前を出したときの彼女の顔は、あのトレーナーに付き従うポケモン達を連想させた。
ああ、そうだったのかと納得する。

今まで自分はポケモン達の、人間に対する怒りしか知らなかった。そのようなポケモンとばかりいさせられたから。
でも、そんな僕でも大切だと思える存在を作ることができるのだろうか。
あのトレーナーのポケモン達のように。藤村大河にとっての彼らのように。

「いつかそのシロウって人にも会ってみたいな」
「あははは、それいいかもね。でも気を付けてね。士郎ってパッと見じゃ分からないけど結構扱いづらいんだから」

と、その時だった。

「ピカ?」

ピカチュウの耳が動き、ルヴィアの歩いて行った方を向く。
二人が耳を澄ますと、何かがぶつかるような音が聞こえてきた。

「もしかしてルヴィアさんに何かあったんじゃ…。
 急ごう、N君!!」

そしてNと大河は音の方向へ向けて走り出した。



先に近づいてきたのは桜の方だった。
怒りに任せて握った拳を叩きつける。シンプルだがそこにデルタのスペックが合わさるとそれだけでも洒落にならない。

するとルヴィアは懐から取り出したマッチにおもむろに火をつけ上に放り投げる。
突然の行動に気を取られそちらを警戒する桜。次の瞬間飛んできたのは頭に向けての飛び蹴りだった。
元々ダメージを負っていた場所に与えられた衝撃はデルタの鎧を通してでもそれなりのものであり、桜は足元をふらつかせる。
そしてふらついたところを至近距離からのガンドで吹き飛ばす。

朦朧とする意識の中吹き飛ぶ桜。しかし一度戦った相手か、あるいは侵食された精神が攻撃に比重をおいていたためかその後の対応は異常なほど早かった。
かろうじて受け身をとれた桜はいつの間にか手にしていたシャンパンのボトルを投げつける。
無論そのようなものをまともに受けるルヴィアではない。が、それが目の前で弾けては話が別だ。
破片や中のワインが飛び散る中でかろうじて防ぐことができたため大事に至る怪我はなかったが、驚いたまま桜をにらむルヴィア。
飛んでいくそれを桜はデルタムーバーの光線で撃ちぬいたのだ。
一見離れ業に見えるがよく見ると周囲には焦げた跡が見える。腹部には軽いものだが熱線による傷が、ドレスのスカートも数か所穴が開いている。

「今あなたがやってたこと、マネしてみたんですがどうですか?」
「生意気な小娘だこと」

桜はすでに起き上がっており、ルヴィアも傷自体は大したことはない。
ベルトの力はスペックこそ確かだが、桜にはそれを使いこなせてはいない。銃を使わせないようにして確実に体を抑えていけば勝つことはできる。
それはさっきの戦いの中でも気付いていたことだ。
だが、なぜだろうか。ルヴィアの中には妙に苛立ちがあった。

「全く、このような凶暴女をシェロの傍に置いておくなんて、周りの大人は何を考えているのでしょうか」

思い出すのは藤村大河から聞いた間桐桜、衛宮士郎の話。
あることを境に、士郎とは家族同然の生活をしているという桜。それを自然なものと受け入れる士郎。
そこにイリヤスフィールはいないのだから、自分の知る士郎とは違うことは分かっている。
それでも、士郎の近くにいられる彼女を羨ましく感じるところもあったのかもしれない。
だからふと呟いたその言葉自体は彼女に対する煽りだったのだろう。

「それはこっちのセリフです。せっかく先輩は私を守ってくれるって、ずっと傍にいてくれるって言ってくれたのに。
 こんな体の私を受け入れてくれるって言ったのに。
 なのに後から姉さんが私から先輩を盗ろうとする。私が欲しかったもの全部持ってるくせに、今度は先輩まで!」
「そんな人がせっかくいなくなったと思ったのに、なんであなたはそんなに姉さんにそっくりなんですか?
 あなたも私から先輩を奪うんですか?」

桜の心中を聞いて彼女、そして士郎がどのような状況、関係にあるか大まかな把握はできた。こんな体、というのが何を指しているのかは分からなかったが。

そして言葉を終わらせた直後、デルタムーバーともう一つ、支給されていたらしき拳銃をこちらに向けてくる桜。
しかしただ撃つという行為の速さに限ってはルヴィアのほうが早い。ガンドにより両手のそれらは打ち払われて後ろに落ちる。

おそらく自分ではこの女を止めることはできないだろう。大河には悪いがここで殺すしかない
そう自分の中で確定させるが、その判断が少し遅かったことに気付いたのはすぐだった。

「桜ちゃん!!」

そう、その藤村大河がやってきたからだ。

「―――え…、あれ…。藤村…先生?どうして――」

隙、というレベルではない。直前まで何をしていたかすら忘れてしまったとでもいうほどの動揺を見せる。
もし今なら仕留めるのは容易かっただろう。ガンドでベルトを撃ち、変身を解除させればあとはこちらのものだ。

それができなかったのは、桜に走り寄る大河に当たりかねないからだ。

「桜ちゃん、それ外して!桜ちゃんはそれのせいでおかしくなってるだけだから!
 大丈夫、先生もちゃんと守ってあげるから!ね?」

デモンズスレートで凶暴化していたはずの精神さえも虚と化し、暴れたかった思いもどこかへ行ってしまう。
しかしベルトを外して変身を解こうとするのを見て、

「ダメ!!止めて!!」

大河を思い切り突き飛ばした。
ルヴィアは近くに倒れこんだ彼女を起こし、大河を庇うように前にでる。

「これは外さないで…、こんなに汚れた私を藤村先生には見られたくない…」

桜にとって、藤村大河は士郎に次ぐ大切な人だった。

間桐の家にいる間は蟲漬けの日々。学校に行っても偽りのようにしか感じられない日常。
そんな中でも衛宮士郎と、藤村大河と共にいる時間だけは心から笑うことができた。

そして士郎が桜の中で全てを受け入れた人であるなら、大河は日常、平穏の象徴だった。
故に、こんな人を殺した姿を、憎悪にまみれて汚れた顔を見られたくはなかった。

そもそも先生は一般人、魔術とは無縁の人間なのだ。
いつか自分が体に埋め込まれたものによって変貌していったとしても、彼女だけには無関係でいて欲しかった。

「何言ってるの!そんな辛そうな声出して私が放っとけると思ってるの?!」

そんな桜の思いとは裏腹に、大河は自分に関わってこようとする。

「桜ちゃんはそんなことする子じゃないんだから、だから、ね?そんなもの捨てて一緒に帰ろう?
 罪を償っていくことは私もちゃんと支えてあげるから」

ああ、先生はまだ私があの日々に戻れると思っているんですね。
でもダメなんです。だって――

「駄目なんです、もう…。先生は私のこと先輩の家にいる時しか知らないじゃないですか…。
 私は先生の思っているような人間じゃない、化物なんですよ…」

ここで殺した人数だけではない。それ以前にも既に人を死なせたことはあるのだ。
加えてデルタギアが自分によくない影響をもたらしていることはわかっている。もうあの生活に戻れるとは思わない。

なのにそんな私を、先生は助けようとする。そんなことには耐え切れなかった。

「私、ここでどんなことしてきたか知ってますか?もう三人も殺してるんですよ。
 私の罪はそれだけじゃないんです。それに、私の体はもう化物になってるんです」

もう戻れないのならばいっそ突き放してほしかった。化物なんかと一緒にいられないと。

「……やっと本音話してくれたね」

なのに藤村先生はそんな私も受け入れようとする。その優しさがあまりに辛い。

「大丈夫、桜ちゃんがどんなになっても桜ちゃんなのは変わらないから。士郎だってそんなことじゃ絶対見捨てたりしないから。
 だからそれを渡して」

それまで皆が何かを隠しており、肝心なところで支えになってあげられない。そう感じていた大河にとって、桜が自分の本音をぶちまけてくれたのは嬉しかった。

そんな想いを受け入れて楽になりたいという思いと、それまでの行動ゆえに受け入れてはいけないという思い、そこにデルタギアを手放したくないという思いが重なり思考が混乱していく。

「だ、だってこれを無くしたら私は先輩を…、私は…、私は…!あああああああああああああああああ!!!」

これを手放したら先輩を守ることができない。それは怖い。
混乱する思考は、本来ではありえない、藤村大河に襲いかかるという暴挙をとらせる。
本人ですらわけが分かってない。しかし一般人に向けられたそれはとてつもない脅威なのだ。


「ミスフジムラ!!下がって!!」
「あ、ごめんルヴィアさん!これちょっと貸して!」

その様子を見て大河を庇おうとするルヴィアだが、大河は自分のバッグを渡す代わりにルヴィアのバッグに入っていた剣を取り出し桜の前に出てしまう。

「な…っ?!
 マトウサクラ!!止まりなさい!!」

ルヴィアの声も届かず拳を振りかざす桜。
その場にいた誰もが大河の死を確信し、目を逸らす。

キーーーーン

しかし響いてきたのは大きな金属音だった。
目の前を見ると、桜の拳は大河の横を過ぎ、大河の両刃剣は刃のない側面でデルタの頭を打っていた。

「ほらね桜ちゃん、そんなになったって桜ちゃんはこんな私にも勝てないんだよ?
 桜ちゃんは桜ちゃんなんだから」

ドサッ
完全に戦意を喪失したのか桜は座り込む。それと同時にデルタの変身が解除される。
焦点の合わない目を彷徨わせる桜を、大河は抱きしめる。

「ちゃんと私も面倒見てあげるから、士郎と一緒に帰ろ?また桜ちゃんの作るご飯食べたいな」
「藤村…せん…せ――」


「とりあえずはこれで一件落着、といったところかしら?」
「そのようだね」
「あらN、いたんですの?」

Nの存在に気付いたのは、このいざこざに一段落ついた時だった。
今まで何も声を出さなかったこともあり気付くのが遅れてしまった。

「彼女、すごいね。あの人を止めるなんて」
「まあおそらく私には無理なことであるのは確かですわね」

話している間、ピカチュウは複雑そうな表情でNの足元にいた。
自身の主であり友であった人間の敵を殺した人。少なからず思うところもあるのだろうか。

「ミスフジムラにとってよっぽど大切な人だったのでしょうね。だからこそ命を賭けてでも助けようとしたのでしょう」
「大切な人、か」


そう呟いたNが何を考えているのか、ルヴィアには分からなかった。



「…終わったの、よね?」
「きっと大丈夫です。彼女から殺気は感じられません」

真理とタケシの混乱はだいぶ前には収まっていた。
桜を止めるために戦いに割り込むことも考えてはいたものの、ナナリーがあのフジムラと名乗る女の人を信じて見守ろうという強い言葉に従って見ていた。

『…はぁ、人を見る目はやはりお前の方が上か』

ネモの呟きに何が含まれているのか、ナナリーには分からない。
ただ、あの桜の叫びはあまり他人事とは思えないようなところがあった気がする。

「もう大丈夫なんだから、タケシ、それ仕舞いなさいよ」

真理としてはタケシがカイザギアを使わざるを得ない局面に入らなかった安心が大きかった。
また、桜の言っていた自分が化物、という言葉が妙に気になりもした。
しかしそれ以上に思うこともあった。

(…私もあの人みたいに巧を受け入れることができるかな…?)


「あ、あそこにいるのは…、お~い、ピカチュウ!!」
「ピカ?!ピカピー!!」

帽子をかぶった男の傍に見えた黄色いのとピンク色の生き物。
どうやらタケシの探していたポケモンらしい。

ピカチュウ達は走り寄り、青年もその後ろにゆっくり続いている。タケシも駆け出そうとする。






ぞわっ

「…ピカ?!」
「ゲコッ?!」
「え?」
『ナナリー!!タケシを止めろ!!』


藤村大河が、桜がどんなになっても受け入れるといったのは本心である。
彼女にとってもう桜は家族の一員に等しい存在であり、桜にとっても間桐の家族とは比べ物にならないほど大切に思っていた。

もしも化物が彼女の中にいるならそれを退治しても桜を助ける。そんな意気込みもあった。
なにより、そんなもののせいで泣いてほしくはなかった。

だから――

(士郎、ごめん)

桜を抱きしめる自身の背後に、こんな自分でもわかるほどのおぞましい存在を感じ取り、
それが体を切り刻む痛みを感じ取る瞬間があっても。
それに体を食われているのを感じ取っても。

藤村大河は声を上げることもなく、また桜に恨みを抱くようなことは一瞬もなかった。
最後に浮かんだのは、かつて憧れた人の遺したたった一人の家族、彼女のもう一人のとても大切な存在。

【藤村大河@Fate/stay night 死亡】




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