I was the bone of my sword(前編))

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I was the bone of my sword ◆Z9iNYeY9a2



―――――体は剣で出来ていた



「それで、いつになったら僕を楽しませてくれるのかな?」
「………」

北崎の退屈の理由は何となく察しはついている。
彼の望みは自分が最強であるということを示したいという、子供のような自己顕示欲を満たせる戦いをすること。

確かに彼のその望みを自分が満たせているとは思っていない。
バーサーカーとの戦いにしても、彼自身が倒したとはいっても草加雅人の協力があってこそだったし、それにあの直後で復活してしまって倒しきれたともいえない。
それからしばらくは、北崎が休息に入っていたこともあり、北崎の望みを叶えられているとは言えなかった。

まあ、あそこで自分がいなければあるいは草加雅人と鹿目まどかが危機に陥っていた可能性もあるのだが。

ただ、北崎を満たすことができているわけではないというのが彼の退屈の理由ならば少し急がなければならなかった。
あわよくば、彼を殺し合いに乗った者と戦わせ、同時に協力してくれるであろう者を探し、北崎を打倒する。

北崎を倒すことはあくまで通過点、その先にあるものも見据えた上で動かなければならないのだから。
できることなら、力になってくれ得る者と戦わせたくはない。

「分かってるの?さっきのメロって子も敢えて見逃してあげたんだよ?
 君のお気に入りの子らしいからね、もしかしたら君を助けるためにもっと凄いやつを連れてきてくれるかもしれないし」
「彼は私を助けるために戻ってくることはないでしょう。あくまで彼自身のために戦いを続けると、そういう人だと思いますから」

ロロを痛めつけた時とその時の心境の違い、それは彼の興味を引いたかどうかだろう。
あの彼の持っていた瞬間移動のような能力、それに気を引かれた北崎が遊んだだけ。
一方でメロは、身体能力的にも一般人だった。捕えられたら銃で応戦するしかないような、そんな存在に興味を持つ確率は低い。
それが救いといえば救いだったのかもしれない。

「でもさぁ、流石にそろそろもうちょっと自由に動いてみたいなぁってそう思ってきたんだよね」
「それは、どういう意味でしょうか」
「言葉通りの意味だよ。当然君には君で期待してるけど、僕は僕でもう少し色々やりたいからね。
 例えばさ、ここに近づいてくる人達に遊んでみる、とかさ。先に行ってるからすぐに追いついておいでよ」

そう呟いて、北崎はLの額にデコピンを放つ。
ただのデコピンでしかなかったが、予想以上の衝撃を額に受けたLは後ろに仰け反り倒れこんでしまった。

額を押さえながら起き上がったL。
しかしその視界に北崎の姿はない。

あくまでも想定内の、しかし決して喜ばしくない事態に焦りながらもLは北崎を探して、激しい運動に慣れていない体に鞭打って走り始めた。


涙を流しながら士郎の体にギュッとしがみ付いたイリヤ。
士郎の背が涙で濡れるがそんなことを今気にする者はその場には誰一人としていなかった。

「イリヤ、どうしたんだ?」
「分かんない…、分かんないけど、何かすごく悲しくて…」

士郎と巧は困惑して、イリヤ自身もわけが分からないといった状態。
ただ一人、いや、一本。ルビーだけがその理由に想像をつけていた。

(まさか、クロさん…)

さっきすぐに追いつくといっていたクロの合流が妙に遅い。
士郎曰く、青い髪の少女と戦っていたらしく、士郎の目からはクロであれば大丈夫だろうという根拠のはっきりしない、よく分からない保障をされていた。

むしろそういう意味では危険なのはバゼットだろう。相手はあの魔王と最強の英霊。執行者という人間視点であれば上位に入るような者でもどうにかできる相手ではないはずだから。
ではもし、そこでバゼットが敗れ、他の皆が彼らの追撃を受けたのだとしたら。

何かきっかけがあると、事態が事態なだけに思考がどうしてもマイナスな方に行ってしまう。
いや、ある意味ではそれ自体は正しいものなのだろう。最悪の事態を想定しておけば、もしもの時に大きな動揺をせずに済むのだから。
それに、その想定が正しいのかどうかはすぐに分かること。

時刻は、もうしばらく待てばあの定時放送が始まる時間。

もしその放送で心を乱されているようなことがあった際、落ち着けることができる場所が必要となる。
ただでさえ皆傷だらけの状態、そのままの状態でもし殺人者に襲われればそれこそ一網打尽となってしまう。

幸いにして移動する時間くらいは残っているようだ。早く落ち着ける場所へとたどり着いて放送へと備えなければならない。

『士郎さん、ここから病院か、あるいは間桐邸が近いです。今はどちらかに向かうべきだと思いますが、どうしますか?』
「間桐邸…、桜達の家か…。休むならそっちの方が落ち着けるだろうけど、病院ならイリヤの治療ができるな…」
『しかし同じ考えで行動する人がいないとも限りません。むしろそれを逆手にとって殺し合いに乗った者が来てしまう危険性もあります』

ルビーとしてはイリヤの治療自体は急務ではないと考えている。
こうしている今も、ルビーはイリヤを転身させた状態で治癒を続けているのだ。
病院に向かう必要があるとすればむしろ士郎と巧の方だ。

とはいっても、この二人が自分の体に対しての気の使わなさはつくづく見ている。
ここは少し無理やりにでも連れて行くべきかもしれない、とルビーは思考した。

「…お兄ちゃん、病院に行こう」
「イリヤ?」
「お兄ちゃんの体、怪我だらけで痛そう…。私よりお兄ちゃんの怪我を見て」
「俺も同感だ。お前自身だと大丈夫だって言ってるけど、かなりガタが来てるようにしか見えねえぞ」
「巧には言われたくないな。てゆうかそっちの方が重症に見えるぞ」

ともあれ、病院に向かえばいいということはここにいる皆の共通認識となったようだ。
バゼット達もあの戦いではさすがに大きなダメージを負っているはずだ。そうなれば自然と病院に立ち寄るだろう。合流も難しくはないはずだ。

無論、彼女たちが生きていれば、の話だが。

『では士郎さん、急ぎましょう。できれば放送までには到着しておきたいところです』
「?何で放送までに…?まあ、分かった」
「待て」

と、進もうとした士郎を巧は引き止めた。

『誰か近づいてきますね』
「………お前ら、逃げろ」

ルビーが近くに来ている何者かの存在をキャッチし。
それより早く近寄る存在に気づいていた巧は、険しい顔をして士郎達に逃走を促す。

「へえ、久しぶりじゃん。乾巧クン」

若干薄ら笑いを浮かべた、だらしない格好の少年がこちらへと近づいてきていた。

「お前、北崎…」
「そう構えないでよ、君と僕は今は別に戦うような仲じゃないでしょ?同じラッキークローバーなんだからさ」
「…俺はお前らの仲間に入った覚えはねえよ」
「そうなの?へえ~。まあ村上くんなら怒るんだろうけど、僕にとってはどっちでもいいかな?
 あ、でもさ。ってことは今ここで君と戦ったりしても何の問題もないんだよね?」

北崎はそう言いながら笑みを深め。
その顔に灰色の紋様が走ったところで、その姿は巨大な角を携えた龍のような魔人へと姿を変えた。

「こいつも、オルフェノクか…?」

その灰色の体、そして節々に構成されている要素には巧のオルフェノク態との共通点が見られる。
しかし、その身から感じるのは怖気の走るような真っ黒な邪気。
士郎はそれだけで、この目の前の存在が話の通用する者ではないということを察した。

まるで処刑人のようにゆっくりと歩み寄る北崎――ドラゴンオルフェノク。
あえてゆっくりと歩いてくるところが返って不気味だった。

「士郎、逃げろ!」

そう一言叫ぶと同時、巧もウルフオルフェノクへと姿を変えてドラゴンオルフェノクへ向かって走った。

全力でその体に拳を叩きつけるもドラゴンオルフェノクは動じることもなく、逆に返しの手甲の振り上げで吹き飛ばされる。
衝撃で地面に転がりこむ巧。

「巧!」
「君はまあ、面白くはあるんだけど戦ったことあるからある程度はどれくらい力あるか分かるんだよね。
 じゃあ、そっちの君ならどうかな?」

そう言ってドラゴンオルフェノクは、その手に青い炎を作り出し、士郎の元へと投げつけた。

「!」

反応の遅れた士郎、そして周囲を覆う熱と爆発音。

しかしそれが士郎達に届くことはなかった。

爆風の通り過ぎたところで目を開くと、目の前で巧が士郎達を庇うように立っていた。
その体を包んでいるのは灰色の肉体、しかし先ほどとは違う点が随所に見られる。
全身に生えた刃は巨大化し、申し訳程度に生えていた白い体毛はその背中一面を覆っている。
更にその人間離れした脚部はこれまで以上にオオカミのそれに近づいた形を形成し。
その顔はまるで怒りを表すかのように吊り上がった面へと変化している。

「早く行け。こいつ相手だとお前を守りながらじゃ戦えねえ」
「――――っ」

体のダメージはまだ大きいだろうに、そう逃げるように促す巧。

士郎とてあるいは戦うこともできただろう。
巧と共に目の前の魔人を倒すという選択肢も存在しただろう。

しかし、今その背には未だ動けないイリヤがいる。

「分かった、先に行く。
 だけど約束だ。絶対に追い付いてきてくれ」

2秒ほどの迷いの後、士郎は決断し走りだした。

その間も、巧は振り返ることもなく、目の前の敵を睨み続けていた。

「へえ、力入ってんじゃん。昔戦ったときはすぐに終わっちゃったからね。
 だけど今の君なら楽しめるのかな?」
「…?昔戦った?何のことだ」
「教えてほしい?僕に勝ったら教えてあげるよ」

そのまま離れた場所から青い炎を投げつける北崎。
それを回避した巧は、後ろで上がる炎には目もくれずに北崎に向かって拳を振りかざして走った。


イリヤの心中には、ふつふつと罪悪感が湧きつつあった。
もし自分がこんな体でなければ、士郎にそんな負担をかけるようなこともなかったのに。

『イリヤさん、あなたが何を考えているのかの想像はつきます。しかし今は体を治すことに専念してください』
「………」

ルビーの言葉にもイリヤは何も答えない。
ただ、やりきれない思いだけが、その心の中に溜まっていくのを感じていた。

実際、今の自分に戦いができるのかといえば、おそらくはできないだろう。
あの時のバーサーカーから受けたダメージは、魔法少女でなければおそらくはミンチになっていただろうほどのもの。
制限下では完治まで数時間はかかるだろうというのがルビーの見立てだった。

それだけではない。
あの時のバーサーカー。
極大の魔力砲を食らい、体を焼かれながらも攻撃に耐えきりこちらへと攻撃を放ってきたその気迫。
それにイリヤは恐怖していた。

呉キリカから受けた恐怖が理解できない狂気からくるものであるなら。
バーサーカーから感じたそれは、圧倒的な力、超えることができないといえるほどの強大な力に対する恐怖だった。

おかしいと思った。
バーサーカーとはかつて一度戦ったことがあった。
あの時はここまで怯えることはなかったはずなのに。

美遊や凛、ルヴィアと共に戦ったクラスカードの英霊と何が違うのか。

(…………。違う、違うのはバーサーカーじゃない)

確かにバーサーカーの力は強大だった。
クラスカードによる現象と本物の英霊の力の違いもまた大きなものだ。
だが、違うのはそこではない。

怖いのは、そういった者達によって大切なものを失うこと。
共に戦う仲間が、死んでいくこと。
死なないと思っていた凛の名が放送で呼ばれてしまったように。
クロが、バゼットが、ルヴィアが、藤村先生が、乾巧が、――そしてお兄ちゃんが。

イリヤの中には、士郎と共に戦うなどという選択肢はない。
むしろ士郎は守らなければいけないものなのだから。
そして今は、バゼットも巧も近くにいない。自分は戦うことができない。

今のイリヤは、士郎と共にいながらどこまでも一人ぼっちだった。


カシャン


カシャン


カシャン


そんな、イリヤの耳に届いた金属音。
まるで甲冑を着込んだ騎士が、その身の鎧から音を打ち鳴らしながら歩いているかのようなそれに、イリヤは聞き覚えがあった。

かつてイリヤ達を追い詰めた最強の敵であり。
そしてまたこの場においても、イリヤを狙って襲いかかったその足音の主。

「また会いましたね。士郎」
「……セイバー…!」

黒き騎士王、セイバー。
それが、士郎の見据える先にいた。


ドラゴンオルフェノクに対してその拳を、その手の刃を幾度となく打ち付けてきた。
それに反応するかのように、北崎も近づくたびにその手甲を振りかざしている。

今の巧、ウルフオルフェノク激情態の戦闘能力は普段のそれよりも大きく強化されている。
その拳は打ち付けるたびにドラゴンオルフェノクの硬い装甲に少しずつヒビを入れ。
巨大な足から繰り出さえる蹴りもまた装甲の内側に大きな衝撃を与えて北崎に少しずつだがダメージを加えている。

その素早い動きは北崎の攻撃では捉えるのが難しい。
しかし逆に北崎のその一撃が当たれば今の巧は動けなくなるだろう。幾度となく行われた強大な敵との戦いのダメージ、それが大きなハンデともなっていた。
だからこそ、一撃も受けることなく北崎を倒さなければならないのだから。

なぎ払うように振るわれた手甲の爪を体を逸らして避け、その胴体に拳を突き入れる。
体が揺らいで、一歩後ろに下がる北崎。
そのまま追撃を加えようとしたところでカウンターのように突き出された爪を、今度は腰を落として回避。
ドラゴンオルフェノクの腰にしがみつくような形で、巧は北崎に取り付く。

「ずいぶん必死になっちゃってさぁ。そんなにさっき逃げた人間が大事なの?」
「ああ、大事だよ!」

振り払おうとする北崎に対し、巧はその反動を利用して後ろに下がり、逆に北崎の体を蹴りつつ飛び上がる。

「俺はあいつの夢を守るって言ったからな!」

そのまま落下の勢いにまかせてその頭に蹴りを叩き込む。
さしものドラゴンオルフェノクも、頭部への強い衝撃に体をふらつかせる。

地面に着地したウルフオルフェノクは、そのまま片足を地面についた状態で回し蹴りを放つ。
さらに間髪いれず空中からの振り下ろし。
幾度となく、ドラゴンオルフェノクの体に連撃を加えていく。

「だから、お前のようなやつらを、あいつに近寄らせはしねえ!あいつの、士郎の笑顔は、夢は、俺が守ってやる!」

幾度となく振り下ろされる蹴りの速さは北崎をもってしてもその手甲で防ぐのが精一杯。
反撃する暇すらも与えられず、受け止め続ける北崎。

10に届いただろうかという数の蹴りを受け止めたところで、北崎の手甲が砕け散る。

「うおおおおおおお!!」

そのまま北崎の体に飛び膝蹴りを打ち込み、体を数メートル後ろに吹き飛ばし。
さらにそこから追撃をかけようと拳を振りかざしたところで。


「調子に乗るなよ」

子供のようにゆったりしていたはずの声がいきなり低くドスの利いた口調へと変化し。

拳をその胸に叩きつけると同時、ドラゴンオルフェノクを覆っていた硬い外骨格が砕け散った。
これまでに比べてあまりにあっけない手応えに違和感を感じた巧は、次の瞬間傍を高速で通り過ぎた何かにその体を吹き飛ばされる。

「!」

動揺しつつも何かが通りすがった先に視線を移した巧。しかし、

「どこを見てるの?こっちだよ」

その声は背後から届く。
反応して思わず振り向いた巧。

その瞬間、一秒足らずという時間に10発の拳が巧に襲いかかった。
反応することすらできず、まるでかつて自分が使ったファイズのアクセルフォームのごとき速度で繰り出された攻撃をまともに受けてしまう。

よろめいた先でさらに追撃をかけるドラゴンオルフェノク・龍人態。
裏拳を叩きつけ、大きく振りかぶってなぎ払い、雷を纏った正拳を打ち付ける。

それらの動作が、巧視点では一瞬の出来事。
いくらウルフオルフェノク激情態であっても反応しきることはできない。

そのまま膝蹴りが胴体を捉え宙に打ち上げられ。
数メートルほど巧の体が浮き上がったところで、雷を纏った北崎の足が思い切り振り下ろされ。
地面に叩きつけられたところで、まるでそのタイミングを狙っていたかのように北崎の手から作り出された巨大な青い炎が巧の体に投げつけられた。

「ぐ!ああああああああああああああああああ!!」

青い炎が爆発し、巧の体を包み込む。
巧の絶叫と共に、広い浜辺のまっさらな砂地に青い火柱が上がる。

手応えとその絶叫から攻撃の命中を確認した北崎。
その巧の様子が見える位置まで近寄る。

「あーあ、もう終わりかぁ」

そこに倒れ伏していたのは、人間の肉体に戻った乾巧。
息はあるようだが意識はなく、これ以上の戦闘続行は無理そうだった。

「この前の時よりはまあ楽しめたけど、やっぱり僕の方が強いんだよね。
 そうだなぁ。じゃあせっかくだし、君の守るって言ってた彼らを追いかけてみようかな。じゃあね」

そう言って巧に背を向けて去る北崎。
彼の興味はもはや巧にはなく、むしろここから逃げていった二人に向いてしまっていた。

それから数分くらいの時間。
動く者もなく静寂に包まれた空間。
ピクリとも動かずクレーターのように抉れた地面の中心に伏した巧の元に。

「大丈夫ですか?」

静かに駆け寄る男が一人。

「…あ、いて…」

そんな声に反応するかのように、小さく痛みを訴えながら意識を取り戻す巧。
薄く目を開いたところにいたのは、猫背で姿勢の悪い、見るからに不健康そうな男。

「北崎さんはどちらに向かったか、分かりませんか?」
「…あ、あんたは…?」
「私はLです、殺し合いには乗っていません。
 北崎さんを抑えておくことができなかったのは私の責任です、早く彼に追いつかなければいけません」
「あいつなら…、士郎達を追って、たぶん向こうだ…」

と、巧はLにその方向を指さす。

「ありがとうございます。あなたはここで休んでいてください。私が何としても彼を止めますので」
「おい…、待て…!」

巧に背を向けてその方向に走ろうとしたLを呼び止める。
声を出すのも辛そうなほどにダメージを受けているようだが、その痛みに耐えて絞りだすかのような声だった。

「俺も、連れて行け…!」
「…あなたはしばらく休むべきです。北崎さんのことは私がなんとかします」
「知るか…、早く行かねえと、士郎が…!」

よろめきながらも立ち上がろうとする巧。
きっと、彼は自分が連れて行かなかったとしても北崎を追うのだろうと、Lの目にはそういう男に見えた。

足元もおぼつかない巧に、慣れないことではあるがLは肩を貸す。

「もし何かあっても私はあなたを守れません。私にできるのはあなたを連れて行くだけですよ」
「構わねえよ…」

重傷を負った怪我人ではあるが、意志がある以上自分ひとりよりはマシだろう。

さっきよりも随分と移動速度も落ちてしまったが、一歩ずつ、巧を担いだLは北崎を追って歩き出した。



士郎の目の前に立っているのは、深夜に出会い、戦ったセイバー。
その体中には細かなキズ、汚れこそあるが、連戦続きでボロボロのこちらと比べてもコンディションの差は歴然だった。

何故かセイバーの後ろには自分と同じくらいの歳であろう少女の姿が見える。
その挙動不審な様子から見て、彼女に無理やり従わされているのではないのかとも思わなくもないが、セイバーと比べれば敵意は感じないのが救いだろうか。


「夜の別れ際に言いましたね、次に会うことがあれば、イリヤスフィールを貰い受ける、と」
「………」

一方でセイバーの敵意は本物だった。
たとえ自分であっても情け容赦などしてくれないだろう。

加えて、今背負っているのは動けないイリヤ。
そのイリヤも、セイバーのその様子に恐れるように震えている。

『士郎さん、逃げましょう』

ルビーははっきりとそう言った。
今の士郎が戦っても、セイバーに勝ちうる可能性がどれほどあるかと言われれば恐ろしく低いだろうと。

それは士郎自身はっきりと自覚していることだ。

しかし。


震えるイリヤが、士郎の背で服の裾をぎゅっと掴む。
回復のために転身しているイリヤのその握力は士郎の服を握りつぶさんばかりのもので、だからこそ彼女の恐れが士郎にも伝わってくるようだった。

「ルビー、今のイリヤは一人で逃げることはできるか?」
『激しい動きはできませんが、空を飛んで逃げるのであれば何とか。しかし回復に回した魔力を使うことになるためイリヤさんの怪我の完治が遅れます』
「今は仕方ない…。イリヤ、俺がお前を下ろしたらとにかく逃げろ。俺が時間を稼ぐ」

セイバーの歩みはそう速いわけではない。といっても、もしここで背を向ければ彼女の発する黒い霧が飛ぶ斬撃となってこちらに襲いかかるだろう。
だから、イリヤを逃がすなら今しかない。

しかし、イリヤは動かない。

「イリヤ?」
「ダメ…、行かないで」

その背にしがみついたイリヤは、士郎の言葉を受けてもそこから離れようとしなかった。

「大丈夫だ、頃合いを見てすぐ俺も追いつくから」
『イリヤさん、ここは離れましょう。というか私達が一緒にいては士郎さんも逃げることができません』
「嫌…、離れたくない…」
「……イリヤ、これ以上ワガママを言うようだと、お前のこと嫌いになっちゃうぞ」

士郎としてもそんなことは言いたくはなかったが、ここは心を鬼にしてでも逃さなければならない。
するとその言葉が予想外に効いたようで、イリヤは握っていた士郎の服を手放した。

「ルビー、頼んだぞ。俺もすぐに追いつくから」
『了解しました、あと士郎さん、くれぐれもその腕は使われないように』

と、イリヤはルビーの先導の元で低速ながらも空を飛んで移動していった。

背後からイリヤの気配が感じなくなった辺りで、張り詰めていた気を少しだけ緩めてセイバーへと向かい合う。

「…待っていてくれたんだな」
「彼女を捕らえたければあなたを倒してイリヤスフィールを単独で追った方が都合がいいですから。
 二人同時に相手をすればさっきのようなことになりかねませんし」

セイバーの手の魔剣がキラリと煌く。
片手で無造作に構えられた剣は、しかしいつでも振りかざせるような体勢だ。

「ユカ、ここで近づく者がいないかどうか見張っていろ」
「は、はい」

傍にいた少女にそう命じるセイバー。

そして士郎もまた、剣を構える。
手にしたのは陰陽の双剣、干将・莫耶。

目の前にいるのは、最優のサーヴァント。今は宝具を持ってはいないがその技量に衰えはないだろう。
鍛錬であっても彼女に一本も取ることができなかった自分でどこまで食いつくことができるか。

いや、それは違う。
食いつくことができるか、ではない。食いつかなければいけないのだ。
もし自分が負けるようなことがあれば、イリヤに被害が及ぶのだから。


重厚な鎧の音を立てながらこちらへと走り来るセイバーに向かって。
士郎は双剣を構えて迎え撃った――――



浮遊する体は、空を飛ぶ心地よさとは裏腹に最悪の気分とコンディションだった。
というか、移動するたびにこれまでは感じることがなかった魔力消耗による気分の悪さが体を蝕む。
体の内側の痛みは収まってはいないのにこの状態が続くというのが最悪な気持ちだった。

『イリヤさん、もう少しの辛抱です。大丈夫、士郎さんも追い付いてきてくれますって』
「………」
『ほら、昔言ったじゃないですか。魔法少女は笑顔が武器ですって。
 イリヤさんにはそんな暗い顔は似合いません、もっと明るく笑顔になりましょうよ!』

キラキラという効果音を立てながらイリヤに元気を出してもらおうと、ルビーは魔力の小さな光を撒く。
が、しかし、イリヤの表情は晴れることはない。

「ねえ、ルビー」
『何ですかイリヤさん?』
「もしあそこで、私がバーサーカーとちゃんと戦ってたら、こんなことにならずにすんだのかな?」

バーサーカーの一撃を受けたあの瞬間。
もしもあの一撃に慢心せずにちゃんと対応していたら。こんな状況にはならなかったのではないのか。

クロとバゼットを残し、巧を置いていき、そして士郎をも一人戦わせて自分一人逃げ残り。

「こんなふうに、皆の足手まといにならなくてすんだのかな…?」
『それは結果論でしかありません。そもそもバーサーカーがあの砲撃を受けきったのだって私にも想定できませんでしたし』
「………」
『まあ、今回は運がよろしくなかっただけですよ。そう悪いことなんて、ずっと続きはしませんってきっと―――』





「へえ、君空飛べるんだ。気持ちいい?」

ふとそんな声が、空を飛んでいるはずのイリヤの耳にはっきり聞こえたその瞬間。

数メートル上空を移動していたイリヤの視界が衝撃と共に反転した。




双剣の振り下ろしを、防ぐ必要もないと言わんばかりに躱され。
相手の素早い一閃がこちらをとらえた。

どうにか受け止めたものの、その衝撃は両腕に伝わって、その手を痺れさせる。

だがそれに動きを鈍らせている暇はない。

返すその剣が狙うのは、こちらの首筋。

「っ―――!」

本来であれば避けられないと思っただろうその一撃を、しかし士郎はどうにか防ぎきった。

逸れた剣は顔の皮一枚を切り裂くに留まり、そのままセイバーは一気に後ろに後退。体勢を立て直す。


「ぁ…はぁ、はぁ…」

互いの剣の軌道から離れたところで、士郎は息を切らせる。



そもそも、勝てる戦いではなかったのだ。
ここで最初に会った時は、セイバーの今持っているグラムの補助を受けていて。
なおかつそれごと吹き飛ばされそうになった時にイリヤが攻撃を防いで。
その隙を突いてどうにか一撃を入れることができたのだ。

一対一の戦いではどうにかなるような技量の差ではない。
たとえそれが時間稼ぎであっても。

「無駄なことを。あなたが稼いだ時間程度で、私がイリヤスフィールを見逃すと思うのですか?」


だが、それでも。
諦めるわけにはいかない。


イリヤをセイバーに渡すわけにはいかないのだから。


「何故そのような体で、勝てない戦いにこうも挑むのですか?」
「そんなもの…、決まってるだろ…。イリヤを守るためだ…!」
「イリヤスフィールを守る、ですか。ですが士郎、あなたとて気づいているはずだ。
 あのイリヤスフィールはあなたの知る彼女ではないことに」
「………」

ああ、そうだ。確かにあのイリヤは俺の知っている彼女とは全く違う存在だ。
そんなことにはとっくに気づいている。

「それが、どうしたって言うんだよ」
「あなたの守らなければならない者は他にいるはずだ。
 凛亡き今、彼女を、間桐桜を救えるのはあなただけだ。
 そんな、どこの誰ともしれない者のためにあなたは命を投げ出すつもりか?」
「それ――――は―――」
「今一度だけ問います。そこを退きなさい、士郎。
 そうすれば今はあなたを見逃してあげます」

セイバーはそう告げると、構えていた剣を下ろす。

おそらくは見逃す、というのは本当だろう。
これがもし騙し討ちをするための策であるのだとしたら彼女らしくない。
いや、そもそも彼女はそんな卑怯な策など使わずとも自分を一瞬で斬り伏せることもできるだろう。

だから、ここで通せば自分は生き残れる。
桜のためには、それが最善だと。



「――――――断る」

だというのにその申し立てを、俺はきっぱりと撥ねつけていた。

「そうですか。そういえば元よりあなたには他者より己を優先するという考えはありませんでしたね」

今の言葉が最後の、セイバーなりの情けだったのだろう。
グラムを構えるその姿には、もはや鋭い殺気しか残っていない。

「ではシロウ、覚悟を」

こちらも干将莫耶を構え、次なるセイバーの手に備えた。
たとえ打ち勝つことはできなくても、受け止め、退くことくらいはできるはずだから。


と、その時だった。


「楽しそうだね、君たち。僕も混ぜてよ」

そんな言葉と共に現れたのは、一人の少年。

セイバーはこちらの後ろにいる少年を見据え、大きく目を見開いていた。
そのただならぬ様子に、不用意ではあったが思わず振り向き。

「――――――っ!」

10メートルほど離れた場所にいる少年。
それはさっき巧が相手をしていたはずのあのオルフェノクの少年。
巧と戦ったというはずなのにその体はピンピンしているようで。


そしてその少年の手には。
左手には、首を掴まれたままじっと動かないイリヤがいて。
右手にはジタバタとその手から逃れようと動くルビーが握られていた。


巧はどうしたのか、とか。イリヤが何故そこにいるのか、とか。
色々と問い詰めなければならないことがあったはずなのに。
それら全てが、その光景を見ただけで吹き飛んだ。


「ユカ!」
「え、あ、はい!」

一方セイバーの反応もまた早かった。
後ろの少女の名を呼びかけると、混乱しつつも少女はその少年に突撃をかける。
走りながらその姿は鳥をイメージする白い姿へと変化。
彼女もまたオルフェノクであったということを知るが、それに意識を裂くことはできなかった。

おそらくあの呼びかけはイリヤを取り返せという意味だったのだろう。
それを知ってか知らずか結花は北崎に挑みかかるも、鎧袖一触、変身すらしていない北崎の蹴りを受けて弾き飛ばされる。

「まあ、そんなに熱くならないでよ。この子とはちょっと遊ばせてもらっただけで、まだ生きてるからさ」

と、そう言って無造作にイリヤを掲げる北崎。
よく見ると意識を失っているわけではなさそうで、しかし体の激痛と北崎に対する恐怖で息を乱すことしかできない様子だ。



頭が沸騰しそうになった。
何も考えられなくなりそうなほど、その光景に怒りを覚えている自分がいた。


「貴様、イリヤスフィールに何をした」
「ああ、この子?珍しいからちょっとちょっかい出してみたんだけど、全然面白くなくってさ。
 せっかくだからこっちに来た方が面白そうかなって連れてきてみたんだ。こっちの変な道具はちょっとうるさかったけどさ」
『ぐぬぬ、離せー!!』

と、じたばたもがくルビーを意に介すこともなく、北崎は話す。

「それで来てみたら、何か楽しそうなことしてるみたいだし。
 まあ邪魔するのも悪いし続けてよ。それで勝った方が僕と戦うんだ。
 見た感じ二人ともこの女の子が大事って風だし、それで勝ったやつがこの子を好きにできるって、そういうのでどう?」
「―――――てめぇ…!」

ふざけるな、とか。今すぐその手をイリヤから離せ、とか。
そんな言葉も出てこないほどに、今の自分は怒りの感情に支配されていた。

「ほら、続けて続けて。二人同時にってのもいいんだけど、ちょっと面倒だし今は観客になるのもいいかなって思ったからさ」
「………」

カシャ、と。

セイバーは剣を構え直す。
焦りこそ微かに感じるが、その剣に迷いはない。

イリヤを確保するための、一つの障害にすぎない、と。
そう見方を変えたのだろう。
急がねば、イリヤの命が危ないのだから。

だが、こちらもおいそれと命をくれてやるわけにはいかない。
彼女を守らなければいけないという想いは同じ、いや、セイバー以上に強いのだから。

もしこの場で問題があるのだとすれば。
イリヤが捕らえられたことで、退路を失ったということ。


一閃を全力で受け止める。
返す刃でセイバーの脇へと剣を振りぬき。
しかし届かない。

いくら剣を振るったところで、最優とも言うべきセイバーの技能と、化け物じみた直感を越えて攻め立てることはできない。
それは、他でもない俺自身が一番よく知っているはずだ。


しかし、退路を絶たれた以上、今はセイバーを倒すために剣をふるうしかない――――!


『12:00、定刻通り死亡者、並びに禁止領域の発表を始めよう』

何か声が響く。
だが無視。
今そんなことに気を取られている暇はない。

己の感覚の全てを、セイバーに対しての攻撃に集中させる。
まだだ。まだ感覚を研ぎ澄ませろ。
一瞬でもいい。動きの中にセイバーを倒せるだけの隙を見つけろ。


『死亡者はナナリー・ランペルージ、ロロ・ヴィ・ブリタニア――――』

旋風を越え、暴風のように矢継ぎ早に繰り出される剣撃を受け止める。

ああ、そうだ。今は戦うことだけを考えろ。
今だけは、桜のことも、イリヤのことも頭から離して戦わなければ、彼女には勝てない。

『―――ア、藤村大河、クロエ・フォン・アインツベルン、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、バゼット・フラガ・マクレミッツ―――――』

今だけは、この時だけはこの体だけではない。
心も刃として戦わなければ、セイバーに届かせることはできない。

手にした干将莫耶が幾度にもなる打ち合いで悲鳴を上げている。
だがもう少しだ。もう少しだけでいい。持ってくれ。

それで、彼女に一撃を入れることができれば―――――――――――













―――――――藤村大河。


「えっ」

そんな名が呼ばれた気がした。
戦いのみに心を委ねていたはずの自分の中に、そんなあまりに馴染みの深い名が呼ばれて。

何故その名がここで出てきたのだろうと思考して。
その意味を理解した瞬間。

セイバーとの戦いの最中という、一時も手を抜くことなどできないというこの状況の中で。

思考が完全に漂白した。


―――――――――ザシュッ




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