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少女よ立ち向かえ―進撃の狂戦士

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少女よ立ち向かえ―進撃の狂戦士 ◆Z9iNYeY9a2


私は何も知らなかった。

ただ、与えられた日常を普通に生きて、それが当然のことのように過ごしてきた。
それが誰のおかげなのかも考えずに。

きっとお父さんやお母さんはそれでいいって言うんだと思う。
知らなくてもいいことまで知る必要はない、とか。そんなことを言ってくれそうな気がする。

それと向かい合わなきゃいけなくなったのはクロが現れてから。
私が本来背負うはずだった重大な役割と、それを代わりに背負った存在が現れて。

それでもまだ私は実感していなかった。その使命がどんなものだったのか。

そして私は、この殺し合いの中でその本来の役割を背負った私を知っているお兄ちゃんに出会って。
お兄ちゃんはそのイリヤじゃない”私”を守って死んでいった。

正直、この時の私はまだそんなことをそこまで意識はしていなかったかもしれないけど。
私は一つの真実から目を背けずに戦い続けなければならない時が迫っているのかもしれない。
お兄ちゃんに、衛宮士郎に守られた者として。



広い庭を包む静寂の中。
昇った日も既に下りに入り影も長くなりつつある。

そんな空間に、一つの桃色の光が奔った。

直進する桃色の魔力の塊は庭に生えた木々の中になる一枚の葉を撃ちぬく。
そのまま焼け焦げ灰になった葉が地面に舞い落ちるまでに数秒の間。

そこでその葉がついていた枝が風切り音と共に鋭く切断。
そして地面に落ちる直前。

弾けるような音と共に、その枝に向かって放たれた複数の光弾に弾き飛ばされてバラバラに弾けて地面に落ちた。

『ふむ、魔力行使による体への影響も軽微、身体機能にも問題は見られません。
 ダメージはほぼ完治したとも言っていいでしょう』

そんな、光の着弾した地点から10メートルほどの場所でステッキを構えているイリヤ。
ピンク色の衣装を纏い純白の髪飾りを携えたその姿は戦いに赴く際のそれそのものだ。

しかし今は敵と戦うためにその場にいるわけではない。
体の痛みもほぼ完治し、もしもの時が起こった際のために身体機能のチェックをルビーが行うためのもの。

だがイリヤの身体機能にはほぼ問題なく、現状であれば戦いに赴くことがあっても大きな問題は発生しないだろう。
少なくとも肉体的には。

「こうなるのが後2時間早かったら…」
『それ以上はいけません。その後悔には意味がありません』

怪我こそ治っている。しかし精神面にはまだ気負うところがないわけではない様子。
少なくとも先のチェック中には咄嗟の判断、機転に問題を残すようなものではなかった。
しかし実際の戦いになったらどうなるか、それがルビーにとって僅かに残った不安だった。

「ねえ、せっかくだし新技の開発とかしない?もしあの時戦ったゼロとかバーサーカーみたいなのと戦う時のためにさ」
『まあ確かに彼らに対する対抗打も必要ですが、今のイリヤさんがそれをするのは正直あまりオススメできません』
「…何でよ」
『戦うこと、倒すことではなく生き残ることを考えましょうイリヤさん。今のイリヤさんにはそうまでして戦わなければならない理由はないんです。
 その時がもしくるようであれば私も考えますが、今のイリヤさんのように敵を倒すことに思考を囚われるのであれば協力しかねます』
「………」
『士郎さんがどうしてイリヤさんを守りぬいたのか、それを忘れないで下さい』

イリヤ自身も無意識でありながらもその通りである事実を指摘され口を噤む。

「でも、巧さんも美遊達もみんな出てるのに、私ばっかりこんなところで休んでていいのかな…?」
『あの時はイリヤさんは怪我人でしたし、それに万が一ここを誰かが攻めこんできた時ここを守れるのはイリヤさんだけですよ』
「………」

諦めて転身を解くイリヤ。
ルビーの言うことは事実であるし、皆が戻ってくるまでこの場を守るのも自分の役割だろう。

(『同じことはきっと美遊さんの連れてきた少女にも言えそうですけど、彼女の場合さらに複雑な事情があるらしいですしねぇ』)

と、ルビーが向いた先にある屋敷の一室。
乾巧ともう一人の少女が出立する前に目を覚ました一人の少女が寝かされている部屋。


「さて、落ち着きましたか、まどかさん?」
「Lさん……、草加さんは…?」
「今ここにはいません。もしかすると例の約束で病院にいるかもしれませんが、そちらには美遊さん達が向かっています」

ベッドの上に体を横たえているまどかと、そのベッドの傍に椅子を置き体操座りをしているL。
現状安静にしなければならない状態の続くまどかは下手に体を動かすこともできず。
しかし目を覚ましたのであれば聞いておかねばならないこともある。

「さて、今体調的にお辛いと思いますがお聞きさせてもらいたいことがあります。
 さやかさん達の知っておられる魔女なる者の存在についてです」
「美遊ちゃん、話しちゃったんですか?」
「ええ、全て。しかし安心してください、これを聞いたのは私だけです。さやかさんはあくまでも織莉子という人物にまどかさんの命が狙われた、ということしか話していません」

その事実に心中胸を撫で下ろすまどか。
Lはそんなまどかの様子を見ながらも話を続ける。

「魔女、一応美遊さんから話は伺っていますが、もう一度教えてもらってもよろしいでしょうか?
 それも可能な限り詳細に」
「えっと…」


そうしてまどかは自分の話せる限りのことはLに話した。
が、案外真新しいといえるほどのことはなかった。

まどかの話したことは美遊や草加と同じことだった。
しかし美遊は記憶力が優れており、まどかの言ったことはほぼLに伝わっていたのだ。
問題というほどではないが、ただ若干の期待外れなところを感じる部分もあった。
まあそれはまどかの責任でもない。言ったところでどうにもならないだろう。

なら、その先の話を聞くべきか。

「なるほど、それが全てですか」
「はい…、私、魔法少女にもなれてないから魔女のこととか全然分からなくて…。
 ごめんなさい…」
「まどかさんが謝る必要はありませんよ。
 ところで、ではその魔法少女や魔女のことをもっと詳しく知っていそうな方に心当たりはありますか?」
「えっと、マミさんは魔法少女になってかなり経ってるらしいけど魔女のことは知らなかったらしいですし…。
 ほむらちゃん、暁美ほむらって子なら何か知ってるんじゃないかって」
「なるほど」
(あとは、美国織莉子か―――)

暁美ほむらか美国織莉子。
この二人の魔法少女が魔女について他の鹿目まどかの知り合い以上の知識を有していると考えてもいいだろう。

今は手元にある情報から少しずつ推察していくしかない。

「ありがとうございました、まどかさん。
 傷も痛むでしょうし、しばらく休んでいてください」
「………いいんですか?」
「?」

Lが退出しようとしたところで、その背にまどかから小さな声で疑問が投げかけられた。

「美遊ちゃんもさやかちゃんも、みんな頑張ってて、特にさやかちゃんなんて今も危ないのに、私はこんなところで…。
 それに、美遊ちゃんから聞いてるんですよね?織莉子って魔法少女がどうして私の命を狙ったのかって……」
「はい、聞きましたね」
「なのに私は、こんなところで何もせずに待っているだけで…。
 Lさんは、こんな皆に守られるしかできない私が、それで皆に迷惑をかけることになる私が、いてもいいんですか?」
「質問の意図がよく……、いえ、なるほど。そういうことですか」

鹿目まどかは現状の自分が何かを成すことができないこと、それどころか生き延びれば織莉子に言われたこと―世界に害を成す者であることを気にしている。
自身の本来そうありたいという姿と、実際に存在する自分のもたらすだろう姿の違いを受け入れられず、なおかつ現状の自分が理想と違い何もできていない現実に板挟みになっている。

だが、理由が分かったとしてもそれを解決できるかは別問題だ。
今のLには考えねばならないこともある。

かといってこのまま放置もできない。
どうしたものか、と思ったその時だった。

部屋の扉がコンコン、と鳴り開いたのは。

「私よ、まどかちゃんは大丈夫かしら?」
「だいぶ安定しています。あとは心の問題ですが」
「そう。少しお茶を入れたのだけど、まどかちゃんには大丈夫かしら?」

と、扉を開いて盆に乗った茶器を運んできたのはシロナ。
まどかには初対面だが、不安がらせないように優しい笑みを浮かべて安心させる。

「では、私は退室した方がいいですか」
「そうね、女の子同士の会話に割り込むのはさすがに野暮よね。
 これ、あなたのぶんよ」

そう言って、Lに茶器を渡すシロナ。

「ありがとうございます。では」

受け取ったLは、シロナと入れ違いに部屋から出て行く。
そのすれ違い様に、小さな声で、

(まどかさんのことはお願いします)

そう短く告げて。

残ったのはベッドの上に横たわったままのまどか、そしてそのベッドの縁に静かに座り込んだシロナのみ。
寝転んだまどかでも飲めるよう、タンプラー型でストローの刺さった容器をその手に渡しながら話しかける。

「鹿目まどかちゃんね、私はシロナ。あなたのことはさやかちゃんから色々聞いてるわ」
「さやかちゃんから…。何か言ってましたか?」
「大事な友達だって、ね。そう言っていたわ」
「そう、ですか……」

さやかからどういう評価を受けていたのかを聞くまどかはとても不安そうにしていた。シロナの回答で安心したようではあるが。
友達が言うことなのだ、普通なら悪く言うはずはないのだが。

「もしかして、さやかちゃんと最後に会った時に喧嘩でもしてたの?」
「……………、はい…。
 さやかちゃん、自分が人間じゃなくなったことと上条くん…さやかちゃんが好きだった子と友達が付き合うかもしれないってことに挟まれちゃって。
 なのに私、あの時さやかちゃんに何もできなかったから…」

まどかにとってのさやかへの引け目、その大きな一つがそんな喧嘩したまま別れたことが彼女との最後のやりとりになってしまったこと。
あの時のさやかの拒絶の表情と言葉は未だに脳裏から離れてはいない。
自分が怪我をしていたこともあり、もしかしたら自分の前ではそれまでのことを表に出さずにいてくれただけだったのかもしれないと。
そしてもし自分のいないところで別のことを言われていたら、とても耐えられなかったから。

「それなら大丈夫よ。
 さやかちゃんはそのことを本当に気にしてないのかそれとも知らないのかは分からないけど、そんなこと全然言ってなかったわ。
 まあ、ちょっと色々あってさやかちゃん自身迷ったりはしていたけど、それは彼女の問題。まどかちゃんのせいじゃなかったし」

シロナの脳裏に浮かぶ、ガブリアスに致命的な傷を負わせたことを謝罪するさやかの姿。
あの時の彼女はゲーチスにつけ込まれるほどに迷いを、精神的な弱さを露呈させていたのだと思う。
きっと、同じ魔法少女である佐倉杏子を殺したこと、そして巴マミに撃たれたこと。それが大きな原因だろう。
しかしさやかは今、その巴マミに会うために出立したのだ。その弱さと罪に向き合うために。
それに鹿目まどかという少女が原因となる要素はない。

「ただ、それでもそんなさやかちゃんをちゃんと支えてあげる友達っていうのはとても必要なものじゃないかしら?まどかちゃん」
「私に、さやかちゃんを支えることなんて…。私なんて何の力もない中学生だし、さやかちゃんみたいな魔法少女の力なんて…」
「ううん、そういうことじゃないのよ。支えてあげるってことは。
 友達っていうのはね、隣にいてくれるだけで安心できる、嬉しい気持ちにしてくれるようなものなのよ。一緒に戦えるかなんてその一つの要素にすぎないわ。
 まどかちゃんだって、目が覚めた時隣にいてくれただけで嬉しかったでしょ?」

まどかの怪我をどうにか治療できないかと四苦八苦している間、部屋の外でずっと待っていたのはさやかだった。
そしてまどかが目を覚ましたと聞いて真っ先にこの部屋に飛んできたのも彼女だ。
それだけでも、さやかにとって鹿目まどかという友人がどれほど大切なものなのか伺える。
そしてそれはまどかにも言えることだ。

「だから、ね。そんなふうに自分がいない方がいいとか、自分じゃ何もできないとか、そんなこと考えなくてもいいのよ。
 さやかちゃんはあなたのこと、大切に思ってるんだから」
「それじゃあ、もし私が皆にとんでもない迷惑をかけるかもしれないことになる可能性があったら?
 例えば、私が死んだら世界が滅びちゃうとか、そういうものだったりしたら?」

まどかの心中にある闇。
その大きな部分を占めているもの、自身の魔女化による世界への影響。
美遊にも言ったことだ。
もしそうであるならば自分の生は肯定されないのではないか?と。

まどかは自分なりに質問の理由をぼかすようにシロナにその問いかけをしていた。
そんな思いが残っている限り、まどかに生きようと思う意志など生まれるはずがないのだから。

「いつかきっと、みんなに迷惑じゃすまないようなことするかもしれない…、そんな子だったとしてもシロナさんは一緒にいたいって、本当にそう思いますか?」
「じゃあ逆に聞かせて欲しいんだけど、どうしてあなたは一緒にいちゃいけないって、そう思うの?」
「だって……」

少し言い淀み、まどかはシロナに返された質問に答える。

「うまく言えないですけど、なんかこう、嫌じゃないんですか?そういう人が一緒にいたら、皆に迷惑、どころじゃすまないことしちゃいそうですし…。
 皆に嫌われるくらいなら、いないほうが……」
「まどかちゃん」

口を走らせるまどかを一旦止めさせるシロナ。

「とりあえず一回落ち着きましょう。そのお茶、飲んでみて」

シロナに促され、まどかはずっと手に持っていた容器のストローに寝転んだまま口をつける。
冷えたお茶が口の中を潤し、香ばしい紅茶の香りが広がる。
自覚していなかったが体は水分を求めていたようで、砂糖も入っていないはずなのにその味はとても甘美なものに感じられた。

「…おいしい」
「落ち着いた?」
「はい、少しは…」
「それじゃあさっきの話の続きだけど。
 例えばの話ね。まどかちゃんとさやかちゃんの立場が逆だったと想像してみて。
 魔法少女として戦っているのがあなたで、戦えないさやかちゃんを守る立場にいるって」
「…えっと」

憧れていた魔法少女として戦うのが自分で。
そしてさやかが魔法少女にならず一般人として戦いを見守っていたという想像。
いつもさやかに引っ張られてばかりのまどかには少し難しいものだったが、どうにか脳裏に浮かび上がらせる。

「それで、戦うあなたを見ていたさやかちゃんがもしも、今のあなたが言ったようなことを言ったとするの」

何もできない自分の無力を呪い、しかし魔法少女になってしまえば魔女を生んでしまい世界を終わらせてしまう。
そんな状況に陥ったのがさやかだったら。
きっと、彼女であっても絶望するだろう。

「ねえ、そんな時まどかちゃんはさやかちゃんを捨てられる?」

そんなさやかを、自分は見捨てられるかと。


「そんなわけ、ないじゃないですか」

まどかはその返答をすることに微塵も迷いはしなかった。

一人危険な戦いに身を投じる彼女にもずっと付き添ってきた。
最後にさやかに拒絶の言葉を投げられた後もずっと気にかけてきた。
魔女となった後でさえも、僅かな奇跡に希望を託してかつてさやかであった魔女の前に立ってきたのだ。

「そうなっても、私はさやかちゃんを見捨てたりなんてしません。
 もしみんながさやかちゃんの敵になっても、私は絶対にさやかちゃんを守ります」
「それは、さやかちゃんも同じこと考えるんじゃないかしら?」
「……あ………」
「そんな状態でもしさやかちゃんが勝手に死んだりなんてしたら、あなたは当然悲しむでしょ?
 それはきっと、さやかちゃんも一緒のはずよ?」

シロナは話しながら考えていた。
この子は心優しい少女だ。他者を思いやる心はとても強い。
一方で、その優しさが自分に対して向いている比率がとても低いのだ。
そして詳細は分からないが、本人の意志とは無関係な何か重いものを抱えている。

罪を背負ってしまった事実に苦しんださやかとは別の危うさ。
それがこの少女にあるのだと。

「それでも、…私は―――」
「はい、この話はそれで終わり。今のまどかちゃんはとにかく休んで体力を回復させることを気にしていればいいの。
 さやかちゃんだって、その方が安心できるんだから」

まどかの肩をポンポンと叩いて励ましつつ、傷の様子を確かめる。
現状止血はうまくいっているが、下手に衝撃を与えたりなどしたらまた開く危険がある。

「体、怠かったりとかしない?」
「…ちょっと動かしにくいような気は……」
「そう、じゃあもう少し待ったほうがいいかしらね。これを使うのは…」

まどかの傍に置かれた道具、薬らしきものととんがり帽子。
それはまどか自身に支給されていた道具だった。

「そうね、もう少しお話しましょうか。
 そうすれば気分もきっと紛れるわよ」
「…………」

そう微笑みかけ、シロナはまどかの傍で話し始めた。



そうして静寂な時が過ぎるはずの間桐邸。
しかし、そこには確実に近づいてくる者がいた。

さながら暴風のごとく、過ぎ去った後には蹂躙跡以外何も残さなくすることすら可能な存在が。




それは何でもない、小さな思い出。

彼にとっては別段驚くべき強敵と戦った、ということもない。
ただ主の指示に従い他のマスターの元へと戦いに向かった後のこと。
戦いそのものには何の滞りもなかった。
敵は自身の力をもって圧倒し、敵マスターにも大きなダメージを負わせた。戦況そのものはこちらの圧勝だった。
しかし、マスターの行動――己のサーヴァントを庇い飛び出すという行為を見たマスターは気が変わったかのように撤退する指示を出したのだ。

無論こちらにはその指示に逆らう意志などない。トドメを刺すことなく静かにその戦場を立ち去った。

その日はそのまま眠りにつかれた主。
その次の夜だっただろうか。ベッドの上に寝転んだ主は、未だ解けぬ混乱のまま傍に侍っている私にぽつぽつと話し始めていた。

「何だったのよ、あれ?」

ベッドの上で足をバタつかせながら、傍で見守る自分に話しかける主。

「サーヴァントはマスターを守るものでしょ?何でマスターがサーヴァントを庇うのよ?」

分からない。理解できない。そうむしゃくしゃする思いを発散するかのように体をバタバタと動かし続ける。
いくら話しかけられようとも、私にはそれに応えることなどできない。
今できることは、この少女を見守ることのみ。

「あーもう!わけわかんない!」

それでもこうして私に話しかけているのは全くの無意味というわけではないのだろう。
意味すら分からなくても、それを大人しく聞き入れてくれる誰かに発散したい。
要するに王様の耳はロバの耳の葦のようなものなのだろう。
最も、今の自分はそれを伝達することもできないが。

「……いっそ一回会ってみたら、分かるかな?」

それが、主がその少年に対しある理由からの憎しみ以外の想いをもつことになるきっかけだったのかもしれない。

そうしてそれからしばらく後、一人街に出向くようになる主を一人城で待ち続けるだけ。
万が一の時にすぐに駆けつけることができるように。

それは何でもない、戦いの間にあった小さな出来事、その記憶。



市街地に響き渡る破壊音。
その中心には2メートルにも渡る漆黒の巨体が、暴風の如き疾走を続けていた。

バーサーカーの走る先に家が、民家が、コンクリート製のビルがあろうとも。
速度が収まることはあっても歩みが滞ることは決してない。

進む先には、全壊、ないし半壊した建物が瓦礫の山となって増えていく中。
その進撃を続ける狂戦士を追う白い影があった。

その白い影、ミュウツーは宙を飛翔しながらもバーサーカーの後を追いかける。
速度ではバーサーカーに劣るものではないが、しかし目的が追い抜くことではなくその進行を止めることである以上必要以上の速さを出す意味は無い。
むしろ足止めする側に力を回さねばならないのだから。


「むぅん!」

念力を繰り、瓦礫の山をバーサーカーの進行方向に動かし道を塞ぐ。
しかしバーサーカーがそんなものをものともせずに進行を続ける。
視覚で認識する力を失っており、家屋すらも強引に突破しようとするバーサーカーには無意味に近い。

衝突すれば一瞬動きが鈍りこそするも、その肉体には傷一つつくこともない。
一瞬の土埃を舞わせ、全てが細かな粒子となるだけだ。

サイコキネシスでは抑えきることはできない。
ただでさえどこに向かうのかも分からぬまま爆走している相手だ。

(奴は一体、どこに向かって………―――!)

と、ミュウツーが注視していたバーサーカーから視線を移し、そのバーサーカーが進行する先にあるものを目に映す。

たくさんの民家が立ち並ぶ住宅街の中に、ほんの一軒だけ特徴的な屋敷。
他の家と比較しても広大な土地の中に建てられた建築物だ。

それは地図にも載っていた。おそらくは間桐邸という家だろう。

「あそこか…!」

そこにバーサーカーの意志があるのか、それともただの偶然なのかは分からない。
ただ、進行方向にその屋敷があり、そしてこのまま進めば間違いなくあそこもバーサーカーの破壊に巻き込まれる。
それは事実だろう。

この狂戦士を止めることを優先すべきか。
それとも屋敷にいるかもしれない何者かに警告を発しに向かうべきか。

決断は一瞬。
ミュウツーはバーサーカーの前に舞い降り、その体をフォルムチェンジさせる。

進行方向に立ち塞がる存在を直感的に感じ取ったのか、勢いを止めることなくその手に携えた岩剣を一気に振り下ろすバーサーカー。
縦殴りに下ろされたそれを、ミュウツーは斜め上に浮遊することで回避。
間髪入れず振り下ろされた剣の上に、サイコパワーと自身の強化された筋力をもって一気に踏みつけるように舞い降りる。

コンクリートの地面に埋め込まれた剣。
剣から手を離さぬバーサーカーの動きが、剣を地面から引き抜こうと足を止める。
力を込めるたびに地面が激しい音をたてながら亀裂を作る。

ここでもし戦おうとしても、あの狂戦士は徒手空拳にて迎え撃つだけだろう。
しかし、あの剣だけは決して手放しはしなかったことは先の戦闘でも確認している。
ならば剣を止めれ移動の抑制は可能だ。
時間にして数分もつかどうかという辺りだ。

ミュウツーは剣を引き抜こうと唸り声を上げ続けるバーサーカーから離れ、一直線に間桐邸へと向けて飛翔していった。


「何?近くで何かすごい音がしてるけど…」
『生体反応がこちらに向けて一つ近付いてきています。イリヤさん警戒を』

外に出ていたイリヤは、その手のステッキを構えルビーの警告した接近する何者かに意識を向ける。

やがて空から近付いてきたのは、一つの白い影。
人間ではない異形の体をした、すらっと長い体の生き物。
シロナの言っていたミュウツーという参加者だと推察する。

そしてうっすらとだが、イリヤはその容姿に見覚えがあった。

「あなたは…確かクロと一緒にいた…」
「…!お前は……、そうか、お前がクロエの……。
 話は後だ!早くここから離れろ!」
「え、ど、どうして?」
「バーサーカーだ!奴がここに近づいている!」
「?!」
『げぇ!よりによってですか!?』

今ここにいる者はほとんどが戦う力を持たない。どころか怪我人すらいる。
そこにあのバーサーカーが辿り着けばどうなるか。

と、その時だった。
ここから離れた市街地において、岩を砕いたかのような轟音が響いたのは。
おそらくは音の主はバーサーカーだろう。
ミュウツーの足止めを破った、ということか。

「ち、この程度が限界か…!
 お前は中にいる者に逃げるように告げろ!」

それだけを告げて、ミュウツーは元来た方に向けて飛び去っていった。

「わ、私も行かなきゃ…」
『イリヤさん!その前に屋敷内の皆さんに知らせないと!』
「そ、そうだねよ。急がなきゃ…!」

屋敷内に駆け込むイリヤ。
その脳裏に浮かび上がるのは先の戦いでのバーサーカーの姿。
こちらの砲撃を突き抜け、こちらにあの巨大な剣を振り下ろした時の焼け焦げた体と、それでも衰えることない覇気で突き進んできた巨体。

かつて戦った黒化英霊のバーサーカーとも一線を画したその力。

(あれに本当に、勝てるの…?)

それが近付いてきているという事実に、イリヤは恐怖を覚えずにはいられなかった。


振り下ろされる大剣をサイコカッターで受け止めるミュウツー。
しかしいくら強固に練ったサイコパワーで作り出した刃であろうとも、バーサーカーの筋力はそれをやすやすと叩き潰す。

サイコカッターによる攻撃は諦めバリアーによる硬化を腕部に集中させ、己の拳でバーサーカーに肉弾戦を挑む。

幾度と無く振りかざされる剣は掠るだけでもバリアに亀裂を走らせる。
体に蓄積されたダメージはミュウツーの体を鈍らせるが、しかしミュウツーとて止まるわけにはいかない。

この巨人が戦う理由を知ってしまったから。
この戦士自身の戦う理由を殺戮の道具にされることなど、あってはならないのだから。

距離をとりシャドーボールを複数一気にバーサーカーに向けて投射する。
黒い球体が地面に、周囲の壁に、そしてバーサーカーの肉体に着弾し爆発を引き起こす。
同時に周囲を煙幕が包むが視覚にて物体を認識しないバーサーカーには無意味な現象だ。

当然のように、その攻撃にびくともすることなくこちらへと突っ切るバーサーカー。
しかし全くの無意味だったというわけでもない。シャドーボールの衝撃はほんの僅かにバーサーカーの勢いを抑えていた。
その僅かに落ちた勢いの一撃をバリアによる集中強化を行った腕で受け止め。
同時に衝撃を活かして後ろへと一気に後退。
さらに動きながらもそれまで使っていたサイコカッターを今度は射出攻撃として投射。

三つ飛ばしたそれは一つは剣に弾かれ、一つは肩に刺さり。そして残った一つが胸に大きな傷を作り鮮血を散らす。

「まだその命には届かないか…」

しかしそれでもバーサーカーは倒れない。

今の自分はたった一度だけ、奴に攻撃を届かせることができる手段がある。
しかし一度である以上おいそれと使うわけにはいかない。
慎重に、あの狂戦士の隙をつかねばならない。

(その隙を作り出すことができるか?今の私に…)

新しい姿を得て強化された肉体をもってしても尚、バーサーカーとは拮抗するのが精一杯。

このまま向かい来る狂戦士の前。
腕のバリアを強化し、地面を踏み抜き攻め込もうとするバーサーカーを迎え撃たんとした、その時だった。

「放射(フォイア)!!」

空から舞い降りた一筋の光が踏み抜こうとしたバーサーカーの足元に着弾、進行しようとしていたバーサーカーの足元を砕きバーサーカーの踏み込みのタイミングを崩す。
砕けた地面に足を取られたバーサーカー、そこにすかさずミュウツーは拳を叩き込みその巨体を大きく吹き飛ばした。

と、空を見上げるミュウツー。
そこには桃色の光を発しながら飛ぶ一人の少女の姿。

「何故来た。あそこの人間を逃がせと言ったはずだ」
「あそこにいた皆には伝えました!私も一緒に戦います!」

ステッキを前に構えてミュウツーの傍に着地しそう告げるイリヤ。
先は思わず声を荒らげたものの、今ここでの援軍は好ましいものだ。

『それで、ミュウツーさん、でよかったですっけ?
 バーサーカーを止める手段はありますか?』
「なら、一瞬でいい。私があいつの傍まで潜り込める隙を作って欲しい。それで現状私の使える最大の一撃を撃ちこむことができる」
「分かりました!」

態勢を立て直したバーサーカーは、一度吠えて再度の進撃を測った。
参入してきたイリヤを意識しているのかどうか、二人には分からぬままに。


「まさかこれほどまでにすぐここを放棄しなければならないとは…」

バッグを拾い上げながら、Lは一人呟く。
予めこういった事態を想定しておけたのは幸運だろう。

移動に一段落ついたら、トランシーバーでの連絡も必要になるだろう。
ここから拠点を遊園地へと動かすことに。
だが現状の問題があるとすれば。

「シロナさん、まどかさんの傷は大丈夫ですか?」
「まどかちゃんの支給品にあった回復の薬を使わせてもらったわ。
 少しは楽になったって言うし大丈夫のはずよ」

シロナはまどかをその背にかかえている。
辛そうではあるが、現状は移動が終わるまでは耐えてもらうしかないだろう。

「本当ならもう少しまどかちゃんの体力が回復してから使いたかったんだけど…。
 ポケモン用の道具だから人間にはちょっと負担かかっちゃうみたいだし」
「仕方ありませんね。物音も近付いてきています、急ぎましょう」

せめてここに車の一台でも置いてあれば移動も滞り無く行えたのだが、ないものねだりをしていても仕方ない。
バーサーカーの接近を知らせに来たイリヤは今は外で迎え撃つミュウツーの援護に向かっている。

しかし、果たしてそれで勝てるかと言われれば正直分からない。
あれを止めるために残ったクロとガブリアスであっても倒せなかった相手なのだから。

「…シロナさん、私は―――」
「そういうことは言わないって言ったでしょ。ほら、あとのことは私達に任せて、ね」

不安そうな表情を浮かべるまどかをシロナが元気づけようとするが、やはり顔色は晴れない。
まあ状況が状況である以上仕方ないだろう。
早く彼女を安心させてあげたい、とシロナは背負った少女がギュッと服の裾を握りしめるのを感じながら思う。

一方で、外にいる襲撃者にもシロナは複雑な思いを抱いていた。
バーサーカー。
ガブリアスの仇とも言える相手。
それに全く思うところがないといえば嘘になるだろう。

しかし、今の自分にはそれを相手にする手段がない。
せめてここにいる皆を生かすためにここから一刻も早く離れること、それが今できることだろう。

そうして玄関を抜け庭に出た一同。
と、その時だった。

視認出来る場所で建物が崩れ落ちる光景が目に入ったのは。

Lやシロナとてこの殺し合いの中でもあれほどの力をもって他者をねじ伏せる参加者がいたことは知っている。
しかしそれを現状、怪我人を抱えた状態で見てしまうと、改めて認識させられてしまう。
現状の自分達が如何に無力なのかを。

今外に出てしまうとイリヤ達の戦いに邪魔をしてしまうことになりかねない。
かといって家の中に潜むだけでは現状の危険は回避できない。
せめてもう少しだけでもそのリスクを回避できる場所はないか。
例えば裏口とか、あるいは身を潜められるような空間か。

と、そこまで考えたところでこの屋敷を探索した時に見つけたものをLは思い出す。

「そういえば、この屋敷内には地下室があります。
 下手に動かすとまどかさんの傷に万が一のことがないとも言えませんし、今はそこに身を潜めておきましょう」
「分かったわ」

Lの提案に従い、三人は屋敷の中へと戻ろうとし。
その時空を見上げたまどかの視界に、小さく桃色の何かが動いているのが映った。
目を凝らすと、それは一人の少女。
美遊と同じくらいの歳の、銀髪の子だった。

「あの、子は……」
「イリヤちゃんね。美遊ちゃんのお友達の子よ。
 恥ずかしい話だけど、今ここにはあの子しか戦える人がいなくてね…」
「あんなに、小さいのに……」
「大丈夫よ、あの子は強いわ」

シロナ自身イリヤのことはそう知っているわけではない。
だが彼女はクロの妹で、そして兄の死も乗り越えた子だ。
きっと帰ってくるはずだと信じている。

しかしまどかが感じたのはそんなシロナの思いとは別のものだった。
バーサーカーの恐ろしさを一度はっきりと目の当たりにしたまどかにとって、それと戦うあんな小さな子の存在は。
一体どんな風に映っただろうか。


「ルビー、お願い!」
『障壁展開!』

バーサーカーの動きを止めるために、イリヤは障壁をバーサーカー自身の腕に、足に、その他多くの場所に展開していく。
防御に用いる、空間に固定された防壁は狂戦士の動きを止めるための拘束具となる。

しかし、狂戦士の怪力はその多数の拘束をやすやすと突破。
体の各部に大量に展開してなお、もったのは二秒。

その二秒の間に、ミュウツーはバーサーカーの脇に潜り込み。

「――――…まだか…!」

サイコカッターをもってバーサーカーの腕を斬りつける。
左腕に赤い線が走り、肘から先がだらんと下がる。

その痛みを気に留めることもないかのように右手の剣を振り下ろすバーサーカー。
バリアをもってそれを受け止めることで拮抗する。
しかしバーサーカーは腱を切られて動かなくなったはずの左手を一気に振りかざして横殴りに叩きつける。

バリアの外からの攻撃に吹き飛ばられるミュウツー。
不意の一撃に驚きつつも追撃に備えるも、しかしミュウツーに向けて追撃が放たれることはなく。

「えっ、こっち?!」
『あのバーサーカーは魔力で相手を認識しているようです。イリヤさん危ない!』
「うわっ!」

なぎ払うように放たれた剣を、イリヤは飛び上がり回避。
その一撃はどうにかかわしたものの、バーサーカーの意識は宙に浮いたイリヤに向いたままだ。

そこにミュウツーが飛び蹴りをその体に向けて放つも、バーサーカーは動かぬ左腕を振り真っ向から受け止める。

『五感はなく魔力探知をもって相手を認識することしかできないようですが、しかしその体に染み付いた戦闘経験は敵意や殺気に反応して体を動かすようですね。
 感覚がないという事実は戦いの中ではハンデにならないと考えたほうがよさそうです』
「ルビー、今の私達であいつに一撃入れようと思ったら…」
『今のイリヤさんの魔力では、かなり難しいと言わざるをえません。それこそカードの力を借りでもしない限りは…』

クラスカード、英霊の力。
確かにあの聖剣や神獣の力をもってすればバーサーカーに対する有効打も可能だろう。
しかし、今手元にあるカードは一度破られたキャスター、そして攻撃力には大いに不安の残るアサシンのカードのみ。


「ううん、でもここで止めなきゃ、皆が…!」

と、目の前でミュウツーを蹴り飛ばしたバーサーカーに向けてステッキを振り下ろす。

「散弾!!」

一発一発の威力は大きく減ったものの、大量に分散した魔力散弾を放つ。
バーサーカーに当たってもそれらの一撃は体に当たることなく弾かれる。

しかし、極小とはいえ大量の魔力反応が発生したことでバーサーカーの意識がそちらに向けて逸れる。
それも一点ではなく、バーサーカーの周囲に放った弾のごとく拡散して。


「ルビー、今のうちに!」
『了解です!』

そう言ってイリヤが取り出したのは一枚のクラスカード。
今のバーサーカーの反応が思い通りであるなら、この戦法は有効なはずだ。

「限定展開(インクルード)!」

と、宙で発生した魔力反応にバーサーカーの意識が向く。
がその瞬間を見逃しはせず、ミュウツーはバーサーカーの足にサイコカッターを振りぬく。

鮮血が舞うと同時にバーサーカーはその場に膝をつき。

そしてそんなバーサーカーに向けてイリヤが駈け出した。
そのままイリヤのステッキが魔力をステッキに収束させて放とうとしたところで、バーサーカーが剣から手を離してイリヤの体を掴み上げる。

「うあっ…!」

体を締め上げる巨人の握力に思わず声を上げるイリヤ。
その瞬間だった。

掴みあげていた体が、一枚のカードが飛び出すと共に消え去ったのは。
イリヤのいたはずの場所、バーサーカーの手の内から抜け出るのは星形のステッキ。
そして、地面に落ちたアサシンのクラスカード。

『今です!』

と、ルビーが叫ぶと同時に。
一つの紫色に輝く宝石を携えたミュウツーがバーサーカーの元に急接近。
拾い上げようとする剣をサイコキネシスで動かし弾き。
そしてその懐に潜り込んだミュウツー。

その体に、空いた左腕が振りぬかれるが、ミュウツーは持ち前の筋力をもって受け止める。

そして宝石が輝くと同時に、自身の最大の技を、サイコブレイクを発動。

一度はバーサーカーを殺したことで態勢を持っていたはずの攻撃、通用するはずはない。

だが。ミュウツーが持っていた宝石。
それはたった一度だけ、攻撃する際に使用することでその攻撃の威力を高めるもの。
偶然にもミュウツーの持つタイプと同じ色をしたそれはエスパージュエルというものだった。

本来ならば耐性により効かぬはずの、しかし一度は死に至らしめることができる威力をもった攻撃。
そこにジュエルにより上乗せされた威力で放てば。
それはバーサーカーの体に宿った宝具の加護をも突き破る。

「吹き飛べ!」

そんなミュウツーの叫びと共に。
至近距離からサイコブレイクを叩きこまれたバーサーカー。

「――――――――■■■■■■■■■■■■■■■!」

それでも抗うように大きく咆哮したバーサーカー。
その体に内側から弾けるような衝撃が走り。

大量の血を飛び散らせながらその胸に大きな穴を開けて、地面に倒れ伏した。


「やった!?」
『止めてくださいイリヤさん!敵に生存フラグ立てるのは!』

バーサーカーから離れた場所から様子を見ていたイリヤ。
その体はアサシンインクルードのためルビーを手放したことで転身は解けている。
しかし気配遮断の加護がかかったイリヤを今のバーサーカーが見つけることは困難だっただろうが。

「…ってうわっ、もうこんなところまで…」

ふと後ろに視界を向けると、そこにあるのは間桐邸。
戦いながらも移動していたようだが、それに気付かずここまで連れてきてしまったようだった。
しかしギリギリのところで止められたのは僥倖だろう。

「間に合ってよかった…。みんなは……」
『屋敷の地下室に避難したみたいですね。地下ならまあ屋敷の半壊クラスの戦闘には耐え切れるでしょうし』
「そっか…」

と、ほっと胸を撫で下ろそうとしたイリヤ。
そんな目の前で、ミュウツーが膝をつく。

「あっ…、あなた、大丈夫!?」
「…さすがに体のダメージがきつかったようだ」

フォルムチェンジによりこれまでよりも頑丈な肉体を得ていたとはいえ、いままでほとんど行ったことのない肉弾戦をあの狂戦士と繰り広げてきたのだ。
ミュウツーの四肢の骨にはいくつものヒビが入り、おそらくは内臓にもダメージがあるだろう。

加えて、フォルムチェンジによる戦闘が長時間続いた影響か肉体疲労も響いている。

しかしそんな疲労も全てが終わった後であれば、まだ戦闘後の一刻で済んだはずだ。

全てが終わっていた、ならば。


『―――!イリヤさん!』

ルビーが叫び、イリヤが咄嗟にバーサーカーに視線を向ける。
その時だった。
胸に穴を開けたバーサーカーが、ゆっくりとその身を起き上がらせたのは。

巨大な穴に向かい、膨大な魔力が集中し全身の傷を、欠損を、そして致命傷すらも元通りに蘇生しつつある。
全身の傷から順に治癒されているようで、胸の致命傷の治りこそ遅いが完全に元通りの肉体を取り戻すのも時間の問題だろう。

つまり、

「まだ、終わってなかったってこと…?」
「クッ…!」

思わず舌打ちをするミュウツー。
それまでの戦いでも手を抜いたつもりなどない。しかしそれでも最後の一手をもって攻めなければ打倒せなかった相手だ。
今のボロボロな体の自分たちに、こいつを相手に戦うことができるか?


「…………」

いや、手ならばある。
あるいは戦わずにことを終わらせることができる可能性のある手段が。

もしも隙があるとするならば、その胸の傷が完治するまでの間だろう。

『あの、ミュウツーさん?』
「今から私がこいつの脳に、記憶に直接呼びかける。
 やつは狂気の意志に精神も支配され自我を見失っているだけだ。だがその自我を呼び覚ますことができれば、戦いを回避することも可能かもしれん」

ミュウツーの持つテレパシーは他者の心を、記憶を読み取るのみならず、その思考を操ることすら可能なもの。
ならば、その力を持ってバーサーカーの狂気を取り除くことも、あるいは。


「そんなこと、できるの?」
『無茶です!バーサーカーから狂気を取り除こうなんて!
 それに危険が多すぎます!このバーサーカーが自我を取り戻したとしても、それで戦いを止めてくれる可能性など――』
「いや、お前がいるのであればあるいは可能性があるのだ。
 それに現状ではこうするしか手段がない。
 何よりも、やつをこれ以上無意味な戦闘に駆り立てないために…」

言うが早いか、ミュウツーは胸の穴を防ぎ続けるバーサーカーに接近し。
自身の持つサイコパワーを、肉体強化に回していたものも含めて全てバーサーカーのテレパシーへと送り込む。

ミュウツーの中に流れ込んでくる膨大な量の記憶。
一度は見たはずの景色がさらに詳細にミュウツーの中に流れ込んでくる。
先に見たものから、そうでないはずの光景まで。
あるいは狂戦士ではなく小さな少女の想い出らしきものまで。

何もかもがごちゃ混ぜになりつつある意識の奥に確固として存在する、狂戦士の守らねばならないもの。
そして連なる、バーサーカーの意志を、狂気の縁から引きずりだそうとその意識を操る。

「―――――――■■■■」

胸の傷が未だ癒えぬバーサーカーが呻くように喉を鳴らす。

(くっ…、この意識の壁は……)

意識を呼び覚まそうとするミュウツーのテレパシーを阻むのは、バーサーカー―ヘラクレスを狂戦士たらしめているもの。狂気。
バーサーカーの自我を引きずり出すにはその壁は厚く、簡単には破れそうにはない。

これができるチャンスはおそらく今だけ。
傷が治ってしまえば戦闘になり、バーサーカーの意識に呼びかけることは不可能になってしまう。

だからこそ、ミュウツーは自身の強化の源である破壊の遺伝子によるサイコパワーの増幅をテレパシーに回す。
真っ黒で濃厚なモヤのような壁を、少しずつ突き崩す。

「ぬぅぅ……!」

念力をさらに込める。
頭にできていた傷が開き、血管から血が吹き出る。

だが、あと少しで届く。
あと一歩で。

「ミュウツーさん、頑張って!」

イリヤの声が響き。
その瞬間、一瞬だけ狂気の壁に僅かな綻びが生まれた。

(―――――今だ!!)

一気にテレパシーを送り込み。
バーサーカーの意識を覆う狂気を切り開いた―――――――




しかし結論から言うと、その選択は間違いだった。

聖杯戦争を知らぬミュウツーにとってバーサーカーを狂気に落としたその感情の枷はそう簡単に取り除けるものではない。
令呪という、魔術師にとっても破格といえる奇跡すら可能にする刻印を用いても一時的に狂気を取り除き理性を戻すことが限度。

ミュウツーという最高クラスの超能力を持つ生物のテレパシーをもってしても、意識を完全に呼び覚ますことは不可能。
もって数秒間、理性を起こすことがせいぜいだった。

それでも、本来ならば問題などないはずだった。
聖杯戦争でもなく、目の前には自身のマスターと同一にして異なる存在がいる現状を目の当たりにすれば、戦いそのものを止めるというミュウツーの試みそのものは可能性ゼロというわけではなかったのだ。

ただひとつ、その体が悪意の泥によって汚染されていなければ。
五感を奪われ、全身を悪意の呪いに晒され。しかし自我を失うことなく抗い続けるヘラクレスには。
理性が解けたとしても周囲の出来事を認識できる状態にはならなかった。
結局は、戦いを続ける狂戦士でしかなかったのだ。
ほんの一瞬、理性を取り戻したという一点を除けば。

もしミュウツーがバーサーカーのみではなく、その体に巣食っている悪意にも意識を向けていれば、あるいは違ったかもしれない。
別の手段を取るか、あるいはバーサーカーにトドメを刺すか。

これはそんな、この場にいる誰のせいでもない、理由なき悪意、不幸故に起きてしまった出来事。











――――――■■■■■■■■■■■!!!

バーサーカーの目に理性を感じ取ったミュウツー。
しかしその口からこぼれ出たのは、それまでと変わらぬ狂戦士の叫び声。

体に取り付いたミュウツーを振り払うバーサーカー。
その体は間桐邸の門前まで飛ばされるも、ミュウツーは態勢をとる。

「……失敗したのか――?」

ミュウツーがそう呟いた瞬間、バーサーカーは地面に転がった岩剣を瞬時に拾い上げる。

『――――――――!!!??
 イリヤさん逃げて!!』
「――――――えっ」

起こっている事態を真っ先に把握したルビーの叫び声が木霊したその時。
ミュウツーに向けて迫るバーサーカーの、いや、ギリシャの大英雄・ヘラクレスの一撃が振り下ろされた――――






倒さねばならない。
彼女を脅かしうる敵は全て。
あの黒い剣士も、暗殺者も、蟲の魔術師も、黒き影も。
自身の行く手を阻むものも全て。

しかしこの身にある武練だけでは届かない。
力と理を併せ持つ敵を打倒し得ない。
この身にあった命の数も既に尽きた。

どうすればいい?


簡単な話だ。

―――――自身の持つ最大の『技』を叩き込めばいい。

かつて9つの頭を持つ毒竜を打ち倒した、あの斬撃を。




その瞬間、大地が震えるかのような咆哮の中で、はっきりと1つの”声”が木霊した。



  ナ  イ  ン  ラ  イ  ブ  ズ
   射   殺   す   百   頭   !  !   !   !   !









轟くような叫び声と共に、目にも止まらぬ高速の連撃が放たれ。
ミュウツーを、イリヤスフィールを、吹き飛ばし。

しかしそれで収まることない衝撃は大きくその背後まで突き抜け。
地面をも砕く衝撃を与えながら、その背後にあった間桐邸を一瞬にして崩落させた。








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