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少女よ背けるな―moving soul

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少女よ背けるな―moving soul ◆Z9iNYeY9a2


間桐邸地下。
本来であれば大量の蟲がいたであろう場所。

間桐の魔術師にとっての工房であり、まともな感性をもっていれば嫌悪感を表さずにはいられなかったであろう空間。
しかし今はただの地下室でしかない。

薄暗い室内に懐中電灯を付け、防空壕のように身を潜ませるL、シロナ、鹿目まどかの3人。

「ちょっと動いたけど大丈夫?」
「…はい。まだ痛いですけど、さっきよりはだいぶ楽になった気がします」
「そう、よかったわ」

まどかに気を使いながら話しかけるシロナ。
顔色はいいものではないが、ここまで移動して傷に影響がないのならば遊園地までの移動はそう手こずるものではないだろう。

そうこの先のことを考えていると、ふとその後ろからLが話しかけてきた。

「シロナさん、あのミュウツーさんはどれほどの戦闘能力を持っているのですか?」
「ミュウツーの戦闘能力?
 そうね、少なくとも相性さえ気にしないのなら現在生息、確認されているポケモンの中じゃ右に出る子はいない、と言えるかもしれないわ」
「しかし、それでもあのバーサーカーには勝てなかった。そうですよね?」
「ええ。あの時はゼロっていう別の存在があったせいもあるでしょうけど、あのバーサーカーに押されていたことは事実ね」
「先に勝てなかった。それが事実であるなら、イリヤさんの二人でもっても止めるのは難しいと言わざるを得ません。
 私達が遭遇した時は彼を一度は打ち倒したのですが蘇生されてしまいまして」

それは北崎と草加雅人が不本意ながら手を組みバーサーカーと戦った時のこと。
北崎の能力をもって灰化させたバーサーカーの体は再生し、それ以降北崎の灰化の能力を受け付けなくなった。
つまりは一度殺した攻撃に対し耐性を持つようになる。

手数にもよるが、倒せば倒すほどその体に攻撃を与えることが難しくなるだろう。

「もしシロナさんの言うことが事実であるならば彼とて一度も倒せなかった、などということはないでしょう。
 逆に言えば、それで倒し損ねた以上それ以上命を奪うことは難しくなります」
「何が言いたいの?」
「………いえ、これ以上は言わないほうがいいかもしれませんね。嫌な予感、で済んでくれればいいのですが」

Lにしては要領の得ない、彼らしくない曖昧な言葉。
しかしシロナはその言葉が何を意味するかをその身で感じていた。

だがそんな心配とは裏腹に、外で鳴り続けていたはずの音が止む。
バーサーカーが歩く度に響く地鳴りもない。

「終わったの…?」
「まだ分からないわ。イリヤちゃん達がくるまで待ったほうがいいんじゃないかしら」

シロナはそう告げる。しかし心中には一つの可能性が不安として巣食う。
例えばミュウツーやイリヤ達が刺し違えてバーサーカーを倒した可能性。
Lの言う不安がもし的中していたならばそれも充分に有り得る事態だ。

待機していた時間はせいぜい一分ほどだろうか。
それだけの時間がまるで数倍にも伸びたのではないかと思えるほどにゆっくりと時が流れる気がしていた。

「…私が様子を見てきます。
 シロナさん達はその場で待機していてください」

そう言ってLは静かにゆっくりと階段を登り始めた。


一方で下で待機するシロナは、まどかの体が小刻みに震えていることに気付く。

「大丈夫よ、きっとここから出られるわよ」
「…シロナさん………」
「怖いんだったら手を握っていてあげるから、ね」
「…ありがとうございます」

そう言ってシロナの手を握り返し。
Lはもう少しで部屋の入り口に辿り着こうとしていた、その時だった。

バーサーカーの足音が屋敷に響くほどに高く鳴り。

シロナが、Lが、まどかがその異変に気付いたその瞬間。

地震のようなとてつもない衝撃と共に、屋敷が崩壊していき。


「――――危ない!」

それがシロナの声だったのかLの声だったのか、はたまたまどかの声だったのか。
その判別すらもつかぬまま、3人の姿は崩落していく天井の中に呑み込まれていった―――



バーサーカーによって放たれた、本来であれば封じられたはずの宝具・射殺す百頭(ナインライブズ)。

ただの斬撃でありながらも宝具の域まで昇華されたその一撃は、衝撃だけで屋敷を吹き飛ばし。
かろうじて衝撃の届かなかった敷地内の端の辺りを残して、屋敷を一気に瓦礫の山の廃墟へと変貌させた。

しかしイレギュラーによって放たれたそれはバーサーカー自身にも多大な負荷をかける。
十二の試練による再生直後という魔力を消費した直後の、しかも不意の事態による理性を取り戻しての一撃。

肉体機能としては現状では万全な状態におきながらも、バーサーカーは静かに、瓦礫すらも残らなかった屋敷の中心部において沈黙する。

おそらくは、それはここにいる者達がこの場から逃げるには充分な時間を与えただろう。
もし逃げられたら、の話であるが。



「うぅ……」
『大丈夫ですかイリヤさん!!』

かつて庭があったはずの場所で体を起こすイリヤ。
その体には細かな傷や少なくないダメージはあるようだが、イリヤ自身はあの一撃の風圧で吹き飛ばされただけだ。
転身していたこともあり、少なくとも致命的なダメージを受けている様子はなかった。

だが。

「…そうだ、ミュウツーさんは……」
『彼でしたら……』

と、イリヤはルビーの指し示した方を見る。
白い物体がもぞもぞ、と蠢いている。
ところどころを真っ赤に染めた何か。

近くに寄ったイリヤは、思わず息を飲み込む。

倒れていたのはミュウツーだった。
先のバーサーカーと肉弾戦を繰り広げていたはずの体は元のスマートな形態へと戻り。
しかし元通りというには体の至るところが欠損していた。

右腕は胸に差し掛かる辺りまで抉られ。
左耳があったであろう部分は原型も留めず瞳ごと形を崩している。
腹は裂け、その傷からは真っ赤な袋のようなものがはみ出ている。それが何なのかは考えたくもない。

体の体積の実に1/3までを失い、なおかつ骨は砕かれている状況。内臓もかなりのものが機能停止しているだろう。

しかし、それでもまだミュウツーであったものが残っているだけ運がいい方だ。

もしバーサーカーが五感を失っていない状態でアレを放っていたなら。
もしバーサーカーの武器、斧剣の刃が折れていなければ。
もしもそれらの要素が、バーサーカーの攻撃の精度を大きく下げていなければ。

きっとミュウツーは跡形もなく消し飛んでいたに違いない。

最も、下げた精度で放たれ、暴発した勢いが間桐邸を崩落まで追い込んでしまった以上被害としては最悪だったが。

「み、ミュウツーさん!」
「…ぐ、ぁ……」

イリヤの呼び声に応えるように、ミュウツーがうめき声をあげ。
その瞬間、ミュウツーの体から光が奔る。

光は一瞬、そして収まると同時にミュウツーの体にあった傷が僅かに治癒されているような気がした。
しかし腹の傷、腕と胸部の欠損などの致命傷には止血程度の役割しか与えてはいなかった。

「い、今傷を!」
『イリヤさん…、この傷では…もう……』

ルビーの治癒能力は契約者に恩恵を与えるもの。他者への譲渡は不可能。
他者に対する治癒魔術はそもそもイリヤの専門分野ではないため、無尽蔵の魔力をもってもどうすることもできない。

「…わ、私のことはいい……、この傷ではもう助からん……!」
「そんな……」

目の前でまたしても命が失われようとしている。
その事実に、イリヤの瞳から思わず涙が零れ落ちる。

そんなイリヤの顔をじっと見つめながら、ミュウツーは一人の少女の姿をそこに思い出す。
ほんの微かな間共に行動した、イリヤと同じ顔をした少女。
自分の存在を封じられ居場所を奪われ、しかしそれでも共生する道を選んだという、彼女と同じにして異なる存在。

その顔を見ていたミュウツーは、一つの事実に気付く。
銀髪で赤い瞳。そしてその真っ白な肌。それらはあのバーサーカーの意識の中にいた一人の少女と酷似していたことに。

「…お前、名前は何という?」
「私の、名前…?どうしてこんな時に―――」
「理由など、今はいい…!」
「……、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン…」
「…イリヤスフィール、か」

名前は既に知っていた。しかし改めて確認したかったのだ。
この少女本人の口から、バーサーカーの意識にあったあの少女と同じ名であることを。

「イリヤスフィール…。
 私の中にはバーサーカーから読み取った記憶がある……。
 それはやつの戦う理由にも、そしておそらくお前自身にも大きく関わるかもしれないものだ……。
 見ればお前はあるいは戻れなくなるかもしれん。怖ろしければ拒否しても構わん…。
 お前は、……それを見る覚悟が、あるか?」
「…バーサーカーの、記憶……?」

かつて士郎から聞いたこと。
平行世界の自分が、バーサーカーを使役するマスターとして聖杯戦争に関わっていた、という事実。
しかしこの場にいたバーサーカーに対して、その事実を結びつけることはこれまでしてこなかった。
何しろファーストコンタクトにおいて真っ先に強襲され吹き飛ばされたのだから。
平行世界の自分とあのバーサーカー、そして自分とは大きな関わりなどないはず、そう思ってきた。

しかし、バーサーカーの記憶の中に何かしらの大きなものが封じられているとするなら?

「…教えてください、バーサーカーの記憶を、私に」

知らなければならない。
平行世界のバーサーカーのマスターとして、彼が戦う理由を。

衛宮士郎に守られただけだったあの時から、一歩進むために。


「いい、だろう。これから、お前には膨大な情報を送り込む…。
 気をしっかりと持っておけ…」
『イリヤさん、このルビーちゃんもしっかりサポートします!情報の記録ならお任せください!』

そうして決意のまま、イリヤの頭にはミュウツーの手が翳され。
その手のルビーが、補助するかのようにアンテナのようなものを取り出し。

ミュウツーが力を入れたと同時、イリヤの脳に膨大な情報が流れこんできた。



真っ白な雪模様。
日本ではまずお目にかかれないだろう綺麗な銀世界。
少女は父親と走っていた。
クルミの冬芽探しをしているらしい。
結果は少女の敗北だった。
父親のズルにムスッとする少女は、仕事から帰ってきたらまた勝負しようとその父親と約束した。
父親は、帰ってこなかった。

少女は血塗れだった。
銀世界にポツポツと赤い血を垂らしながら進んでいる。
しかしその後ろから、たくさんの獣が迫っていた。
逃げ切れない。
飛びかかるオオカミ達。
しかしその牙が少女に突き立てられることはなかった。
その少女を襲う獣を、巨大な影が弾き飛ばしたのだから。
互いに血塗れの体になった少女と巨人。
そんな姿を見ながら、少女は巨人の手を掴んで言った。
――――バーサーカーは強いね
それが、理性なき戦士の心に唯一刻み込まれた言葉だった。

目の前には3人の人がいた。甲冑の少女とツインテールの女子、そして赤茶色の髪の少年。
バーサーカーは少女の指示に従い、視線の先にいる者達に襲いかかる。
見覚えのある人達。しかし少女は初対面だったらしい。そしてその中の赤茶色の髪の少年には何か特別な思い入れがあったことを感じ取れる。
戦いはバーサーカーが圧倒していた。そのまま進めば、きっと3人の体は砕かれて終わるだろう。
しかし、甲冑の少女を庇うようにバーサーカーの攻撃を受けた光景を見て、少女は大きな衝撃を受けたように戦意を無くし、撤退した。


その記憶の中には見覚えのある人達がたくさんいた。
少女の父親は他の誰でもない、衛宮切嗣で。
甲冑の少女はセイバーで。
遠坂凛の姿も見えた。自分と知っている彼女と比べるとずいぶんしっかりしている印象だ。
赤茶色の髪の少年は――衛宮士郎だった。

そしてその記憶の中心にいる白い少女は。
私だった。


バーサーカーの戦う理由。
戦うべき本来の敵。
守らねばならない存在。

全てがイリヤの中に、記録として流れ込んでくる。

それは、一つの可能性であり。
クロが本来望んだ戦いに身を投じた自身の姿であり。

そして親の愛に触れる時すら与えられず孤独に過ごしたイリヤの姿であり。

己のサーヴァントとの確かな絆を結んでいた魔術師の少女の姿であり。

衛宮士郎が守ろうとした、本当のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの姿だった。



「――――っ……!」
『イリヤさん?!』
「…大丈夫、大丈夫だから…」

脳の処理速度が限界を越えようとしていたが、ルビーの記憶補助もあってどうにかちょっとした頭痛で済ませることができた。
だが。

「あれ?どうして私…」

その瞳から零れ落ちる涙。
ミュウツーが死に向かいつつある事実を知った先とは比べ物にならないほどの涙が、両の瞳から流れ出ていた。
頭痛によるものではない。

『イリヤさん……』

今の記憶を共有して受け取ったルビーの声が聞こえる。
彼女も見たのだ。自分と同じものを。

自分とは全く正反対な人生を送ってきた少女。
大きなお城に住み。
しかし孤独で、愛を知らず。
人間ではなく魔術師として生きることしかできず。
兄に対して愛情と憎悪という、親しき者にもそんな相反する2つの感情を併せ持ってしまった。


そんな、自分とは全く違う生き方をした少女。
それがバーサーカーの、そして自分を守り死んでいった衛宮士郎が守りたかった存在だったのだ。


「っ………」

それでも、イリヤは目をゴシゴシと、擦り傷になりそうな勢いで擦り、流れる涙を強引に止めた。
そしてミュウツーへと視線を向ける。

しかし。
こちらへと手が翳された時の態勢のまま、上げられた手は地面へと落ちており。
半開きになった瞳には光はない。
もう、動くことはない。

「…ルビー、バーサーカーは?」
『まだ、動く気配はありません』
「じゃあ、屋敷の中にいた皆は?」
『それが、瓦礫の山に埋もれていまして。位置特定は大丈夫でしょうが生体反応の数ははっきりしません』
「分かった。じゃあまずは、皆を」
『…分かりました』

そして屋敷へと体を向ける直前、動かなくなったミュウツーにもう一度視線を下ろし。
その時、ミュウツーの持っていたバッグからはみ出た一枚のカードを見つける。

弓を構えた猟師のような男の絵柄の、大きめのカード。
クラスカード・アーチャー。
クロの核を成していたカード。

「……………」

静かにそれを見つめるイリヤに、ルビーすらも声をかけることを躊躇う。
数秒の沈黙の後、イリヤはそれを自身の腿のカードホルダーへと仕舞い。
屋敷の中へと駆け込んでいった。


体からは破壊の遺伝子の、もう一つの私の存在は感じられない。
あの一撃を受けて尚もこの体を維持することができた理由の一端があれのおかげだろう。

だが、それももう消滅した。

すまなかったな。このようなことでお前の命を終わらせてしまって。
自己再生でも、ほんの数分命を永らえさせることが精一杯だった。

それでも、あの狂戦士の、いや、戦士のことを誰かに知っていて欲しかった。
どうしてそう思ったのかは自分でも分からない。

もうすぐ、私の命も終えるだろう。
そうなれば、この作られた命もただ無に還っていくだけ、それだけのこと。

―――――生きてるって、ね。きっと、楽しい事なんだから

そのはずなのに、いつか誰かにそう言われたような、そんな気がした。
とても懐かしく、しかしどこかへと消え去ったはずの記憶。


(ねえ、ミュウツー。生きていて楽しかった?)

楽しくは、なかった。
いつも迷い、自分を探して彷徨い続け。
結局は何も見つけることはできなかった。

(そっか…。じゃあ、聞き方を変えようか。
 ミュウツー、自分が生きてきたことって、無意味だったと思う?無価値だったと思う?)

意味。価値。
クローンとして作られた自分の価値。
それを見つけられなかった自分の歩んできた意味。

ない、と答えそうになったところで走馬灯のように思い返される出来事。

ミュウとの死闘。サトシとの出会い。作り出したクローン達。
この殺し合いの中でも出会ってきた多くの者達。
そして、もう一つの私。

ここでその答えを否定することは、彼らのことも否定することだ、と思った。

(なら、いいじゃない。あなたは頑張ったんだから)

もはや光も映さぬはずの瞳の中で、私は見えるはずのない少女の姿を見た気がした。
とても懐かしい、心温まる存在。

ああ、そうか。
何故私がああもあの狂戦士に対して感情移入していたのか、今分かった気がする。

自分にとって唯一の、心温まる存在を忘れてしまうことが如何に悲しいことか。
それを身をもって分かっていたからだろう。

(じゃあ、いこっか。ミュウツー。これからはずっと一緒にいてあげられるからね)

真っ白な光の中で浮かび上がる少女の姿を見て、私が本当に探し求めていたものを思い出したような気がした。
短いながらもかけがえのなかった、彼女と共に過ごした時間。

封じられた記憶の奥にあった大切なものは、ずっとこんなにも傍にあったのだ、と。


(ずっとそこにいたのだな、アイ―――)


【ミュウツー@ポケットモンスター(アニメ) 死亡】


「…何が…起きたんですか…」

思わずそう呟くL。
目の前には崩れ落ちた瓦礫が積み重なっている。

地下ならば地上よりは安全、と踏んでいたのだが、やはり嫌な予感は的中してしまったようだ。
バーサーカーはこの屋敷を一瞬にして瓦礫の山に変えるほどの力を兼ね備えていた。
その事実に気付けなかった自分の失態だ。

なのに、今自分はこうして生きている。
いた場所が壁に密接していたおかげで崩れ落ちる瓦礫が降り注がなかったようだ。
自身の運に安心したかったところだが。

しかし目の前、地下室のある石畳の空間。
シロナと鹿目まどかのいたはずの場所は。

「シロナさん!まどかさん!」

声を張り上げ、瓦礫の中へと駆け寄るL。

その時だった。
板や瓦礫の山の中から、物を動かすような音が聞こえてきたのは。

その場所に急いで駆け寄り。

「…どうして……?」

そこには真っ青な顔をして座り込むまどかと。
そんなまどかに覆いかぶさるように倒れこんでいたシロナの姿があった。

その周囲には大量の瓦礫。一部には赤い液体が付着している。
そしてシロナの胸には、細長い瓦礫の破片が背中から胸へと突き抜けている

その傷口からポタリ、ポタリと滴り落ちる鮮血。



「…まどかちゃん、大丈夫だった?―――ゴホッ…」
「シロナさん!」

倒れこんだシロナの体を抱きかかえるまどか。
その様子を見てLは察する。
シロナは動けぬまどかを庇い、降り注ぐ瓦礫を全て受け止めたのだろう。

そう大きな瓦礫がなかったことがまどかにとっては幸運だったが、その量が多数に及んだことはシロナにとっての不幸だった。
心臓こそ逸れているようだが、肺は貫通しているだろう。
降り注いだ瓦礫は、シロナの体に致命的な傷を与えていた。

「よかった…」

安堵の声を上げるシロナ。しかしシロナ自身の体のダメージは致命傷に違いなかった。

「私が…私のせいでシロナさんが……」
「…いい、のよ。全部、私が好きでしたことなんだから…」

口の端から血を流すその姿に、まどかは自責を感じ。
それでもそんなまどかを、シロナはなだめるように優しく声をかける。

「さやかちゃんもきっと、まどかちゃんがいてくれたから、まどかちゃんがいることが嬉しいから…。だから頑張っていけるのよ」
「シロナ…さん…」
「君と一緒にいるみんなも、君の親しい人たちもさらに繋がる人も、皆世界に望まれて生まれてきたと、私は思うの。
 例えあなたがどんな存在になる人だとしても…」

まどかの握りしめたシロナの手から力が抜けつつある。
徐々に、その瞳の生気も消えていくのをまどかは感じずにはいられなかった。

「待って!私まだあなたに何もできてない!ずっと助けられてばっかりで、支えられてばっかりなのに―――」
「それでも、あなたが私に責任を感じてくれるのなら……」

と、シロナはまどかの瞳の涙を拭い。

「……私の分も、精一杯、生きなさい」

そう告げたのを最後に、シロナの手から力が抜け。

「シロナ…さん……?」


閉じられた瞳はもう開くことはなかった。



【シロナ@ポケットモンスター(ゲーム) 死亡】



「ルビー、一気にお願い!」
『了解です!』

イリヤの砲撃が瓦礫の山の中を穿ち。
地下室を塞ぐ障害を吹き飛ばす。

「みんな!大丈夫!?」

薄暗いはずの、しかし天井が崩れ落ちたことで日の光が照らすようになった石造りの部屋の中で。


「う…ぁ……、あああああああああああ!!!」

立ち竦むLと、泣き崩れるまどか。
そして、その傍で静かに瞳を閉じたシロナの姿を見た。

「シロナ…さん…」
「………」

その胸から突き立った瓦礫片、そしてまどかの様子を見ればシロナがどうなったのか、考えることは難くなかった。

「ルビーさん、バーサーカーは今どうなっていますか?」
『…現状は活動を停止しているようです。しかしいつまでそれが持つか』
「そうですか、では急ぎましょう。
 まどかさん、立てますか?」
「ぅぐっ…ぇっ……、シロナ、さんは……」
「置いていきます。今の私達には、彼女の死を悼んでいる時間もありません」
「そん、な……」

合理的で、しかしそれゆえに冷酷にも見えるLの決断に言葉を失うまどか。
イリヤにもそれは少し非情にも思える判断に感じられた。
しかし、それでも何も言うことはなかった。

「まどかさん、立てますか?」

イリヤの手を借り、泣きながら立ち上がるまどか。

「Lさん…、酷いよ…!」
「…まどかさん、Lさんも悲しんでるの。
 でも、やらなきゃいけないことが私達にはあるから、だから立ち止まっていられないんだと思うの」

イリヤはそう言って階段を上がるLへと目を向ける。
それにつられるようにまどかもその背を見て。

前を歩くLの、だらんと下がった手が小さく震えていることに気付いて。
イリヤの言葉に反論することもなくその後ろに続いて上がり始めた。



そして3人が地下室を抜け出たその時だった。

『イリヤさん』
「…もう、起きたの?」

ルビーの静かな呼びかけだけで悟る。
それまで静止していたバーサーカーが、動き始めたことを。

肩を貸していた少女が絶望の表情を浮かべる。
そして、ズシン、と巨大な足音が一つ。
周囲の地面を揺るがすように鳴り響いた。

「急ぎましょう。今の私達で逃げ切れるかは分かりませんが」
「Lさん」

急かすLの顔を、イリヤはまっすぐに見つめて。

「私が、残ります。二人は先に行ってください」

決意を込めた瞳で、そう言った。

「確かに私達二人の生存率は上がりますが、イリヤさんが危険に晒されることになります。
 その判断を承諾するのは気が進みません」
「お願いします。わがままだってのは分かってます。
 だけど、バーサーカーは私が止めなきゃいけないんです」

理屈ではない。それは一つのイリヤの決意。
Lの目をまっすぐ見据えるイリヤの瞳をLは見て。
そこにあるものが説得でどうにかなるものではないことを悟る。

「勝算はあるのですか?」
「…分かりません。だけど、絶対に生きて戻ります」

勝てるかどうかも分からぬ戦い。
しかし少女の答えに迷いはなかった。


「分かりました。まどかさん、行きましょう」
「…ま、待ってよ!」

足音の方に向けて歩き出そうとするイリヤに、思わずまどかは声をかける。

「一緒に行こうよ!あなた一人じゃ、あんな化け物…。
 どうしてあなたが残らなきゃいけないの?」
「…、ごめんなさい。だけど、これはたぶん私がやらなきゃいけないことだから。
 私にしかできない、ことだから」
「分かんないよそんなの!どうしてあなただけが―――」
「まどかさん」

声を上げるまどかに、イリヤは一度振り返り。

「心配してくれてありがとう」

静かに、しかし温かい笑みを浮かべてそう返し。
その顔を見ただけで、まどかは何も言うことができなくなっていた。



そうして去って行った二人を背にして。
イリヤは瓦礫の山を見渡す。

かつて大きな屋敷であったはずのその空間には、一人の少年の遺体があったはずだった。
しかしそれももうこの瓦礫の山の中。

ただ彼が知っていた報われぬ少女が幸福に過ごせる世界があったという、たったその事実だけで命を張って戦った。
なのに結局、墓を作り弔うこともできなかった。

だからせめて。

「――――お兄ちゃん、これまで私を守ってくれて、ありがとう。
 …そして、――さようなら」

その死を決して忘れぬように。

イリヤは短く、お礼と別れの言葉をもって、衛宮士郎の死を受け入れた。



バーサーカーがその姿を現す。

その姿は、かつては恐ろしい怪物のように思えたはずだった。
かつて戦った黒化英霊のような。

しかし今イリヤの瞳には、その姿がとても悲しいものにしか見えなかった。

たった一人、孤独に生きる少女。
生まれた時から刻まれるはずだった役割を果たした本来の、あるべき姿の少女をただ一人で守り続けた戦士。


「…あなたはずっと、”私”の傍にいてくれたんだね。
 自分の意志で、守ってくれていたんだね」

私ではない”私”を。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを。

主従の繋がり以上の想いをもって。

「―――だから」

だから。
その想いをこんな、殺し合いの道具のようにされていいはずはない。
その戦う意志が、悲しみに利用されてはいけない。

例えその少女と自分が全く違う存在だとしても。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンとして、その想いは受け止めねばならない。
受け止めて、戦わなければいけない。

もう、逃げない。
衛宮士郎から守られた事実からも。
そして、彼が守ったその想いからも。


「あなたは私がここで止める!
 あなたの想いを、別の悲しみに変えさせないために!」

シロナの死に泣く鹿目まどかのような悲しみを生み出さないために。

「私が、今ここであなたを倒す!」
「■■■■■■■■■■■!!!」

イリヤの叫びに応えるかのようにバーサーカーは咆哮し、イリヤ目掛けて駈け出し。

その巨体から真っ直ぐ瞳を反らすことなく見据えて。

「夢幻召喚(インストール)!!」

一枚のカードを取り出し、ステッキへとかざした。


閃光に包まれるイリヤの体、しかしそれに構うことなく岩剣を振り下ろすバーサーカー。
しかしそこにイリヤの姿はない。

「ルビー、魔術補助、お願い!」
『ガッテンです!』

バーサーカーが振り返る暇すらなく、その体に大量の魔力弾が降り注ぐ。
弱体化したイリヤの魔術回路ではバーサーカーにとって目眩ましにもならないはずのその砲撃。
しかしそれはバーサーカーの体に着弾する度にその身に焦げ跡を残し、その足を後ろに後退させる。

「竜牙兵、お願い!」

イリヤの叫びと共に、後退したバーサーカーの周囲に煙と共に骨で構成された兵士が権限する。
それは元来キャスター・神代を生きた魔女、メディアの用いた使い魔達。

キャスターのクラスカードを夢幻召喚した今のイリヤであれば、呼び出すことが可能な兵士達だ。

身に纏ったローブを翻して杖をかざすイリヤの指示で一斉に襲いかかるそれら多数の骸骨兵。
それをバーサーカーは苦もなく振り払い、打ち砕く。
兵士達の剣はその身に届かず、突き刺した瞬間にはバーサーカーの身動ぎに発生した衝撃で吹き飛び。
巨大な獣の形を模した魔獣の骨兵の牙すらも腕の一振りで破壊される。

それでも残り、攻め込み続ける兵士達。
やがてバーサーカーは地面に剣を叩きつけた。
大英雄の怪力の衝撃で地は隆起し、周囲の兵士を巻き込んで吹き飛ぶ。

跡形もなく全滅する竜牙兵。

「白柩(ペルセフォネ)!!」

そこへすかさず、宙から魔力で編まれたエネルギー弾が飛来。
バーサーカーは瞬時に駆け、その砲撃の嵐を避け続ける。
その駆けた道のりを追うかのように地面に着弾し続ける多数の砲撃。
しかしそのうちの一発がバーサーカーの体を捉え。
その瞬間、地面に魔法陣が出現、バーサーカーの巨体を束縛する。

『イリヤさん急いで!!』
「――――――」

イリヤの口が呪文のごとき言葉を高速で紡ぐ。
意味は分からない。ただ、メディアの持っている知識が、技術がその呪文を紡がせる。

「神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・グライアー)!!!!」

バーサーカーが拘束を打ち破ると同時、広げたローブの内部、そしてイリヤの周囲に展開した大量の魔法陣が一斉に魔力弾を射出する。

一撃一撃が高い魔力を持つ、攻撃に特化した魔力弾が無数にバーサーカーに振りかかる。
それはバーサーカーの宝具をも突き抜けるほどの威力。
しかし、その屈強な体を打ち崩すにはまだ足りなかった。

「――――■■■■■■■■!!」

故に、砲撃の雨の中を、一直線にイリヤへと向かい跳び上がる。
体が焼かれようとも引かず。
その集中放火にも決して臆さず。
手に持った剣を、力任せに一刀に振り下ろす。

「っ!盾(マルゴス)!」

咄嗟に鏡のような盾を正面に展開。
受け止めた一撃は一瞬拮抗し。
押し出されたと思った瞬間、盾は砕け衝撃がイリヤの体を地に叩きつける。

「ぐっ…!」
『イリヤさん!来ます!』

叩きつけられ痛みに呻くイリヤ。
バーサーカーはそんなイリヤに向けてすかさず駈け出し、容赦なく剣を振り下ろし。
しかしその姿はイリヤが杖をかざしたその瞬間掻き消える。

バーサーカーの後ろに10メートルの距離をおいて空間転移したイリヤ。
そしてその瞬間、イリヤのいたはずの場所に魔法陣が輝き、魔力の鎖が顕現。

狂戦士の巨体を幾重にも重ねて縛り上げる。

だが、それも持って数秒だろう。

『キャスターのカードでは、バーサーカー相手は無理です!』

ルビーの声が木霊する。

キャスターのカードでは届かない。
アサシンのカードはまだ再使用まで時間がかかる。
ましてや現状の魔法少女形態で一騎打ちなど無謀といえる。

だから、イリヤは残りのカードをその手に取る。

「力を貸して、クロ―――」

今のイリヤにとっての最後の切り札。
その身に宿すは弓の英霊。

「上書き、夢幻召喚(オーバーライト・インストール)!」

地に現れる魔法陣の中心、溢れる魔力の輝きの中で、イリヤはそのカードを身に宿す。
かつてとは違う、金色ではなく赤い瞳のまま、自分の意志でその英霊の力を。

吹きすさぶ魔力嵐の中、赤い外套がはためく。

「――――■■■■■■■■■■■!!」
「―――――!」

そしてバーサーカーが鎖を引きちぎりこちらへと振り向いた瞬間、イリヤは一つの武器をその手に投影する。

「投影、開始(トレース・オン)」

その手に宿った一本の剣。
それは竜殺しの逸話を持つ魔剣でも。
神々の手で作られた聖剣でもない。

ただ一本の、巨大なだけの岩の剣。

バーサーカーが持つ武器と同じ、特殊な力など持たぬ一本の大剣。

だが、それがただの岩の剣だとしても。
そこに1つの技術を注ぎ込めば、神秘の域に達した最強の一撃を放つことができる。

それは先にミュウツーの命を奪った、バーサーカーのそれと同じ攻撃。

『私が最大限サポートします、やっちゃってくださいイリヤさん!』

本来ならイリヤでは構えることすらできないだろう、自身の慎重にも匹敵する巨大なそれを。
目の前にいる狂戦士の怪力ごと投影(トレース)し、両手で構え上げる。

「―――――――投影、装填(トリガー・オフ)」

そして投影するのは怪力だけではない。
持ち主の持つ技術を、経験をその腕が読み込む。

そう、これはかつて目の前でお兄ちゃんが、衛宮士郎が行ったそれと同じ―――


「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

異変に気付いたバーサーカーが振り返る。
構えるイリヤの先。
10メートル。バーサーカーなら詰めるのに1秒とかからないだろう。

「全工程投影完了(セット)」

しかし、その攻撃が届くより前にイリヤの攻撃態勢が整う。


故に地を蹴り、バーサーカー向けて駆け出し。

(届か、ない―――――)

だが、間合いに届くより先にその剣が振り下ろされるのが早い。
もし衛宮士郎であれば届いたはずの一撃も、イリヤの矮躯ではあと一歩届かない。

イリヤの剣が届く頃には、この体は剣に押し潰される――――

はずだった。
もし、バーサーカーの剣が万全の状態であったならば。

バーサーカーの手にある巨大な岩剣。
元あったはずのそれは、今は刃渡りを半分までに落としていた。

かつてクロエ・フォン・アインツベルンとガブリアスの放った一撃を受け止めた時に折れた大剣は。
イリヤに届くには僅かに足りず、10センチほど前を通り過ぎていった。

だがバーサーカーの筋力はそれでも膨大な衝撃を生み出す。
イリヤの体を掠めた風が、電柱で殴られたかのような衝撃をその体に与える。

「――――――!」

体に襲いかかる痛み。
しかしそれに歯を食い縛って耐え、一歩踏み込み。

「はああああああああ―――――――――」

大きく振りかぶり隙だらけとなったバーサーカーの体に、その一撃を放つ―――


「―――――射殺す百頭(ナインライブズ)!!!」

読み取りし力はカードの/兄のものと同じ力。
しかし放つ絶技の名は相対する大英霊がかつて叫びし一撃。


目にも留まらぬ速度で放たれた9つの斬撃。
それは彼の持つ宝具の加護をも突き抜け、正確にその体を切り刻み。

そして最後の一撃を胸に叩き込んだ。



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