一歩先へ(前編)

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一歩先へ(前編) ◆Z9iNYeY9a2



夜の闇に染まりかけた市街地。
薄暗さを残しつつある建物の群れの中。

しかしそこには巨大な何かの蹂躙を受けたかのように崩れ落ちた建物の見える場所もあった。

ポツポツ、と街灯に電気が灯る光景を見つめながら、Nは放送に耳をやった。

「シロナ、サカキ…。
……海堂、ミュウツー、君達も…」

シロナとサカキ。
直接の面識はないものの、ジムリーダー、チャンピオンとしてポケモントレーナーとしては共に優れた存在であった二人。
だが、方やチャンピオンというポケモントレーナーとして規範とも言える存在であり、実際にそう言えるだけの人物と知っていた者。
そして方やジムリーダーという、これまたトレーナーの規範となるべき役職に付きながらロケット団という組織を率いて社会的悪ともなっていた者。
その互いに異なるあり方の二人。それぞれ話してみたいことも多々あった。

海堂直也。
正直なところ、別れた時点でこうなることは分かっていたのかもしれない。
木場勇治の追撃が続いた時には彼は止められなかったということ。むしろその可能性に至らなかった自分が甘かったのだろう。

ミュウツー。
人に作られたと聞いたことがあるポケモン。知識の中ではもっと凶暴な存在と知っていたが、実際に出会った彼は迷い、何かを求めているようにも感じられた。
人との意思疎通を可能とする力がある故か、そのミュウツー自身の言葉には若干聞こえなかった部分がある。
彼とも、再度会った時には確かめたいこともあった。

真理、タケシ。
彼らの名が呼ばれることはとうに知っていた。
海堂やルヴィア達と入れ替わるように出会った彼らも、もういないということを改めて思い知らされた。

「ゲゴッ」

いつの間にかモンスターボールから出ていたグレッグルが喉を鳴らす。
主の、タケシの死に最も悲しんでいるはずの存在。その様子は一見平常通りに見えて。
しかしその瞳には深い悲しみを湛えているのが分かった。

「…ニャ」
「目が覚めたかい?」

抱きかかえたニャースがふとうめき声を上げて、その声に意識が反応するように目を覚ます。
体に傷などがあったわけではないことが意識回復を早めるという意味では幸いだったのだろう。

「おみゃーは…。…ここはどこニャ?!マミ達はどこに行ったニャ!?」
「少し落ち着いてくれ。君が意識を失うまでにあったことを教えてくれないか?」

どこから話すべきか。
ニャースが探しているであろうマミ。彼女はもうこの世にはいない。
魔女となり果てた少女は、戦う意志と力を取り戻した仮面の戦士によって討たれた。
その事実をどう告げるべきか。

そう考えていた時だった。

「…!ちょっと待ってくれ」

Nの未来視が何かを捉えた。
この先、遠くない未来、何かを見ることになる。

場所は分からない。だが巨大な屋敷が崩れた廃墟のようなところに、何かがある。

地図を確認したNは、進行方向を方角はそのまま、しかし向きを僅かに傾けて歩み始めた。



「君は……」

市街地の荒れの中でも、特に建造物の崩壊が酷い部分を沿って歩いた先。もし先までのペースで歩んでいればもう少し後の時間にたどり着いただろう場所。
もしその建物が健在であったならば、それなりに大きいといえる屋敷があっただろうと思われる、瓦礫の山が積み上がった敷地。
地図には間桐邸と記されていたその場所に。

物言わぬ躯となった白い体が倒れていた。
全身は元の形を知っているからこそ判別できるものの各部位が赤く塗りつぶされて喪失している。
切れているというよりも裂け、千切れ、砕かれているという、目を背けたくなるような状態で倒れているそれは。

「ミュウツー…」

この会場にいる多くのポケモンの中でも参加者の一つとしてカウントされていた存在。

「おみゃーも…死んでしまったにゃ…?」

潤んだ瞳としわがれた声で、その躯に問いかけるニャース。

「君は、彼のことを知っているのか?」

そんなニャースに問いかけたN。
アッシュフォード学院での遭遇の時から、ミュウツーのことを知っている様子であったことから気にはなっていた。
今を逃せば聞く機はもう来ないだろうと思い、敢えて問うてみたのだ。

「ちょっと会ったことがあるってだけにゃが…」

とある地方の秘境とも言える場所に住んでいたポケモン。
自分のことを作られたポケモンと自称し、コピーポケモンなる者達を連れて暮らしていた者だという。
ニャースにとってはそれが初対面であったのだが、何故かミュウツーは自分やピカチュウ、そしてサトシ達のことを知っている様子で。
何故かそんな彼を、ニャース自身も初めて出会った相手と思えなかった。

「どうしてかニャ…。そんな深い仲じゃなかったはずニャのに…。
何だか以前こいつと大切なことを話したような感じがするニャ…。何で、何でこんなに胸が苦しいニャ…」

ニャースの涙。
言葉からその悲しみの理由を見出すことはできなかったが、しかしNはそれを感じ取っていた。
人間の言葉では語ることができない、ニャースのポケモンとしての心が本能的な悲しんでいたのだ。

と、ふとポケットのモンスターボールから光が放たれ、中にいたポケモンが姿を表す。

「ピカピ…」
「グゥゥ…」

ピカチュウとリザードン。

自然にボールから出てきた二匹はニャースと同じく悼むように悲しみの声を上げる。

ピカチュウはニャースと同じような悲しみを感じているようだったが、リザードンは理由が分からないにも関わらず湧き上がる悲しみに困惑も混じり、しかし確かに悲しんでいる。
ボールから出ていたグレッグルはミュウツーのことを知らない様子だが、それでも同じポケモンであったものの死に何か思うところがある、以上の何かを感じているように静かにミュウツーを見つめていた。


作られたポケモン。
もしかするとその業はポケモンだからこそ、感じ入るものがあったのかもしれない。
ポケモンの言葉を理解するNでも感じ取ることができない何かを、ポケモンだからこそ感じ取っている。のかもしれない。

悲しむニャースの頭を撫で近寄り、その顔に触れた時、ミュウツーの表情が目に入った。

これだけの重症を負い、全身を傷だらけにされていながら、その顔は何故か僅かな微笑みを湛えていた。
痛みや苦しみなど感じさせず、その全身の状態すらも一瞬忘れてしまいそうなほど、穏やかな笑みを。

「君は、最期に何かを見つけられたのかい…?」


彼が死に際に何を見て、何を感じたのか。それはミュウツー自身にしか分からないのだろう。
だからせめて、その死が穏やかなものであったことを願いながら、Nは短く黙祷した。

そして、疲労も残り続けるポケモン達を一旦ボールに戻し、

「ニャース、君に一つ言っておかないといけないことがあるんだ」

ニャースが聞き逃した放送の内容。
きっと彼にも悲しみを生むことになるという予感を感じながらも、それを告げるためにNは口を開いた。



時間が少し進んだ頃。
Nのいた間桐邸に、数時間前までは滞在していた者達の移動先。

遊園地の建物内。
いくつかのスタッフルームが置かれた一帯のうちの一部屋に、彼らはいた。

パイプ椅子の上に体育座りで佇むL。
その後ろに直立するセイバー。
そして小さな事務机を挟んだ向こうには、織莉子が姿勢を正した状態で椅子に座っていた。

机の上には星型のペンダント、ルビーと紅茶の入ったティーカップが置かれている。
Lのものの中には底に僅かに残った溶け残りの砂糖が見える以外は空っぽの状態だったが、織莉子の方に置かれたカップは紅茶が冷めて尚も手の付けられた様子はなかった。

「飲まないのですか?」
「私はここにお茶会をしにきたわけではありません。事に時間的余裕がない可能性がある以上話を早く進めるべきだと考えています」
「まあ、正論ですが。しかしあなたも疲れているのではないでしょうか。少し休息の時間も持たないと思考力が劣る可能性もありますよ」
「その点であればご心配なく。この程度の疲労なら慣れています」
「なるほど、分かりました話を進めましょう」

そんな会話を続けている間にも、まるで心の中を探られているかのような感覚が織莉子の中からは抜けることがなかった。
しかしその不快感を振り払うかのように、織莉子は口を開いた。



そんな彼らとは少し離れた別室において待機している少女達。

イリヤ、美遊、まどか、アリス。

まどかと織莉子を離すことは警戒のため当然であるが、それを提案したのは織莉子自身だった。
何か狙いがあるのかと疑ったLは念のために互いの元に現状織莉子が敵対行動をとっても対抗できるような状態を作っておいた。
まどかはイリヤとアリスが、Lはセイバーが守るように。
そして互いの間の情報共有のためにルビーとサファイアを双方に置き、両方の情報が分かるようにしておいた。

美遊は戦う力こそあるものの、ダメージが大きく怪我に対する処置が必要とのことでまどか側に置き、なおかつサファイアを手元に残して傷の治癒にも専念させている。


「…ねえ、美遊。大丈夫?痛くない?」
「………大丈夫。このくらい」

服をはだけさせた美遊の体に消毒液を塗るイリヤ。
数時間前に再会した時には少なくとも外から見た限りはまだ傷の少なかった体は、至るところに傷がつき、火傷の跡も痛々しく残っている。

サファイアの力さえあれば時間経過による治癒は可能だが、傷の応急処置の有無は傷の治る早さにも関わってくる。
薬品の臭いとあちこちに貼り付けられたガーゼやテープもその回復にはある程度重要となるものだ。

「あの…、ほむらちゃんと一緒にいたって…」
「ええ、一応あいつとはここで最初に出会って、それからまあ、ほとんどずっと一緒に行動していたわ」

拙いながらも怪我の処置をするイリヤと美遊の横で、まどかはおずおずとアリスに問いかけた。
友達であり、何だかんだで自分のことを色々と気にかけていたという少女のことだ。
聞けば、彼女は死ぬ間際までほむらの傍にいたという。



「あの子は何だかんだであなたのこと気にかけてたし守ろうとしてたと思うわ。
それで、私を置いてあの美国織莉子に戦いを挑んで」
「………」
「正直、私もそれでほむらが負けて死ぬことになったってことにはうだうだ言うつもりはないわ。
それにあいつだって織莉子と戦う前に近くにいた無関係な人間を巻き込んで殺してるわけだし」

遠い目をしながら、傍に佇んでいたポッチャマをまどかの元に寄せる。

「ポチャ?」
「最初の放送の後辺りからかしら。ほむらが拾ったポケモンっていう生き物よ。
この子自身がいいっていうならだけど、あなたが持っていてあげてくれないかしら」

じっ、とポッチャマはまどかの顔を見つめ、そしてアリスの申し出に頷いてまどかの傍に駆け寄った。
そんなポッチャマを抱き上げたまどかは、ふと複雑な気持ちになった。

「どうかしたの?」

表情を僅かに変えたまどかに、ふとアリスは疑問の声を投げた。

「いえ…、ちょっと複雑な気持ちになって。
私達を騙していたキュウべぇっていう生き物がいたんですけど、そいつもこんな感じの大きさだったから、ちょっと身構えちゃって」
「キュウべぇ…、あ、そっか。あの時のほむらの対応はそういうことだったのね」

初めてポッチャマと会った時に銃口を向けて威嚇まで行ったほむらを思い出すアリス。
あの後もバーサーカーとの戦いで気を許すまでは警戒心が解けることはなかった。
何をそこまで気負っているのかと思っていたが、もしかするとこの生き物もそのキュウべぇと同じものに見えていたのかもしれない。

「もう少し、聞かせてもらってもいいですか?
ほむらちゃんのこと」
「そうね、別に構わないわ。
どこから話したものかしら――――」



「だけど…よかった。美遊が無事で。もし美遊もいなくなったら…、私、一人になっちゃうんじゃないかって不安だったから」
「…………」
「美遊?」

会話を続けるまどかとアリスの隣で、美遊の傷の手当を続けるイリヤ。
だがふと思った安堵の言葉を呟いた時、美遊の纏っていた空気が若干変わるのを感じた。

「どうかしたの?」
「…なんでもない。大丈夫だから」

案じたイリヤの言葉も短く返した美遊。しかしその背は数時間前と比べて小さく見えた。
傷だらけの体を差し引いても、何かに耐えているかのようにも思えて。

イリヤは静かに、その体を後ろから抱きしめた。

「イリヤ…?」
「大丈夫だよ美遊。美遊も、生きてるんだから。
辛いことがあったとしても、今は泣いていいんだから」

衛宮士郎の死に傷ついた時の自分を支えてくれた友。
その力になりたいという思いから紡がれた言葉。

そのイリヤの手にゆっくりと触れた美遊は、溜め込んでいた感情を爆発させたかのように勢い良く振り返り。

「…!美遊…!?」
「ロロさんが…、結花さんが……、私、助けられなかった…!」
『美遊様……』


美遊が結花が周囲にいないことに気付いたのはイリヤと合流し気持ちが落ち着いてからだった。
そのことについてサファイアに問い詰めた時、若干の躊躇いの後で答えが返ってきた。

――結花様は、あの後で。…美遊様を見守りながら、お亡くなりになられました。



ロロ・ランペルージ。
兄を失ったという彼の救いを求めるような姿にはあの時のイリヤを、そしてもしかしたら自分自身を重ねて見ていたのかもしれない。
あるいは、兄ではないものに兄を重ねていたあの姿に。
兄が生きる理由だった彼に、現実を直視させた代償に生きる理由を失わせてしまった。
だからこそ力になりたい、助けたいと思った。
だけど、助けられなかった。
その怒りは今までは殺した張本人であったゲーチスに向いていたが、それが止み、落ち着くと同時に強い後悔となって心に押し寄せてきていた。

だからこそ、長田結花のことは助けたいと思った。
人間を超えた力を持ちながらその力に飲まれることを、大切な人や自分の心を失うことを恐れていた彼女。
壊れかけた心が、人としての形までも失っていく様子を見たくはなかった。
憎悪に飲まれた彼女が、自身の心を捨ててまで復讐に走ろうとするのを止めた。
闇に飲まれそうになったその心に声を届かせ打ち勝ち、仲間として、友として歩んでいこうと約束して。
それが最後に交わした言葉になっていた。

「私、何も守れなかった…!助けられた人たちだったのに…私が…力が足りなかったせいで…」

美遊は責めた。
出会った人達のことを助けることができなかった自分自身を。

「美遊……」

顔を押し付けた肩が湿り気を帯び始めているのをイリヤは感じていた。


イリヤが美遊の弱音を聞くのは初めてだった。
これまではどんなことがあっても、全部を自分で背負おうとして、決して弱音を吐くことなく、イリヤから見れば強く有り続けた。
だけど、それほどの強さを持ってしても、人の命を背負うには美遊はまだ子供だった。

自分と何ら変わらない。

「私は…、みんなを助けたいって思ってた…。だけど誰も助けられない…。どれだけ戦っても…、誰も…。それが――――」
「悔しいの…?」

コクリ、と頷く美遊。
イリヤには美遊の気持ちが分かる、と言って慰めることはできなかった。

「もう誰も死なせたくないって思っても、どうしても守れない…、私には守るだけの力がない…!」

ずっと自分の力で戦い続けてきた美遊に対し、自分はずっと肝心なところで守られてきただけ。
戦えなかったことへの後悔はあったが、戦った結果への後悔はイリヤには分かるということはできなかった。

「そ、それは違うよ美遊ちゃん…!」

そんな美遊に言葉を投げかけたのはイリヤではなく、同じ部屋にいた、そして一時は美遊と共に行動した少女だった。

「私は美遊ちゃんに助けられた。もしあそこで美遊ちゃんがいなかったら、きっと私は死んでた…。
美遊ちゃんがどんな風に戦ってたのかは分からないけど、でも少なくとも私は美遊ちゃんに助けられてここにいるの。
だから…、そんなに自分を責めないで…」

助けられた少女、鹿目まどかは自分のことを守ろうとする美遊の背中を、あの戦いの中でずっと見ていた。
彼女が何を背負っているのか、何故ここまで自分を守ろうとするのかはまどかには分からない。自分が助けられたことが正しいことなのかの答えも、はっきりとは定まっていない。
だが、守るために戦ったその成果として自分はここにいる。美遊にとってのその事実は、彼女の名誉として否定したくはなかった。


『まどか様の仰られる通りです、美遊様』
「サファイ…ア……」

『ロロ様も結花様も、確かに助けることは叶いませんでした。
ですが…』

サファイアの脳裏に浮かぶ、灰となって散りゆく少女が最期に告げた言葉をサファイアは告げる。

『結花様は最後まで笑顔でいらっしゃいました。
美遊様と友達になれて、良かった、と。それだけで十分に幸せだったと』
「………」
『あの傷は戦いの中で受けたものではありませんでした。もし美遊様がいなければ、きっと結花様はただ孤独の中で朽ちるだけだったでしょう。
命は救えなかったかもしれませんが、それでも美遊様は、結花様の心は救ったのです』
「…っ」

サファイアの言葉に堪えるように息を詰まらせた美遊。
イリヤはそんな美遊の背を撫でながら優しく抱きしめる。

「…いいんだよ、泣いても。辛い時は、泣いてもいいんだよ」
「イリヤ……」
「私はここにいるから、美遊は一人なんかじゃないから。
だから、そんなに全部一人で背負い込まなくてもいいんだよ」
「ぅ…あ、あああああああああああああああ!!!」

イリヤの言葉に、堰を切ったように声を上げる美遊。
そんな友達を、イリヤは優しく静かに抱きしめ続けた。




(そっか…私は、助けられたんだよね…)

そんな美遊の様子を見て、まどかはふと今までの自分を思い出す。
美遊に守られ、死にかけた時も助けられ、そして。

『私の分も、精一杯生きなさい』

シロナに助けられて、今の自分はここにいる。

今美遊に言った言葉は彼女のことを思って思わず口にしたもの。
だけど、まどか自身に常にその意識があったかと言えば、答えはノーだ。
今の言葉を、織莉子の問いかけで生きる意思を揺らがせた自分に語る資格が果たしてあったのか。

「…ほむらは言ってたわ。これまでずっと戦ってきたのはあなたのためだって」
「私の…?」
「最期に死にそうになっていた時も、あなたのことを想ってた」
「………」

アリスは大体の事情は聞いている。
織莉子がまどかを狙う理由、そしてその事実に心を痛め、死を選択しかねない危うい状態にもあった時があること。

「もう、あなた一人の命じゃない。だから一人で自分の命の決断をしようとしないで。背負い込んじゃダメなのよ」
「………」

アリスの言葉に、しかしまだ心の中に燻る迷いを残したまどかには黙り込むことしかできなかった。






「ポケモン城にいる謎のポケモン達、ですか。
そこに何かがあるかもしれないと。今語られた見張りのポケモンを配置しなければならないような、何かが」


織莉子とLを挟んだ机の上に敷かれた会場の地図、そのポケモン城と書かれたエリアに、Lはチェスの黒のクイーンの駒を置いた。

会場に最初に連れてこられた織莉子は、サカキという人物と共にその内部を探索し。
しかし見張りのようにおかれた、サカキ曰くクローンのポケモン達により深く入ることは叶わなかった。

「それにしてもクローン、ですか。そう思われた根拠は?」
「その場にいたニドキングが、彼の持っていたものとほぼ同一個体であったこと、そしてかつて連れていた、実際には会場にいた別のポケモンの存在を確認したから。それが根拠だと」
「ポケモントレーナーにしか分からない直感のようなものですか。今は信じましょう」

黄色いネズミのようなポケモン。
黒いキツネのようなポケモン。
巨大な翼を持った赤い竜のポケモン。
全身に刃物を備えた人型のポケモン。
三つ首の黒い龍のポケモン。
そしてサメのような皮膚を持った竜のポケモン。これはおそらくシロナが持っていたというガブリアスだろう。

サファイアは三つ首のドラゴンと黒いキツネに見覚えがあると言っていた。
病院にて戦った、ゲーチスというポケモントレーナーが駆っていたポケモン、サザンドラとゾロアークだという。

(おそらくそこにいたポケモンはこの会場に集められたポケモン達と同じ数がいるということでしょう。
しかし…、果たしてその程度の数で本当にその施設を守りきることができるものか…?)

少なくとも数にして20はいないだろう。それに強さにもばらつきがある様子。
もしもLが会ったバーサーカーのような参加者と渡り合えるものがいたとしたら、それがその場所を目指したとしたら。
間違いなく手に余る。
おそらくはそれを見越しての、最初の放送での禁止エリア化だろう。

だからこそ、ポケモンを送り込むという行動には懐疑的だ。

(もし侵入されて困るのであれば、間違いなく対策されているはず。
もし何も起こらないのであれば、考えられる可能性は二つ)

それ自体が何かしらの罠か、あるいは試されているか。

どちらであるかを考えるにも、アカギという人物を評することができるほどの面識がない。
シロナからの情報から得た印象では考察の材料には不足している。


「……それで、そろそろよろしいでしょうか。こちらの本題に入らせていただいても」

空気を貫くような鋭い声を聞いて思考を止めるL。
互いの情報交換は終わったが、まだ一つ終わっていない重大な話がまだ残っている。

鹿目まどかのことについて。

「考え直してはもらえないのでしょうか?」
「その選択肢があるのなら、私はこうしてあなたと会話などしません」

織莉子にしてみれば不利な状況の中で、それでもまどかの危険性を訴えることであるいは彼らの心変わりを狙ってのこと。
無論、確率が低いのは分かっている。
もしここで交渉が決裂したとしても、彼らがこちらに害を及ぼすことはないだろう。
監視するにしろ、ここで別れるにしろ、対象の存在を確認したならまた機を伺えばいい。

だが、少なくともLの言うように思い直すことはない。

「一人の命を犠牲にすれば、多くの命が助かる。もし彼女が生きている限り、世界の危機は終わりません。
あなたは、多くの人を見捨てるというのですか?」
「命の重さの違い、ですか。耳に痛い話ですね」

じっとLは織莉子の瞳を観察している。
その目には迷いはない。
まだ中学生ほどの少女が、人の命を世界と天秤にかける選択を迷いなく行っている。
それを自分の使命のように感じているのだろう。

その様子には、Lの脳裏に一人の男の姿をよぎらせた。

「私の答えも変わりません」
「…、言い分を聞きましょう」
「まだ起こってない事象を罪として問う手段などありませんよ。それにあなたの行おうとしていることは私刑でしかない」
「その何が悪いのですか」
「法的に許されることではありません」
「魔法少女に法律を適用するつもりですか?」
「そうです。もしも超常的能力による殺人が起きたのであれば、私はそれを立証し、殺意を証明し、人の手による殺人ということを示した上で人を裁きの場に送るでしょう。ですから、いかなる理由があれ、あなたがどのような存在であったとしても。そのやり方を認めるわけにはいかないのです」

苛立つかのように、織莉子は組んだ手の上で、指を小刻みに揺らしている。
Lの言っていることに業を煮やしているのだろう。

警戒心を強めるセイバーだったが、Lはセイバーを制するように手を上げる。

「それにもう一つ。私が心配しているのはあなたのことです織莉子さん」
「どういうことですか?」
「あなたはまだ若い。魔法少女が如何なる存在かは聞き及んでいますが、それでもまだ先の未来を生きることはできるはずです。
そんなあなたが殺人者となっていく姿を見るのは忍びない」

小さく息が吹き出すような声が織莉子から響く。
Lの発言に対し、織莉子は笑っていた。

「だとしたら、もう手遅れなのではないですか?私はもう一人の、……人間を手にかけています」
「事情はある程度聞いています。暁美ほむらさんのことであれば、法的にもまだ情状酌量の余地はあるでしょう。あなたは己の身を守っただけですから」
「正当防衛に当たるからといいたいのかしら。私の戦いは認めないと言っておきながら随分と勝手なものね」
「ええ、勝手です。世の法とはそういうものです。
それに、そのことに縛られて話を逸らされるわけにもいきませんので。本題はまどかさんのことで、これからのことです」

賢いやり方ではないという自覚はあったが、非常に徹しようとしている様子から情に訴えるやり方を試してはみたが。
しかしどうやら現状の彼女とは噛み合わせが悪く話が拗れてしまうようだ。
一方でそのやり方自体には全く効果がないわけではない様子。少女はところどころで鹿目まどか本人の話へと向かうことを避けようとしている節が見られた。
もし鹿目まどかの抹殺に対し行動の重きを置いていて、しかし情を完全に捨てられてはいないのであれば。

時間が必要だとLは感じ取った。

「では別方向へと話を向けましょう。
織莉子さん、あなたの言うことが真実であり、まどかさんは世界に危機を及ぼす危険がある存在であるということは事実なのでしょう。
なら、我々にも協力させてもらえませんか?」


それまで無表情であった織莉子の顔に、驚きの混じったような色が浮かんだ。

「もちろん、まどかさんの命を奪わないという方向で、という前提となりますが」
「………そんな手があるとは思えません」
「何故そう言い切れるのですか?ここには世界一と言われた名探偵がいて、他にも様々な私の知らない力を持った人たちがいます。
確かにあなたの世界であれば、誰にも相談できなかったのかもしれない。あなただけで最善を尽くさなければならなかったのかもしれない。
ですが、ここには事情を知った上で協力してくれる人たちも――――いますよね?」
『もちろんですよ!』
『ほむらが守りたいと言った人の命だもの、できることなら私も助けたい』
『ポチャ、ポチャ!』

傍のステッキに呼びかけると、通信機を通して向こうにいる者達の声が響いた。
その様子に、何故か困惑している様子の織莉子。


「皆気持ちは同じのようです。あとは織莉子さん、あなたさえ頷いてくれるのであれば」
「私は……」

織莉子の表情に若干の揺らぎを感じた。
彼女の心中までは分からないが、何かに動揺している様子が見受けられた。

「…少し考えさせてください」
「分かりました。こちらとしても一旦情報を整理したいですし、その後答えを教えてください」

織莉子は部屋を退出、まどか達のいる側とは反対側へ向けて歩いていった。

「念のために聞きますが、今の彼女の動きが演技である可能性は?」
「いえ、何らかの魔術…魔力の気配は感じられませんでした」
『同じくですね』
「そうですか。少なくとも私の人を見る目が誤っているということはなさそうで安心しました」
『あとですね、それとは別件なんですけど、遊園地の入り口に誰か来てるみたいですね。
人間の反応は一つで後はいくつかそれ以外の生き物がいるみたいですね。
こっちに向かってきてるみたいですけど、どうしますか?』
「会いに行ってみましょう」

敵ではなく、加えて友好的な相手であることを願いつつ、L達はその来場者を迎えるために立ち上がった。



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