あなたのいない、春をゆく

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
主がいなくなって数日の時が経った衛宮邸。
本来いるべき人間である衛宮士郎、間桐桜、藤村大河の姿はなく。
仮住まいとしてその家に留まっていた遠坂凛イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだけがいた。

ある時、いきなり行方が分からなくなった3人。
聖杯戦争の最中の出来事であり、間桐臓硯の策略を疑ったが、臓硯本人も非常に焦っていた。
言峰に聞きに行ったが何も知らないとのことで、凛には打つ手がなかった。

近辺一帯を調べられる場所は虱潰しに探しても手掛かりはなく、聖杯戦争も中断となりお手上げの状態になる中。
凛が自分の家に置いていたイリヤが家を探索して見つけたものが何か手掛かりになるかもしれないとのことだった。
士郎の家は結界の関係で侵入者に対する守りが強くない。嫌がるイリヤを多少強引に自宅につれてきたのだが、その仕返しとばかりに色々と家の中を漁られたようだ。
頭を抱えつつ、厳重に保管していたそれ、カレイドステッキを取り出す。

『おそらくですが、皆さんは不意に生まれた時空の歪みから別世界に飛ばされた可能性があるんですよね』
「別世界って、あんた世界を移動するのは魔法級の奇跡だってこと分かって言ってる?」
『ええ、ですからアクションはこの世界の外、理から外れたモノからもたらされたものっぽいんです。
 そして、今こちらに世界をつなげようとしている人がいます。
 そのうち自然に帰ってくるでしょうが、私の力で道標を作ることはできると思いますよ』
「信じて、いいんでしょうね?」
『はい、そのためにはあの格好になってもらう必要がありますが!』

杖を投げつけかけた凛だったが、他に手掛かりもなく何もしないよりはいい。

士郎の家の庭で、イリヤを奥に引っ込めさせた上で、あの衣装へと切り替える。
カレイドルビーの言う通り、杖を掲げて指示された魔術を発動させる。

少し時間を置いて、空間に裂け目が生まれ。
そこから二人の人間が飛び出した。

「え、あれ?凛さん!?」
「姉…さん?」

そこにいたのは、凛が手にしたステッキと同じものをもってひらひらな衣装を着た、後ろの家にいるイリヤよりどこか幼さを感じさせるイリヤ。
そして、全身が傷だらけでボロボロの体をした桜。

イリヤの存在に混乱しつつ、驚かれたのは格好のことだと思った凛はルビーに命令して転身を解除させた。

「私だって好きでこんな格好してるわけじゃないから!
 ていうか、何でそっちにもそのステッキがあるのよ!」
『おや、あなたはこっちの世界の私ですか』
『ふむ、なるほど。そのイリヤさんを見るに、そういうことですか』

何か知ったような会話を始めたルビー2つを問い詰めようとも思ったが、後回しにして桜に駆け寄る。

「桜、大丈夫なの!?」
「姉さん…、生きて…いたんですね…」

それだけ呟いて、桜は糸が切れたように意識を失った。

「私が説明します」
「そうね、あなたを見たら只事じゃないことが起こったってのは分かるけど」
『手短にお願いしますね。ここはイリヤさんの世界ではないので、あまり長居はできません』

アカギという人間によって引き起こされた、殺し合いの儀式。
この世界から巻き込まれたのは桜、士郎、藤村大河、セイバーとバーサーカー
多くの人が死に、生き残ったのはこの世界の人間は桜だけ。その桜も、不安定な状況に置かれる中で多くの罪を背負ったと。

ちなみにルビーが言うには、この世界にイリヤが来てしまったのは彼女の世界がこの世界と近しい平行世界であるが故に、道標を示された際に巻き込んでしまったのことだ。
状況説明ができたから結果オーライではあるが。

「なるほどね。ちょっと頭の中が飛んでいきそうなくらい混乱してるけど大まかな話は分かった。
 後の話は桜から聞くわ。ありがとう」
『さて、行きましょうイリヤさん』
「うん、桜さんのこと、お願いします、凛さん」

それだけ言って宙に浮く裂け目に足を進めるイリヤ。
ふと視線を感じて振り返る。

じっとこちらを見る、小さな顔が建物から覗いていた。
身長は同じくらい、しかしこちらと比べてどこか儚げで大人びた雰囲気も感じさせる、イリヤと同じ顔をした少女。

(あれが、士郎さんの…)
「あのっ!」

呼びかけるイリヤ。
しかし向こうのイリヤは踵を返して部屋の奥に引っ込んでいった。

『すみませんがイリヤさん、もう時間がないので』
「うん…」

後ろ髪を引かれるような思いを感じながらも、イリヤは裂け目に飛び込む。

「さようなら!桜さんに、よろしく伝えてください!」

もう、会うことはない、会えないのだろうという直感を感じながら、イリヤは別れの言葉を言って去っていった。


部屋に引っ込んだイリヤの元にルビーが飛び寄る。

『よろしいんですかイリヤさん?』
「…別に、話すことなんてないわ。
 あの子がどんな人生を歩んできたのかなんて知らない。あくまでもあの子の人生で私が何か言うことなんてないもの」

あの顔や佇まいなど諸々を見れば多少は分かる。
おそらく、孤独を知らず、愛し愛されて育った少女なのだろう。
かといってそれをとやかく言いたくはない。自分の人生を否定するような気がして嫌だった。

だけどそれでも、どこか少し、嫉妬する気持ちは拭えなかった。


聖杯戦争は中断された。
魔力を収集する役割に割り込んだ間桐桜によって、7騎いるサーヴァントのうち5騎が収集され、その役割を強引に打ち捨てられた。
今の聖杯に再度サーヴァントを再度呼び出す魔力はなく、次の機会に持ち越しということになった。

残ったサーヴァントはアサシンはマスターとなった間桐臓硯のあの惨状により魔力を維持できず消滅、マスターの魔力によって現界が許されているライダーだけが残っている状態だ。

「随分とつまらぬ結末よな、言峰」

教会の椅子に座り込んだギルガメッシュが祭壇に立つ言峰綺礼に話しかける。
前回も聖杯戦争は中断されその結末を見届けることはできなかった。

「お前が期待した小僧も、聖杯の器も、全てが台無しになったのだ。
 少しは憤りを覚えたりもするのか?」
「確かに忌々しいと感じるところはある。だが、済んだことを言い続けても己の心を乱すだけだ」

振り返りギルガメッシュを見る綺礼。
その瞳には、まだ諦めていない何かを感じさせた。

「ほう、なら何を期待するというのだ?
また次の聖杯戦争でも待つというのか?」
「いや、期待するものがあるとすれば、間桐桜だな」

帰ってきた間桐桜の様子を見に行っていた言峰。無論顔を見ただけで傍にいたサーヴァントに追い出されてしまったが。
一瞬見えた彼女の状態は実に興味深いものだった。
何人殺したのか。おそらくは街で行方不明になった人間に比べれば大したものではないだろう。しかし与えた傷で言うならより深いものだ。
罪にまみれた身でありながら、そして体はボロボロになっていながらも、生きる意思は失っている様子はなかった。

「フン、だから死んでおけと言ったのに」
「いや、生きている方がより価値がある。
 愛するものも失い、身も心も傷だらけで罪にまみれながらも、なおああして生きているのだ。
 これからどれほど傷付きながら生きていくのか、見届ける価値はある。
 そしてもし、折れることなく生き続けたなら、あるいは私の前に立ち塞がる驚異になるかもしれないな」

語る言峰の顔は喜悦に満ちていた。
見届けようとしていた衛宮士郎も、この世全ての悪もふいにされていながらも、その心は次の探求を求めて止まなかった。

「だが己(オレ)には興味がない。
 せいぜいその時がくるまで、この世界で静かにやっていくとしようか」

そう言ってギルガメッシュは、蔵から一つの薬を取り出しながら教会を立ち去っていった。

後に残った言峰は、静寂に包まれた祭壇で物思いに耽るように瞳を閉じた。




帰ってきてから最初に桜が行った場所は病院だった。
全身傷だらけで片腕を喪失している人間の対処としては当然だろう。

体の状態を検査された結果、命に別条のある傷はないとのこと。喪失した腕も、傷口はほぼ塞がっている。
ただ、斬り裂かれた右目は戻らず、もう一方の大幅に視力が落ちた左目も矯正が必要とのこと。
もしかすると聴覚や味覚にも何かしらの異常が出ているかもしれないが検査からは分からなかったらしい。

しばらくの検査入院の間、ほとんどの時間を一人で過ごした。
姉である遠坂凛は魔術協会からの呼び出しを受けて出張中。私を探し出すために少し無理をしたとのことで、その後処理の一環だと言っていた。

間桐の家族は会いに来てくれる人はいない。
兄は言わずもがな。祖父臓硯は自分が不在の間に精神異常をきたし、屋敷の奥で生ける屍のようになったとのこと。
聖杯戦争が失敗したことが原因かと一瞬思ったが、曰く何かの外的要因によるものであるのは間違いなく、何者かの魔術的な攻撃かもしれないが詳細は分からないとのことだった。
もし桜が自身の心臓に臓硯の核である蟲が潜んでいることを知っていれば心当たりを見出すことができたかもしれない。
例えば間桐桜が殺し合いの中で使用した道具。人を狂気に落とすベルトであったり、狂戦士の力を宿したカードであったり。そうしたものが主たる核の精神を破壊したのでは、と。
しかしその事実を知ることがなかった桜にはその答えにたどり着くことはできなかった。

ライダーだけは傍にいると言ってくれたが、今は一人になりたいと言って必要な時以外は出てもらうことで対応した。言峰綺礼が病室に訪れた際は流石に姿を見せたが。


もしもだが。
あの殺し合いが起こらなかった世界で自分が入院した場合誰が会いにきてくれただろうか。
二つの顔が浮かぶ。もういない人の顔が。


数日の検査入院の後、もう病院でできることはないということで退院となった。
病院を出て、いつもの道を歩く。
いつもの、何度も通った道。なのに視界が悪く人とぶつかりそうになったり、体のバランスが悪くて転びそうになったり。
そのたびにひっそりと着いてきていたライダーに対応され続けて。

帰ってきた。
忌まわしい記憶しかない自分の家ではない、まるで自分の家のように過ごしていた場所。
もう主がいなくなった衛宮邸に。

「待っていたわ、桜」

その門に、小さな影があった。

「イリヤさん…」
「あなたならまずこっちに帰ってくると思ったから。
 だけど残念な話。この家は主も管理する人もいなくなってる。
 凛が手を打ってくれたから少しは時間が稼げてるけど、じきに売地になる可能性があるんだって」
「………」
「だから、もしあなたがこの家を残したいって、守りたいって思うなら急いだ方がいいわ」

そう告げて、イリヤは屋敷から離れていく。
こちらとすれ違っていく小さな体。
その際、手に渡された家の鍵。

「イリヤさんは、どうするんですか?」
「ん~、どうしようかなー。聖杯戦争は中断されたから私がアインツベルンに帰る理由もなくなっちゃったし。
 少し世界を回る旅に出ようと思うわ。セラとリズと一緒に、切嗣が見て回った色んな世界を。
 桜がサーヴァントを多く取り込んでくれたおかげでまだ少し余裕があるみたいだから」

振り返った桜、対してイリヤは振り返ることもなく門をまたいで。

「あ、でも」

一度だけ振り返った。

「もし私の寿命が尽きそうになった時、私が眠りにつく場所はこの家がいいと思ってるの。
 それまでここ、残ってるといいなぁ。独り言だけど」

最後に、何かを期待するような視線を向けて、イリヤは去っていった。

鍵を開けて家に入る。
視界はぼやけているが、見慣れた光景には変化がない。足を踏み入れると、この家の主がおかえりと言いながら台所に立って包丁を握っている。そんな光景を幻想する。

リビングの座布団に腰掛ける。。
騒がしい先生が、ドタバタと入ってきながら台所に向かってお茶を要求する。そんな光景が思い起こされる。

もう、二度とその風景は見ることができないというのに。

家の中を歩き回る。
誰もいなくなった場所、少し前までイリヤがいたこともあってか少しは生活感が残っている。

一つの襖を開く。
その部屋には仏壇があった。
衛宮切嗣、自分は知らないかつての家長の写真の隣に、先輩の遺影が置いてあった。
遺骨もない。ただ言峰綺礼の処置によって聖杯戦争の影響で発生した死体なき犠牲者の一人として、遺体もなく葬式があげられた。
きっと、藤村先生も同じ扱いとなったのだろう。

やがてリビングに戻ってきて。
同じ座布団に腰掛けて、机の上に顔を沈める。



先輩。藤村先生。
もう会うことのできない大事な人達。
私は一人になってしまいました。でも、強く生きていきます。
いつか、殺してしまったたくさんの人達にも顔向けできるようになるくらいに、生きてみせます。
アリスさんの言ったように、こんな私も笑っていけるようになります。

だから、今、この場所でだけ。
最後に泣くことだけは、許してください。


「大丈夫なのですか、桜」
「いいの、ライダー。これはきっと、私に必要なことだから。
 だからライダーは絶対に手を出さないで」
「……分かりました。可能な限りは見守ります。桜の命に危機が及ばない限りは」

霊体化して姿を消すライダー。
心配性なサーヴァントだ、と改めて思う。
だけど今からしようとしていることが無茶であることも理解している。

間桐邸。本来の己の家の前に立つ。
祖父、臓硯に管理されていた屋敷は静寂に包まれている。
陰湿な空気はそのままに、しかしその中にはかつてはあった不気味な気配も、屋敷の周囲に蠢く蟲も何も感じられなかった。

(お祖父様、本当に…)

息を吸って屋敷の扉を開く。

そこには、一人の男が立っていた。

「よう桜、随分と長い留守だったじゃないか」

間桐慎二。自分には血の繋がりのない兄。
待っているのは当然だ。帰ってくる前に電話で連絡したのだから。

「兄さん…」
「みっともない姿だなぁおい。そんなバカみたいにボロボロになって。
 だけどこの家はもっとボロボロだよ。爺さんは狂っちまうし、聖杯戦争は結局中断されて何の成果も得られないし。
 ほんと、お前がいなくなったせいだよ!!」

力いっぱい頬を張られる。
足がよろけ、受け身を取ることもできず床に倒れ込む。

倒れたところで馬乗りになり、そのまま握った拳を振るってくる慎二。
それを、桜は顔を手で庇うようにして受けることしかできなかった。

「聞いたぜ、衛宮のやつも死んだんだってな!
 全部台無しになって、衛宮もいなくなったってのに、お前だけどの面下げて帰ってきてんだよ!!」
「兄さ…、やめ…」

拳を受ける衝撃でうまくしゃべることができない。
それでも言いたいことは伝わっているはずなのに、振るわれる腕は止まらない。

むしろ今まで抵抗することが少なかったのに反抗の姿勢を見せたことが逆鱗に触れていたようだ。

「こんな状況になっても何もできなくってさ、ただ家がぐちゃぐちゃになっていくのを見てるしかなかったってのにさ。
 なのにお前は、お前ばっかりいっつも!!」

もう言っていることが要領を得られていない。
殴りたい、いや、おそらくこのどうしようもない怒りをただぶつけたいだけなんだろう。

なんで、この人はいつもこんななんだろう。

殴るのを止めて手を掴み、服従させるように体を弄り始める。
その顔が直視できず顔を背ける。

「そうだ、爺さんはいなくなったんだ、なら間桐の主は僕じゃないか!?
 そうだよな?!お前はずっと僕のものだったんだ、だったら僕に従うのは当然だよな!!」

頬を張りながらそう言ってくる。

心の中に黒いものが湧き上がってくるのを感じた。
いなくなったのは事故のようなもので。ただ生きるために必死で、自分すら無くしそうになりながら藻掻いていた。
それをバカにされているようで。それは自分だけじゃない、先輩、藤村先生、殺してしまった人達、守ってくれた人達、一緒に戦った人達、みんなをバカにされているようで。

なんで、こんな人が生きて――――

ピタリ、と。心の中で。
黒い私が思いかけた言葉を、別の私が止めた。

それはダメだと。
その先を願ったら、あの場で殺戮の限りを尽くしていた私と変わらないと。

今の私には、もっと見えるものがあるはず。今まで自分のことだけで精一杯だった私には見えなかったものを見ることができるはず。

背けていた顔を、ゆっくり前に向ける。

うっすらと映る兄の顔。
屈辱と喜悦で歪んだような表情、だけどその目元には本人も気付かぬかのように流れる涙があった。

思い返せば、彼はずっと泣いていたような気がする。私を服従させるために乱暴する時や犯す時は。
何で泣いているのか。
いつから泣いているのか。

いつから、こんな歪んだ関係になったのか。

あの日からだ。この家の秘密、本当の後継者、全てを知った兄に対して、私は謝罪の言葉を言った。
その日から、記憶にうっすらとだけ残っている優しかった兄はいなくなった。

「止めてください!!兄さんっ!!!」

大声で叫んだ。
広い屋敷内に響き渡るくらいに、もしかしたら屋敷の外まで届いたかもしれないような、今まで出したことのない声で。

声の音量か、あるいは声から感じた剣幕か。
慎二が怯むように後ずさる。
見ていられないと物陰から飛び出そうとしていたライダーすらもその足を止めた。

「…兄さん、覚えてますか?
 私がこの家に来た頃は兄さんは私を毛嫌いするように扱って、だけど少しずつ優しくなっていって。
 もしかしたら兄と妹ってあの時みたいな関係が普通だったんじゃないかって、今だと思います」
「何言ってんだよ、今更お前…」
「だけどどこかで間違えてしまった。このおかしな家にいるうちに、私達の関係もこんな捻れたものになってしまった」

だけどその歪みの原因である存在はもういない。
だとすれば、まだ間に合う。

「だけどそれは私にも罪があります。 
 自分のことばっかりで、兄さんのことを全然見てなかった。兄さんはずっとこの家で苦しんでいたのに、そのことを分かろうともしてなかった」
「…何だよ、何なんだよ!いきなり知ったような口聞きやがって!何が言いたいんだよ桜!!」
「兄さん、もう一度やり直しましょう。もう一度最初から、兄妹として」


私は間桐の魔術が使える。だけど知識がない。臓硯にとっては後継者ではなく駒でしかなかったこの体には基本的な知識すら教えられはしなかった。
だけど兄には知識がある。魔術が使えなくとも書斎で学んだ多くの知識を持っている。それに魔術外でも何事もそつなくこなす能力は私にはないものだ。

こんなどうしようもない家だとしても、今の自分にとっては、たった一つの居場所なのだから。

「お祖父様の思っていたものとは形は変わってしまうかもしれないけど、でも二人なら間桐の家をまた作り直していくこともできるはずです。
 だから、お願い兄さん、力を貸してください。私にできなくて兄さんにできることは、たくさんあるんです」
「何だよ…、今更お前は!!
 こんな…こんなになるまでぐちゃぐちゃになって、今更やり直すってのかよ!!
 お前が、お前が家になんてこなければ―――」

その時はきっと、自分ではない誰かが連れてこられただけだろう。その人が間桐慎二を間桐慎二として扱うかどうかなど分からない。あるいは実験材料として消費されていた可能性も有り得る。
その可能性は慎二も意識させられたのか言いかけた言葉を噤む。

慎二自身も、何をしても反抗しない間桐桜という存在に甘えて振る舞っていたにすぎなかった。

「僕は、ずっとお前に酷いことし続けてきたんだぞ…。
 そんなやつを、兄だって言って許せるのかよ…?」
「許す許さないじゃないんです。
 私達は、血は繋がっていなくても、たった二人のこの家の兄妹じゃないですか」

兄の体を抱き寄せる桜。

もっと早くこうできていれば、こんな関係にはならなかったかもしれない。
先輩と兄の関係も、また違った形になったかもしれない。
だがそれは言っても詮無きこと。この現実の中で、私達は生きていかなければいけないのだから。

嗚咽を漏らして泣く兄。こんな姿を見るのは桜にとっては初めてだった。
その涙が止まるまで、桜はその感情の吐露を受け止めるように抱きしめ続けた。


先輩。藤村先生。

私は元気です。

先輩の家は、あの後私達の家が買い取り、管理することになりました。

家を継ぐための魔術のことは分からないことだらけで、兄さんや遠坂先輩―姉さんに色々教わりながら学んでいます。
お祖父様のものとは別のやり方で、今の私の居場所である間桐の家を変えて、守っていこうと頑張っています。

兄さんは私への勉強の他には、資産管理みたいな事務的なことを色々お願いしています。

学校にも復学するようになりました。
弓道部はもう無理ですし色々大変ですが、矯正器具で視力を補ったりしてついていけるようにやっています。

姉さんとは遠坂と間桐の家としての盟約を改めて結び直して、いつか必ず返す借りの代わりに色々面倒を見てもらっています。
姉妹としての仲も戻ってきています。たまにお買い物に連れ出されたりもしています。

色々と苦労の多い日々ですが、それでも頑張れているのはあの儀式の中で出会った人達のおかげだと思っています。

春になった今は、桜を見に来ています。
姉さんや兄さん、新しくできた友達の人も都合が合わなくて一人ですが。

満開に咲いて、散っていく桜は綺麗です。
来年もまたこの場所にこられるように、その時にはもっとたくさんの人と来て、もっと笑顔を見せられるように。

私は今日を生きていきます。



いつかの未来の話。

冬木に残った大聖杯を解体しようとする魔術師と、それを妨害する者達との最後の戦い。

その妨害者の中には教会の神父の男と金色の英霊の姿があり、解体作業は困難を極める。
しかし最終的には解体を成し遂げ、冬木における聖杯戦争は完全に終息することとなる。


その戦いの中に、長髪の女の英霊と影を操る一人の女魔術師の姿もあったが。


それはまた、別の物語。


【間桐桜@Fate/stay night エピローグ 了】


179:Light up the Another World 投下順に読む 181:Over Kaleidscope(前)
時系列順に読む
178:EndGame_LastBible 間桐桜 RESTART

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー